【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成23年度、経済産業省、「二酸化炭素固定化・有効利用技術等対策費補助金(バイオ技術活用型二酸化炭素固定大規模固定化技術開発)」を受ける事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【文献】
間藤 徹,「ホウ素の植物生理学 ―最近の展開―」,Radioisotopes,2000年 5月15日,Vol. 49, No. 5,p. 279-281
【文献】
James Stangoulis et al.,"The Mechanism of Boron Mobility in Wheat and Canola Phloem",Plant Physiology,American Society of Plant Biologists,2010年 6月,Vol. 153, No. 2,p. 876-881
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0017】
1.ホウ素充足度判定用マーカー
本発明の第1の実施形態は、植物のホウ素充足度判定用マーカー(以下、本明細書においては、しばしば単に「マーカー」と略して表記する)である。本発明のマーカーは、植物におけるホウ素の充足度に依存して量的に変化する植物由来の代謝産物である。具体的には、上記表1においてマーカーNo.1〜5で示される物質をいう。
【0018】
本明細書において「植物」とは、コケ植物、シダ植物及び種子植物をいう。好ましくは種子植物である。種子植物の場合、裸子植物若しくは被子植物、又は草本類若しくは木本類は問わない。好ましくは被子植物、より好ましくはフトモモ科植物、さらに好ましくはユーカリプタス属の植物である。例えば、ユーカリプタス・カマルドレンシス、ユーカリプタス・デグルプタ、ユーカリプタス・グランディス、ユーカリプタス・ユーロフィラ、ユーカリプタス・ペリータ、ユーカリプタス・グロブラス、ユーカリプタス・ブラシアーナ、ユーカリプタス・テレティコンティス又はそれらの雑種、例えば、ユーカリプタス・カマルドレンシスとユーカリプタス・デグルプタの雑種(以降、「カマルドレンシス×デグルプタ」とする)、ユーカリプタス・カマルドレンシスとユーカリプタス・ユーロフィラの雑種(以降、「カマルドレンシス×ユーロフィラ」とする)、ユーカリプタス・ペリータとユーカリプタス・ブラシアーナの雑種、又はユーカリプタス・ペリータとユーカリプタス・カマルドレンシスの雑種が挙げられる。
【0019】
本明細書において「植物におけるホウ素の充足度」とは、ホウ素がその植物の生育上必要な量に達しているか否かの程度をいう。例えば、植物におけるホウ素の充足度が低い場合には、その植物体におけるホウ素量が生育上必要な量に達していないこと、すなわち、その植物においてホウ素が不足状態又は欠乏状態にあることを意味する。また、植物におけるホウ素の充足度が高い場合には、その植物体におけるホウ素量が生育上必要な量に達していること、すなわち、その植物においてホウ素が充足状態にあることを意味する。本明細書において、ホウ素の充足度が高いか低いかの判定基準は、本発明のマーカーの蓄積量に基づいて決定される。これについては、後述するホウ素充足度判定方法の判定工程で詳述するため、ここではその説明を省略する。
【0020】
本明細書において「代謝産物」とは、植物において、呼吸に代表される異化代謝又は光合成に代表される同化代謝によって生じる全ての物質をいう。例えば、タンパク質(酵素を含む)、低分子化合物(植物ホルモン、ポリフェノール、糖、アミノ酸、ヌクレオチドを含む)が挙げられる。水溶性、脂溶性は、問わない。
【0021】
上記代謝産物のうち、本発明のホウ素充足度判定用マーカーは、高速液体クロマトグラフタンデム質量分析において、液体クロマトグラフィーでのアセトニトリルの時間的な連続濃度勾配を0分3%〜6.3分70%で形成させたときに表1で示す保持時間で分離され、かつ質量分析におけるプリカーサーイオン及びプロダクトイオンの質量電荷比が表1で示す値で特定されるマーカーNo.1〜5で示される物質である。より具体的には、後述する実施例2の測定条件で特定される物質である。
