【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用 発行者名:一般社団法人 ニューダイヤモンドフォーラム 刊行物名:第23回 ダイヤモンドシンポジウム 講演要旨集 発行日 :平成21年11月18日
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、処理温度が500〜600℃と高温になる特許文献1の処理装置では、耐熱性を有さない材料からなる基材に対してDLC膜を形成することができない。そのため、DLC膜を成膜することが可能な基材の材料選択の幅が狭くなっている。DLC膜を低温環境下で形成できれば、基材の材料選択の幅が広がり、望ましい。そこで、本願発明者らは、300℃以下の低温環境下におけるDLC膜の形成を検討している。
【0007】
しかしながら、窒化層の形成のためには、処理温度が約500℃以上である必要があり、300℃以下の処理温度では、基材の表面に窒化層を形成することはできない。窒化層が形成されないと、DLC膜の形成後におけるDLC膜と基材との間の密着性が悪くなるおそれがある。
さらに、DLC膜は、使用初期における相手材とのなじみ性(以下、「初期なじみ性」という)が悪いという問題がある。これは、DLC膜が基材の表面状態の影響を受けた結果DLC膜の表面が粗くなっていることが一因と考えられている。そのため、本願発明者らは、DLC膜が形成される基材の表面状態を改良することにより、DLC膜の初期なじみ性を向上させることを検討している。
【0008】
そこで、本発明の目的は、低温環境下であっても、良好な密着性を有するDLC
膜を形成することができるDLC膜形成方法を提供することである。
本発明の他の目的は、初期なじみ性の優れたDLC
膜を形成することができるDLC膜形成方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
請求項1記載の発明は、処理室(42)内で、基材(30)の表面の少なくとも一部を被覆するDLC膜(26)を形成する方法であって、低真空ポンプ(56)によって生成された所定の処理圧の減圧状態において実行され、直流パルス電圧を前記基材に印加して、前記処理室の内部においてアルゴンガスおよび水素系ガスを含む雰囲気中でプラズマを発生させることにより、ArイオンおよびHイオンを前記基材の表面に供給する前処理工程と、前記減圧状態において前記前処理工程後に実行され、直流パルス電圧を前記基材に印加して、前記処理室の内部において雰囲気中でプラズマを発生させることにより、
前記前処理工程が施された後の前記基材の表面にDLCの堆積層を形成するDLC堆積工程とを含み、前記前処理工程における前記処理室内の雰囲気は、炭素系ガスおよび窒素ガスをさらに含み、前記炭素系ガスは、
テトラメチルシランガスを必須として、他にメタンガス、アセチレンガス、ベンゼン
およびトルエ
ンの少なくとも一つを
さらに含み、前記水素系ガスは、水素ガスおよびアンモニアガスの少なくとも一つを含み、前記水素系ガスは、水素ガスおよびアンモニアガスの少なくとも一つを含み、前記前処理工程および前記DLC堆積工程では、前記基材の温度が300℃以下になるように、当該両工程の処理時間、当該両工程における前記所定の処理圧、または当該両工程において前記基材に印加される前記直流パルス電圧の周波数、デューティ比もしくは電圧値が設定されており、前記前処理工程は、前記雰囲気に含まれるアルゴンガスおよび前記水素系ガスが、前記炭素系ガスおよび前記窒素ガスよりも高濃度である第1工程と、前記第1工程に次いで実行され、前記雰囲気に含まれる炭素系ガスおよび窒素ガスが、前記アルゴンガスおよび前記水素系ガスよりも高濃度である第2工程とを含む、DLC膜形成方法である。
【0010】
なお、括弧内の数字は、後述の実施形態における対応構成要素等を表す。以下、この項において同じ
。
【0011】
請求項
2記載の発明は、前記DLC堆積工程において、前記所定の処理圧が200Pa以下に設定されている、請求項
1記載のDLC膜形成方法である。
請求項
3記載の発明は、前記DLC堆積工程において、前記基材に印加される前記直流パルス電圧の周波数が1000Hz以上である、請求項1
または2に記載のDLC膜形成方法である。
【発明の効果】
【0014】
請求項1記載の発明の方法によれば、DLC堆積工程においてパルス状の電圧を基材に印加する。パルス状の直流電圧では電圧印加が不連続であるので、プラズマを発生させるために印加電圧(負)を高く(たとえば1000V程度に)設定しても処理室内に異常放電が生じ難く、そのため昇温し難い。したがって、処理室内の処理圧、または直流パルス電圧の周波数、デューティ比もしくは電圧値を調節することにより、処理温度を降下させるための冷却装置を用いることなく処理温度を低温(たとえば300℃以下)に維持することが可能である。低温環境下でDLC膜を形成するので、基材が十分な耐熱性を有さないものであっても、当該基材にダメージを与えることなく、DLC膜を形成することができる。それゆえ、DLC膜を堆積すべき基材の材質の選択の幅を広げることができる。
【0015】
また、処理室内が過剰に減圧されると、処理室内に原料ガスの分子がほとんど存在しなくなり、DLC膜の成膜速度が低下するおそれがある。しかしながら、油回転真空ポンプなどの低真空ポンプを用いて処理室内の減圧が行われるので、処理室内が極めて低い圧力状態(たとえば10Pa以下)まで減圧されることはない。
また、DLC堆積工程に先立ってArイオンおよびHイオンが基材の表面に供給される。このとき、比重の大きいArイオンは基材の表面に打ち付けられる。これにより、当該基材の表面が適度に荒らされ、その基板の表面にDLC膜が堆積される。そのため、基材の表面に形成されるDLC膜の密着性が良好になる。
【0016】
一方、基材の表面に供給されるHイオンは、その還元作用により、基材の表面を洗浄する。具体的に説明すると、基材の表面が荒らされることにより基材の表面に水酸基が出現する。この水酸基は、いわゆる不純物であるので、基材の表面に付着すると基材表面の汚染の原因になる。しかしながら、基材の表面に出現する水酸基が、基材の表面に供給されるHイオンと結合して、基材の表面から除去される。これにより、基材の表面、すなわち、基材におけるDLCの堆積層との境界面が洗浄される。そのため、DLC膜の密着性をより一層向上させることができる。
