【実施例】
【0041】
以下、本発明の細胞培養方法、細胞培養装置、及び細胞培養装置の制御方法により、面積細胞密度維持流加培養を行った実施例、及び面積細胞密度を維持することなく細胞培養を行った比較例について、
図6〜
図13を参照して説明する。
【0042】
(実施例1)
上記実施形態において説明した面積細胞密度維持流加培養を、以下の条件で行った。
培養容器として、7×30cmのLLDPE製バッグ(フィルム厚み:90 μm、酸素透過率:4500 ml/m
2・day・atm)を使用した。培養液には、株式会社細胞科学研究所製のALyS505N−0を300ml使用した。培養細胞としては、ヒト白血病Tリンパ種のJurkatE6.1株(直径約16μm)を使用した。
この培養容器をクリップで仕切って培養部の底面積を7×15cm
2とし、上記培養溶液50mlと上記培養細胞1525万個を培養部に封入して、細胞培養を開始した。このとき、培養部における液厚は0.48cmであった。この条件で39時間培養を行った。
【0043】
培養開始時から39時間後、クリップを外して、培養部の底面積を最大面積の7×30cm
2とし、培養溶液50mlを追加して、培養液を全量で100mlとした。培養細胞は追加していない。このとき、培養部における液厚は0.48cmのままであり、培養細胞数は5300万個であった。この条件でさらに24時間培養を行った。
【0044】
培養開始時から63時間後、培養溶液200mlを追加し、培養液を全量で300mlとした。培養細胞は追加していない。このとき、培養部における液厚は1.43cmであり、培養細胞数は6800万個であった。この条件でさらに24時間培養を行った。
培養開始時から87時間後の培養細胞数は1億2000万個であった。
【0045】
(比較例1)
上記実施形態において説明した通常の流加培養を、以下の条件で行った。
培養容器、培養液、及び培養細胞は、実施例1と同条件のものを使用した。
この培養容器をクリップで仕切って培養部の底面積を7×5cm
2とし、上記培養溶液50mlと上記培養細胞1525万個を培養部に封入して、細胞培養を開始した。このとき、培養部における液厚は1.43cmであった。この条件で39時間培養を行った。
【0046】
培養開始時から39時間後、クリップを移動させて、培養部の底面積を7×10cm
2とし、培養溶液50mlを追加して、培養液を全量で100mlとした。培養細胞は追加していない。このとき、培養部における液厚は1.43cmのままであり、培養細胞数は
2400万個であった。この条件でさらに24時間培養を行った。
【0047】
培養開始時から63時間後、クリップを外して、培養部の底面積を最大面積の7×30cm
2とし、培養溶液200mlを追加し、培養液を全量で300mlとした。培養細胞は追加していない。このとき、培養部における液厚は1.43cmのままであり、培養細胞数は4800万個であった。この条件でさらに24時間培養を行った。
培養開始時から87時間後の培養細胞数は8600万個であった。
実施例1及び比較例1の培養方法における各工程、実験条件、及び実験結果を
図6〜
図8に示す。
【0048】
これらの実施例1及び比較例1で使用した培養容器は同様のものであり、培養開始時の培養液、培養細胞、培養液量及び細胞数は同一であり、その後の培養液の追加タイミング及び追加した培養液量も同一である。
一方、実施例1及び比較例1における実験条件は、培養面積の拡大手順が相違し、その結果として培養部の液厚の変化が相違している。
【0049】
これらの培養方法による細胞の増殖比について、
図7及び
図8を参照して説明する。
図8には、培養開始時の細胞数を1とした場合の、培養時間に対する細胞の増殖比を表すグラフが示されている。
このグラフの平均液厚の変化を参照すると、実施例1では培養開始時から63時間までは液厚は同じ薄い状態のまま培養部の底面積を拡大して培養が行われ、その後培養部の底面積はそのままで液厚を3倍にして培養部の容積を拡大して培養が行われていることがわかる。一方、比較例1では、培養開始時から87時間まで液厚を一定にし、培養部の底面積を拡大して培養が行われていることがわかる。
【0050】
また、このグラフによれば、培養開始時から39時間後までの増殖比が、比較例1では1.6であるのに対し、実施例1では3.5となっており、増殖効率が2倍以上向上している。
そして、
図7に示す通り、培養開始時から87時間後における最終細胞数は、比較例1では約8600万個であるのに対し、実施例1では約1億2千万個となっている。
