【文献】
N. Kobayashi, H. Asakawa,T. Fukuma,Quantitative potential measurements of nanoparticles with different surface charges in liquid by ope,J. Appl. Phys.,2011年 8月25日,110
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
原子間力顕微鏡(Atomic Force Microscope(AFM);以後AFMという)は、鋭く尖った探針を先端に有する片持ち梁(以後、カンチレバーという)を力検出器として用いて、試料表面の微細な凹凸像を得る装置である(例えば、特許文献1)。
【0003】
具体的には、探針を試料に近づけると、探針−試料間に相互作用力が働く。この相互作用力を検出し、それを一定に保つように、探針の試料に対する垂直位置を制御する。この状態で、探針を試料に対して水平方向に走査すると、探針は試料の凹凸をなぞるように上下する。AFMは、その軌跡を水平位置に対して記録することにより、試料表面の凹凸像を得る。
【0004】
AFMでは、カンチレバーを用いて探針−試料間相互作用力を検出する方法の違いにより、(A)スタティックモードAFMと、(B)ダイナミックモードAFMの2つの動作モードが知られている。
【0005】
スタティックモードAFMでは、探針−試料間相互作用力によって生じるカンチレバーの変位から探針−試料間相互作用力を検出する。
【0006】
一方、ダイナミックモードAFMでは、カンチレバーをその共振周波数近傍の周波数で機械的に振動させながら試料に対して水平方向に走査した際の、探針−試料間相互作用力によって生じる振動振幅、周波数又は位相の変化から探針−試料間相互作用力を検出する。
【0007】
こうしたAFMを用いて、試料表面の凹凸像と同時に、試料表面の電位分布を計測する方法が知られている(例えば、非特許文献1)。
【0008】
図8は、AFMを用いた電位計測装置として一般に知られている、ケルビンプローブ原子間力顕微鏡(Kelvin Probe Force Microscopy(KPFM);以後、KPFMという)の原理を示す模式図である。
【0009】
図8に示されるように、KPFM800は、カンチレバー804と、探針形状をした電極(以後、探針電極ともいう)823と、試料805と、交流電源801と、直流電源852とを備える。
【0010】
カンチレバー804は、鋭く尖った探針電極823を先端に有する。カンチレバー804の両端のうち、探針電極を有する端は自由端である。また、他端は固定端である。
【0011】
試料805は、大気中、又は、真空状態に置かれた計測対象物である。
【0012】
交流電源801は、探針電極823と、試料805との間に、V
acCOS(ω
mt)で示される交流バイアス電圧を印加する電源装置である。ここで、V
acは、交流電圧の振幅であり、ω
mは、交流電圧の角周波数に対応する。
【0013】
直流電源852は、探針電極823と、試料805との間に、V
dcで示される直流バイアス電圧を印加する電源装置である。
【0014】
試料805の表面には、電荷、分極、仕事関数などの分布により、電位分布V
sが存在する。したがって、交流電源801及び直流電源852によるバイアス電圧印加後の探針電極−試料間電位差V
tsは以下の数式(1)で与えられる。
【0015】
【数1】
【0016】
ここで、試料805の両面のうち、探針電極823と向き合う側を試料805の表面とし、他方の面を試料805の裏面とする。さらに、裏面から表面へ向かう向きを正とする座標軸を、以後z軸とする。また、探針電極−試料間の静電容量をC
tsとすると、探針電極−試料間に働く静電気力F
esは、以下の数式(2)で与えられる。
【0017】
【数2】
【0018】
数式(2)に示されるように、F
esの中には、(1)直流成分(数式(2)の右辺第1項と第2項)、(2)交流成分のうち、ω
m成分(数式(2)の右辺第3項)、(3)交流成分のうち、2ω
m成分(数式(2)の右辺第4項)が含まれている。
【0019】
ここで、F
esは、カンチレバーの変位、振動振幅、周波数又は位相の変化として計測することが可能である。また、KPFM800は、計測されたF
esに含まれるω
m成分(すなわち、数式(2)の右辺第3項)のみを、ロックインアンプ(図示なし)により検出する。
【0020】
数式(2)で示されるように、ω
m成分は(V
dc−V
s)に比例するため、ω
m成分を打ち消す(ゼロにする)ようにV
dcをフィードバック制御すれば、常にV
dc=V
sが成り立つ。この状態で、探針電極823を試料805に対して水平方向に走査し、その間のV
dcの値を電極の水平位置に対して記録すれば、試料805の表面の電位分布像が得られる。
【0021】
AFMを用いた他の電位計測装置としては、走査型マクスウェル応力顕微鏡(Scanning Maxwell Stress Microscopy(SMM);以後SMMという)が知られている。
【0022】
SMMでは、KPFMと同様の原理で表面電位を計測するが、探針電極−試料間距離の制御方法のみが異なる。KPFMでは、一般的なダイナミックモードAFMと同様に、探針電極823の垂直位置を、カンチレバーの振動振幅、周波数、又は位相の変化が一定となるように制御する。一方、SMMでは、ACバイアス電圧によって生じる2ω
m成分(数式(2)の右辺第4項)が一定となるように探針電極の垂直位置を制御する。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0025】
しかしながら、KPFMやSMMのようなAFMを用いた電位計測装置では、前述の通り、探針電極823と、試料805との間に、直流バイアス電圧、及び、交流バイアス電圧を印加する。
【0026】
その結果、液中において、直流バイアス電圧や、交流バイアス電圧を探針電極−試料間に印加すると、
(1)液中のイオンが再配置して、試料や探針電極の表面に電気二重層を形成し、電界を打ち消してしまうため、試料表面の電位が計測できない。
