特許第5740795号(P5740795)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許5740795-酸化物超電導線材の製造方法 図000003
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5740795
(24)【登録日】2015年5月15日
(45)【発行日】2015年7月1日
(54)【発明の名称】酸化物超電導線材の製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01B 13/00 20060101AFI20150611BHJP
   H01B 12/06 20060101ALI20150611BHJP
   C01G 1/00 20060101ALI20150611BHJP
   C01G 3/00 20060101ALI20150611BHJP
【FI】
   H01B13/00 565D
   H01B12/06ZAA
   C01G1/00 S
   C01G3/00
【請求項の数】3
【全頁数】9
(21)【出願番号】特願2011-270543(P2011-270543)
(22)【出願日】2011年12月9日
(65)【公開番号】特開2013-122847(P2013-122847A)
(43)【公開日】2013年6月20日
【審査請求日】2014年6月27日
(73)【特許権者】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100078813
【弁理士】
【氏名又は名称】上代 哲司
(74)【代理人】
【識別番号】100094477
【弁理士】
【氏名又は名称】神野 直美
(72)【発明者】
【氏名】本田 貴裕
(72)【発明者】
【氏名】本田 元気
(72)【発明者】
【氏名】永石 竜起
【審査官】 北嶋 賢二
(56)【参考文献】
【文献】 特開2011−253764(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01B 13/00
C01G 1/00
C01G 3/00
H01B 12/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属基板上に、フッ素を含まない有機金属化合物の溶液を用いて、塗布熱分解法により、酸化物超電導薄膜を作製して、酸化物超電導線材を製造する酸化物超電導線材の製造方法であって、
前記有機金属化合物溶液を、前記金属基板上に塗布、乾燥して塗膜を作製する塗膜作製工程と、
前記塗膜を加熱して、前記有機金属化合物を熱分解して、有機成分を除去することにより、仮焼膜を作製する仮焼熱処理工程と、
前記仮焼膜を加熱して、結晶化させることにより、酸化物超電導薄膜を作製する本焼熱処理工程と
を備えており、
前記有機金属化合物の溶液には、全金属イオン質量に対して2ppm以上2000ppm未満の塩素が添加されている
ことを特徴とする酸化物超電導線材の製造方法。
【請求項2】
前記塗膜作製工程と前記仮焼熱処理工程により、厚さ0.5μm以上の仮焼膜を作製した後本焼熱処理を行うことを特徴とする請求項1に記載の酸化物超電導線材の製造方法。
【請求項3】
前記酸化物超電導薄膜が、REBaCu7−xの薄膜であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の酸化物超電導線材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化物超電導線材の製造方法に関し、詳しくは、塗布熱分解法により、超電導特性が優れた酸化物超電導薄膜を作製して、酸化物超電導線材を製造する酸化物超電導線材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、酸化物超電導薄膜を用いた超電導線材(酸化物超電導線材)の一層の普及のため、臨界電流値Icをより高めた酸化物超電導薄膜の製造に関する研究が盛んに行われている。
【0003】
