特許第5736600号(P5736600)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許5736600-被覆切削工具 図000012
  • 特許5736600-被覆切削工具 図000013
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5736600
(24)【登録日】2015年5月1日
(45)【発行日】2015年6月17日
(54)【発明の名称】被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23C 5/16 20060101AFI20150528BHJP
   B23B 27/14 20060101ALI20150528BHJP
【FI】
   B23C5/16
   B23B27/14 A
【請求項の数】12
【全頁数】20
(21)【出願番号】特願2013-534780(P2013-534780)
(86)(22)【出願日】2012年9月24日
(86)【国際出願番号】JP2012074318
(87)【国際公開番号】WO2013042790
(87)【国際公開日】20130328
【審査請求日】2013年12月16日
(31)【優先権主張番号】特願2011-207564(P2011-207564)
(32)【優先日】2011年9月22日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000221144
【氏名又は名称】株式会社タンガロイ
(74)【代理人】
【識別番号】110001508
【氏名又は名称】特許業務法人 津国
(74)【代理人】
【識別番号】100078662
【弁理士】
【氏名又は名称】津国 肇
(74)【代理人】
【識別番号】100131808
【弁理士】
【氏名又は名称】柳橋 泰雄
(74)【代理人】
【識別番号】100135873
【弁理士】
【氏名又は名称】小澤 圭子
(72)【発明者】
【氏名】平野 雄亮
【審査官】 足立 俊彦
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2010/047431(WO,A1)
【文献】 特開2005−220363(JP,A)
【文献】 特開平11−197907(JP,A)
【文献】 特開2007−152477(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23C 5/16
B23B 27/14,51/00
B23P 15/28
C23C 16/00−16/56
B24C 1/00−11/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
WC基超硬合金の基材と、基材の表面に化学蒸着法によって形成された被膜とからなり、すくい面と、逃げ面と、すくい面と逃げ面との間に位置する切刃稜線部とを備え、被膜全体の総膜厚は平均膜厚で3〜20μmであり、切刃稜線部から300μm以内のすくい面に、クラックの進展角度が被膜の表面に対して45°以下の斜めクラックが1本以上存在し、
斜めクラックの進展深さが被膜の表面から0.3〜2μmであり、
被膜の表面におけるクラック間隔の平均値が20μm以上100μm以下である、被覆切削工具。
【請求項2】
被膜の表面におけるクラック間隔の平均値が40μm以上60μm以下である請求項1に記載の被覆切削工具。
【請求項3】
被膜の少なくとも1層は、Tiの炭化物、窒化物、炭窒化物、炭酸化物および炭窒酸化物から成る群より選択された少なくとも1種からなるTi化合物膜である請求項1または請求項2に記載の被覆切削工具。
【請求項4】
被膜の少なくとも1層は、Al膜である請求項1〜のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【請求項5】
被膜が、基材に接する内膜の少なくとも1層がTi化合物膜であり、内膜より表面側に形成される外膜の少なくとも1層がAl膜であり、Ti化合物膜とAl膜との間に、Ti化合物膜およびAl膜と接して、Tiの炭酸化物、窒酸化物および炭窒酸化物、並びにTiとAlとを含む炭酸化物、窒酸化物および炭窒酸化物から成る群より選択された少なくとも1種の化合物からなる密着膜を含む請求項1〜のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【請求項6】
