(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記イオン源に関するパラメータ、および、処理対象の前記エラストマー部品の表面の移動に関するパラメータは、処理対象の重合体または前記エラストマー部品の表面の単位面積当たりの処理速度が1cm2/s以上100cm2/s以下となるように調整されること、
を特徴とする請求項1乃至7のいずれか1項に記載の処理方法。
前記イオン源に関するパラメータ、および、処理対象の前記エラストマー部品の表面の移動に関するパラメータは、処理対象の前記エラストマー部品の表面のヘリウム侵入深度が0.1μm以上2μm以下の値となるように調整されること、
を特徴とする請求項1乃至9のいずれか1項に記載の処理方法。
部品の原料であるエラストマーは、天然ゴム、ニトリルゴム、ポリクロロプレン、天然ゴムと合成ゴムとの合成物、エチレンプロピレンエラストマー、アクリルエラストマー、エチレンアクリルエラストマー、フッ素化エラストマー、フッ素化エチレンプロピレンエラストマー、全フッ素置換エラストマー、ポリエステルエラストマー、ポリウレタンエラストマー、そして、シリコンエラストマーの中から選択されること、
を特徴とする請求項1乃至13のいずれか1項に記載の処理方法。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照しながら説明する。
図1は、本発明の方法によって天然ゴムに注入されたヘリウムの分布の例を、深さで表した概略図である。曲線101はHe
+の分布を、曲線102はHe
2+の分布を示す。100keVのエネルギを有するHe
2+イオンは、10eV/オングストロームの平均イオン化エネルギの場合、平均約800nmの距離を移動するものと推計される。エネルギが50keVの場合、4eV/オングストロームの平均イオン化エネルギで、He
+イオンは平均約500nmの距離を移動する。イオンのイオン化エネルギは、その架橋力(cross-linking power)に比例する。(He
+/He
2+)が100以下の場合、処理深度(treated depth)は最大で約1000nm(すなわち1ミクロン)と推計される。こうした推計値は、電子顕微鏡による観察結果と一致する。当該観察結果では、総ドーズ量(dose)が3×10
15cm
−2で(He
+/He
2+)=10という条件で、40kVにおいて引き出したビームの場合、架橋層が約700〜800nmとなることを確認した。
【0017】
図2には、注入状況の一例を示すグラフ(profile)200が図示されており、これは、天然ゴムに注入されたヘリウム原子の濃度(単位は%)を、注入深度(単位はオングストローム)を横軸として示している。ここに示す例は、50keVの場合のHe
+イオンと、100keVの場合のHe
2+イオンとであり、ドーズ量は3×10
16cm
−2、比率は(He
+/He
2+)=10とした。これは、ヘリウム(He
+およびHe
2+)の濃度が、ゴムの原子成分と比較して非常に小さいことを示している。ここでの濃度は約2%である。
図2が示すのは、Heの注入ドーズ量が最大となるのは0.4μmの深さであり、Heの大部分は約0.8μmまでに深さに注入される、ということである。
【0018】
図3にも、注入状況の一例を示すグラフ(profile)300が図示されており、これは、天然ゴムに注入されたヘリウム原子の濃度(単位は%)を、注入深度(単位はオングストローム)を横軸として示している。ここに示す例では、50keVの場合のHe
+イオンと、100keVの場合のHe
2+イオンとであり、ドーズ量は5×10
16cm
−2、比率は(He
+/He
2+)=1とした。図からは、He注入量が最大となる深度を示す2つのピーク301、302があることが見て取れる。これらピークはそれぞれ、He
+、He
2+の注入が最大となる深さを示している。
【0019】
本発明の効果は、いくつかの特徴的な方法で実現することができた。
以下に示す複数の例では、大量生産エラストマー部品の1以上の面をヘリウムイオン(He
+、He
2+)の注入による処理する作業を、ECRイオン源によって同時生成される多重エネルギHe
+、He
