(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
質量%で(以下、化学成分について同じ。)、
C:0.05〜0.40%、
Si:0.20〜3.0%、
Al:0.01〜2.8%、
Si+Al:0.5〜3.0%、
Mn:1.0〜5.0%、
P:0.1%以下(0%を含む)、
S:0.005%以下(0%を含む)、
N:0.01%以下(0%を含む)、
残部が鉄および不可避的不純物からなる成分組成を有する鋼材を、
熱延工程、冷延工程、第1焼鈍工程、第2焼鈍工程および焼戻し工程を施すことにより、高強度冷延鋼板を製造する方法であって、
前記第1焼鈍工程は、
Ac3点以上1000℃以下の温度で10秒以上加熱保持する工程;
100℃/秒以上の平均冷却速度で200℃以下の温度まで冷却する工程を包含し、
前記第2焼鈍工程は、
Ac1点以上Ac3点以下の温度で10〜300秒加熱保持する工程;
2℃/秒以上10℃/秒未満の平均冷却速度で500℃超の温度まで冷却し、引き続き20℃/秒以上の平均冷却速度で200〜500℃まで冷却する工程;
200〜600℃の温度域で10秒以上保持する工程;および
2℃/秒以上の平均冷却速度で
20〜100℃まで冷却する工程
を包含し、
前記焼戻し工程は、
200〜600℃の温度T(℃)で下記式1および式2で定義されるPt1秒以上Pt2秒以下加熱保持する工程
を包含することを特徴とする延性に優れた高強度鋼板の製造方法。
【数3】
【背景技術】
【0002】
例えば自動車の骨格部品などに使用される鋼板には、衝突安全性や車体軽量化による燃費軽減などを目的として980MPa以上の高強度が求められるとともに、形状の複雑な骨格部品に加工するために優れた成形加工性も要求される。
【0003】
このようなニーズに応える鋼板としてTRIP(TRansformation Indeced Plasticity;変態誘起塑性)鋼を使用した鋼板が注目されている。
【0004】
TRIP鋼は、オーステナイト組織が残留しており、加工変形させると、応力によって残留オーステナイト(以下、「残留γ」と略称することあり。)がマルテンサイトに誘起変態して大きな伸びが得られる鋼板である。その種類として幾つか挙げられ、例えば、ポリゴナルフェライトを母相とし、残留オーステナイトを含むTRIP型複合組織鋼(TPF鋼);焼戻マルテンサイトを母相とし、残留オーステナイトを含むTRIP型焼戻マルテンサイト鋼(TAM鋼);ベイニティックフェライトを母相とし、残留オーステナイトを含むTRIP型ベイナイト鋼(TBF鋼)等が知られている(例えば、非特許文献1、特許文献1〜3参照)。
【0005】
これらのTRIP鋼は高強度を確保しつつ延性(伸び)に優れるものであるが、近年の加工性の要望レベルの高度化に伴い、延性(伸び)がより改善された鋼板の提供が要請されている。
【0006】
ここで、上記各種のTRIP鋼を使用した鋼板は、冷延後の熱処理工程において、Ac1点以上の温度に加熱保持して組織の少なくとも一部をオーステナイト化した後、ベイナイト変態が進行する温度域で保持して未変態オーステナイトへ炭素を濃化させること(オーステンパ処理)で、室温まで冷却した際にオーステナイトが残存するようにして製造される。
【0007】
炭素鋼に対して上記のような熱処理を施すと、ベイナイト変態が進行する温度域で長時間保持しても、T0線と呼ばれる、オーステナイトとフェライトの自由エネルギが一致する炭素量からさらにベイナイト変態に必要なエネルギ分だけ低下したT0’線の炭素量までしかオーステナイトへの炭素濃化が起こらない(
図1参照)。
【0008】
そして、このオーステナイトは室温まで冷却すると一部がマルテンサイトに変態し、残りが残留オーステナイトとして残存する。この残留オーステナイトが伸びの上昇に寄与することとなる。
【0009】
一方、室温まで冷却された時に形成されるマルテンサイトは硬質なため、強度向上には有効であるものの、変形した際に破壊の起点となり伸びフランジ性を低下させるとともに、該マルテンサイト中に存在する炭素は伸びに寄与せず、有効に活用できていない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
