(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記付着工程は、前記浸透材からなる単一原料または組合わせた全体組成が該浸透材の組成となる複数原料を、ターゲットとしてスパッタリングするスパッタリング工程である請求項1に記載の希土類磁石の製造方法。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記の特許文献はいずれも、希土類元素(R)と鉄(Fe)およびホウ素(B)からなるR−Fe−B系磁石の保磁力を高めるために、その主相の構成元素(R−Fe−B)とは別の元素(Dy、Tbなどの希土類元素の他、Al、Siなどの非希土類元素)を、その主相の結晶粒界へ熱拡散させることを提案している。もっとも、このような熱拡散方法では、希土類磁石の保磁力を必ずしも十分に高めることはできない。また、Dyなどの稀少元素の使用は、供給不安を伴うため工業的にあまり好ましいものではない。
【0005】
本発明は、このような事情に鑑みて為されたものである。すなわち、従来とは異なる方法により、磁性合金の結晶粒界面の性状を改善して、保磁力を一層高めた希土類磁石と、その製造方法およびその希土類磁石を用いた磁石複合部材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者はこの課題を解決すべく鋭意研究し、試行錯誤を重ねた結果、従来とは異なって、磁性合金の結晶粒の界面を改質する方法を思いつき、これにより高保磁力の希土類磁石を得ることに成功した。この成果を発展させることにより、以降に述べるような本発明を完成するに至った。
【0007】
《希土類磁石の製造方法》
(1)すなわち、本発明の希土類磁石の製造方法は、
ネオジム(Nd)と鉄(Fe)とホウ素(B)の合金であるNd−Fe−B系磁性合金の表面に該磁性合金の共晶点よりも低温で液相を生じ得る浸透材を付着させる付着工程と、該付着工程後に加熱して該磁性合金の結晶粒の粒界へ該浸透材を浸透拡散させる浸透工程とを備え、粒径が1〜500nmである該結晶粒が
、銅(Cu)
とNdの合金であるNd−Cu合金からなる該浸透材の構成元素で被包されてなる希土類磁石が得られることを特徴とする。
【0008】
(2)本発明の製造方法により、保磁力が大きく向上した希土類磁石を得ることが可能となった。このような優れた希土類磁石が得られた理由やメカニズムは必ずしも定かではないが、現状では次のように考えられる。
本発明では、付着工程で磁性合金の表面に浸透材を付着させた後、浸透工程でそれを加熱することにより、浸透材を磁性合金の結晶粒界へ浸透させている。これにより、磁性合金の結晶粒の界面は、浸透材またはその構成元素によって、滑らかに、さらには均一に被包された状態となり得る。この結果、保磁力に大きく影響する結晶粒の界面性状が大きく改善され、その界面エネルギー状態が均一化または安定化し、磁壁移動および逆磁区の生成を抑制し、その結晶粒またはその集合体からなる希土類磁石の保磁力が著しく高まったと考えられる。
【0009】
(3)浸透工程で行う加熱の温度(浸透加熱温度)は、特に限定されないが、希土類磁石の配向度や残留磁束密度などの磁気特性等へ与える悪影響を抑止しつつ、希土類磁石の保磁力を高められる範囲内である。具体的には、浸透加熱温度は磁性合金の共晶点(共晶温度)よりも低くて浸透材が液相を生じる液相温度以上であると好適である。
ここで共晶点や液相温度はそれらの構成元素または組成により異なり、一概には特定されない。例えば、代表的なNd−Fe−B系磁石の三元共晶点は、665℃となる。また、希土類磁石が主に二元素からなる磁性相を主相とする場合であれば、その構成二元素の二元共晶点を上記の共晶点とすればよい。勿論、コバルト(Co)、ガリウム(Ga)などの磁気特性を改善する改質元素を含む場合は、上記の共晶点はそれらの元素を含めた多元系共晶点となる。
また、液相温度は、浸透材の少なくとも一部から液相が出現する温度である。従って上記の浸透加熱温度では、浸透材が固液共存状態にあってもよい。液相温度は浸透材の組成により変化するが、液相温度が浸透材の共晶点付近にあれば、本発明の浸透工程をより低い温度で行うことができて効率的である。