【0022】
「高速液体クロマトグラフタンデム質量分析」(以下「LC-MS/MS分析」と略記する)とは、液体クロマトグラフィー(LC: liquid chromatography;以下「LC」と略記する)(通常は、高速液体クロマトグラフィー(HPLC:High performance liquid chromatography;以下「HPLC」と略記する)を使用する)と2つの質量分析計が直列に連結された装置を用いる質量分析法(MS:Mass Spectrometry)である(Kachlickiet al., J Mass Spectrom J Mass Spectrom. (2008) 43(5):572-586)。LC-MS/MS装置では、LCで所定の保持時間に分離された試料が、特定の質量電荷比を有するイオンのみ通過可能な1つめのMS(Q1)でプリカーサーイオンにイオン化された後、Q2で代謝産物が高電圧によって分解され、プロダクトイオンが発生する。続く2つめのMS(Q3)で特定の質量電荷比を有するプロダクトイオンのみが通過し、検出器にて検出される。それ故、化学構造が同定されていない代謝産物であっても、LCでの試料分離条件、及び分解前と分解後の通過可能なイオンの質量電荷比を予め設定しておくことで、試料中に含まれるその代謝産物を特定することができる。
【0023】
本発明における「アセトニトリルの時間的な連続濃度勾配」とは、LCの溶媒であるアセトニトリルの、所定時間内における連続的な濃度勾配をいう。具体的には、0分時の濃度が3%であり、6.3分時の濃度が70%であり、その間の時間に対する濃度が連続的な傾斜を形成する濃度勾配をいう。
【0024】
以上のように、本発明の各ホウ素充足度判定用マーカーは、LC-MS/MS分析を用いて、前記時間的な連続濃度勾配を形成したアセトニトリルと共に試料をカラム内に流通させ、表1に記載のそれぞれの保持時間で分離した代謝物を、質量分析器で分析した場合、プリカーサーイオンとプロダクトイオンが表1に記載の質量電荷比を示す物質として特定し、その存在を確認し、さらに定量することができる。
【0025】
なお、表1のマーカーNo.1〜5で示す本実施形態のマーカーは、後述する実施例1で示すように、いずれも植物体中の蓄積量がホウ素量の減少に伴って増加する、すなわち、ホウ素の不足又は欠乏によって、被検植物内での発現、合成、又は分泌若しくは放出の量が増加する、性質を有する代謝産物である。
【0026】
2.ホウ素充足度判定方法
本発明の第2の実施形態は、植物におけるホウ素充足度判定方法である。本発明の方法は、抽出工程、測定工程、及び判定工程を必須の工程として含むことを特徴とする。以下、各工程について、具体的に説明をする。
【0027】
2−1.抽出工程
「抽出工程」とは、被検植物の全部又は一部から代謝産物を含む抽出物を抽出する工程である。
【0028】
本明細書において「被検植物」とは、ホウ素の充足度を判定するために本発明のホウ素充足度判定方法に供される植物であって、任意の環境下で育成された植物である。
【0029】
本明細書において「被検植物の全部」とは、被検植物の植物体を構成する全ての部分をいう。また、「被検植物の一部」とは、被検植物の植物体を構成する器官(例えば、根部、茎部、葉部、花部、又は胞子若しくは種子等)、前記器官を構成する形態的及び/若しくは機能的に分化した細胞群である組織、又は前記組織を構成する細胞をいう。当該一部は、被検植物のいずれの部位を用いてもよいが、好ましくは葉部である。これは、入手が容易であり、被検植物に与える負荷が比較的小さく、植物体の中でも代謝産物を最も多く含有していることから、第1実施形態のホウ素充足度判定用マーカーを包含している可能性が高いためである。
【0030】
本明細書において「抽出物」とは、複数の代謝産物を包含する植物抽出物、通常は、植物抽出液をいう。前述のように、本発明の代謝産物は、水溶性及び脂溶性を問わないことから、抽出物の抽出に用いる溶媒は、水溶液又は有機溶媒(例えば、低級アルコール、エーテル、クロロホルム、酢酸エチルエステル、キシレン等)のいずれであってもよい。
