特許第5738594号(P5738594)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5738594組み換え微生物を用いたポリ乳酸の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5738594
(24)【登録日】2015年5月1日
(45)【発行日】2015年6月24日
(54)【発明の名称】組み換え微生物を用いたポリ乳酸の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12P 7/56 20060101AFI20150604BHJP
   C12N 15/09 20060101ALI20150604BHJP
   C12N 1/21 20060101ALI20150604BHJP
   C12N 9/10 20060101ALN20150604BHJP
   C12R 1/19 20060101ALN20150604BHJP
【FI】
   C12P7/56
   C12N15/00 AZNA
   C12N1/21
   !C12N9/10
   C12P7/56
   C12R1:19
   C12N1/21
   C12R1:19
【請求項の数】8
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2010-535801(P2010-535801)
(86)(22)【出願日】2009年10月27日
(86)【国際出願番号】JP2009068402
(87)【国際公開番号】WO2010050470
(87)【国際公開日】20100506
【審査請求日】2012年10月15日
(31)【優先権主張番号】特願2008-276185(P2008-276185)
(32)【優先日】2008年10月27日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100091096
【弁理士】
【氏名又は名称】平木 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100118773
【弁理士】
【氏名又は名称】藤田 節
(72)【発明者】
【氏名】小畑 充生
(72)【発明者】
【氏名】神戸 浩美
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 正和
(72)【発明者】
【氏名】嶋村 隆
(72)【発明者】
【氏名】幸田 勝典
(72)【発明者】
【氏名】田口 精一
【審査官】 鈴木 崇之
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2003/100055(WO,A1)
【文献】 Appl. Microbiol. Biotechnol.,2006年11月,Vol. 73,P. 969-979
【文献】 Arch. Biochem. Biophys.,2001年,Vol. 394, No. 1,P. 87-98
【文献】 Proc. Natl. Acad. Sci. USA,2008年11月11日,Vol. 105, No. 45,P. 17323-17327
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P 7/56− 7/60
C12N 1/16− 1/21
C12N 15/00−15/90
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
Thomson Innovation
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号4又は6に示されるアミノ酸配列、若しくは配列番号4又は6に示されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるプロピオン酸及び/又は乳酸にCoAが転移される反応を触媒するタンパク質、及び下記のa)又はb)のアミノ酸配列からなるポリヒドロキシアルカン酸の合成反応を触媒するタンパク質を有する組み換え大腸菌を、炭素源を含む培地で培養する工程1):
a)配列番号2に示されるアミノ酸配列の130番目、325番目、477番目及び481番目のアミノ酸の少なくとも1以上が他のアミノ酸に置換されたアミノ酸配列
b)a)に規定されるタンパク質において、さらに130番目、325番目、477番目及び481番目以外の1若しくは数個のアミノ酸が欠失若しくは置換され、又は1若しくは数個のアミノ酸残基が挿入されたアミノ酸配列、
及び、工程1)の培養物からポリ乳酸を回収する工程2)
を含む、ポリ乳酸の製造方法。
【請求項2】
ポリヒドロキシアルカン酸の合成反応を触媒するタンパク質のアミノ酸配列が、配列番号2に示されるアミノ酸配列の325番目及び481番目のアミノ酸がそれぞれ他のアミノ酸に置換されたアミノ酸配列である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
ポリヒドロキシアルカン酸の合成反応を触媒するタンパク質のアミノ酸配列が、配列番号2に示されるアミノ酸配列の325番目のSerがThrに、481番目のGlnがLysにそれぞれ置換されたアミノ酸配列である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項4】
前記タンパク質のいずれもが、大腸菌に導入された組み換え発現ベクターにコードされているタンパク質である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項5】
配列番号4又は6に示されるアミノ酸配列、若しくは配列番号4又は6に示されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるプロピオン酸及び/又は乳酸にCoAが転移される反応を触媒するタンパク質、及び下記のa)又はb)のアミノ酸配列からなるポリヒドロキシアルカン酸の合成反応を触媒するタンパク質を有する組み換え大腸菌
a)配列番号2に示されるアミノ酸配列の130番目、325番目、477番目及び481番目のアミノ酸の少なくとも1以上が他のアミノ酸に置換されたアミノ酸配列
b)a)に規定されるタンパク質において、さらに130番目、325番目、477番目及び481番目以外の1若しくは数個のアミノ酸が欠失若しくは置換され、又は1若しくは数個のアミノ酸残基が挿入されたアミノ酸配列
【請求項6】
