(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5745035
(24)【登録日】2015年5月15日
(45)【発行日】2015年7月8日
(54)【発明の名称】高潤滑性固体潤滑剤
(51)【国際特許分類】
C10M 111/02 20060101AFI20150618BHJP
C10M 103/06 20060101ALN20150618BHJP
C10M 105/24 20060101ALN20150618BHJP
C09D 201/00 20060101ALN20150618BHJP
C09D 7/12 20060101ALN20150618BHJP
C09D 5/00 20060101ALN20150618BHJP
C10N 10/04 20060101ALN20150618BHJP
C10N 20/06 20060101ALN20150618BHJP
C10N 30/06 20060101ALN20150618BHJP
C10N 40/24 20060101ALN20150618BHJP
【FI】
C10M111/02
!C10M103/06 C
!C10M105/24
!C09D201/00
!C09D7/12
!C09D5/00 Z
C10N10:04
C10N20:06 A
C10N30:06
C10N40:24 Z
【請求項の数】6
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2013-507638(P2013-507638)
(86)(22)【出願日】2012年3月27日
(86)【国際出願番号】JP2012058003
(87)【国際公開番号】WO2012133454
(87)【国際公開日】20121004
【審査請求日】2013年9月25日
(31)【優先権主張番号】特願2011-69106(P2011-69106)
(32)【優先日】2011年3月28日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000229597
【氏名又は名称】日本パーカライジング株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105315
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 温
(72)【発明者】
【氏名】小見山 忍
(72)【発明者】
【氏名】芹田 敦
(72)【発明者】
【氏名】森 和彦
【審査官】
中野 孝一
(56)【参考文献】
【文献】
特開昭54−118955(JP,A)
【文献】
特開平05−230493(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C10M101/00−177/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鱗片状の硫酸カルシウム結晶の表面に脂肪酸のカルシウム塩を析出させたものであることを特徴とする固体潤滑剤。
【請求項2】
前記鱗片状の硫酸カルシウム結晶の厚みが1.5μm以下であることを特徴とする請求項1に記載の固体潤滑剤。
【請求項3】
上記、脂肪酸のカルシウム塩の炭素数が12〜20であることを特徴とする請求項1又は2に記載の高潤滑性固体潤滑剤。
【請求項4】
硫酸カルシウム結晶をカルシウムイオンが溶存している水中に分散した状態で、カルシウムイオンと、カルシウムイオンと結合し得る一種以上の脂肪酸成分と、を当該水中に存在させ、脂肪酸のカルシウム塩を硫酸カルシウム結晶表面に析出させる工程を含む、固体潤滑剤の製造方法。
【請求項5】
脂肪酸のカルシウム塩を結晶表面に析出させた鱗片状の硫酸カルシウムと、バインダ成分と、滑剤とを含有することを特徴とする潤滑塗料。
【請求項6】
前記鱗片状の硫酸カルシウム結晶の厚みが1.5μm以下であることを特徴とする請求項5に記載の潤滑塗料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属表面と金型などの固体表面とが擦れ合う状況において、その接触界面に介することで摩擦の低減と焼付きの抑制とを担う高潤滑な固体潤滑剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
機械部品同士が擦れ合う摺動面や、金型で鋼材などを圧縮し変形させる塑性加工での接触面などでは、非常に大きな面圧を伴った固体表面同士の摩擦が生じる。摩擦面には数百度にもなる温度上昇が生じることで、金属が相手の固体表面に凝着する焼付き現象が発生しやすい。焼付きを防止するためには摩擦熱の発生を抑える必要があるため、摩擦力を低減するための潤滑剤を使用する。潤滑剤としては油や金属石けんなど摩擦面で液状となる流体潤滑膜を用いることが多く、これらにより摩擦と発熱が小さく抑えられ固体表面同士の摺動が成り立っている。しかし、摺動面の圧力や温度環境が更に厳しくなると、油による流体潤滑膜の厚み維持が困難となり、摩擦が十分に低減できない部分が摺動面に生じて焼付きが発生しやすくなる。このように流体潤滑膜のみでの焼付き防止が十分にできない固体摺動面に用いられるのが固体潤滑剤である。
【0003】
固体潤滑剤は、摩擦界面に固体状で介することにより擦り合う機械部品などの固体表面同士が直接的に接触しないように阻止する。固体表面の直接接触のみを阻止するのであれば砂粒などでもよいようにも思われるが、これでは摺動面の摩擦を十分に低減できずに、機械部品同士がスムーズに摺動できなくなったり、それらの表面が硬質粒子による摩耗を受けるなどするため実用的ではない。そのため、固体潤滑剤には、固体でありながら固体接触界面に介することで摩擦を低減できる特殊な機能が必要とされる。
【0004】
固体潤滑剤として使用される多くは、弱い力で破壊される構造をもつ結晶性の物質である。機械部品など固体間の接触界面に介すると、そこに生じるせん断力を受けることで固体潤滑剤は自らが脆性破壊的に壊れることで固体間の摩擦を低減する。この時の破壊に要する力が小さいものほど摩擦低減能が高いと評価できる。