【0031】
被検植物から抽出物を抽出する方法は、被検植物から代謝産物を抽出できる方法であれば特に限定しない。例えば、水溶性の代謝産物を得る場合には、植物体を必要に応じて粉砕等した後、加水し、所定の期間浸漬及び/又は圧搾した後、ろ過してろ液を回収するか又は遠心分離後の上清を回収すればよい。また脂溶性の代謝産物を得る場合には、植物体を必要に応じて粉砕等した後、メタノール等の有機溶媒に所定の期間浸漬した後、ろ過してろ液を回収するか又は遠心分離後の上清を回収すればよい。これらの抽出方法の詳細については、当該分野で公知の技術を用いることができる。例えば、文献名(Iijima et al., The Plant Journal (2008)54,949-962, Suzuki et al., Phytochemistry (2008) 69, 99-111)に記載の方法を参照すればよい。
【0032】
なお、本発明のホウ素充足度判定方法において、後述する判定工程において、ホウ素の充足度を被検植物と対照植物のそれぞれから得られるマーカーの蓄積量の比較によって判定する場合には、本工程において、被検植物と共に対照植物からも抽出物を抽出しておくことが望ましい。この場合、対照植物は、被検植物と同一種又は同一雑種であって、ホウ素を欠いた欠乏状態にあることを前提とする。本発明のマーカーは、ホウ素量以外の他の諸条件、例えば、生育気象条件(例えば、気温、日照時間、湿度)、土壌条件、時間的条件(例えば、生育期間、生育時期)及びその植物の健康状態による影響を受けないか、ほとんど影響されないことから、これらの諸条件は、被検植物と対照植物と必ずしも同一である必要はないが、より正確性の高い結果を得るためには、ホウ素量以外の各条件が可能な限り同一であることが好ましい。また、個体の一部から抽出物を抽出する場合、その一部は、被検植物と対照植物間で同一部分を用いることが好ましい。例えば、抽出物を被検植物の葉から抽出する場合、対照植物の抽出物も同様に葉から抽出することが好ましい。
【0033】
2−2.測定工程
「測定工程」とは、前記抽出工程で得られた抽出物中に含まれるマーカーの蓄積量を測定する工程である。
【0034】
本工程で測定するマーカーは、前記第1実施形態に記載した5つのマーカーの少なくとも一つであって、いずれかを任意に選択すればよい。2以上5以下の複数のマーカーの使用は、本発明の判定方法における判定結果の信頼性を高める上でも好ましい。
【0035】
本明細書において「蓄積量」とは、抽出工程で得られた抽出物中における特定のマーカーの量である。この量は、濃度、イオン強度、吸光度又は蛍光強度のような相対量であってもよく、また所定量の抽出物中に包含されるマーカーの重量又は容量のような絶対量であってもよい。
【0036】
抽出物中に含まれるマーカーの蓄積量を測定する方法は、抽出物から特定の代謝産物を検出及び定量できる方法であれば特に限定はしない。例えば、質量分析法、抗原抗体反応を応用した方法及び電気泳動法等を用いて検出及び定量することができる。
【0037】
質量分析法は、高速液体クロマトグラフ質量分析法(LC-MS)、高速液体クロマトグラフタンデム質量分析法(LC-MS/MS)、ガスクロマトグラフ質量分析法(GC-MS)、ガスクロマトグラフタンデム質量分析法(GC-MS/MS)、キャピラリー電気泳動質量分析法(CE-MS)及びICP質量分析法(ICP-MS)を含む。
【0038】
抗原抗体反応を応用した方法は、それぞれのマーカーを特異的に認識する抗体を用いて、ELISA(Enzyme-Linked ImmunoSorbent Assay)法、表面プラズモン共鳴(SPR)法、又は水晶振動子マイクロバランス(QCM)法を利用することができる。
【0039】
また、分析する代謝産物がタンパク質である場合、電気泳動法として、例えば、二次元電気泳動法を利用することができる。
【0040】
