【実施例1】
【0042】
1.材料及び方法
(1)研究倫理
全ての実験は施設のガイドラインに従って実施され、該施設の動物実験委員会の承認を得て行われた。
【0043】
(2)材料
アミノ酸のエナンチオマー及びHPLC級のアセトニトリルはナカライテスク(京都)から購入された。HPLC級のメタノール、トリフルオロ酢酸、ホウ酸等は和光純薬(大阪)から購入された。水はMill−QグラジエントA10システムを用いて精製された。
【0044】
(3)動物
動物はSPF環境、12時間ずつの明暗サイクルの条件下で、自由に水及び飼料を摂取できるようにして飼育された。C57BL/6Jマウスは日本クレア(東京)から購入された。本実施例で用いたD−アミノ酸オキシダーゼの点突然変異マウスは181位のグリシンがアルギニンに置換された突然変異体で、ddY系統をC57BL/6J系統に戻し交配された(Sasabe,J.ら、Proc.Natl.Acad.Sci. U.S.A.109:627(2012))。セリンラセマーゼノックアウトマウスは、Miyoshi,Y.ら(Amino Acids 43:1919(2012))によって作成された。
【0045】
(4)腎虚血再灌流処理
12−16週齢のオスマウスが腎虚血再灌流(以下、「IRI」ともいう。)処理に供された。IRI処理施術前にペントバルビタール麻酔下で右側腎は除去された。12日後に、マウスはランダムに選ばれて、偽手術(Sham)か、IRI処置かに供された。ペントバルビタール麻酔下で、左側腎が体外に引き出され、クランプ(Schwartz Micro Serrefines、Fine Science Tools Inc.、カナダ、バンクーバー)で動脈及び静脈が閉塞された。45分後に血流循環が再開され、クランプは除去された。腎表面の色がもとどおりになることは肉眼で確認され、腎は体内に戻された。偽手術では、左側の腎が体外に引き出されたが、クランプによる血流閉塞は行われなかった。再灌流の4、8、20及び40時間後に、マウスはジエチルエーテルで麻酔され、大静脈から採血され、膀胱から採尿された。腎は摘出後、必要に応じて灌流固定された。血清はベクトン・ディッキンソン(BD)マイクロテーナー中で1500×g、10分間遠心により分離された。血清又は尿中のクレアチニン及び血中尿素窒素(BUN)レベルはFujiDRI−CHEM4000システム(富士フィルム、東京)を用いて測定された。
【0046】
血清中のシスタチンC及び尿中のKIM−1及びNGALはR&Dシステムズ社製のマウスELISAキットを用いて定量された。
【0047】
(5)アミノ酸立体異性体の全分析
前記サンプルは、財津らが開発したD、L−アミノ酸一斉高感度分析システム(特許第4291628号)によるアミノ酸立体異性体の全分析に供された。各アミノ酸の分析条件の詳細は、MiyoshiY.、ら、J.Chromatogr.B, 879:3184(2011)及びSasabe,J.ら、Proc.Natl.Acad.Sci.U.S.A.、109:627(2012)に説明される。簡潔には、血清及び尿中のアミノ酸は、NBD−F(4−フルオロ−7−ニトロ−2,1,3−ベンゾオキサジアゾール、東京化成工業株式会社)で誘導体化され、HPLCシステム(NANOSPACE SI−2、株式会社資生堂、の補足情報を参照せよ。)に供された。簡潔には、逆相分離用分析カラムは、自社製のモノリシックODSカラム(内径1.5mm×250mm、石英ガラス毛管に装填)が用いられた。蛍光検出は、励起波長470nm、検出波長530nmで実行された。逆相分離の後、エナンチオ選択性カラムに移された。エナンチオマー分離には、キラルセレクターとして(S)−ナフチルグリシンを用いるスミキラルOA−2500Sカラム(250mm×1.5mm、自家充填、材料は株式会社住化分析センター製)が使用された。体液中のD−アミノ酸の濃度は生理学的にマイクロモルのオーダーに保たれている。本実施例で説明された2次元HPLCシステムは、例えばセリンの立体異性体を区別して1fmolから100pmolの範囲で定量的に測定できる。これは、健常者と腎不全患者とにおけるセリンのD−体及びL−体の濃度変化を識別するのに十分な感度であった(図示されない。)。
