(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図面を参照して実施形態を説明する。
【0013】
なお、以下では乗客コンベアの一つであるエスカレータを例にして説明する。
【0014】
図1は、一実施形態に係るエスカレータの異常診断システムの構成を示す図である。図中の10はエスカレータ全体を示す。
【0015】
エスカレータ10は、例えば、建物の上階と下階との間に傾斜して設置される。このエスカレータ10は、隙間なく連結された多数の踏段(ステップ)11を上部機械室12の乗降口と下部機械室13の乗降口との間で循環移動させることで、踏段11上に搭乗した乗客を搬送する。
【0016】
各踏段11は、無端状の連結チェーン14によって連結されており、建物の床下に設置されたトラス15内に配置されている。トラス15の内部には、上部スプロケット16と下部スプロケット17が配置されており、これらの間に連結チェーン14が巻き掛けられている。
【0017】
上部スプロケット16と下部スプロケット17のいずれか一方(この例では上部スプロケット16)には、モータや減速機などを有する駆動装置18が連結されている。この駆動装置18により、スプロケット16,17が回転し、スプロケット16,17に噛み合う連結チェーン14を介して複数の踏段11が図示しない案内レールにガイドされながら上部機械室12の乗降口と下部機械室13の乗降口との間を循環移動する。
【0018】
また、トラス15の上部には、各踏段11の両側面と対向するように一対の図示しないスカートガードが踏段11の移動方向に沿って設置されている。この一対のスカートガード上にそれぞれ欄干19が立設されている。この欄干19の周囲にはベルト状のハンドレール20が装着されている。ハンドレール20は、踏段11に搭乗している乗客が把持する手摺であり、例えば駆動装置18の駆動力が伝達されることで、踏段11の移動と同期して周回する。
【0019】
ここで、エスカレータ10の多数の踏段11の中で少なくとも1つを点検踏段11aとする。この点検踏段11aの内側にセンサ端末30が仮設あるいは常設固定される。なお、このセンサ端末30の取り付け方法については、本発明とは直接関係しないため、ここではその説明を省略する。
【0020】
このセンサ端末30は、例えばBluetooth(登録商標)などの近距離無線通信機能を備えており、エスカレータ10の運転に関わるデータを計測してデータ収集装置40に無線伝送する。以下では、センサ端末30に音センサが内蔵されているものとして説明する。
【0021】
センサ端末30の近くにデータ収集装置40が設置されている。
図1では、下部機械室13にデータ収集装置40を設置した例を示しているが、上部機械室12に設置することでもよい。
【0022】
データ収集装置40は、ゲートウェイ(GW)としての機能を備える。このデータ収集装置40は、センサ端末30によって計測された走行音データを収集し、所定の単位で外部の遠隔監視装置50に伝送する。
【0023】
なお、このデータ収集装置40は、複数台(例えば4台)のセンサ端末30と無線通信可能である。したがって、例えば各階床間に掛け渡された複数台のエスカレータ10にセンサ端末30をそれぞれ設置しておけば、これらのセンサ端末30で計測された走行音データを1台のデータ収集装置40を介して遠隔監視装置50に伝送することができる。
【0024】
遠隔監視装置50は、遠隔地に存在する監視センタ60内に設置されている。監視センタ60には、多数の監視員が駐在し、監視対象とする各物件のエスカレータ10の運転状態を遠隔監視装置50のモニタ画面上で監視している。この監視センタ60内の遠隔監視装置50は、エスカレータ10に設けられたデータ収集装置40と通信回線61を介して接続されている。
【0025】
なお、
図1の例では、1台のエスカレータ10しか図示されていないが、実際には各物件のエスカレータ10が通信回線61を介して監視センタ60内の遠隔監視装置50に接続されている。監視員は、遠隔監視装置50のモニタ画面上で何らかの異常を検出すると、保守員を現場に派遣するなどして対処する。
【0026】
図2は、同実施形態におけるエスカレータの異常診断システムを構成するセンサ端末、データ収集装置、遠隔監視装置の内部構成を示すブロック図である。
【0027】
本システムは、センサ端末30とデータ収集装置40と遠隔監視装置50とで構成されている。
図1に示したように、センサ端末30は、エスカレータ10の各踏段11の中の点検踏段11aに設置される。このセンサ端末30は、制御部31と、センサ部32と、踏段位置検出部33と、無線通信部34とを備える。
【0028】