このような酸化物超電導線材の製造方法の1つに、塗布熱分解法(Metal Organic Deposition、略称:MOD法)と言われる方法がある(特許文献1)。この方法は、Y(イットリウム)、Gd(ガドリニウム)、Ho(ホルミウム)などのRE(希土類元素)およびBa(バリウム)、Cu(銅)の各有機金属化合物を溶媒に溶解して製造された原料溶液(MOD溶液)を配向基板に塗布して塗布膜を形成した後、例えば500℃付近で仮焼熱処理して有機金属化合物を熱分解させ、さらに高温(例えば800℃付近)で本焼熱処理することにより結晶化を行い、REBaCu7−X(RE123)で表される酸化物超電導体からなる酸化物超電導薄膜を製造するものであり、主に真空中で製造される気相法(蒸着法、スパッタ法、パルスレーザ蒸着法など)に比較して製造設備が簡単で済み、また大面積や複雑な形状への対応が容易であるなどの特徴を有している。
【0004】
上記MOD法には、原料としてフッ素を含む有機酸塩を用いるTFA−MOD法(Metal Organic Deposition using TrifluoroAcetates)とフッ素を含まない有機金属化合物を用いるフッ素フリーMOD法(以下、「FF−MOD法」ともいう)とがある。
【0005】
一方、酸化物超電導薄膜は、例えば膜全体に亘りc軸配向しているなど、結晶配向性が揃っていなければ、超電導電流はスムースに流れず、Icは低くなる。このため、結晶化に際しては結晶を配向基板の配向性を受け継ぐエピタキシャル成長をさせる必要があり、基板から膜表面へ向けて結晶成長を進める必要がある。
【0006】
TFA−MOD法を用いると、面内配向性に優れた酸化物超電導薄膜を得ることができる。しかし、この方法では、仮焼時にフッ化物であるBaF(フッ化バリウム)が生成され、このBaFが本焼時に分解して危険なフッ化水素ガスを発生する。このため、フッ化水素ガスを処理する装置、設備が必要となる。
【0007】
これに対して、FF−MOD法は、フッ化水素ガスのような危険なガスを発生することがないため、環境にやさしく、また処理設備が不要であるという利点を有している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2007−165153号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、従来のFF−MOD法では、例えば厚さが500nm(0.5μm)以上の厚膜を作製する場合、充分に良好なIcを有する酸化物超電導薄膜が得られないという問題があった。
【0010】
そこで、本発明は、FF−MOD法を用いた酸化物超電導薄膜線材の製造において、Icが充分に高い厚膜の酸化物超電導薄膜を安定して得ることが可能となる技術を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、FF−MOD法を用いて厚膜の酸化物超電導薄膜を製造した場合、何故Icが高い酸化物超電導薄膜を安定して得ることができないかについて鋭意検討を行った。その結果、厚膜化した場合には、結晶化に際してc軸配向が阻害されて、表面部分が多結晶化し、その結果高いIcが得られないことが分かった。
【0012】
そして、このように、FF−MOD法を用いて厚膜化された酸化物超電導薄膜において、結晶化に際してc軸配向が阻害された原因が、仮焼熱処理時、MOD溶液中の有機金属化合物が熱分解されて、例えばCuO、CuOなどの酸化物が生成されたためであることが分かった。
【0013】
即ち、これらの生成物の融点は、それぞれ、1235℃、1026℃であり、本焼熱処理温度約800℃より高いため、本焼熱処理による酸化物超電導体の結晶化に際しても融けることがなく、酸化物超電導体結晶のc軸配向を阻害することが分かった。
【0014】
そこで、本発明者は、これらの生成物の発生を抑制することができれば、c軸配向が阻害されず、Icが充分に高い酸化物超電導薄膜を安定して得ることができると考え、種々の実験を行った。そして、MOD溶液中に塩素を添加した場合、c軸配向が阻害されることなく酸化物超電導体の結晶化が行われることが分かった。
【0015】
即ち、塩素を添加したMOD溶液を用いた場合には、仮焼熱処理時、前記した各生成物に替えて、CuCl、CuClなどの塩化物が生成される。そして、これらの塩化物の融点は、それぞれ430℃、498℃であり、本焼熱処理温度約800℃よりも融点が低い。このため、これらの塩化物は、本焼熱処理による酸化物超電導体の結晶化に際しては融液となり、酸化物超電導体結晶のc軸配向を阻害しないことが分かった。
【0016】
