(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】5739047
(24)【登録日】2015年5月1日
(45)【発行日】2015年6月24日
(54)【発明の名称】生物忌避性多層樹脂被覆金属線とそれからなる漁網
(51)【国際特許分類】
B32B 15/02 20060101AFI20150604BHJP
B32B 15/08 20060101ALI20150604BHJP
A01K 63/00 20060101ALI20150604BHJP
A01K 75/00 20060101ALI20150604BHJP
【FI】
B32B15/02
B32B15/08 101Z
A01K63/00 D
A01K75/00 B
A01K75/00 C
【請求項の数】5
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2014-164240(P2014-164240)
(22)【出願日】2014年8月12日
【審査請求日】2014年8月12日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】593033980
【氏名又は名称】トワロン株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】新日鐵住金株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100130513
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 直也
(74)【代理人】
【識別番号】100074206
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 文二
(74)【代理人】
【識別番号】100130177
【弁理士】
【氏名又は名称】中谷 弥一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100161746
【弁理士】
【氏名又は名称】地代 信幸
(72)【発明者】
【氏名】藤本 邦三
(72)【発明者】
【氏名】大橋 章一
(72)【発明者】
【氏名】杉丸 聡
【審査官】
山本 昌広
(56)【参考文献】
【文献】
特開2012−187851(JP,A)
【文献】
特開昭63−137629(JP,A)
【文献】
特開昭63−231931(JP,A)
【文献】
特開平5−306435(JP,A)
【文献】
特許第5465805(JP,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B32B 1/00−43/00
A01K 63/00−63/06
A01K 75/00−75/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属線に、接着剤層を介してアイオノマー樹脂からなる保護層を被覆した樹脂被覆線の表面に、生物忌避性を示す金属イオンを放出可能な金属又は金属化合物からなる金属元素含有粉をポリオレフィン又はポリエステルであるベース樹脂に混合した樹脂金属混練材料からなるイオン放出層を設けた、多層樹脂被覆金属線。
【請求項2】
上記イオン放出層中の上記金属元素含有粉の割合が5質量%以上25質量%以下である請求項1に記載の多層樹脂被覆金属線。
【請求項3】
上記金属元素含有粉が亜酸化銅又は銅亜鉛合金である、請求項1又は2に記載の多層樹脂被覆金属線。
【請求項4】
上記金属線が、0.5質量%以上2.0質量%以下のCrを含有する鉄線からなる請求項1乃至3のいずれかに記載の多層樹脂被覆金属線。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれかに記載の多層樹脂被覆金属線からなる漁網。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、養殖用生け簀や定置網などの海中で使用する漁網などに用いる線材及びそれを用いた網材に関する。
【背景技術】
【0002】
