(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0013】
図1は屋根面架構向け耐震補強構造1に使用されるケーブル2の概略図、
図2は押出型スリーブ11の概略図、
図3はネジ棒12,16の概略図、
図4はアジャスター13の概略図、
図5は第1クレビス14の概略図、
図6は第2クレビス15の概略図、
図7は第1ネジ棒12、アジャスター13および第1クレビス14の連結図、
図8はピン17の概略図である。
【0014】
なお、
図3における(a)は第1ネジ棒12、(b)は第2ネジ棒16の概略図、
図4における(a)は(b)の左側面図、
図5,6における(b)は(a)を上から見た図である。
ケーブル2は、PC鋼より線18、2つの押出型スリーブ11,11、第1ネジ棒12、アジャスター13、第1クレビス14、第2クレビス15および第2ネジ棒16からなる。
【0015】
PC鋼より線18は、ピアノ線材を900℃以上に加熱した後一定の条件下で冷却し(パテンチング)、冷間加工により伸線し撚り合わせ、ブルーイングにより残留歪みを除去したものである。PC鋼より線18は、外力(引張力)に対して初期伸びがなく直ちに大きな内部応力が生ずる。
屋根面架構向け耐震補強構造1に使用されるケーブル2には、溶融亜鉛めっきされた素線をより合わせたPC鋼より線18が使用される。亜鉛めっきされたPC鋼より線18は、防食性に優れている。屋根面架構向け耐震補強構造1は、建物によってはむき出しになることがあり、さらなる防食性能の向上および見た目を改善するために、着色可能な高密度ポリエチレン(PE)で被覆されたPC鋼より線を使用することも可能である。
【0016】
押出型スリーブ11は、円柱状の外観を有し、一方の端側にPC鋼より線18が強固に連結されている。他方の端側には、端面に開口する雌ネジ21が設けられている。押出型スリーブ11,11は、PC鋼より線18の両側の端にそれぞれ圧着加工により連結される。
第1ネジ棒12は、アジャスター13を介して押出型スリーブ11と第1クレビスとを連結するためのものである。第1ネジ棒12は、全体として丸棒状であり、一方の端側に押出型スリーブ11の雌ネジ21に螺合する短雄ネジ22が設けられている。第1ネジ棒12は、他方の端から第1ネジ棒12の長さの3分の1を越える範囲に、長雄ネジ23が設けられている。第1ネジ棒12は、短雄ネジ22の近傍に、スパナの口で固定可能なように周方向90度間隔に平らな平面部24を備える。
【0017】
第1ネジ棒12は、短雄ネジ22が押出型スリーブ11の雌ネジ21に螺合されてPC鋼より線18に連結されている。
アジャスター13は、軸方向に貫通孔28を有し、全体としてその形状が円筒状である。アジャスター13は、両端近傍が他の部分に比べて外径が大きくなっている。一方の端近傍の外径が大きくなった部分は、その外周に雄ネジ25が設けられ、内径が貫通孔28の他の部分より小さくなって内周に雌ネジ26が設けられている(雌ネジ26の谷径は貫通孔28の他の部分の内径よりも小さい)。
【0018】
アジャスター13の他方の端近傍における外径が大きくなった部分は、スパナの口に係合させて回転可能なように周方向90度間隔に平らな係合面27,27,27,27が設けられている。
アジャスター13は、第1ネジ棒の長雄ネジ23が、雄ネジ25が設けられた側の反対側から貫通孔28に挿入され、長雄ネジ23の先端部分を雌ネジ26に螺合させた状態で第1ネジ棒12と連結される。
【0019】
第1クレビス14は、外観が略円柱状であって、保持部31および支持部32からなる。
保持部31は、軸方向に孔33を有する円筒状であり、孔33が開口する端面から孔33の長さの2分の1余りが、アジャスター13の雄ネジ25に螺合する雌ネジ34となっている。孔33の奥側2分の1足らずの部分の内径は、雄ネジ25の山径に略等しいかまたは山径よりも若干小さく、かつ第1ネジ棒12の長雄ネジ23の山径よりも大きい。
【0020】
保持部31は、厳密には、孔33の開口側の長さ略2分の1の部分の外観が、開口側ほ
ど外径が小さい円錐台状である。
支持部32は、形状がいわゆる「クレビス」と称されるU形であり、U形を形成する2つの板状のアーム部35,35が孔33の軸心方向外方に伸びている。アーム部35,35は、これらが対向する方向(板に直交する方向)に貫通するピン孔36,36を備えている。
【0021】
図7を参照して、第1クレビス14は、長雄ネジ23に連結されたアジャスター13の雄ネジ25をその雌ネジ34の開口近傍に螺合させてアジャスター13、第1ネジ棒12、押出型スリーブ11を介してPC鋼より線18に連結される。