【0027】
(2)イオンの再配置に伴って生じる溶媒や溶質の密度勾配によって、溶媒や溶質の対流が生じるため、緩和時間が非常に長く(例えば、10秒以上に)なる。その結果、試料全体を実用的な時間で走査することが困難となる。
【0028】
(3)探針電極や試料の電気化学ポテンシャルが変化して、不要な電気化学反応が生じ、探針電極に制御不能な相互作用力が働く。また、計測すべき試料の表面の物性にも大きな影響を与える。さらに、カンチレバーの表面近傍で生じるイオンの再配置や電気化学反応の結果として、表面エネルギーが変化し、そのためにカンチレバーに表面応力が働く。その結果、計測精度が著しく悪化するといった各種の問題が生じうる。
【0029】
こうした問題を解決するため、オープンループ電位顕微鏡(以後、OL−EPMという)が提案されている。
【0030】
OL−EPMでは、電極と試料の間に、高周波ACバイアス電圧のみを印加することにより、液中で生じる電気化学反応並びに溶質、溶媒、イオン及び電荷の再配置を抑制し、液中における試料の電位を精度良く計測することができる。
【0031】
しかしながら、OL−EPMでは、電極−試料間に印加できるバイアス電圧の周波数が制限されるという課題がある。すなわち、試料の電位はカンチレバーの変位を計測することにより測定するが、後述するように、カンチレバーの変位感度には限界がある。したがって、交流バイアス電圧の変調周波数(変調角周波数)ω
mを高くすると、カンチレバーの変位を計測することができないことがある。
【0032】
そこで、本発明は、従来より高い周波数のバイアス電圧を印加して試料の電位計測が可能な電位計測装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0033】
本発明のある局面に係る電位計測装置は、試料の表面電位を計測する電位計測装置であって、電極と、前記電極と前記試料との間の静電気力に対応する電圧を出力する変位計測部と、前記電極と前記試料との間に、第1の交流電圧を印加する第1の交流電源と、前記電極と前記試料との間に、前記第1の交流電圧の周波数と異なる周波数を有する第2の交流電圧を、前記第1の交流電圧に加算して印加する第2の交流電源と、前記変位計測部によって出力される電圧に含まれる特定の周波数成分の大きさを出力する信号検出部とを備え、前記信号検出部は、前記変位計測部によって出力される電圧のうち、(1)前記第1の交流電圧の周波数と同じ周波数の周波数成分の大きさおよび位相と、(2)前記第1の交流電圧の周波数と前記第2の交流電圧の周波数との差と同じ周波数の周波数成分の大きさとを、前記試料の表面電位を算出する電位算出部に出力することにより、前記試料の表面電位を計測する。
【0034】
この構成によると、電位計測装置は、異なる周波数をもつ2つの交流電圧が重畳された電圧をバイアス電圧として、探針電極と試料との間に印加する。また、電位計測装置は、カンチレバーの変位信号に含まれる周波数成分のうち、交流電圧の周波数の2倍成分に代わり、2つの交流電圧の周波数の差に対応する成分を使用して、試料の表面電位を算出する。ここで、2つの周波数の差は、一方の周波数の2倍成分よりも小さくすることができる。これにより、電位計測装置は、バイアス電圧の周波数に、より高い周波数を使用することができる。
【0035】
より具体的には、さらに、前記信号検出部により出力された値から前記試料の表面電位を算出する前記電位算出部を備えており、前記電位算出部は、前記試料の表面電位であるV
sを、(1)前記変位計測部によって出力される電圧のうち前記第1の交流電圧の周波数であるω
1と同じ周波数の周波数成分の大きさであるA
1と、(2)前記変位計測部によって出力される電圧のうちω
1と同じ周波数の周波数成分と前記第1の交流電圧との位相差の余弦の値と、A
1とを乗じた量であるX
1と、(3)前記変位計測部によって出力される電圧のうち、前記第1の交流電圧の周波数であるω
1と前記第2の交流電圧の周波数であるω
2との差と同じ周波数の周波数成分の大きさであるA
Lと、(4)前記第2の交流電源が出力する交流電圧の振幅であるV
2と、(5)自由端側に前記電極が取り付けられたカンチレバーの伝達関数G(ω)とを用いて、V
s=sgn(X
1)×(ω
1−ω
2)/G(ω
1)×(A
1/A
L)×(V
2/2)の式によって算出するとしてもよい。
【0036】
これによると、電位算出部は、変位計測部によって出力される電圧のうち第1の交流電圧の周波数と同じ周波数の周波数成分の大きさと、変位計測部によって出力される電圧のうち第1の交流電圧の周波数と第2の交流電圧の周波数との差と同じ周波数の周波数成分の大きさとを用いて、具体的に表面電位を算出することができる。
【0037】
また、前記試料は液中に置かれ、前記電位計測装置は、液中の前記試料の表面電位を計測するとしてもよい。
【0038】
これによると、電位計測装置は、従来技術よりも、より高濃度の溶液中において、電極に生じる不要な相互作用力を抑えることができる。したがって、電位計測装置は、より高濃度の溶液中に置かれた試料の表面電位を計測することができる。
【0039】
具体的には、前記第1の交流電源が出力する交流電圧の周波数は、10kHz以上であるとしてもよい。
【0040】
本発明の他の局面に係る、原子間力顕微鏡は、電位計測装置と、前記電位計測装置が備える前記電極と、前記試料との間の距離の時間変化が一定となるように、当該試料の表面と当該電極との距離を調整し、前記距離を調整した量を当該試料の表面の高さ情報として出力する位置制御部とを備える。
【0041】
この構成によると、原子間力顕微鏡は、従来技術よりも、より高い周波数のバイアス電圧を試料に印加することができる。その結果、原子間力顕微鏡は、より高濃度の溶液中において、電極に生じる不要な相互作用力を抑えることができる。したがって、原子間力顕微鏡は、より高濃度の溶液中に置かれた試料の表面形状を計測することができる。
【0042】