【0048】
(6)統計処理
本明細書及び図面に記載の全ての数値は、平均±標本平均の標準誤差(SEM)で表示される。実験の統計学的解析には、ステューデントのt両側検定、一元配置分散分析(one way ANOVA)、テューキーの多重比較検定(Tukey’s multiple comparison test)等の統計学的手法が利用された。また、これらの検定におけるP値が0.05未満のとき、有意性があると評価された。全ての解析はPrism5(GraphPad Software、カリフォルニア州、ラホヤ)が用いられた。
【0049】
2.結果
(1)血清中D−セリン及びL−セリン濃度
図1−Aは偽手術又は虚血再灌流処置が施されたC57BL/6J野生型マウス血清中のD−/L−セリンの2次元HPLC法により得られた典型的なクロマトグラムである。以下の実験では、偽手術に8匹、再灌流後4時間、8時間、20時間及び40時間にそれぞれ、5匹、9匹、6匹及び7匹についてマーカーが測定された。
図1−Aないし1−Fの棒グラフは平均値を表し、誤差棒は標本平均の標準誤差(SEM)を表す。本実施例のデータについては一元配置分散分析の後、テューキーの多重比較検定による統計解析が行われた。
図1−Aないし1−Fにおいて、*はPが0.05未満を意味し、**はPが0.01未満を意味し、***はPが0.001未満を意味する。NSは有意差がないことを意味する。図のShamは偽手術処置マウスの濃度、IRI4、IRI8、IRI20及びIRI40は、それぞれ再灌流後4、8、20及び40時間後のマウスの濃度を表す。C57BL/6Jマウスでは、血清中のD−セリン濃度は再灌流後4時間及び8時間では有意な変動がみられなかったが、20時間で上昇し、40時間ではさらに上昇した(
図1−B)。なお、
図1−Bに示されたD−セリン濃度の数値は、Shamで3.7±0.3μM、IRI4で3.4±0.3μM、IRI8で4.3±0.4μM、IRI20で5.5±0.5μM、IRI40で10.6±0.4μMであった。血清中のL−セリン濃度は再灌流後4時間で激減し、その後はずっと低い値のままであった(
図1−C)。
図1−Cに示されたD−セリン濃度の数値は、Shamで106.1±5.0μM、IRI4で46.9±0.9μM、IRI8で61.5±5.6μM、IRI20で70.6±7.5μM、IRI40で64.7±2.2μMであった。そのため、[D−セリン]/[L−セリン]はL−セリン濃度の低下に伴って上昇し、40時間でもさらに上昇した(
図1−D)。
図1−Dに示された[D−セリン]/[L−セリン]の数値は、Shamで0.036±0.004、IRI4で0.074±0.005、IRI8で0.073±0.009、IRI20で0.082±0.009、IRI40で0.164±0.008であった。血清中クレアチニン濃度は、再灌流後4時間から上昇し、40時間ではさらに上昇した(
図1−E)。
図1−Eに示されたクレアチニン濃度の数値は、Shamで0.59±0.05mg/dl、IRI4で1.108±0.04mg/dl、IRI8で1.89±0.09mg/dl、IRI20で1.14±0.22mg/dl、IRI40で3.73±0.09mg/dlであった。しかし血清中シスタチンC濃度は再灌流後4時間で上昇後、40時間まで徐々に低下した(
図1−F)。
図1−Fに示されたシスタチンC濃度の数値は、Shamで0.84±0.01μg/mL、IRI4で1.63±0.08μg/mL、IRI8で1.39±0.09μg/mL、IRI20で1.19±0.05μg/mL、IRI40で1.06±0.10μg/mLであった。これらの実験から、[D−セリン]/[L−セリン]の比は再灌流後4時間で上昇し初め、40時間まで単調増加するため、腎不全のマーカーとして有用であることが明かになった。ここで単調変化するマーカーであれば、ある数値を示すのは再灌流後の一時期だけであるが、ピーク又はボトムがある変動の場合では、ある数値を示すのは一時期だけでなく、もう1回又は2回以上存在する。そのため、マーカーの数値によって腎不全の進行段階を一義的に推定することができない。
【0050】
(2)尿中D−セリン及びL−セリン