ここで、アジャスター13は、
図5の左側から見たときに、第1クレビス14および第1ネジ棒12が回転を阻止された状態で右回転されると、第1クレビス14の孔33の奥に移動しながら第1ネジ棒12を孔33の中に引き寄せる。
【0022】
つまり、連結された第1クレビス14、アジャスター13および第1ネジ棒12は、アジャスター13を回転させることによりこれらの連結長さの調整、すなわちケーブル2の長さを調整することができる。
このような動作をする第1ネジ棒の長雄ネジ23およびこれに螺合するアジャスター13の雌ネジ26は、逆ネジ(左ネジ)である。
【0023】
第2クレビス15は、連結部37および支持部38からなる。連結部37は、外観が円錐台であり、径が小さい側の端面に開口する雌ネジ39を有する。
支持部38は、第1クレビス14の支持部32と同じ形状であり、第1クレビス14のアーム部35,35に相当するアーム部40,40とアーム部40,40に設けられたピン孔41,41とを備える。
【0024】
第2ネジ棒16は、全体にネジ山(雄ネジ42)が設けられた植え込みボルトである。
第2クレビス15は、その雌ネジ39に第2ネジ棒16の一端側が螺合され、第2ネジ棒16の他端側が、第1クレビス14とは反対側におけるPC鋼より線18の端に連結された押出型スリーブ11の雌ネジ21に螺合されて、ケーブル2を形成する。
ピン17は、第1クレビス14のピン孔36、第2クレビス15のピン孔41を貫通させて、第1クレビス14、第2クレビス15を建物の屋根の梁に固定するためのものである。ピン17は、中央の円柱状の胴部45と、胴部45の軸方向両側の雄ネジ46,46とからなる。
【0025】
ピン17は、例えば第1クレビス14の支持部32におけるアーム部35、35間に建物の梁に固定されたガセットプレートを挟み、ピン孔36,36およびガセットプレートを貫通するこれと同心の孔に胴部45を貫通させ、両端の雄ネジ46,46にナットを螺合させることにより、建物の梁へのケーブル2の一端の取り付けに寄与する。
ところで、既設の体育館等の屋根は、桁行方向および梁間方向にそれぞれ複数の梁が設けられて直交する梁で囲まれた部分(グリッド)が数多く形成される。そして、屋根の耐震性は、この矩形のグリッドについて、対角に位置する梁の交点同士をブレースで連結することにより、屋根全体として建設当時の耐震基準を満たしているものが多い。しかし、このような古い建物は、その後に改訂された最新の耐震基準を満たしていない。
【0026】
耐震補強構造1は、そのような建物の既設の耐震基準を満たさない屋根構造を残したまま、その下方に施工することにより、それ単独で最新の耐震基準を満たす強度を得るものである。
図9は学校の体育館等に広く採用される切妻屋根に耐震補強構造1を採用した例である。切妻屋根における耐震補強構造1は、2つの傾斜面のそれぞれを、梁間方向(
図9のY方向)に延びた梁(「大梁」ということがある)51,…,51によって桁行方向(
図9のX方向)に複数の矩形グリッドに分け、各グリッドの対角同士を交差するケーブル2,2により連結するものである。
【0027】
耐震補強構造1で新たに設定するグリッドは、梁間方向Yに延びた梁51,…,51および桁行方向Xに延びた小梁57,…,57で区画された既存のグリッドを、特定の方向(
図9においては梁間方向Y)について複数跨いだ大きさであり、特定の方向については、この方向に直交する小梁57を1つまたは複数飛びこして(
図9では2つの小梁57,
57が飛びこされて)形成される。
【0028】
ケーブル2が連結される矩形のグリッドの各頂点部分を「定着部」といい、
図9における定着部を符号52a,52b,53a,53bで表す。
耐震補強構造1におけるグリッドを形成する大梁51,…,51、この大梁51,…,51に直交する切妻の最頂部の頂部桁行梁54および柱55,…,55に連結される柱頭部桁行梁56は、既設のものが利用される。
【0029】
グリッドは、少なくとも4辺のいずれか1辺が柱55に連結される柱頭部桁行梁56であることが好ましい。いずれか1辺が柱55に連結される梁(柱頭部桁行梁56)である場合、「特定の方向」はこの梁に直交する方向であり、
図9に示された耐震補強構造1では、グリッドにおける4つの定着部52a,52b,53a,53bのいずれか2つが柱によっても支持される。
【0030】
大梁51の間隔が密である場合、または耐震補強後の強度に問題がない場合には、ケーブル2,2による対角が連結されるグリッドを、大梁51についても飛びこして(跨いで)形成することができる。