上記分析法は、いずれも当該分野に公知の技術であって、それらの方法に準じて行えばよい。例えば、文献名(Yoko Iijima et al., The Plant Journal (2008)54,949-962, Masami Hirai et al. Proc Natl Acad Sci USA(2004) 101(27) 10205-10210, Shigeru Sato et al., The Plant Journal (2004) 40(1)151-163, Motoyuki Shimizu et al., Proteomics (2005) 5,3919-3931)を参照すればよい。
【0041】
第1実施形態に記載のマーカーは、その化学構造が未同定であるが、第1実施形態に記載のようにLC-MS/MS分析によって特定できることから、抽出物中に含まれるその蓄積量は、少なくともLC-MS/MS分析を用いることで測定可能である。例えば、抽出物中に含まれるマーカーNo.1の蓄積量を測定するには、LCにおいてアセトニトリルを、0分時の濃度が3%であり、6.3分時の濃度が70%であり、その間の時間に対して連続的な濃度勾配を形成するようにカラム内に抽出物と共に流入し、2.37分で分離された物質を、Q1におけるプリカーサーイオンの質量電荷比を499.2に、Q3におけるプロダクトイオンの質量電荷比を499.2に、それぞれ設定したタンデム質量分析器に通すことによって、抽出物中にマーカーNo.1が存在していれば、検出器でそれを特異的に検出、定量することができる。
【0042】
2−3.判定工程
「判定工程」とは、前記測定工程で得られたマーカーの蓄積量に基づいて、前記被検植物におけるホウ素の充足度が高いか低いかを判定する工程である。「マーカーの蓄積量に基づいて」とは、マーカーの蓄積量をホウ素の充足度の判定に利用することを意味する。
【0043】
ホウ素充足度の判定基準は、マーカーの蓄積量を利用したものであれば、特に限定はしない。例えば、マーカーを選択する際に設定した値又は得られた値を基準値として判定基準に用いてもよいし、対照植物におけるマーカーの蓄積量を判定基準としてもよい。
【0044】
ここで「基準値」とは、表1に示すマーカーをホウ素充足度判別用マーカーとして選択する際に得られた又は使用したLC-MS分析におけるイオン強度値である。
【0045】
本発明のマーカーは、後述の実施例1に記載するように、被検植物と同一の植物種をホウ素充足区とホウ素欠乏区とで水耕栽培し、両区のそれぞれの個体から得られた代謝産物の蓄積量を比較した際に、下記表2に示すように、ホウ素充足区の個体における蓄積量が、イオン強度で、1/1.5倍以下のイオン強度を有する代謝産物を選択したものである。すなわち、表1及び2において、マーカーNo.1〜5で示すマーカーは、植物体におけるその蓄積量がホウ素量の減少に伴って増加する性質の代謝産物である。これらのマーカーのホウ素欠乏区の個体におけるその蓄積量は、表2に示すように、イオン強度で、マーカーNo.1では0.50±0.19、マーカーNo.2では0.78±0.34、マーカーNo.3では1.96±0.84、マーカーNo.4では3.89±1.14、及びマーカーNo.5では5.47±1.32であったことから、それぞれのイオン強度の1/1.5倍に相当する値、具体的には、マーカーNo.1では0.33±0.19、マーカーNo.2では0.52±0.34、マーカーNo.3では1.31±0.84、マーカーNo.4では2.59±1.14、及びマーカーNo.5では3.66±1.32を基準値とすることができる。
【0046】
したがって、マーカーNo.1〜5では、判定方法として、被検植物で得られたその蓄積量が、イオン強度で、上記基準値以下である場合には、その被検植物におけるホウ素の充足度は高いと判定することができ、逆に上記基準値を上回る場合には、その被検植物におけるホウ素の充足度は低いと判定することができる。
【0047】