2+イオンを用いて実行した。処理対象のエラストマーは、具体的には、以下のものであった。すなわち、天然ゴム(NR)、ポリクロロプレン(CR)、エチレンプロピレンジエンモノマー(EPDM)、フッ素ゴム(FKM)、ニトリルゴム(NBR)、熱可塑性エラストマー(TPE)。これら全てに関し、ガラス面に対する摩擦係数の大幅な低下が見られた。
【0020】
摩擦係数の測定結果を比較検査して、以下の点が明らかになった:
ガラス面との摩擦係数は大幅に小さくなった。総ドーズ量3×10
15cm
−2のうち、90%をHe
+、10%をHe
2+として、He
+を40keV、He
2+を90keVで処理した後に測定した摩擦係数を以下に示す。比較のために処理前の値を併せて示す。
ガラス面は各種の表面状態(乾燥状態、湿状態、乾燥相(drying phase))を有するが、摩擦係数はガラスの表面状態にかかわりなく、大幅に小さくなる。総ドーズ量2×10
15cm
−2のうち、90%をHe
+、10%をHe
2+として、He
+を40keV、He
2+を90keVでEPDMエラストマーを処理した場合に測定された摩擦係数を、以下に示す。
さらに、摩擦によって生じる雑音源のパワーは、少なくとも2分の1になることが分かった。
【0021】
さらに、他の有益な表面特性が見出される場合もある。
総ドーズ量3×10
15cm
−2のうち、90%をHe
+、10%をHe
2+として、He
+を40keV、He
2+を90keVで処理した天然ゴムのシートに対し、IEC 60093標準に準拠した表面抵抗測定を実施した。この検査の結果、処理後の表面抵抗は5.2分の1にまで小さくなることが分かった。処理後の天然ゴムの抵抗は、1.1Mohms/squareであり、未処理の天然ゴムの抵抗は5.9Mohms/squareであった。こうした表面抵抗の低下の結果として帯電防止特性が向上し、従来見られた塵の付着を回避することができる。
【0022】
本発明の方法によって処理した後のエラストマー部品は、光沢のある外観を帯びた。非局在化電子流を可能にする炭素二重結合分が生じた結果として、材料の表面導電率が向上したものと解釈される。導電性表面は本質的に反射性を有する。光沢のある領域の相対的な面積(同一の露出状況で光を反射する面積の割合(%))とエラストマーが受け入れるドーズ量(cm
−2で表されるもの)との間には、ある関係が成り立つであろう。この関係は、限界ドーズ量に達するまでは、イオンのドーズ量に対して実質的に直線的である。この限界量を超えると飽和が生じ、イオンの総ドーズ量の増加はもはや、光沢のある領域の相対的な割合に影響しない。この関係を、エラストマー部品に対して行われる処理の品質管理に用いれば、効果的であろう。その方法には、未処理の部品のデジタル写真と、様々にドーズ量(単位はcm
−2(ions/cm
-2))を変えて処理した部品のデジタル写真とを、同じ露出条件(光源、光源下の部品の位置、撮影時の角度)の下で撮影する作業が含まれる。そして、撮影した各デジタル写真を白黒に変換した。当該写真の各ピクセルは0〜256ビットの範囲のグレー値を取る。それからグレイレベルの閾値を設定する。当該閾値を下回れば黒であり、上回れば白である。最後に、白のピクセルを集計することで、部品のうち光沢のある領域の面積を求め、黒のピクセルを集計することで、部品のうち暗い領域の面積を求める。光沢のある領域の相対的な面積は、(白のピクセルの面積)/(白のピクセルの面積+黒のピクセルの面積)の比率であり、百分率で表される。こうした品質管理方法は、単純かつ安価、そして非常に短時間で実行できるため、連続的な処理ラインへの適用も容易であろう。例えば、90%をHe
+、10%をHe
2+として成るビームを用い、He
+を40keV、He
2+を90keVで処理した天然ゴム製の風防ワイパブレードの場合、光沢のある領域の相対的な面積(単位は%)は、受け入れドーズ量(単位はcm
−2)に応じて、下の表に示すように変化する結果となった。ブレードは、45度の入射角で縦方向の光にさらされた。写真は横方向の反射軸(reflection axis)に沿って撮影された。
光沢のある領域の相対的な面積は、未処理(本発明による処理を行う前)のブレードでは面積の14%でしかない。光沢のある領域の面積は、3×10
15cm