ポリヒドロキシアルカン酸の合成反応を触媒するタンパク質のアミノ酸配列が、配列番号2に示されるアミノ酸配列の325番目及び481番目のアミノ酸がそれぞれ他のアミノ酸に置換されたアミノ酸配列である、請求項5に記載の組み換え大腸菌
【請求項7】
ポリヒドロキシアルカン酸の合成反応を触媒するタンパク質のアミノ酸配列が、配列番号2に示されるアミノ酸配列の325番目のSerがThrに、481番目のGlnがLysにそれぞれ置換されたアミノ酸配列である、請求項5に記載の組み換え大腸菌
【請求項8】
前記タンパク質をコードする遺伝子を有する組み換え発現ベクターが導入されていることを特徴とする請求項5に記載の組み換え大腸菌
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、組み換え微生物を用いたポリ乳酸の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
地球環境問題の観点から、自然界で容易に分解される生分解性プラスチックとして、また糖や植物油などの再生可能な炭素資源から合成することができる“グリーン”プラスチックとして生物由来のポリエステルが注目を浴びている。中でもポリ乳酸は、比較的コストが安く、融点も170℃以上と充分な耐熱性を有し、溶融成型可能なため、実用上優れた生分解性ポリマ−と期待されている。
【0003】
しかし従来は、特開2004-204464に示すように微生物で生産した乳酸を中和,精製工程を経て,二量体の環状化合物(ラクチド)にしてから重合することでポリ乳酸を生産していたことから,コストが高くなるという問題点があった。
【0004】
現在までに、糖を炭素源としてポリエステルを生産する能力を有する微生物が多数報告されている(非特許文献1)。微生物が生産する生分解性プラスチックの代表例は、3−ヒドロキシ酪酸(3HB)をモノマーとするポリ−3−ヒドロキシ酪酸(polyhydoroxybutylate、PHB)である。PHBは、180℃程度に融解温度をもつ熱可塑性高分子であり、生分解性に加えて溶融加工性に優れるという利点を有する。その一方、PHBは、結晶性が高いために、硬くて脆い、すなわち耐衝撃性に劣るという物性上の問題を抱えている。
【0005】
PHBの物性上の問題を解消する方法の一つとして、3HBとその他のヒドロキシアルカン酸とからなる共重合ポリエステルを、微生物を用いて製造する方法が開発されている。
【0006】
例えば、特許文献1には3HBと3−ヒドロキシ吉草酸(3HV)とからなる共重合体の製造方法が開示されている。また特許文献2には、メチロバクテリウム属(Methylobacterium sp.)、パラコッカス属(Paracoccus sp.)、アルカリゲネス属(Alcaligenes sp.)、シュードモナス属(Pseudomonas sp.)の微生物を、炭素数3から7の第一アルコールに接触させることにより、3HBと3HVとの共重合体を生産させる方法が開示されている。
【0007】
この3HBと3HVとの共重合体はPHBに比べると柔軟性に富み、また共重合ポリエステル中の3HVの含有率が増加すると柔軟性が高まることが確認されている。上記の微生物を用いた3HBと3HVとの共重合体の製造法では、例えば前記特許文献1ではプロピオン酸を、また特許文献3ではプロパン−1−オールをそれぞれ培地に添加することで、共重合ポリエステル中の3HVの含有率を制御している。
【0008】
3HBと3−ヒドロキシヘキサン酸(以下、3HHと略す)との2成分共重合ポリエステルであるP(3HB−co−3HH)およびその製造方法も、例えば、特許文献4及び特許文献5にそれぞれ記載されている。これらの公報のP(3HB−co−3HH)共重合体の製造方法は、土壌より単離されたアエロモナス・キャビエ(Aeromonas caviae)を用い、オレイン酸等の脂肪酸やオリーブオイル等の油脂から発酵生産するものである。また、このA.caviaeのPHAシンターゼ遺伝子をクローニングし、この遺伝子をアルカリゲネス・ユートロファス(Alcaligenes eutrophus)に導入した組換え株を用いて、脂肪酸を炭素源としてP(3HB−co−3HH)を生産する報告もなされている(特許文献6)。
【0009】
また、上記の共重合ポリエステルの微生物を用いた製造法では、何れの場合にも、直接ポリマーを合成する活性を有する酵素タンパク質であるポリヒドロキシアルカン酸合成酵素を使用することが必要であるが、この合成酵素を改変して、モノマー単位のモル分率を調節する試みも行われている。例えば特許文献7は、シュードモナス・スピーシーズ(Pseudomonas sp.)61−3として同定されている微生物のポリヒドロキシアルカン酸合成酵素のアミノ酸配列を変換して、3HBの含有率が高いPHBを生産する変異酵素を開示している。
【0010】
一方、3−ヒドロキシアルカン酸以外の成分をモノマー単位とする共重合ポリエステルは、上記の共重合ポリエステルとは異なる物性を有することが期待される。特許文献8は、その様な3−ヒドロキシアルカン酸以外のモノマー単位を含む共重合ポリエステルの例として、クロストリジウム・プロピオニウム(Clostridium propionicum)のプロピオニルCoAトランスフェラーゼをコードする核酸を組み込んだラルストニア・ユートロファ(Ralstonia eutropha、旧名アルカリゲネス・ユートロファス(Alcaligenes eutrophus))を、培地に乳酸を添加しながら培養して、3HBと乳酸(LA)とからなる共重合ポリエステルを製造する方法を開示している。また、同文献は、C.propionium由来のプロピオニルCoAトランスフェラーゼをコードする核酸と、Pseudomonas sp.61−3由来のポリヒドロキシアルカン酸合成酵素をコードする核酸とを組み込んだ大腸菌を、培地に乳酸とデセノイン酸を添加しながら培養して、3−ヒドロキシヘキサノエート、3−ヒドロキシオクタノエート、3−ヒドロキシデカノエート及び乳酸からなるコポリマーを製造する方法も開示している。
【0011】
以上は、3−ヒドロキシアルカン酸をモノマー単位とする共重合ポリエステルや3−ヒドロキシアルカン酸以外の成分をモノマー単位とする共重合ポリエステルと、微生物を用いたその製造法である。
【0012】
しかし、糖を原料として、微生物発酵によってポリ乳酸を効率的に生産する方法についての報告はない。
【非特許文献1】「生分解性プラスチックハンドブック」、生分解性プラスチック研究会編、1995年、第178−197頁、(株)エヌ・ティー・エス発行)