以下の実験では、偽手術に7匹、再灌流後4時間、8時間、20時間及び40時間にそれぞれ、5匹、5匹、5匹及び5匹についてマーカーが測定された。
図2−Aないし2−Jの棒グラフは平均値を表し、誤差棒は標本平均の標準誤差(SEM)を表す。本実施例のデータについては一元配置分散分析の後、テューキーの多重比較検定による統計解析が行われた。
図2−Aないし2−Gにおいて、*はPが0.05未満を意味し、**はPが0.01未満を意味し、***はPが0.001未満を意味する。NSは有意差がないことを意味する。血清中では虚血再灌流後の時間経過とともにD−セリン濃度は上昇したが、L−セリン濃度は低下した。しかし、尿中では逆に、虚血再灌流後の時間経過とともにD−セリン濃度が低下し(
図2−B)、L−セリン濃度が上昇した(
図2−C)。
図2−Bに示されたD−セリン濃度の数値は、Shamで52.0±7.6μM、IRI4で24.5±5.7μM、IRI8で9.9±1.1μM、IRI20で36.9±3.3μM、IRI40で22.4±3.8μMであった。
図2−Cに示されたL−セリン濃度の数値は、Shamで19.0±3.0μM、IRI4で23.6±2.7μM、IRI8で62.6±9.9μM、IRI20で136.1±14.9μM、IRI40で93.8±12.1μMであった。なお、尿中のクレアチニンは再灌流後8時間以降激減している(
図2−D)。これは、クレアチニンの尿への流出が腎機能低下のために阻害されたためである。そして、クレアチニンは再灌流後4時間では偽手術マウスとあまり変わらないことから、腎機能低下は再灌流後4時間ではまだ顕著ではないが、尿中の[D−セリン]/[L−セリン]の比は4時間でも偽手術マウスの3分の1近くまで低下していた(
図2−E)。そこで、尿中の[D−セリン]/[L−セリン]の比は、腎機能低下に先立って変動し、単調減少するため、腎不全の早期マーカーとして有用であることが示された。
図2−Eに示される[D−セリン]/[L−セリン]の比の数値は、Shamで2.82±0.18、IRI4で1.10±0.26、IRI8で0.16±0.01、IRI20で0.28±0.02、IRI40で0.25±0.04であった。尿中のKIM−1濃度は、再灌流後20時間で上昇したが、40時間では減少した(
図2−F)。尿中NGAL濃度は、再灌流後4時間では偽手術マウスと有意差がなく、8時間では上昇し、その後ほぼ変化はなかった(
図2−G)。したがって、尿中セリン濃度にもとづくパラメーターは既存のいずれのマーカーよりも早い時期から腎不全に伴う変動をしめし、かつ、その変化が単調変化であるため、被検者が腎不全の進行のどの段階にあるのかの判断に有用である。
【0051】
(3)尿中でのさまざまなアミノ酸エナンチオマーの濃度比の変化
尿中のマーカーが測定された
図2−Aないし2−Jの実験に用いられたマウスのうち2匹の尿について、さまざまなアミノ酸のエナンチオマーの対の濃度が測定された。
図3−Aないし
図3−Lでは、マウス個体のL−体の濃度の平均値に対するD−体の濃度の平均値比が、偽手術マウスと、虚血再灌流処理後4、8、20及び40時間のマウスとについて棒グラフで示される。その結果、尿中の[D−グルタミン酸]及び[L−グルタミン酸](
図3−F)と、[D−アロ−イソロイシン]及び[L−イソロイシン](
図3−J)と、[D−フェニルアラニン]及び[L−フェニルアラニン](
図3−K)とでは、L−体の濃度に対するD−体の濃度の比は、再灌流4時間後でも変動せず、8時間後以降は非常に低下していた。これに対し、[D−ヒスチジン]及び[L−ヒスチジン](
図3−A)と、[D−アスパラギン]及び[L−アスパラギン](
図3−B)と、[D−セリン]及び[L−セリン](
図3−C)と、[D−アルギニン]及び[L−アルギニン](
図3−D)と、[D−アロ−スレオニン]及び[L−スレオニン(
図3−E)と、[D−アラニン]及び[L−アラニン](
図3−G)と、[D−プロリン]及び[L−プロリン](
図3−H)と、[D−バリン]及び[L−バリン](
図3−I)と、[D−リジン]及び[L−リジン](