斜めクラックが、1本以上、50本以下存在する請求項1〜のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【請求項7】
斜めクラックが、3本以上、30本以下存在する請求項1〜のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【請求項8】
クラックが、乾式ショットブラストまたはショットピーニングにより形成されたものである請求項1〜のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【請求項9】
クラックが、投射材を被膜の表面に対して投射角度が30〜45°になるように投射することにより形成されたものである請求項1〜のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【請求項10】
クラックが、投射材を50〜80m/secの投射速度で投射することにより形成されたものである請求項1〜のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【請求項11】
投射材が、平均粒径100〜150μmで、ビッカース硬度が1000以上の材料からなる請求項または10に記載の被覆切削工具。
【請求項12】
投射材が、AlまたはZrOから成る請求項11のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は耐欠損性に優れた被覆切削工具に関するもので、例えば鋼や鋳鉄などの重切削は勿論のこと、これらのフライス切削や断続切削に用いた場合にも優れた耐欠損性を発揮する被覆切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、炭化タングステン基超硬合金(以下、WC基超硬合金)基材の表面に例えばTiの炭化物、窒化物、炭窒化物、炭酸化物および炭窒酸化物並びに酸化アルミニウムの中の1種の単層膜または2種以上の複層膜からなる被膜を化学蒸着法により3〜20μmの総膜厚で蒸着形成してなる被覆切削工具が鋼などの切削加工に用いられていることは良く知られている。
【0003】
通常、WC基超硬合金の表面に被膜を形成すると、被膜に引張応力が残留するために、被覆切削工具の破壊強度が低下して欠損し易くなるとされている。これまで、被膜形成後ショットピーニング等によりクラックを発生させることにより、引張残留応力を開放することが提案され、かなりの効果が得られている(例えば、特許文献1及び非特許文献1参照。)。しかし、工具の用途や使用条件によっては、さらに高い耐欠損性が求められることがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平3−92204号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】片山、外4名、日本金属学会会報、1991年、30巻、4号、p.298−300
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
近年の切削加工に対する省力化および省エネ化の要求は強く、これに伴い、切削加工は高速化の傾向にあるが、上記の従来被覆切削工具において切削条件の厳しい高速の断続切削、すなわち切刃稜線部に極めて短いピッチで繰り返し機械的衝撃が負荷される高速断続切削に用いた場合、被膜に欠損やチッピングが発生し易く、短時間で使用寿命に至るという問題がある。
【0007】
従来、化学蒸着法により形成された被膜の引張残留応力を開放する方法として、ショットピーニングによる方法が知られている。しかし、被膜表面に対して90°の投射角度で乾式ショットブラストを行った被覆切削工具を用いて、切削試験を行ったところ耐欠損性が不十分であった。本発明は耐チッピング性および耐欠損性に優れる被覆切削工具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上述の観点から、被覆切削工具の耐欠損性の向上をはかるべく研究を行った結果、以下の構成にすると、耐チッピング性および耐欠損性が大幅に向上するという知見を得た。
【0009】
すなわち、本発明の要旨は、以下の通りである。
(1)WC基超硬合金の基材と、基材の表面に化学蒸着法によって形成された被膜とからなり、すくい面と、逃げ面と、すくい面と逃げ面との間に位置する切刃稜線部とを備え、被膜全体の総膜厚は平均膜厚で3〜20μmであり、切刃稜線部から300μm以内のすくい面に、クラックの進展角度が被膜の表面に対して45°以下の斜めクラックが1本以上存在することを特徴とする被覆切削工具。
