(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
一般に、同期電動機の制御装置では、回転角度センサを用いて回転角度を計測し、その回転角度に同期した電流を流すことによって同期電動機を駆動している。一方、コスト、設置スペース、信頼性等の問題により、回転角度センサを用いない「センサレス制御」の技術が開発されている。
【0003】
この技術の一つに、特に同期電動機の停止・低速時に、回転子の磁気的突極性を利用して同期電動機に高周波電圧を印加した時の高周波電流に基づいて磁極位置を推定する技術、および磁気飽和現象を利用して磁極の極性を判別する技術がある。
【0004】
ここで、磁気的突極性と磁気飽和現象について簡単に説明しておく。
【0005】
磁気的突極性のある/なしは、磁束が通りやすいか否かで決まる。磁石は磁束が通りにくい物質である。これに対し、磁石を囲む鉄心は磁束が通りやすい。磁束の通りやすさは、インダクタンスLの大きさで表れる。つまり、磁石のある方向は磁束が通りにくく、インダクタンスLの値が小さい。一方、鉄心のある方向は磁束が通りやすく、インダクタンスLの値が大きい。このように方向によって磁束の通りやすさに違いがあるものを「磁気的突極性あり」と呼んでいる。
【0006】
「磁気的突極性あり」の場合、モータが回転している場合もしくは低速のときでも電気的特性があるので、dq軸のインダクタンスLdLqに基づいて磁極位置を推定することができる。
【0007】
「磁気飽和現象」とは、磁性体の中で磁束が過密しすぎて、磁束が流れにくくなる現象のことである。磁石は、元々磁束を通しにくい物質である。したがって、埋め込み磁石型のモータの場合、固定子コイルに流す電流による磁束を、回転子に対して一周させて磁束の通りやすさをインダクタンスLから検出すれば、磁石が発する磁束と固定子コイルが発する磁束が同じ方向のときに磁束の通りやすさ、すなわちインダクタンスL最も少なくなる。これを利用して、センサレスで磁極位置を推測できる。なお、「磁極位置を推測(検出)する」とは、「回転角度を推測(検出)」と同じ意味である。
【0008】
また、回転角度センサとして、PG(Pulse Generator)を用いた制御システムがある。この制御システムでは、PGからモータの回転に応じて出力されるパルスをカウントして回転角度を算出する。しかし、パルスをカウントすることで変位量しかわからない。絶対角度を求めるためには、通常1回転に1回のみ出力されるZパルスを検出する必要があるため、制御が難しいという問題がある。
【0009】
このような問題に解決するために、上述のセンサレス制御技術を応用して磁極位置を推定し、PGの初期位置として設定するという技術がある。
【0010】
また、永久磁石同期電動機において、回転子に磁気的突極性のないSPMSM(Surface Permanent Magnet Synchronous Motor:表面磁石型モータ)では、磁気的突極性を利用して磁極位置を推定することが原理的に不可能となる。そこで、磁気飽和現象を利用することによって、SPMSMでも磁極位置の推定を実現した技術がある。
【0011】
これは、所定の方向と大きさをもつ正負の電圧ベクトルを与えた時に、それぞれの電圧ベクトルによって流れた電流によって、正負の電圧ベクトルのどちらかでのみ磁気飽和が発生し、電流のピーク値に差異が発生することを利用して磁極位置を推定するものである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、図面を参照して実施形態を説明する。
【0020】
(第1の実施形態)
図1は第1の実施形態に係る同期電動機の制御装置の構成を示すブロック図である。図中の100は本実施形態における同期電動機の制御装置の全体を示している。
【0021】
制御装置100は、モータ駆動手段としてインバータ105を備える。このインバータ105は、三角波PWM変調部104からのインバータ駆動用のゲート指令を入力とし、図示せぬ主回路スイッチング素子のON/OFFを切替えることによって、交流/直流電力を相互に変換してモータ107を駆動する。
【0022】