制御部31は、センサ端末30の制御を行う。センサ部32は、エスカレータ10の運転に関わるデータを計測する。本実施形態では、このセンサ部32として音センサが搭載されており、エスカレータ10の走行音データを計測する。
【0029】
踏段位置検出部33は、傾斜センサやジャイロセンサなどからなり、点検踏段11aの位置を基準にしてエスカレータ10の一周を検出する。無線通信部34は、データ収集装置40との間で近距離無線通信を行い、センサ部32によって計測された走行音データをデータ収集装置40に送信する。
【0030】
データ収集装置40は、エスカレータ10の所定の箇所(
図1の例では下部機械室13)に設置される。このデータ収集装置40は、無線通信部41と、データ記憶部42と、伝送制御部43とを備える。
【0031】
無線通信部41は、センサ端末30とデータ収集装置40との間で近距離無線通信を行い、センサ端末30から送られてくる走行音データを受信する。データ記憶部42は、無線通信部41にて受信された走行音データを記憶する。この場合、監視対象とするエスカレータ10が複数台存在すれば、各エスカレータ10に設定されたIDを付して走行音データを記憶する。伝送制御部43は、データ記憶部42に記憶された走行音データを所定の単位で読み出して遠隔監視装置50に伝送する。
【0032】
遠隔監視装置50は、遠隔地に存在する監視センタ60内に設置されており、エスカレータ10に設けられたデータ収集装置40に通信回線61を介して接続されている。この遠隔監視装置50は、データ送受信部51と、操作入力部52と、データ記憶部53(記憶手段)と、データ処理部54と、表示部58(表示手段)と、報知部59とを備える。
【0033】
データ送受信部51は、各種データの送受信処理を行う。操作入力部52は、キーボードなどからなり、監視員の操作によりデータ入力や指示を行う。
【0034】
図3に示すように、データ記憶部53には、データ収集装置40から取得したエスカレータ10の走行音データが走行音ファイルF1として記憶される。また、このデータ記憶部53には、予めエスカレータ10の据付時や保守員点検後に測定された走行音データから作成された分析比較用の基準音データが基準音ファイルF2として記憶されている。基準音ファイルF2には、エスカレータ10の部位毎(例、転動部、直動部等)の基準音データが含まれる。さらに、このデータ記憶部53には、エスカレータ10で発生し得る異常を模擬的に発生させることで取得される異常音データが異常音ファイルF3として記憶されている。異常音データとは、異音発生を伴う複数の異常原因毎に各異音の周波数成分の特徴を表したデータである。具体的には、下記のような異常音に関する異常音データが異常音ファイルF3として記憶されている。
【0035】
(1)踏段とスカートガードが接触することで生じる異常音、
(2)案内レールを異物が通過することで生じる異常音、
(3)連結チェーンのゆるみによって生じる異常音(踏段反転音)、
(4)乗降口ゴムと踏段クリートが接触することで生じる異常音、
(5)踏段の後輪ローラが変形する又は傷つくことで生じる異常音、
(6)踏段の後輪ローラの軸受の不良によって生じる異常音。
【0036】
なお、基準音データ及び異常音データの保存形式としては、基準音及び異常音の波形データをWAVファイルの形式で保存しておくことでもよいし、基準音及び異常音をFFT(Fast Fourier Transform:高速フーリエ変換)により周波数分析したデータを保存しておくことでもよい。以下では、説明を簡単にするため、データ記憶部53には、基準音データ及び異常音データとして事前に周波数分析されたデータが保存されているものとして説明する。
【0037】
データ処理部54は、マイクロプロセッサなどからなり、エスカレータ10の走行音データを分析処理する。このデータ処理部54は、メモリ55、異常抽出部(ノイズ低減部)56(周波数分析手段、異常成分抽出手段(ノイズ低減手段))及び異常検出部57を備える。
【0038】
メモリ55は、一時記憶用のワークメモリである。このメモリ55には、データ記憶部53の走行音ファイルF1から読み出された走行音データ、基準音ファイルF2から読み出された基準音データ、及び異常音ファイルF3から読み出された異常音データが記憶される。
【0039】
異常抽出部56は、メモリ55から読み出された走行音データを複素FFTによって周波数分析する。また、異常抽出部56は、周波数分析した走行音データと、メモリ55に格納された基準音データとを用いて異常音成分を抽出する。さらに、異常抽出部56は、抽出した異常音成分を逆複素FFTによって異常抽出走行音データに変換する(異常音抽出処理)。また、異常抽出部56は、所定の分析単位毎に、異常抽出走行音データに含まれるノイズを低減させるノイズ低減処理を実行する。ノイズとは外部環境音であり、例えば、乗客がエスカレータ10の踏段を歩くことで生じる音や、エスカレータ10の周囲で生じている音などを示す。