(2)斜めクラックの進展深さが被膜の表面から0.3〜2μmである(1)に記載の被覆切削工具。
(3)被膜の表面におけるクラック間隔の平均値が20μm以上100μm以下である(1)または(2)の被覆切削工具。
(4)被膜の表面におけるクラック間隔の平均値が40μm以上60μm以下である(1)〜(3)のいずれかの被覆切削工具。
(5)被膜の少なくとも1層は、Tiの炭化物、窒化物、炭窒化物、炭酸化物および炭窒酸化物から成る群より選択された少なくとも1種からなるTi化合物膜である(1)〜(4)のいずれかの被覆切削工具。
(6)被膜の少なくとも1層は、酸化アルミニウム膜である(1)〜(5)のいずれかの被覆切削工具。
(7)被膜が、基材に接する内膜の少なくとも1層がTi化合物膜であり、内膜より表面側に形成される外膜の少なくとも1層がAl膜であり、Ti化合物膜とAl膜との間に、Ti化合物膜およびAl膜と接して、Tiの炭酸化物、窒酸化物および炭窒酸化物、並びにTiとAlとを含む炭酸化物、窒酸化物および炭窒酸化物から成る群より選択された少なくとも1種の化合物からなる密着膜からなる(1)〜(6)のいずれかの被覆切削工具。
(8)斜めクラックが、1本以上、50本以下存在する(1)〜(7)のいずれかの被覆切削工具。
(9)斜めクラックが、3本以上、30本以下存在する(1)〜(8)のいずれかの被覆切削工具。
(10)クラックが、乾式ショットブラストまたはショットピーニングにより形成されたものである(1)〜(9)のいずれかの被覆切削工具。
(11)クラックが、投射材を被膜の表面に対して投射角度が30〜45°になるように投射することにより形成されたものである(1)〜(10)のいずれかの被覆切削工具。
(12)クラックが、投射材を50〜80m/secの投射速度で投射することにより形成されたものである(1)〜(11)のいずれかの被覆切削工具。
(13)投射材が、平均粒径100〜150μmで、ビッカース硬度が1000以上の材料からなる(11)または(12)の被覆切削工具。
(14)投射材が、AlまたはZrOから成る(11)〜(13)のいずれかの被覆切削工具。
【発明の効果】
【0010】
本発明の被覆切削工具は、耐チッピング性および耐欠損性に優れる。本発明の被覆切削工具を用いると工具寿命を延長できるという効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明の被覆切削工具の要部断面図である。
図2】本発明の切削試験に用いた被削材の概観図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の被覆切削工具は、WC基超硬合金の基材と化学蒸着法によって基材の表面に形成された被膜とからなる。本発明のWC基超硬合金は、WC、または、WCとTi、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、MoおよびWの炭化物、窒化物、炭窒化物およびこれらの相互固溶体(ただし、WCを除く)の中の少なくとも1種からなる硬質相形成粉末と、Coの結合相形成粉末との混合粉末を焼結して得られたWC基超硬合金である。本発明のWC基超硬合金は、WCの硬質相と結合相、または、WCの硬質相とTi、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、MoおよびWから選択された少なくとも1種の金属(又は元素)の炭化物、窒化物、炭窒化物およびこれらの相互固溶体から成る群より選択された少なくとも1種からなる硬質相と結合相とで構成される。
【0013】
本発明の被膜は、化学蒸着法によって形成される。化学蒸着法によって形成すると基材と被膜との密着強度を高くすることができる。これは、化学蒸着法の被覆温度が高く、基材と被膜との界面で拡散が生じるためと考えられる。そのため、化学蒸着法によって耐摩耗性に優れた被膜を形成すると、耐摩耗性に優れた被覆切削工具が得られる。
【0014】
本発明の被膜は、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、AlおよびSiから選択された少なくとも1種の金属(又は元素)の炭化物、窒化物、酸化物、炭窒化物、炭酸化物、窒酸化物、炭窒酸化物およびホウ化物から成る群より選択された少なくとも1種からなる化合物膜の少なくとも1層で構成される。WC基超硬合金基材の表面に化合物膜を形成すると、基材から化合物膜中に基材成分、例えばW、C、Co、Mo、Cr、Vなどが拡散する場合もあるが、この場合でも本発明の本質的な効果は変わらない。