そこで本発明の目的は、上記マルテンサイト中に残存する炭素を有効活用することにより、従来のTRIP鋼よりさらに延性に優れた、より成形性に優れた高強度冷延鋼板の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
請求項1に記載の発明(第1発明法)は、
質量%で(以下、化学成分について同じ。)、
C:0.05〜0.40%、
Si:0.20〜3.0%、
Al:0.01〜2.8%、
Si+Al:0.5〜3.0%、
Mn:1.0〜5.0%、
P:0.1%以下(0%を含む)、
S:0.005%以下(0%を含む)、
N:0.01%以下(0%を含む)、
残部が鉄および不可避的不純物からなる成分組成を有する鋼材を、
熱延工程、冷延工程、焼鈍工程、および焼戻し工程を施すことにより、高強度冷延鋼板を製造する方法であって、
前記焼鈍工程は、
Ac1点以上1000℃以下の温度で10〜300秒加熱保持する工程;
2℃/秒以上10℃/秒未満の平均冷却速度で500℃超の温度まで冷却し、引き続き20℃/秒以上の平均冷却速度で200〜500℃まで冷却する工程;
200〜600℃の温度域で10秒以上保持する工程;および
2℃/秒以上の平均冷却速度で
20〜100℃まで冷却する工程
を包含し、
前記焼戻し工程は、
200〜600℃の温度T(℃)で下記式1および式2で定義されるPt1秒以上Pt2秒以下加熱保持する工程
を包含することを特徴とする延性に優れた高強度鋼板の製造方法である。
【数1】
【0014】
請求項2に記載の発明(第2発明法)は、
質量%で(以下、化学成分について同じ。)、
C:0.05〜0.40%、
Si:0.20〜3.0%、
Al:0.01〜2.8%、
Si+Al:0.5〜3.0%、
Mn:1.0〜5.0%、
P:0.1%以下(0%を含む)、
S:0.005%以下(0%を含む)、
N:0.01%以下(0%を含む)、
残部が鉄および不可避的不純物からなる成分組成を有する鋼材を、
熱延工程、冷延工程、焼鈍工程、および焼戻し工程を施すことにより、高強度冷延鋼板を製造する方法であって、
前記焼鈍工程は、
Ac3点以上1000℃以下の温度で10〜300秒加熱保持する工程;
10℃/秒以上の平均冷却速度で200〜500℃まで冷却する工程;
200〜600℃の温度域で10秒以上保持する工程;および
2℃/秒以上の平均冷却速度で
20〜100℃まで冷却する工程
を包含し、
前記焼戻し工程は、
200〜600℃の温度T(℃)で下記式1および式2で定義されるPt1秒以上Pt2秒以下加熱保持する工程
を包含することを特徴とする延性に優れた高強度鋼板の製造方法である。
【数2】
【0015】
請求項3に記載の発明(第3発明法)は、
質量%で(以下、化学成分について同じ。)、
C:0.05〜0.40%、
Si:0.20〜3.0%、
Al:0.01〜2.8%、
Si+Al:0.5〜3.0%、
Mn:1.0〜5.0%、
P:0.1%以下(0%を含む)、
S:0.005%以下(0%を含む)、
N:0.01%以下(0%を含む)、
残部が鉄および不可避的不純物からなる成分組成を有する鋼材を、
熱延工程、冷延工程、第1焼鈍工程、第2焼鈍工程および焼戻し工程を施すことにより、高強度冷延鋼板を製造する方法であって、
前記第1焼鈍工程は、
Ac3点以上1000℃以下の温度で10秒以上加熱保持する工程;
100℃/秒以上の平均冷却速度で200℃以下の温度まで冷却する工程を包含し、
前記第2焼鈍工程は、
Ac1点以上Ac3点以下の温度で10〜300秒加熱保持する工程;
2℃/秒以上10℃/秒未満の平均冷却速度で500℃超の温度まで冷却し、引き続き20℃/秒以上の平均冷却速度で200〜500℃まで冷却する工程;
200〜600℃の温度域で10秒以上保持する工程;および
2℃/秒以上の平均冷却速度で
20〜100℃まで冷却する工程