−2のドーズ量に対する41%までは直線的に増大する。この値を超えると、飽和による停滞(saturation plateau)が見られ、光沢のある領域の相対的な面積はそれ以上変化せず、ブレードの面積の42%に等しい値に留まる。
【0023】
1つの実施の形態では、エラストマーの表面特性(特に摩擦特性)は、10
15cm
−2のドーズ量を用いた場合に大きく向上するものと推測される。この量は、4.5mAのHe
+イオンと0.5mAのHe
2+イオンとから成るヘリウムビームの場合、約30cm
2/sの処理速度であることを示す。
ヘリウムイオンの同時注入が生じる深さは、条件および処理対象の部品の形状によって異なる場合もある。こうした深さは、具体的には、注入ビームのイオンの注入エネルギによって決まる。例えば、エラストマーの場合は、0.1〜約3μmまでの範囲で変化する。機械的ストレスが高い用途(窓ガラスで擦られる車体用密封部材(bodywork seal)用の用途など)の場合、例えば1ミクロン程度の処理深度が採用されるであろう。また、一例として、くっつき防止(anti-sticking)特性が求められる用途の場合は、例えば1ミクロン未満の深さで充分であり、従って処理時間も短くなる。
【0024】
1つの実施の形態では、He
+およびHe
2+イオン注入条件を選択することで、エラストマー部品を50℃より低い処理温度に保ち、当該大量生産部品全般の粘弾特性を維持させる。こうした結果は、具体的には、40kVの引出電圧で60マイクロアンペアの総電流を供給する、直径4mmのビームを、100mmの振幅にわたって40mm/sで移動させることで実現される。本ビームの単位面積当たりの電力は20W/cm
2である。引出電圧および単位面積当たりの電力を変えずにより大きい電流のビームを用いようとする場合、そして、大量生産品全般の粘弾特性を維持しようとする場合、提案できるスケール規則(scale rule)は以下の通りである。すなわち、ビームの直径を大きくすること、移動速度を高めること、そして、(所望の電流/60マイクロアンペア)の平方根に応じた比率で振幅を大きくすること、である。一例として、6ミリアンペア(すなわち、60ミリアンペアの100倍)の電流の場合、20W/cm
2の表面電力を維持するためには、ビームの直径を40mmとする。こうした条件の下では、速度を10倍に上げ、振幅を10倍に拡げて、速度を40cm/sに、振幅を1mにする必要がある。また、パスの数も同じ比率で増やして、最終的にはcm
−2で表される処理ドーズ量を同一にする。連続運用処理の場合は、例えば平板の搬送路に沿って配置するマイクロアクセラレータの数についても、同じ割合で増やすこととする。さらに、本発明による処理によれば、他の表面特性も大幅に向上することが分かった。また、他の技術では明らかに達成不能な性能レベルが示された。
【0025】
図4、5は、本発明による処理を施した天然ゴム試料の表面弾性係数の変化を示す。この処理には、ECRイオン源で得られるHeイオンのビームを用い、当該ビームは90%のHe
+(40keV)と10%のHe
2+(80keV)とから成る。
表面弾性係数の計測は、具体的には、ナノインデンテーション技術を採用した機器で行えばよい。この技術は、材料の表面を、10分の数ナノメートルから何十ナノメートル程度の深さで、機械的に加工するために使用される。その原理は、インデンタによって表面に負荷を与えるというものである。当該機器は、窪みおよび数値(剛性、相(phase)、その他)を計測するが、これらは、応力に対する材料の反応を表している。そうして、表面弾性係数は、深さに基づいて計測される。エラストマー材料の場合は、負荷を加えた後に負荷を取り除く処理を行うが、可逆特性を有するので、負荷の除去に応じて時間経過と共に生じる挙動(behavior)を分析することで、材料の粘弾特性が求められ、表面弾性係数が導き出される。この測定は、静的に実行される場合もあれば、静的に実行される場合もある。
【0026】
以下に、この種の、エラストマーの表面弾性係数を求めるための計量学的方法の理解に役立つ文献を挙げる:
J. L. Loubet、J. M. Georges、O. Marchesini、その他による「酸化マグネシウム(MgO)のビッカーズ押込み曲線(Vickers indentation Curves of Magnesium Oxide (MgO))」(Journal of Tribology誌、1984年、第106号の第43〜48ページ);
