(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5743975
(24)【登録日】2015年5月15日
(45)【発行日】2015年7月1日
(54)【発明の名称】ディーゼルエンジンEGRクーラ用オーステナイト系ステンレス鋼およびディーゼルエンジン用EGRクーラ
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20150611BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20150611BHJP
F02M 25/07 20060101ALI20150611BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/58
F02M25/07 580E
【請求項の数】5
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2012-175785(P2012-175785)
(22)【出願日】2012年8月8日
(65)【公開番号】特開2014-34694(P2014-34694A)
(43)【公開日】2014年2月24日
【審査請求日】2014年4月17日
(73)【特許権者】
【識別番号】000232793
【氏名又は名称】日本冶金工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000001236
【氏名又は名称】株式会社小松製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001542
【氏名又は名称】特許業務法人銀座マロニエ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】前田 芳樹
(72)【発明者】
【氏名】矢部 室恒
(72)【発明者】
【氏名】轟 秀和
(72)【発明者】
【氏名】梶浦 豪二
(72)【発明者】
【氏名】川井 仁
(72)【発明者】
【氏名】山田 良一
【審査官】
守安 太郎
(56)【参考文献】
【文献】
特開平01−215955(JP,A)
【文献】
特開平05−059494(JP,A)
【文献】
特開昭62−120463(JP,A)
【文献】
特開平01−306098(JP,A)
【文献】
特開昭62−287051(JP,A)
【文献】
特開平04−036440(JP,A)
【文献】
特開2012−207259(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
C:0.015mass%以下、Si:0.01〜0.20mass%、Mn:0.01〜2.0mass%、P:0.020mass%以下、S:0.010mass%以下、Ni:10〜30mass%、Cr:16〜30mass%、N:0.20mass%以下を含有し、かつ、下記(1)式を満たすSiとPとを含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなるディーゼルエンジンEGRクーラ用オーステナイト系ステンレス鋼。
記
20×Si+100×P≦4.5 ・・・(1)
(ただし、上記式中のSi、Pは、各成分の含有量(mass%)を示す。)
【請求項2】
前記成分組成に加えてさらに、Mo:2.5mass%以下を含有することを特徴とする請求項1に記載のディーゼルエンジンEGRクーラ用オーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項3】
前記成分組成に加えてさらに、Cu:0.01〜1.0mass%、Co:0.01〜1.0mass%およびW:0.01〜1.0mass%のうちから選ばれる1種または2種以上を合計で0.01〜2.0mass%含有することを特徴とする請求項1または2に記載のディーゼルエンジンEGRクーラ用オーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項4】
EGRクーラ用であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のディーゼルエンジンEGRクーラ用オーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載のオーステナイト系ステンレス鋼を構成材料とすることを特徴とするディーゼルエンジン用EGRクーラ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐粒界腐食性に優れるディーゼルエンジンEGRクーラ用オーステナイト系ステンレス鋼とその鋼から構成されるディーゼルエンジン用EGRクーラに関するものである。なお、本発明の上記オーステナイト系ステンレス鋼は、薄鋼板に限定されるものではなく、厚鋼板や形鋼、棒鋼、線材、鋼管等のいずれであってもよい。