【0040】
異常検出部57は、エスカレータ10で異常が発生しているか否かを検出する部分であり、異常内容推定部57a(相関値算出手段、異常検出手段、異常推定手段(異常内容推定手段))及び異常発生箇所推定部57b(異常推定手段(異常発生箇所推定手段))からなる。なお、実際には、この異常検出部57はアルゴリズムによって実現される。
【0041】
異常内容推定部57aは、ノイズ低減処理が施された異常抽出走行音データと、メモリ55に格納された異常音データとを用いて相関処理を実行し、エスカレータ10で異常が発生しているか否かを検出する。また、異常内容推定部57aは、異常が検出された場合に、その異常の内容を推定する。異常発生箇所推定部57bは、異常内容推定部57aによって異常が検出された場合に、その異常がエスカレータ10のどこで発生しているのかを推定する。
【0042】
表示部58は、異常検出部57の処理結果を所定の形式で表示する。また、報知部59は、異常検出部57の処理結果の中に点検を要する箇所が存在した場合に、その旨を表示や音声などにより報知する。
【0043】
このような構成において、まず、監視センタ60内で監視員が遠隔監視装置50の操作入力部52を操作して、エスカレータ10の走行音収集を定期的に行うスケジュールを入力してデータ収集装置40に送る。
【0044】
データ収集装置40は、遠隔監視装置50から送られてきたスケジュールに従ってセンサ端末30に対してエスカレータ10の走行音データの収集開始を指示する。これにより、センサ端末30は、センサ部32として搭載された音センサを用いてエスカレータ10の走行音データを計測し、その計測データ(走行音データ)をデータ収集装置40に送る。詳しくは、センサ端末30は、踏段位置検出部33によって点検踏段11aの位置を基準にしてエスカレータ10が一周したことを検出することにより、周単位で計測データをデータ収集装置40に送る。
【0045】
データ収集装置40は、センサ端末30から受信した走行音データをデータ記憶部42に記憶する。この場合、突発的な外来音入力を考慮して、少なくとも2周分の走行音データを収集することが好ましい。データ収集装置40は、上記スケジュールに従ってセンサ端末30から所定量分の走行音データを収集すると、センサ端末30に対して走行音データの収集終了を通知する。
【0046】
一方、遠隔監視装置50は、通信回線61を介してデータ収集装置40に接続することにより、データ収集装置40のデータ記憶部42に記憶された走行音データを回収する。このときの走行音データは、走行音ファイルF1としてデータ記憶部53に保存され、当該エスカレータ10の物件IDなどで管理される。
【0047】
ここで、遠隔監視装置50は、予め設定されたスケジュールに従ってデータ記憶部53の走行音ファイルF1から走行音データを読み出す。また、遠隔監視装置50は、この走行音データに対応した基準音データを基準音ファイルF2から読み出し、上記走行音データと共にデータ処理部54のメモリ55に格納する。そして、遠隔監視装置50は、このメモリ55に格納された走行音データと基準音データとを異常抽出部56に与えて異常音抽出処理とノイズ低減処理とを実行する。さらに、遠隔監視装置50は、異常音データを異常音ファイルF3から読み出し、データ処理部54のメモリ55に格納する。そして、遠隔監視装置50は、ノイズ低減処理が施された走行音データと、異常音データとを異常検出部57に与えてエスカレータ10で異常が発生しているか否かを検出する(異常検出処理)。
【0048】
以下に、遠隔監視装置50の動作の一例について説明する。ここでは、主に、異常音抽出処理、ノイズ低減処理及び異常検出処理について詳しく説明する。
【0049】
図4は遠隔監視装置50によって実行される異常音抽出処理、ノイズ低減処理及び異常検出処理の一例を示すフローチャートである。ここでは、遠隔監視装置50のデータ記憶部53には、通常運転時にセンサ端末30によって計測されたエスカレータ10の走行音データがデータ収集装置40を介して定期的に回収されて走行音ファイルF1として保存されているものとする。また、エスカレータ10の初期時の走行音データを周波数分析した分析比較用の基準音データが基準音ファイルF2として保存されているものとする。さらに、エスカレータ10で発生し得る異常を模擬的に発生させることで取得された異常音データが異常音ファイルF3として保存されているものとする。
【0050】