J. L. Loubet、M. Bauer、A. Tonck、その他による「表面力装置によるナノインデンテーション:超微細マイクロ構造を有する材料の機械的特性および変形(Nanoindentation with a surface force apparatus: Mechanical properties and deformation of materials having ultra-fine microstructures)」(K. A. Press、1993年);
J. B. Pethica、R. Hutchings、W. C. Oliverによる「Philosophical Magazine」のA48(4)号(1983年)、第593〜606ページに記載の文献;
B. N. Lucas、W. C. Oliver、G. M. Pharr、その他による「インデンテーション検査中の時間依存変形(Time dependent deformation during indentation testing)」(材料調査協会シンポジウム議事録(1997年)、第436号の第233〜238ページ);
B. J. Briscoe、L. Fiori、E. Pelilloによる「重合表面のナノインデンテーション(Nano-indentation of polymeric surfaces)」(物理学ジャーナルD部:応用物理学(1998年)、第31号の第2395〜2405ページ)。
【0027】
図4には、表面弾性係数(単位はMPa)の計測値を、様々なHeイオンのドーズ量で処理した外表面における注入深度(単位はμm)を横軸にして、グラフ化して示してあり、グラフの各曲線は下の表に示すイオンのドーズ量に対応している。
図5には、Heイオンのドーズ量(単位は10
15cm
−2)を横軸に、表面弾性係数の計測値をグラフ化して示してあり、グラフの曲線501、502、503はそれぞれ、0.2、0.6、0.8μmの深さにおける計測値を示している。
【0028】
ここからは、15MPa以上(例えば、20MPa以上あるいは25MPa以上)の表面弾性係数Eを有するエラストマー部品が得られることが分かるであろう。これらの表面弾性係数値は注目すべきものであり、エラストマーには見られなかった値である。驚くべきことに、表面弾性係数Eが、Heイオンのドーズ量の連続した3つ範囲において異なっており、しかも、これらの3つ範囲の各々について変化が実質的に直線的になっていることが見て取れる。すなわち、0から約3×10
15cm
−2の範囲において、表面弾性係数は実質的に大きくなっていき、約3×10
15cm
−2から約8×10
15cm
−2の範囲においては、表面弾性係数の増加は緩やかになり、約8×10
15cm
−2を超えた範囲での表面弾性係数の増加は急激になる。こうした観察結果は注目に値する。なぜなら、有機材料の表面挙動に特有の特性をイオン注入で向上させることは可能でも、こうした向上は頭打ちとなり、その後は注入するイオンのドーズ量を増やしても前記特性は通常低下してしまう、というのが一般的な認識だからである。
【0029】
ここに示した事例では、頭打ち範囲とも呼べる第2範囲(約3×10
15cm
−2から約8×10
15cm
−2)を超えても、エラストマーの表面挙動に特有の特性が大幅に向上していることが分かる。
1つの実施の形態では、エラストマーの表面特性の大幅な向上が求められる場合には、以下のようにイオンのドーズ量範囲を決める。すなわち、選択された特徴的な特性における変化は、効果的なものであると共に、前記イオンのドーズ量範囲を形成する3つの連続したイオン量範囲において挙動が異なり、これら3つの範囲の各々において挙動は実質的に直線的であり、そして、第1の範囲および第3の範囲における変化の傾きの絶対値が、第2の範囲における変化の傾きの絶対値よりも大きく、大量生産エラストマー部品を処理する場合には、多重エネルギHe
+、He
2+イオンの量は、第3の範囲に入るように選択する。
【0030】
本発明はこれらの種類の実施の形態には限定されず、これら実施の形態は非限定的に解釈されるべきであり、あらゆる種類のエラストマーの処理が本発明の対象に含まれる。