【0015】
本発明の被膜は、1層からなる単層膜、2層以上が積層した複層膜のいずれも好ましい。本発明の被膜の少なくとも1層を、Tiの炭化物、窒化物、炭窒化物、炭酸化物および炭窒酸化物から成る群より選択された少なくとも1種からなるTi化合物膜にすると、耐摩耗性と靭性とのバランスをより高めることができるので、さらに好ましい。
【0016】
本発明の被膜の少なくとも1層を酸化アルミニウム膜(以下、Al膜)とすると、耐クレーター摩耗性が向上するので、さらに好ましい。Al膜の結晶型は特に限定されず、α型、β型、δ型、γ型、κ型、χ型、擬τ型、η型およびρ型等が挙げられる。これらの中でも、Al膜の結晶型は、高温で安定なα型、または密着膜とAl膜との密着性に優れるκ型であると好ましい。特に炭素鋼や合金鋼の高速切削など切削に関与する領域が高温になる場合において、Al膜がα型Al膜であると欠損やチッピングを起こしにくくなる。
【0017】
本発明の被膜の基材に接する内膜の少なくとも1層がTi化合物膜であり、本発明の内膜より表面側に形成される外膜の少なくとも1層がAl膜であり、Ti化合物膜とAl膜との間に、Ti化合物膜およびAl膜と接して、Tiの炭酸化物、窒酸化物および炭窒酸化物、並びにTiとAlとを含む炭酸化物、窒酸化物および炭窒酸化物から成る群より選択された少なくとも1種の化合物からなる密着膜があると、Ti化合物膜とAl膜との密着性を向上させ、耐摩耗性、靭性および耐クレーター摩耗性を向上させることができるので、さらに好ましい。密着膜として具体的には、TiCO、TiNO、TiCNO、TiAlCO、TiAlNOおよびTiAlCNOなどを挙げることができる。その中でも密着膜はTiとAlとを含む炭酸化物、窒酸化物および炭窒酸化物から成る群より選択された少なくとも1種からなる化合物であるとさらに好ましく、その中でも密着膜はTiとAlとを含む炭窒酸化物であるとさらに好ましい。
【0018】
本発明の被膜全体の総膜厚は、平均膜厚で3μm未満になると耐摩耗性が低下し、平均膜厚で20μmを超えると切刃稜線部がチッピングしやすくなる。そのため本発明の被膜全体の総膜厚を平均膜厚で3〜20μmとした。その中でも被膜全体の総膜厚は平均膜厚で3.5〜18μmであることがさらに好ましい。
【0019】
<内膜>
本発明の内膜は超硬合金基材の表面に化学蒸着法によって形成される。内膜の平均膜厚は、1.5μm未満であると被覆切削工具の耐摩耗性が低下し、15μmを超えると被膜の剥離を起点としたチッピングが発生しやすくなる。そのため本発明においては、内膜の平均膜厚を1.5〜15μmとすると好ましく、その中でも、内膜の平均膜厚を2〜13μmとすると、さらに好ましい。
【0020】
<外膜>
本発明の外膜の平均膜厚は、1.1μm未満であると本発明の被覆切削工具のすくい面における耐クレーター摩耗性が向上せず、一方平均膜厚が10μmを超えると刃先が欠損しやすくなる。このことから、上部膜の平均膜厚を1.1〜10μmとすると好ましい。
【0021】
<密着膜>
本発明の密着膜の平均膜厚は、0.4μm未満であると本発明被覆切削工具の密着性が向上せず、また平均膜厚が2μmを超えると密着膜自体の強度が低下するため、密着膜の平均膜厚を0.4〜2μmとすると好ましい。
【0022】
化学蒸着法によって被膜を形成すると、被膜は引張残留応力に耐え切れなくなり、被膜の表面に対してほぼ垂直な方向にクラックが発生し、クラックは被膜の表面から基材まで到達する。また、乾式ショットブラスト等の機械的処理は、被膜に存在する引張残留応力の開放を目的の一つとして行われるが、乾式ショットブラスト等の機械的処理によっても被膜にクラックが発生する。被膜に存在するクラックのうち、被膜の表面に対して45°を超える進展角度に進展したクラックを垂直クラックと呼び、被膜の表面に対して45°以下の進展角度に進展したクラックを、斜めクラックと呼ぶことにする。本発明の被覆切削工具には、斜めクラックが1本以上存在することが必要であるが、本発明の被覆切削工具には、斜めクラックとともに垂直クラックが存在していても差し支えない。
【0023】