を包含し、
前記焼戻し工程は、
200〜600℃の温度T(℃)で下記式1および式2で定義されるPt1秒以上Pt2秒以下加熱保持する工程
を包含することを特徴とする延性に優れた高強度鋼板の製造方法である。
【数3】
【0016】
請求項4に記載の発明は、
成分組成が、更に、質量ppmで、
B:1〜30ppm
を含むものである請求項2に記載の延性に優れた高強度冷延鋼板の製造方法である。
【0017】
請求項5に記載の発明は、
成分組成が、更に、
Cu:0.01〜5.0%、
Ni:0.01〜5.0%、
Mo:0.01〜5.0%、
Cr:0.01〜5.0%の1種または2種以上
を含むものである請求項1〜4のいずれか1項に記載の延性に優れた高強度冷延鋼板の製造方法である。
【0018】
請求項6に記載の発明は、
成分組成が、更に、
Ca:0.0005〜0.01%、および/または
Mg:0.0005〜0.01%
を含むものである請求項1〜5のいずれか1項に記載の延性に優れた高強度冷延鋼板の製造方法である。
【0019】
請求項7に記載の発明は、
成分組成が、更に、
Ti:0.01〜1.0%
を含むものである請求項1〜6のいずれか1項に記載の延性に優れた高強度冷延鋼板の製造方法である。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、オーステンパ処理を施した後に、さらに焼戻し処理を施して再度加熱することにより、マルテンサイト中に残存する炭素を残留オーステナイト中に流入させて炭素を濃化することで、該残留オーステナイトの変態誘起塑性をさらに高めるとともに、該マルテンサイト自体の変形能も改善して局部延性を高めることで、全体伸びがさらに改善され、より成形性に優れた高強度鋼板を提供できるようになった。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明者らは、上記TRIP鋼を使用した高強度鋼板の延性をさらに改善すべく、鋭意検討を行ってきたが、そのためには、オーステンパ後にさらに焼戻しを行えばよいことを見出した。
【0023】
すなわち、強度を確保するために適量のマルテンサイトを形成させつつも、オーステンパ後にマルテンサイト中に残存するマルテンサイト中の炭素を伸びに有効に寄与するようにするとともに、マルテンサイト自体の変形能を改善させて局部延性を高めるためには、形成されたマルテンサイト中の炭素を残留γ中に流入させればよい。
【0024】
そして、マルテンサイト中の炭素を残留γ中に流入させるためには、オーステンパ後に再度オーステンパ温度と同等の温度域に加熱して所定時間保持(つまり、焼戻し)することで、残留γ中の炭素量は焼戻し前にはT0’線の炭素量であったものが、そこにマルテンサイトから炭素が流入するため、残留γ中の炭素量はT0’線の炭素量を超えてTO線の炭素量に近づくことができるようになることがわかった。
【0025】
該知見に基づき、さらに検討を進めた結果、本発明法を完成するに至った。
【0026】
以下、まず本発明法に用いる鋼材の成分組成(本発明の製造方法により得られた鋼板の成分組成に同じ。)について説明する。以下、化学成分の単位の%はすべて質量%であり、ppmはすべて質量ppmである。
【0027】
〔鋼材の成分組成〕
C:0.05〜0.40%
Cは、残留γの面積率や該残留γ中の炭素量を高める効果を有し、強度と伸びのバランスを向上させるのに有用な元素である。またCは、オーステンパ処理直前の熱処理段階でのマルテンサイトの面積率を高める効果も有し、これにより、オーステンパ処理後の焼戻し時にマルテンサイトから残留γにCが流入することで、残留γ中の炭素量がさらに高められ、伸びが改善する。0.05%未満では上記効果が十分に発揮されない。一方、0.40%超では溶接性が劣化する。
【0028】
C含有量の範囲は、好ましくは0.07〜0.30%、さらに好ましくは0.10〜0.25%である。
【0029】
Si:0.20〜3.0%、
Al:0.01〜2.8%、
Si+Al:0.5〜3.0%