また、ホウ素充足区の個体におけるマーカーNo.1〜5の蓄積量が、イオン強度で、それぞれ0.00±0.00、0.02±0.02、0.01±0.01、0.01±0.01、及び0.07±0.24であったことから、この値をより厳密な基準値としてもよい。この場合、被検植物で得られたそのマーカーの蓄積量が、イオン強度で、上記基準値以下である場合には、その被検植物におけるホウ素の充足度は高いと判定とし、逆に上記基準値を上回る場合には、その被検植物におけるホウ素の充足度は低いと判定とすることもできる。
【0048】
なお、上記基準値を判定工程に用いる場合、LC-MS分析で分析したマーカーの蓄積量の値にはサンプル間で若干の誤差を生じる可能性があるため、それぞれのマーカーの蓄積量を内部標準物質(例えば、(-)Epicatechin)の蓄積量で除算することにより標準化することが望ましい。
【0049】
また、対照植物におけるマーカーの蓄積量を判定基準とする場合は、本発明のマーカーに関して、被検植物の抽出物中の蓄積量と対照植物における抽出物中の蓄積量とを比較し、その結果に基づいて被検植物におけるホウ素の充足度を判定すればよい。ここでいう「対照植物」とは、被検植物と同一種又は同一雑種で、かつ同程度の成長状態を有する植物であって、ホウ素を生育上必要最小限量で付与したホウ素充足個体、又はホウ素を欠いたホウ素欠乏個体等が挙げられる。ただし、本発明の5つのマーカーは、上記のように、いずれもホウ素充足個体ではほとんど蓄積が認められない代謝物である。したがって、対照個体としては、ホウ素欠乏個体であることが好ましい。
【0050】
対照植物におけるマーカーの蓄積量を判定基準とする場合、前記抽出工程と測定工程は、対照植物と被検植物で同時期に同一条件下で行うことが好ましい。あるいは、対照植物に対して様々な条件下で抽出工程と測定工程を行い、得られたマーカーの蓄積量を予めデータベース化して保存しておき、本工程において、ホウ素以外の諸条件が被検植物と可能な限り合致する対照植物マーカーの蓄積量を選択して利用してもよい。
【0051】
対照植物におけるマーカーの蓄積量を判定基準として被検植物のホウ素充足度を判定する場合、具体的な判定方法は、制限はしない。例えば、対照植物がホウ素を欠いたホウ素欠乏個体又は植物の生長上必要最小限量を下回るホウ素量を有するホウ素不足個体である場合、被検植物と対照植物における当該マーカーの蓄積量に統計学的に有意な量的差異が見られるか否かを検証し、有意な差があれば被検植物におけるホウ素が充足状態にあると判定することもできる。「統計学的に有意」とは、両者のマーカー蓄積量の差異を統計学的に処理したときに、有意な差があることをいう。統計学的処理の検定方法は、有意性の有無を判断可能な公知の検定方法を適宜使用すればよく、特に限定しない。例えば、スチューデントt検定法、多重比較検定法を用いることができる。具体的には、例えば、危険率(有意水準)が5%、1%又は0.1%より小さい場合が挙げられる。
【0052】
本発明のマーカーは、いずれも植物のホウ素量と反比例関係にあることから、統計学的に有意な量的差異の具体例としては、対照植物におけるマーカー蓄積量が、イオン強度で、ホウ素欠乏状態の対照植物におけるそれの1/1.5倍以下、好ましくは1/2倍以下、より好ましくは1/2.5倍以下のイオン強度を有する場合が挙げられる。
【0053】
本方法によれば、被検植物におけるホウ素栄養状態を、他要因に影響されることなく正確に判定することができる。
【0054】
本方法によれば、植物のホウ素充足度から、その植物を植栽している植栽地におけるホウ素の、植物が実質的に利用可能な量の多寡を知ることができる。
【0055】
本方法によれば、特定の土地に自生する植物を用いて、そのホウ素の充足度を判定することによって、植栽地として利用する前にその土地のホウ素の充足度を見極めることができる。
【0056】
3.ホウ素施肥方法
本発明の第3の実施形態は、ホウ素施肥方法である。本方法は、前記第2実施形態のホウ素充足度判定方法を用いて、その判定結果に基づいて被検植物を植栽する土地へのホウ素施肥を決定する方法である。
【0057】