魚を養殖する場合には、水槽で養殖する場合と、海中を生け簀で囲って養殖する場合がある。この生け簀は、養殖する魚だけでなく、それを餌とするサメなどの外来魚によって傷つけられたり、波や潮の影響によって摩耗させられたりするため、耐久力の高い素材を用いることが求められる。また、フジツボなどの固着生物や藻などが付着して、汚れるだけではなく網目を塞いで生け簀の中の水質や酸素濃度を悪化させたり、生け簀そのものを劣化させたりすることがある。このため、養殖する魚に影響を与えない範囲で、対生物忌避性を有することも求められる。
【0003】
従来、この生け簀には亜鉛めっき金網が多く用いられている。だが、単純なめっき層による保護では、波や潮などにより物理的浸食を受けるとともに海水によって化学的にも浸食されるため、めっき層が破られて心線まで腐食させられることが多く、耐用年数は1年〜2年未満となっている。これに対抗するために、めっき厚を増加させて防食性を高めることが検討されている。しかし、亜鉛の厚みが増えると、亜鉛そのものが海中に溶け出しやすくなり、藻などに対する忌避効果を発揮する反面、養殖する魚への影響が懸念される。
【0004】
一方、金属心線を持たない化学繊維を用いた漁網では、海水の塩分によっては腐食されない。しかし、軽量であるため波の影響を受けやすく、サメやふぐなどの外敵によって破られるおそれもある。また、そのままでは対生物忌避性が十分でないため藻などの付着が著しい。そのため、素材である化学繊維に、忌避剤を含浸させることが検討されているが、繊維全体に忌避剤を含浸させると、大量であるためその毒性が無視できなくなる。
【0005】
これらの問題を解決するために、金属心線を樹脂で被覆した樹脂被覆線による漁網が検討されている。例えば特許文献1には、養殖用生け簀に用いる、合成樹脂被覆鉄線の被覆層の外周に銅線を露出させた防汚性線材が記載されている。合成樹脂によって被覆されることで、心線である鉄線の腐食を抑え、表面の銅線の直接曝露により銅イオンが徐々に溶け出すことで、対生物忌避性を発揮する。
【0006】
また、特許文献2には、ナイロン等のポリアミド系樹脂やポリウレタン樹脂などの熱可塑性樹脂に銀、銅、ニッケル、錫などの金属化合物粉を混合した、水中生物付着防止材が提案されている。鉄線上にポリオレフィン樹脂をコーティングした上から、このような水中生物付着防止材を被覆することが実施例(9〜20)にて提案されている。
【0007】
ところで、これらとは別に、地上における耐久性に優れたフェンスなどの網材用線材として、表面の樹脂にアイオノマー樹脂を用いた樹脂被覆鉄線が提案されている(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平2−299527号公報
【特許文献2】特開昭63−137629号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】(財)土木研究センター 建設技術審査証明報告書 鉄線かご形護岸用被覆鉄線「IR被覆鉄線」
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、特許文献1に記載のように銅線を直接露出させていると、銅の溶出量が多すぎて、生物に与える悪影響が無視できないと推測される。また、樹脂被覆層で銅線を丸ごと保持しなければならないために樹脂の肉厚を大きく確保しなければならず、原料の無駄が多くなり、体積も余分になってしまう。さらに、銅線が樹脂層に埋没しているため、樹脂被覆線の被覆が果たすべき本来の用途である防護効果が損なわれてしまう可能性もあった。そのために損傷箇所が生じると、海水が浸入して心線が腐食してしまい、強度が維持できなくなってしまう。
【0011】
また、特許文献2に記載の被覆形態では、含有させる金属化合物量が削減されるため、養殖する生物に対する悪影響は特許文献1に比べると大きく削減されると考えられる。しかし、肉厚が厚く無駄が多いだけでなく、被覆層に異物が混入しているため耐久性が落ち、傷つきやすく防食性も維持できなくなってしまう。このため、特許文献1と同様に損傷のおそれが無視できないものとなっていた。ポリオレフィン樹脂層が損傷した場合、鉄線では速やかに腐食が進むため、損傷時の耐久性には問題があると考えられた。
【0012】
さらに、樹脂被覆線の製造にあたってはいくつかの方式があるが、光硬化型樹脂を用いた樹脂被覆線を製造するには高額の製造装置が必要となり、導入にあたっての技術的ハードルも高い。