図3−L)との組合せでは、L−体の濃度に対するD−体の濃度の比は再灌流後4時間で大きく変動し、偽手術マウスと、再灌流8時間以降との中間の数値を示した。そこで、ある個体について[D−ヒスチジン]/[L−ヒスチジン]と、[D−アスパラギン]/[L−アスパラギン]と、[D−アルギニン]/[L−アルギニン]と、[D−アロ−スレオニン]/[L−スレオニン]と、[D−アラニン]/[L−アラニン]と、[D−プロリン]/[L−プロリン]と、[D−バリン]/[L−バリン]と、[D−リジン]/[L−リジン]とのいずれか少なくとも1つが健常者の数値より低ければ、[D−グルタミン酸]/[L−グルタミン酸]と、[D−アロ−イソロイシン]/[L−イソロイシン]と、[D−フェニルアラニン]/[L−フェニルアラニン]とのうちいずれか少なくとも1つでは健常者と変わらない数値であっても、腎機能低下が始まる以前の非常に早期の状態が検出できることになる。また、ある個体について、[D−ヒスチジン]/[L−ヒスチジン]と、[D−アスパラギン]/[L−アスパラギン]と、[D−アルギニン]/[L−アルギニン]と、[D−アロ−スレオニン]/[L−スレオニン]と、[D−アラニン]/[L−アラニン]と、[D−プロリン]/[L−プロリン]と、[D−バリン]/[L−バリン]と、[D−リジン]/[L−リジン]とのうちいずれか少なくとも1つが健常者の数値より低く、かつ、[D−グルタミン酸]/[L−グルタミン酸]と、[D−アロ−イソロイシン]/[L−イソロイシン]と、[D−フェニルアラニン]/[L−フェニルアラニン]とのうちいずれか少なくとも1つも健常者の数値より低いときは、腎機能低下が始まる時期の状態が検出されることになる。このようにして異なるグループのアミノ酸のD−体及びL−体の尿中濃度にもとづくパラメーターによって、被検者が腎不全の早期にあるかどうかだけでなく、腎機能低下が始まる以前の非常に早期の状態か、それとも、腎機能低下が始まる時期の状態かまで区別することができる。
【0052】
(4)尿中でのさまざまなアミノ酸エナンチオマーの全濃度に対するD−体濃度の百分率の変化
図4−Aないし
図4−Lでは、マウス個体のL−体の濃度の平均値とD−体の濃度の平均値の和に対するD−体の濃度の平均値の百分率が、偽手術マウスと、虚血再灌流処理後4、8、20及び40時間のマウスとについて棒グラフで示される。その結果、尿中の[D−グルタミン酸]及び[L−グルタミン酸](
図4−F)と、[D−アロ−イソロイシン]及び[L−イソロイシン](
図4−J)と、[D−フェニルアラニン]及び[L−フェニルアラニン](
図4−K)とでは、L−体の濃度の平均値とD−体の濃度の平均値の和に対するD−体の濃度の平均値の百分率は、再灌流4時間後でも変動せず、8時間後以降は非常に低下していた。これに対し、[D−ヒスチジン]及び[L−ヒスチジン](
図4−A)と、[D−アスパラギン]及び[L−アスパラギン](
図4−B)と、[D−セリン]及び[L−セリン](
図4−C)と、[D−アルギニン]及び[L−アルギニン](
図4−D)と、[D−アロ−スレオニン]及び[L−スレオニン(
図4−E)と、[D−アラニン]及び[L−アラニン](
図4−G)と、[D−プロリン]及び[L−プロリン](
図4−H)と、[D−バリン]及び[L−バリン](
図4−I)と、[D−リジン]及び[L−リジン](
図4−L)との組合せでは、L−体の濃度の平均値とD−体の濃度の平均値の和に対するD−体の濃度の平均値の百分率は再灌流後4時間で大きく変動し、偽手術マウスと、再灌流8時間以降との中間の数値を示した。そこで、ある個体について[D−ヒスチジン]の[全ヒスチジン]に対する百分率と、[D−アスパラギン]の[全アスパラギン]に対する百分率と、[D−アルギニン]の[全アルギニン]に対する百分率と、[D−アロ−スレオニン]の[D−アロ−スレオニン]及び[L−スレオニン]の和に対する百分率と、[D−アラニン]の[全アラニン]に対する百分率と、[D−プロリン]の[全プロリン]に対する百分率と、[D−バリン]の[全バリン]に対する百分率と、[D−リジン]の[全リジン]に対する百分率とのいずれか少なくとも1つが健常者の数値より低ければ、[D−グルタミン酸]の[全グルタミン酸]に対する百分率と、[D−アロ−イソロイシン]の[D−アロ−イソロイシン]及び[L−イソロイシン]の和に対する百分率と、[D−フェニルアラニン]の[全フェニルアラニン]に対する百分率とのうちいずれか少なくとも1つでは健常者と変わらない数値であっても、腎機能低下が始まる以前の非常に早期の状態が検出できることになる。