【0017】
また、かかる方法にて形成されたDLC膜は、その表面が平坦化されている。そのため、初期摩擦性が低く、初期なじみ性が優れている。
さらに、前処理工程とDLC堆積工程との双方において、直流パルスによって発生されるプラズマが用いられる。そのため、前処理工程とDLC堆積工程とを共通の処理装置(40)を用いて実行することが可能である。この場合、前処理工程とDLC堆積工程という2つの処理を、基材の移し換えを行うことなく実行することができ、これにより、これら2つの処理に要する時間を短縮することができる。
【0018】
また
、前記雰囲気に、炭素ガスおよび/または窒素ガスがさらに含まれる
ので、Cイオンおよび/またはNイオンが、基材の表面に供給される。基材の表面にCイオンが供給されることにより、基材の表面に含まれる層に炭素が含有されるようになる。これにより、DLC膜の形成後におけるDLC膜と基材との間の密着性をより一層向上させることができる。また、基材の表面にNイオンが供給されることにより、基材の表面に窒化層が形成されるようになる。これにより、基材の表面硬さが向上する。
また、前処理工程の第1工程では、雰囲気に含まれるアルゴンガスおよび水素系ガスが、炭素系ガスおよび窒素ガスよりも高濃度である。そのため、基材の表面付近の雰囲気には、ArイオンおよびHイオンが比較的多量に存在し、これらのArイオンおよびHイオンが基材の表面に供給される。そして、この第1工程では、Arイオンの基材の表面への供給により、基材の表面に形成されるDLC膜の密着性が良好になり、また、Hイオンが基材の表面に供給されると、その還元作用により、基材の表面が洗浄されて、DLC膜の密着性が向上する。
また、第1工程に次いで実行される第2工程では、雰囲気に含まれる炭素系ガスおよび窒素ガスが、アルゴンガスおよび水素系ガスよりも高濃度である。そのため、基材の表面付近の雰囲気には、NイオンがArイオンやHイオンよりも多量に存在するようになる。そのため、第1工程(ArイオンやHイオンの基材の表面への供給)後の基材の表面に窒化層が形成される。これにより、DLC膜の密着性を向上させることができるとともに、基材の表面硬さを向上させることができる。
【0019】
請求項
2記載の発明の方法によれば、処理圧が200Paを超えると、低温環境下ではプラズマが不安定になり、成膜後のDLC膜が剥離したり、DLC膜の成膜レートが低下したりするおそれがある。DLC堆積工程における処理圧を200Pa以下にすることにより、低温環境下であってもプラズマを安定化させることができる。これにより、良好な成膜レートでDLC膜を基材の表面に形成することができる。
【0020】
請求項
3記載の発明の方法によれば、DLC堆積工程において基材に引加される直流パルス電圧の周波数が1000Hz以上であるので、処理圧が比較的低圧(たとえば200Pa以下)であっても、比較的高い成膜レートを実現することができる。これにより、低温環境下において、DLC膜を、良好な成膜レートで基材の表面に形成することができる。
【0021】
直流パルス電圧の周波数を1000Hz以上とする場合、直流パルス電圧のデューティ比はたとえは30%以上(より好ましくは50%以上)とすることが好ましい。この場合、従来の直流プラズマCVD法によってDLC膜を成膜するときの成膜レートと同等の成膜レートを実現することができる。これにより、低温環境下において、DLC膜を、良好な成膜レートで基材の表面に形成することができる。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下に、図面を参照して、この発明の実施形態について具体的に説明する。
図1は、本発明の一実施形態(第1実施形態)に係るDLC膜26が表面に形成されたアウタークラッチプレート15が組み込まれた駆動力伝達装置1の概略構成を示す断面図である。駆動力伝達装置1は、たとえば四輪駆動車に搭載されており、プロペラシャフト(図示しない)側から与えられる駆動力を、ピニオンシャフト(図示しない)に伝達するためのものである。駆動力伝達装置1は、入力ケーシング2、出力軸3、パイロットクラッチ機構部4、カム機構部5およびメインクラッチ機構部7を備えている。入力ケーシング2はプロペラシャフト(図示しない)に連結されており、出力軸3はピニオンシャフト(図示しない)に連結されている。
【0027】
入力ケーシング2は有底円筒状をなしている。入力ケーシング2の後部(
図1に示す右側)の開口は、リヤケーシング6によって覆われている。入力ケーシング2には、パイロットクラッチ機構部4、カム機構部5およびメインクラッチ機構部7が収容されている。メインクラッチ機構部7は、湿式多板式のクラッチ機構からなるものである。メインクラッチ機構部7では、多数枚のインナークラッチプレート8およびアウタークラッチプレート9が交互に配置されている。
【0028】
出力軸3は、リヤケーシング6の中央部を貫通し、入力ケーシング2の内部を挿通している。出力軸3は、入力ケーシング2およびリヤケーシング6に対して回転可能に設けられている。
パイロットクラッチ機構部4は、電磁コイル10、摩擦クラッチ11およびアーマチャ12を備えている。アーマチャ12は、円環状をなしており、入力ケーシング2の内周に沿って配置されている。アーマチャ12は、入力ケーシング2にスプライン嵌合されており、これにより、入力ケーシング2に対する軸方向への移動が許容されている。アーマチャ12は、摩擦クラッチ11の一方側に対向して配置されている。摩擦クラッチ11は、鉄製の2枚のアウタークラッチプレート15と、この2枚のアウタークラッチプレート15に挟まれた1枚のインナークラッチプレート16とを備えている。
【0029】
カム機構部5は、第1カム部材17および第2カム部材18を備えている。第1カム部材17および第2カム部材18は、互いに対向するように配置されている。第1カム部材17は、出力軸3に対して回転可能に設けられている。第2カム部材18は、出力軸3にスプライン嵌合されており、出力軸3と一体回転可能に設けられている。また、第2カム部材18は、出力軸3に対する軸方向への移動が許容されている。第1および第2カム部材17,18の対向面には、周方向に延びるカム溝が間隔をあけて複数形成されている。第1カム部材17と第2カム部材18との間には、ボール状のカムフォロア19がカム溝に嵌った状態で介在している。カム溝は、周方向中央部から両端部へ向かうにつれて浅くなっている。