クラックの進展角度およびクラックの進展深さは、例えば以下のようにして求めることができる。被覆切削工具の破断面のSEM(走査電子顕微鏡)像の写真または被覆切削工具の断面の鏡面研磨面のSEM像の写真を撮る。破断面または断面の鏡面研磨面のSEM像において、図1に示すように、基材1の表面に形成された被膜2表面のクラック5(太線)の起点Bと交わるように、被膜2のすくい面3と平行方向の直線Aを被膜2の表面に引き、表面の直線Aとクラック5が交わる点Bと、クラック5が表面から最も離れた点Cを通る線を直線Dとする。但し、点Cが複数存在する場合、そのなかで点Bと点Cの距離が最も長い点を点Cとする。この直線Aおよび直線Dのなす角θをクラック5の進展角度とする。被膜表面の直線Aから最も離れた点Cまでの被膜表面からの垂直距離dを進展深さとする。被膜2の表面と平行な方向に対するクラック5の進展角度が45°以下である斜めクラック5は、図1のクラック5に示すように、途切れているように見えることがある。これは、斜めクラック5が結晶粒子の粒界を進展した場合に途切れて見えるためではないかと考えられる。従って、途切れているように見えても繋がっているクラックについては、1本の斜めクラックと見なす。本発明の被覆切削工具は、切刃稜線部から300μm以内のすくい面に進展角度が45°以下の斜めクラックが1本以上存在すると耐欠損性および耐チッピング性が向上する。その中でも、切刃稜線部から300μm以内のすくい面に、斜めクラックが50本を超えて存在すると2本以上の斜めクラックがつながりやすくなり、耐欠損性および耐チッピング性が低下する傾向を示すため、1本以上、50本以下の斜めクラックが存在すると好ましい。その中でも、斜めクラックが3本以上、30本以下存在すると耐欠損性および耐チッピング性がさらに向上するのでさらに好ましい。なお、1つの試料につき、1箇所の破断面または1箇所の断面の鏡面研磨面を観察して斜めクラックを確認すればよいが、3箇所以上の破断面または3箇所以上の断面の鏡面研磨面を観察して、そのすべての破断面またはそのすべての断面の鏡面研磨面から、1本以上の斜めクラックを確認できれば、広い範囲で斜めクラックが存在していることが分かる。なお、切刃稜線部の幅はおよそ30〜70μmである。
【0024】
本発明の被覆切削工具は、図1に示すように、すくい面3と、逃げ面4と、すくい面と逃げ面との間に位置する切刃稜線部(曲面部)とを備え、切刃稜線部から300μm以内のすくい面、すなわち、逃げ面4の延長線からすくい面3の方向に300μm以内であって、切刃稜線部を除くすくい面に、クラックの進展角度が45°以下である斜めクラックが1本以上存在している。切刃稜線部から300μm以内のすくい面に、クラックの進展角度が45°以下である斜めクラックが存在すると、切削時の衝撃で斜めクラックが被膜の表面部を進展しても基材内部までクラックが進展しないので、耐欠損性および耐チッピング性が向上する。また、切刃稜線部から300μmを超えるすくい面にも斜めクラックが存在してもよい。なお、本発明の被覆切削工具において、切削時の衝撃で斜めクラックが被膜の表面部を進展することにより、被膜表面に非常に微小な欠けが生じる場合もあるが、チッピングや欠損には至らないので、耐欠損性および耐チッピング性を向上させる本発明の効果は変わらない。
【0025】
本発明の被覆切削工具において、斜めクラックの進展角度を45°以下にしたのは、クラックの進展角度が45°を超えて大きくなると、切削時に被膜のクラックが基材に進展し、より大きなチッピングが生じ易く、加工初期に欠損が生じ易くなるためである。そのため、斜めクラックの進展角度を45°以下とした。
【0026】
本発明の被覆切削工具において、斜めクラックの進展深さを被膜の表面から深さ方向に0.3〜2μmとすると好ましい。斜めクラックの進展深さが0.3μm未満では、耐欠損性および耐チッピング性を向上させる効果が十分に得られにくい。逆に斜めクラックの進展深さが2μmを超えて大きくなると、切削時に被膜内部もしくは複層膜の被膜を構成する層と層の界面で剥離が生じ、微小な欠けを生じる傾向が見られるためである。
【0027】