【0005】
多くの固体潤滑剤に共通する特徴としてへき開面を有することが挙げられる。へき開面とは結晶格子間の結合が弱い部分を示しており、へき開面での結晶の破壊に要する力は比較的小さいことが特徴である。へき開性と、鉱物の硬さを示すモース硬度との関係は必ずしもあるとはいえないが、固体潤滑剤が優れた潤滑性能を呈するために重要な特性である。
【0006】
へき開性の固体潤滑剤が有する特徴として挙げられる特性の一つに展延性がある。これはへき開面での結晶崩壊した固体潤滑剤が摩擦面に広がっていく状況をいうものであるが、結晶一個を52枚セットのトランプに例えると説明し易い。カード一枚一枚がへき開面で積層した強固な結晶ユニットである。摩擦面に介する結晶にせん断力が加えられるとカードの積み重ねられた構造は容易に崩壊し、摩擦面に広がっていく。このとき、せん断力に対する抵抗は非常に小さく、摩擦面の摩擦低減効果は著しい。また、結晶一個が置かれた摩擦面の面積に対して52枚セットのカードが展延していくと最大で52倍の面積を被覆し焼付きからの保護もできることになる。
【0007】
この機能が求められる環境としては、例えば塑性加工の分野が挙げられる。特に鍛造などでは被加工材である鋼材表面が加工により何十倍にも引き延ばされることがしばしばあり、単なる固体潤滑膜では被加工材の表面拡大についていけずに摩擦面の潤滑膜切れを起してしまう。このような環境でも、固体潤滑剤が展延機能を有することで摩擦面の潤滑膜切れを抑制でき、安定な潤滑を提供し続けられるのである。
【0008】
固体潤滑剤として有名なものとしては、黒鉛や二硫化モリブデンなどが挙げられる。これらのモース硬度は1〜2程度と特にへき開層での破壊に要する力が非常に小さいことが特徴である。特に二硫化モリブデンは、固体潤滑剤の中でも摩擦低減効果に非常に優れていることから、過酷な摩擦面環境の塑性加工分野の潤滑にはなくてはならないものとして重宝されている。
【0009】
例えば、特許文献1(国際公開番号WO2002/012419号公報)で示される金属材料塑性加工用水系潤滑剤は、(A)水溶性無機塩と(B)二硫化モリブデン及びグラファイトから選ばれる1種以上の滑剤と、(C)ワックスとを含有し、かつこれらの成分が水に溶解又は分散しており、固形分濃度比(重量比)(B)/(A)が1.0〜5.0、(C)/(A)が0.1〜1.0であることを特徴とするものである。当該金属材料塑性加工用水系潤滑剤を用いて得られた潤滑皮膜は、それまでに特許文献2(特開2000-63880号公報)などで開示されてきた塑性加工用潤滑皮膜に比べて、二硫化モリブデン及びグラファイトから選ばれる1種以上を特定比率で含有することにより性能を引き上げている。これらの優れた効果は、二硫化モリブデン及びグラファイトなどの、いわゆる固体潤滑剤が摩擦界面に薄膜状に展延していくことによる摩擦の緩和と表面被覆による焼付抑制によるものと考えられ、難易度が高い鍛造を対象とした潤滑皮膜での固体潤滑剤の役割の重要さが示唆されるものである。
【0010】
一方で、最近の作業環境のクリーン化を求める労働環境情勢から、黒色系物質の使用を極端に嫌うケースが多くなってきているほか、国際情勢による原料調達や価格の不安定さなどのリスクを抱える工業原料の排除を要望する動きなどから、将来的には、二硫化モリブデンなどの黒色系固体潤滑材料を含有する潤滑被膜には頼れなくなってきている。そのような背景から、原料調達やコスト変動によるリスクが少なく、且つ作業環境を汚しにくい非黒色系であって、優れた鍛造性能を呈することができる新たな固体潤滑材料の登場が待たれていた。
【0011】
非黒色系の固体潤滑剤としては、メラミンシアヌレート、チッ化ホウ素、フッ化カーボンなどが有名であり、これらを含有する潤滑剤は多く開示されている。特許文献3(特開平10-36876号公報)はその一例であるが、メラミンシアヌレートを含有する潤滑被膜の実施例が開示されており優れた潤滑性を保持するものとされている。しかし、これらの固体潤滑剤は一般に価格が高いために使い難く、コスト削減が叫ばれている「もの作り現場」への投入技術としては現実的ではない。
【0012】
上述したように、これからの新たな固体潤滑剤としての要件としては、潤滑性能はもちろんのこと、非黒色であることや低コストであることなどが求められるようになる。そのような固体潤滑剤として適していると考えられるのものとして硫酸カルシウムが挙げられる。
図1は硫酸カルシウム結晶の一例であるが、固体潤滑剤として好ましいとされるへき開面を結晶格子に有しており、せん断力がかかる摩擦面などの環境においてはへき開面が滑るように破壊されることで摩擦を低減する。また、硫酸カルシウム2水和物のモース硬度は2程度と鉱物類の中では比較的柔らかく、へき開による破壊に要するせん断力が小さいと考えられることも固体潤滑剤として好ましい。
【0013】
一般に硫酸カルシウムは透明な結晶であり、微粒子状態であると光散乱により白色に見える非黒色系の固体潤滑剤である。また、工業的に安価であり入手し易い。更に、硫酸と水酸化カルシウムとを反応させるなどして合成することも容易であり、合成条件により所望の結晶形状やサイズにコントロールすることも可能であり非常に使い易い固体潤滑剤である。
【0014】
さて、固体潤滑剤としての硫酸カルシウムを使用するにあたっては、そのまま摩擦界面に供給する場合もあるが、その摩擦係数は油や石けん、ワックス類などの有機系潤滑剤と比べると大きいことから、これらとの組み合わせで使用する。硫酸カルシウムとワックスや金属石けんなどとを共存させることで、その潤滑皮膜の摩擦係数を流体潤滑並みに低め、且つ固体潤滑剤としての硫酸カルシウムにより焼付きを抑制するのである。例えば、潤滑塗料などは、硫酸カルシウムと有機系潤滑剤とを樹脂や無機塩などの皮膜形成材料に混ぜ込むことで製造でき、これを被塗材表面に塗布し水分や溶媒を揮発させることで潤滑皮膜を形成する。なお、現在の潤滑塗料でのベースとなる溶媒は水であり、以前に多く使用されてきた有機溶剤などは環境上の問題で使用されなくなってきている。形成された潤滑皮膜は、有機系潤滑剤の非常に低い摩擦係数を呈し、焼付き抑制能をも有する理想的なものとなる。摩擦面では、その低い摩擦係数により機械摺動部品同士の摺動をスムーズに保ち、大きな接触圧力部でも固体潤滑剤の硫酸カルシウムが介することで焼付きなどは生じさせない。