また、ある個体について、[D−ヒスチジン]の[全ヒスチジン]に対する百分率と、[D−アスパラギン]の[全アスパラギン]に対する百分率と、[D−アルギニン]の[全アルギニン]に対する百分率と、[D−アロ−スレオニン]の[D−アロ−スレオニン]及び[L−スレオニン]の和に対する百分率と、[全アラニン]の[L−アラニン]に対する百分率と、[D−プロリン]の[全プロリン]に対する百分率と、[D−バリン]の[全バリン]に対する百分率と、[D−リジン]の[全リジン]に対する百分率とのうちいずれか少なくとも1つが健常者の数値より低く、かつ、[D−グルタミン酸]の[全グルタミン酸]に対する百分率と、[D−アロ−イソロイシン]の[D−アロ−イソロイシン]及び[L−イソロイシン]の和に対する百分率と、[D−フェニルアラニン]の[全フェニルアラニン]に対する百分率とのうちいずれか少なくとも1つも健常者の数値より低いときは、腎機能低下が始まる時期の状態が検出されることになる。このようにして異なるグループのアミノ酸のD−体及びL−体の尿中濃度にもとづくパラメーターによって、被検者が腎不全の早期にあるかどうかだけでなく、腎機能低下が始まる以前の非常に早期の状態か、それとも、腎機能低下が始まる時期の状態かまで区別することができる。
【0053】
(5)尿中でのさまざまなアミノ酸エナンチオマーの濃度比の変化
3〜7匹のマウスについて、虚血再灌流処理を行い、取得した尿について、さまざまなアミノ酸のエナンチオマーの対の濃度を測定した。
図5−A〜
図5−Rでは、マウス個体のL−体の濃度の平均値に対するD−体の濃度の平均値比が、偽手術マウスと、虚血再灌流処理後4、8、20及び40時間のマウスとについて棒グラフで示し、統計的有意差の有無を調べた。その結果、尿中の[D−アロ−イソロイシン]及び[L−イソロイシン](
図5−J)と、[D−フェニルアラニン]及び[L−フェニルアラニン](
図5−K)と、[D−ロイシン]及び[L−ロイシン](
図5−R)では、L−体の濃度に対するD−体の濃度の比は、再灌流4時間後でも変動せず(統計的有意差無し)、8時間後以降は非常に低下していた(有意差有り)。[D−グルタミン酸]及び[L−グルタミン酸](
図5−F)と、[D−バリン]及び[L−バリン](
図5−I)と、[D−グルタミン]及び[L−グルタミン](
図5−M)、[D−スレオニン]及び[L−スレオニン](
図5−N)、[D−アロ−スレオニン]及び[L−アロ−スレオニン](
図5−Q)とでは、再灌流4時間後でも変動したものの、統計的有意差が無く、8時間後以降は非常に低下していた(有意差有り)。[D−メチオニン]及び[L−メチオニン](
図5−O)と、[D−アスパラギン酸]及び[L−アスパラギン酸](
図5−P)とでは、変動の傾向が得られなかった。これに対し、[D−ヒスチジン]及び[L−ヒスチジン](
図5−A)と、[D−アスパラギン]及び[L−アスパラギン](
図5−B)と、[D−セリン]及び[L−セリン](
図5−C)と、[D−アルギニン]及び[L−アルギニン](
図5−D)と、[D−アロ−スレオニン]及び[L−スレオニン(
図5−E)と、[D−アラニン]及び[L−アラニン](
図5−G)と、[D−プロリン]及び[L−プロリン](
図5−H)と、[D−リジン]及び[L−リジン](
図5−L)、との組合せでは、L−体の濃度に対するD−体の濃度の比は再灌流後4時間で大きく変動し(統計的有意差有り)、偽手術マウスと、再灌流8時間以降との中間の数値を示した。従来の腎不全の診断マーカーとして使用される尿中クレアチニンでは、マウス虚血再灌流モデルにおいて、虚血後4時間では、腎不全を検知できず、8時間以降で検知できていた(
図2−D)ため、本願の[D−アロ−イソロイシン]及び[L−イソロイシン]と、[D−フェニルアラニン]及び[L−フェニルアラニン]と、[D−ロイシン]及び[L−ロイシン]と、[D−グルタミン酸]及び[L−グルタミン酸]と、[D−バリン]及び[L−バリン]と、[D−グルタミン]及び[L−グルタミン]と、[D−スレオニン]及び[L−スレオニン](