【特許文献1】特開昭57−150393号公報
【特許文献2】特開平5−74492号公報
【特許文献3】特公平7−79705号公報
【特許文献4】特開平5−93049号公報
【特許文献5】特開平7−265065号公報
【特許文献6】特開平10−108682号公報
【特許文献7】国際公開公報WO2003/100055
【特許文献8】国際公開公報WO2006/126796
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、ポリ乳酸を、糖を原料とした微生物発酵によって効率よく生産する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、前記特許文献7に記載のポリヒドロキシアルカン酸合成酵素の変異体をコードする核酸を導入した組み換え微生物が、糖から直接的にポリ乳酸を効率的に製造することができることを見いだし、下記の各発明を完成した。
【0015】
(1)プロピオン酸及び/又は乳酸にCoAが転移される反応を触媒するタンパク質、及び下記のa)又はb)のアミノ酸配列からなるポリヒドロキシアルカン酸の合成反応を触媒するタンパク質を有する組み換え微生物を、炭素源を含む培地で培養する工程1):
a)配列番号2に示されるアミノ酸配列の130番目、325番目、477番目及び481番目のアミノ酸の少なくとも1以上が他のアミノ酸に置換されたアミノ酸配列
b)a)に規定されるタンパク質において、さらに130番目、325番目、477番目及び481番目以外の1若しくは数個のアミノ酸が欠失若しくは置換され、又は1若しくは数個のアミノ酸残基が挿入されたアミノ酸配列、
及び、工程1)の培養物から前記ポリ乳酸を回収する工程2)
を含む、ポリ乳酸の製造方法。
【0016】
(2)プロピオン酸及び/又は乳酸にCoAが転移される反応を触媒するタンパク質のアミノ酸配列が、配列番号4に示されるアミノ酸配列、又は配列番号4に示されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列である、(1)に記載の製造方法。
【0017】
(3)プロピオン酸及び/又は乳酸にCoAが転移される反応を触媒するタンパク質のアミノ酸配列が、配列番号6に示されるアミノ酸配列、又は配列番号6に示されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列である、(1)に記載の製造方法。
【0018】
(4)ポリヒドロキシアルカン酸の合成反応を触媒するタンパク質のアミノ酸配列が、配列番号2に示されるアミノ酸配列の325番目及び481番目のアミノ酸がそれぞれ他のアミノ酸に置換されたアミノ酸配列である、(1)に記載の製造方法。
【0019】
(5)ポリヒドロキシアルカン酸の合成反応を触媒するタンパク質のアミノ酸配列が、配列番号2に示されるアミノ酸配列の325番目のSerがThrに、481番目のGlnがLysにそれぞれ置換されたアミノ酸配列である、(1)に記載の製造方法。
【0020】
(6)前記タンパク質のいずれもが、微生物に導入された組み換え発現ベクターにコードされているタンパク質である、(1)に記載の製造方法。
【0021】
(7)プロピオン酸及び/又は乳酸にCoAが転移される反応を触媒するタンパク質、及び下記のa)又はb)のアミノ酸配列からなるポリヒドロキシアルカン酸の合成反応を触媒するタンパク質を有する組み換え微生物。
【0022】
a)配列番号2に示されるアミノ酸配列の130番目、325番目、477番目及び481番目のアミノ酸の少なくとも1以上が他のアミノ酸に置換されたアミノ酸配列
b)a)に規定されるタンパク質において、さらに130番目、325番目、477番目及び481番目以外の1若しくは数個のアミノ酸が欠失若しくは置換され、又は1若しくは数個のアミノ酸残基が挿入されたアミノ酸配列
(8)プロピオン酸及び/又は乳酸にCoAが転移される反応を触媒するタンパク質のアミノ酸配列が、配列番号4に示されるアミノ酸配列、又は配列番号4に示されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列である、(7)に記載の組み換え微生物。
【0023】
(9)プロピオン酸及び/又は乳酸にCoAが転移される反応を触媒するタンパク質のアミノ酸配列が、配列番号6に示されるアミノ酸配列、又は配列番号6に示されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列である、(7)に記載の組み換え微生物。
【0024】
(10)ポリヒドロキシアルカン酸の合成反応を触媒するタンパク質のアミノ酸配列が、配列番号2に示されるアミノ酸配列の325番目及び481番目のアミノ酸がそれぞれ他のアミノ酸に置換されたアミノ酸配列である、(7)に記載の組み換え微生物。
【0025】
(11)ポリヒドロキシアルカン酸の合成反応を触媒するタンパク質のアミノ酸配列が、配列番号2に示されるアミノ酸配列の325番目のSerがThrに、481番目のGlnがLysにそれぞれ置換されたアミノ酸配列である、(7)に記載の組み換え微生物。
【0026】
(12)前記タンパク質をコードする遺伝子を有する組み換え発現ベクターが導入されていることを特徴とする、(7)に記載の組み換え微生物。
【0027】
本明細書は本願の優先権の基礎である日本国特許出願2008-276185号の明細書および/または図面に記載される内容を包含する。
【発明の効果】
【0028】
本発明の製造方法は、安価な炭素源を原料として、ポリ乳酸を効率的に製造することができ、生分解性プラスチックの製造コストを低くすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
図1】組換えプラスミドpTV118NPCTC1(ST/QK)の構成を示す概略図である。図中、phaC1(ST/QK)はSTQK遺伝子を、PCTはM.エルスデニ(M.elsdenii)由来のPCT遺伝子を、PReはR.ユートロファ(R.eutropha)由来プロモーターを、及びPlacは大腸菌ラクトースオペロンプロモーターを、それぞれ表す。
図2】実施例で調製したポリマーの分子量分布曲線である。
図3A】M.エルスデニ由来のPCT遺伝子と、phaC1(ST/QK)遺伝子とを含む組換えプラスミドpTV118NPCTC1(ST/QK)を用いて調製したポリマーのGC/MS分析の結果を表わすチャートである。