【0013】
一方、樹脂を溶剤に溶かす塗装式で塗布すると、溶剤の蒸発に時間が掛かりすぎるため、ライン上で焼き付け塗装が出来ないという問題があった。また、ホットメルト(熱可塑性の接着剤樹脂)を熱で溶かし、手作業で線上に塗布すると、偏りが生じることは避けられなかった。このため、製造速度の点からも押出機を用いることが一般的である。押出機は例えば
図3(a)のように、心線31がニップル32を通過されていくにつれて、周囲に溶融した樹脂33を被覆してヘッド34から押し出していくものである。しかし、JIS G 3543表9に記載の線のうち、網用の線材では心線径が最小で1.8mm程度である。このような線材への押出被覆の場合、上記JISにもあるように、一般的に片肉が200〜300μmの肉厚になる。この被覆層に上記の銅や金属化合物を含有させると、表面に露出せず有効的に働かない含有量が多くなりすぎ、結果として無駄な厚みとなっていた。
【0014】
そこでこの発明は、潮や波、あるいは動物的影響による物理的な損傷に対して耐久性があり、塩による腐食を抑え、なおかつ必要とする生物に与える悪影響を最小限に留めることができる汎用の線材を、できるだけ無駄を少なくして提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
この発明は、
金属線に、接着剤層を介してアイオノマー樹脂からなる保護層を被覆した樹脂被覆線の表面に、生物忌避性を示す金属イオンを放出可能な金属又は金属化合物からなる金属元素含有粉を樹脂に混合した樹脂金属混練材料からなるイオン放出層を設けた、多層樹脂被覆金属線により上記の課題を解決したのである。
【0016】
このような多層樹脂被覆金属線は、単独で強固な耐久性を有するアイオノマー樹脂による保護層が、単独ではなく接着剤層を介して上記金属線上に被せられているため、完全接着により乖離が起きるおそれがほとんど無くなる。また、アイオノマー樹脂は単独でも接着剤として利用可能な樹脂であり、イオン放出層を構成する樹脂との間での接着性も高い。
【0017】
上記イオン放出層に含まれる金属元素含有粉が含有する金属とは、具体的には、銅や亜鉛、銀などの遷移金属であるとよい。これらの金属元素が有する抗菌作用や対生物忌避性機能が発揮されるように、水中に金属イオンを溶出させる。
【0018】
一方、上記金属線は用途により必要な強度を有する金属製の線材であり、強度及びコストの点から基本的に鉄系材料による心線であると好ましく、また、防食性の点から表面に防食用の亜鉛めっきなどのめっき層を有するめっき線であると好ましい。さらに、心線がH種の鉄線であるとより好ましい。H種の鉄線であることで心線それ自体の強度を確保しつつ、亜鉛めっきによる犠牲防食によって鉄線の腐食を防ぐことができる。
【0019】
より好ましくは、上記金属線が0.5質量%以上2.0質量%以下のCrを含有すると、耐腐食性がさらに向上して錆びにくくなる。特に、線材の端部で海水に接触する部分からの腐食に対して高い効果を発揮する。
【0020】
そして、上記イオン放出層は保護層で包まれた樹脂被覆線の表面に形成されるが、上記イオン放出層に含まれる金属元素含有粉のうち実質的に水中に溶解して忌避作用を示すのは表面近傍にある金属元素含有粉だけである。このため、上記イオン放出層は必要最小限の厚さで十分である。
【0021】
さらに、上記イオン放出層は、一旦アイオノマー樹脂からなる保護層を形成させた上から被覆するため、上記イオン放出層は厚さを最小限にすることを可能にした。イオン放出層を押出被覆する際に、ニップル(32)に接触するのは、アイオノマー樹脂による保護層となるため、めっき線がニップルと接触することでめっきが削れて落ちることがない。このため、不要なあそびを小さくして、ニップルの内径を最小限に留めることができ、上記イオン放出層の肉厚を極めて薄くすることができる。これにより、形成されるイオン放出層の厚みムラが少なくなり、破れにくいだけでなく、均一な忌避効果を発揮できる。
【発明の効果】
【0022】