図5−N)と、[D−アロ−スレオニン]及び[L−アロ−スレオニン](
図5−Q)と、[D−ヒスチジン]及び[L−ヒスチジン]と、[D−アスパラギン]及び[L−アスパラギン]と、[D−セリン]及び[L−セリン]と、[D−アルギニン]及び[L−アルギニン]と、[D−アロ−スレオニン]及び[L−スレオニンと、[D−アラニン]及び[L−アラニン]と、[D−プロリン]及び[L−プロリン](
図5−H)と、[D−リジン]及び[L−リジン](
図5−L)とはいずれも、尿中クレアチニンと同等又はそれ以上の感度の腎不全マーカーとして使用することができる。特に再還流後4時間において有意差をもって検知可能な[D−ヒスチジン]/[L−ヒスチジン]と、[D−アスパラギン]/[L−アスパラギン]と、[D−アルギニン]/[L−アルギニン]と、[D−アロ−スレオニン]/[L−スレオニン]と、[D−アラニン]/[L−アラニン]と、[D−プロリン]/[L−プロリン]と、[D−リジン]/[L−リジン]とからなる群から選ばれる1又は複数の病態指標値を用いれば、尿中クレアチニンよりも高い感度で腎不全を診断することを可能にする。その中でも特に、再灌流後4時間後において、偽手術群とp<0.01の有意差を示す、[D−ヒスチジン]/[L−ヒスチジン]と、[D−アスパラギン]/[L−アスパラギン]と、[D−プロリン]/[L−プロリン]と、[D−リジン]/[L−リジン]とからなる群から選ばれる1又は複数の病態指標値は、より高い感度で腎不全を診断することができ、さらに再灌流後4時間後において、偽手術群とp<0.001の有意差を示す、[D−ヒスチジン]/[L−ヒスチジン]と、[D−プロリン]/[L−プロリン]と、[D−リジン]/[L−リジン]とからなる群から選ばれる1又は複数の病態指標値は、さらに高い感度で腎不全を診断することができる。病態指標値は、単独で用いられてもよいが、複数を組み合わせることにより、より信頼性の高い診断を可能にする。
【0054】
また、本発明の病態指標値の中で、[D−アロ−イソロイシン]及び[L−イソロイシン]と、[D−フェニルアラニン]及び[L−フェニルアラニン]と、[D−ロイシン]及び[L−ロイシン]と、[D−グルタミン酸]及び[L−グルタミン酸]と、[D−バリン]及び[L−バリン]と、[D−グルタミン]及び[L−グルタミン]と、[D−スレオニン]及び[L−スレオニン]と、[D−アロ−スレオニン]及び[L−アロ−スレオニン]と、[D−ヒスチジン]及び[L−ヒスチジン]と、[D−アスパラギン]及び[L−アスパラギン]と、[D−セリン]及び[L−セリン]と、[D−アルギニン]及び[L−アルギニン]と、[D−アロ−スレオニン]及び[L−スレオニンと、[D−アラニン]及び[L−アラニン]と、[D−プロリン]及び[L−プロリン]と、[D−リジン]及び[L−リジン]のうちの何れかのD−体及びL−体の対の濃度を用いて算出された病態指標値は、尿中クレアチニンと同等又はそれ以上の感度の腎不全マーカーとして使用することができる。したがって、被検体における病態指標値が、健常者群の病態指標基準値に対し、統計的有意差を有し、かつ腎不全患者群の病態指標基準値に対し、統計的有意差を有する場合であって、健常者群の病態指標基準値と腎不全患者群の病態指標基準値との間にある場合、被検体は、は早期の腎不全の疑いがあると診断することができる。病態指標値の中でも特に、再灌流後4時間後において、偽手術群とp<0.01の有意差を示す、[D−ヒスチジン]及び[L−ヒスチジン]と、[D−アスパラギン]及び[L−アスパラギン]と、[D−プロリン]及び[L−プロリン]と、[D−リジン]及び[L−リジン]とからなる群から選ばれる1又は複数のアミノ酸のD−体及びL−体の対の濃度を使用して算出された病態指標値を用いることで、より早期の腎不全を診断することができる。さらに再灌流後4時間後において、偽手術群とp<0.001の有意差を示す、[D−ヒスチジン]及び[L−ヒスチジン]と、[D−プロリン]及び[L−プロリン]と、[D−リジン]及び[L−リジン]とからなる群から選ばれる1又は複数のアミノ酸のD−体及びL−体の対の濃度から算出された病態指標値により、さらに早い段階の腎不全を診断することができる。