図3B】M.エルスデニ由来のPCT遺伝子と、phaC1(WT)遺伝子とを含む組み換えプラスミドpTV118NPCTCl(WT)を用いて調製したポリマーのGC/MS分析の結果を表わすチャートである。
図3C】PLA標品(MW20,000)を用いて調製したポリマーのGC/MS分析の結果を表わすチャートである。
図3D】M.エルスデニ由来のPCT遺伝子又はC.プロピオニウム由来のPCT遺伝子と、phaC1(ST/QK)遺伝子とを含む組み換えプラスミドpTV118NPCTC1(ST/QK)を用いて調製したポリマーのGC/MS分析の結果を表すチャートである。
図4】実施例で調製したポリマーのH−NMRスペクトル分析の結果を表わすチャートである。
図5】組換えプラスミドpTV118NPCTC1(WT)の構成を示す概略図である。図中、phaC1(WT)はシュードモナスsp.61−3由来ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素遺伝子(野生型)を、PCTはM.エルスデニ由来PCT遺伝子を、PReはアルカリゲネス・ユウトロファス由来プロモーターを、及びPlacはラクトースオペロンプロモーターを、それぞれ示す。
図6】PCT遺伝子の違いによるラクトイルCoAの生産量の違いを経時的に示すグラフである。
図7】M.エルスデニ由来のPCT遺伝子とC.プロピオニウム由来のPCT遺伝子とのポリ乳酸生産性の比較を示すグラフである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0030】
本発明は、プロピオン酸及び/又は乳酸にCoAが転移される反応を触媒するタンパク質と、下記のa)又はb)のアミノ酸配列からなるポリヒドロキシアルカン酸の合成反応を触媒するタンパク質を有する組み換え微生物を、炭素源を含む培地で培養する工程1):
a)配列番号2に示されるアミノ酸配列の130番目、325番目、477番目及び481番目のアミノ酸の少なくとも1以上が他のアミノ酸に置換されたアミノ酸配列
b)a)に規定されるタンパク質において、さらに130番目、325番目、477番目及び481番目以外の1若しくは数個のアミノ酸が欠失若しくは置換され、又は1若しくは数個のアミノ酸残基が挿入されたアミノ酸配列、
及び、工程1)の培養物から前記ポリ乳酸を回収する工程2)を含む、ポリ乳酸の製造方法である。以下、本発明で使用されるタンパク質、組み換え微生物、及び本発明の製造方法の諸条件について、説明する。
【0031】
1)プロピオン酸及び/又は乳酸(LA)にCoAが転移される反応を触媒するタンパク質
本発明で使用される「プロピオン酸及び/又はLAにCoAが転移される反応を触媒するタンパク質」は、適当なCoA基質からプロピオン酸及び/又はLAにCoAが転移される反応を触媒する活性を有するタンパク質である。かかる活性を有するタンパク質は、一般にプロピオニルCoAトランスフェラーゼ(PropionylCoA Transferase、PCT)と称されている。以下、本発明では、当該タンパク質をPCTと表すこととする。
【0032】
表1に、これまでに報告されたPCTの由来(微生物名)の代表例と、それをコードする塩基配列情報を開示した文献情報を示す。
【表1】
【0033】
本発明では、上記表1の他にも、これまでに報告されたPCTのいずれも利用することができる。また、「プロピオン酸及び/又はLAにCoAが転移される反応を触媒するタンパク質」であるかぎり、既知のPCTのアミノ酸配列において1個若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質であっても利用することができる。なお、PCTのアミノ酸配列の関連で使用する用語「数個」とは、1〜50個、好ましくは1〜25個、より好ましくは10個以下をいう。
【0034】
プロピオン酸及び/又はLAにCoAが転移される反応の触媒活性は、例えばA.E.Hofmeisterら(Eur.J. Biochem.、第206巻、第547−552頁)に記載された方法に従って測定することができる。
【0035】
本発明における好ましいPCTは、メガスファエラ・エルスデニ(Megasphaera elsdenii)由来のPCTであり、そのアミノ酸配列を配列番号4に、当該アミノ酸配列をコードする核酸(DNA)の塩基配列の例を配列番号3に示す。
【0036】
本発明における他の好ましいPCTは、スタフィロコッカス・アウレウス(Staphylococcus aureus)由来のPCTであり、そのアミノ酸配列を配列番号6に、当該アミノ酸配列をコードする核酸(DNA)の塩基配列の例を配列番号5に示す。下記実施例に示すように、スタフィロコッカス・アウレウス由来のPCTは、メガスファエラ・エルスデニ由来のPCTに比較して、微生物培養の初期で高い乳酸CoA生産性を示し、これはより迅速に乳酸CoA及びポリ乳酸を生産できることを示唆している。したがって、スタフィロコッカス・アウレウス由来のPCTの使用は、ポリ乳酸の生産に伴うコストを削減できるという利点を有する。
【0037】
本発明において、上記いずれか1種のPCTを単独で用いてもよいし、複数種に由来するPCTを組合せて用いてもよい。例えば、メガスファエラ・エルスデニ由来のPCTは、スタフィロコッカス・アウレウス由来のPCTに比較して、微生物培養の後期で高い乳酸CoA生産性を示す。このようなメガスファエラ・エルスデニ由来のPCTの特性と、上述したスタフィロコッカス・アウレウス由来のPCTの特性に基づき、両者を併用することで、より長期間にわたって乳酸CoA生産性を維持できると考えられる。
【0038】
2)ポリヒドロキシアルカン酸の合成反応を触媒するタンパク質
本発明におけるポリヒドロキシアルカン酸の合成を触媒するタンパク質は、a)配列番号2に示されるアミノ酸配列の130番目、325番目、477番目及び481番目のアミノ酸の少なくとも1以上が他のアミノ酸に置換されたアミノ酸配列、又はb)a)に規定されるタンパク質において、さらに130番目、325番目、477番目及び481番目以外の1若しくは数個のアミノ酸が欠失若しくは置換され、又は1若しくは数個のアミノ酸残基が挿入されたアミノ酸配列からなるタンパク質である。a)で規定するタンパク質は、前記特許文献7に記載されている、シュードモナス・スピーシーズ(Pseudomonas sp.)61−3由来のポリヒドロキシアルカン酸合成酵素のアミノ酸配列の一部を変異させたタンパク質であり、b)で規定するタンパク質は、a)で規定するタンパク質にその活性を失わない程度にさらに追加の変異が導入されたものである。なお、b)に規定するタンパク質に関連して使用される用語「数個」とは、1〜50個、好ましくは1〜25個、より好ましくは10個以下をいう。以下、本発明におけるポリヒドロキシアルカン酸の合成を触媒するタンパク質をPhaCmと表し、また特許文献7の記載を全て本明細書に取り込むこととする。