【背景技術】
【0002】
ディーゼルエンジンは、熱効率が高く、燃費がよいため、地球温暖化防止という観点からは優れた特徴をもっている。しかし、ディーゼルエンジンの排気ガス中には粒子状物質(PM)や窒素酸化物(NOx)が多く含まれている。そこで、自動車の触媒やディーゼルパティキュレートフィルター(DPF)等の開発が進められているが、昨今の環境保護の高まりにつれて益々厳しくなる排気ガス規制に対応するには十分ではない。
【0003】
この問題を解決する技術として、ディーゼルエンジンを搭載した自動車などにおいては、排気ガスの一部を吸気系に戻し、混合気が燃焼するときの最高温度を低くしてNOxの生成量を抑制する、いわゆる排気ガス再循環装置(Exhaust Gas Recirculation、以下「EGR」という)が開発・実用化されている。そして、このEGRのNOx低減効果をより高める技術として、排気ガスを冷却してシリンダ内に再循環させるEGRクーラが開発されている。
【0004】
ところで、諸外国においては、現在でもディーゼルエンジンの燃料となる軽油に硫黄(S)を数百〜数千ppmのオーダーで含むものが用いられているところがある。この軽油に含まれる硫黄分は、硫黄酸化物となって排気ガス中に含まれ、大気中に排出されて、酸性雨の原因となったり、空気汚染を引き起こしたりするだけでなく、排気ガス中の水分と反応して高温高濃度の硫酸を生成し、ディーゼルエンジンに取り付けられたEGRクーラのような排気ガスが再循環される経路の全面腐食を引き起こすことが知られている。
【0005】
また、ディーゼルエンジンの排気ガス中には、上記硫黄酸化物の他に、前述したNOxが含まれているため、これらが水分と反応して(硫酸+硝酸)が生成され、これが再循環を繰り返すことで高濃度の(硫酸+硝酸)となるため、EGRクーラのように排気ガスが再循環される経路内における腐食環境はさらに厳しいものとなる。というのは、この高温高濃度の(硫酸+硝酸)は、硝酸が加わったことで全面腐食はある程度軽減されるものの、逆に粒界腐食が優先的に進行するようになるからである。そのため、EGRクーラを構成する材料としては、従来から排気ガスに対する耐食性に優れるとされる材料、例えばSUS316Lが用いられてきたが、これらの材料では、著しい粒界腐食のために貫通孔が生じるおそれがある。ひとたび貫通孔が生ずると、EGRクーラの冷却水がエンジン燃焼室へ直接流入するため、エンジン本体に破壊的損傷を与えることになる。SUS316L材を使用した場合には、このような事態を回避するため、十分な安全率を取ることも折り込み、ディーゼルエンジンが寿命を迎える前にEGRクーラの交換が必要となるのが現状である。
【0006】
このような問題に対応する技術としては、例えば、特許文献1には、Mo,Cu,Nb等の添加量を最適化することで、優れた耐腐食性を有するEGR系部品に用いられるCr−Ni系のオーステナイト系ステンレス鋳鋼が開示されている。しかし、この技術は、低濃硫酸水に対する耐食性の改善を目的としており、硫酸と硝酸との混合液による粒界腐食については一切考慮していない。
【0007】
また、耐粒界腐食性に優れた高耐食性ステンレス合金としては、例えば、特許文献2には、溶体化処理後の冷却過程において、特定の温度域での制御冷却あるいは再加熱によって、Laves相およびχ相の粒界析出を抑制したオーステナイト系ステンレス鋼が、また、特許文献3には、Si濃度、P濃度を低減することによって粒界へのχ相やP化物の析出を抑制し、耐粒界腐食性を高めたオーステナイト系ステンレス鋼が開示されている。しかし、これらの技術は、原子炉のような高温高圧水環境あるいは核燃料再処理設備のような高濃度硝酸環境で使用される構造用材料を対象としており、EGRクーラが受ける高温高濃度の硫酸と硝酸の混合溶液中での耐食性を改善するものではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特許第4042102号公報
【特許文献2】特開平05−271752号公報
【特許文献3】特開平04−36440号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記のようにEGRクーラに用いられる従来の材料(オーステナイト系ステンレス鋼)には、高温高濃度の(硫酸+硝酸)環境下において優れた耐粒界腐食性を有するものは存在していない。そのため、予め腐食減量分を見込んでクーラ部材を厚肉化することで耐久性の向上を図っていた。しかし、部材の厚肉化は、クーラの冷却効率の低下を招いて、EGRクーラの大型化や重量増加に繋がるため、EGRの性能が著しく損なわれる結果となる。