モータ107は、SM(同期電動機)もしくはPMSM(永久磁石同期電動機)など、回転子の回転に同期して固定子に回転磁界を励磁する電動機である。このモータ107のUVWの各励磁相に流れる3相交流電流によって回転磁界が発生し、回転子との磁気的相互作用により回転トルクが出力される。
【0023】
以下では、PMSMを例に説明する。なお、SMを用いる場合でも、モデル上は回転子の界磁が永久磁石によって作られるか界磁コイルによって作られるかの違いだけであるので、同一のモデルを適用可能である。
【0024】
電流検出部106aおよび106bは、モータ107に流れる3相交流電流のうち2相もしくは3相の電流応答値を検出する。
図1の例では2相の電流を検出する構成を示している。ブレーキ108は、モータ107の回転子の回転を固定する。
【0025】
磁極位置検出部109は、エンコーダ等の回転角度センサによって、回転子(ロータ)の回転角θsensを検出する。座標変換部(αβ/UVW)103aおよび座標変換部(UVW/αβ)103bは、三相固定座標系と直交2軸(αβ軸)の固定座標系の座標変換を行う。
【0026】
ここで、本実施形態における同期電動機の座標系の定義を
図2に示す。
固定子コイル201a、201b、201cは、それぞれ固定子のU相、V相、W相のコイルである。αβ軸固定座標系202は、α軸がU相方向と一致し、β軸が90度位相の進んだ座標系である。dq軸回転座標系203は、d軸が回転子204の磁極位置の方向と一致し、q軸が90度位相の進んだ座標系である。α軸とd軸の位相差が回転角度θ
mである。
【0027】
図1において、電圧指令値を座標変換する座標変換部(αβ/UVW)103aにおける変換処理を式1に示す。電流応答値を変換する座標変換部(UVW/αβ)103bにおける変換処理を式2に示す。
【数1】
【0029】
電流制御部102は、電流応答値i
α,i
βと電流指令値i
αref,i
βrefを比較し、電圧指令値v
α,v
βを決定する。電流制御部102における一般的な演算処理は、PI制御器を用いて式3のように表される。
【数3】
【0030】
ここでKp,Kiはそれぞれ比例ゲイン、積分ゲイン、sはラプラス演算子である。
【0031】
三角波PWM変調部104は、モータ107を駆動するための3相電圧指令値を三角波PWMによって変調し、インバータ105の各相スイッチング素子のON/OFF指令であるゲート信号を出力する。
【0032】
高周波電圧重畳部113は、例えば
図3に示す振幅一定の波形の高周波電圧指令v
α_hfおよびv
β_hfを計算する。高周波電圧指令v
α_hfおよびv
β_hfに電流制御出力であるv
α0およびv
β0が加算されて、新たな電圧指令v
αおよびv
βが生成される。
【0033】
図3の高周波電圧指令v
α_hfおよびv
β_hfは、式4のように表すことができる。
【数4】
【0034】
ここで、ω
hfは高周波の角周波数、H
vは高周波の振幅であり、どちらも予め設定した値である。tは時間である。H
vは、この高周波電圧によって流れる高周波電流が後述するバイアス電流指令値と比較して十分小さい振幅となる値に設定することが望ましい。これは、高周波電流によってバイアス電流が小さくなりすぎてしまうと、モータの磁気飽和現象が緩和されてしまい、磁極位置の推定が正確に行えなくなるためである。
【0035】
バイアス電流指令生成部101は、予め設定した振幅指令I
biasとバイアス電流位相角指令生成部112の出力である位相角指令値θ
biasを入力とし、式5により電流指令i
αrefおよびi
βrefを生成する。
【数5】
【0036】
バイアス電流位相角指令生成部112は、連続的もしくは断続的に時間変化する位相角指令値θ
biasを出力する。例えば
図4(a)に示すように、0〜360°を連続的に出力しても良いし、
図4(b)のように断続的に出力しても良い。このとき、この位相角の変化速度は、式4における角周波数ω
hfよりも十分低い角周波数に設定する。言い換えると、周期T
biasが、
図3中に図示する周期T
hfよりも十分に長い周期となるように設定する。
【0037】
図5はαβ軸固定座標系におけるバイアス電流指令の空間配置を示す図である。
高周波電圧重畳部113が生成する高周波電圧によって、