しかし、検討を進める中で、塩素の添加量が増加するに伴って、酸化物超電導体の多結晶化が抑制され、酸化物超電導薄膜の最表面が平滑化されるが、ある範囲を超えて添加量が多くなり過ぎると、棒状の塩素化合物が酸化物超電導薄膜の最表面に析出して、最表面の平滑化が阻害されることが分かった。また、最表面の多結晶化の抑制(平滑化)とIcの向上とは、必ずしも一致しないことが分かった。
【0017】
そこで、本発明者は、適切な塩素添加量について、さらに実験と検討を行い、その結果、MOD溶液の全金属イオン質量に対して2ppm以上2000ppm未満の塩素量が適切であることを見出した。
【0018】
そして、厚膜の酸化物超電導薄膜の形成に際しては、この塩素添加MOD溶液の塗布と仮焼熱処理により仮焼膜を形成し、その後本焼熱処理を施すことにより、最表面における多結晶化が充分に抑制されて、厚膜であっても、充分に高いIcの酸化物超電導薄膜を安定して得ることが可能となることが分かった。
【0019】
請求項1に記載の発明は、上記の知見に基づく発明であり、
金属基板上に、フッ素を含まない有機金属化合物の溶液を用いて、塗布熱分解法により、酸化物超電導薄膜を作製して、酸化物超電導線材を製造する酸化物超電導線材の製造方法であって、
前記有機金属化合物溶液を、前記金属基板上に塗布、乾燥して塗膜を作製する塗膜作製工程と、
前記塗膜を加熱して、前記有機金属化合物を熱分解して、有機成分を除去することにより、仮焼膜を作製する仮焼熱処理工程と、
前記仮焼膜を加熱して、結晶化させることにより、酸化物超電導薄膜を作製する本焼熱処理工程と
を備えており、
前記有機金属化合物の溶液には、全金属イオン質量に対して2ppm以上2000ppm未満の塩素が添加されている
ことを特徴とする酸化物超電導線材の製造方法である。
【0020】
本請求項の発明において、希土類元素REとしては、イットリウム(Y)、プラセオジウム(Pr)、ネオジウム(Nd)、サマリウム(Sm)、ユウロピウム(Eu)、ガドリウム(Gd)、ホルミウム(Ho)、イッテルビウム(Yb)などを挙げることができ、具体的には、これらのアセチルアセトン金属錯体などが用いられる。また、Ba、Cuの有機化合物としても、アセチルアセトン金属錯体などが用いられる。
【0021】
RE、Ba、Cuの各有機金属化合物を溶かす溶媒としては、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノールなどの各種アルコールが、溶解度が高く高濃度溶液を作製しやすいという観点から好ましく用いられる。
【0022】
塩素を添加するためにMOD溶液に添加される物質としては、トリクロロ酢酸などの有機化合物、塩酸、塩化アンモニウムなどがあるが、熱処理時に塩素をMOD膜に残留させるという観点から、塩化アンモニウムが好ましく用いられる。なお、塩素としての添加量は、MOD溶液の全金属イオン質量に対して2ppm以上2000ppm未満と微量であるため、本焼時に塩化水素ガスが発生する恐れはない。
【0023】
請求項2に記載の発明は、
前記塗膜作製工程と前記仮焼熱処理工程により、厚さ0.5μm以上の仮焼膜を作製した後本焼熱処理を行うことを特徴とする請求項1に記載の酸化物超電導線材の製造方法である。
【0024】
塩素が適切な量添加されたMOD溶液を用いて厚さ0.5μm以上の仮焼膜を作製することにより、Icが充分に高い厚膜の酸化物超電導薄膜を安定して得ることができる。
【0025】
請求項3に記載の発明は、
前記酸化物超電導薄膜が、REBaCu7−xの薄膜であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の酸化物超電導線材の製造方法である。
【0026】
REBaCu7−x(RE123)薄膜は、高いIcを有する酸化物超電導薄膜であるため、本発明における効果を顕著に発揮させることができる。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、FF−MOD法を用いた酸化物超電導薄膜線材の製造において、Icが充分に高い厚膜の酸化物超電導薄膜を安定して得ることが可能となる技術を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
図1】本発明の一実施例および比較例のY123酸化物超電導薄膜の表面のSEM写真である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本発明を実施例に基づいて具体的に説明する。
【実施例】
【0030】