【0010】
(4)浸透材の組成も本発明では特に限定されないが、比較的低い液相温度が得られる組成であると好ましい。また、結晶粒の界面を均一に被包するために、磁性合金の結晶粒との濡れ性に優れる元素からなると好ましい。さらに、その結晶粒を被包する浸透材の構成元素が磁性合金の結晶粒中に固溶等すると、その被包が不十分となるか、または希土類磁石の磁気特性が低下する原因となる。従って浸透材の構成元素は磁性合金に非固溶であると好ましい。
【0011】
(5)本発明でいう磁性合金または希土類磁石は、結晶粒からなる限り、その形態を問わない。例えば、結晶粒単体でも、粉末粒子状でも、膜状でも、焼結体のようなバルク状でもよい。
【0012】
《希土類磁石》
(1)本発明は、単に上記の製造方法としてのみならず、それにより得られた高保磁力の希土類磁石としても把握される。
【0013】
(2)例えば本発明は、R1を含む磁性合金からなる結晶粒と、該該磁性合金の共晶点よりも低温で液相を生じ得る浸透材または少なくとも該浸透材の構成元素によって該結晶粒を被包する粒界部と、からなることを特徴とする希土類磁石でもよい。このように一つの結晶粒とその結晶粒の界面を被包する粒界部とからなる希土類磁石が本発明でいう希土類磁石の最小単位(基本単位)となる。逆にいえば、他の希土類磁石はその最小単位の集合体として把握できる。ちなみに、その結晶粒の粒径が1〜500nmまたは粒界部と結晶粒との粒界幅が1〜10nmであると、保磁力を含む磁気特性に優れた希土類磁石が得られて好ましい。
【0014】
《磁石複合部材》
(1)本発明は、上記の希土類磁石とそれが結合した基材とからなる磁石複合部材としても把握され得る。
【0015】
(2)また、高い保磁力のみならず非常に高い配向性(異方性)を有する磁石複合部材を得るために、前記希土類磁石は、R1を含む磁性合金からなる磁性層と、該磁性層と前記基材との間に形成され該磁性層の配向結晶面と整合的な結晶構造を有する下地層および/または該磁性層の酸化を抑制する保護層を有する積層磁石であると好適である。このような希土類磁石として、例えば、厚さが1〜200nmの薄膜磁石がある。
【0016】
《その他》
特に断らない限り、本明細書でいう「x〜y」は、下限値xおよび上限値yを含む。また、本明細書に記載した種々の下限値または上限値は、任意に組合わされて「a〜b」のような範囲を構成し得る。さらに、本明細書に記載した範囲内に含まれる任意の数値を、数値範囲を設定するための上限値または下限値とすることができる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
発明の実施形態を挙げて本発明をより詳しく説明する。なお、以下の実施形態を含め、本明細書で説明する内容は、本発明に係る希土類磁石の製造方法のみならず、その希土類磁石および磁石複合部材にも適宜適用される。上述した構成に、次に列挙する構成中から任意に選択した一つまたは二つ以上の構成がさらに付加されて、本発明が形成されてもよい。下記の構成はいずれも、カテゴリーを越えて重畳的または任意的に選択可能である。例えば、成分組成に関する構成であれば、物のみならず製造方法にも関連する。また製造方法に関する構成も、プロダクトバイプロセスとして理解すれば物に関する構成ともなり得る。なお、いずれの実施形態が最良であるか否かは、対象、要求性能等によって異なる。
【0019】
《磁性合金》
(1)本発明に係る磁性合金は希土類元素(R1)を含む二元系または三元系以上の合金である。この磁性合金には、いわゆる金属間化合物を含まれる。
