【課題を解決するための手段】
【0013】
すなわち、本発明は、Al−Zn−Mg系アルミニウム合金からなるアルミフレーム材の表面に陽極酸化皮膜を備えたペリクル枠であって、アルミフレーム材は、Mg
2Si晶出物の円相当径が7μm以下であると共に、円相当径1μm以上のMg
2Si晶出物の占める面積比が0.10%未満であり、かつ、AlCuMg晶出物、Al−Fe系晶出物、及びAl
2CuMg晶出物の円相当径がいずれも9μm以下であると共に、円相当径1μm以上のAlCuMg晶出物、Al−Fe系晶出物、及びAl
2CuMg晶出物の占める面積比の合計が0.20%未満である組織を有し、また、陽極酸化皮膜は、ジカルボン酸塩、及びトリカルボン酸塩からなる群より選ばれたいずれか1種又は2種以上を電解質として含んだアルカリ性の電解液で陽極酸化処理して得られたものであることを特徴とするペリクル枠である。
【0014】
また、本発明は、Al−Zn−Mg系アルミニウム合金からなるアルミフレーム材の表面に陽極酸化皮膜を備えたペリクル枠の製造方法であって、JIS A7075規格を満たし、かつ、Mgを2.6質量%以下、Cuを1.6質量%以下、Crを0.28質量%以下、Feを0.07質量%以下、及び、Siを0.04質量%以下に規制した成分組成を有するDC鋳造ビレットを460℃以上の温度で12時間以上加熱保持して均質化処理した後、押出加工してアルミ押出形材を得て、該アルミ押出形材から所定の形状のアルミフレーム材を切り出し、ジカルボン酸塩、及びトリカルボン酸塩からなる群より選ばれたいずれか1種又は2種以上を電解質として含んだアルカリ性の電解液で陽極酸化処理して陽極酸化皮膜を形成することを特徴とするペリクル枠の製造方法である。
【0015】
本発明において、ペリクル枠を形成するアルミフレーム材は、Al−Zn−Mg系アルミニウム合金を用いるようにする。Al−Zn−Mg系アルミニウム合金は、アルミニウム合金のなかでも最も強度を有するものであり、高い寸法精度が実現されるほか、使用時の外力による変形や傷付きを防ぐことができるなど、ペリクル枠を得るのに適している。
【0016】
このようなAl−Zn−Mg系アルミニウム合金の代表例はJIS規定のA7075アルミニウム合金であり、本発明では、JIS A7075規格を満たしながら、その成分組成を更に特定することで、Mg
2Si晶出物の円相当径が7μm以下、好ましくは4μm以下であると共に、円相当径1μm以上のMg
2Si晶出物の占める面積比が0.10%未満、好ましくは0.05%未満であり、かつ、AlCuMg晶出物、Al
mFe(3≦m≦6)あるいはAl
7Cu
2FeのAl−Fe系晶出物、及びAl
2CuMg晶出物の円相当径がいずれも9μm以下、好ましくは6μm以下であると共に、円相当径1μm以上のAlCuMg晶出物、Al‐Fe系晶出物(Al
mFeあるいはAl
7Cu
2Fe)、及びAl
2CuMg晶出物の占める面積比の合計が0.20%未満、好ましくは0.1%未満の組織を有するアルミフレーム材を用いるようにする。
【0017】
ここで、各晶出物の円相当径とは、アルミフレーム材の切断面を測定面とし、そこに存在する晶出物の各個の面積を円相当に置き換えた時の直径を指すものである。また、各晶出物の占める面積比とは、測定面を画像解析して求めたそれぞれの晶出物の占める面積割合をいう。各晶出物は、それぞれX線回折で同定することができ、また、Mg
2Siについては、水酸化ナトリウム液、ふっ酸等のようなエッチング液を用いて同定することも可能である(40周年記念事業実行委員会記念出版部会編,『アルミニウムの組織と性質』,1991,軽金属学会,p15参照)。
【0018】
すなわち、本発明においては、JIS A7075規格を満たし、かつ、Mgが2.6質量%以下、Cuが1.6質量%以下、Crが0.28質量%以下、Feが0.07質量%以下、及び、Siが0.04質量%以下の成分組成を有したAl−Zn−Mg系アルミニウム合金からアルミフレーム材を形成するようにする。なお、参考までに、JIS規格のA7075アルミニウム合金の化学成分を表1に示す(旧軽金属圧延工業会 アルミニウムハンドブック編集委員会編,1978,『アルミニウムハンドブック』,社団法人軽金属協会,p13の表2.1より引用)。