同様に、本発明による処理は、ECRイオン源を使用するものには限定されない(ただし、他のイオン源の場合は効果の点で劣ると考えられる)。本発明による方法は、単イオン源や他の多重イオン源を用いて実行することもできるが、その場合は、これらイオン源が、多重エネルギ He
+、He
2+イオンの同時注入を可能にするように作られていることが前提となる。
【0031】
He
+、He
2+イオンが同時に存在することにより、He
+、He
2+イオンの一方だけが注入される公知の処理と比較して、エラストマーの表面特性が大幅に向上する、ということを発明者は確認した。発明者はまた、大幅な向上は、R
Heが100以下(例えば20以下)の場合に得られることを立証した。
本発明の文脈において、用語「大量生産(bulk)」の意味は、エラストマー部品が、大量の材料を機械的または物理的な変換(例えば、押し出し、成形、または、エラストマーの大量変換に適した他の何らかの技術を用いたもの)によって製造されることである、と理解されたい。こうした変換作業は、様々な形状の大量生産部品を製造する場合に用いられる(例えば、三次元部品、形状加工した平板(strip)やシートなどの実質的に二次元の部品、ネジなどの実質的に一方向性の部品)。
【0032】
本発明の方法で処理するのが効果的なエラストマー製品として、以下の例が挙げられる:車体用密封部材、油圧シリンダスクレーパ用密封部材(hydraulic cylinder scraper seal)、O−リング用密封部材、リップ状密封部材(lipped seal)、球継手用密封部材、風防ワイパブレード、航空機翼前縁部、ナセル前縁部、皮下注射器ピストンヘッド。
さらに、当然のことであるが、大量生産エラストマー部品については、他の材料で作られた部品の一部として用い、例えば、当該他の材料で作られた部品に装着する形とすることもできる。
【0033】
例として、エラストマーの中で、本発明による処理が有益な材料として以下のものが挙げられる。
・天然ゴム。磨耗、断裂、アブレーション(abrasion)に対する優れた耐性を示し、破断点伸長(elongation at break)が大きい。
・ニトリルゴム。例えば、高熱の水、蒸気、弱酸、アルカリ溶液、食塩水に対する耐性を有した密封を実現できる。
・ポリクロロプレン(例えば、DuPont de Nemours社から商品名Neoprene(登録商標)として出ているもの)。アブレーション、オイル、ガソリン、グリース、溶媒、オゾンや多くの化学物質に対して優れた耐性を示し、負荷のかかった状態に続いた後の弾性回復力も良好である。
・EPM型またはEPDM型のエチレンプロピレンエラストマー(例えば、DuPont de Nemours社から商品名Nordel(登録商標)として出ているもの、または、Esso-Chimie社から商品名Vistalon(登録商標)として出ているもの)。オゾン、酸およびアルカリ、洗剤およびグリコールに対して特に耐性を有し、非常な低温(−65℃)においても可撓性を保つ。
・アクリルエラストマー(例えば、Goodrich社から商品名Hycar(登録商標)として出ているもの)。−40℃から200℃の範囲で使用でき、良好な圧縮強度を有し、オイルベースの潤滑油、石油、グリース、作動液、酸化剤、オゾン、ディーゼルによく耐える。
・エチレンアクリルエラストマー(例えば、DuPont de Nemours社から商品名Vamac(登録商標)として出ているもの)。高温への耐性は非常に良好で、低温への耐性も全く良好であり、優れた振動ダンパを構成するであろう。さらに、断裂強度は良好で伸長レベルも高い。その上、高温のオイル、炭化水素ベースおよびグリコールベースの潤滑油、伝達流体に対する耐性を有する。
・フッ素化エラストマー(例えば、DuPont de Nemours社から商品名Viton(登録商標)として出ているもの)。非常な高温においてすら優れたオイル耐性および耐化学性を有する。このグループのエラストマーには、具体的には、FKMと呼ばれる過フッ化炭化水素ゴムが含まれる。
・FEP(フッ素化エチレンプロピレン:fluorinated ethylene propylene)エラストマー。フッ素化エラストマーに類似の特性を有し、磨耗耐性が極めて良好である。