この発明にかかる多層樹脂被覆金属線は、高い耐久性、耐腐食性を発揮でき、海水中においても長期間利用することができる。この多層樹脂被覆金属線を用いて編んだ漁網を生け簀や定置網として利用すると、固定生物や藻などが付着しにくく、メンテナンスの手間を大きく省くことが出来る。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】この発明にかかる多層樹脂被覆金属線の断面図
【
図2】この発明にかかる多層樹脂被覆金属線の概念図
【
図3】(a)心線(金属線)に樹脂を被覆する被覆用装置の側面断面概念図、(b)樹脂被覆線上にイオン放出層を形成させる際の(a)のニップル付近の正面断面図
【
図4】この発明にかかる多層樹脂被覆金属線を線材として編んだ網材の構成例図
【
図5】この発明にかかる網材を海中に浸漬する生け簀として用いた際の構成例図
【
図6】実施例1における多層樹脂被覆金属線のSEM画像
【
図7】実施例2における多層樹脂被覆金属線のSEM画像
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、この発明にかかる多層樹脂被覆金属線及びそれを用いた網材について説明する。この発明で用いる多層樹脂被覆金属線は、金属線の周囲に、接着剤層を介してアイオノマー樹脂からなる保護層が被覆され、その樹脂被覆線の表面に、生物忌避性を示す金属イオンを放出可能な金属又は金属化合物からなる金属元素含有粉を樹脂に混合した樹脂金属混練材料からなるイオン放出層を有する。すなわち、上記金属線の周囲に、上記接着剤層を介して、保護層とイオン放出層との少なくとも2つの樹脂による層を有する。
【0025】
上記保護層は強靱なアイオノマー樹脂によって金属線を保護し、強度を確保する。一方で、上記イオン放出層は薄肉厚で製造することができ、内部に異物となる粒子を含んでいるため、波や潮の影響により少しずつ損傷していく。この損傷の進行とともに、上記イオン放出層の表面だけでなく、樹脂に内包されていた金属元素含有粉も徐々に露出していき、生物忌避性を示す金属イオンを徐々に放出させていくことができる。これにより、長期間の生物忌避性を確保しながら、線材本体の強度は維持し続けることができる素材として用いることが出来る。
【0026】
具体的な多層樹脂被覆金属線23の構成形態例について
図1及び
図2を用いて説明する。まず、上記金属線として、中心に鉄線11を用い、その周囲をめっき層12が包むめっき線21を用いる。
【0027】
上記金属線の心線として、鉄の含有量が50質量%を越える鉄系材料からなる鉄線11を用いると、耐久性や強度、及びコストの点から好ましい。その中でも特に、所謂鉄鋼材料からなる鉄線11を用いると、人力や波の潮力程度では容易に曲げることができない強度を発揮できるので、網材を構成する際に形状を維持しやすくなる。具体的には、炭素濃度が0.03質量%以上1.0質量%以下の、比較的低炭素な鉄合金である。
【0028】
さらに上記の鉄線が少量のCrを含有していると、海水に対する耐腐食性がさらに向上するので望ましい。具体的には0.5質量%以上であると好ましく、0.7質量%以上であるとより好ましい。0.5質量%未満では添加による向上効果がほとんど見込めない。
一方で、2.0質量%を越えると金属線の強度が高くなりすぎて、伸線、製網などへの加工性が低下し、さらに過大に添加するとむしろ耐食性が劣化してしまう。
【0029】
上記のCrへの添加が、樹脂被覆、めっきのない裸の金属線の耐食性、伸線加工性、製網加工性へ及ぼす影響を評価した結果を表1に示す。φ5.5→3.2mmへダイス伸線、焼鈍した金属線において、それぞれの耐食性はJISZ2371に規定されている腐食原料で評価した。図中耐食性の評価は、添加のない基準例と比較して、腐食減量が同等であるものを「△」、腐食減量が少なく耐食性が優位であるものを「○」、腐食減量が多く耐食性が劣化するものを「×」とした。また加工性は、自径巻き試験を行って金属線表層の割れの有無で評価した。その結果、Crが0.5質量%以上2.0質量%以下で、Cr添加による耐食性の向上と、加工性とが両立されることがわかった。
【0031】
めっき層12は、鉄線11に対して犠牲防食をするために設けるものであり、鉄線11の材料に対して防食効果を発揮するため、少なくとも亜鉛を含有すると好ましい。具体的には、亜鉛めっき、亜鉛アルミ合金めっき、亜鉛アルミマグネシウム合金めっきなどが挙げられる。
【0032】