なお、本発明は、このような電位計測装置として実現できるだけでなく、電位計測装置に含まれる特徴的な手段をステップとする電位計測方法として実現したり、そのような特徴的なステップをコンピュータに実行させるプログラムとして実現したりすることもできる。そして、そのようなプログラムは、CD−ROM(Compact Disc Read Only Memory)等の記録媒体及びインターネット等の伝送媒体を介して流通させることができるのはいうまでもない。
【0043】
さらに、本発明は、このような電位計測装置の機能の一部又は全てを実現する半導体集積回路(LSI)として実現したり、このような電位計測装置を含む原子間力顕微鏡として実現したりできる。
【発明の効果】
【0044】
以上、本発明によると、従来より高い周波数のバイアス電圧を印加して試料の電位計測が可能な電位計測装置を提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0046】
以下、本発明の実施の形態について、図面を用いて詳細に説明する。なお、以下で説明する実施の形態は、いずれも本発明の好ましい一具体例を示すものである。以下の実施の形態で示される数値、形状、材料、構成要素、構成要素の配置位置及び接続形態、ステップ、ステップの順序などは、一例である。したがって、これらの各形態により、本発明が限定されるものではない。以下の実施の形態における構成要素のうち、本発明の最上位概念を示す独立請求項に記載されていない構成要素については、本発明のより好ましい任意の形態を構成するものとして説明される。
【0047】
まず、従来技術の課題をより明確に説明するため、本発明の関連技術について、
図1を参照して説明する。
【0048】
直流バイアス電圧、及び、交流バイアス電圧を印加する電位計測装置における上記した問題を解決するため、本願発明者らはオープンループ電位顕微鏡(以後、OL−EPMという)を提案している。
【0049】
OL−EPMでは、電極と試料の間に、10kHz以上の高周波ACバイアス電圧のみを印加することにより、液中で生じる電気化学反応並びに溶質、溶媒、イオン及び電荷の再配置を抑制する。したがって、OL−EPMは、液中における試料の電位を精度良く計測することができる。
【0050】
しかしながら、上記したOL−EPMでは、電極−試料間に印加できるバイアス電圧の周波数が制限されるという課題がある。以下、具体的に説明する。
【0051】
不要な電気化学反応やイオンの再配置によって探針に生じる不要な相互作用力を抑えることができる最適な変調周波数(変調角周波数)ω
mは、溶液条件によって大きく異なる。一般に、より高濃度の電解溶液中に置かれた試料の電位を計測するためには、より高い変調周波数(変調角周波数)ω
mをもつACバイアス電圧が必要となる。ここで、OL−EPMにおいて、試料の電位はカンチレバーの変位を計測することにより測定する。しかし、後述するように、カンチレバーの変位感度には限界がある。したがって、あまりに高い変調周波数(変調角周波数)ω
mを使用すると、カンチレバーの変位を計測することができない。
【0052】
以下に示す電位計測装置は、従来より高い周波数のバイアス電圧を印加して試料の電位計測を可能とするものである。
【0053】
図1は、本発明の関連技術に係るOL−EPMの概要を示す構成図である。
【0054】
図1に示されるように、関連技術に係るOL−EPM900は、溶液918中に置かれた試料917の表面電位を計測する。OL−EPM900は、カンチレバー910と、交流電源911と、LD(Laser Diode)912と、PD(Photodiode)913と、プリアンプ914と、ロックインアンプ915と、コンデンサ916とを備える。
【0055】
交流電源911は、カンチレバー910が先端に備える探針電極と、試料917との間に、ACバイアス電圧を印加する。このACバイアス電圧により、探針電極と試料917との間に、電界が発生する。OL−EPMにおいては、ACバイアス電圧の変調周波数ω
mは10kHz以上である。
【0056】
ここで、探針電極と、試料917との間に生じる静電気力F
esにより、カンチレバー910の先端が、垂直方向に変位する。OL−EPM900は、この変位を、LD912とPD913とを用いて計測する。具体的には、LD912からカンチレバー910の先端に照射した半導体レーザ光の反射光を位置検出用のPD913で受光する。カンチレバー910先端部のz軸方向の変位に応じて、PD913による受光位置が変化する。OL−EPM900は、この変化をプリアンプ914を介して電圧変化量として取り出す。さらに、ロックインアンプ915により、電圧変化量に含まれる特定周波数成分を検出することにより、OL−EPM900は、試料917の表面電位を得る。
【0057】
コンデンサ916は、交流バイアス電圧に含まれる直流成分を取り除く。これにより、液中における電気化学反応や溶質・溶媒・イオン・電荷の再配置などの反応を効果的に抑えることができる。より具体的には、OL−EPM900におけるF
esは、V
ts=V
s−V
accos(ω
mt)として、次式で与えられる。
【0059】
ここで、F
esに含まれるω
m及び2ω
m成分それぞれの大きさをA
1及びA
2とする。A
1及びA
2は、カンチレバー910の伝達関数G(ω)を用いて、次の数式(4)で与えられる。
【0061】
また、カンチレバー910の伝達関数G(ω)は、次の数式(5)で与えられる。
【0063】
ここで、k、ω
0(=2πf
0)、及びQはそれぞれ、カンチレバー910のバネ定数、共振周波数、及びQ値である。
【0064】
また、A
1及びA
2は、ロックインアンプ915により計測できる。G(ω
m)及びG(2ω
m)は、k、ω
0、Qが分かれば数式(5)により計算することができる。これらのパラメーターは、カンチレバー910の熱振動スペクトルを測定し、それを次の数式(6)でフィッティングすることで求めることができる。
【0066】
ここで、k
B、T及びn
dsはそれぞれ、ボルツマン定数、絶対温度、及び変位検出器の変位ノイズ密度である。
【0067】
数式(4)から、V
sの絶対値は次の数式(7)により求めることができる。
【0069】
ここで、V
sの符号は、F
esに含まれるω
m成分のACバイアス電圧に対する位相差φが0°(同相)ならば正となり、180°(逆相)ならば負となる。理想的には、ロックインアンプ915によりX