【0030】
アウタークラッチプレート15およびインナークラッチプレート16は、円環板状をなしている。2枚のアウタークラッチプレート15の間にインナークラッチプレート16が配置されている。アウタークラッチプレート15とインナークラッチプレート16とは、互いに接離可能に設けられている。アウタークラッチプレート15とインナークラッチプレート16とが互いに当接するときは、インナークラッチプレート16とアウタークラッチプレート15とが摩擦接触する。また、インナークラッチプレート16とアウタークラッチプレート15とが互いに離間した状態にあるときは、両者は接触しない。インナークラッチプレート16は、第1カム部材17の外周にスプライン嵌合されており、これにより、第1カム部材17に対する軸方向への移動が許容されている。アウタークラッチプレート15は、入力ケーシング2の内周にスプライン嵌合されており、入力ケーシング2に対する軸方向への移動が許容されている。
【0031】
入力ケーシング2およびリヤケーシング6によって形成された収容室内には、潤滑油が充填されている。この潤滑油によって、パイロットクラッチ機構部4の各クラッチプレート15,16およびメインクラッチ機構部7の各クラッチプレート8,9が潤滑される。
電磁コイル10に通電されていない状態では、パイロットクラッチ機構部4は非作動状態にある。そのため、メインクラッチ機構部7は非作動状態にある。このため、入力ケーシング2に入力された回転トルクは、出力軸3には伝達されず、車両は二輪駆動の駆動モードとなる。
【0032】
電磁コイル10に通電された状態では、アーマチャ12が、電磁コイル10の吸引により電磁コイル10に向けて移動し、そのため、アーマチャ12が摩擦クラッチ11と摩擦係合するようになる。そして、アーマチャ12と摩擦クラッチ11とが摩擦係合することにより、第1カム部材17と入力ケーシング2側とが連結される。これにより、第1カム部材17は、入力ケーシング2の回転に伴い回転し、第2カム部材18に対して相対回転する。そして、カムフォロア19がカム溝の浅い箇所に乗り上げることにより、第2カム部材18がメインクラッチ機構部7側へ移動する。これにより、アウタークラッチプレート9とインナークラッチプレート8とが摩擦係合し、入力ケーシング2と出力軸3とが連結されて、入力ケーシング2に入力された回転トルクは、出力軸3に伝達される。このため、車両は四輪駆動の駆動モードになる。
【0033】
また、電磁コイル10への電流量を変化させることにより、アーマチャ12に発生する吸引力が、電流量に比例して変化する。これが、カム機構部5によって軸方向に力に変換されて、電流量に比例した摩擦トルクが発生する。
図2は、摩擦クラッチ11の断面図である。
アウタークラッチプレート15およびインナークラッチプレート16は、工具鋼(たとえばSKH51やSKH4など)を用いて形成された基材30を備えている。アウタークラッチプレート15の基材30におけるインナークラッチプレート16と対向する第1対向面31には、クラッチプレート15,16間に残存した潤滑油を受け入れるためのメッシュ状(網目状)の潤滑油溝23が形成されている。基材30の第1対向面31は、DLC膜26で被覆されている。DLC膜26の表面には、インナークラッチプレート16と摺動する第1摺動面21が形成されている。
【0034】
また、インナークラッチプレート16におけるアウタークラッチプレート15と摺動する第2摺動面32の全域には、微小幅の多数の溝25が、微小の間隔を隔てて配列されている。
図2では、理解し易いように溝25を誇張して図示してあるが、溝25の幅やそのピッチは、たとえば数μm程度に設定されている。
図3は、
図2に示すDLC膜26の拡大断面図である。
【0035】
アウタークラッチプレート15における基材30の第1対向面31(基材30の表面)には、処理層33が形成されている。言い換えれば、アウタークラッチプレート15の表層部分が、処理層33によって構成されている。処理層33には、種々の元素、たとえばAr、H、CおよびNが含有されている。この処理層33上に、DLC膜26が形成されている。DLC膜26は、直流プラズマCVD法によるDLCの堆積層によって構成されている。DLC膜26の厚みは、たとえば1.0〜6.0μmであり、DLC膜26のナノインデンション硬さは10〜30GPa程度である。DLC膜26は、所定の比率(たとえば、10〜20wt%程度)でSiを含有している。
【0036】
処理層33は、イオン(主としてArイオンおよびHイオン)が供給されることにより形成される。
図3には表れていないが、処理層33の表面には微細な凹凸が形成されている。すなわち、この処理層33の表面は適度に荒らされている。この処理層33の表面がDLC膜26との間の境界面として機能する。表面に微細な凹凸が形成されているために、この処理層33はDLC膜26との密着性に優れている。
【0037】
図4は、DLC膜26の形成に用いられる処理装置40の構成を示す模式的な断面図である。この処理装置40を用いて、直流パルスプラズマCVD法によりDLC膜26を作成することができる。
この処理装置40は、隔壁41で取り囲まれた処理室42を備えている。この隔壁41は、ステンレス鋼などの導電材料を用いて形成されている。処理室42内には、処理対象となる基材30(アウタークラッチプレート15)を保持するための基台43が収容されている。基台43は、基材30を下方から支持する支持プレート38と、鉛直方向に延び、支持プレート38を支持する支持軸44とを備えている。支持プレート38は水平姿勢をなしている。この実施形態では、基台43として、支持プレート38が上下方向に3つ並んで配置された3段式のものが採用されている。
【0038】
また、基台43(すなわち、各支持プレート38および支持軸44)は、鋼などの導電材料を用いて形成されている。基台43には、直流のパルス電源(直流パルス電源)46が電気的に接続されている。パルス電源46からは、後で詳述するように直流パルス電圧が出力される。パルス電源46の設定電圧値は、たとえば−1000V程度に設定されている。すなわち、パルス電源46がオンされると、1000Vの負極性の直流パルス電圧が基台43に印加される。すなわち、基台43は陰極として機能する。