【0039】
PhaCmの好適な具体例は、特許文献7の表6及び表7に記載されている、配列番号2に示されるアミノ酸配列の130番目、325番目、477番目及び481番目のアミノ酸が、それぞれ単独で置換された単独変異、任意の2つのアミノ酸が置換された二重変異、任意の3つのアミノ酸が置換された三重変異、4つ全てのアミノ酸が置換された四重変異を挙げることができる。
【0040】
好ましいタンパク質は、任意の2つのアミノ酸が置換された二重変異であり、特に好ましくは325番目のSerがThrに、及び481番目のGlnがLysに置換された二重変異(以下、STQKと表す)である。
【0041】
PhaCmをコードするDNAは、シュードモナス・スピーシーズ(Pseudomonas sp.)61−3由来のポリヒドロキシアルカン酸合成酵素のアミノ酸配列(配列番号2)及びそれをコードするDNAの塩基配列(配列番号1)を基に、当業者に知られた部位特異的変異導入法によって組み換え的に作製することができる。また、特許文献7に記載されている通り、PhaCmのポリヒドロキシアルカン酸の合成を触媒する活性は、前記PhaCmを発現可能な核酸で形質転換された宿主細胞を得、当該宿主細胞のポリヒドロキシアルカン酸の蓄積能によって確認することができる。
【0042】
3)タンパク質をコードする核酸
上記1)〜2)の各タンパク質は、それらをコードする核酸を微生物に導入して、当該微生物内でタンパク質に転写翻訳させて使用することが好ましい。微生物に導入される核酸は、ベクターに組み込まれた形態にあることが好ましい。
【0043】
前記の核酸を微生物に導入するためのベクターは、宿主中で自立複製可能なものであればよく、プラスミドDNA、ファージDNAの形態にあることが好ましい。核酸を大腸菌に導入するためのベクターの例としては、pBR322、pUC18、pBLuescriptII等のプラスミドDNAを、EMBL3、M13、λgtII等のファージDNA等を、それぞれ挙げることができる。また酵母に導入するためのベクターの例としては、YEp13、YCp50等を挙げることができる。
【0044】
また、核酸をラルストニア(Ralstonia)属細菌やシュードモナス(Pseudomonas)属細菌に導入するためのベクターの例としては、広範囲の宿主において複製・保持されるRK2複製起点を有するpLA2917(ATCC37355)やRSF1010複製起点を有するpJRD215(ATCC 37533)等を挙げることができる。
【0045】
上記1)〜2)の各タンパク質をコードする核酸、好ましくはDNAのベクターへの挿入は、当業者に知られた遺伝子組み換え技術を用いて行うことができる。また組み換えに際して、ベクターに挿入されるDNAからの各タンパク質の転写翻訳を調節することのできるプロモーターの下流に、前記DNAを連結することが好ましい。プロモーターとしては、宿主中で遺伝子の転写を調節できるものであればいずれを用いてもよい。例えば、大腸菌を宿主として用いる場合には、trpプロモーター、lacプロモーター、PLプロモーター、PRプロモーター、T7プロモーターなどを、酵母を宿主として用いる場合には、gal1プロモーター、gal10プロモーターなどを用いることができる。また、シュードモナス(Pseudomonas)属細菌を本発明の微生物として用いる場合には、プロモーターとして、phaC1Ps遺伝子上流やphbCRe上流のプロモーターを含むと考えられる領域などを用いることができる。
【0046】
また、本発明のベクターには、必要に応じて、核酸を導入しようとする微生物において利用可能なターミネーター配列、エンハンサー配列、スプライシングシグナル配列、ポリA付加シグナル配列、リボゾーム結合配列(SD配列)、選択マーカー遺伝子などを連結することができる。選択マーカー遺伝子の例としては、アンピシリン耐性遺伝子、テトラサイクリン耐性遺伝子、ネオマイシン耐性遺伝子、カナマシン耐性遺伝子、クロラムフェニコール耐性遺伝子等の薬剤耐性遺伝子の他、アミノ酸や核酸等の栄養素の細胞内生合成に関与する遺伝子、あるいはルシフェラーゼとうの蛍光タンパク質をコードする遺伝子などを挙げることができる。
【0047】
上記の核酸、好ましくはベクターの形態にある核酸は、当業者に知られた方法によって、微生物に導入される。微生物へのベクターの組み換え方法としては、例えばリン酸カルシウム法、エレクトロポレーション法、スフェロプラスト法、酢酸リチウム法、接合伝達法、カルシウムイオンを用いる方法や等が挙げられる。
【0048】
4)微生物
本発明における組み換え微生物としては、上記1)〜2)のタンパク質を発現している微生物、好ましくは上記1)〜2)のタンパク質を機能的に発現し得る核酸の導入によって形質転換された微生物である。好適な微生物としては、シュードモナス・エスピー(Pseudomonas sp.)61−3株などのシュードモナス(Pseudomonas)属細菌、R.ユートロファなどのラルストニア(Ralstonia)属細菌、バチルス・ズブチリス(Bacillus subtilis)などのバチルス(Bacillus)属細菌、大腸菌(Escherichia coli)などのエシェリヒア(Escherichia)属細菌、コリネバクテリウム(Corynebacterium)属細菌、サッカロマイセス・セレビシー(Saccharomyces cerevisiae)などのサッカロマイセス(Saccharomyces)属酵母、カンジダ・マルトーサ(Candida maltosa)などのカンジダ(Candida)属酵母などを挙げることができる。中でも大腸菌、コリネバクテリウム属細菌、及びR.ユートロファが好ましく、特に好ましくは大腸菌、コリネバクテリウム属細菌である。
【0049】
R.ユートロファなどの、それ自体が固有のポリヒドロキシアルカン酸合成酵素を持つ微生物の場合には、当該固有のポリヒドロキシアルカン酸合成酵素の発現能を失った微生物を使用することが好ましい。かかる発現能を失った微生物は、ニトロソグアニジンなどの化学変異源やUV等の物理的変異源によって微生物を処理したり、ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素をコードする核酸を改変して当該酵素の機能的な発現を不能とした変異核酸を微生物に導入し、「相同的組み換え」(homologous recombination)を行わせたりして、作製することができる。ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素遺伝子が破壊されていることの確認は、該遺伝子の一部をプローブとして用いるサザンハイブリダイゼーションによって、ハイブリダイズするバンドが、野性株由来のバンドに比べて予想される位置にシフトしていることを調べることによって行うことができる。