第1クレビス14および第2クレビス15は、いずれもピン17によって桁行方向Xに回動可能にガセットプレート61に取り付けられる。「桁行方向Xに回動」とは、交差するケーブル2,2を含む面に対して直交する軸周りに回動する意である。
【0031】
建物に取り付けられたケーブル2は、それぞれがアジャスター13によりその張力を所定の値の範囲に調整される。ただし、耐震補強構造1では、施工時におけるケーブル2の初期張力は、極めて小さい。
耐震補強構造1は、地震等により屋根架構を変形させようとする力が加わる時、ケーブル2,2に生ずる引張応力によって屋根架構の変形が抑制される。ケーブル2に使用されるPC鋼より線18は、伸びが少ない段階で大きな内部応力が発生するという特徴を有する。そのため、耐震補強構造1は、地震等による屋根架構の変形を最小限にとどめることができ、既存の屋根構造も含め、梁と梁との接合部分、梁と柱との接合部分の破壊が防止される。
【0032】
また、耐震補強構造1では、揺れの際に屋根の変形が抑えられ屋根全体が1枚板のように動くので、各ケーブル2に力が均等に分散されかつ各柱の変形も均一化されて、建物の倒壊の危険を減少させる。
図10はケーブル2を定着させるためのガセットプレート61が溶接により大梁51等に固定された様子を示す図、
図11はガセットプレート61と一体化された定着金具62,63がボルトにより大梁51等に固定された様子を示す図、
図12は補剛材64の配置を示す図である。
【0033】
耐震補強構造1は、ケーブル2の既設屋根の大梁51等への取り付けを、溶接およびボルトのいずれでも行うことができる。
図10に示されるような溶接によるケーブル2の取り付けでは、大梁51等に直接にガセットプレート61を接続できるので、連結に必要な金具等の費用を安価に抑えることができる。
図10における符号64は補剛材である。補剛材64は、耐震補強工事に対して耐震補強前の建物の耐力が不足する場合に、ケーブル2の定着部52a,52b,53a,53bに補剛材64が配置される。
【0034】
図11に示される、ケーブル2の施工を、定着金具62,63を用いてボルトにより行う構造では、溶接による施工に比べて部品点数が増加する欠点があるが、現場での作業が既設鋼材(大梁ウェブ等)のボルト孔空け等に限られ、作業の軽減とともに工期が短縮される。
ケーブル2を使用する耐震補強構造1は、例えば特開2008−267022号に開示された、屋根を数多くのグリッドに分け、各グリッドの対角を棒鋼および型鋼によるブレース91で連結して耐震性を向上させる従来の方法(
図13参照)に比べて、各グリッドの長さが大きくなり、グリッドごとに必要とされるガセットプレート等の部材数量を大幅に削減することができる。
【0035】
また、補剛材64は、各グリッドの対角を棒鋼および型鋼によるブレース91で連結し
て耐震性を向上させる従来の方法(
図13)においても、既存建物の耐力が不足する場合、ブレース定着部92,…,92に配置する必要が有る。耐震補強構造1は、従来工法に比べて定着部52a,52b,53a,53bが少なくなるため、補剛材64の量を少なくすることができる。
【0036】
以上のように、ケーブル2を使用する耐震補強構造1は、部材数量が大幅に減少することにより耐震化後の屋根重量(建物重量)の増加を低く抑えることができ、建物(屋根)重量増加に起因する耐震性の悪化が回避される。
図14は耐震補強構造1の施工時の足場71を従来構造の足場93と比較した図である。
図14の(a)は耐震補強構造1、(b)は従来構造である。
【0037】
耐震補強構造1は、梁間方向Yの梁51でのみ区画され桁行方向Xに複数に分割されて梁間方向Yに長いグリッドの各頂点(定着部52a,52b,53a,53b)に対して、ケーブル2,2の施工が行われる。そのため、耐震補強構造1では、ケーブル2の定着作業は、頂部桁行梁54および柱頭部桁行梁56の位置に限られる。
一方、従来構造は、梁間方向Yの梁51および桁行方向Xの小梁57により区画されたグリッドに対してブレース91,91が施工される。そのため従来構造では、ブレース91,…,91の定着作業は、頂部桁行梁54および柱頭部桁行梁56に加えて、桁行方向Xに延びた小梁57,57の位置においても行われる。
【0038】
このように、また
図14(a),(b)から判るように、耐震補強構造1は、梁間方向Yにおけるケーブル2,2の定着部52a,52b,53a,53bが従来構造に比べて少ないために、足場71の配置箇所を従来構造よりも大幅に少なくすることができる。耐震補強構造1では、足場の設置および撤去の作業が軽減され、この点でも工期の短縮およびコストの低下が図られる。