【0039】
処理室42の隔壁41は、アース接続されている。隔壁41と基台43とは、絶縁部39によって絶縁されている。そのため、隔壁41はアース電位に保たれている。
また、処理室42には、基台43に支持された基材30の温度を計測するための温度センサ(図示しない)が配置されている。温度センサは、基材30の温度が予め定める低温(たとえば300℃)を超えるか否かを監視している。
【0040】
原料ガス導入管47は、処理室42内における基台43の上方を、水平方向に延びている。原料ガス導入管47の基台43に対向する部分には、原料ガス導入管47の長手方向に沿って配列された多数の吐出孔48が形成されている。原料ガス導入管47には、炭化水素ガスの一例としてのメタンガス(CH
4)、水素ガス(H
2)、アルゴンガス(Ar)、窒素ガス(N
2)およびテトラメチルシランガス((Si(CH
3)
4)。以下、「TMS」という)が供給されるようになっている。原料ガス導入管47には、各原料ガスの供給源であるガスボンベ(図示しない)からの原料ガスを処理室に導くための複数の分岐導入管(図示しない)が接続されている。各分岐導入管(図示しない)には、ガスボンベから処理室42に導かれるガスの流量を調節するための流量調節バルブ(図示しない)が介装されている。
【0041】
処理室42の隔壁41には、処理室42内の雰囲気を排気するための第1排気管51が接続されている。この第1排気管51の先端は、排気設備(図示しない)に接続されている。第1排気管51の途中部には、第1調節バルブ52および第1ポンプ53が、処理室42側からこの順で介装されている。第1調節バルブ52は、開度を調節して、処理室42内の処理圧を調整するためのものである。第1ポンプ53として、たとえば油回転真空ポンプ(ロータリポンプ)やダイヤフラム真空ポンプなどの低真空ポンプが採用されている。油回転真空ポンプは、油によってロータ、ステータおよび摺動翼板などの部品の間の気密空間および無効空間の減少を図る容積移送式真空ポンプである。第1ポンプ53として採用される油回転真空ポンプとして、回転翼型油回転真空ポンプや揺動ピストン型真空ポンプを例に挙げることができる。
【0042】
回転翼型真空ポンプは、ロータに取り付けられた2枚の翼板がスプリングによって常にステータに押し付けられた状態で回転され、翼板、ロータおよびステータで囲まれた空間の容積変化によって気体輸送が行われる。また、揺動ピストン型真空ポンプは、ステータ気密部を摺動するプランジャにガイドされた円筒部の外部が偏心ロータの回転によるプランジャの上下首振り運動に伴い、ステータ内面を微小隙間に保ち、油でシールされながら回転し、プランジャ、円筒およびステータで囲まれた空間の容積変化によって気体輸送が行われる。
【0043】
油回転真空ポンプは、一般的にその到達圧力が比較的高い(たとえば数十〜数百Pa)。したがって、第1ポンプ53として油回転真空ポンプを採用することにより、減圧後の処理室42内が極めて低圧(たとえば10Pa以下)になることはない。
処理室42の隔壁41には、処理室42内の雰囲気を排気するための第2排気管54が接続されている。この第2排気管54の先端は、第1排気管51の途中部、より詳しくは第1ポンプ53と第1調節バルブ52との間に接続されている。第2排気管54の途中部には、第2調節バルブ55および第2ポンプ56が、処理室42側からこの順で介装されている。第2調節バルブ55は、開度を調節して、処理室42内の処理圧を調整するためのものである。第2ポンプ56としては、たとえばターボ分子ポンプや油拡散ポンプなどの高真空ポンプが採用されている。
【0044】
図5は、パルス電源46から出力される直流パルス電圧の波形を示す図である。直流パルス電圧の設定電圧値は、たとえば−1000V程度の値に設定されている。パルス電源46からパルス状の電圧が出力されるので、直流パルス電圧が係る高電圧であっても、処理室42内に異常放電は生じない。
直流パルス電圧のパルス周期は、パルスの周波数fの逆数(1/f)で表すことができる。直流パルス電圧の印加時間(直流パルス電圧のパルス幅)をτとすると、デューティ比は、印加時間をパルス周期で除した値であり、以下の(1)式で表すことができる。
デューティ比=τ×f ・・・(1)
ところで、基材30とDLC膜26との間の密着性を向上させるために、DLC堆積前の基材30の表面に、通常、窒化処理が施される。しかしながら、基材30の表面に窒化処理を施すためには、基材30が収容される処理室42内を、500〜600℃以上の高温環境下にする必要がある。処理装置40は300℃以下の低温環境下(たとえば200℃程度)でDLC膜26を形成するための装置であるから、この処理装置40を用いて基材30の表面に窒化処理を施すことはできない。そのため、後述する前処理によって、基材30の表層部分に処理層33(
図3参照)を形成し、これにより、DLC堆積後における基材30とDLC膜26との間の密着性を向上させている。この実施形態では、処理装置40を用いて処理層33およびDLC膜26の形成が行われている。
【0045】
図6は、処理層33およびDLC膜26の形成方法を工程順に示す図解的な断面図である。以下、
図6および
図3を参照して説明する。以下、アウタークラッチプレート15を、処理対象の基材30として説明する。この場合、基材30の表面が第1対向面31である(
図6(a)参照)。
まず、処理対象の基材30は、処理室42内に搬入されて、支持プレート38上に載置される。これにより、基材30が基台43に保持される。基材30の処理室42への収容後、処理室42内が密閉される。処理室42が密閉され、処理室42内が減圧される。具体的には、第1調整バルブ52が開かれて第1ポンプ53のみが駆動され、処理室42内が粗引きされる。第1ポンプ53の駆動開始後予め定める第1所定時間が経過すると、第1調整バルブ52が閉じられ、第2調整バルブ55が開かれて、第2ポンプ56も駆動開始される。そして、第1ポンプ53および第2ポンプ56が予め定める第2所定時間だけ駆動されて、処理室42内が減圧される。第2所定時間の経過後、第2調整バルブ55が閉じられて、第2ポンプ56の駆動が停止される。