以下の実施例においては、塩化アンモニウムを添加したMOD溶液を用いて仮焼膜を2回積層した2層構造の仮焼膜を作製した後、本焼熱処理して、Y123(YBaCu7−x)酸化物超電導薄膜を作製した。
【0031】
[1]酸化物超電導線材の作製
[A.実施例1〜3]
1.仮焼膜の形成
(1)MOD溶液の作製
イ.アセチルアセトン金属錯体溶液の調製
Y、Ba、Cuの各アセチルアセトン金属錯体を、Y:Ba:Cuのモル比が1:2:3となるように調製して、メタノールに溶解し、金属錯体溶液を調製した。
【0032】
ロ.塩素の添加
調製したアセチルアセトン金属錯体溶液に、1mol/Lの塩化アンモニウムを、MOD溶液の全金属イオン質量に対して、2ppm(実施例1)、20ppm(実施例2)、200ppm(実施例3)の塩素量となるように添加して、3種類のMOD溶液を作製した。
【0033】
(2)仮焼熱処理
作製した3種類の薄塗MOD溶液をそれぞれCeO/YSZ/Y/Ni合金の配向基板上に塗布・乾燥後、大気雰囲気の下で、500℃まで1〜15℃/分の昇温速度で昇温後、1.5時間保持後炉冷し、厚さ300nmの仮焼膜を作製した。
【0034】
上記のMOD溶液を用いて、仮焼膜を積層し、総膜厚が600nmの仮焼膜を作製した。
【0035】
2.本焼熱処理
次に、作製した仮焼膜をアルゴン/酸素混合ガス(酸素濃度:100ppm、CO濃度1ppm以下)雰囲気の下、10〜33℃/分の昇温速度で800℃まで昇温させ90分間保持した。その後、酸素濃度100%雰囲気の下で炉冷し、膜厚が550nm(厚膜)のY123酸化物超電導薄膜を形成した。
【0036】
3.酸化物超電導線材の作製
所定の方法を用いて酸化物超電導薄膜の表面にAg安定化層を形成して、実施例1〜3のY123酸化物超電導線材を作製した。
【0037】
[B.比較例1〜3]
MOD溶液の作製において、塩化アンモニウムの添加量を、MOD溶液の全金属イオン質量に対して、それぞれ2ppb(比較例1)、20ppb(比較例2)、200ppb(比較例3)の塩素量となるようにしたこと以外は、上記実施例と同様にして、比較例1〜3のY123酸化物超電導線材を作製した。
【0038】
[C.比較例4]
MOD溶液の作製において、塩化アンモニウムの添加量を、MOD溶液の全金属イオン質量に対して2000ppmの塩素量となるようにし、仮焼膜を厚さ300nmの1層としたこと以外は、上記実施例と同様にして、比較例4のY123酸化物超電導線材を作製した。
【0039】
[2]酸化物超電導線材の評価
(1)Y123酸化物超電導薄膜の表面状態の観察
実施例1〜3、比較例1〜4の各Y123酸化物超電導薄膜の表面をSEMで観察した。観察結果を図1に示す。
【0040】
図1から、MOD溶液に塩化アンモニウムを2〜200ppm添加した実施例1〜3の場合は、塩化アンモニウム添加量が増加するにつれ、平滑な膜の形成が進んでいくことが分かった。
【0041】
これに対して、塩化アンモニウムの添加量が2ppbである比較例1、20ppbである比較例2、並びに200ppbである比較例3の場合は、塩素の添加効果が充分ではないため、平滑な膜が形成されておらず、一方、2000ppmである比較例4では、塩素添加量が過剰なため、表面の凹凸が大きく棒状の塩素化合物が析出している。
【0042】
(2)Icの測定
実施例1〜3および比較例1〜4について、誘導法を用いて77.3KにおけるIcを測定した。測定結果を表1に示す。
【0043】
【表1】
【0044】
表1より、実施例1〜3で作製されたY123酸化物超電導薄膜のIcは、塩素の添加量が適切でない比較例1〜2に比べてIcが高いことが分かる。加えて、塩素添加量とIcの傾向を考えると、塩素添加量2ppmを頂点とする山型になっている。
【0045】
以上の結果より、充分に高いIcを得るためには、塩素の添加量を2ppm以上2000ppm未満にする必要があり、2ppm程度が特に好ましいことが分かる。
【0046】
以上のように、本発明によれば、厚膜化してもc軸配向が阻害されることがなく、厚膜化することにより、充分に高いIcを有する酸化物超電導薄膜が基板上に形成された酸化物超電導線材を提供することができる。
【0047】
以上、本発明を実施の形態に基づき説明したが、本発明は上記の実施の形態に限定されるものではない。本発明と同一および均等の範囲内において、上記の実施の形態に対して種々の変更を加えることが可能である。
図1