SiとAlは、オーステンパ処理における加熱中およびオーステンパ処理後の焼戻し処理における加熱・保持中にセメンタイトが形成されることを抑制することで、残留γを残存させ、強度と伸びのバランスを改善するのに寄与する。上記各下限値未満では上記効果が十分に発揮されない。一方、上記各上限値超とすると、SiとAlはともに強力なフェライト形成元素であるため、強度が確保できなくなる。
【0030】
Si+Al合計含有量の範囲は、好ましくは0.8〜2.7%、さらに好ましくは1.0〜2.4%である。
【0031】
Mn:1.0〜5.0%
Mnは、焼入れ性を高めて、フェライトやパーライトといった拡散変態を抑制し、強度や残留γの面積率の確保に寄与することで、強度と伸びのバランスを改善する有用な元素である。1.0%未満では上記効果が十分に発揮されない。一方、5.0%超とすると逆変態温度が低くなりすぎ、再結晶ができなくなるため、強度と伸びのバランスが確保できなくなる。Mn含有量の範囲は、好ましくは1.2〜4.0%、さらに好ましくは1.6〜2.8%である。
【0032】
P:0.1%以下(0%を含む)
Pは不純物元素として不可避的に存在し、固溶強化により強度の上昇に寄与するが、旧オーステナイト粒界に偏析し、粒界を脆化させることで伸びフランジ性を劣化させるので、0.1%以下とする。好ましくは0.05%以下、さらに好ましくは0.03%以下である。
【0033】
S:0.005%以下(0%を含む)
Sも不純物元素として不可避的に存在し、MnS介在物を形成し、穴拡げ時に亀裂の起点となることで伸びフランジ性を低下させるので、0.005%以下とする。より好ましくは0.003%以下である。
【0034】
N:0.01%以下(0%を含む)
Nも不純物元素として不可避的に存在し、歪時効により伸びと伸びフランジ性を低下させるので、低い方が好ましく、0.01%以下とする。
【0035】
本発明法に用いる鋼材(本発明法で製造された鋼板)は上記成分を基本的に含有し、残部が実質的に鉄及び不純物であるが、その他、本発明法の作用を損なわない範囲で、以下の許容成分を添加することができる。
【0036】
Cu:0.01〜5.0%、
Ni:0.01〜5.0%、
Mo:0.01〜5.0%、
Cr:0.01〜5.0%の1種または2種以上
これらの元素は、上記Mnと同様、焼入れ性を高めて、フェライトやパーライトといった拡散変態を抑制し、強度の確保、残留γの確保に寄与することで強度と伸びのバランスを改善するのに有用な元素である。各元素とも0.01%未満の添加では上記のような作用を有効に発揮しえず、一方、各元素とも5.0%を超える添加ではコストが高くなりすぎる。
【0037】
Ca:0.0005〜0.01%、および/または
Mg:0.0005〜0.01%
これらの元素は、介在物を微細化し、破壊の起点を減少させることで、伸びフランジ性を向上させるのに有用な元素である。各元素とも0.0005%未満の添加では上記のような作用を有効に発揮しえず、一方、各元素とも0.01%を超える添加では逆に介在物が粗大化し、伸びフランジ性が低下する。
【0038】
B:1〜30ppm
Bは、オーステンパ処理直前の熱処理温度をAc3点以上とする製造方法(第3発明法)において、フェライトの形成を抑制し、強度と伸びのバランスを改善するのに有用な元素である。1ppm未満の添加では上記のような作用を有効に発揮しえず、一方、30ppmを超える添加では加工性が劣化する。
【0039】
Ti:0.01〜1.0%
Tiは、析出強化により強度を高めたり、Nを固定することで上記Bの作用を高めるのに有用な元素である。0.01%未満の添加では上記のような作用を有効に発揮しえず、一方、1.0%を超える添加ではコストが高くなりすぎる。
【0040】
次に、本発明法を構成する工程について、第1発明法、第2発明法および第3発明法の順に以下に説明する。
【0041】
〔第1発明法〕
第1発明法は、上記成分組成を有する鋼材を、下記のような、熱延工程、冷延工程、焼鈍工程、および焼戻し工程を施すことにより、高強度冷延鋼板を製造するものである(