【0046】
この実施形態では、DLC膜26の形成(DLC堆積工程)に先立って、基材30の表面に前処理工程が実行される(
図6(b)参照)。
処理室42内の減圧後、原料ガス導入管47が開かれて、種々の原料ガス(水素ガスおよびアルゴンガス)が処理室42内に導入される。水素ガスおよびアルゴンガスの流量は共に100〜300sccmである。各原料ガスの流量は、流量調節バルブ(図示しない)によって調節される。また、第1ポンプ53が駆動されつつ第1調節バルブ52によって開度が調節されることにより、処理室42内が所定の処理圧(たとえば100Pa)まで減圧され、その減圧状態が維持される。
【0047】
次いで、処理室42内のたとえば100Paの減圧状態が維持されつつ、基台43に負極性の約1000Vの直流パルス電圧が印加される。この直流パルス電圧の周波数は200Hz以上(たとえば、1000Hz)であり、かつデューティ比が5%以上(たとえば、50%)である。これにより、アース電位に保たれている隔壁41と基台43(基材30)との間に、約1000Vの電位差が生じ、処理室42内にプラズマが発生する。プラズマの発生により、基材30の表面(第1対向面31)が200℃程度まで昇温される。プラズマによって処理室42内の原料ガスがプラズマ化して、処理室42内にイオン・ラジカルが生成され、浮遊する。そして、これらのイオン・ラジカルが基材30の表面に供給される。基台43に印加されるのが1000Vの高電圧であるので、これらのイオン・ラジカル(たとえばHイオン、Arイオン)が強い力で基材30の表面に打ち付けられる。これにより、基材30の表面が適度に荒らされ当該表面に凹凸が形成されて、基材30の表面が改質される。パルス電源46のオンから予め定める処理時間(たとえば、30分間)が経過すると、パルス電源46がオフされて、処理室42内における放電が終了する。
【0048】
また、Hイオン・ラジカルが基材30の表面の周囲に浮遊しているので、処理室42内でプラズマが発生することに伴って基材30の表面に水酸基(OH
−)が出現するが、処理室42内に浮遊するHイオンは、その還元作用により、基材30の表面から現れる水酸基を捕獲する。このため、基材30の表面から出現する水酸基が、基材30の表面に付着することを防止することができる。すなわち、Hイオンによって基材30の表面に存在する不純物を除去することができ、これにより基材30の表面が洗浄される。これら一連の前処理により、基材30の表面に処理層33が形成される。
【0049】
前処理工程に次いで、
図6(c)に示すように、基材30の表面(第1対向面31)にDLC膜26が形成される(DLC堆積工程が実行される)。
前処理工程の終了後、処理室42内にメタンガスおよびTMSガスが導入されると共に、水素ガスおよびアルゴンガスの流量が調整される。メタンガス、水素ガス、アルゴンガスおよびTMSガスの流量は、それぞれ、100(sccm)、60(sccm)、60(sccm)および6(sccm)である。
【0050】
次いで、処理室42内のたとえば100Paの減圧状態が維持されつつ、基台43に負極性の約1000Vの直流パルス電圧が印加される。この直流パルス電圧の周波数は200Hz以上(たとえば1000Hz)であり、かつデューティ比が5%以上(たとえは50%)である。これにより、アース電位に保たれている隔壁41と基台43(基材30)との間に約1000Vの電位差が生じ、処理室42内でプラズマが発生する。これにより、基材30の表面が200℃程度まで昇温される。処理室42内にプラズマが放射されることにより、処理室42内のメタンガスおよびTMSがプラズマ化して、処理室42内に、イオン・ラジカルが生成され、浮遊するようになる。そして、処理室42内で生じる化学反応により、Siを含有するDLCが基材30の表面上に堆積し、堆積層をなすようになる。これにより、基材30の表面上にDLC膜26が形成される(DLC堆積工程)。
【0051】
パルス電源46の電源供給の開始から予め定める処理時間(たとえば45分間)が経過すると、パルス電源46からの電源供給が停止されて、処理室42内における放電が終了する。そして、減圧下で常温まで冷却された後、基材30が処理室42内から搬出される。これにより、アウタークラッチプレート15の第1対向面31に、DLC膜26が形成される。
【0052】
次に、実施例および比較例1〜3について説明する。
図6に示すDLC形成方法を用いて、SKH4製の基板(25mm×25mm×5mm、触針式の表面粗さ測定に基づく算術平均粗さRaが0.004μm)からなる基材30の表面に実施例のDLC膜26を作成した。このDLC膜26の作成のために、
図6(b)に示す前処理工程と、
図6(c)に示すDLC堆積工程とが、この順で実行される。
【0053】
また、
図6に近似する態様のDLC形成方法を用いて、SKH4製の基板(25mm×25mm×5mm、触針式の表面粗さ測定に基づく算術平均粗さRaが0.004μm)からなる基材の表面に比較例1〜3のDLC膜を形成した。実施例におけるDLC膜26の形成と比較例1〜3におけるDLC膜の形成とは、前処理工程における処理ガス種または処理圧が異なっている。実施例および比較例1,3の場合における前処理の処理条件は、表1に示している。また、実施例および比較例1〜3の場合の前処理工程およびDLC堆積工程は、
図4に示す処理装置40を用いて実行される。なお、処理装置40として、処理室42内の処理領域(有効に処理できる領域)がφ300mm、高さ300mmのものを用いた。また、実施例で用いられる基材30および比較例1〜3で用いられる基材の表面には、それぞれ研磨による鏡面加工が施されている。
【0055】
実施例では、
図6(b)に示す前処理工程において、処理室42内の雰囲気にアルゴンガスおよび水素ガスの双方が含まれる場合を示している。処理室42内に供給されるアルゴンガスと水素ガスとの流量比は、1:1である。前処理の条件としては、直流パルス電圧の電圧値が1000V(負極性)であり、直流パルス電圧のパルス周波数が1000(Hz)であり、直流パルス電圧のデューティ比が30%である。また、前処理工程における処理圧が200(Pa)である。
【0056】
比較例1が実施例と相違する点は、