鉄線11とめっき層12とを合わせためっき線21部分の径は特に限定されるものではないが、一般的な網材に使用可能な大きさとして、1.8mm以上だとよく、2.0mm以上だと好ましく、3.0mm以上だとより好ましい。2.0mm未満の心線に対しては、樹脂で被覆したとしても、強度の点でやや弱くなり、形態が維持しにくくなるため、定置網や生け簀などの用途には不安が生じる。一方で、太い分には強度上の問題は無いが、太すぎると網材として加工しにくいため、7.0mm以下がよく、6.0mm以下が好ましい。ただし、用途次第ではこの上限から外れたとしても、本発明の利用上の問題は無い。
【0033】
上記めっき線21のさらに外側に保護層14があり、めっき層12と保護層14との間には接着剤層13を設けて、金属部分と樹脂部分を接着させている。さらに保護層14の周囲には、生物忌避性を発揮する金属含有粉を有するイオン放出層15が設けてある。
【0034】
上記の接着剤層13は、防食性を高め、水や空気が浸入することを防ぐために設けるものである。この接着剤層13を構成する接着剤としては、アイオノマー樹脂からなる保護層14との接着性の高さから、ポリオレフィン系接着剤が好ましく、ポリエチレン系接着剤が特に好ましい。接着剤層13の厚さは特に限定されるものではないが、30μm以上、200μm以下程度であれば実用上の問題は生じにくい。
【0035】
上記の保護層14を構成する樹脂は、主にアイオノマー樹脂からなり、少なくとも80質量%以上をアイオノマー樹脂が占めていると好ましい。アイオノマー樹脂とは、エチレン−メタクリル酸共重合体や、エチレン−アクリル酸共重合体などの分子間をナトリウムや亜鉛などの金属のイオンで分子間結合した構造を有する樹脂である。このアイオノマー樹脂は、通常のポリオレフィン樹脂と比べて著しく強靱でありながら、適度な弾力性と柔軟性を有し、また、ポリオレフィンと比較して耐寒性、耐摩耗性、耐ストレスクラッキング性に優れているという特徴を有する。このような特質を有しながらも、ポリエチレンとほぼ同様の可塑成形が可能であり、加熱溶融して押出成形することで上記心線に上記保護層14を被覆させることができる。
【0036】
上記の保護層14は、上記アイオノマー樹脂の無垢材でもよいが、発泡剤以外の添加剤であれば、この発明にかかる樹脂被覆線の効果を害さない程度に含有していてもよい。保護層14の厚みは、100μm以上がよく、300μm以上が好ましく、500μm程度が特に好ましい。100μm未満では保護層14による防護効果が不充分で、破れてしまうおそれがあるためである。一方、2000μmを超えることは現実的ではなく、1000μm以下であるとよい。
【0037】
さらにこの保護層14の表面にイオン放出層15を設ける。イオン放出層15は、ベース樹脂と、生物忌避性を示す金属イオンを放出可能な金属又は金属化合物からなる金属元素含有粉16とを混合した樹脂金属混練材料からなる。上記ベース樹脂としては、具体的には、ポリエチレン、ポリプロピレンなどのポリオレフィンや、ポリエチレンテレフタレートなどのポリエステルなどが挙げられる。特に、柔軟性と傷つきやすさの点からLLDPE(Linear Low Density Polyethylene)を用いると、適度に損傷されることによって内包している上記金属元素含有粉が露出していくことで、最初に表面に露出しているものだけではなくイオン放出層15が含む金属元素含有粉16全てが徐々にイオンとして水中に放出可能となり、長期間にわたる金属イオンの放出が実現される。
【0038】
上記の金属元素含有粉16に含まれる金属元素としては、銅や亜鉛などの遷移金属元素が挙げられる。これらの金属元素のイオンが水中に遊離して存在することにより、固着生物や藻などの生物に対して付着や繁殖を抑制する忌避効果を発揮する。このような金属イオンを放出しやすい金属元素含有粉16としては、金属銅粉の他、亜酸化銅、黄銅などの銅亜鉛合金などが挙げられる。
【0039】
上記金属元素含有粉16の平均粒径は、1μm以上であると好ましい。小さすぎると溶出が速やかに進みすぎてしまい、忌避効果が長期間持続しにくくなるためである。一方で10μm以下であると好ましい。大きすぎると溶解しにくく、忌避効果が不十分になるだけでなく、混練してイオン放出層15を形成させる際に、押出ダイスを閉塞させる原因にもなりえるためである。