したがって、同じ培養容器を使用して、同じ培養液を同じ培養期間で同量ずつ使用したにも拘わらず、本実施形態の細胞培養方法によれば、最終的に約4割増しの細胞数が得られていることがわかる。
【0051】
ここで、
図9を参照して、実施例1及び比較例1における面積細胞密度の推移について検証する。
同図には、培養時間に対する面積細胞密度の変化の様子を表すグラフが示されている。
このグラフによれば、実施例1の細胞培養方法では、全培養時間において面積細胞密度が600000cells/cm
2を超えていない。この600000cells/cm
2の値は、(1個当たりの細胞の占める平均面積)×(培養部内の細胞総数)/(培養部の底面積)が1.2となる面積細胞密度を示している。したがって、実施例1の細胞培養方法では、上記式(1)を満足する面積細胞密度を維持した培養が行われていることがわかる。
【0052】
なお、上記の1.2となる面積細胞密度は、以下のようにして算出したものである。
JurkatE6.1株はほぼ球形(上から見たら円形)で直径が約16μmであることから1個当たりの細胞が占める面積は約2.0×10
−6cm
2となる。この逆数は「1cm
2の面積を占有するのに必要な細胞数」となり、この値は500000(cells/cm
2)である。このことから600000cells/cm
2は(1個当たりの細胞が占める平均面積)×(培養部内の総細胞数)/(培養部の底面積)が1.2となる面積細胞密度であると言える。なお、細胞が球形であることによって発生する隙間は無視している。実施例2、比較例2,3で用いたhPBMCにおいても同様に計算することができる。
【0053】
一方、比較例1の細胞培養方法では、培養開始時から39時間時点及び63時間時点において面積細胞密度が600000cells/cm
2を超えており、上記式(1)を満足することができていない。その結果、実施例1に比較すると培養効率が劣り、最終的に得られる細胞数は、実施例1の細胞培養方法により得られる細胞数に比べて少なくなっている。
一般に、面積細胞密度を制御することなく細胞培養を行った場合には、このように短時間の培養で簡単に面積細胞密度が600000cells/cm
2を超えてしまうことが多くある。
したがって、実施例1のように、面積細胞密度を、上記式(1)を満たすように制御して培養を行うことで、細胞培養を一層効率化することが可能である。
【0054】
(実施例2)
上記実施形態において説明した面積細胞密度維持流加培養を、以下の条件で行った。
培養容器は、実施例1と同様のものを使用した。培養液には、株式会社細胞科学研究所製のALyS505N−7を300ml使用した。培養細胞としては、ヒト正常末梢血単核球(略称hPBMC、直径約12μm、抗CD3抗体で刺激し増殖能を持たせたもの)を使用した。
この培養容器をクリップで仕切って培養部の底面積を7×15cm
2とし、上記培養溶液50mlと上記培養細胞900万個を培養部に封入して、細胞培養を開始した。このとき、培養部における液厚は0.48cmであった。この条件で93時間培養を行った。
【0055】
培養開始時から93時間後、クリップを外して、培養部の底面積を最大面積の7×30cm
2とし、培養溶液50mlを追加して、培養液を全量で100mlとした。培養細胞は追加していない。このとき、培養部における液厚は0.48cmのままであり、培養細胞数は6400万個であった。この条件でさらに19時間培養を行った。
【0056】
培養開始時から112時間後、培養溶液200mlを追加し、培養液を全量で300mlとした。培養細胞は追加していない。このとき、培養部における液厚は1.43cmであり、培養細胞数は1億個であった。この条件でさらに28時間培養を行った。
培養開始時から140時間後の培養細胞数は1億3000万個であった。
【0057】
(比較例2)
上記実施形態において説明した通常の流加培養を、以下の条件で行った。
培養容器、培養液、及び培養細胞は、実施例2と同条件のものを使用した。
この培養容器をクリップで仕切って培養部の底面積を7×5cm
2とし、上記培養溶液50mlと上記培養細胞900万個を培養部に封入して、細胞培養を開始した。このとき、培養部における液厚は1.43cmであった。この条件で93時間培養を行った。
【0058】
培養開始時から93時間後、クリップを移動させて、培養部の底面積を7×10cm
2とし、培養溶液50mlを追加して、培養液を全量で100mlとした。培養細胞は追加していない。このとき、培養部における液厚は1.43cmのままであり、培養細胞数は