図2に示す熱処理パターンを参照)。
【0042】
[熱延工程]
まず、上記成分組成を有する鋼を溶製し、造塊または連続鋳造によりスラブ(鋼材)としてから熱延を行う。本熱延工程における熱延条件としては、仕上げ圧延の終了温度をAr
3点以上に設定し、適宜冷却を行った後、450〜700℃の範囲で巻き取る。
【0043】
[冷延工程]
熱間圧延終了後は酸洗してから冷間圧延を行うが、冷間圧延率は30%程度以上とするのがよい。
【0044】
[焼鈍工程]
そして、上記冷間圧延後、引き続き、焼鈍を行う。本焼鈍工程は、下記(1)〜(4)の工程を包含するものとする。
【0045】
(1)Ac1点以上1000℃以下の温度で10〜300秒加熱保持する工程;
(2)2℃/秒以上10℃/秒未満の平均冷却速度で500℃超の温度まで冷却し、引き続き2℃/秒以上の平均冷却速度で200〜500℃まで冷却する工程;
(3)200〜600℃の温度域で10秒以上保持する工程;および
(4)2℃/秒以上の平均冷却速度で100℃以下まで冷却する工程
【0046】
<(1)Ac1点以上1000℃以下の温度で10〜300秒加熱保持する工程>
当該温度域に加熱することにより、一部(Ac1点以上Ac3点未満の温度での加熱の場合;TRIP鋼に相当)または全体(Ac3点以上1000℃以下の温度での加熱の場合;TBF鋼に相当)をオーステナイトに変態させることで、組織の面積率を調整して、強度を制御するとともに、その後の熱処理を経た後に残留γが残存できるようにする。なお、加熱温度が高すぎると結晶粒の粗大化や表面酸化の促進に加え、設備コストやエネルギコストの増大を招くため、上限を1000℃とした。また、この温度での保持時間は、10秒未満では焼戻しが不足し、一方300秒を超えると生産性の低下を招く。
【0047】
(Ac1+20)℃以上980℃以下の温度で30〜270秒加熱保持することが好ましく、(Ac1+50)℃以上940℃以下の温度で50〜240秒加熱保持することがさらに好ましい。
【0048】
<(2)2℃/秒以上10℃/秒未満の平均冷却速度で500℃超の温度まで冷却し、引き続き2℃/秒以上の平均冷却速度で200〜500℃まで冷却する工程;>
2℃/秒以上10℃/秒未満の平均冷却速度で500℃超の温度まで冷却することで、冷却中にフェライトを形成させ、または増加させて、強度と伸びのバランスを調整する。冷却速度が小さすぎる、または、冷却終了温度が低すぎるとフェライトが形成されすぎたり、パーライト変態が起こったりすることで、強度の不足を招いたり、焼戻しによる伸び改善が見られなくなったりする。そして、引き続き2℃/秒以上の平均冷却速度で200〜500℃まで冷却することで、フェライト変態が起こりすぎないように、また、パーライト変態が起こらないように急速冷却する。また、冷却終了温度を制御することで、その後の保持中にベイナイト変態に伴う未変態γへの炭素濃化が促進される。
【0049】
<(3)200〜600℃の温度域で10秒以上保持する工程>
オーステンパ処理により、ベイナイト変態を進行させ、未変態γに十分に炭素を濃化させ、その後の冷却後に十分な残留γ量を確保することで、焼戻し後の伸びを改善させる。
【0050】
本温度保持工程は、200〜600℃の温度域内で温度制御される限り、必ずしも上記冷却終了温度で一定に維持する必要はなく、該冷却終了温度より高い温度で一定に保持してもよく、さらに、該冷却終了温度から昇温状態ないし降温状態としてもよい。
【0051】
なお、保持時間の上限は特に限定されないが、オーステナイトがベイナイトに変態する時間を考慮すると、1800秒以下に制御することが推奨される。20〜1200秒とするのが好ましく、30〜600秒とするのがさらに好ましい。
【0052】
<(4)2℃/秒以上の平均冷却速度で100℃以下まで冷却する工程>