図6(b)に示す前処理工程において、処理室42内の雰囲気に水素ガスが含まれず、アルゴンガスだけが含まれる点である。また、比較例2が実施例と相違する点は、
図6(b)に示す前処理工程において、処理室42内の雰囲気にアルゴンガスが含まれず、水素ガスだけが含まれる点である。比較例1および比較例2において、前処理工程における処理圧、前処理工程における直流パルス電圧の電圧値、デューティ比および周波数、ならびに前処理の処理時間は、実施例の場合と同じである。
【0057】
比較例3が、実施例と相違する点は、前処理工程における処理圧が200(Pa)ではなく50(Pa)である点である。比較例3において、前処理工程における処理ガスの流量比、前処理工程における直流パルス電圧の電圧値、デューティ比および周波数、ならびに前処理の処理時間は、実施例の場合と同じである。
実施例のDLC膜26、および比較例1〜3のDLC膜に対して剥離試験を行った。DLC膜26および比較例1,2のDLC膜に対して剥離試験を行った場合の結果を
図7および表1に示す。また、表1には、比較例3のDLC膜に対して剥離試験を行った場合の結果を示す。
【0058】
実施例のDLC膜26の剥離開始荷重(表1に示す「密着力」)は約14Nである。比較例1のDLC膜の剥離開始荷重は25.7Nであるが、比較例2のDLC膜は、試験開始直後に剥離してしまい、剥離開始荷重を計測することができなかった。これにより、実施例では、基材30とDLC膜26との間の密着性が良好であることがわかる。
次に、実施例のDLC膜26の表面粗さおよび比較例1〜3のDLC膜の表面粗さについて説明する。
【0059】
実施例のDLC膜26の表面粗さおよび比較例1,3のDLC膜の表面の粗さを、それぞれ、触針式の表面粗さ測定およびSPMによる表面粗さ測定の双方によって測定した。各測定結果を表1に示す。また、比較例2のDLC膜における触針式の表面粗さ測定に基づく算術平均粗さRaを測定した。実施例のDLC膜26および比較例1,2のDLC膜における触針式の表面粗さ測定に基づく算術平均粗さRaを
図8に示す。
【0060】
実施例では、触針式の表面粗さ測定に基づく算術平均粗さRaは0.01μmであり、触針式の表面粗さ測定に基づく十点平均粗さRzJISは0.1μmである。これに対して、比較例1〜3における触針式の表面粗さ測定に基づく算術平均粗さRaは、いずれも0.01μmを上回っている。また、比較例1,3における触針式の表面粗さ測定に基づく十点平均粗さRzJISは0.1μmを上回っている。
【0061】
また、実施例では、SPMによる表面粗さ測定に基づく算術平均粗さRaが7nmであり、SPMによる表面粗さ測定に基づく十点平均粗さRzJISが121nmである。これに対し、比較例1,3におけるSPMによる表面粗さ測定に基づく算術平均粗さRaは、それぞれ11.4nmおよび10.0nmである。また、比較例1,3におけるSPMによる表面粗さ測定に基づく十点平均粗さRzJISが、それぞれ101nmおよび243nmである。すなわち、実施例は、SPMによる表面粗さ測定に基づく算術平均粗さRaが10nm以下で、かつSPMによる表面粗さ測定に基づく十点平均粗さRzJISが150nm以下であるが、比較例1は、SPMによる表面粗さ測定に基づく算術平均粗さRaが10nmを上回っており、また、比較例3は、SPMによる表面粗さ測定に基づく十点平均粗さRzJISが150nmを上回っている。
【0062】
そして、以上の測定結果から、実施例のDLC膜26、比較例1,3のDLC膜の中では、実施例のDLC膜26の表面が最も平滑化されていることがわかる。また、各DLC膜の表面粗さの4つの表面粗さの値を総合的に勘案することにより、比較例3のDLC膜の表面の方が、比較例1のDLC膜の表面よりも粗いことがわかる。
次に、実施例のDLC膜26の表面粗さおよび比較例1〜3のDLC膜の摩擦磨耗特性について説明する。
【0063】
実施例のDLC膜26、ならびに比較例1および比較例3のDLC膜に対して摩擦磨耗試験を行った。試験装置として、ボールオンプレート往復動摩擦係数試験機を用いた。このボールオンプレート往復動摩擦係数試験機では、相手材にたとえばφ4.8mmの鋼球(軸受鋼球。たとえばSUJ2製)が用いられている。そして、前述の各基材(実施例のDLC膜26が形成された基材30、ならびに比較例1および比較例3のDLC膜が形成された基材)を試験片としてセットし、速度2Hz、ストローク10mmおよび荷重10Nの試験条件で、無潤滑下で60分間(3600sec)の摩擦摩耗試験を行った。摩擦摩耗試験中は、1secに1回の割合で摩擦係数の測定を行った。摩擦摩耗試験におけるすべり時間(試験開始からの経過時間)と摩擦時間との関係を
図9に示す。
【0064】
図9に示すように、実施例および比較例1,3では、摩擦係数は最終的に0.04〜0.05の低値を示したが、その低値に至る過程でそれぞれ異なる挙動を示した。なお、
図9において摩擦係数が所定の低値(0.04〜0.05)に達し、その低値で定常化するまでの時間、すなわち試験開始からDLC膜が相手材になじむまでの期間(以下、単に「なじみ終了までの時間」という)を矢印で示している。
【0065】
具体的には、実施例では摩擦摩耗試験の初期に摩擦係数が減少し、摩擦係数はその後試験終了まで低く安定した値を保った。実施例におけるなじみ終了までの時間は約220secである。
比較例1では、摩擦係数は摩擦初期に急激に減少したものの、不定期に摩擦係数の大きな変動が認められた。比較例1におけるなじみ終了までの時間は約2000secである。一方、比較例3では、摩擦係数は、摩擦初期に0.14の高い値を示した後、長期間高値に止まった。比較例3におけるなじみ終了までの時間は約2850secである。
【0066】
また、摩擦摩耗試験後の各DLC膜の比摩耗量および相手材の比摩耗量を求めた。これらの比摩耗量を
図10に示す。なお、各DLC膜の比摩耗量は摩耗痕の断面積より算出し、各相手材の比摩耗量は摩耗痕跡径より算出した。
実施例のDLC膜26の比摩耗量、および比較例1,3のDLC膜の比摩耗量は、互いにほとんど差がない。一方、相手材の比摩耗量には差が認められる。実施例に対応する相手材の比摩耗量は約1.8×10
−8mm
3/Nmである。これに対し、比較例1に対応する相手材の比摩耗量が約4.6×10