図5中に示す電流動作点近傍で動作点が微小に動く高周波電流が発生することになる。
【0038】
図6は所定の振幅で位相を変更して、電流制御によってモータ107に流したバイアス電流の応答波形例を示す図である。
高周波電圧を重畳しているため、
図6(a)に示す全体波形では、i
αとi
βはそれぞれ太い波形となっているが、
図6(b)に示す部分的に拡大した波形図では、周期T
hfの高周波波形となっている。このように、バイアス電流の位相角の変化は高周波の周期に対して十分長くとることにより、高周波成分はバイアス電流の回転の影響をほとんど受けないように構成することができる。
【0039】
高周波電流検出部110は、一般的なハイパスフィルタやバンドパスフィルタによって、高周波電圧と同じ周波数の高周波電流i
α_hfとi
β_hfを検出する。フィルタのカットオフ周波数は、少なくともバイアス電流の変化成分を除去できる高い周波数に設定する。バンドパスフィルタの場合、高域側のカットオフ周波数は電流検出部106aおよび106bにおける検出ノイズをカットする周波数に設定する。
【0040】
第一の磁極位置推定部111は、バイアス電流方向のインダクタンス相当値L
biasを演算する。すなわち、第一の磁極位置推定部111は、高周波電流検出部110で検出した高周波電流のバイアス電流の方向θ
biasの成分i
hf_biasを式6のように演算し、この成分の振幅値I
hf_biasを計測する。振幅値の計測は、例えば周期T
hfの間に現れる最大値と最小値を記憶して差分を計算すれば良い。
【数6】
【0041】
ここで、ψは重畳した高周波電圧に対する位相差分である。
【0042】
続いて、第一の磁極位置推定部111は、振幅値I
hf_biasから式7のようにインダクタンス相当値L
biasを演算する。
【数7】
【0043】
高周波電圧振幅H
vと角周波数ω
hfを一定値とすれば、インダクタンス相当値L
biasは高周波電流振幅I
hf_biasに反比例する。したがって、I
hf_biasをインダクタンス相当値とみなすこともできる。また、同様に、式6で表される高周波電流のゼロクロス付近の時間変化率を計測もしくは計算すれば、I
hf_biasに相当する値となるため、この時間変化率をインダクタンス相当値としても良い。
【0044】
さらに、第一の磁極位置推定部111は、バイアス電流方向θ
biasが0から360度に変化する間のインダクタンス相当値L
biasが最小値となるバイアス電流方向θ
bias_minを出力する。I
hf_biasをインダクタンス相当値とする場合は、これが最大値となるバイアス電流方向がθ
bias_minとなる。すなわち、演算したインダクタンス相当値が極値を示すバイアス電流方向をθ
bias_minとすれば良い。このθ
bias_minがモータ107の極磁位置となる。
【0045】
図7は
図1の構成によって磁極位置を推定する場合の処理の流れを示すフローチャートである。
【0046】
すなわち、
図1に示した制御装置100は、まず、電流および電圧の初期値をセットした状態で(ステップS11)、電流制御部102を通じてモータ107に対する電流制御を開始する(ステップS12)。また、制御装置100は、高周波電圧重畳部113を通じて高周波電圧の重畳を開始する(ステップS13)
ここで、バイアス電流指令値が制御装置100に入力されると(ステップS14)、所定の位相のバイアス電流がモータ107に供給され、そのバイアス電流に対して高周波電圧が印加され、同時に高周波電流が観測できるようになる。
【0047】
制御装置100は、この高周波電圧に対応して流れる高周波電流を検出し(ステップS15)、第一の磁極位置推定部111を通じてバイアス電流と同位相の方向のインダクタンス相当値を求める(ステップS16)。詳しくは、バイアス電流の電流動作点近傍に電流変化が発生するように印加した高周波電圧と、この高周波電圧に対応して流れる高周波電流とに基づいて、バイアス電流と同位相の方向のインダクタンス相当値を求める。
【0048】
制御装置100は、バイアス電流を0から360度まで変化させながら、そのときのバイアス電流と同位相の方向のインダクタンス相当値を順次求めていく(ステップS17〜S18)。その結果、最終的にインダクタンス相当値が極値となるバイアス電流位相をモータ107の磁極位置とする(ステップS19)