本明細書でいう希土類元素には、スカンジウム(Sc)、イットリウム(Y)、ランタノイドを含む。ランタノイドは、ランタン(La)、セリウム(Ce)、プラセオジム(Pr)、ネオジム(Nd)、サマリウム(Sm)、ユウロピウム(Eu)、ガドリニウム(Gd)、テルビウム(Tb)、ジスプロシウム(Dy)、ホルミウム(Ho)、エルビウム(Er)、ツリウム(Tm)、イッテルビウム(Yb)およびルテチウム(Lu)などがある。もっとも本発明の磁性合金のR1は、Ce、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、TmおよびYbの少なくとも1種以上であると好適である。特に、コストや磁気特性の観点から、R1がPr、NdまたはSmの一種以上であると実用的である。
【0020】
二元系磁性合金としては、例えば、SmCo
5、Sm
2Co
17のようなSm−Co系合金、PrCo
5のようなPr−Co系合金がある。また三元系磁性合金としてはNd
2Fe
14BのようなR1−Fe−B系合金が代表的である。もっともR1
2Fe
14Bからなる主相のみならず、R1リッチ相の存在が希土類磁石の保磁力を高め得る。そこでこのような種々の観点を踏まえて、R1−Fe−B系の磁性合金は、全体を100原子%(以下単に%で表す。)としたときに8〜30%のR1と、4〜20%のBと、残部であるFeとからなると好ましい。いずれの元素も過少または過多では、主相であるR1
2Fe
14B
1相(2−14−1相)の体積率に影響し、異相が生成して、磁気特性が悪化し得る。R1の下限値または上限値は上記範囲内で任意に選択し設定し得るが、特にR1が9〜15%であると高配向で磁気特性に優れる希土類磁石が得られ易い。またBの下限値または上限値は上記範囲内で任意に選択し設定し得るが、特にBが8〜16%であると微細組織が得られ易く、希土類磁石の保磁力の向上に有効である。さらに、Feは基本的に主たる残部であるが、あえていえばFeは69〜82%であると好ましく、Feの上限値または下限値はその範囲内で任意に選択し設定し得る。ただし、R1やB以外の残部であるFeは、希土類磁石の種々の特性の改善に有効な元素(改質元素)や不可避不純物の存在割合によって変化し得る。
【0021】
(2)上記の改質元素には、希土類磁石の耐熱性を向上させるコバルト(Co)、ランタン(La)、保磁力などの磁気特性の向上に有効なガリウム(Ga)、ニオブ(Nb)、アルミニウム(Al)、ケイ素(Si)、チタン(Ti)、バナジウム(V)、クロム(Cr)、マンガン(Mn)、ニッケル(Ni)、銅(Cu)、ゲルマニウム(Ge)、ジルコニウム(Zr)、モリブデン(Mo)、インジウム(In)、スズ(Sn)、ハフニウム(Hf)、タンタル(Ta)、タングステン(W)または鉛(Pb)の少なくとも1種以上がある。改質元素の組合せは任意である。また、その含有量は通常微量であり、例えば、0.01〜10%程度であると好ましい。
また、不可避不純物は、原料中に含まれる不純物や各工程時に混入等する不純物などであって、コスト的または技術的な理由等により除去することが困難な元素である。本発明に係る希土類磁石の不可避不純物として、例えば、カルシウム(Ca)、ナトリウム(Na)、カリウム(K)、酸素(O)、窒素(N)、炭素(C)、水素(H)、アルゴン(Ar)等がある。なお、ここで述べた希土類元素、改質元素および不可避不純物に関することは、後述する浸透材やスパッタリングの原料についても適宜該当する。
【0022】
《浸透材》
(1)本発明の浸透材は、上述の磁性合金の共晶点よりも低い温度(液相温度)で液相を生じ得る合金である。浸透材の組成は特に限定されない。もっとも、浸透材は、加熱処理を伴う浸透工程において、磁性合金の結晶粒界へ浸透し、少なくとも浸透材の構成元素が結晶粒を被包し、結晶粒の界面性状を改質して希土類磁石の保磁力を向上させるものである必要がある。このような観点から本発明の浸透材の材質が選定される。
先ず、浸透材の主たる構成元素として、Al、Mg、Cu、Ti、V、Cr、Ga、Y、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、W、銀(Ag)、金(Au)、白金(Pt)またはルテニウム(Ru)などの(非希土類)金属元素がある。また浸透材は、適宜、O、N、CまたはHのような非金属元素を含んでもよい。
【0023】