【0015】
しかし、摩擦面環境が更に厳しくなってくると、上述したような潤滑塗料の性能維持に問題が生じてくる。例えば、冷間鍛造のように被加工材が大きく表面拡大する環境では、潤滑皮膜の薄膜化も進んでいくとともに、摩擦面温度も数百度になるため有機系潤滑剤は溶融し液体状に振舞う。親水性の硫酸カルシウム結晶表面と溶融した疎水性の有機系潤滑剤は皮膜中で偏在しやすくなるなど、厚みをもって均質であった潤滑皮膜表面の状況は、薄膜になることで各成分の偏在が目立ち摩擦低減機能や焼付き抑制機能などの不均一さとなって、焼付きなど不具合を発生しやすくなる。
【0016】
その他、摩擦係数を引き下げるために配合する有機系潤滑剤は一般に疎水性であるために、水性の潤滑塗料に配合するときには多くの界面活性剤を使用するケースがほとんどであり、通常、有機系潤滑剤の配合に対して少なくとも10質量%以上は混入してくる。これら界面活性剤の混入は往々にして潤滑皮膜のせん断に対する強度や鋼材表面への密着性を低下させるなどの問題を生じることが多く、より厳しい摩擦面への対応のために潤滑皮膜の性能の向上を求めて有機系潤滑剤を多量に配合することは、性能を低下させる成分も増やしてしまうことになり本末転倒である。
【0017】
使用環境を汚さない非黒色系であり、工業的に安価で入手し易く、固体潤滑剤として優れた性能を有する硫酸カルシウムを用いた潤滑塗料を、より厳しい摩擦面環境に安定的に適用できるようにするためには、表面拡大やしごきにより薄膜化されていくなかでも十分な量の有機系潤滑剤と固体潤滑剤とが微視的にも均一な機能を続けられることが求められており、そのような新たな技術の出現が待たれていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0018】
【特許文献1】国際公開番号WO2002/012419号公報
【特許文献2】特開2000-63880号公報
【特許文献3】特開平10-36876号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
本発明は、非黒色で、安価で、入手し易く、固体潤滑剤としての優れた潤滑性能を有する硫酸カルシウムをベースとした潤滑塗料において、塑性加工での鋼材の表面拡大やしごきにより薄膜化されていくなかでも十分な量の有機系潤滑剤と固体潤滑剤とが微視的にも均一な機能を続けられる、新たな技術の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0020】
上記課題は、
鱗片状の硫酸カルシウム結晶が水中に分散した状態で、カルシウムイオンと、カルシウムイオンと結合し得る一種以上の脂肪酸成分(脂肪酸、脂肪酸イオン及び脂肪酸塩を含む)と、を当該水中に存在させ、脂肪酸のカルシウム塩を
鱗片状の硫酸カルシウム結晶表面に析出させることで解決できる。より好適には、カルシウムイオンが溶存している水中に、硫酸カルシウム結晶を分散した状態で脂肪酸のアルカリ金属塩の水溶液(又は分散液)を添加していくことにより、脂肪酸のカルシウム塩を硫酸カルシウム結晶の表面に析出させることで解決できる。脂肪酸のカルシウム塩としては、炭素数12〜20の飽和脂肪酸又は不飽和脂肪酸のカルシウム塩であることが必要であり、炭素数14〜18の飽和脂肪酸又は不飽和脂肪酸のカルシウム塩であることが好ましい。
また、鱗片状の硫酸カルシウム結晶の厚みが1.5μm以下であることが好ましい。
【発明の効果】
【0021】
硫酸カルシウム結晶の表面に、優れた摩擦低減能を有する有機系潤滑剤としての脂肪酸のカルシウム塩を析出させることにより、摩擦面での焼付き抑制を担う固体潤滑剤である硫酸カルシウムと、摩擦を低減する機能を担う有機系潤滑剤とが偏在せずに微視的にも均一な潤滑塗料を提供することが可能となる。硫酸カルシウムを含有する低コストで高性能な摺動潤滑塗料や塑性加工用潤滑剤などを、更に厳しい摩擦面環境においても広範囲に使用できるようになるなど、ものづくり現場への経済的効果も大きく本発明の産業上の利用価値は極めて大きい。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】
図1は、硫酸カルシウム2水和物結晶の原子モデル図である。
【
図2】
図2は、好適な本形態の合成分散法で製造した硫酸カルシウムの水和物結晶の形状イメージと結晶の厚みを観察する部位を示したものである。
【
図3】
図3は、好適な本形態で使用できる硫酸カルシウム水和物結晶をX線回折法で分析した際のチャート例で、(020)面/(021)面の強度比が10以上である。
【
図4】
図4は、好適な本形態の範囲外の形状である硫酸カルシウム水和物結晶をX線回折法で分析した際のチャート例で、(020)面/(021)面の強度比が10未満である。
【
図5】
図5は、冷間鍛造性能評価における自由表面変形での被加工材の表面荒れ状況を示したものである。
【
図6】
図6は、潤滑性能評価を行ったボールしごき工程のイメージ図である。
【
図7】
図7は、潤滑性能評価を行う際の焼付き程度を示す評価基準である。
【
図8】
図8は、被覆されていない硫酸カルシウムのSEM写真である。
【
図9】
図9は、脂肪酸のカルシウム塩で被覆されている硫酸カルシウムのSEM写真である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の一形態に係る高潤滑性硫酸カルシウム結晶を詳細に説明する。なお、下記で述べる形態は一例に過ぎず、本発明は本形態に限定されるものではない。
【0024】
<成分:脂肪酸カルシウムが修飾される硫酸カルシウム結晶>