次に、上記構成の作用について説明する。
まず、磁気飽和現象の発生について説明する。
【0049】
図8はSPMSMの構成を模式的に示した断面図である。この例では、4極の表面磁石型PMSM(SPMSM)を示しており、図中の801はステータ、802はロータである。また、図中のdq軸は回転子の磁極に一致した座標系を示している。
【0050】
バイアス電流の磁束は、
図8の状態でバイアス電流の位相を変化させた時にバイアス電流が作る磁束を模式的に表したものである。
図8において、磁石磁束の方向とバイアス電流の磁束が同一方向となる(1)の状態のとき、磁気飽和が発生してバイアス電流の方向のインダクタンスは低下する。(2)および(3)の状態のときは、磁石磁束がないかバイアス電流の磁束と逆向きのため、磁気飽和が発生せず、インダクタンスの低下は起こらない。
【0051】
バイアス電流位相角をd軸正方向、q軸方向、d軸負方向の3パターンに設定した際のバイアス電流の振幅とバイアス電流方向の磁束の模式的な特性を
図9に示す。
【0052】
図9において、バイアス電流の振幅に対する磁束の傾きがインダクタンスである。バイアス電流を正方向に増加させれば、磁気飽和が発生して傾きが小さくなる特性となっている。この特性は、バイアス電流位相が、磁極つまりd軸に対してどの方向にあるかによって変動する。d軸を基準としたバイアス電流位相=0度つまりバイアス電流位相がd軸正方向にある時、もっとも小さいバイアス電流で磁気飽和が始まることを示している。
【0053】
一方、d軸負方向にバイアス電流を流した時にも、バイアス電流の振幅を増加させれば磁気飽和が発生する。このため、このバイアス電流振幅ではバイアス電流の位相の違いによるインダクタンスの差が小さくなることがわかる。
【0054】
すなわち、バイアス電流振幅値が小さい場合(例えば
図9動作点a)では、どの位相角でも磁気飽和が発生せずにインダクタンスの差が現れない。バイアス電流振幅値が大きい場合(動作点c)では、どの位相でも磁気飽和が発生してしまい、インダクタンスの差が現れなくなることになる。
【0055】
磁気飽和を利用して磁極位置を推定する場合、インダクタンスの差が明確に現れるバイアス電流を正確に流すことが重要であり、
図9においては、動作点bを含む網掛け部の範囲の電流値が適切と言える。
【0056】
本実施形態では、バイアス電流を制御可能な電流制御部102を備えているので、モータ107に対して精度良くバイアス電流を流すことができる。したがって、バイアス電流の位相に応じて明確にインダクタンスの差が現れる動作点でインダクタンス値を検出することができるので、磁極位置推定精度(回転角度推定精度)を確実に上げることができる。
【0057】
また、磁気飽和現象について、d軸基準のバイアス電流位相角とバイアス電流方向のインダクタンスとを対応づけて図示すると、
図10のようになる。
【0058】
図10におけるバイアス電流動作点a、b、cは
図9における動作点と一致している。すなわち、バイアス電流動作点bでの特性では、バイアス電流位相角とd軸の位相差がゼロ近傍の時、磁石磁束とバイアス電流による磁束が同方向となるため、磁気飽和によってインダクタンスが低下する。動作点aやcでは、上述した理由によりインダクタンスの差が現れにくく、検出ノイズ等によってインダクタンスが極値をとる位相角を精度よく推定することができない。
【0059】
以上のように本実施形態によれば、磁気飽和現象によってバイアス電流方向のインダクタンスが変化することを利用して、この方向の高周波電流振幅を用いて磁極位置を推定する。重畳した高周波電圧によって少なくともバイアス電流と同じ方向に流れた高周波電流の振幅と、高周波電圧の振幅および周波数からインダクタンス相当値を演算することにより、バイアス電流位相角がd軸と一致する位相角を計測できる。計測対象が高周波電流であるため、短時間に計測点を多くとることができる。よって、平均処理等により検出ノイズの影響を抑制して計測精度を上げて、磁極位置を正確に検出できるようになる。
【0060】
(第2の実施形態)
次に、第2の実施形態について説明する。
【0061】