1=A
1cosφ
1を検出し、数式(7)のA
1をX
1に置き換えた式を用いれば、符号を含めたV
sの値を取得することができる。しかしながら、実際の測定においては、バイアス回路内のノイズや位相遅れ、あるいは探針電極−試料917間に挟まれた誘電体による位相遅れなどの影響が生じる。したがって、cosφ
1は+1、−1以外の中間の値を取り得る。これが測定結果の誤差を増大させることになる。したがって、絶対値を数式(7)により求め、符号をX
1の符号から判断する方がより望ましい。すなわち、次の数式(8)により、V
sが得られる。
【0071】
電極を試料917の表面に対して水平方向に走査しながら、X
1、A
1、及びA
2を記録すれば、それらの値から、試料917の表面電位像を得ることができる。
【0072】
しかし、OL−EPM900では、溶液918の濃度が高い場合に精度よく電位の計測ができないという課題がある。
【0073】
前述のとおり、OL−EPM900では、交流電源911の変調周波数ω
mが10kHz以上である。これによって、不要な電気化学反応やイオンの再配置によって電極に生じる不要な相互作用力を抑えることができる。しかし、探針電極に生じる不要な相互作用力を抑えるための最適な変調周波数ω
mは、溶液条件によって大きく異なる。
【0074】
図2A〜
図2Cは、異なる濃度の溶液中における、A
1のω
m依存性を測定した結果と、規格化したカンチレバーの伝達関数の一例を示す図である。より詳細には、
図2Aは、1mMのNaCl水溶液中でA
1のω
m依存性を測定した結果(曲線501A)と規格化したカンチレバーの伝達関数(曲線502A)を示す。
図2Bは、10mMのNaCl水溶液中でA
1のω
m依存性を測定した結果(曲線501B)と規格化したカンチレバーの伝達関数(曲線502B)を示す。
図2Cは、100mMのNaCl水溶液中でA
1のω
m依存性を測定した結果(曲線501C)と規格化したカンチレバーの伝達関数(曲線502C)を示す。
【0075】
なお、規格化したカンチレバーの伝達関数は、以下の数式(9)となる。
【0077】
図2A〜
図2Cにおいて矢印で示した周波数範囲に見られるように、A
1には周波数が低くなるにつれて増大する相互作用力の成分が存在する。これは、バイアス電圧の印加によって生じる電気化学反応やイオン・水分子の再配置によって誘起される不要な相互作用力である。この相互作用力は、溶液の濃度が高くなるにつれて、高い周波数まで見られる。したがって、高濃度の電解溶液中の測定には、非常に高いω
mをもつACバイアス電圧が必要になる。
【0078】
OL−EPMでは静電的相互作用力を、当該静電的相互作用力によって生じるカンチレバーの変位の変化として検出する。しかし、静電的相互作用力に対するカンチレバーの変位感度G(ω)はωに依存して変化する。G(ω)は、数式(5)で示されるように、低周波側では1/kとなり、カンチレバーの共振周波数でピークを示し、そこから周波数が高くなるにつれて0に収束する。そのため、A
1及びA
2を十分な信号強度として検出するためには、ω
m及び2ω
mがカンチレバーの共振周波数より低い値になることが必要である。しかしながら、現在市販されているカンチレバーの液中での共振周波数は、高いものでも1MHz以下である。また試作品レベルのカンチレバーでは、小型化によってより高い共振周波数を有するものも作製されているが、それにも物理的な限界がある。したがって、高濃度溶液中での測定に必要とされる非常に高い(例えば、500kHz以上の)周波数のACバイアス電圧を用いると、2ω
mがカンチレバーの共振周波数を大きく上回る。その結果、A
2の検出が非常に困難になる。したがって、OL−EPM900により、試料917の表面電位V
sを計測することができなくなる。
【0079】
以上述べた課題を解決するため、以下、従来より高い周波数のバイアス電圧を印加して試料の電位計測が可能な電位計測装置について説明する。
【0080】
図3は、本発明の実施の形態に係る電位計測装置100の構成を示す。
【0081】
図3に示されるように、液中の試料106の表面電位を計測する電位計測装置100は、第1の交流電源101と、第2の交流電源102と、コンデンサ103と、探針電極104と、カンチレバー105と、振動調整部210と、変位計測部212と、位置制御部214と、スキャナ部216と、信号検出部218と、電位算出部219と、試料ホルダ230とを備える。
【0082】
第1の交流電源101は、探針電極104と試料106との間に、第1の交流電圧V
1cos(ω
1t)を印加する。
【0083】
第2の交流電源102は、探針電極104と試料106との間に、第1の交流電圧V
1cos(ω
1t)の周波数ω
1と異なる周波数を有する第2の交流電圧V
2cos(ω
2t)を、第1の交流電圧にV
1cos(ω
1t)加算して印加する。すなわち、電位計測装置100は、探針電極104と試料106との間に、異なる周波数のAC電圧を重畳したバイアス電圧(V
1cos(ω
1t)+V
2cos(ω
2t))を印加する。このとき、静電的相互作用力F
esは、数式(1)において、V
ts=V
s−[V
1cos(ω
1t)+V
2cos(ω
2t)]とすることによって、次の数式(10)で与えられる。
【0085】
数式(10)から分かるように、F
esは探針電極104と試料106との電位差の2乗に比例する。よって、F
esには複数の周波数成分が含まれる。この中には、2つの周波数ω
1及びω
2の差に相当する周波数をもつω
1−ω
2成分が含まれている。例えば、ω
1=1MHz+30kHz、ω
2=1MHzとすると、ω
1−ω
2=30kHzとなる。すなわち、ω
1及びω
2の値に関わらず、その差分は、十分な感度で信号を検出することが可能な低周波数とすることができる。
【0086】
本実施の形態に係る電位計測装置100は、OL−EPMにおける2ω
m成分(数式(10)における2ω
1成分に相当)の代わりに、ω
1−ω
2成分を利用することにより、高周波のACバイアス電圧印加時においても、試料の表面電位V
sを求めることが可能となる。