オーステンパ処理後、低温まで一旦冷却することで、未変態γの一部をマルテンサイトにし、後段の焼戻し時にマルテンサイトから残留オーステナイトへ炭素を流入させることで残留γ中の炭素濃度を高めて伸びを改善させる。平均冷却速度が低すぎる、または、冷却終了温度が高すぎると未変態γがマルテンサイト化せず、上記作用が得られない。一方、冷却終了温度が低すぎると、未変態オーステナイトが全てマルテンサイトに変態し、焼戻ししても延性が改善されないので−100℃以上に制御することが推奨される。より好ましい範囲は−50℃以上、さらに好ましい範囲は−20℃以上である。
【0053】
[焼戻し工程]
そして、上記焼鈍工程ののち、さらに焼戻し工程を行う。本焼戻し工程は、200〜600℃の温度T(℃)で下記に再掲する式1および式2で定義されるPt1秒以上Pt2秒以下加熱保持する工程を包含するものとする。
【数4】
【0054】
前段の焼鈍工程における熱処理で残留γとマルテンサイトを混在させた組織を、再度加熱することで、マルテンサイト中の固溶炭素が残留γ中に流入し、残留γ中の炭素濃度を向上させることができる。
【0055】
200℃未満ではCが十分に移動するために必要な時間が長くなりすぎ、 生産性を大きく阻害するため好ましくない。一方、600℃超ではフェライトとセメンタイトへの分解が瞬時に起こるため好ましくない。
【0056】
ここで、上記Pt1を定義した式1は、フェライト中の炭素の拡散係数からCが濃化に必要な距離を移動するのに必要な時間を導出した式であり(日本鉄鋼協会編,「鉄鋼便覧」,第3版,丸善株式会社,56年6月20日,p.593参照)、Pt1未満では炭素が残留γへ十分に流入できない。また、上記Pt2を定義した式2は、セメンタイトの成長速度からセメンタイトの析出挙動を表現する式を作成し、これに残留γの量の減少が顕著になるほどセメンタイトが形成されやすくなることを考慮してセメンタイトへの分解の基準となる時間を導出した式であり(杉本孝一ら,「材料組織学」,朝倉書店,1991年4月15日,p.105−107参照)、Pt2より保持時間が長いと保持中にセメンタイトが形成されて残留γが分解され、焼戻し処理により伸びが低下する。
【0057】
好ましい保持時間は、(0.9×Pt1+0.1×Pt2)秒以上(0.1×Pt1+0.9×Pt2)秒以下である。
【0058】
〔第2発明法〕
第2発明法は、上記第1発明法の焼鈍工程において加熱温度をAc3点以上1000℃以下とする場合には、上記(1)および(2)の工程を、下記の(1’)および(2’)の工程に示すような条件とすることを推奨するものである。ただし、熱延工程、冷延工程、焼鈍工程における(3)および(4)の工程、ならびに焼戻し工程では条件変更の必要がない(
図3に示す熱処理パターンを参照)。なお、本第2発明法で製造される鋼板はTBF鋼に相当する。
【0059】
(1’)Ac3点以上1000℃以下の温度で10〜300秒加熱保持する工程;
(2’)10℃/秒以上の平均冷却速度で200〜500℃まで冷却する工程
【0060】
<(1’)Ac3点以上1000℃以下の温度で10〜300秒加熱保持する工程>
当該温度域に加熱することにより、一部ではなく全体をオーステナイトに変態させたうえで、以後の冷却条件等で組織の面積率を調整して、強度を制御するとともに、その後の熱処理を経た後に残留γが残存できるようにする。
【0061】
<(2’)10℃/秒以上の平均冷却速度で200〜500℃まで冷却する工程>
上記(2)の工程と同様に、パーライト変態を避けながらフェライトを生成させつつ、ベイナイト変態が起る温度まで冷却する。
【0062】
上記(2)の工程に比べてより高温寄りのAc3点以上の温度からの冷却であるので、フェライトが形成されすぎないように、上記(2)の工程での1段目の冷却速度(2℃/秒以上10℃/秒未満)より速い10℃/秒以上の冷却速度とするが、上記(2)の工程のように2段階の冷却を行う必要がない。
【0063】
(Ac3+20)℃以上980℃以下の温度で30〜270秒加熱保持することが好ましく、(Ac3+50)℃以上940℃以下の温度で50〜240秒加熱保持することがさらに好ましい。
【0064】
〔第3発明法〕