(2)次に、磁性合金の結晶粒界への浸透性の観点から、浸透材は比較的低い温度で液相化し易く、また、その結晶粒の界面に対する濡れ性に優れるものであると好適である。
浸透材の好ましい液相温度は、磁性合金の組成(つまり共晶点)に依るため一概には特定できないが、磁性合金がR1−Fe−B系磁石の場合であれば、その液相温度は350〜625℃であると好ましい。液相温度が過大であると、磁性合金も液相を生じ易くなり好ましくない。液相温度が過小であると希土類磁石の耐熱性が低下し易くなり好ましくない。
上記のような比較的低い温度で液相化する(金属)単体として、Al、Mgがある。もっとも多くの単体元素は融点が高く、上述のような温度域では液相化し難い。そこで2種以上の元素を組合わせることにより、液相温度を低下させ得ると好ましい。このような多元系の浸透材は、当初から完全な合金や化合物である必要はない。すなわち、磁性合金(磁性層)の表面上に付着した段階または浸透工程中に合金化等するものでもよい。
このように本発明の浸透材は、磁性合金の共晶点よりも低い温度で液相化し得るものであれば足り、その自体が鋳塊またはバルク等の素材として存在する必要は必ずしもない。
【0024】
(3)具体的な浸透材として、R2−Cu系合金(Nd−Cu合金、Nd−Al合金、Dy−Cu合金、Dy−Al合金、Pr−Cu合金、Pr−Al合金、Tb−Cu合金、Tb−Al合金)等がある。さらにその中で濡れ性に優れるものとして、磁性合金がR1−Fe−B系合金の場合であれば、R2−Cu系合金、R2−Al系合金などがある。特に、R1およびR2が共にNdである場合、Nd−Fe−Bの三元系合金の共晶点は665℃であるので、(共晶点:520℃)のNd−Cu合金が浸透材として好適である。
ここでNd−Cu合金のNdには、Nd−Fe−B系合金の保磁力を高める作用がある。またCuはその磁石合金に対する濡れ性に優れると共にその磁石合金に対してほとんど固溶しない。このため結晶粒界へ浸透したCuは、確実に磁性合金の結晶粒を被包し、その磁気特性を低下させることなく結晶粒の界面を改質してその保磁力を高める。加えてNdおよびCuは安定した調達が容易な金属であり、工業的な利用に適する。従ってNd−Cu合金は上述した条件を満たす優れた浸透材の一つである。
【0025】
このような特性を発揮する限り、Nd−Cu合金の組成は特に限定されない。もっともNd−Cu合金は、全体を100原子%としたときに、Cuが10〜95%で残部がNdであると好ましい。Cuが過少では少量のNd−Cu合金で上記効果を得ることが難しい。またCuが過多ではNd−Cu合金の液相温度が上昇して好ましくない。Nd−Cu合金中のCuは20〜90%さらには30〜83%であると好ましい。
【0026】
《希土類磁石の製造方法》
本発明の希土類磁石の製造方法は主に付着工程と浸透工程とからなる。
(1)付着工程
付着工程は、希土類元素(R1)を含む磁性合金の表面に上述の浸透材を付着させる工程である。このときの磁性合金の形態は、鋳塊状、粉末状、層状、粒子状等のいずれでもよい。ここでは層状(膜状)の希土類磁石を製造方法する場合を例にとり説明する。
【0027】
先ず、前提となる磁性層を基材の表面上に形成する(磁性層形成工程)。この磁性層形成工程は、磁性合金をターゲット原料としたスパッタリングなどによって容易に形成可能である。なお、磁性層が形成される基材の材質や形態は基本的には問わない。もっとも、磁性層の結晶成長に適した基材を用いると、磁性合金の結晶をエピタキシャル成長させて結晶方位が特定方向に揃った(つまり配向した)配向度の大きな(磁化異方性の大きな)希土類磁石(希土類磁性薄膜)を得ることができる。ちなみにエピタキシャル成長には、基材側(後述の下地層を含む)の結晶と磁性層の結晶との格子定数がほぼ等しく、両者の熱膨張係数が近接しているほど好ましい。磁性合金がR1−Fe−B系合金の場合、そのような基材として、酸化マグネシウム(MgO)の単結晶からなるMgO単結晶基材、W、Mo、Cu、Siの単結晶基材などがある。ここで基材の積層面に垂直な方向を磁性層の磁化容易軸(c軸)の方向とすると、その積層面はミラー指数でいう(001)面となる。