【0050】
5)ポリ乳酸の製造
ポリ乳酸の製造は、前記の核酸が導入された組み換え微生物を、炭素源を含む培地で培養し、培養菌体又は培養物中にポリ乳酸を生成蓄積させ、該培養菌体又は培養物からポリ乳酸を回収することにより行われる。
【0051】
本発明の組み換え微生物の培養は、培地組成を除き、組み換え微生物の種類に応じて、それぞれの微生物についての一般的な培養条件で行うことが好ましい。
【0052】
特殊な組成を有する培地は特に必要とされないが、炭素源以外の窒素源、無機塩類その他の有機栄養源のいずれかを制限した培地を利用することが好ましい。例えば、ラルストニア(Ralstonia)属細菌やシュードモナス(Pseudomonas)属細菌等に核酸を組み込んだ組み換え微生物を培養する培地としては、例えば窒素源を0.01〜0.1%に制限した培地が挙げられる。
【0053】
炭素源としては、例えばグルコース、フラクトース、スクロース、マルトース等の炭水化物が挙げられる。また、炭素数4以上の油脂関連物質を炭素源とすることもできる。炭素数4以上の油脂関連物質としては、コーン油、大豆油、サフラワー油、サンフラワー油、オリーブ油、ヤシ油、パーム油、ナタネ油、魚油、鯨油、豚油又は牛油などの天然油脂、ブタン酸、ペンタン酸、ヘキサン酸、オクタン酸、デカン酸、ラウリン酸、オレイン酸、パルミチン酸、リノレン酸、リノール酸若しくはミリスチン酸等の脂肪酸又はこれらの脂肪酸のエステル、オクタノール、ラウリルアルコール、オレイルアルコール若しくはパルミチルアルコール等又はこれらアルコールのエステル等が挙げられる。
【0054】
窒素源としては、例えばアンモニア、塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム、リン酸アンモニウム等のアンモニウム塩の他、ペプトン、肉エキス、酵母エキス、コーンスティープリカー等が挙げられる。無機物としては、例えばリン酸第一カリウム、リン酸第二カリウム、リン酸マグネシウム、硫酸マグネシウム、塩化ナトリウム等が挙げられる。
【0055】
培養は、通常振盪培養などの好気的条件下、25〜37℃の範囲で、前記1)〜2)のタンパク質が転写発現されてから24時間以上行うことが好ましい。培養中は、カナマイシン、アンピシリン、テトラサイクリン等の抗生物質を培地に添加してもよい。前記1)〜2)のタンパク質をコードするDNAのいずれか或いは全てを誘導性プロモーターの制御下に連結した場合には、当該プロモーターの転写に誘導する因子を培地に添加すればよい。
【0056】
本発明の好ましい態様は、M.エルスデニ(M.elsdenii)由来のPCTをコードする核酸(配列番号3)又はS.アウレウス(S.aureus)由来のPCTをコードする核酸(配列番号5)、及びSTQKをコードする核酸を有する発現ベクターを導入した組み換え大腸菌を培養し、ポリ乳酸を製造する方法である。この方法は、培地にLAなどの、目的とするポリマーを構成するモノマー成分を培地に添加しなくても、安価な廃糖蜜から、ポリ乳酸を製造することができ、製造コストの点で有利である。
【0057】
本発明において、ポリ乳酸の回収は、微生物からポリ乳酸あるいはPHAを回収するための、当業者に公知の方法によって行えばよい。例えば、培養液から遠心分離によって集菌、洗浄した後、乾燥させ、クロロホルムに乾燥菌体を懸濁し、加熱することによって、目的とするポリエステルをクロロホルム画分に抽出し、さらにこのクロロホルム溶液にメタノールを加えてポリ乳酸を沈殿させ、濾過や遠心分離によって上澄み液を除去した後、乾燥することで、精製されたポリ乳酸を得ることができる。
【0058】
回収されたポリエステルがポリ乳酸であることの確認は、通常の方法、例えばガスクロマトグラフ法や核磁気共鳴法等により行えばよい。
【0059】
以下、非限定的な実施例を示して本発明をさらに詳細に説明する。なお、実施例における各実験操作は、Sambrookら(Molecular cloning: a laboratory manual, 2nd ed. 1989年、Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor, N.Y.)を初めとする各種の実験操作を紹介したマニュアル、又は各種試薬及びキットに添付された指示書の各記載に従い、行った。
【実施例】
【0060】
<実施例1>
1)組み換え微生物の作製
M.エルスデニ(M.elsdenii、ATCC17753)からDNeasy Tissue Kit(Qiagen社)を用いてゲノムDNAを抽出後、プロピオニルCoAトランスフェラーゼ(アクセッションNo.J04987)をコードする核酸をPCRで増幅するために、EcoRI認識配列を含むフォワードプライマーと、PstI認識配列を含むリバースプライマーのプライマーDNAを合成した。
【0061】
前記ゲノムDNAを鋳型として、iCycler(BioRad)を用い、KOD−Plus−DNAポリメラーゼ(1U)、PCRバッファー、1mM MgSO4、各プライマー15pmol、0.2mM dNTPs(全て東洋紡株式会社製)を含む反応液中、94℃2分を1サイクル、94℃で15秒、55℃で30秒、68℃で2分を1サイクルとするPCR反応を30サイクル行った後、約1,500bpの増幅断片を回収し、EcoRI及びPstIで消化して、DNAフラグメントを得た。
【0062】
また、S.アウレウス(S.aureus、ATCC10832)及びC.プロピオニウム(C.propionicum、ATCC25522)からも同様に、プロピオニルCoAトランスフェラーゼをコードするDNAフラグメントを取得した。使用したPCR増幅条件は次の通りである: PCR反応(酵素KOD‐PLUS)、94℃ 1分の1サイクル、94℃ 30秒、50℃ 30秒、及び72℃ 2分の30サイクル、及び94℃2分。
【0063】
各遺伝子の増幅に使用したプライマーセットの配列は次の通りである:
M.エルスデニPCT用:
MePCTN:5’-atgagaaaagtagaaatcattac-3’