第2の実施形態では、上記第1の実施形態の構成に別の方法で磁極位置を推定する構成を加え、2つの方法で磁極位置をより高精度に推定するようにしたものである。
【0062】
図11は第2の実施形態に係る同期電動機の制御装置の構成を示すブロック図である。図中の100′は本実施形態における同期電動機の制御装置の全体を示している。なお、上記第1の実施形態における
図1の構成と同じ部分には同一符号を付して、その詳しい説明は省略するものとする。
【0063】
第2の実施形態において、上記第1の実施形態と異なる点は、座標変換部(αβ/UVW)103aおよび座標変換部(UVW/αβ)103bに代えて、座標変換部(st/UVW)1102aおよび座標変換部(UVW/st)1102bが設けられている。さらに、第一の磁極位置推定部111とは別に、第二の磁極位置推定部1101が設けられている。
【0064】
なお、
図11では図示を省略するが、第一の磁極位置推定部111については、
図1で説明したように、高周波電流検出部110で検出された高周波電流i
α_hfとi
β_hfに基づいてバイアス電流方向のインダクタンス相当値L
biasを演算する。さらに、第一の磁極位置推定部111は、バイアス電流方向θ
biasが0から360度に変化する間のインダクタンス相当値L
biasが最小値となるバイアス電流方向θ
bias_minを出力する。
【0065】
図11の構成において、座標変換部(st/UVW)1102aおよび座標変換部(UVW/st)1102bは、三相固定座標系と直交2軸(st軸)回転座標系の座標変換を行う。
図12に示すように、st軸回転座標系1201は、α軸を基準としてバイアス電流位相角θ
biasで回転する座標系である。
【0066】
座標変換部1102aおよび1102bにおける処理を式8および式9に示す。
【数8】
【0068】
また、電流制御部102への入力である電流指令は、s軸電流指令としてバイアス電流振幅指令I
biasをそのまま入力する。
【0069】
第二の磁極位置推定部1101は、高周波電圧指令v
s_hfおよびv
t_hfと高周波検出部110で検出した高周波電流i
s_hfおよびi
t_hfに基づいて、バイアス電流と磁極位置の位相差Δθに関連した特徴量Rを演算する。
【0070】
特徴量Rは、理想的にはΔθそのものが得られるのが理想であるが、Δθのゼロ近傍でΔθに略比例する量が得られれば良い。このような特徴量の特性を
図13に示す。
図13(a)では、Δθ=0の点で特徴量もゼロとなる特性であるが、特徴量はオフセットを持っていても良い。
図13(b)では、Δθ=0の点でのオフセット値R
ofsを持っている。この場合、後述する収斂演算の目標値をオフセット値R
ofsに設定すれば良い。
【0071】
特徴量Rの演算は、例えば式10のように、高周波電圧指令と高周波電流の外積を演算することによって求めることができる。式10において、外積を演算した結果は高周波電圧の角周波数ω
hfの2倍の周波数で振動する正弦波成分になる。この振幅R
pを検出すると、R
pはΔθのゼロ近傍でΔθに比例する特性を持つため、上述のように特徴量Rとして用いることができる。
【数10】
【0072】
また、その他の方法としては、高周波電圧をバイアス電流と同じ方向にのみ印加したとき、バイアス電流に直交する方向に現れる高周波電流の振幅を計測して特徴量Rとすることもできる。
【0073】
すなわち、式11に示す高周波電流を与える。
【数11】
【0074】
このとき、バイアス電流に直交する方向に現れる高周波電流は、t軸高周波電流であり、式12の特性を持つ。
【数12】
【0075】
ここで、L
satはバイアス電流が磁極位置近傍にある場合に発生する磁気飽和によって変動する係数である。バイアス電流が磁極位置近傍になく磁気飽和が発生しない場合、L
sat=0となり、磁気飽和が発生する場合は0以外の値を持つ。
【0076】
式12の高周波電流から、cos(ω
hft)の振幅成分を抽出すると、その振幅はsin(2Δθ)の関数となり、Δθ=0近傍でΔθに略比例する特性となるため、特徴量として用いることができる。
【0077】
このように高周波電圧をバイアス電流と同じ方向のみに印加する構成では、高周波電流の発生による電磁騒音を、その他の構成と比べて小さく抑制することが可能となるなどの利点がある。