ホウ素を施肥するか否かの決定は、第2実施形態のホウ素充足度判定方法での判定結果に基づいて適宜行えばよい。例えば、被検植物のホウ素充足度が不足状態にあると判定された場合には、その被検植物が植栽されている土地に施肥するホウ素をホウ素充足度判定方法に供する直前に施肥していた量よりも増やすか、又はホウ素を施肥していなかった場合には、施肥するようにすればよい。また、被検植物のホウ素充足度が充足状態にあると判定された場合には、その被検植物が植栽されている土地に施肥するホウ素量をホウ素充足度判定方法に供する直前に施肥していた量で維持すればよい。
【0058】
施肥するホウ素は、当該分野で公知の状態で施肥すればよい。例えば、ホウ酸、又は硼砂のようなホウ酸塩として施肥することができる。
【0059】
本方法によれば、被検植物が生育する土地にホウ素を施肥すべきか否か、及びどの程度の量で施肥すればよいかを決定することができる。また、それによって、植物のホウ素の不足又は欠乏状態を回避又は解消させて、植物の成長状態を維持又は改善することが可能となる。その結果、植物の生産量や生産効率を高めることもできるようになる。
【実施例】
【0060】
<実施例1:ホウ素充足度判定用マーカーの選択>
(材料)
2つの試験区(ホウ素充足区、及びホウ素欠乏区)で約3ヶ月間、水耕栽培を行ったユーカリプタス属の雑種クローン(カマルドレンシス×デグルプタ)24個体を用いた。両試験区での栽培条件は、ホウ素充足区では、液体培地中に生育上必要最小限量(1.5mg/L)のホウ素が含まれており、ホウ素欠乏区では、液体培地中のホウ素量が0であることを除いて、全て同一としている。
【0061】
なお、ホウ素欠乏区のクローンでは、新芽が枯死する、根が短くなる、葉の数が少ない、樹高が低い等、ホウ素欠乏に特徴的な成長阻害が認められた。
【0062】
(方法)
1.葉のサンプリング
上記のホウ素充足区、ホウ素欠乏区の各ユーカリプタス個体について、ハサミで葉柄部分から葉を切り取った。採取した葉の主脈部分を取り除き、残りを50℃で一晩乾燥させた。
【0063】
2.抽出物の抽出
乾燥重量で約30mgの前記各個体をセフロックチューブに入れた。直径5mmのジルコニアボール(東ソー)をチューブに加え、Tissue Lyser II(キアゲン)で葉サンプルを25Hzにて30秒間振動させて粉砕した。続いて、チューブに抽出液(水:メタノール:クロロホルム=1:2.5:1(v:v:v)、5 mg/mL (-)Epicatechinを内部標準物質として含む)を1mL加え、Tissue Lyser IIを用いて25 Hzで120秒間振動させて抽出した。得られた抽出液を12000×gで10分間遠心分離した後、上清約0.9mLに水0.4mLを加えて、12000×gで10分間遠心分離し、上層(水メタノール層)と下層(クロロホルム層)に分離した。続いて、上層をMillex-LG(ミリポア)を用いてろ過し、ろ液を回収した。
【0064】
3.LC-MS分析
得られたろ液のうち10μLを以下の条件でLC-MS分析に供した。具体的な分析方法については、各使用機器に添付の使用説明書に従った。
【0065】
3-1.液体クロマトグラフィー(LC)条件
・使用機器:UFLC (島津製作所)
・溶離液A:0.1%ギ酸(和光)入り 水クロマトグラフィー用リクロゾルブ
・溶離液B: 0.1%ギ酸(和光)入り アセトニトリルLC/MS用ハイパーグレードリクロゾルブ
・カラム:TSKgel ODS-100V 3.0x 750mm 粒子3μm(東ソー)
・ガードカラム: TSKguardgel ODS-100V, 粒子5μm(東ソー)
・カラム温度:40℃
・流速:0.5 mL/min
・時間連続濃度勾配(タイムスケジュールグラジュエント)B%
0分:3%〜10分:97%
【0066】
3−2.MS条件
・使用機器:3200QTRAP
・Mass range: 100-1000
・イオン化方法:ESI-Positive
・スキャンモード:Enhanced Mass Scan
・スキャン速度:4000 amu/sec
・解析ソフトウェア:Analyst 1.4.2
【0067】
3−3.MSMS条件
・使用機器:3200QTRAP
・Mass range: 50-1000