【0040】
上記イオン放出層15における金属元素含有粉16の混合量は、全体の3質量%以上であると好ましく、5質量%以上であるとより好ましく、7質量%以上であるとさらに好ましい。一方、金属元素含有粉16が多すぎるとイオン放出層15として被覆させることが難しくなるため、25質量%以下であるとよく、20質量%以下であると好ましく、17質量%以下であるとより好ましく、15質量%以下であるとさらに好ましい。また、多すぎることで水中への銅や亜鉛などの溶解量が増えすぎることは、この発明にかかる多層樹脂被覆金属線を漁網や生け簀などに使った場合に、養殖する生物への影響上好ましくない。
【0041】
なお、上記樹脂金属混練材料には、本願発明の機能を害さない範囲でその他の成分を含んでいてもよい。ただし、多すぎると予期せぬ効果を発揮するおそれがあるため、3質量%以下であるとよく、2質量%以下であると好ましい。
【0042】
上記イオン放出層15の厚みは、片肉が50μm以上であると好ましく、75μm以上であるとより好ましい。50μm未満では薄すぎて金属元素含有粉16が少なくなり、金属イオンによる生物忌避効果の持続時間が短くなりすぎるおそれがある。この発明にかかる多層樹脂被覆金属線のイオン放出層15は、アイオノマー樹脂よりも強度が劣る樹脂を用いるために、層の内部に埋没している金属元素含有粉16も少しずつ放出可能となることで、長い持続時間を実現するが、層が薄すぎるとこの効果が薄れてしまう。一方、200μmを越えて厚くしても樹脂と材料が無駄になり、ほとんど意味がない。特にこの発明にかかる多層樹脂被覆金属線では、保護層14を形成した後でイオン放出層15を形成させるため、イオン放出層15の形成時には押出機のニップル32にめっき線21が接触してめっきが剥がれるという心配がない。このため、イオン放出層15を形成させる際に用いる押出機のニップル32の内周を、保護層14の外周に十分に近づけることができる。具体的には、イオン放出層15の肉厚を150μm以下とすることができ、100μm以下であると厚みと持続時間とのバランスがよく好ましい。
【0043】
この発明にかかる多層樹脂被覆金属線23の製造手順としては、まず鉄線11に亜鉛を含有するめっき層12を施した後、例えば、接着剤層13及び保護層14を同時に押出被覆する押出成形により形成させるとよい。又は、接着剤層13を設けた後に保護層14を塗工してもよい。いずれかの方法により保護層14を形成させた樹脂被覆線22に、
図3(a)に例示するような押出機により別途イオン放出層15を形成させると、好適な厚みに調整したイオン放出層15を有する多層樹脂被覆金属線23を得ることができる。この押出時にめっき線21は既に保護層14に守られているため、押出機のニップル32の外周にめっき線21が接触してめっきが剥がれるなどの製造不良が生じることを回避できる(
図3(b))。
【0044】
この発明にかかる多層樹脂被覆金属線23は、上記のようなめっき線21を心線としているため、例えば
図4のように複数本を交差させて編んだりすることで、網材を構成することができる。特に金網としての強度の点から、多層樹脂被覆金属線23を編んで網材41を構成すると好ましい。このような網材は、固着型の生物が跋扈しやすい箇所や、藻などの汚れを生じる生物が付着しうる箇所に用いる網材として利用することで、それらの生物を忌避させ、付着を防ぎ、あるいは汚れを防ぐことができる。
【0045】
また、その網材41を形成させるにあたって、表面のイオン放出層15が傷つくことはまったく問題ない。めっき線21は保護層14によって保護されているため、加工の際に多層樹脂被覆金属線23に掛ける力は多少大きくても構わない。
【0046】
例えば、海水S中に浸漬させる網材として用いることができる。
図5に示す生け簀や定置網のように長時間に亘って海水中に浸漬される網材41として用いると、フジツボなどの固着生物の付着を防ぐことができ、重量の増加による破損を回避できる。また、常時波や潮によって力を受け続けることで、少しずつイオン放出層15が傷つけられていくことにより、金属元素含有粉16が海水に曝露される表面積が徐々に広がっていく。これにより、設置当初の表面だけでなく、イオン放出層15の内部にある金属元素含有粉16を十分に生物忌避性に寄与させることができる。さらに表面に藻などが付着しにくいため、長期間に亘って使用しても汚れにくいものとなる。これにより、特に生け簀の場合に、生け簀内部の酸素濃度やプランクトン濃度が意図せぬ状態に陥ることを抑制できる。