上記第1発明法および第2発明法では、焼鈍工程において1回のみ焼鈍処理を行う場合を示したが、本第3発明法では、下記のように第1焼鈍工程+第2焼鈍工程という2段の焼鈍処理を行うものである。ただし、熱延工程、冷延工程および焼戻し工程では条件変更の必要がない(
図4に示す熱処理パターンを参照)なお、本第3発明法で製造される鋼板はTAM鋼に相当する。
【0065】
[第1焼鈍工程]
(1−1)Ac3点以上1000℃以下の温度で10秒以上加熱保持する工程;
(1−2)100℃/秒以上の平均冷却速度で200℃以下の温度まで冷却する工程
【0066】
本工程により、フェライト変態やパーライト変態を避けながら、焼入れベイナイトを得る。
【0067】
[第2焼鈍工程]
(2−1)Ac1点以上Ac3点以下の温度で10〜300秒加熱保持する工程;
(2−2)2℃/秒以上10℃/秒未満の平均冷却速度で500℃超の温度まで冷却し、引き続き20℃/秒以上の平均冷却速度で200〜500℃まで冷却する工程;
(2−3)200〜600℃の温度域で10秒以上保持する工程;および
(2−4)2℃/秒以上の平均冷却速度で100℃以下まで冷却する工程
【0068】
本第2焼鈍工程は、上記第1発明法の焼鈍工程に相当し、上記第1焼鈍工程で生成した焼入れベイナイトを焼戻して所望の焼戻しベイナイトを得るとともに、残留γを生成させる。
【実施例】
【0069】
下記表1に示す成分の鋼を溶製し、厚さ120mmのインゴットを作成した。
これを熱間圧延で厚さ25mmにした後、再度、熱間圧延で厚さ3.2mmとした。これを酸洗した後、厚さ1.6mmに冷間圧延して供試材とし、表2〜5に示す条件にて熱処理を施した。
【0070】
なお、表1中のAc1およびAc3は下記式3および4を用いて求め、A
C=0は下記式4において[C]=0として求めた(幸田成康監訳,「レスリー鉄鋼材料学」,丸善株式会社,1985年,p.273参照)。
【0071】
式3:Ac1(℃)=723+29.1[Si]−10.7[Mn]+16.9[Cr]−16.9[Ni]
式4:Ac3(℃)=910−203√[C]+44.7[Si]−30[Mn]+700[P]+400[Al]+400[Ti]+104[V]−11[Cr]+31.5[Mo]−20[Cu]−15.2[Ni]
ただし、[ ]は、各元素の含有量(質量%)を示す。
【0072】
ここで、表2の熱処理条件は上記第1発明法の熱処理工程(焼鈍工程+焼戻し工程)を、表3および4の熱処理条件は上記第2発明法の熱処理工程(焼鈍工程+焼戻し工程)を、表5の熱処理条件は上記第3発明法の熱処理工程(第1焼鈍工程+第2焼鈍工程+焼戻し工程)を、それぞれシミュレートしたものである。
【0073】
【表1】
【0074】
【表2】
【0075】
【表3】
【0076】
【表4】
【0077】
【表5】
【0078】
上記表2〜5の条件で熱処理された各鋼板について、焼鈍工程後(表5のものについては第2焼鈍工程後)で焼戻し工程前の鋼板と焼戻し工程後の鋼板のそれぞれに対して、引張強度TSおよび伸びELを測定した。なお、引張強度TSおよび伸びELの測定は、圧延方向と直角方向に長軸をとってJIS Z 2201に記載の5号試験片を作成し、JIS Z 2241に従って行った。
【0079】
測定結果を表6〜8に示す。なお、これらの表中におけるΔTSおよびΔELは、焼戻し工程を経たことによるTSおよびELの変化量を示すものである。
【0080】
これらの表に示すように、本発明法の規定(鋼の成分および熱処理条件)のいずれかを充足しない条件で製造された鋼板は、いずれも機械的特性の判定基準を満足していない(判定が×)のに対し、本発明法の規定(鋼の成分および熱処理条件)をすべて充足する条件で製造された鋼板は、いずれも機械的特性の判定基準を満足している(判定が◎または○)。
【0081】
このことから、本発明法で製造された鋼板は、オーステンパ処理後の焼戻しを行わない従来法で熱処理された鋼板に比べ、強度を維持しつつ伸びがさらに改善されていることが明らかである。
【0082】
【表6】
【0083】
【表7】
【0084】
【表8】