【0010】
本発明は、従来技術が抱える上記問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、高温高濃度の(硫酸+硝酸)環境下においても耐粒界腐食性に優れるディーゼルエンジンEGRクーラ用オーステナイト系ステンレス鋼と、その鋼を構成材料とするディーゼルエンジン用EGRクーラを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
発明者らは、上記課題の解決に向け、Ni−Cr系のオーステナイト系ステンレス鋼に着目し、各種成分組成の鋼を実験室レベルで溶解して薄鋼板とし、腐食試験を行った。その結果、低C化してCr欠乏層による粒界腐食を抑制した上で、低P化によりP化物の粒界への析出を抑制し、さらに、P化物の生成を促進するSiを低減することによって、(硫酸+硝酸)環境下においても優れた耐粒界腐食性を有するオーステナイト系ステンレス鋼が得られることを見出した。さらに、上記鋼に対して、Mo,Cu,CoおよびWのいずれか1以上の元素を添加しても適正量の範囲内であれば、耐粒界腐食性には影響しないことを見出し、本発明を開発するに至った。
【0012】
上記知見に基く本発明は、C:0.015mass%以下、Si:0.01〜0.20mass%、Mn:0.01〜2.0mass%、P:0.020mass%以下、S:0.010mass%以下、Ni:10〜30mass%、Cr:16〜30mass%、N:0.20mass%以下を含有し、かつ、下記(1)式;
20×Si+100×P≦4.5 ・・・(1)
(ただし、上記式中のSi、Pは、各成分の含有量(mass%)を示す。)
を満たすSiとPを含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなるディーゼルエンジンEGRクーラ用オーステナイト系ステンレス鋼である。
【0013】
本発明のディーゼルエンジンEGRクーラ用オーステナイト系ステンレス鋼は、上記成分組成に加えてさらに、Mo:2.5mass%以下を含有することを特徴とする。
【0014】
また、本発明のディーゼルエンジンEGRクーラ用オーステナイト系ステンレス鋼は、上記成分組成に加えてさらに、Cu:0.01〜1.0mass%、Co:0.01〜1.0mass%およびW:0.01〜1.0mass%のうちから選ばれる1種または2種以上を合計で0.01〜2.0mass%含有することを特徴とする。
【0015】
また、本発明のディーゼルエンジンEGRクーラ用オーステナイト系ステンレス鋼は、EGRクーラ用であることを特徴とする。
【0016】
また、本発明は、上記のいずれかに記載のオーステナイト系ステンレス鋼を構成材料とすることを特徴とするディーゼルエンジン用EGRクーラである。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、高温高濃度の(硫酸+硝酸)環境における耐粒界腐食性に優れるオーステナイト系ステンレス鋼を提供することができるので、ディーゼルエンジン用EGRクーラの素材として好適に用いることができる。したがって、本発明のオーステナイト系ステンレス鋼を素材として用いたディーゼルエンジン用EGRクーラは、高温高濃度の(硫酸+硝酸)環境における耐粒界腐食性に優れるので、EGRクーラの耐久性を向上できるだけでなく、部材の薄肉化も可能となるので、EGRクーラの小型・軽量化にも大いに寄与する。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】SiとPの含有量と耐粒界腐食性の関係を示す図である。
【
図2】本発明鋼と比較鋼の耐食性のラボ試験結果を示すグラフである。
【
図3】本発明鋼と比較鋼の耐食性のベンチ試験結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
まず、本発明のオーステナイト系ステンレス鋼の成分組成を限定する理由について説明する。
C:0.015mass%以下
Cは、Cr炭化物を形成して粒界に析出し、耐粒界腐食性を大きく低下させる。特に、EGRクーラのような粒界腐食環境となるガス再循環経路に用いた場合には、Cr炭化物は粒界腐食の原因となるので、極力低減する必要がある。そこで、Cは0.015mass%以下とする。好ましくは0.010mass%以下である。
【0020】