【実施例】
【0047】
(実施例1)
以下、この発明にかかる多層樹脂被覆金属線を具体的に製造した例を示す。
アイオノマー樹脂として、三井・デュポンポリケミカル(株)製ハイミランを使用した。さらに、イオン放出層に用いるベース樹脂として熱可塑性樹脂(デュポン(株)製:ニュクレル:エチレン−メタクリル酸共重合樹脂)をホットメルト式接着性樹脂として用いた。また、接着剤層に用いる接着剤として、ポリエチレン系接着剤を使用した。心線として、直径3.2mmの鉄線に、溶融亜鉛めっきを施したものを用いた。
【0048】
まず、心線に、接着剤樹脂による接着剤層と、溶融したアイオノマー樹脂による保護層を合わせて平均厚さ400μmとなるよう、同時に押出成形により形成させて直径4.0mmとなる樹脂被覆線を得た。
【0049】
さらに、ベース樹脂100重量部に対して、銅亜鉛合金を10質量部(9.1質量%)、30質量部(23質量%)混合して、それぞれ実施例1a、1bに用いる樹脂金属混練材料を調製した。これらそれぞれの樹脂金属混練材料を、上記の直径4.0mmとなる樹脂被覆線の保護層の外周に、片肉100μmのイオン放出層となるように塗布して、表面が黄金色の多層樹脂被覆金属線(実施例1a、1b)を得た。
【0050】
このようにイオン放出層を取り付けた樹脂被覆線である多層樹脂被覆金属線の表面の走査型電子顕微鏡にて加速電圧7kV、及び15kVでSEM画像を撮影した。その結果を
図6に示す。7kVでは表面付近にある金属元素のみ検出されるが、本実施例のように15kVの画像では内部に含まれる金属元素も検出される。実施例1aでは、実施例1bに比べて表面に現れている金属元素は少ないが、内部には十分に含まれていることが確認された。
【0051】
(実施例2)
実施例1と同様の手順により樹脂被覆線を調製した後、イオン放出層の形成を次のように変更した。
まず、イオン放出層のベース樹脂をLLDPE(メルトフローレート:30)に変更した。また、金属元素含有粉末を銅亜鉛合金そのままのもの(実施例2a)と、亜酸化銅(Cu
2O:40μm篩残分0.01%以下)に変更したもの(実施例2b)を用意した。ベース樹脂79質量%と、上記のそれぞれの金属元素含有粉を20質量%と、高級脂肪酸塩系金属石鹸1質量%とを混合して、樹脂金属混練材料を調製した。実施例2a、2bのそれぞれの樹脂金属混練材料について、押出機を用いて、樹脂被覆線22の周囲に片肉75μmとなるようにイオン放出層を形成させた。
【0052】
以上の手順により、銅亜鉛合金又は亜酸化銅の含有率が20質量%である、表面が黄金色(実施例2a)又は赤色(実施例2b)の多層樹脂被覆金属線を得た。実施例1と同じ走査型電子顕微鏡により、15kVでの撮影を行った。その写真を
図7に示す。内部を含めると銅亜鉛合金又は亜酸化銅由来の銅が全体に満遍なく分布していることが確認できた。
【0053】
<溶出試験>
上記実施例2a、2bの多層樹脂被覆金属線を38gずつ切断し、人工海水で満たした密封ビン中に浸漬して、1ヶ月間静置させた。1ヶ月後、人工海水中におけるCuの濃度は、銅亜鉛合金で0.8g/L、亜酸化銅で0.75g/Lとなり、銅亜鉛合金の方がわずかに溶解量が多かった。
【符号の説明】
【0054】
11 鉄線
12 めっき層
13 接着剤層
14 保護層
15 イオン放出層
16 金属元素含有粉
21 めっき線
22 樹脂被覆線
23 多層樹脂被覆金属線
31 心線
32 ニップル
33 樹脂
34 ヘッド
41 網材
S 海水
【要約】 (修正有)
【課題】物理的な損傷に対して耐久性があり、塩による腐食を抑え、なおかつ生物に与える悪影響を最小限に留めることができる網材用線材を製造する。
【解決手段】鉄線(11)の表面に亜鉛含有めっき層(12)を設けためっき線(21)に、接着剤層(13)を介してアイオノマー樹脂からなる保護層(14)を被覆した樹脂被覆線(22)の表面に、生物忌避性を示す金属イオンを放出可能な金属含有粉(16)を樹脂に混合した樹脂金属混練材料からなるイオン放出層(15)を設けた、多層樹脂被覆金属線(23)を用いる。
【選択図】
図2