【0028】
また、基材自体がそのような結晶構造をもたない場合、そのような結晶構造をもつ下地層を基材の表面に形成してもよい。勿論、基材および下地層が共にそのような結晶構造をもつとより好ましい。いずれにしても、磁性層形成工程前に、基材の表面上に磁性層の配向結晶面と整合的な結晶構造を有する下地層を形成しておくと好適である(下地層形成工程)。このような下地層には、シード層やバッファ層がある。シード層とはバッファ層の結晶成長を促進させる層であり、バッファ層とは磁性層の形成を促進する土台となる層である。磁性合金がR1−Fe−B系合金の場合、下地層の構成材として、Mo、Ta、W、Ti、Cr、V、Nbなどが好適である。なお、下地層形成工程は、例えば、スパッタリングにより下地材を形成後、加熱処理によって平坦化する工程であると好ましい。
【0029】
こうして基材上または下地層上に形成した磁性層上へ、浸透材からなる浸透層を形成する(浸透層形成工程)。この浸透層形成工程も前述したスパッタリングにより行うことができる。この際、ターゲット原料は単種でも複数種でもよい。つまり、浸透層形成工程(付着工程)は、浸透材からなる単一原料または組合わせた全体組成が該浸透材の組成となる複数原料をターゲットとしてスパッタリングするスパッタリング工程であればよい。これにより、一般的には合金や化合物の製造が困難な浸透材をも実質的に利用可能となる。ちなみにこのことは本明細書で述べるスパッタリング全般についていえることである。
【0030】
ところで、磁性層の厚さ(t1)に対する浸透層の厚さ(t2)の層厚比(t2/t1)は、0(0%)を超えて、0〜0.1(0〜10%)の範囲であると好ましい。層厚比の下限側はさらに0.01(1%)以上、0.015(1.5%)以上さらには0.02(2%)以上であると好ましい。層厚比が過小では磁性層に対して浸透材が不足気味となり、磁性層の結晶粒を浸透材で十分に被包することができない。逆に層厚比が過大となると磁性層の体積分率が減少して好ましくない。
【0031】
(2)浸透工程
浸透工程は、付着工程により磁性合金の表面に付着した浸透材を加熱して、磁性合金の結晶粒の粒界へ浸透材を浸透拡散させる工程である。これにより、磁性合金の結晶粒が少なくとも浸透材の構成元素で被包された希土類磁石が得られ、希土類磁石の保磁力を高めることが可能となる。このときの加熱温度は、前述したように希土類磁石の共晶点未満で浸透材の液相温度(共晶点)以上であると好ましい。また磁性合金の結晶粒の被包は、浸透材全体によっても、その一部の構成元素のみによってもよい。
【0032】
ところで、浸透工程後の磁性合金の表面には、その酸化等を抑止するための保護被膜を設けると好適である。特に、磁性合金がR1−Fe−B系磁性合金のように酸化し易い場合に保護被膜が有効となる。
そして希土類磁石が前述したような積層磁石の場合なら、本発明の製造方法は、さらに、浸透工程後の磁性層の酸化を抑制する保護層を形成する保護層形成工程を備えると好適である。このような保護層の形成も前述したスパッタリングにより行える。そのターゲットには、Cr、Ag、Au、Pd、Pt、Mo、Cu、Ti、Ta、Ru、V、Hf、W、Irなどの単体、合金または化合物などを用いることができる。このスパッタリングは通常、室温域で行えば足りる。
【0033】
《希土類磁石》
本発明の希土類磁石は、R1を含む磁性合金からなる結晶粒と、該磁性合金の共晶点よりも低温で液相を生じ得る浸透材または少なくともその浸透材の構成元素によって結晶粒を被包する粒界部とからなる(
図1参照)。
【0034】
本発明の希土類磁石は、一つの結晶粒とその周囲を被包する粒界部とが基本単位(最小単位)となっている限り、その形態は問わない。つまり、その基本単位も本発明の希土類磁石であるし、その基本単位が集合した粒子または鋳塊、その粒子が集合した粉末、その粉末を焼結させた焼結体など、本発明の希土類磁石である。この結晶粒は粒径が1〜500nmであると、磁気特性に非常に優れる希土類磁石が得られて好ましい。
【0035】