Si:0.01〜0.20mass%
Siは、脱酸剤としての添加される元素であるとともに、Cr,Fe,O,H等で構成される不動態酸化皮膜を保護、強化する機能を有し、耐硫酸腐食性を向上させる効果があるので0.01mass%以上添加する必要である。一方、Siは、P化物の形成を促進し、粒界腐食感受性を増大させるので、上限を0.20mass%とする。好ましくは0.01〜0.15mass%の範囲、より好ましくは0.01〜0.10mass%の範囲である。
【0021】
Mn:0.01〜2.0mass%
Mnは、脱酸作用を有するとともにオーステナイト形成元素でもあるので、0.01mass%以上の添加が必要である。しかし、2.0mass%を超える添加は、Sと結合して粗大な非金属介在物を形成し、熱間加工性を低下させるようになる。よって、Mnは0.01〜2.0mass%の範囲とする。好ましくは0.5〜1.0mass%の範囲である。
【0022】
P:0.020mass%以下
Pは、不純物として鋼中に不可避的に混入してくる元素であり、P化物として結晶粒界に偏析し、耐粒界腐食性や熱間加工性を害することから極力低減することが望ましい。ただし、Pの上記悪影響は、0.020mass%程度であれば許容できるので、上限を0.020mass%とする。好ましくは0.015mass%以下、より好ましくは0.010mass%以下である。
【0023】
S:0.01mass%以下
Sは、不純物として鋼中に不可避的に混入してくる元素であり、硫化物系の非金属介在物を生成し、孔食等の耐食性を低下させる原因となるので、できる限り低減するのが好ましい。よって、本発明では、Sの上限は0.01mass%とする。
【0024】
Ni:10〜30mass%
Niは、粒界腐食を促進するσ相やχ相などの金属間化合物の形成を抑制するのに有効な元素であり、かつ、オーステナイト相を安定にする効果があるため、10mass%以上含有させる必要がある。しかし、30mass%を超えて添加しても、耐食性向上効果は飽和し、原料コストの増大を招くだけである。よって、Niは10〜30mass%の範囲とする。好ましくは10〜18mass%の範囲である。
【0025】
Cr:16〜30mass%
Crは、主に硫酸を含む腐食環境における耐食性を向上させる効果があるので、少なくとも16mass%以上の添加を必要とする。一方、30mass%を超える添加は、粒界腐食を促進するχ相などの金属間化合物の形成を助長し、かえって耐食性を低下させるようになる。よって、Crは16〜30mass%の範囲とする。好ましくは、18〜22mass%の範囲である。
【0026】
N:0.20mass%以下
Nは、オーステナイトを安定化させるとともに、強度を確保するのに有効な元素である。しかし、0.20mass%を超えて含有させると加工性を損なうようになる。よって、Nは0.20mass%以下とする。
【0027】
本発明のオーステナイト系ステンレス鋼は、上記成分組成を満たすことに加えてさらに、下記(1)式;
20×Si+100×P≦4.5 ・・・(1)
(ただし、上記式中のSi、Pは、各成分の含有量(mass%)を示す。)
を満たすSiとPを含有することが必要である。
Pは、P化物を形成して結晶粒界に析出し、耐粒界腐食性および熱間加工性を低下させる。また、Siは、上記P化物の結晶粒界への析出を促進する。そのため、後述する実施例で示すように、(20×Si+100×P)の値が4.5を超えると粒界腐食が起こるようになる。そこで、本発明では、P化物の形成を抑制し、粒界腐食感受性を低減させるため、PとSiは上記(1)式の関係を満たして含有させる必要がある。
【0028】
本発明のオーステナイト系ステンレス鋼板は、上記必須とする成分に加えてさらに、Moあるいはさらに、Cu,CoおよびWのうちから選ばれる1種または2種以上を下記の範囲で添加することができる。
Mo:2.5mass%以下
Moは、全面腐食や孔食に対する耐食性を向上させるのに有効な元素である。しかし、Moの過剰な添加は、σ相やχ相などの金属間化合物の形成を助長し、耐粒界腐食性を低下させる。よって、Moを添加する場合には上限を2.5mass%とする。好ましくは2.0mass%以下である。
【0029】
Cu:0.01〜1.0mass%、Co:0.01〜1.0mass%、W:0.01〜1.0mass%のうちから選ばれる1種または2種以上:合計で2.0mass%以下
Cu,CoおよびWは、全面腐食や孔食に対する耐食性の向上に有効な元素であるので、それぞれCu:0.01〜1.0mass%、Co:0.01〜1.0mass%、W:0.01〜1.0mass%の範囲で添加することができる。しかし、これら元素の合計が2.0mass%を超えると、熱間加工性を害するようになるので、上限は2.0mass%とするのが好ましい。より好ましい3元素の合計は1.0mass%以下、さらに好ましい3元素の合計は0.5mass%以下である。