4700万個であった。この条件でさらに19時間培養を行った。
【0059】
培養開始時から112時間後、クリップを外して、培養部の底面積を最大面積の7×30cm
2とし、培養溶液200mlを追加し、培養液を全量で300mlとした。培養細胞は追加していない。このとき、培養部における液厚は1.43cmのままであり、培養細胞数は6200万個であった。この条件でさらに28時間培養を行った。
培養開始時から140時間後の培養細胞数は1億個であった。
【0060】
(比較例3)
上記実施形態において説明した通常の回分培養を、以下の条件で行った。
培養容器、培養液、及び培養細胞は、実施例2と同条件のものを使用した。
この培養容器をクリップで仕切らずに、培養部の底面積を最大面積の7×30cm
2とし、上記培養溶液300mlと上記培養細胞900万個を培養部に封入して、細胞培養を開始した。このとき、培養部における液厚は1.43cmであった。この条件で140時間培養を行った。
培養開始時から140時間後の培養細胞数は5900万個であった。
実施例2及び比較例2,3の培養方法における各工程、実験条件、及び実験結果を
図10〜
図12に示す。
【0061】
実施例2と比較例2,3で使用した培養容器は同様のものであり、培養に用いた培養液、培養細胞、培養液量及び細胞数は同一であり、培養時間も同じである。
しかしながら、実施例2の面積細胞密度維持流加培養方法によれば、最終細胞数が1億3千万個となっており、比較例2の通常の流加培養方法による最終細胞数1億万個の約3割増しの培養細胞を得ることができている。また、比較例3の通常の回分培養方法による最終細胞数5900万個に比較すると、2倍以上の培養細胞を得ることができている。
【0062】
次に、これらの培養方法による細胞の増殖比について、
図12を参照して説明する。
同図には、培養開始時の細胞数を1とした場合の、培養時間に対する細胞の増殖比を表すグラフが示されている。
このグラフによれば、培養開始時から93時間後までの増殖比が、比較例2では5.2、比較例3では2.8となっているのに対し、実施例2では7.1となっており、その増殖効率は、比較例2に対して3割以上、比較例3に対して2.5倍以上向上している。
【0063】
また、上記の通り、培養開始時から140時間後における実施例2の最終細胞数は、比較例2の約3割増し、比較例3の2倍以上となっている。
このように、実施例2によっても、同じ培養容器を使用して、同じ培養液を同じ培養時間で同量使用した比較例2,3に示す培養に比べて、本実施形態の細胞培養方法がより一層優れた培養効率を得られるものであることが明らかとなった。
【0064】
さらに、
図13を参照して、実施例2及び比較例2における面積細胞密度の推移について検証する。
同図には、培養時間に対する面積細胞密度の変化の様子を表すグラフが示されている。
このグラフによれば、実施例2の細胞培養方法では、全培養時間において面積細胞密度が1060000cells/cm
2を超えていない。この1060000cells/cm
2の値は、(1個当たりの細胞の占める平均面積)×(培養部内の細胞総数)/(培養部の底面積)が1.2となる面積細胞密度を示している。したがって、実施例2の細胞培養方法では、上記式(1)を満足する面積細胞密度を維持した培養が行われていることがわかる。
【0065】
一方、比較例2の細胞培養方法では、培養開始時から93時間時点において面積細胞密度が1060000cells/cm
2を超えており、上記式(1)を満足することができていない。その結果、実施例2に比較すると培養効率が劣り、最終的に得られる細胞数は、実施例2の細胞培養方法により得られる細胞数に比べて少なくなっている。
このように、面積細胞密度を、上記式(1)を満たすように制御して培養を行うことで、細胞培養をより効率化し得ることが明らかとなった。
【0066】
本発明は、以上の実施形態や実施例に限定されるものではなく、本発明の範囲内において、種々の変更実施が可能であることは言うまでもない。
例えば、上記実施形態及び実施例では、ヒトの細胞を培養対象としているが、浮遊系細胞であれば、その他の細胞培養に適用することも可能である。また、培養液の比重を細胞の比重よりも大きくし、細胞を培養部の上部に集めて培養することも可能である。さらに、細胞培養装置に攪拌部材を備え、容積拡大工程において培養部の培養液を攪拌して増殖効率をより向上させるなど適宜変更することが可能である。