MePCTC:5’-ttattttttcagtcccatgggaccgtcctg-3’
C.プロピオニウムPCT用:
CpPCTN:5’-gggggccatgggaaaggttcccattattaccgcagatgag -3’
CpPCTC:5’-ggggggctcgagtcaggacttcatttccttcagacccat-3’
S.アウレウスPCT用:
SpctN:5’-gtgccatggaacaaatcacatggcacgac-3’
SpctC:5’-cacgaattcatactttatgaattgattg-3’
プラスミドpTV118N(宝酒造)をEcoRI及びPstIを用いて消化し、アルカリホスファターゼを用いて脱リン酸化した後、M.エルスデニ由来の前記DNAフラグメントを加えてライゲーションし、プロピオニルCoAトランスフェラーゼをコードするDNAを含む、約4.7kbpの組み換えプラスミドPTV118N M.E.−PCTを調製した。
【0064】
同様に、C.プロピオニウム及びS.アウレウスの各PCT遺伝子を、それぞれpTV118Nベクター(宝酒造)のNcoI−BamHI、NcoI−EcoRI間に挿入することで、発現プラスミドPTV118N C.P.−PCT、PTV118N S.A.−PCTを作製した。
【0065】
Takaseら(J. Biochem.、2003年、第133巻、第139−145頁)に記載されている方法に従い、STQKをコードするDNAを全て含むプラスミドpGEMC1(ST/QK)ABを調製した。
【0066】
pGEMC1(ST/QK)ABをBamHIで消化して、約6kbpのDNA断片を回収し、66mM酢酸カリウム、10mM酢酸マグネシウム、0.5mM DTT,0.1mg/mL BSA、0.1mM dNTPを含む3mM トリス酢酸緩衝液(pH7.9)中、200ユニットのT4ポリメラーゼを37℃で5分間作用させて、STQKをコードするDNA断片を得た。
【0067】
pTV118N M.E.−PCTをPstIで消化し、上記と同条件でT4ポリメラーゼを作用させた後、アルカリホスファターゼを用いて脱リン酸化した後、前記phaCmをコードするDNA断片をライゲーションして、pTV118N M.E.−PCTのSalIサイトにSTQKをコードするDNAを導入した、約9.6kbpのプラスミドpTV118N‐PCT‐C1(ST/QK)ABを得た。pTV118N‐PCT−Clは、pTV118N−PCT−C1ABのphaA、phaB部分を除く領域をPCR法で増幅させ、その産物をセルフライゲーションして得た(図1)。大腸菌種W3110のコンピテントセルをpTV118N‐PCT‐C1(ST/QK)を用いて形質転換した。
【0068】
また同様にして、発現プラスミドPTV118N C.P.−PCTを用い、前記phaCmをコードするDNA断片を保持するpTV118N−C.P PCT−C1(STQK)を取得し、大腸菌種W3110のコンピテントセルを形質転換した。
【0069】
2)ポリマーの生産
得られた形質転換体の培養は、LB寒天培地上で形成したアクティブコロニーを100ml容三角フラスコに入った10mlのLB液体培地に植菌し、30℃でOD 0.6〜1.0まで振盪培養(オリエンタル技研工業(株)製IFM型,130rpm)して生育した前培養菌液を、500ml容三角フラスコに入った200mlの本培養用培地に1%容量接種し振盪培養を行った。
【0070】
前述した培養法により200ml培養を行い、得られた培養液を50mlファルコンチューブで集菌(3000×g,5min,RT)後、−80℃で一晩凍結した。この凍結菌体を、凍結乾燥機(LABCONCO社製Model 77400型)にて2日間乾燥した。
【0071】
乾燥菌体を耐圧試験管へ移し、菌体100mg当たり1mlのクロロホルムを添加して、95℃のウォーターバス中で3時間リフラックスした。リフラックス後のサンプルを室温に戻し、0.22μm PTFEフィルターでシリコン製遠心管へろ過し、菌体を取り除いた。抽出されたサンプルは、クロロホルムが完全になくなるまで室温で乾燥させた。この乾燥後のペレットにヘキサン2mlを加え、約1分間ボルテックスし、その後遠心(6,000×g、15分、RT)して上清を取り除いた。このヘキサンによる洗浄は2回行った。ドライアップ後のサンプルを、2mlのクロロホルムに溶解し、ガラス製バイアルビンに移してドライアップし、これをポリマー分析用サンプルとした。
【0072】
3)ポリマーの分析
i)GPC
2)で回収されたポリマー約1mgにクロロホルムを1mL加え、これを0.2μmPTFEフィルター(ADVANTEC)で濾過した溶液をサンプルとして、下記の条件でGPC測定を行った。
【0073】
システム :Shimadzu Prominence GPC system
カラム :TSKgel−Super THZ−M(6.0mm×150mm)
溶離液 :CHCl
流量 :0.8mL/分
温度 :40°
検出 :10A refractive index detector
サンプル量:10μL
測定された分子量分布曲線を図2に示す。分子量較正曲線は標準ポリスチレンを用いて作成し、標準ポリスチレン分子量の換算値で分子量を表した。その結果、ポリマーの分子量(Mw)は22,000であった。
【0074】
ii)GC/MS分析
前述した培養法により200ml培養を行い、得られた培養液を50mlファルコンチューブで集菌(3000×g,5min,RT)後、−80℃で一晩凍結した。この凍結菌体を、凍結乾燥機(LABCONCO社製Model 77400型)にて2日間乾燥した。この乾燥菌体のうち100mgを耐圧試験管へ量り取り、クロロホルム1.6mlを添加して一晩室温で静置した。この菌体/クロロホルム溶液に、メタノール硫酸(メタノール:硫酸=17:3の混合液)1.6ml、内部標準100μl(安息香酸10mg/CHCl10ml)を添加し、95℃のウォーターバス中で3時間リフラックスすることでメチル化を行った。メチル化終了後のサンプルは室温に戻し、Φ18mmのディスポ試験管に移した。ここに、ミリQ水を800μl加え、約30秒撹拌した後、水層と溶媒層に分離するまで静置した。分離後、クロロホルム層をパスツールピペットで分取し、0.22μm PTFEフィルターで2ml容バイアルビンへろ過し、分析に供した。
【0075】