また本発明の希土類磁石は層状または薄膜状でもよい。すなわち、本発明の希土類磁石は、基材上に形成されるR1を含む磁性合金からなる磁性層およびその表面に形成された浸透層からなる積層磁石でもよい。この積層磁石はさらに、磁性層と基材との間に形成され磁性層の配向結晶面と整合的な結晶構造を有する下地層や、磁性層の酸化を抑制する保護層を有していると好適である。また本発明の希土類磁石は、基材を除く希土類磁石の厚さが1〜200nmさらには5〜100nmの薄膜磁石であってもよい。このような薄膜磁石は、高配向で高残留磁束密度であると共に高保磁力であって、非常に磁気特性に優れる。
【0036】
《磁石複合部材》
本発明の希土類磁石を用いた磁石複合部材として、磁気ケース、磁気ディスクなどの磁気記録媒体、電動機のロータまたはステータなどがある。
【実施例】
【0037】
実施例を挙げて本発明をより具体的に説明する。
《試料の製造》
図2示すような種々の試料(磁石複合部材、積層磁石)を次のようにして製造した。
(1)下地層形成工程
積層磁石を結合する基材として、MgO単結晶基板(以下単に「基板」という。)を用意した。このMgO単結晶基板は、(001)面が基板面になるように加工し、表面粗度を小さくするため研磨を行ったものである(フルウチ化学株式会社製、MgO(100)単結晶)。
【0038】
この基板の(001)面上に、Crからなる平坦なシード層(第1下地層)およびMoからなる平坦なバッファ層(第2下地層)を形成した(下地層形成工程)。バッファ層のMoは、Nd
2Fe
14B相(単位は原子%、以下同様)の結晶配向面(c面)と格子整合性の高いb.c.c.材料である。このMoの結晶成長を制御して平滑で良質なバッファ層を形成させるために、Crからなるシード層を設けた。これらの下地層は、いずれもスパッタリングにより各下地材を積層した後に加熱処理して形成した。シード層の厚さは1nm、バッファ層の厚さは20nmとした。
【0039】
なお、本実施例のスパッタリングは、マグネトロンスパッタ法に基づき、積層(成膜)前の到達真空度を1x10
−8Pa以下、製膜形状をφ8mmとして行った。また、各試料の各層の厚さ(層厚)は、積層速度と積層時間の積から算出した。ちなみに積層速度は、本実施例では0.4〜1Å/sとした。
【0040】
(2)磁性層形成工程
上述のスパッタリングにより、加熱した基板のバッファ層上に磁性層を形成した(磁性層形成工程)。ターゲットには、Nd(R1)、FeおよびFe−20at%B合金を用いた。スパッタリングは625℃に加熱した基板に対して行い、厚さ30nmの磁性層を形成した。
【0041】
(3)浸透層形成工程(付着工程)
磁性層を形成した基板を冷却し、室温域で上述したスパッタリングを行い、その磁性層上に浸透層を形成した(浸透層形成工程、スパッタリング工程)。このときのターゲットには、Nd(R2)原料およびCu原料の二種の原料を用いた。そして浸透層の全体組成が表1に示す組成(Cu濃度:原子%)となるように、上記のスパッタリングを行った。こうして種々の組成のNd−Cu合金(浸透材)からなる浸透層を磁性層上に積層した。それぞれの浸透層の厚さは表1に示した通りである。
【0042】
なお、表1中の試料No.A1〜A3は、この浸透層の積層をしなかった場合であり、試料No.A4はNdのみを磁性層上に積層した場合である。なお、試料No.A2は、0.5nmに相当するCuを含有させた磁性層を30nm形成した。
【0043】
(4)浸透工程
浸透層を形成した種々の基板を表1に示す各温度に加熱する加熱処理を施した。この加熱処理は前述した1x10
−8Pa以下の真空雰囲気中で60分間行った。但し、試料No.A1およびA2については、浸透工程を行っていない。
【0044】
(5)保護層形成工程
その浸透工程後の基板を冷却し、室温域で上述のスパッタリングを行い、Crからなる保護層を最表面に形成した。保護層の厚さは全て10nmとした。
【0045】
(6)さらに、試料No.A3および試料No.C1の磁性層の厚さを、8〜100nmの間で種々変更した別の試料も製造した(