被膜の表面部に斜めクラックを入れる方法としては、乾式ショットブラスト、ショットピーニングなどの機械的衝撃を与える方法を挙げることができる。乾式ショットブラストまたはショットピーニングを用いた場合、被膜の表面に対して投射角度が30〜45°になるように投射材を投射することにより、クラックの進展角度を45°以下にすることができる。その中でも、投射角度が35〜40°であるとさらに好ましい。投射角度が30°未満の場合、十分な残留応力開放エネルギーを与えることができず、45°を超えて大きい角度ではクラックの進展角度が45°を超えて大きくなり、耐欠損性および耐チッピング性が大幅に低下してしまう。その中でも、乾式ショットブラストまたはショットピーニングによる方法において、平均粒径100〜150μmの硬度の高い投射材を50〜80m/secの投射速度、3〜60secの投射時間で投射するとさらに好ましい。その中でも、平均粒径120〜140μmの硬度の高い投射材を60〜70m/secの投射速度、5〜30secの投射時間で投射するとより好ましい。これは、鋼球(ビッカース硬度Hv:200〜600)などの硬度が低い投射材を用いて30〜45°の投射角度で乾式ショットブラストまたはショットピーニングを行った場合、試料に衝突した時に投射材が弾性変形してしまうため、十分な残留応力開放エネルギーを与えることができないので、硬度が高く弾性変形しにくい投射材が好ましい。硬度の高い投射材として、具体的には、Hv1000以上の投射材を挙げることができ、例えば、Al製投射材(Hv:1800〜2000)やZrO製投射材(Hv:1250〜1300)等を挙げることができる。また、投射材の平均粒径が100μm未満あるいは投射速度が50m/sec未満になると十分な残留応力開放エネルギーを与えることができず、投射材の平均粒径が150μmを超えるとあるいは投射速度が80m/secを超えると、工具の切刃稜線部にチッピングを生じさせる場合がある。
【0028】
被膜の表面におけるクラック間隔の平均値は、20μm以上100μm以下が好ましい。被膜の表面におけるクラック間隔の平均値をこのような間隔にすると、引張残留応力を効果的に低減することが可能となり、耐欠損性および耐チッピング性をさらに向上させることができる。クラック間隔の平均値が20μm未満になると、被膜が剥離し易くなる傾向が見られ、逆にクラック間隔の平均値が100μmを超えて大きくなると、引張残留応力エネルギーの開放が不十分なため切削時の耐欠損性および耐チッピング性が向上しにくくなる傾向が見られるので、クラック間隔の平均値は20μm以上100μm以下であると好ましい。その中でも、クラック間隔の平均値は40μm以上60μm以下であるとさらに好ましい。
【0029】
被膜の表面におけるクラック間隔の測定方法として、例えば、以下の方法を挙げることができる。クラック間隔を測定する被膜の表面を鏡面研磨し、フッ硝酸にてエッチングすると、クラックを容易に観察することができる。フッ硝酸を完全に除去した後に鏡面研磨面を75〜150倍の倍率で光学顕微鏡にて光顕写真を撮影する。得られた光顕写真に数本の直線を引き、クラックとその直線の交点間の距離を求め、それをクラック間隔とする。少なくとも50箇所のクラック間隔を求め、それらの値からクラック間隔の平均値を求めることができる。
【0030】
本発明の被覆切削工具の製造方法として、例えば、以下の方法を挙げることができる。WC基超硬合金の基材を用意し、基材の表面に化学蒸着法で被膜を形成する。例えば、TiN膜は、原料ガス組成をTiCl:5.0〜10.0mol%、N:20〜60mol%、H:残りとし、温度:850〜920℃、圧力:100〜350hPaとする化学蒸着法で得ることができる。また、TiCN膜は、原料ガス組成をTiCl:10〜15mol%、CHCN:1〜3mol%、N:0〜20mol%、H:残りとし、温度:850〜920℃、圧力:60〜80hPaとする化学蒸着法で得ることができる。
【0031】
α型Al膜は、原料ガス組成をAlCl:2.1〜5.0mol%、CO:2.5〜4.0mol%、HCl:2.0〜3.0mol%、HS:0.28〜0.45mol%、H:残りとし、温度:900〜1000℃、圧力:60〜80hPaとする化学蒸着法で得ることができる。
【0032】
κ型Al膜は、原料ガス組成をAlCl:2.1〜5.0mol%、CO:3.0〜6.0mol%、CO:3.0〜5.5mol%、HCl:3.0〜5.0mol%、HS:0.3〜0.5mol%、H:残りとし、温度:900〜1000℃、圧力:60〜80hPaとする化学蒸着法で得ることができる。
【0033】
TiAlCNO膜は、原料ガス組成をTiCl:3.0〜5.0mol%、AlCl:1.0〜2.0mol%、CO:0.4〜1.0mol%、N:30〜40mol%、H:残りとし、温度:975〜1025℃、圧力:90〜110hPaとする化学蒸着法で得ることができる。
【0034】