【0087】
コンデンサ103は、第1の交流電源101及び第2の交流電源102が重畳された電圧に含まれうる直流成分を取り除くコンデンサである。
【0088】
探針電極104は、導電性の材料からなる。具体的には、探針電極104は、先端が鋭く尖った形状をした探針電極である。
【0089】
カンチレバー105は、探針電極104を先端に有する。カンチレバー105が有する両端のうち、探針電極104を有する端が自由端となっており、他端が固定端となっている。材質としては、例えばシリコン又はシリコンナイトライド等である。なお、金やプラチナなど導電性金属をコートしたものを用いてもよい。以下、本実施の形態においては、カンチレバー105は、金でコーティングしたシリコン製のカンチレバーであるとする。
【0090】
振動調整部210は、カンチレバー105を、カンチレバー105の共振周波数の近傍の周波数(f
d=(ω
d/2π))で励振する。本実施の形態に係る振動調整部210は、いわゆる光熱励振法により、カンチレバー105を励振する。より詳細には、振動調整部210は、LD107と、LD107を駆動させる励振用交流電源108とを有している。LD107は、金でコーティングしたシリコン製のカンチレバー105の背面に、強度変調されたレーザ光を照射する。金とシリコンの熱膨張率には差があるため、強度変調されたレーザ光を照射されたカンチレバー105は、励振される。
【0091】
変位計測部212は、探針電極104と試料106との間の静電気力に対応する電圧を出力する。具体的には、変位計測部212は、カンチレバー105の先端のz軸方向の変位を計測する。変位計測部212は、探針電極104と試料106との間に生じる静電気力F
esを、カンチレバー105の先端の変位に対応付けて計測する。カンチレバー105の先端の変位は、また、後述するスキャナ部216により、試料106と探針電極104との距離を一定に保つための位置制御にも用いられる。
【0092】
より具体的には、変位計測部212は、LD109と、PD110と、プリアンプ111とを有する。変位計測部212は、LD109からカンチレバー105の先端に照射した半導体レーザ光の反射光をPD110で受光する。PD110による半導体レーザ光の受光位置は、カンチレバー105先端部のz軸方向の変位に応じて変化する。この受光位置の変化(ずれ)を、プリアンプ111を介して電圧変化量として取り出すことにより、変位計測部212は、探針電極104と試料106との間の静電気力に対応する電圧を出力する。
【0093】
位置制御部214は、カンチレバー105の振動振幅を一定に保つように、スキャナ部216に対しフィードバック制御をする。試料106の表面にある凸凹により、探針電極104と試料106との表面との距離が変わると、探針電極104と試料106との間に働く相互作用力の大きさが変化する。その結果、振動調整部210で励振され一定の振幅で振動しているカンチレバー105の振動振幅が変化する。よって、カンチレバー105の振動振幅を一定に保つように探針電極104と試料106との距離を制御することで、探針電極104と試料106の距離を一定間隔に保つことができる。
【0094】
位置制御部214は、振幅検出器112と、PI(Proportional−Integral)制御回路113とを備える。振幅検出器112は、カンチレバー105の先端部の変位を変位計測部212から取得する。その後、振幅検出器112は、取得した変位からカンチレバー105の振動振幅を検出する。
【0095】
PI制御回路113は、振幅検出器112が検出する振幅を一定に保つように、スキャナ部216に試料ホルダ230の高さ(z軸方向)を調整させるための制御信号を出力する。なお、PI制御回路113の代わりに、他のフィードバック制御回路を使用してもよい。
【0096】
なお、z軸方向を調整する制御信号は、試料106の表面の凹凸に対応する。したがって、この値を記録することで、試料106の表面の物理的な形状(高さ方向の情報)を計測することができる。
【0097】
なお、本実施の形態において位置制御部214は、カンチレバー105の振動振幅に代わり、振動周波数又は位相を一定に保つように、探針電極104と試料106との距離を制御してもよい。
【0098】
すなわち、位置制御部214は、探針電極104と試料106との間の距離の時間変化が一定となるように、試料106の表面と探針電極104との距離を調整する。また、距離を調整した量を試料106の表面の高さ情報として出力してもよい。
【0099】
スキャナ部216は、試料ホルダ230の位置を互いに直交するx、y、z軸の3軸方向に、数nm〜数十μm程度移動させる。z軸方向の移動は、前述の通りカンチレバー105の振動周波数を一定に保つためである。x軸及びy軸方向の移動は、試料106上の物理的形状及び電位の分布を平面的・連続的に計測するためである。
【0100】
スキャナ部216は、波形生成回路114と、高圧アンプ115と、Z−scanner116と、X−scanner117と、Y−scanner118とを有する。
【0101】
Z−scanner116、X−scanner117、及びY−scanner118は、いずれもピエゾ素子である。Z−scanner116はz軸方向に試料ホルダ230を移動させる。X−scanner117は、x軸方向に試料ホルダ230を移動させる。Y−scanner118は、y軸方向に試料ホルダ230を移動させる。
【0102】
電位計測装置100は、位置制御部214からフィードバック制御の結果として出力された制御信号(z軸方向)と、波形生成回路114で発生させた平面方向の走査用信号(x軸、及び、y軸方向)とを、高圧アンプ115で増幅する。その後、増幅された信号を、Z−scanner116、X−scanner117、及びY−scanner118のうち、移動させるべき軸に対応するscannerに出力する。
【0103】
信号検出部218は、変位計測部212によって出力される電圧に含まれる特定の周波数成分の大きさを出力する。より詳細には、信号検出部218は、変位計測部212によって出力される電圧のうち、(1)第1の交流電圧の周波数ω