【0039】
表1は既設体育館の屋根耐震補強における耐震補強構造1と従来工法とを比較したものである。
【0041】
図15は耐震補強対象である既設体育館の屋根構造の概略図、
図16は現場溶接型による耐震補強構造1の平面図、
図17は現場溶接型による従来の耐震補強構造の平面図である。表1は
図16および
図17に構造について部材数量、部材重量および材工費用を積算したものである。なお、材工費用は、従来構造の額を100としてこの額に対する割合を示す。
【0042】
耐震補強の対象となる既設体育館の概要は、以下のとおりである。
(1) 架構種別:純鉄骨造
(2) 階数:地上2階
(3) 建物高さ:軒高14.45m、最大高さ18.95m
(4) 桁行方向の構造形式:1階〜ラーメン構造、2階〜ブレース構造
桁行方向の全長:40m(5m×8スパン)
(5) 梁間方向の構造形式:ラーメン構造
梁間方向の全長:30m(15m×2スパン)
耐震補強構造1では亜鉛めっき7本より15.2mmのPC鋼より線、従来構造では16φ丸鋼ブレースを用い、何れにも125×125×4.5の補剛材で補強することを想定した。
【0043】
限られた条件での試算ではあるが、表1から、耐震補強構造1は、従来構造に比べて部材数量で略30%、部材重量で略40%で同等の耐震補強を行うことができ、材工費用は
従来構造の略80%となり、材工費用、工期の点で従来構造よりも優れることが判る。
なお、上述した程度の大きさの建物(既設体育館)については、耐震補強構造1におけるグリッドは、小梁57を使用せずに、大梁51,…,51、頂部桁行梁54および柱頭部桁行梁56,56を利用して形成される。
【0044】
図18はかまぼこ屋根に対する耐震補強の概要を示す図である。
図18において(a)は耐震補強構造1Bであり、(b)は従来構造である。
かまぼこ屋根では、梁間方向Yに延びた梁51B,…,51Bがアーチ状に湾曲する。かまぼこ屋根は、最大高さ位置において桁行方向Xに延びた頂部桁行梁54B、桁行方向Xに延び柱に連結される柱頭部桁行梁56B、および大梁51Bに直交し頂部桁行梁54Bと柱頭部桁行梁56Bとの間で桁行方向Xに延びた小梁57B,…,57Bにより屋根面架構が形成されている。
【0045】
かまぼこ屋根の屋根面架構の耐震補強構造1Bは、切妻屋根の耐震補強構造1と同様に、ケーブル2,…,2により耐震補強されるものである。
図18(a)に示される耐震補強構造1Bで新たに施工されるグリッドは、頂部桁行梁54Bおよび柱頭部桁行梁56Bを矩形における対向する短辺とした平面視で細長いものである。耐震補強構造1Bにおけるグリッドは、桁行方向Xに延びた小梁57B,57Bを飛びこして形成される。かまぼこ屋根においても、耐震補強構造1Bでは、特定の方向(
図18においては梁間方向Y)についてこの方向と直交する方向に延びた小梁57Bを1つまたは複数跨いだ状態でグリッドが形成される。
【0046】
かまぼこ屋根の耐震補強構造1Bにおけるグリッドは、その矩形の4辺の少なくともいずれか1辺が柱55に連結される柱頭部桁行梁56Bであることが好ましい。
かまぼこ屋根の耐震補強構造1Bは、屋根面架構が地震による揺れの際に全体として1枚板のように一体的に動き、各ケーブル2に力が均等に分散されかつ各柱の変形も均一化されて、建物の倒壊を防止する。
【0047】
また、耐震補強構造1Bは、部材数が少なく屋根の重量増加が抑制されるだけではなく、耐震補強のための作業量が少なくかつ足場の設置および撤去も簡便化される。
なお、
図18において
図12および
図13におけると同じ符号を付した部分は、
図12および
図13におけるものと同じである。
上述の実施形態において、PC鋼より線に換えて、これと同様に初期伸びが無く直ちに大きな内部応力が生ずるワイヤロープまたは棒鋼を使用しても、材工費用、工期の点で従来構造よりも優位な耐震補強構造とすることができる。棒鋼を使用する場合には、棒鋼の張りの程度はターンバックルにより調整される。
【0048】
また、耐震補強対象の建物の構造によって、桁行方向Xのスパンを任意に設定することができる。ケーブル2の定着金具62,63は、柱頭部桁行梁56の下フランジまたはウェブ等、様々な部位への取付けが可能であり、取付け方法も現場溶接またはボルト接合の選択が可能である。
その他、耐震補強構造1,1B、および耐震補強構造1,1Bの各構成または全体の構造、形状、寸法、個数、材質などは、本発明の趣旨に沿って適宜変更することができる。