−8mm
3/Nmであり、比較例3に対応する相手材の比摩耗量が約1.1×10
−7mm
3/Nmである。つまり、相手材の比摩耗量は、比較例3の場合が最も多く、実施例の場合が最も少ない。前述のように、実施例のDLC膜26、比較例1,3のDLC膜の中では、DLC膜26の表面が最も平滑化されていると考えられるので、言い換えれば、DLC膜26の表面が微細化されるのに従って、相手材の比摩耗量が少なくなっていると言うことができる。
【0067】
したがって、
図8〜
図10および表1により、前処理によって形成されるなじみ層33の表面状態が摩擦初期のなじみ過程に影響を及ぼしていると理解される。
図11は、成膜時における直流パルス電圧のデューティ(Duty)比と、DLC膜26の成膜速度との関係を示すグラフである。
図11では、処理室42内の処理圧が400Paであり、パルス電源46の電圧が−1000Vである場合を示している。
図11中の「●」は直流パルス電圧の周波数が1000Hzであるとき、
図11中の「▲」は直流パルス電圧の周波数が2000Hzであるとき、
図11中の「■」は直流パルス電圧の周波数が200Hzであるときのデューティ比と成膜速度との関係を示している。「▼」は、処理温度400Paの条件で、従来の直流プラズマCVD法によってDLC膜を成膜したときの成膜速度(5.8μm/h)である。
【0068】
図11に示す結果から、直流パルス電圧の周波数が2000Hz、1000Hzおよび200Hzのいずれの場合であっても、直流パルス電圧のデューティ比が大きくなるに従って成膜速度が高くなることがわかる。また、
図11に示す結果から、直流パルス電圧のデューティ比がいずれであっても、直流パルス電圧の周波数が2000Hzおよび1000Hzの場合は、直流パルス電圧の周波数が200Hzの場合と比較して成膜速度が高いこともわかる。
【0069】
具体的には、直流パルス電圧の周波数が2000Hzであるとき、デューティ比が30%のときは、3.1μm/h、デューティ比が50%のときは、4.5μm/hである。また、直流パルス電圧の周波数が1000Hzであるとき、デューティ比が30%のときは、4.6μm/h、デューティ比が50%のときは、5.7μm/hである。とくに、直流パルス電圧の周波数が1000Hzで、かつデューティ比が50%のときは、従来の直流プラズマCVD法により成膜したときの成膜速度(5.8μm/h)とほとんど差異がない。
【0070】
図12は、成膜時における直流パルス電圧の印加時間(τ)とDLC膜の成膜速度との関係を示すグラフである。
図12では、処理室42内の処理圧が400Paであり、パルス電源46の電圧が−1000Vである場合を示している。
図12中の「▲」は直流パルス電圧の周波数が2000Hzであるとき、
図12中の「●」は直流パルス電圧の周波数が1000Hzであるとき、
図12中の「■」は直流パルス電圧の周波数が200Hzであるときの印加時間と成膜速度との関係を示している。各プロットに基づいて、各DLC膜の成膜速度と、当該DLC膜の印加時間との間の関係を、
図12に示すような一次近似式で表すことができる。これらの一次近似式に対応する直線グラフを
図12中に示す。
図12に示すように、周波数が1000Hzおよび周波数が2000Hzの場合の一次近似式の定数は、周波数が200Hzの場合の一次近似式の定数と比較して著しく大きい(
図12に示す直線グラフの勾配が大きい)。
【0071】
そして、周波数が1000Hzでありかつ直流パルス電圧の印加時間が500μsec(すなわちデューティ比50%)における成膜速度は、5.8μm/hであり、従来の直流プラズマCVD法により成膜したときの成膜速度(5.8μm/h)とほとんど差異がない。
周波数が2000Hzである場合に、成膜速度が従来の直流プラズマCVD法により成膜したときの成膜速度(5.8μm/h)まで達している試験結果(プロット「▲」)は
図12中にはない。しかしながら、
図12のプロット「▲」に基づく一次近似式に対応する直線グラフから、直流パルス電圧の印加時間が300μsec程度を超えれば(すなわちデューティ比が60%を超えれば)、成膜速度が従来の直流プラズマCVD法により成膜したときの成膜速度(5.8μm/h)まで達するものと推察することができる。
【0072】
したがって、
図11および
図12より、直流パルス電圧の周波数が1000Hz以上のときにDLC膜の成膜速度が大きいことがわかる。また、この場合、デューティ比は30%以上であるとき、DLC膜の成膜速度がより一層大きいことがわかる。
図13は、処理圧とDLC膜の成膜速度との関係を示すグラフである。
図13では、パルス電源46の電圧が−1000Vであり、直流パルス電圧の周波数が1000Hzでありかつそのデューティ比が30%の場合を示している。
【0073】
処理圧が100Paおよび200Paである場合、成膜速度がそれぞれ約6μmおよび約7μmと比較的高値を示している。そして、処理圧を300Paまで上昇させると、成膜速度はより一層高値を示すものの、前述の摩擦摩耗試験を行った場合に剥離が発生した。さらに処理圧を400Paまで上昇させると、成膜速度は5μm以下に低下した。なお、処理圧100Pa、200Paまたは400Paのときは、前記の摩擦摩耗試験を行った場合に剥離が発生しなかった。剥離を生じたのは、DLC膜の基材に対する密着力が低いことが原因と考えられる。
図13に示す結果から、処理圧が200Pa以下である場合に、成膜速度が比較的大きくなり、かつ、成膜後のDLC膜26の基材30に対する密着力も良好であると考えられる。
【0074】
次に、この発明の第2実施形態について説明する。この第2実施形態が第1実施形態と相違する点は、前処理の工程を、1つの工程ではなく、前半と後半との2つの工程に分けたことにある。以下、詳述する。
また、この第2実施形態に係る前処理工程では、ガスの供給開始から所定の処理時間(たとえば10分)が経過すると、処理室42内に導入する各ガスの流量が切り換えられる。
図14は、前処理工程における処理室42内のイオンおよびラジカル濃度の時間変化を示すグラフである。
図14の横軸は前処理開始からの処理時間(経過時間)を示し、
図14の縦軸は、処理室42内におけるイオンおよびラジカルのそれぞれの濃度(vol%)を示している。
