【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、FF−MOD法を用いて厚膜の酸化物超電導薄膜を製造した場合、何故Icが高い酸化物超電導薄膜を安定して得ることができないかについて鋭意検討を行った。その結果、厚膜化した場合には、結晶化に際してc軸配向が阻害されて、表面部分が多結晶化し、その結果高いIcが得られないことが分かった。
【0012】
そして、このように、FF−MOD法を用いて厚膜化された酸化物超電導薄膜において、結晶化に際してc軸配向が阻害された原因が、仮焼熱処理時、MOD溶液中の有機金属化合物が熱分解されて、例えばCu
2O、CuOなどの酸化物が生成されたためであることが分かった。
【0013】
即ち、これらの生成物の融点は、それぞれ、1235℃、1026℃であり、本焼熱処理温度約800℃より高いため、本焼熱処理による酸化物超電導体の結晶化に際しても融けることがなく、酸化物超電導体結晶のc軸配向を阻害することが分かった。
【0014】
そこで、本発明者は、これらの生成物の発生を抑制することができれば、c軸配向が阻害されず、Icが充分に高い酸化物超電導薄膜を安定して得ることができると考え、種々の実験を行った。そして、MOD溶液中に塩素を添加した場合、c軸配向が阻害されることなく酸化物超電導体の結晶化が行われることが分かった。
【0015】
即ち、塩素を添加したMOD溶液を用いた場合には、仮焼熱処理時、前記した各生成物に替えて、CuCl、CuCl
2などの塩化物が生成される。そして、これらの塩化物の融点は、それぞれ430℃、498℃であり、本焼熱処理温度約800℃よりも融点が低い。このため、これらの塩化物は、本焼熱処理による酸化物超電導体の結晶化に際しては融液となり、酸化物超電導体結晶のc軸配向を阻害しないことが分かった。
【0016】
しかし、検討を進める中で、塩素の添加量が増加するに伴って、酸化物超電導体の多結晶化が抑制され、酸化物超電導薄膜の最表面が平滑化されるが、ある範囲を超えて添加量が多くなり過ぎると、棒状の塩素化合物が酸化物超電導薄膜の最表面に析出して、最表面の平滑化が阻害されることが分かった。また、最表面の多結晶化の抑制(平滑化)とIcの向上とは、必ずしも一致しないことが分かった。
【0017】
そこで、本発明者は、適切な塩素添加量について、さらに実験と検討を行い、その結果、MOD溶液の全金属イオン質量に対して2ppm以上2000ppm未満の塩素量が適切であることを見出した。
【0018】
そして、厚膜の酸化物超電導薄膜の形成に際しては、この塩素添加MOD溶液の塗布と仮焼熱処理により仮焼膜を形成し、その後本焼熱処理を施すことにより、最表面における多結晶化が充分に抑制されて、厚膜であっても、充分に高いIcの酸化物超電導薄膜を安定して得ることが可能となることが分かった。
【0019】
請求項1に記載の発明は、上記の知見に基づく発明であり、
金属基板上に、フッ素を含まない有機金属化合物の溶液を用いて、塗布熱分解法により、酸化物超電導薄膜を作製して、酸化物超電導線材を製造する酸化物超電導線材の製造方法であって、
前記有機金属化合物溶液を、前記金属基板上に塗布、乾燥して塗膜を作製する塗膜作製工程と、
前記塗膜を加熱して、前記有機金属化合物を熱分解して、有機成分を除去することにより、仮焼膜を作製する仮焼熱処理工程と、
前記仮焼膜を加熱して、結晶化させることにより、酸化物超電導薄膜を作製する本焼熱処理工程と
を備えており、
前記有機金属化合物の溶液には、全金属イオン質量に対して2ppm以上2000ppm未満の塩素が添加されている
ことを特徴とする酸化物超電導線材の製造方法である。
【0020】
本請求項の発明において、希土類元素REとしては、イットリウム(Y)、プラセオジウム(Pr)、ネオジウム(Nd)、サマリウム(Sm)、ユウロピウム(Eu)、ガドリウム(Gd)、ホルミウム(Ho)、イッテルビウム(Yb)などを挙げることができ、具体的には、これらのアセチルアセトン金属錯体などが用いられる。また、Ba、Cuの有機化合物としても、アセチルアセトン金属錯体などが用いられる。
【0021】
RE、Ba、Cuの各有機金属化合物を溶かす溶媒としては、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノールなどの各種アルコールが、溶解度が高く高濃度溶液を作製しやすいという観点から好ましく用いられる。
【0022】
塩素を添加するためにMOD溶液に添加される物質としては、トリクロロ酢酸などの有機化合物、塩酸、塩化アンモニウムなどがあるが、熱処理時に塩素をMOD膜に残留させるという観点から、塩化アンモニウムが好ましく用いられる。なお、塩素としての添加量は、MOD溶液の全金属イオン質量に対して2ppm以上2000ppm未満と微量であるため、本焼時に塩化水素ガスが発生する恐れはない。
【0023】
請求項2に記載の発明は、
前記塗膜作製工程と前記仮焼熱処理工程により、厚さ0.5μm以上の仮焼膜を作製した後本焼熱処理を行うことを特徴とする請求項1に記載の酸化物超電導線材の製造方法である。
【0024】
塩素が適切な量添加されたMOD溶液を用いて厚さ0.5μm以上の仮焼膜を作製することにより、Icが充分に高い厚膜の酸化物超電導薄膜を安定して得ることができる。
【0025】
請求項3に記載の発明は、
前記酸化物超電導薄膜が、REBa
2Cu
3O
7−xの薄膜であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の酸化物超電導線材の製造方法である。
【0026】
REBa
2Cu
3O
7−x(RE123)薄膜は、高いIcを有する酸化物超電導薄膜であるため、本発明における効果を顕著に発揮させることができる。