【実施例1】
【0030】
電気炉にて鉄屑、フェロクロム、フェロニッケル、ステンレス屑などの原料を所定の比率に調整し、溶解した後、AOD(Argon Oxygen Decarburization)炉、またはVOD(Vacuum Oxygen Decarburization)炉にて二次精錬し、表1に示した各種成分組成に調整した後、連続鋳造してスラブとした。このスラブを熱間圧延し、冷間圧延と熱処理を繰り返して板厚0.5mmの冷延コイルとした。なお、表1に示したC,Sの組成は、炭素・硫黄同時分析装置(酸素気流中燃焼−赤外線吸収法)を用いて、Nの組成は、酸素・窒素同時分析装置(不活性ガス−インパルス加熱溶融法)を用いて、C,S,N以外の組成は蛍光X線分析により分析した値である。
次いで、上記冷延コイルから、幅20mm×長さ25mmの腐食試験片を採取し、35mass%硫酸+10mass%硝酸の沸騰溶液に4日間浸漬する粒界腐食試験に供した。耐粒界腐食性の評価は、腐食試験後の試験片断面を顕微鏡観察して粒界の腐食深さを測定することで行った。
【0031】
【表1】
【0032】
上記粒界腐食試験の結果を表1中に併記した。
表1に示したNo.1〜10は、Moを含有しないオーステナイト系ステンレス鋼の例であり、本発明の条件をすべて満たすNo.1〜4の発明例の鋼には粒界腐食の発生は認められていないが、SiまたはPの含有量が本発明の範囲を超えて高いか、あるいは、(20×Si+100×P)の値が4.5を超えるNo.5〜10の比較例の鋼では粒界腐食の発生が認められた。
また、表1に示したNo.11〜23はMoを含有するオーステナイト系ステンレス鋼の例であり、本発明の条件をすべて満たすNo.11〜19の発明例の鋼には粒界腐食の発生は認められていないが、SiまたはPの含有量が本発明の範囲を超えて高いか、あるいは、(20×Si+100×P)の値が4.5を超えるNo.20〜23の比較例の鋼では粒界腐食の発生が確認されている。
なお、
図1は、上記表1のNo.1〜23の鋼のSiとPの含有量と耐粒界腐食性との関係を示したものであり、Si≦0.20mass%、P≦0.020mass%および(20×Si+100×P)≦4.5mass%の範囲において、耐粒界腐食性に優れていることがわかる。
【実施例2】
【0033】
実施例1の表1に示したNo.2の鋼(発明例)とNo.23の鋼(SUS316L;比較例)の鋼を素材として実施例1と同様にして板厚が0.5mmの冷延コイルとし、下記のラボ試験とベンチ試験を行い、(硫酸+硝酸)環境下における耐食性を比較した。
<ラボ試験>
上記No.2およびNo.23の冷延コイルから、板厚0.5mm×幅20mm×長さ30mmの試験片を採取し、実際の排気ガス経路から抽出した結露水を模擬した腐食液(35mass%硫酸+10mass%硝酸の混合液で温度が120℃の沸騰液)中に、96hr、192hr、500hrおよび1000hr浸漬した後、試験片の断面を顕微鏡観察して、粒界に生じた腐食深さを測定した。なお、耐粒界腐食性の評価は、No.23(SUS316L)の1000hr後における腐食深さを1.00とした腐食深さ比で評価した。
<ベンチ試験>
上記No.2の鋼とNo.23の鋼の冷延板(板厚:0.5mm)を用いてEGRクーラの排気ガスに曝される部位(チューブ)を構成し、これを建設機械用ディーゼルエンジン(直列6気筒、排気量11L)に搭載し、S含有量が5000massppmの高硫黄軽油を燃料に使用して1000hr稼動させた。
その後、EGRクーラから上記チューブを切り出し、その断面を顕微鏡観察して粒界腐食の浸食深さを測定した。なお、耐粒界腐食性の評価は、No.23(SUS316L)の1000hr稼動後における腐食深さを1.00とした腐食深さ比で評価した。
【0034】
ラボにおける腐食試験の結果を表2および
図2に示した。この結果から、本発明の鋼(No.2)は、SUS316L(No.23)と比較して粒界の腐食深さが1/5〜1/7に抑制されていることがわかる。
また、実機ディーゼルエンジンに搭載したベンチ試験の結果を
図3に示した。この試験結果においても、本発明の鋼は、粒界の腐食深さ比が0.21で、SUS316Lの約1/5に抑制されていることがわかる。
これらの結果から、本発明のオーステナイト系ステンレス鋼を使用することにより、EGRクーラの寿命を5倍以上に大幅に延長することができることが確認された。
【0035】
【表2】