本形態での硫酸カルシウムとしては、特に限定されず、試薬、天然鉱床からの産出、リン鉱石からリン酸を製造する過程やホタル石からフッ酸を製造する過程などからの副生成物、炭酸カルシウムや水酸化カルシウムを水に分散したスラリーに硫酸を添加していくなどして合成できる硫酸カルシウムの水分散スラリーなど、その製造プロセスには関係なく使用できる。但し、本形態における硫酸カルシウムは、固体潤滑剤として良好な潤滑特性を呈するために、硫酸カルシウムの2水和物、若しくは水との接触により硫酸カルシウムの2水和物と成り得ることが必要である。そのような硫酸カルシウムとしては、硫酸カルシウムの0.5水和物や、水分の存在下で容易に0.5水和物に変化できる可溶型無水塩(γ-CaSO
4、IIIβ-CaSO
4、IIIα-CaSO
4)などが挙げられる。なお、不活性なため水分の存在下でも0.5水塩に移行し難い安定型無水塩(II-CaSO
4)は、結晶格子構造が大きく異なっており摩擦低減能が乏しくなるため本発明の目的には合わない。ここで、硫酸カルシウムの結晶形状は、特に限定されず、例えば、鱗片状、板状、柱状を挙げることができる。
【0025】
(固体潤滑剤として好適な硫酸カルシウム)
ここで、好適な硫酸カルシウムは、硫酸若しくは硫酸塩とカルシウム化合物とを水中で反応させることで析出する結晶の厚みが1.5μm以下の鱗片状であることを特徴とする硫酸カルシウムの水和物である。
【0026】
本好適形態で使用される硫酸カルシウムの水和物は、硫酸若しくは硫酸塩{例えば、硫酸のアルカリ金属塩(例えばナトリウムやカリウム塩)やマグネシウム塩}と、水酸化カルシウムや無機酸若しくは有機酸のカルシウム塩(例えば、炭酸カルシウム、リン酸カルシウム各種、塩化カルシウム、シュウ酸カルシウム、クエン酸カルシウム等)などのカルシウム化合物と、を水中で接触させることによる副分解反応によって合成される。例えば、プロペラ攪拌機を用いて炭酸カルシウム粉末を水に分散した後に、硫酸根(SO
4)を有する硫酸を攪拌添加していくことにより、硫酸カルシウムの水和物結晶が析出し水に分散された状態の懸濁液を製造できる。なお、硫酸中に炭酸カルシウム分散液を添加する方法でもよい。ここで、理想的にはカルシウム化合物(例えば、炭酸カルシウム)中のカルシウムとの等モルの反応であるが、反応効率を踏まえ若干多めの硫酸根を添加することが好適である(このため、後述するアルカリを添加して中和処理を実行することが好適となる)。この時、懸濁液中に生成される硫酸カルシウムの水和物結晶の形状は、濃度や温度をはじめとした様々な合成環境により大きく変化するが、例えば、合成析出される硫酸カルシウムの水和物結晶濃度が10質量%以下になるように、また、反応温度を30℃以下に制御して合成を行うと、鱗片状の微細結晶が得やすくなる。なお、合成時のプロペラ攪拌なども効率を高めた方がよい。前述のように合成析出させた、硫酸カルシウムの水和物結晶懸濁液は、通常、水酸化ナトリウムなどのアルカリの添加により懸濁液のpHを中性付近以上に中和して用いる。未反応の硫酸が多く残った状態で硫酸カルシウム結晶の乾燥被膜を作成しようとすると、乾燥過程にて潤滑性能に乏しい無水和物が生成しやすくなるため好ましくない。
【0027】
前記方法で合成された硫酸カルシウムの水和物結晶の走査型電子顕微鏡での観察像から計測される単一結晶の平均形状は
図2に例示される結晶外観の模式図に示す結晶の平均厚みとして1.5μm以下の鱗片状であることが好適である。ここで、当該平均厚みは、SEM上で任意に100個の結晶を選んで計測した結果の平均値である。なお、結晶の平均厚みの下限値は特に限定されないが、例えば0.1μmである。また、合成された硫酸カルシウムの水和物結晶を純水中に添加した水分散液を平坦面上(例えばガラス若しくは四フッ化エチレン製の板面上)で80℃以下の温度で乾燥固化することで、平坦面上に形成された結晶集合体の平滑面を対象とした、
図3に例示されるようなCu管球を用いたX線回析法での分析結果から得られる(020)面/(021)面の強度比が10以上であることが好ましく、30以上であることがより好ましく、50以上であることが更に好ましい。本好適形態での、(020)面/(021)面の強度比は、硫酸カルシウムの水和物結晶が(020)面で選択的に配向した積層構造のとり易さを示す指標であり、
図4に例示されるように合成された硫酸カルシウムの水和物結晶形状が十分に鱗片状となっていない場合(例えば柱状や塊状に成長した結晶厚み1.5μmを超えるもの)の(020)面/(021)面の強度比は10未満となる。潤滑被膜剤中に配合する硫酸カルシウムの水和物結晶の(020)面/(021)面の強度比が10未満である場合は、潤滑被膜中における硫酸カルシウムの水和物結晶の集合密度が疎な状態となり、塑性加工における金型と被加工材表面との接触界面に導入される際のせん断力に耐えられずに脱落し易くなるため、本好適形態で要求する潤滑被膜としての機能を発現し難くなる。なお、(020)面/(021)面の強度比が200以上の硫酸カルシウムの水和物結晶を合成することは通常は困難なため、現実的な意味として本好適形態では好ましい上限を200未満とするが、理想的には(020)面/(021)面の強度比がより大きいほど(020)選択的面配向での積層構造が潤滑被膜中で密となり潤滑被膜の性能向上に大きく寄与するため、本好適形態はこの上限値に限定されない。
【0028】
なお、天然セッコウや無機・有機化学工業から副産される化学セッコウなどの硫酸カルシウムの市販品を用いようとすると、前述した非黒色系の固体潤滑剤の場合と同様に水性被膜剤を製造する際に、ビーズミルやホモジナイザーなどの粉砕分散機を用いて微粒子状に分散させる必要があり製造コストを大幅に高めることから本好適形態の趣旨には合わない。
【0029】
<成分:硫酸カルシウム結晶を修飾する脂肪酸カルシウム>