【0019】
【表1】
【0020】
Mg及びSiがそれぞれ上記範囲を超えて含まれると、アルミフレーム材におけるMg
2Siの量が増して、Mg
2Si晶出物の円相当径が7μm以下である条件と、円相当径1μm以上のMg
2Si晶出物の占める面積比が0.10%未満である条件とを共に満たすことができなくなる。このMg
2Siは、一般に、硫酸浴電解による陽極酸化処理では溶解するため(例えば、アルミニウム材料の基礎と工業技術編集委員会編,1985,『アルミニウム材料の基礎と工業技術』,社団法人軽金属協会,p226参照)、上記特許文献2記載の発明においては、集光灯下で表面がきらつく欠陥の原因にならなかったことが予想される。これに対して、アルカリ性の電解液では、Mg
2Siは溶解し難いことから(例えば、40周年記念事業実行委員会記念出版部会編,『アルミニウムの組織と性質』,1991,軽金属学会,p15参照)、本発明では、JIS規格のA7075アルミニウム合金について、上記のように更にその成分組成を特定し、Mg
2Si晶出物の円相当径及び面積比を制御する。
【0021】
同様に、Cu及びFeについては、上記範囲を超えると、Al−Cu−Fe系の化合物やAl−Cu−Mg系の化合物等の量が多くなり、これらの晶出物も集光灯下でペリクル枠の表面がきらつく欠陥の要因になるため、成分組成において規制する必要がある。すなわち、従来技術での一般的なJIS規格のA7075アルミニウム合金では、最大長が20μm程度の粗大な晶出粒と、最大長が10μm程度の比較的小さな晶出粒とが集光灯下できらつく原因と考えられる。このうち粗大な晶出粒はMg
2Siであり、比較的小さな晶出粒にはMg
2Siのほか、AlCuMg、Al‐Fe系晶出物(Al
mFe或いはAl
7Cu
2Fe)、及びAl
2CuMgが含まれることから(Mg
2Siは比較的大きな晶出粒と小さな晶出粒との両方に認められる)、Al−Cu−Fe系やAl−Cu−Mg系の化合物の量を減らすために、Cu及びFeについてもその含有量を規制する必要がある。
【0022】
更に、Crについては、DC鋳造ビレットの押出時の繊維状組織を微細化させると共に溶体化熱処理における再結晶粒の成長を防止し、一部再結晶組織が生じたとしても実質的に繊維状組織による強度を付与するためのもので、下限値未満ではその効果が少なく、上限値を超えると系の粗大な晶出粒が生じて、陽極酸化処理後の染色時に白点の欠陥を生じるおそれがあり、また、押出性も低下させてしまう。
【0023】
本発明におけるアルミフレーム材を得るにあたっては、上述したような化学成分組成を有するDC鋳造ビレットを460℃以上の温度で合計12時間以上加熱保持して均質化処理した後、押出加工してアルミ押出形材を得て、所定の形状のアルミフレーム材を切り出すようにすればよい。鋳造に際して、DC鋳造法は溶湯が急冷されて晶出物が小さく晶出する点で好適である。合金組成の溶湯を溶製する際には、例えば、Al溶湯中に合金元素を金属のまま添加したり、或いは母合金で添加することができる。そして、脱ガス処理後、必要に応じてフィルターを通過してビレットに鋳造する。
【0024】
また、均質化処理については、必ずしも一定の温度で保持する必要はなく、例えば460℃で2時間保持した後、470℃で10時間保持するなどして460℃以上の温度での加熱時間が合計で12時間以上になるようにしてもよい。ここで、Mg
2Si、AlCuMg、Al‐Fe系晶出物(Al
mFe或いはAl
7Cu
2Fe)、及びAl
2CuMgの各晶出物の円相当径及び面積比の制御をより確実にする観点から、好ましくは、460℃以上の温度で合計12時間以上加熱保持する第1の均質化処理に加えて、この第1の均質化処理より高い温度で合計1時間以上保持する第2の均質化処理を行うようにするのがよい。すなわち、上記例の460℃×2時間+470℃×10時間を第1の均質化処理とすれば、第2の均質化処理として、例えば480℃×10時間+500℃×10時間の加熱保持を行うようにする。その際、Mg