【0075】
前処理工程の前半(第1工程。たとえば、処理開始直後から処理開始後10分まで)では、処理室42内に導入するアルゴンガスおよび水素ガスは比較的大流量であり(アルゴンガスが100〜150sccm、水素ガスが100〜150sccm)、処理室42内に導入するメタンガスおよび窒素ガスは比較的小流量である(メタンガスが30〜50sccm、窒素ガスが30〜50sccm)。そのため、前処理工程の前半(第1工程)では、処理室42内の雰囲気に含まれるアルゴンガスおよび水素ガスが比較的高濃度であり、処理室42内のメタンガスおよび窒素ガスの濃度は比較的低濃度である。したがって、前処理工程の前半(第1工程)では、
図14に示すように、処理室42内の雰囲気にはArイオン・ラジカルおよびHイオン・ラジカルが主として存在する。そして、これらArイオン・ラジカルおよびHイオン・ラジカルが非常に強い力で基材30の表面に打ち付けられる。比重の大きなArイオン・ラジカルが基材30の表面に打ち付けられることにより、当該基材30の表面が荒らされ、基材30の表面に凹凸が形成される。これにより、基材30の表面に形成されるDLC膜26の密着性が良好になる。
【0076】
また、前処理では、基材30表面の周囲にHイオン・ラジカルが浮遊している。処理室42内でプラズマが発生することに伴って基材30の表面に水酸基(OH
−)が出現するが、処理室42内に浮遊するHイオンは、その還元作用により、基材30の表面から現れる水酸基を捕獲する。このため、基材30の表面から出現する水酸基が、基材30の表面に付着することを防止することができる。すなわち、Hイオンによって基材30の表面に存在する不純物を除去することができ、これにより基材30の表面が洗浄される。
【0077】
一方、前処理工程の後半(第2工程。たとえば、処理開始後10分から処理開始後30分まで)では、処理室42内に導入するメタンガスおよび窒素ガスは比較的大流量であり(メタンガスが100〜150sccm、窒素ガスが100〜150sccm、処理室42内に導入するアルゴンガスおよび水素ガスは比較的小流量である(アルゴンガスが30〜50sccm、水素ガスが30〜50sccm)。そのため、前処理工程の後半(第2工程)では、処理室42内の雰囲気に含まれるメタンガスおよび窒素ガスが比較的高濃度であり、処理室42内のアルゴンガスおよび水素ガスの濃度は比較的低濃度である。
【0078】
すなわち、
図14に示すように、前処理工程の前半(第1工程)では、処理室42内の雰囲気におけるArイオン・ラジカルおよびHイオン・ラジカルの個数は、Cイオン・ラジカルおよびNイオン・ラジカルの個数に比べて相対的に多い。そして、前処理工程の前半から前処理工程の後半(第2工程)への移行に伴って、処理室42内の雰囲気におけるArイオン・ラジカルおよびHイオン・ラジカルの個数は漸次的に下降し、一方、処理室42内の雰囲気におけるCイオン・ラジカルおよびNイオン・ラジカルの個数は漸次的に上昇する。その結果、前処理工程の後半では、処理室42内の雰囲気におけるCイオン・ラジカルおよびNイオン・ラジカルの個数は、Arイオン・ラジカルおよびHイオン・ラジカルの個数に比べて多くなる。
【0079】
したがって、前処理工程の後半では、処理室42内の雰囲気には、Cイオン・ラジカルおよびNイオン・ラジカルが主として存在し、そのCイオン・ラジカルおよびNイオン・ラジカルが基材30の表面の周囲に浮遊している。これら一連の前処理により、基材30の表面に処理層33が形成される。
また、前処理工程の後半(第2工程)で基材30表面の周囲にCイオン・ラジカルが浮遊しているので、処理層33がCを含有するようになる。これにより、DLC膜26の形成後におけるDLC膜26と基材30との間の密着性をより一層向上させることができる。
【0080】
また、前処理工程の後半で基材30表面の周囲にNイオン・ラジカルが浮遊しているので、基材30表面に窒化層が形成されるようになる。これにより、基材30表面の表面硬さを向上させることができる。
以上、この発明の2つの実施形態について説明したが、この発明は他の形態で実施することもできる。
【0081】
前述の実施形態では、第1ポンプ(低真空ポンプ)53と第2ポンプ(高真空ポンプ)56とを併用して処理室42内に減圧状態を生成する場合を例に挙げて説明したが、第1ポンプ53のみを用いて処理室42内に減圧状態を生成してもよい。すなわち、第1ポンプ53のみでも本発明を実施することができる。
また、前処理工程の処理期間中、直流パルス電圧の電圧値を一定(たとえば1000V)に保つ構成について説明したが、途中で電圧を代える構成であってもよい。具体的には、前処理の全期間(処理時間30分)のうち、最初の所定期間(最初の5分)は、直流パルス電圧の電圧値(電圧の絶対値)を比較的低い低電圧値(たとえば500V(負極性))とし、その所定期間の経過後、直流パルス電圧の電圧値(電圧の絶対値)を比較的高い高電圧値(たとえば1000V〜3000V(負極性))としてもよい。
【0082】
また、炭化水素ガスとしてメタンガスを例示したが、このメタンガスに代えて、アセチレンガス、ベンゼン、トルエンなどその他のガスを用いてもよいのは言うまでもない。
また、DLC膜26がアウタークラッチプレート15の第1対向面31上に形成された構成について説明したが、DLC膜26がインナークラッチプレート16の表面に形成される構成であってもよい。
【0083】
また、前述の実施形態では、摩擦クラッチ11のクラッチプレート15,16の一方の表面にDLC膜26が形成される場合を例に挙げて説明したが、DLC膜26は、ステアリング装置のウォームの歯面、軸受の内外輪の軌道面または保持器、およびプロペラシャフト(駆動軸)の雄スプライン部および/または雌スプライン部の表面に形成することができる。
【0084】
また、DLC膜26としてSiを含有する構成を例に挙げて説明したが、DLC膜26が他の金属(たとえばCr、Ti、Feなど)を含有するものであってもよいし、DLC膜26が金属を一切含有しない構成であってもよい。
また、DLC膜26が形成される摺動部材の材質として、工具鋼ではなく炭素鋼(S50C)またはステンレス鋼を用いることもできる。
【0085】
その他、特許請求の範囲に記載された事項の範囲で種々の設計変更を施すことが可能である。