本形態において硫酸カルシウム結晶の表面に析出させる脂肪酸のカルシウム塩としては、炭素数12〜20の飽和脂肪酸又は不飽和脂肪酸のカルシウム塩であることが好適である。そのようなものとしては、ラウリン酸カルシウム、ミリスチン酸カルシウム、ペンタデシル酸カルシウム、パルミチン酸カルシウム、パルミトレイン酸カルシウム、マルガリン酸カルシウム、ステアリン酸カルシウム、イソステアリン酸カルシウム、オレイン酸カルシウム、バクセン酸カルシウム、リノール酸カルシウム、(9,12,15)-リノレン酸カルシウム、(6,9,12)-リノレン酸カルシウム、エレオステアリン酸カルシウム、ツベルクロステアリン酸カルシウム、アラキジン酸カルシウム、アラキドン酸カルシウムなど挙げられる。なお、有機系潤滑剤としての摩擦低減性能が特に良好なものを選ぶならば直鎖の分子構造であることが好ましく、なかでも炭素数が14〜18であることが好ましい。ここで、修飾される脂肪酸種は1種でなくとも2以上の組み合わせでもよい。
【0030】
<高潤滑性硫酸カルシウム結晶における組成>
本形態に係る高潤滑性硫酸カルシウム結晶における組成、具体的には、硫酸カルシウム結晶/当該硫酸カルシウム結晶表面に析出される脂肪酸のカルシウム塩の量比(質量比)は、20以下であることが好適であり、4以下であることがより好適であり、2以下であることが更に好適である。尚、下限値は、好適には0.5であり、より好適には1である。ここで、当該量比の測定は、例えば以下の手順で行う。まず、脂肪酸のカルシウム塩を表面に析出させた硫酸カルシウム結晶の乾燥粉末約20gを秤量し、沸騰させた混合溶剤(イソプロピルアルコール6部、ヘプタン3部、エチルセルソルブ1部)中に30分間浸漬した。次いで、それらの結晶をろ過した後に再度秤量する。混合溶剤浸漬前後の重量減分を脂肪酸のカルシウム塩の被覆量とし、硫酸カルシウム結晶と当該硫酸カルシウム結晶表面に析出される脂肪酸のカルシウム塩との質量比を計算で求めた。
【0031】
<高潤滑性硫酸カルシウム結晶の構造>
本形態における高潤滑性硫酸カルシウム結晶は、核となる硫酸カルシウムの少なくとも一部(例えば鱗片状のものであれば、板末端が剥き出しとなった側壁部)又は略全部が脂肪酸のカルシウム塩で被覆されている構造を採る。尚、
図8は、被覆されていない硫酸カルシウムのSEM写真であり、
図9は、脂肪酸(ステアリン酸)のカルシウム塩で被覆されている硫酸カルシウムのSEM写真である。ここで、脂肪酸のカルシウム塩層は1層でなくてもよく、2層以上の複数層(異なる脂肪酸の層)であってもよい。また、1層であっても異なる脂肪酸種を含有していてもよい。
【0032】
<高潤滑性硫酸カルシウム結晶の製造方法>
本形態に係る高潤滑性硫酸カルシウム結晶の製造方法は、硫酸カルシウム水和物結晶をカルシウムイオンが溶存している水中に分散した状態で、カルシウムイオンと、カルシウムイオンと結合し得る一種以上の脂肪酸成分と、を当該水中に存在させ、脂肪酸のカルシウム塩を硫酸カルシウム結晶表面に析出させる工程を含む。ここで、脂肪酸成分は、水中で溶解していても分散していてもよい(例えば、脂肪酸、脂肪酸イオン、脂肪酸塩)。当該脂肪酸成分由来の脂肪酸がカルシウムイオンと結合して、水に対して難溶性又は不溶性の脂肪酸のカルシウム塩を硫酸カルシウム結晶表面に析出する。尚、本明細書での「難溶性」とは、水に対する溶解度(常温)が0.2g/100g以下であることを意味する。ここで、前記成分(カルシウムイオンと結合して塩を形成する脂肪酸成分)を含有する液体媒体(溶液又は分散液)を、硫酸カルシウム水和物結晶の分散水中に撹拌しながら滴下することが好適である。更には、アルカリ性下で反応させることが好適である。例えば、硫酸カルシウム結晶の表面への脂肪酸のカルシウム塩の析出は、通常、カルシウムイオンが溶存している水中に硫酸カルシウム結晶を撹拌分散した状態に対して、脂肪酸のカルシウム塩を析出するための脂肪酸のアルカリ金属塩から選ばれる一種以上を水に溶解又は分散した水性液を徐々に添加していくことで行う。水中へカルシウムイオンを溶存させる方法としては限定しないが、表面に析出させる対象の硫酸カルシウム結晶を水中に撹拌分散することによりカルシウムを溶存させればよい。なお、特に炭素数が多いものや構造が直鎖状に近いものなどを冷水に溶したり分散化することは難しいため、その場合には、適宜、熱水を用いて溶解若しくは分散を行う。その場合には、表面に析出させる対象の硫酸カルシウム結晶を分散した水性スラリーの温度も同様にすることが好ましい。例えば、常温で脂肪酸成分が固化してしまう成分に関しては、脂肪酸成分の水性液温度(成分にもよるが、脂肪酸成分が溶解している温度、例えば、80〜90℃)を基準としたとき、硫酸カルシウム結晶を分散した水性スラリーの温度を±10℃の範囲内にしておくことが好適である。
【0033】
カルシウムイオンが溶存している水中に、脂肪酸のカルシウム塩を析出するための脂肪酸のアルカリ金属塩から選ばれる一種以上を水に溶解又は分散した水性液を添加していくと、水中に安定に溶解、若しくは分散している脂肪酸がカルシウムとの塩をつくり不溶化、若しくは水への分散状態が不安定化することで析出を生じる。このとき硫酸カルシウム結晶が液中に分散していると、不溶化又は不安定化したカルシウム塩は硫酸カルシウム結晶の表面への析出物としてみられる。このとき、脂肪酸のアルカリ金属の一部がカルシウムとの塩を作らずに残存していてもよく、また、ワックスなど他の有機系潤滑剤を混合した状態で析出させても構わない。
【0034】
カルシウムイオンの供給源である硫酸カルシウム2水和物結晶の水への溶解度を、おおよそ0.2g/100gとすると、浴中に溶存するカルシウムイオンは0.05g/100g程度である。そこに脂肪酸のアルカリ金属塩の水溶液や水分散液を添加すると、溶存しているカルシウムは消費され反応生成物としての脂肪酸のカルシウム化合物が析出する。更に硫酸カルシウム結晶が溶解しカルシウムイオンが供給されると、脂肪酸のカルシウム化合物の析出は更に進み、硫酸カルシウム結晶の表面は脂肪酸のカルシウム化合物により覆われていくことになる。
【0035】