2Siは500℃まで加熱すると固溶することから、第2の均質化処理には500℃以上の温度で1時間以上加熱保持する工程を含むようにするのがより好ましい。なお、母材のアルミニウムが溶出してしまうことなどを考慮すると、均質化処理の加熱温度の上限は実質的に600℃である。また、第1及び第2の均質化処理は、いずれもその効果が飽和することや経済性等を考慮すると、その上限は40時間である。
【0025】
均質化処理後は、押出加工してペリクル枠の寸法に相当する中空のアルミ押出形材を得るようにするが、このアルミ押出形材を溶体化焼入処理したり、更に時効硬化処理を行うようにしてもよい。このうち、溶体化焼入処理は、その後の処理で強度を出すためのものであり、例えば480℃程度の温度までの間で加熱し、0.5〜5時間程度保持するのが一般的である。また、焼入処理は、高温で処理した固溶状態から急冷し、室温において過飽和固溶状態にしてその後の処理で強度を出すためのものである。更に、時効硬化処理は、合金元素を含む化合物を時効析出させて強度を付与するためのものであり、好適には、JIS H0001記載の調質条件に従うのがよく、最も好適には調質記号T651で処理するのがよい。
【0026】
上記で得られたアルミ押出形材から所定の形状のアルミフレーム材を切り出した後に、本発明では、ジカルボン酸塩及び/又はトリカルボン酸塩を電解質として含んだアルカリ性の電解液で陽極酸化処理し、アルミフレーム材の表面に陽極酸化皮膜を形成する。上記のような有機酸塩としては、水に可溶な有機酸の塩であればよく、例えば、シュウ酸塩、マロン酸塩、コハク酸塩、グルタル酸塩、アジピン酸塩、酒石酸塩、クエン酸塩、マレイン酸塩等を挙げることができる。このうち、酒石酸塩を例にとると、酒石酸ナトリウム、酒石酸カリウム、酒石酸ナトリウムカリウム、酒石酸アンモニウム等の酒石酸塩等を好適に用いることができ、他のジカルボン酸塩、トリカルボン酸塩についても同様の塩を好適に用いることができる。なお、少なくとも上記のようなジカルボン酸塩やトリカルボン酸塩の1種を電解質として含んだアルカリ性の電解液であればよく、また、2種以上を電解質として含むようにしてもよい。
【0027】
ジカルボン酸塩やトリカルボン酸塩を電解質として含んだ電解液のpHや、電解液に含まれるジカルボン酸塩やトリカルボン酸塩の濃度、更には、浴温度、陽極酸化処理の電圧、電気量等の各処理条件については、それぞれ使用するジカルボン酸塩やトリカルボン酸塩の種類によっても異なるため一概に特定するのは難しい。そのため、酒石酸塩の場合を例にして説明すると以下のとおりである。
【0028】
すなわち、酒石酸塩の濃度については13〜200g/Lであるのがよく、好ましくは25〜150g/Lであるのがよい。濃度が13g/Lより低いと陽極酸化皮膜は形成され難く、反対に200g/Lより高いと低温での陽極酸化の際に酒石酸塩が析出するおそれがある。また、pHは12.25〜13.25であるのがよく、好ましくは12.5〜13.0であるのがよい。pHが12.25より低いと皮膜の生成速度が遅くなる傾向があり、反対に13.25より高くなると皮膜の溶解速度が速くなって、粉吹き等が発生するおそれがある。また、浴温度については0〜15℃にするのがよく、好ましくは5〜10℃にするのがよい。浴温度が0℃より低くなると皮膜の生成速度が遅くなり効率的ではなく、反対に15℃より高くなると皮膜の溶解速度が速くなり成膜に時間を要したり、粉吹き等が生じるおそれがある。更に、陽極酸化処理の電圧は10〜60Vであるのがよく、好ましくは20〜40Vであるのがよい。電圧が10Vより低いと皮膜が弱くなるおそれがあり、反対に60Vより高くなるとポアの面積が少なくなり、後に黒色染料等で染色する際に十分黒色化するのが困難になる。
【0029】
また、先に述べたように、Mg
2Siはアルカリ性の電解液では溶解し難いが、AlCuMg、Al‐Fe系晶出物(Al
mFe或いはAl
7Cu
2Fe)、及びAl