まず、監視員が所定の操作により分析を行う日時や物件を指定する。これにより、遠隔監視装置50に設けられたデータ処理部54は、走行音ファイルF1から該当する少なくとも2周分の走行音データを選択してデータ処理部54のメモリ55に格納する(ステップS1)。ここでは、説明を簡略化するために、2周分の走行音データが走行音ファイルF1から選択され、メモリ55に格納されたものとする。また、データ処理部54は、上記走行音データに対応した基準音データを基準音ファイルF2から選択してメモリ55に格納する(ステップS2)。さらに、データ処理部54は、全ての異常音データを異常音ファイルF3から選択してメモリ55に格納する(ステップS3)。
【0051】
その後、データ処理部54の異常抽出部56は、メモリ55に格納された2周分の走行音データに対してそれぞれ複素FFTによる周波数分析を行う。そして、異常抽出部56は、上記周波数分析した走行音データからメモリ55に格納された基準音データの予め定められたdB(デシベル)値をそれぞれ低減する。これにより、異常抽出部56は、上記周波数分析した走行音データから異常音成分だけをそれぞれ抽出することができる。異常抽出部56は、抽出した異常音成分に対して逆複素FFTをそれぞれ実行し、当該異常音成分を異常抽出走行音データにそれぞれ変換する(ステップS4)。すなわち、異常抽出部56は、2周分の異常抽出走行音データを得ることができる。
【0052】
ここで、本実施形態では、時刻歴データ(走行音データや異常抽出走行音データ)の分析単位を、当該時刻歴データを予め定められた単位時間tn毎に分割(分離)したものとしている。すなわち、
図5に示すように、時刻歴データの分析単位はTn,Tn+1,…,Tn+nとなっている。異常抽出部56は、上記異常抽出走行音データを分析単位Tn,Tn+1,…,Tn+n毎に抽出する(ステップS5)。すなわち、異常抽出部56は、2周分の異常抽出走行音データのそれぞれから分析単位毎の異常抽出走行音データ(分析走行音データ)を得ることができる。
【0053】
異常抽出部56は、各分析走行音データに対して周波数分析を行う。そして、異常抽出部56は、周波数分析した1周目の分析単位Tnの分析走行音データと、周波数分析した2周目の分析単位Tnの分析走行音データとの加算平均を算出する。同様に、異常抽出部56は、周波数分析した1周目の分析単位Tn+1〜Tn+nの分析走行音データと、周波数分析した2周目の分析単位Tn+1〜Tn+nの分析走行音データとの加算平均を順に算出する(ステップS6)。これにより、異常抽出部56は、周波数分析した1周目の分析単位Tn〜Tn+nの分析走行音データと、周波数分析した2周目の分析単位Tn〜Tn+nの分析走行音データとの加算平均である加算平均走行音データを得ることができる。
【0054】
異常検出部57の異常内容推定部57aは、上記加算平均走行音データと、メモリ55に格納された複数の異常音データとを用いて相関処理を実行する。具体的には、異常検出部57は、分析単位Tnの加算平均走行音データと、この加算平均走行音データに対応した部位の異常音データとの相関の度合いを示す相関値(相関係数の絶対値)を求める。ここでの相関値とは、加算平均走行音データと異常音データとの相関(類似性の度合い)を示す統計学的指標であり、0〜1の間の実数をとる。相関値が0に近い程、加算平均走行音データと異常音データとの相関は弱く、1に近い程、両者の相関は強くなる。異常検出部57は、上記相関処理により相関値を求めると、当該相関値をメモリ55の所定のエリアに記録しておく(ステップS7)。
【0055】
その後、異常内容推定部57aは、全ての加算平均走行音データに対して相関処理を実行したか否かを判定する(ステップS8)。全ての加算平均走行音データに対して相関処理が実行されていない場合には(ステップS8のNO)、次の分析単位の加算平均走行音データに対して相関処理を実行するべく、ステップS7の処理に戻る。
【0056】
全ての加算平均走行音データに対して相関処理が実行されている場合には(ステップS8のYES)、異常内容推定部57aは、メモリ55に格納された複数の相関値のうち、予め設定された閾値を超える相関値が存在するか否かを判定する(ステップS9)。予め設定された閾値を超える相関値が存在しない場合には(ステップS9のNO)、異常内容推定部57aは、エスカレータ10で異常が発生していない旨を表示部58及び報知部59を介して監視員に通知し(ステップS10)、本動作例での動作を終了させる。
【0057】
一方で、予め設定された閾値を超える相関値が存在する場合には(ステップS9のYES)、異常内容推定部57aは、1により近い値の相関値を所定の数だけメモリ55から抽出する。ここでは、異常内容推定部57aは、値が1に近い5つの相関値をメモリ55から抽出する(ステップS11)。なお、抽出する相関値の数が5つというのは一例であり、抽出する相関値の数は特にこれに限定されない。