硫酸カルシウム結晶表面への脂肪酸のカルシウム塩の析出処理は、処理反応を段階的に行うことで2層以上の脂肪酸のカルシウム塩で被覆してもよく、2種以上の脂肪酸のカルシウム塩を同時の処理反応により析出させてもよい。脂肪酸のカルシウム化合物の種類により硫酸カルシウム結晶表面での被覆状態が異なることもあるため、2種以上の脂肪酸のカルシウム塩での被覆処理は補足的若しくは相乗的に潤滑性能を高めることが期待される。
【0036】
<高潤滑性硫酸カルシウム結晶の性状>
脂肪酸のカルシウム塩を表面に析出された硫酸カルシウム結晶は、その結晶自体が有機系潤滑剤であるカルシウム石けんを保持した構造となり、焼付き抑制能と摩擦低減能を両立したいわばハイブリッド型潤滑結晶である。この手法によれば、工業的に使用される場合の潤滑塗料において、固体潤滑剤である硫酸カルシウム結晶に対する有機系潤滑剤の配合量を諸性能を落とさずに増量することができるほか、冷間鍛造などのように被塗材表面の拡大による潤滑被膜の極端な薄膜化を強いられる環境においても、結晶単位レベルで有機系潤滑剤とハイブリッドしていることから、薄膜化により促される各成分の偏在による摩擦低減機能や焼付き抑制機能などの不均一さなどが大幅に抑制される。尚、本明細書にいう「高潤滑性」は、摩擦せん断係数0.2未満であることを意味する。ここで、摩擦せん断係数は、鍛造形摩擦試験法の一種であるリング圧縮試験を用いた値{Male,A.T. and Cockcroft,M.G.:J. of the Inst. of Metals,93 (1964),38-46.}を指す。因みに、未処理の硫酸カルシウムの摩擦せん断係数は0.25を超える。
【0037】
<使用方法(用途)>
本形態に係る高潤滑性硫酸カルシウム結晶は、固体潤滑剤として有用である。ここで、本形態の高潤滑性固体潤滑剤である、脂肪酸のカルシウム塩を表面に析出させた硫酸カルシウム結晶は、洗浄ろ過に次いでの乾燥により粉末化した状態で使用することもできるが、水中で析出処理をしたまま、若しくは洗浄ろ過後に水に分散するなどしたスラリー状態で使用することもできる。粉末状態のものは、機械摺動部品表面や塑性加工用被加工材表面に対する投射などの機械的な被覆処理により固体潤滑膜を形成することができるほか、摺動用や塑性加工用の潤滑塗料に練り込んで、又は摺動摩擦面に直接若しくは油などと混合した状態で供給することもできる。なお、脂肪酸のカルシウム塩を表面に析出させた硫酸カルシウム結晶は油などの疎水性物質との濡れが良くなるため、油系潤滑剤との組み合わせでも使い易い。本形態の固体潤滑剤を水に分散したスラリー状態のものは、樹脂や無機塩類などの皮膜形成成分と混合することで潤滑皮膜剤とすることができる。この際に用途により、石けん、ワックス、油などの他の有機潤滑成分や、補足的な防錆添加剤や粘度調整剤などを、適宜、混合することも可能である。尚、本形態に係る固体潤滑剤を含有する処理剤における界面活性剤の含有量は、処理剤の全固形分を基準として、5質量%以下が好適であり、3質量%以下がより好適である。また、本形態に係る固形潤滑剤を含有する処理剤における有機系潤滑剤の含有量は、固体潤滑剤に析出させた脂肪酸カルシウム塩を基準として、50質量%以下が好適であり、30質量%以下がより好適である。
【実施例】
【0038】
以下、本発明の実施例を比較例と共に挙げることによって、本発明をその効果と共に更に具体的に説明する。なお、本発明はこれらの実施例によって制限されるものではない。
【0039】
I.高潤滑性固体潤滑剤の製造
<高潤滑性固体潤滑剤の製造実施例1>
180gの水に、キシダ化学株式会社製試薬一級の硫酸カルシウム2水和物粉末(結晶の厚み5μm以上の板状結晶、(020)面/(021)面のX線回折法での強度比8.7)20gを撹拌混合したスラリーに水酸化ナトリウムの水溶液を添加することでpHを9に調整したものを85℃まで昇温した。そこへステアリン酸ナトリウムの5gを90℃の熱水95gに溶かした水溶液をマグネットスターラーで撹拌しながら徐々に滴下した。その後30分間の撹拌を継続し、硫酸カルシウム結晶表面への脂肪酸のカルシウム塩の析出処理を終了とした。析出処理後の硫酸カルシウム粉末のスラリーをもって高潤滑性固体潤滑剤1の製造を終了とした。尚、本剤に係る硫酸カルシウム結晶/脂肪酸カルシウム塩の質量比は4である。また、本剤の摩擦せん断係数は0.2未満であった。
【0040】
<高潤滑性固体潤滑剤の製造実施例2>
180gの水に、キシダ化学株式会社製試薬一級の硫酸カルシウム2水和物粉末(結晶の厚み5μm以上の板状結晶、(020)面/(021)面のX線回折法での強度比8.7)20gを撹拌混合したスラリーに水酸化ナトリウムの水溶液を添加することでpHを9に調整した。そこへイソステアリン酸ナトリウムの5gを水95gに溶かした水溶液をマグネットスターラーで撹拌しながら徐々に滴下した。その後30分間の撹拌を継続し、硫酸カルシウム結晶表面への脂肪酸のカルシウム塩の析出処理を終了とした。析出処理後の硫酸カルシウム粉末のスラリーをもって高潤滑性固体潤滑剤2の製造を終了とした。尚、本剤に係る硫酸カルシウム結晶/脂肪酸カルシウム塩の質量比は4である。また、本剤の摩擦せん断係数は0.2未満であった。
【0041】
<高潤滑性固体潤滑剤の製造実施例3>
180gの水に、キシダ化学株式会社製試薬一級の硫酸カルシウム2水和物粉末(結晶の厚み5μm以上の板状結晶、(020)面/(021)面のX線回折法での強度比8.7)20gを撹拌混合したスラリーに水酸化ナトリウムの水溶液を添加することでpHを9に調整したものを80℃まで昇温した。そこへオレイン酸ナトリウムの5gを80℃の熱水95gに溶かした水溶液をマグネットスターラーで撹拌しながら徐々に滴下した。その後30分間の撹拌を継続し、硫酸カルシウム結晶表面への脂肪酸のカルシウム塩の析出処理を終了とした。析出処理後の硫酸カルシウム粉末のスラリーをもって高潤滑性固体潤滑剤3の製造を終了とした。尚、本剤に係る硫酸カルシウム結晶/脂肪酸カルシウム塩の質量比は4である。また、本剤の摩擦せん断係数は0.2未満であった。
【0042】
<高潤滑性固体潤滑剤の製造実施例4>