【0078】
第二の磁極位置推定部1101では、続いて、特徴量Rに基づいて収斂演算を行ってバイアス電流位相θ
bias_setを出力する。
【0079】
図14は第二の磁極位置推定部1101における収斂演算の構成を示すブロック図である。
【0080】
ゲイン乗算器1401および1402は、それぞれ所定のゲインK
p_pllとK
i_pllを乗算する。積分器1403および1404は、それぞれの入力を時間積分する。積分初期値については、積分器1403は初期値ゼロ、積分器1404では初期値をθ
bias_minとする。
【0081】
θ
bias_minは、
図11において、第一の磁極位置推定部111で推定した磁極位置である。これを初期値とすることにより、バイアス電流の位相θ
bias_setはθ
bias_minから収斂演算が始まるため、第一の磁極位置推定部111で推定した磁極位置近傍の位相から第二の磁極位置推定部1101の推定処理を開始できる。
【0082】
収斂判定器1405は、特徴量RとR
ofsの差分が一定値以下になるか、収斂演算を実行している時間が一定時間経過するか、その他の判定基準に基づいて、収斂演算の終了を判定し、その時点のθ
bias_setを最終推定磁極位置θ
bias_endとして出力する。上記その他の判定基準としては、特徴量の差分が継続して一定値以下になっている時間が所定時間以上経過する、などがある。
【0083】
図14のように構成すると、この収斂演算により特徴量Rをオフセット量R
ofsに一致するようにθ
bias_setを修正することができる。なお、特徴量Rの特性に合わせて、R
ofsはゼロとする場合もある。
【0084】
第二の磁極位置推定部1101を用いることにより、推定磁極位置を特徴量RとΔθのゼロクロス点に収束させて推定することができる。したがって、第一の磁極位置推定部111やその他の方式と比較して高い精度で磁極位置を推定することが可能となる。
【0085】
なお、
図11における第一の磁極位置推定部111の代わりとして、同程度の精度で暫定的に磁極位置を検出可能なセンサや別の推定部を用いることも可能である。上記センサとは、例えば固定子に一定間隔で設置したホール素子を用いて磁極の磁束を測定するセンサなどがある。また、パルス状の電圧ベクトルによって流れた電流によって磁極位置を推定する方式などを用いても良い。
【0086】
また、SPMSMでも、わずかに磁気的突極性を示す場合があり、十分な精度ではないが、従来の磁気的突極性を利用した方式で磁極位置を推定することが可能な場合もある。このような場合は、従来の方式を上述の第一の磁極位置推定部111の代わりに用いることもできる。ただし、これらの検出部や推定部に対する要求精度はあまり高くない。すなわち、少なくとも
図13(a)に示す特徴量が、Δθ=0を中心として有意なゼロ以外の値を持つ範囲に入るだけの精度となる。
【0087】
以上のように本実施形態によれば、磁極位置近傍にバイアス電流を流した時、高周波電圧と高周波電流との関係から、磁極位置とバイアス電流の位相差に相当する特徴量(評価指標)を得ることができる。第二の磁極位置推定部を備えることで、この特徴量がゼロもしくは所定の設定値に収束するように、バイアス電流の位相を修正することにより、収束したバイアス電流位相を磁極位置として高精度に推定することができる。
【0088】
(第3の実施形態)
次に、第3の実施形態について説明する。
【0089】
第3の実施形態では、磁極位置推定動作中におけるブレーキの状態に着目したものである。
【0090】
図15は第3の実施形態に係る同期電動機の制御装置の構成を示すブロック図である。図中の100″は本実施形態における同期電動機の制御装置の全体を示している。なお、上記第1の実施形態における
図1の構成と同じ部分には同一符号を付して、その詳しい説明は省略するものとする。
【0091】
モータ107の回転子を拘束固定するブレーキ108を備える。第3の実施形態では、このブレーキ108に対して推定動作制御部1501が設けられている。この推定動作制御部1501は、第一の磁極位置推定部111による磁極位置の推定動作中にモータ107の回転子を固定する。
【0092】