1と同じ周波数の周波数成分の大きさおよび位相と、(2)第1の交流電圧の周波数ω
1と第2の交流電圧の周波数ω
2との差(すなわち、ω
1−ω
2)と同じ周波数の周波数成分の大きさとを、電位算出部219に出力する。
【0104】
信号検出部218は、具体的には、高感度な交流電圧計である。信号検出部218としては、例えば、ロックインアンプ等が使用できる。本実施の形態に係る信号検出部218は、ロックインアンプ119とロックインアンプ120とを有する。信号検出部218は、参照信号として、第1の交流電源101が出力する交流電圧を用いる。信号検出部218は、変位計測部212から出力された電圧信号の中から、X
1、A
1、A
Lを検出する。なお、後述するように、電位計測装置100は、常にX
1を検出する必要はない。また、
図3に示される信号検出部218は、A
2も検出しているが、これは比較実験のためである。電位計測装置100は、試料106の表面電位を計測する際にA
2を検出する必要はない。
【0105】
電位算出部219は、信号検出部218により出力された値から試料106の表面電位を算出する。より詳細には、電位算出部219は、試料106の表面電位であるV
sを、(1)変位計測部212によって出力される電圧のうち第1の交流電圧の周波数ω
1と同じ周波数の周波数成分の大きさであるA
1と、(2)変位計測部212によって出力される電圧のうちω
1と同じ周波数の周波数成分と第1の交流電圧との位相差の余弦の値と、A
1とを乗じた量X
1と、(3)変位計測部212によって出力される電圧のうち第1の交流電圧の周波数ω
1と第2の交流電圧の周波数ω
2との差と同じ周波数の周波数成分の大きさであるA
Lと、(4)第2の交流電源が出力する交流電圧の振幅であるV
2と、(5)自由端側に探針電極104が取り付けられたカンチレバー105の伝達関数G(ω)とを用いて、V
s=sgn(X
1)×(ω
1−ω
2)/G(ω
1)×(A
1/A
L)×(V
2/2)の式によって算出する。
【0106】
電位算出部219は、また、スキャナ部216によって走査されたx−y平面に対応させて、算出された表面電位を並べることで、試料106の表面電位像を出力してもよい。
【0107】
次に、本発明に係る電位計測装置が液中試料の表面電位を計測する原理について、
図3に示される電位計測装置100を具体例にして説明する。
【0108】
変位計測部212から出力されるカンチレバーの変位信号に含まれるω
1成分及びω
1−ω
2(=ω
L)成分それぞれの大きさであるA
1及びA
Lは、カンチレバーの伝達関数G(ω)を考慮すると、それぞれ、以下の数式(11)及び数式(12)として示される。
【0111】
ここで、A
1、A
L、G(ω
1)、及びG(ω
L)は、前述したOL−EPMと同様にして求めることができる。これらの値から、電位算出部219は、V
sの絶対値を次の数式(13)で求めることができる。
【0113】
また、V
sの符号については、OL−EPMと同様の方法で判定できる。したがって、電位算出部219は、V
sを以下の数式(14)により求めることができる。
【0115】
なお、X
1はV
sの符号を知るためにのみ必要である。したがって、試料106の表面における全ての位置で測定する必要はない。例えば、試料106の表面と探針電極104との電位差の極性が、試料106の全表面で反転しない場合には、信号検出部218は任意の1つの位置でのみX
1を測定すればよい。電位算出部219は、測定されたX
1の符号を1度だけ判定すれば、以後全ての計測点におけるV
sの符号を決定することができる。
【0116】
試料ホルダ230は、電位を計測する対象である試料106を固定する治具である。試料ホルダ230上には、液体が満たされ、その中に試料106が置かれる。
【0117】
以上述べた構成によると、本実施の形態に係る電位計測装置100は、異なる周波数をもつ2つの交流電圧が重畳された電圧をバイアス電圧として、探針電極104と試料106との間に印加する。また、電位計測装置100は、カンチレバー105の変位信号に含まれる周波数成分のうち、交流電圧の周波数の2倍成分に代わり、2つの交流電圧の周波数の差に対応する成分を使用して、試料106の表面電位を算出する。ここで、2つの周波数の差は、一方の周波数の2倍成分よりも小さくすることができる。これにより、電位計測装置100は、バイアス電圧の周波数に、より高い周波数を使用することができる。その結果、従来技術よりも、より高濃度の溶液中において、探針電極104に生じる不要な相互作用力を抑えることができる。したがって、本実施の形態に係る電位計測装置100は、より高濃度の溶液中に置かれた試料106の表面電位を計測することができる。
【0118】
次に、電位計測装置100が備えるカンチレバー105の変位信号の周波数解析を行った結果について、
図4を参照して説明する。
【0119】
図4は、本実施の形態に係る変位計測部212が出力した、カンチレバー105の変位信号の電圧スペクトル密度分布を示す。横軸が周波数[MHz]であり、縦軸は電圧スペクトル密度[V/√Hz]である。
【0120】
具体的には、A
Lの周波数成分が低周波となるように、ω
1=600kHzとし、ω
2=630kHzとした。また、1mMのNaCl水溶液中に置かれたHOPG(Highly Oriented Pyrolytic Graphite;高配向性焼結グラファイト)基板上の電位を計測した。
【0121】
図4において、685kHzに見られる最も大きなピークは、探針電極104と試料106との間の距離制御のために、振動調整部210が光熱励振法を用いてカンチレバー105を共振周波数近傍で励振しているために生じている。その左側の600kHzと630kHzとにピークが見られる。また、これらの2倍波である1.2MHzと1.26MHzとにもピークが見られる。しかし、これら2倍波のピークは、600kHz及び630kHzのピークと比べてかなり小さい。さらに、600kHzと630kHzとの差である30kHz、及び、600kHzと630kHzとの和である1.23MHzにもピークが見られる。1.2MHzの2ω
1成分の振幅は、30kHzのω
L成分の振幅に比べて、約1/3である。