5.2質量%の硫酸水溶液550gに対して、水420gに対して炭酸カルシウム30gを攪拌混合したスラリー450gを、回転数800rpmのプロペラ攪拌機を用いながら10分間かけて徐々に攪拌添加した。なお、添加終了後の液温は約30℃であった。ここで合成された硫酸カルシウムスラリーをろ過し乾燥することで平均厚みが0.8μmの鱗片状である硫酸カルシウム結晶粉末を得た。なお、この硫酸カルシウム結晶のX線回折法での分析結果から得られる(020)面/(021)面の強度比は119.9であった。この鱗片状の硫酸カルシウム粉末20gを180gの水に撹拌混合したスラリーに、水酸化ナトリウムの水溶液を添加することでpHを9に調整したものを85℃まで昇温した。そこへステアリン酸ナトリウムの10gを90℃の熱水85gに溶かした水溶液に5gのカルナバワックスを分散させたものをマグネットスターラーで撹拌しながら徐々に滴下した。その後30分間の撹拌を継続し、硫酸カルシウム結晶表面への脂肪酸のカルシウム塩の析出処理を終了とした。析出処理後の硫酸カルシウム粉末のスラリーをもって高潤滑性固体潤滑剤4の製造を終了とした。尚、本剤に係る硫酸カルシウム結晶/脂肪酸カルシウム塩の質量比は2である。また、本剤の摩擦せん断係数は0.2未満であった。
【0043】
<高潤滑性固体潤滑剤の製造実施例5>
180gの水に、キシダ化学株式会社製試薬化学用の硫酸カルシウム0.5水和物の粉末(結晶の厚み5μm以上の板状結晶)20gを撹拌混合したスラリーに水酸化ナトリウムの水溶液を添加することでpHを9に調整したものを80℃まで昇温した。そこへミリスチン酸ナトリウムの5gを80℃の熱水95gに溶かした水溶液をマグネットスターラーで撹拌しながら徐々に滴下した。その後10分間の撹拌を継続し、硫酸カルシウム結晶表面への脂肪酸のカルシウム塩の析出処理を終了とした。析出処理後の硫酸カルシウム粉末のスラリーをもって高潤滑性固体潤滑剤5の製造を終了とした。尚、本剤に係る硫酸カルシウム結晶/脂肪酸カルシウム塩の質量比は4である。また、本剤の摩擦せん断係数は0.2未満であった。
【0044】
<高潤滑性固体潤滑剤の製造実施例6>
180gの水に、キシダ化学株式会社製試薬一級の硫酸カルシウム2水和物粉末(結晶の厚み5μm以上の板状結晶、(020)面/(021)面のX線回折法での強度比8.7)20gを撹拌混合したスラリーに水酸化ナトリウムの水溶液を添加することでpHを9に調整したものを85℃まで昇温した。そこへステアリン酸ナトリウムの1gを90℃の熱水99gに溶かした水溶液をマグネットスターラーで撹拌しながら徐々に滴下した。その後30分間の撹拌を継続し、硫酸カルシウム結晶表面への脂肪酸のカルシウム塩の析出処理を終了とした。析出処理後の硫酸カルシウム粉末のスラリーをもって高潤滑性固体潤滑剤6の製造を終了とした。尚、本剤に係る硫酸カルシウム結晶/脂肪酸カルシウム塩の質量比は20である。また、本剤の摩擦せん断係数は0.2未満であった。
【0045】
<高潤滑性固体潤滑剤の製造実施例7>
180gの水に、キシダ化学株式会社製試薬一級の硫酸カルシウム2水和物粉末(結晶の厚み5μm以上の板状結晶、(020)面/(021)面のX線回折法での強度比8.7)20gを撹拌混合したスラリーに水酸化ナトリウムの水溶液を添加することでpHを9に調整したものを85℃まで昇温した。そこへアラキジン酸カリウムの0.5gを90℃の熱水49.5gに溶かした水溶液をマグネットスターラーで撹拌しながら徐々に滴下した。更にステアリン酸ナトリウム0.5gを90℃の熱水49.5gに溶解(一部は白濁に分散)した水性液をマグネットスターラーで撹拌しながら徐々に滴下した。次いで、その後10分間の撹拌を継続し、硫酸カルシウム結晶表面への脂肪酸のカルシウム塩の析出処理を終了とした。析出処理後の硫酸カルシウム粉末のスラリーをもって高潤滑性固体潤滑剤7の製造を終了とした。尚、本剤に係る硫酸カルシウム結晶/脂肪酸カルシウム塩の質量比は20である。また、本剤の摩擦せん断係数は0.2未満であった。
【0046】
<高潤滑性固体潤滑剤の製造実施例8>
冷却機を用いて10℃以下の液温に制御した条件において、水405gに炭酸カルシウム45gを攪拌混合した懸濁液450gに対して、8.0質量%の硫酸水溶液550gを回転数800rpmのプロペラ攪拌機を用いながら5分間かけて攪拌添加した。更に30分間のプロペラ攪拌を継続することで合成を終えた。ここで合成された硫酸カルシウムスラリーをろ過し乾燥することで平均厚みが1.2μmの鱗片状である硫酸カルシウム結晶粉末を得た。なお、この硫酸カルシウム結晶のX線回折法での分析結果から得られる(020)面/(021)面の強度比は21.5であった。この鱗片状の硫酸カルシウム粉末20gを180gの水に撹拌混合したスラリーに、水酸化ナトリウムの水溶液を添加することでpHを9に調整したものを85℃まで昇温した。そこへステアリン酸ナトリウムの5gを90℃の熱水95gに溶かした水溶液をマグネットスターラーで撹拌しながら徐々に滴下した。その後30分間の撹拌を継続し、硫酸カルシウム結晶表面への脂肪酸のカルシウム塩の析出処理を終了とした。析出処理後の硫酸カルシウム粉末のスラリーをもって高潤滑性固体潤滑剤8の製造を終了とした。尚、本剤に係る硫酸カルシウム結晶/脂肪酸カルシウム塩の質量比は20である。また、本剤の摩擦せん断係数は0.2未満であった。
【0047】
<高潤滑性固体潤滑剤の製造実施例9>
180gの水に、キシダ化学株式会社製試薬一級の硫酸カルシウム2水和物粉末(結晶の厚み5μm以上の板状結晶、(020)面/(021)面のX線回折法での強度比8.7)20gを撹拌混合したスラリーに水酸化ナトリウムの水溶液を添加することでpHを9に調整したものを85℃まで昇温した。そこへステアリン酸ナトリウムの5gを90℃の熱水95gに溶かした水溶液をマグネットスターラーで撹拌しながら徐々に滴下した。その後30分間の撹拌を継続し、硫酸カルシウム結晶表面への脂肪酸のカルシウム塩の析出処理を終了とした。析出処理後の硫酸カルシウム粉末のスラリーはろ紙によりろ過し、次いで沸騰水を用いて10分間のろ過洗浄を施し、60℃の熱風乾燥機で乾燥することで固体潤滑剤9の製造を終了とした。尚、本剤に係る硫酸カルシウム結晶/脂肪酸カルシウム塩の質量比は4である。また、本剤の摩擦せん断係数は0.2未満であった。