【0058】
そして、異常内容推定部57aは、上記相関値を求めたときに用いた異常音データから異常の内容を判断して、その内容を所定の形式で表示部58に表示する。また、異常発生箇所推定部57bは、上記相関値を求めたときに用いた異常音データから異常発生箇所を判断して、その異常発生箇所を所定の形式で表示部58に表示する(ステップS12)。
【0059】
なお、異常内容及び異常発生箇所を表示部58に表示する方法は特に限定されない。例えば、点検踏段11aを含むエスカレータ10の画像に、異常内容と異常発生箇所を表すマーカを重畳させて表示するとしてもよい。
【0060】
以上説明した一実施形態によれば、現場で計測した計測データ(時刻歴データ)を周波数分析したことで得られるデータと予め用意された基準データとに基づいて当該計測データに含まれる異常成分を抽出するため、時刻歴データの収集精度にばらつきが生じたとしても、精度よく異常成分を抽出することができる。また、精度よく抽出された異常成分と予め用意された異常データとの相関値を求めることにより、当該相関値から乗客コンベアにおける異常を精度よく検出することができる。すなわち、本実施形態によれば、乗客コンベアの異常診断を精度よく実行することができる。
【0061】
ここで、
図6乃至
図8を参照して、本実施形態の効果について詳しく説明する。
【0062】
まず、
図6(a)乃至
図6(d)を参照して、本実施形態とは異なり、周波数分析を行わずに走行音データを時刻歴データのまま用いて、エスカレータ10の異常診断を行う場合について説明する。
【0063】
図6はセンサ端末30によって収集された走行音データの一例を示す波形図である。
図6(a)では、センサ端末30によって収集された2周分の走行音データのうち、1周目の走行音データの波形101を示すと共に、波形101の時間t1からt2までの区間を拡大した波形101aも併せて示す。
図6(b)では、センサ端末30によって収集された2周分の走行音データのうち、2周目の走行音データの波形102を示すと共に、波形102の時間t1からt2までの区間を拡大した波形102aも併せて示す。なお、ここでは、
図6(a)及び
図6(b)に示すように、センサ端末30の不具合などに起因して、1周目の走行音データと2周目の走行音データの収集開始時間がt3だけずれているものとする(走行音データの収集精度にばらつきが生じている)。
【0064】
このとき、通常時と異常時との差を顕著にするために、波形101と波形102とを加算した場合の波形103を
図6(c)に示す。この
図6(c)では、
図6(a)及び
図6(b)と同様に、波形103の時間t1からt2までの区間を拡大した波形103aも併せて示す。この場合、上記したように1周目の走行音データと2周目の走行音データの収集開始時間がt3だけずれているため、通常時と異常時との差を顕著にするどころか、無駄なノイズが生じて、エスカレータ10の異常診断を精度よく行うことができない。
【0065】
また、波形101と波形102とに含まれるノイズを低減させ、異常を顕著にするために波形101と波形102との加算平均を求めた場合の波形104を
図6(d)に示す。
図6(d)では、
図6(a)乃至
図6(c)と同様に、波形104の時間t1からt2までの区間を拡大した波形104aも併せて示す。この場合、上記したように1周目の走行音データと2周目の走行音データの収集開始時間がt3だけずれているため、異常時の走行音の波形の振幅レベルが小さくなり、上記と同様に、エスカレータ10の異常診断を精度よく行うことができない。
【0066】
以上のように、1周目の走行音データと2周目の走行音データの収集開始時間にズレが生じていると、この走行音データを時刻歴データのまま用いてもエスカレータ10の異常診断を精度よく行うことができない。
【0067】
次に、
図7(a)乃至
図7(d)と
図8(a)乃至
図8(c)とを参照して、走行音データを時刻歴データのまま用いてエスカレータ10の異常診断を行うのではなく、周波数分析した走行音データを用いて異常診断を行う場合について説明する。
【0068】
図7は周波数分析した走行音データの一例を示す図である。
図7(a)では、
図6(a)に示す波形101aを周波数分析したときの走行音データ111aを示す。
図7(b)では、
図6(b)に示す波形102aを周波数分析したときの走行音データ112aを示す。
図7(c)では、
図6(d)に示す波形104aを周波数分析したときの走行音データ114aを示す。さらに、