・イオン化方法:ESI-Positive
・スキャンモード:Enhanced Product Ion Scan
・スキャン速度:4000 amu/sec
・解析ソフトウェア:Analyst 1.4.2
【0068】
3−4.アライメント条件
・代謝産物データのアライメント:Marker View
TM 1.2 Software
・溶出時間許容誤差:1分
・Mass 許容誤差:25ppm
・Intensity threshold: 10,000
【0069】
4.ホウ素充足度判定用マーカーの選択
前記LC-MS/MS分析で得られた代謝産物の中から、GeneSpring MS(アジレントテクノロジー社)のVolcano Plotにより、蓄積量的にホウ素充足度を示す代謝産物を選択した。具体的には、代謝産物の蓄積量をホウ素充足区の個体とホウ素欠乏区の個体の間で比較した時に、充足区個体における蓄積量がイオン強度で欠乏区個体におけるそれの1.5倍以上の代謝産物、又は1/1.5倍以下の代謝産物をホウ素充足度判定用マーカーとして選択した。
【0070】
なお、いずれの代謝産物もホウ素量に応じて植物体内で変動する物質であるが、前者は、植物体におけるその蓄積量がホウ素量の増加に伴って増加する、言わばホウ素量と比例関係にあるマーカーであり、逆に後者は、植物体におけるその蓄積量がホウ素量の増加に伴って減少する、言わばホウ素量と反比例関係にあるマーカーといえる。
【0071】
(結果)
選択の結果、表2及び3に示す5つの代謝産物(マーカーNo.1〜5)が得られた。表2は、ホウ素欠乏区の個体とホウ素充足区の個体間での代謝産物の蓄積量の比較結果を、また表3は、得られたそれぞれのマーカーをLC-MS/MS分析で特定するためのLC保持時間、プリカーサーイオン及びプロダクトイオンの質量電荷比を示している。
【0072】
【表2】
【0073】
【表3】
【0074】
この表に示すように、マーカーNo.1〜5は、いずれも欠乏区個体で蓄積しているが、充足区個体ではほとんど認められず、充足区個体における蓄積量がイオン強度で欠乏区個体におけるそれの1/1.5倍以下に分類される代謝産物であることが明らかとなった。すなわち、本発明のマーカーNo.1〜5の代謝産物は、ホウ素量と反比例関係にある性質のマーカーであった。
【0075】
<実施例2:ホウ素充足度判定方法を用いた被検植物のホウ素充足度の判定>
複雑な環境要因が影響していると考えられる植林地現場において、実施例1とは異なるユーカリ樹種サンプルに対して、本発明のホウ素充足度判定方法を用いて、実際に正確なホウ素充足度の判定が可能であるかを検証した。
【0076】
(材料)
ラオス植林地にある2ヶ所の試験地(試験地A、及び試験地B)に植栽された0.8年目のユーカリプタスの雑種(カマルドレンシス×ユーロフィラ)をサンプルに用いた。この2試験地では、それぞれにホウ素の施肥区・無施肥区を設定しており、試験区A及びBからホウ素施肥個体とホウ素無施肥個体のそれぞれを用いた。なお、両試験区とも、ホウ素無施肥区では、個体に典型的なホウ素不足症状(新芽の枯死、葉の数が少ない等)が認められた。
【0077】
(方法)
1.葉のサンプリング
上記両試験区のホウ素施肥区、ホウ素無施肥区における各個体の葉をハサミで葉柄部分から切り取った。採取した葉の主脈部分を取り除き、残りを50℃で一晩乾燥させた。
【0078】
2.抽出物の抽出
実施例1に記載の方法に準じて行った。
【0079】
3.LC-MS/MS分析
得られたろ液のうち10μLを以下の分析条件にてLC-MS/MS分析に供した。具体的な分析方法については、各使用機器に添付の使用説明書に従った。
【0080】
3−1.液体クロマトグラフィー(LC)条件
・使用機器:UFLC (島津製作所)
・溶離液A:0.1%ギ酸(和光)入り 水クロマトグラフィー用リクロゾルブ
・溶離液B: 0.1%ギ酸(和光)入り アセトニトリルLC/MS用ハイパーグレードリクロゾルブ
・カラム:TSKgel ODS-100V 3.0x 750mm 粒子3μm(東ソー)
・ガードカラム: TSKguardgel ODS-100V, 粒子5μm(東ソー)