すなわち、上記第1の実施形態で説明したように、位相角を0から360度に変化させながら、磁極位置を推定するためのバイアス電流をモータ107に供給する。その際、バイアス電流がq軸方向に印加されることでトルクが発生する場合がある。
【0093】
機械的な応答に対して十分高速、すなわち短時間にバイアス電流位相角を360°回転させて印加すれば、正負のトルクが均等に出力されるため、結果としてモータ107が回転することを防止できる。しかし、モータ107の静止摩擦が小さい、もしくはモータ107の慣性が小さいなどの場合、機械的な応答も早く、モータ107が回転することを防止できない場合もある。
【0094】
本実施形態の構成によれば、モータ107の回転子を拘束固定するブレーキ108によって、推定動作中にモータ107の回転を防止することが可能となる。特に運転前に回転角センサの磁極位置合わせを行う場合には、モータ107の予期せぬ回転を防止して、精度よく磁極位置合わせを行うことが可能となる。
【0095】
なお、ブレーキ108によってモータ107の回転子を拘束固定した場合しても、ブレーキ108の状態などによってモータ107が回転し、トルクが発生することがある。すなわち、バイアス電流を印加することで磁気飽和を発生させ、磁気飽和によるインダクタンスの低下を利用して磁極位置を推定する構成において、バイアス電流の大きさおよび印加位相によってはトルクが発生する。このときの発生トルクがブレーキ108の保持トルクを上回ると軸が回転するため、正しい回転角を検出できない。
【0096】
そこで、推定動作制御部1501は、磁極位置推定の動作開始前と動作中の磁極位置検出部109の出力結果を比較し、両者の差が所定値を超えた場合にバイアス電流の大きさを現状より小さくした状態で再度推定動作を行わせる機能を有する。
【0097】
具体的に説明すると、例えば磁極位置検出部109としてPGがモータ107の回転機軸に取り付けているものとする。ブレーキ108によってモータ107の回転子を拘束固定した状態において、推定動作制御部1501は、磁極位置推定の動作開始前のパルス値Q1と、磁極位置推定の動作中のパルス値Q2とを比較する。その結果、両者の差分ΔQ=|Q1−Q2|が一定の閾値を超えた場合には、推定動作制御部1501は、バイアス電流によってモータ107に発生したトルクがブレーキ力を上回ったものと判断して、直ちに推定動作を停止させる。
【0098】
例えば、動作開始前のパルス値Q1=0の状態で磁極位置推定動作を開始したとする。このとき、ブレーキ108が効いていれば、パルス値Q2=0あるいは0に近い値となる。一方、モータ107に発生したトルクがブレーキ力を上回ると、モータ107が回転してしまい、パルス値Q2は0よりも大きな値(回転方向によっては小さな値)となり、ΔQ=|Q1−Q2|が一定の閾値を超えることになる。
【0099】
なお、バイアス電流を現状より小さくしても、上記ΔQ=|Q1−Q2|が一定の閾値を超えていた場合つまり回転トルクが発生していた場合には、バイアス電流をさらに小さくする。つまり、バイアス電流を段階的に下げて磁極位置推定動作を行う。ただし、バイアス電流を所定値まで下げても回転トルクが発生するようであれば、ブレーキ異常として対処するものとする。具体的には、ブレーキ異常を図示せぬ監視室や遠隔地の監視センタなどに発報する。
【0100】
このように本実施形態によれば、磁極飽和現象を利用して磁極位置を推定する方式において、モータ軸が回転しない最適なバイアス電流を用いて磁極位置の推定することが可能となる。これにより、特にエレベータの巻上機に用いられる同期電動機において、磁極位置推定動作中に乗りかごが動いてしまう危険な状態を回避することができる。
【0101】
なお、上記第2の実施形態の構成においても同様であり、推定動作制御部1501を備えることで同様の効果を得ることができる。
【0102】
以上述べた少なくとも1つの実施形態によれば、磁気的突極性を有しない、もしくは磁気的突極性が低い同期電動機の磁極位置を精度良く推定することのできる同期電動機の制御装置を提供することができる。
【0103】
なお、本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。