【0122】
以上のことから、従来技術において2ω
1成分の信号を検出するよりも、本実施の形態においてω
L成分の信号を検出する方が、より容易であることがわかる。
【0123】
次に、本実施の形態に係る電位計測装置100を用いて、1mMのNaCl溶液中で静電的相互作用力の距離依存性を測定した結果について
図5A〜
図5Dを参照して説明する。なお、本実施の形態に係る電位計測装置100によって電位を計測する際には不要であるが、従来技術との比較のため、A
2についても測定を行った。
【0124】
図5Aは、A
1の距離依存性を測定した結果を示す。
図5Bは、A
2及びA
Lの距離依存性を測定した結果を示す。より詳細には、曲線511がA
2の値を示す。また、曲線512がA
Lの値を示す。なお、
図5A、
図5Bにおいて、横軸は探針電極104と試料106との距離[nm]を示す。
【0125】
また、数式(7)におけるω
mとV
acとをそれぞれω
1とV
1とに置き換えた式を使用することにより、電位計測装置100により計測したA
1とA
2とからV
sを求めることができる。そこで、数式(7)を使用してA
1とA
2とから求めたV
sの値と、数式(13)を使用してA
1とA
Lとから求めたV
sの値とを比較した結果を、
図5Cに示す。
【0126】
図5Cにおいて、曲線513は、A
1とA
2とから求めたV
sの値を示す。また、曲線514は、A
1とA
Lとから求めたV
sの値を示す。なお、
図5Cにおいて、横軸は探針電極104と試料106との距離[nm]を示す。曲線513と比較し、曲線514に含まれるノイズは、かなり小さい。したがって、A
1とA
LとからV
sを求める電位計測装置100は、高周波ACバイアス電圧が必要な高濃度の液中における電位計測においても、A
1とA
2とを使用する従来技術より正確な計測が可能であることがわかる。
【0127】
なお、
図5Dは、カンチレバーのQ値と共振周波数とから計算した正規化したカンチレバーの伝達関数を示す。
図5Dの縦軸は正規化後のカンチレバーの伝達関数の値を、横軸は周波数[MHz]を示す。
【0128】
次に、
図6、
図7A、及び
図7Bを参照して、本実施の形態に係る電位計測装置100を用いて液中の試料の電位分布を実際に計測した結果を示す。具体的には、中性溶液中で正電荷をもつナノ粒子を吸着させたHOPG基板の表面電位を、10mMのNaCl水溶液中で計測した結果を示す。ここで、探針電極104と試料106との間に印加したACバイアス電圧の周波数であるω
1及びω
2は、それぞれ650kHz及び680kHzである。また、カンチレバーの共振周波数f
0は、717kHzである。なお、比較のため、従来手法であるOL−EPMによっても同様の計測を行った。
【0129】
図6は、電位計測装置100によるHOPG基板の表面電位を計測した結果を示す図である。より詳細には、
図6の(a)は、HOPG基板の表面形状像である。HOPG基板の表面に吸着された3個のナノ粒子が画像化されている。また、
図6の(b)〜(d)は、それぞれ、
図6の(a)と同時に撮影したHOPG基板のA
1像、A
2像、及びA
L像である。また、
図6の(e)は、数式(8)を用いてA
1及びA
2から求めたHOPG基板の電位分布像である。また、
図6の(f)は、数式(14)を用いてA
1及びA
Lから求めたHOPG基板の電位分布像である。さらに、
図6の(e)及び
図6の(f)に示される白線位置のポテンシャルプロファイルを、それぞれ
図7A及び
図7Bに示す。なお
図7A及び
図7Bの縦軸は、電位[mV]を示す。また、横軸は試料106であるHOPG基板表面に対して平行な水平方向の距離[nm]を示す。
【0130】
図7Aを参照して、A
1及びA
2から求めた電位にはノイズが多く、HOPG基板とナノ粒子との電位差がかろうじて分かる程度である。
【0131】
一方、
図7Bを参照して、A
1及びA
Lから求めた電位にはノイズが少なく、HOPG基板とナノ粒子との間に約20mVの電位差があることが明確にわかる。
【0132】
この結果より、本実施の形態に係る電位計測装置100によると、高濃度の液中に置かれた試料の電位を計測するため、2ω
1がカンチレバーの共振周波数の2倍近くなるほど高い周波数をACバイアス電圧に使用する場合においても、高い精度で試料の表面電位を計測することが可能であることがわかる。
【0133】
以上、本発明の実施の形態に係る電位計測装置100について説明したが、本発明は、本実施の形態に限定されるものではない。
【0134】
本実施の形態に係る電位計測装置100では、探針電極104―試料106間の距離をカンチレバー105の振幅変化を一定に保つように、位置制御部214でフィードバック制御を行う。しかし、スタティックモードAFMにおいては、カンチレバー105の変位を一定に保つように、位置制御部214がフィードバック制御をしてもよい。また、ダイナミックモードAFMにおいては、カンチレバー105の振動の周波数又は位相を一定に保つように、位置制御部214がフィードバック制御をしてもよい。すなわち、電位計測装置100は、スタティックモードAFM及びダイナミックモードAFMで使用される、任意の探針電極104―試料106間の距離制御方式を使用することが可能である。
【0135】
また、本実施の形態に係る電位計測装置100では、交流バイアス電圧によって誘起された静電気力を、カンチレバー105の変位として変位計測部212が検出する。しかし、カンチレバー105の共振周波数、振動振幅又は位相から、交流バイアス電圧によって誘起された静電気力を検出してもよい。
【0136】
さらにまた、本実施の形態に係る電位計測装置100では、試料106の表面電位に加えて、その立体的な形状に関する高さ情報を同時に計測するために、探針形状をした電極(探針電極)104を備えたカンチレバー105を用いた。しかし、試料106の表面電位のみを計測するのであれば、必ずしも、探針形状をした電極を備えたカンチレバーを用いる必要はない。代わりに、例えば試料ホルダ230の内径と同程度か、それよりも小さい電極を使用してもよい。
【0137】