図7(d)では、走行音データ111aと走行音データ112aとの加算平均である走行音データ115aを示す。
【0069】
図8は
図7に示す走行音データ111aとその他の走行音データ112a,114a,115aとを比較したときの相違率を示す図である。
図8(a)では、
図7(a)に示す走行音データ111aと
図7(b)に示す走行音データ112aとを比較したときの相違率116を示す。この相違率116は「(112a−111a)×100/111a」により算出される。この場合、上記したように波形101aと波形102aとでは収集開始時間にt3だけズレが生じていたにも関わらず、周波数分析を行うことで、このズレを吸収するため、相違率をある程度小さくすることができる。
【0070】
図8(b)では、
図7(a)に示す走行音データ111aと
図7(c)に示す走行音データ114aとを比較したときの相違率117を示す。この相違率117は「(114a−111a)×100/111a」により算出される。この場合、上記したように波形101aと波形102aとでは収集開始時間にt3だけズレが生じていたにも関わらず、これら波形の加算平均である波形104aを求めてから、周波数分析を行っているため、上記ズレを吸収しきれず、相違率が大きくなっている。
【0071】
図8(c)では、
図7(a)に示す走行音データ111aと
図7(d)に示す走行音データ115aとを比較したときの相違率118を示す。この相違率118は「(115a−111a)×100/111a」により算出される。この場合、収集開始時間にズレが生じている波形101aと波形102aとの各々を周波数分析して上記ズレを吸収した後に、周波数分析した走行音データ111a,112aの加算平均をノイズを低減させるために求めているため、相違率をより小さくすることができる。
【0072】
本実施形態では、計測データ(時刻歴データ)を周波数分析したことで得られるデータと基準データとに基づいて当該計測データに含まれる異常成分を抽出した後に、この異常成分の加算平均を分析単位毎に求めるため、上記した
図8(c)で説明した場合と同様な効果を得ることができる。つまり、計測データの収集精度にばらつきが生じたとしても、このばらつきによる影響を低減させると共に、突発的に発生するノイズも低減させることができる。
【0073】
なお、本実施形態では、点検踏段11aに設置されたセンサ端末30によってエスカレータ10の一周を検出する構成としたが、例えば上部機械室12、下部機械室13あるいはトラス15に近接センサを設け、この近接センサにてエスカレータ10の一周を検出してもよい。
【0074】
近接センサとしては、例えば光電センサや磁気センサなどが用いられる。この近接センサの検出信号をデータ収集装置40に直接入力する構成とすれば、無線伝送の遅れを無くすことができるので、複数箇所で同時に集音する場合の同期処理を軽減できる。
【0075】
また、本実施形態では、点検踏段11aに設置されたセンサ端末30は、踏段位置検出部33によって点検踏段11aの位置を基準にしてエスカレータ10が一周したことを検出することにより、周単位で計測データをデータ収集装置40に送る構成としたが、例えば計測データに1周検出信号を付加してデータ収集装置40側で1周毎の計測データに変換する構成としてもよい。
【0076】
すなわち、1周毎に計測データを送信する構成ではなく、ストリーミング伝送によってデータ送信を行う。その際に、計測データに1周検出信号を付加して、データ収集装置40側で1周毎の計測データに変換する。これにより、センサ端末30で保持する計測データ量を減らすことができるため、センサ端末のコストを低減できる。
【0077】
また、センサ端末30は必ずしも点検踏段11aに設置しておく必要はなく、例えば上部機械室12、下部機械室13あるいはトラス15などに固定設置しておき、その設置された場所でエスカレータ10の走行音データを測定することでもよい。
【0078】
また、本実施形態では、エスカレータ10の一周分の走行音データを時間tn毎に分割した分析単位で抽出するとしたが、例えば時間tnの前後を多少オーバーラップさせてデータを抽出するとしてもよい。具体的には、
図9に示すように、時間tnの前後50%をオーバーラップさせてデータを抽出するとしてもよい。このようにすれば、時間tn前後のデータ抜けを防いで、正確な分析を行うことができる。
【0079】
さらに本実施形態では、乗客コンベアがエスカレータであるとして説明したが、これに限定されず、階床を固定したエレベータなどにも適用することができる。
【0080】
なお、本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。