図3参照)。
【0046】
《各試料の測定》
上述した各試料の保磁力を超伝導量子干渉型磁束計(SQUID)により測定した。その結果を表1に併せて記載した。
一例として試料No.C1の積層断面を、透過型電子顕微鏡(TEM)を用いてエネルギー分散型X線分光法(EDX)により観察した画像を
図4(a)〜(f)に示す。
【0047】
《各試料の評価》
(1)試料No.A1〜A4
表1からわかるように、浸透層を設けていない試料No.A1およびA3の場合、加熱処理の有無に拘わらず、保磁力が12〜13kOe(9.5〜10.3x10
5A/m)程度と低い。
これらに対して、磁性層上にNd層を設けて熱処理を行った試料No.A4の場合、保磁力が少し向上している。また磁性層にCuを混在させさらに試料No.A2の場合、保磁力がさらに向上している。このように保磁力が増大したのは、Nd−Fe−B合金の結晶粒界へNdやCuが導入されて、その結晶粒の界面性状が改善されたためと思われる。もっとも、それらの保磁力の増大量は僅かである。
【0048】
(2)試料No.B1〜B5は、Nd−64%Cu合金(浸透材)からなる浸透層の形成後に行う浸透工程の加熱温度を種々変更したものである。表1から、加熱温度が400〜600℃である試料No.B2〜B4では、保磁力が大きく向上していることがわかる。特に加熱温度が500〜600℃である試料No.B3およびB4は、保磁力が著しく向上している。この理由は、上記の浸透材がその温度域で液相化して浸透材の結晶粒界へ十分に浸透したためと考えられる。従って浸透工程の加熱温度は、350〜625℃の範囲において好ましといえる。
なお、磁性層を構成する磁性合金の三元系共晶点は665℃であり、浸透層を構成するNd−Cu合金の共晶点は520℃である。
【0049】
(3)試料No.C1〜C4は、磁性層上に形成するNd−64%Cu合金(浸透材)からなる浸透層の厚さを種々変更したものである。なお、浸透工程の加熱温度は一律400℃とした。
表1からわかるように、浸透層の厚さが変化しても、保磁力はあまり変化しない。もっとも、試料No.C2およびC3から、浸透層の厚さが0.6〜2nmの範囲においてより高い保磁力が得られると考えられる。
【0050】
(4)試料No.D1〜D6は、浸透層を構成するNd−Cu合金(浸透材)の組成割合を種々変更したものである。なお、浸透工程の加熱温度は一律500℃とした。
表1から、浸透層のCu濃度が広範囲で変化しても、いずれの場合も高い保磁力が保たれることが明らかとなった。特に試料No.D2〜D5からわかるように、Cu濃度が20〜90at%の範囲においてより高い保磁力が得られるといえる。
【0051】
(5)また、上述した試料No.A3(浸透層無し)または試料No.C1(浸透層有り)の磁性層の厚さのみを、種々変更した複数の試料を用意した。これら試料について保磁力を測定した結果を
図3のグラフにまとめた。
この結果から、磁性層の厚さに拘わらず、本発明に係る浸透層を設けて熱処理を行うことにより保磁力が全体的に向上することがわかる。
特に、磁性層の厚さが10nm(磁性層に対する浸透層の層厚比が5%)の試料は、保磁力が26kOe程度と著しく高くなることがわかった。このことから、磁性層が比較的薄くて、磁性層に対する浸透層の厚さの比が5%前後であると、磁性合金の結晶粒の界面がCuまたはNdによって滑らかに被包され、保磁力が著しく高められることがわかった。
【0052】
(6)このことは
図4に示した試料No.C1に関するEDX写真像からも明らかである。すなわち、
図4(d)および
図4(f)から、磁性層を構成する結晶粒の界面がCuおよびNdでほぼ均一に被包されていることが確認された。また
図4から粒子間に形成される粒界幅は1〜10nmであることが明らかとなった。また
図4(d)から、Cuがその結晶粒内部にほとんど固溶していないことも明らかとなった。さらに
図4(b)、(c)および(e)から結晶粒の粒界には、浸透層以外の層を構成するCr、FeおよびMoがほとんど存在しないことも確認された。
【0053】
【表1】