2CuMgはわずかながらに溶解すると考えられる。そのため、陽極酸化の速度を遅くなるようにすると、陽極酸化皮膜内に残存してきらつきの原因となるこれらの晶出物を小さくすることも可能である。陽極酸化処理の速度は、電解液中のアルカリ濃度が一定の場合でも溶存アルミニウム(Al)量で変化させることができ、この溶存Al量が多いほど陽極酸化の速度は遅くなる。そこで、好ましくは、陽極酸化処理の際に溶存Al量を0.2〜0.4g/Lの範囲内に制御するのがよい。
【0030】
陽極酸化処理後は、露光光の散乱防止や使用前の異物付着検査を容易にするなどの目的から、陽極酸化皮膜を黒色化するのがよい。この黒色化処理は公知の方法を採用することができ、黒色染料による処理や電解析出処理(二次電解)等が挙げられるが、好ましくは黒色染料を用いた染色処理であるのがよく、より好ましくは有機系の黒色染料を用いるのがよい。一般に有機系染料は酸成分の含有量が少ないとされ、なかでも、硫酸、酢酸、及びギ酸の含有量が少ない有機系染料を用いるのが最も好適である。このような有機系染料として、市販品の「TAC411」、「TAC413」、「TAC415」、「TAC420」(以上、奥野製薬製)等を挙げることができ、所定の濃度に調製した染料液に陽極酸化処理後のアルミフレーム材を浸漬させて、処理温度40〜60℃、pH5〜6の処理条件で10分間程度の染色処理を行うようにするのがよい。
【0031】
また、黒色化後は陽極酸化皮膜を封孔処理するのがよい。封孔処理は特に制限されず、水蒸気や封孔浴を用いるような公知の方法を採用することができるが、なかでも、不純物の混入のおそれを排除しながら、酸成分の封じ込めを行う観点から、好ましくは、水蒸気による封孔処理であるのがよい。水蒸気による封孔処理の条件については、例えば、温度105〜130℃、相対湿度90〜100%(R.H.)、圧力0.4〜2.0kg/cm
2Gの設定で12〜60分程度処理すればよい。また、封孔処理後は、例えば純水を用いて洗浄するのが望ましい。
【0032】
更に、本発明においては、陽極酸化処理に先駆けて、アルミフレーム材の表面をブラスト加工等による機械的手段や、エッチング液を用いる化学的手段によって粗面化処理を行うようにしてもよい。このような粗面化処理を事前に施しておくことで、得られるペリクル枠が艶消しされたような低反射性の黒色になる。
【0033】
本発明のペリクル枠は、Al−Zn−Mg系アルミニウム合金の成分組成を規制して、Mg
2Si等の晶出物の円相当径、及びそれらの晶出物のうち円相当径が1μm以上のものが占める面積比が所定の条件を満たす組織を有したアルミフレーム材を用いることから、所定の有機酸塩を電解質として含んだアルカリ性の電解液で陽極酸化皮膜を形成しても、集光灯下で表面がきらつく欠陥を低減することができる。加えて、本発明のペリクル枠は、80℃の純水に4時間浸漬させて溶出したイオン濃度を測定するイオン溶出試験において、以下のような特性を示すことができる。
【0034】
すなわち、すなわち、ペリクル枠表面積100cm
2あたりの純水100ml中への溶出濃度で、ヘイズの発生に最も影響を与えるイオンである硫酸イオン(SO
42-)が0.01ppm以下、好ましくは0.005ppm未満(定量限界)であり、硫酸イオンの溶出量を制御したことで、ヘイズの発生を可及的に低減できる。なお、溶出イオンの検出はイオンクロマトグラフ分析により行うことができ、詳細な測定条件については実施例に記載するとおりである。
【0035】
本発明のペリクル枠は、その片側に石英等の無機物質や、ニトロセルロース、ポリエチレンテレフタレート、セルロースエステル類、ポリカーボネート、ポリメタクリル酸メチル等の高分子膜からなる光学的薄膜体(ペリクル膜)を展張して貼着し、また、光学的薄膜体を設けた面とは反対側のペリクル枠の端面には、フォトマスクやレティクルに装着するための粘着体を備えるようにすることでペリクル装置として使用することができる。また、光学的薄膜体には、CaF
2等の無機物やポリスチレン、テフロン(登録商標)等のポリマーからなる反射防止層などを備えるようにしてもよい。