・カラム温度:40℃
・流速:1.0 ml/min
・時間連続濃度勾配(タイムスケジュールグラジュエント)B%
0分:3%〜6.3分:70%
【0081】
3−2.MS条件
・使用機器:3200QTRAP
・スキャンモード:Multiple Reaction Monitoring
・イオン化方法:ESI-Positive
・スキャン速度:4000 amu/sec
・解析ソフトウェア:Analyst 1.4.2
・Target Mass:
No.1: Q1: m/z: 499.2, Q3: m/z: 499.2 RT =2.4
No.2: Q1: m/z: 497.2, Q3: m/z: 497.2 RT =3.5
No.3: Q1: m/z: 475.1, Q3: m/z: 313.2 RT =4.8
No.4: Q1: m/z: 461.2, Q3: m/z: 299.2 RT =4.7
No.5: Q1: m/z: 673.6, Q3: m/z: 673.6 RT =4.5
No.6: Q1: m/z: 291.2, Q3: m/z: 139.1 RT =2.6
ここで、No.6は、内部標準物質(-)Epicatechinである。
また、Q1及びQ3は、各マーカーの質量電荷比データ(m/z)、RTは保持時間(分)を示す。
【0082】
4.データの標準化)
質量分析装置の場合、マーカーの蓄積量は、同一サンプルであっても分析ごとに若干異なるため標準化が必要となる。ここでは、各種マーカーの蓄積量を内部標準物質((-)Epicatechin)の蓄積量で除算することにより標準化した。
【0083】
5.判別分析
試験地Aのホウ素施肥区サンプルと無施肥区サンプルから得られた代謝物データを、判別分析用のトレーニングデータセット、すなわち、ベースとなるテキストサンプルとし、被検サンプルとなる試験地Bのサンプル(合計52検体)のホウ素の充足状態、不足状態を、表1で示した全てのマーカーのプロファイルに基づき判定した。判定方法は以下の条件で行った。
【0084】
・判定アルゴリズム:K最近傍法
クラスのラベルが付加された訓練事例が与えられているクラス分類の場合:分類したい事例から近い方から順にk個の事例を見つける.これらk個の事例のうち、最も多数をしめるクラスに分類する手法。
・マーカー: ホウ素充足度判定用マーカー5種
・トレーニングデータセット:ラオス植林地内の試験地Aに設定したホウ素施肥区サンプル(ホウ素充足個体)及びホウ素無施肥区サンプル(ホウ素不足個体)から得られたマーカーのプロファイル
・被検サンプルデータ:ラオス植林地内の試験地Bに設定したホウ素施肥試験サンプル52検体(ホウ素施肥区サンプル27検体、ホウ素施無肥区サンプル25検体)の各々から得たマーカーのプロファイル
【0085】
(結果)
結果を
図1及び表4に示す。
試験地Bのホウ素施肥区27検体のホウ素充足度を判定したところ、全検体が、全てのマーカーにおいて充足状態にあるという判定結果が得られた。ホウ素施肥区の検体は、ホウ素充足個体であることから、本発明の判定方法により、判定結果と実条件とが一致する正答が得られたことになる。
【0086】
一方、ホウ素無施肥区25検体の判別分析したところ、4個体において充足状態にあるという判定が出たものの、21検体ではホウ素が不足状態にあるという判定結果が得られた。ホウ素無施肥区の検体は、ホウ素不足個体であることから、本発明の判定方法により、約92.3%の正答が得られたことになる。
【0087】
以上のように、本発明のマーカーを用いたホウ素充足度判定方法によれば、複雑な環境要因が影響していると考えられる植林地現場サンプルに対しても、正答率90%を超える高い判定精度でその土地で生育する植物のホウ素充足度の判定ができることが立証された。
【0088】
また、前述のように実施例1と実施例2とでは、実験に用いた植物種が異なる。本発明のマーカーは、実施例1に記載の植物種から分離された代謝産物であるが、本実施例において、異なる植物種にも有効であることが明らかとなり、マーカーの一般性も立証された。
【0089】
【表4】