【0048】
<高潤滑性固体潤滑剤の製造実施例10>
5.2質量%の硫酸水溶液550gに対して、水420gに対して炭酸カルシウム30gを攪拌混合したスラリー450gを、回転数800rpmのプロペラ攪拌機を用いながら10分間かけて徐々に攪拌添加した。なお、添加終了後の液温は約30℃であった。ここで合成された硫酸カルシウムスラリーをろ過し乾燥することで平均厚みが0.8μmの鱗片状である硫酸カルシウム結晶粉末を得た。なお、この硫酸カルシウム結晶のX線回折法での分析結果から得られる(020)面/(021)面の強度比は119.9であった。この鱗片状の硫酸カルシウム粉末20gを180gの水に撹拌混合したスラリーに、水酸化ナトリウムの水溶液を添加することでpHを9に調整したものを80℃まで昇温した。そこへオレイン酸カリウム2.5gとステアリン酸ナトリウム5gを順次90℃の熱水92.5gに溶かした水溶液をマグネットスターラーで撹拌しながら徐々に滴下した。その後30分間の撹拌を継続し、硫酸カルシウム結晶表面への脂肪酸のカルシウム塩の析出処理を終了とした。析出処理後の硫酸カルシウム粉末のスラリーをもって高潤滑性固体潤滑剤10の製造を終了とした。尚、本剤に係る硫酸カルシウム結晶/脂肪酸カルシウム塩の質量比は4である。また、本剤の摩擦せん断係数は0.2未満であった。
【0049】
<高潤滑性固体潤滑剤の製造比較例1>
180gの水に、キシダ化学株式会社製試薬一級の硫酸カルシウム2水和物粉末
(結晶の厚み5μm以上の板状結晶、(020)面/(021)面のX線回折法での強度比8.7)20gを撹拌混合したスラリーに水酸化ナトリウムの水溶液を添加することでpHを9に調整した。そこへ市販のステアリン酸カルシウムの水分散液を固形分として10g添加できるように撹拌添加した。その硫酸カルシウム粉末のスラリーをもって高潤滑性固体潤滑剤11の製造を終了とした。
【0050】
<高潤滑性固体潤滑剤の製造比較例2>
180gの水に、キシダ化学株式会社製試薬一級の硫酸カルシウム2水和物粉末
(結晶の厚み5μm以上の板状結晶、(020)面/(021)面のX線回折法での強度比8.7)20gを撹拌混合したスラリーに水酸化ナトリウムの水溶液を添加することでpHを9に調整した。そこへ市販のポリテトラフルオロエチレンの水分散液を固形分として10g添加できるように撹拌添加した。その硫酸カルシウム粉末のスラリーをもって高潤滑性固体潤滑剤12の製造を終了とした。
【0051】
II.冷間鍛造性能評価
Iにて製造した高潤滑性固体潤滑剤の実施例及び比較例、及び未処理の硫酸カルシウム2水和物粉末(試薬一級、キシダ化学株式会社製)、参考としての黒鉛と二硫化モリブデンを用いて冷間鍛造性能評価用試験片に皮膜処理を施すための潤滑塗料の調製、及び冷間鍛造性能評価用試験片の作成は以下の要領で行った。
【0052】
前記潤滑塗料は、固体潤滑剤:バインダの固形分質量比が8:2になるように全固形分が8質量%の水分散液を調製した。なお調製には、バインダとしてポリビニルアルコールを用いた。それぞれに調整した潤滑塗料は、試験片の直径14mmで長さ32mmの円柱状鋼材(S10C)の表面に塗布し、次いで100℃の熱風炉中で乾燥することで試験片表面に潤滑塗料の皮膜を形成した。形成された皮膜の付着量は、大凡、5g/m
2前後であった。
【0053】
冷間鍛造性能評価は、参考文献(高橋昭紀・広瀬仁俊・小見山忍・王志剛:第62回塑性加工連合会講演論文集,(2011),89-90)に開示されている据込み−ボールしごき形摩擦試験法を利用して行った。この試験法では、まず円柱試験片の端面を拘束条件下で上下の金型により挟圧する据込み加工を据込み率45%で行うことで試験片側面部張出した樽状に変形させる。この時の試験片側面部は自由表面変形により
図5に示すように表面荒れを起し表面粗さRzは2倍以上にもなることで、その上層に位置する潤滑皮膜はダメージを受ける。次いで、
図6に示すように側面張出し部分を対象に3個のボール状金型(直径10mmのSUJ−2ベアリングボール)を用いたしごき加工を行う。これは、しごき部の最大表面積拡大が200倍を超える強加工であり、潤滑皮膜は極端な薄膜化を強いられたなかで焼付き抑制能を試される。
【0054】
各潤滑皮膜の冷間鍛造性能評価は、据込み工程での皮膜の脱落状態の目視観察により潤滑被膜の密着性能を評価し、表面積拡大が大きいしごき加工後半部の焼付き程度の目視観察で薄膜状態での潤滑性能を評価した。潤滑皮膜の密着性能が悪いと求める潤滑性能が得られないほか、冷間鍛造金型を詰まらせてしまい成型品の寸法不良などの不具合を発生するため工業的には使用できないものと判断できる。また、薄膜状態を強いられたときの潤滑性能が悪いと本発明が目的としている、より厳しい摩擦面環境で使用できる潤滑皮膜とはいえない。
【0055】
以下に据込み工程での皮膜の脱落状態から密着性を評価する評価基準を示す。評価が「×」のものは実用的なものではない。
<評価基準>
○ : 樽状に変形した試験片側面張出し部の潤滑皮膜に剥離が見られない。
△ : 樽状に変形した試験片側面張出し部の潤滑皮膜の一部に剥離が見られる。
× : 樽状に変形した試験片側面張出し部の潤滑皮膜が全体的に剥離している。
【0056】
潤滑皮膜が薄膜状態を強いられた状態での潤滑性能を評価する焼付き程度を示す評価基準を
図7に示す。
【0057】
冷間鍛造性能評価の結果を表1に示す。本実施例の高潤滑性固体潤滑剤1〜9は、未処理の硫酸カルシウムと同等の優れた密着性能を示し、薄膜での潤滑性能も実用レベルであった。一方、比較例の高潤滑性固体潤滑剤10及び11は、市販の有機系潤滑剤の配合により潤滑皮膜の密着性能が低下し実用レベルではない。参考として評価した未処理の硫酸カルシウムをはじめ、二硫化モリブデンや黒鉛では有機系潤滑成分を共存していないため密着性の阻害はしないものの、非常に厳しい加工においては激しく焼付きが生じてしまった。
【0058】