WC基超硬合金の基材の表面に被膜を形成した後、乾式ショットブラストまたはショットピーニングを用いて、被膜の表面に対して投射角度が30〜45°になるように投射材を投射すると、本発明の被覆切削工具を製造することができる。このとき、平均粒径100〜150μmの硬度の高い投射材を50〜80m/secの投射速度で投射するとさらに好ましい。
【実施例】
【0035】
平均粒径4.5μmのWC粉:89重量%と、平均粒径1.5μmのTiCN粉:2重量%と、平均粒径1.5μmの(Ta,Nb)C粉:2重量%と、平均粒径1.5μmのCo粉:7重量%とからなる混合粉末を焼結してWC−(Ti,W,Ta,Nb)(C,N)−Co系のWC基超硬合金を得た。そのWC基超硬合金をISO規格CNMG120412形状のインサートに加工して、それを基材とした。なお、WC基超硬合金基材の表面近傍には、WCとCoのみからなる脱β層が形成されている。逃げ面における脱β層の厚みは15μmであった。このWC基超硬合金基材の表面に化学蒸着法で表1に示す膜構成の被膜を形成した。なお、表1の第4層(Al膜)における(α)はα型Al膜を表し、(κ)はκ型Al膜を表す。
【0036】
【表1】
【0037】
このようにして得た被覆切削工具にそれぞれ乾式ショットブラストを施した。乾式ショットブラスト条件は、平均粒径150μmのAl製投射材(Hv:1800〜2000)を被膜の表面に対して、表2に示す条件で投射したものであり、クラックの進展角度および進展深さが異なる被覆切削工具を得た。
【0038】
【表2】
【0039】
試料の被覆切削工具を破断し、その破断面のSEM像の写真から、被覆切削工具のクラックの進展深さ、進展角度および本数を測定した。表3および表4には、各試料について、被膜の表面から被膜の途中まで進展したクラックの進展深さと進展角度を示した。表5および表6には、各試料について、被膜の表面から被膜の途中まで進展したクラックの本数を示した。すなわち、表3、表4および表5の測定結果は、被膜の表面から基材まで到達したクラックの測定結果を含んでいない。なお、比較品7は、被膜の表面から被膜の途中まで進展したクラックが観察されなかった。
【0040】
【表3】
【0041】
【表4】
【0042】
【表5】
【0043】
【表6】
【0044】
クラック間隔を測定する被膜表面を鏡面研磨し、フッ硝酸にてエッチングしてクラックを観察した。フッ硝酸を完全に除去した後に鏡面研磨面を75〜150倍の倍率で光学顕微鏡にて光顕写真を撮影した。得られた光顕写真に数本の直線を引き、クラックとその直線の交点間の距離を求め、それをクラック間隔とした。50箇所のクラック間隔を測定し、それらの値からクラック間隔の平均値を求めた。表7および表8に各試料の被膜の表面におけるクラック間隔の平均値を示した。
【0045】
【表7】
【0046】
【表8】
【0047】
被覆切削工具を用いて切削試験を行った。S53C(硬さ:H240)を被削材に使用した。被削材の形状は、直径180mm×厚さ60mmの円盤状の中心に直径50mmの穴があり、図2に示されるように、中心から外径側に向かって4本の凸部(凸部の縁と隣の凸部の縁がなす角度は80°である。)が設けられた形状とした。切削試験では、下記の切削条件で被削材に対して端面切削を行った。
【0048】
[切削条件]
切削速度:200m/min、
切込み:1mm、
送り:0.3mm/rev、
切削雰囲気:湿式(水溶性エマルジョン使用)、
最大衝撃回数:25600回(被削材1個当たり6400回)、
試験回数:4回
【0049】
衝撃回数が6400回、12800回、19200回、25600回になる毎に、欠損の発生を確認した。凸部に触れた回数が衝撃回数となる。なお、被削材が1回転する間に、被覆切削工具が被削材の凸部に4回触れる。表9および表10には欠損が生じた衝撃回数およびその平均回数を示した。
【0050】
【表9】
【0051】
【表10】
【0052】
表9および表10に示す結果から、クラックの進展角度が45°以下ある斜めクラックが1本以上存在する発明品は比較品よりも、欠損に至る衝撃回数の平均回数が2倍以上に伸びており、大幅に耐欠損性が優れることが分かった。すなわち、発明品は比較品よりも工具寿命が大幅に長いことが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明の被覆切削工具は、耐チッピング性および耐欠損性に優れるため、本発明の被覆切削工具を用いると工具寿命を延長できるという効果が得られる。
【符号の説明】
【0054】
1基材
2被膜
3すくい面
4逃げ面
5斜めクラック
6凸部
7凹部
図1
図2