なお、本実施の形態に係る電位計測装置100は、厳密には、試料106の表面近傍の空間における電位分布を計測しており、前述の「表面電位」は、正確には「表面近傍の電位」である。しかし、実質的には、試料106の表面電位とみなせるため、「表面電位」と記述する。
【0138】
また、本実施の形態に係る電位計測装置100では、交流バイアス電圧は、コンデンサ103を通して制御される。しかし、参照電極や対向電極を追加して、カンチレバー105や試料106の電気化学ポテンシャルをバイポテンショスタットにより制御する電気化学セットアップと組み合わせてもよい。この場合、交流バイアス電圧は、バイアス・ティーか、もしくはトランスを用いて印加することが可能である。これにより、探針電極104と試料106との電気化学ポテンシャルを安定に制御しながら、電位分布V
sを計測できる。さらに、試料106の電気化学ポテンシャルに依存して電位分布V
sがどのように変化するかといった依存性を調べることができる。
【0139】
また、本実施の形態に係る電位計測装置100は、電位算出部219を備えており、信号検出部218から取得した、X
1、A
1及びA
2の計測値から電位像を算出するが、電位計測装置100は必ずしも電位算出部219を備えていなくてもよい。例えば、電位計測装置100の外部にある、電位算出部219相当の装置に対して、信号検出部218で計測したX
1、A
1及びA
Lの計測値を入力してもよい。これにより、計測時のx−y座標に対応付けて電位V
s及び電位像を計測できる。例えば、X
1、A
1及びA
Lの計測値から、それぞれに対応する二次元画像を取得し、その後、各画像を構成する各点の値を電位算出部219相当の装置に入力することで電位像を得ることができる。
【0140】
また、電位計測装置100は、必ずしも、コンデンサ103、位置制御部214、及びスキャナ部216を備えていなくてもよい。
【0141】
コンデンサ103を備えていない場合であっても、第1の交流電源101及び第2の交流電源102が出力する交流電圧の周波数を10kHz以上とすることで、電位計測の際に問題となる電気化学反応や溶質・溶媒・イオン・電荷の再配置などの反応は抑制できる。よって、コンデンサ103を備えなくとも、同様の発明の効果は奏する。ただし、コンデンサ103を備えた方が、直流電圧が印加されることをより防止できるため、液中の反応を効果的に抑えることができ、測定精度が向上する。
【0142】
また、スキャナ部216を備えていない場合であっても、試料106上の1点の電位を計測することは可能であり、電位計測装置としての発明の効果を奏する。なお、スキャナ部216を備えることで、x−y平面内を走査して電位を計測することができる。さらに、位置制御部214を備えることで、試料106の高さ方向の情報を取得することができる。したがって、電位計測装置100を、高濃度の液中に置かれた試料の表面形状を計測できる原子間力顕微鏡として使用することができる。
【0143】
なお、第1の交流電源101及び第2の交流電源102の周波数は、必ずしも10kHz以上でなくてもよい。ただし、周波数が高いほど、電位計測の際に問題となる電気化学反応や溶質・溶媒・イオン・電荷の再配置などの反応をより抑制することが可能である。したがって、好ましくは10kHz以上であることが望ましい。
【0144】
また、ACバイアス電圧の周波数ω
1、ω
2の値は、カンチレバーの共振周波数より低い値であれば上記した値に限られず適宜変更してもよい。例えば、溶液の濃度が高い場合には、ω
1、ω
2の値を高くすることで、計測の精度をより向上することができる。
【0145】
なお、上記実施の形態において、電位計測装置100は、液中の試料の電位を計測したが、試料は液中に置かれていなくてもよい。すなわち、電位計測装置100は、大気中、液中、真空中といった、どの環境に置かれた試料の電位であっても計測可能である。
【0146】
液中に置かれた試料の表面電位を計測する際に、上記実施の形態に係る電位計測装置100を使用する利点は、上述したとおりである。一方、真空中又は大気中に置かれた試料の表面電位を、上記実施の形態に係る電位計測装置100を用いて計測する利点は、直流電圧を印加しないで、高周波を用いて試料の電位を計測できる点にある。すなわち、電位計測装置100は、ゼロバイアスを含む任意の直流バイアス電圧を印加して、高周波を用いて真空中又は大気中に置かれた試料の表面電位を計測できる。これは、特に半導体材料の表面を計測する際に、液中の試料を計測する場合と同様のメリットがある。
【0147】
なお、上記実施の形態に係る電位計測装置100に含まれる各処理部は、典型的には集積回路であるLSIとして実現される。これらは個別に1チップ化されてもよいし、一部又は全てを含むように1チップ化されてもよい。
【0148】
ここでは、LSIとしたが、集積度の違いにより、IC、システムLSI、スーパーLSI、ウルトラLSIと呼称されることもある。
【0149】
また、集積回路化はLSIに限るものではなく、専用回路又は汎用プロセッサで実現してもよい。LSI製造後にプログラムすることが可能なFPGA(Field Programmable Gate Array)、又はLSI内部の回路セルの接続や設定を再構成可能なリコンフィギュラブル・プロセッサを利用してもよい。
【0150】
さらに、半導体技術の進歩又は派生する別技術によりLSIに置き換わる集積回路化の技術が登場すれば、当然、その技術を用いて各処理部の集積化を行ってもよい。
【0151】
また、上記実施の形態に係る電位計測装置100の機能の一部又は全てを、CPU等のプロセッサがプログラムを実行することにより実現してもよい。
【0152】
さらに、本発明は上記プログラムであってもよいし、上記プログラムが記録された記録媒体であってもよい。また、上記プログラムは、インターネット等の伝送媒体を介して流通させることができるのはいうまでもない。
【0153】
また、構成要素間の接続関係は、本発明を具体的に説明するために例示するものであり、本発明の機能を実現する接続関係はこれに限定されない。
【0154】
さらに、本発明の主旨を逸脱しない限り、本実施の形態に対して当業者が思いつく範囲内の変更を施した各種変形例も本発明に含まれる。