ポリ乳酸の標品は、まず20mgのPLA−0020(和光純薬工業(株)製、重量平均分子量20,000)を20ml容バイアルビン中で10mlのクロロホルムに溶解し、このうち1mlを耐圧試験管へ移し、クロロホルム0.6ml、メタノール硫酸1.6ml、内部標準100μlを添加し、95℃のウォーターバス中で3時間リフラックスすることでメチル化を行った。メチル化終了後の標準サンプルは室温に戻し、Φ18mmのディスポ試験管に移した。ここに、ミリQ水を800μl加え、約30秒間撹拌した後、水層と溶媒層に分離するまで静置した。分離後、パスツールピペットで2ml容バイアルビンへ移し、分析に用いた。
【0076】
GC/MS分析は下記の条件で行った。
【0077】
メチル化された生産物は、GC/MS(HP6890 Series GC system/5973 Mass SelectiveDetector)にAgilent製カラムのDB−1(122−10G3 :150meters×0.25mm×1mm)もしくはDB−1(122−1063: 60meters×0.25mm×1mm)を用いて分析を行った。各カラム使用時の分析メソッドを下記に記す。
【0078】
122−10G3: 150℃で2分間ホールド、5℃/1分で昇温、300℃で10分ホールド
122−1063: 120℃で5分間ホールド、5℃/1分で昇温、300℃で10分ホールド
上記条件での分析結果及び乳酸メチルのMSスペクトルを図3A〜Dに示す。なお、図3Dの結果のみ、クロロホルムを除去しないサンプルから取得されたものである。GC/MSの結果より、2)で回収されたポリマーはLAをモノマー単位として含むことが確認された。
【0079】
iii)NMR分析
2)で回収されたポリマーを重水素化クロロホルムに溶解してサンプルとし、300MHzでH−NMR(図4)を測定した。その結果、2)で回収されたポリマーは乳酸をモノマー単位として含むことが判明した。
【0080】
4)微生物内でのPCT発現及びラクトイルCoA合成
1)で作成した組み換えプラスミドPTV118N M.E.−PCT、PTV118N C.P.−PCT、及びPTV118N S.A.−PCTを用いて、大腸菌種W3110のコンピテントセルを形質転換した。
【0081】
各菌株を前培養後、200ml LB/2L flaskに2%で植菌し、37℃、180rpmで3時間培養した。OD600=0.5付近で10mM IPTGにより発現誘導し、30℃、80rpmで6時間培養した。次に遠心により菌体を回収し、M9(+1.5%Glucose、10mM MgSO、10mM パントテン酸Ca)中37℃で培養(OD=20,3ml)培養し、適宜サンプリングを行った。
【0082】
菌体を回収(1×10cellに相当量)し、試料調製を行った(n=3)。サクションフィルターシステムにアプライし、ミリQ水で2回洗浄した。MeOH溶液2ml入りのシャーレにフィルター(裏返)を入れ、室温で10分間放置後、1.6mlのMeOH溶液を遠沈管に移送し、1.6mlのクロロホルム及び640ulのミリQ水を混合し、懸濁した。4600g、4℃、5min遠心後、水+MeOH層1.5mlを5k限外ろ過膜(Millopore社製)にて約2時間遠心ろ過した。ろ液を回収し凍結乾燥した後、二次内部標準物質を含むミリQ水により200倍濃縮溶解しCE−MS分析に供した。CE−MS分析条件はAnal.Chem 2002,74, 6224−6229「Pressure−Assisted Capillary Electrophoresis Electrospray Ionization Mass Spectrometry for Analysis of Multivalent Anions」に準じた。その結果を図6に示す。
【0083】
図6から、S.アウレウス由来のPCT遺伝子は、M.エルスデニ由来のPCT遺伝子に比較して、培養初期に高い乳酸CoA生産性を示すことが明らかになった。
【0084】
5)ポリ乳酸生産性に及ぼすPCT遺伝子の影響
図7は上記ii)GC/MS分析からの乳酸誘導体の定量結果を示している。
【0085】
図7の結果から、M.エルスデニ由来のPCTは、C.プロピオニウム由来のPCTに比較して、ポリ乳酸の生産性により良好に寄与することが明らかになった。
【0086】
<比較例>
実施例1で作製したプラスミドpTV118N‐PCT‐C1(ST/QK)に含まれるSTQKをコードする塩基配列を、下記のタンパク質をコードする塩基配列に置き換えた発現ベクターを作製した。当該発現ベクターの構成を纏めて図5に示す。
【0087】
pTV118N‐PCT‐C1(WT):シュードモナスsp.61−3のポリヒドロキシアルカン酸合成酵素(野性型、配列番号1)
大腸菌W3110のコンピテントセルをpTV118N−PCT−C1を用いて形質転換し、得られた形質転換体の培養は、LB寒天培地上で形成したアクティブコロニーを100ml容三角フラスコに入った10mlのLB液体培地に植菌し、30℃でOD 0.6〜1.0まで振盪培養(オリエンタル技研工業(株)製IFM型, 130rpm)して生育した前培養菌液を、500ml容三角フラスコに入った200mlの本培養用培地に1%容量接種し振盪培養を行った。
【0088】
前述した培養法により200ml培養を行い、得られた培養液を50mlファルコンチューブで集菌(3000×g,5min,RT)後、−80℃で一晩凍結した。この凍結菌体を、凍結乾燥機(LABCONCO社製Model 77400型)にて2日間乾燥した。この乾燥菌体のうち100mgを耐圧試験管へ量り取り、クロロホルム1.6mlを添加して一晩室温で静置した。この菌体/クロロホルム溶液に、メタノール硫酸1.6ml、内部標準100μl(安息香酸10mg/CHCl310ml)を添加し、95℃のウォーターバス中で3時間リフラックスすることでメチル化を行った。メチル化終了後のサンプルは室温に戻し、Φ18mmのディスポ試験管に移した。ここに、ミリQ水を800μl加え、約30秒撹拌した後、水層と溶媒層に分離するまで静置した。分離後、クロロホルム層をパスツールピペットで分取し、0.22μm PTFEフィルターで2ml容バイアルビンへろ過し、GS/MS分析に供した。
【0089】
GS/MS分析は、上記実施例1の記載と同様にして行った。図3Bに示す結果から、pTV118NPCTCl(WT)を用いた場合、乳酸を含むポリマーはほとんど生産されないことが確認された。
【0090】
本明細書で引用した全ての刊行物、特許および特許出願をそのまま参考として本明細書にとり入れるものとする。
図1
図2
図3A
図3B
図3C
図3D
図4
図5
図6
図7
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]