・全フッ素置換エラストマー(例えば、DuPont de Nemours社から商品名Kalrez(登録商標)として出ているもの)。PTFEに類似の耐化学性を有し、動作温度限界は300℃を上回る。
・ポリエステルエラストマー(例えば、DuPont de Nemours社から商品名Hytrel(登録商標)として出ているもの)。高い強度と曲げ疲労に対する特別な耐性とが必要とされる用途に用いられる。鋼に対する摩擦係数は大変高い。
・ポリウレタンエラストマー(例えば、DuPont de Nemours社から商品名Adiprene(登録商標)として出ているもの)。特徴として、磨耗およびアブレーションに対する耐性が非常に高く、引張強度も大きく、並進移動する密封部材(スクレーパ密封部材(scraper seal))に非常に適している(そこでは、高い硬度と低い摩擦係数とが組み合わされる)。
・シリコンエラストマー。例えば、−70℃から220℃で静的な密封を実現する目的に使用され、高温の自動車オイル、ディーゼル、ガソリン、冷却剤に対する耐性を有する。
【0034】
1つの実施の形態によれば、前記多重エネルギHe
+、He
2+イオンは、電子サイクロトロン共鳴(ECR)イオン源によって同時に生成される。
本発明の方法を用いれば、エラストマー本来の色を保つことができ、外観がより鮮やかになる。
処理時間は、産業上の必要条件に照らしても長くはないことが分かっている。
【0035】
さらに、本方法は、必要なエネルギ量が小さく、安価であり、産業利用においても環境の影響を受けない。エラストマー部品の処理は、複数の多重エネルギヘリウムイオンを同時注入するやり方で実行される。当該ヘリウムイオンは、具体的には、電子サイクロトロン共鳴(ECR)イオン源のプラズマチャンバにおいて生成された、単一電荷または多重電荷のイオンを、全く同一の引出電圧で引き出すことによって得られる。前記イオン源によって生成された各々のイオンは、その電荷状態に比例したエネルギを有する。従って、最も電荷状態の高い(よって最もエネルギの大きい)イオンが、エラストマー部品の最も深い位置まで注入されることになる。
【0036】
ECRイオン源を用いたイオン注入は、イオン源引出電圧を高くする必要がないため、高速かつ安価である。実際、イオンの注入エネルギを高める手法としては、引出電圧を上げるよりも電荷状態を高める方が、経済的に好ましい。
留意すべき点として、従来のHeイオン源(具体的には、プラスマ浸漬またはフィラメント(filament)注入装置によってイオンを注入するイオン源)を用いた場合、R
He比率が100以下である多重エネルギHe
+、He
2+イオンの同時注入に適したビームを得ることはできない。こうした従来のイオン源では、前記比率はせいぜい1000以下である。
【0037】
発明者の確認したところでは、本方法によってエラストマー部品の表面処理を行えば、大量生産品でも粘弾特性が損なわれることはない。
本発明の1つの実施の形態におけるイオン源は、50℃を下回る温度で部品に注入される多重エネルギイオンを生成する電子サイクロトロン共鳴イオン源であり、注入ビームのイオンの注入は、深さを制御しながら、イオン源の引出電圧によって同時実行される。
【0038】
何らかの科学理論に結び付けようとするわけではないが、以下のように考えられる。すなわち、本発明の方法によれば、イオンが移動の間にエラストマーの電子を励起し、その結果として共有結合の切断が生じるが、これは直ちに再結合して、架橋結合のメカニズムにより、高密度の共有化学結合が生じる。このような共有結合の高密度化の効果として、エラストマー表面の硬度、弾性、緻密さが向上し、耐化学性も向上する。架橋プロセスは、イオンが軽いほど効果が高い。
【0039】
この点に関し、ヘリウムは以下の理由で効果的な発射体となる。
・共有結合電子に対して非常に高速であるため、これら電子を励起するのに非常に効果的である(高速であるため、電子には軌道関数を変更する時間がない)。
・1ミクロン程度の深さまで侵入する。
・エラストマーの水素原子にほとんど影響しない。
・危険性がない。
・貴ガスであって、エラストマーの物理化学的特性を変えることがない。
【0040】
本発明の方法の様々な実施の形態には、以下の特徴を組み合わせて備えさせることができる。
比率R
Heの値(R
He= He
+/He
2+(He
+およびHe
2+の単位は百分率))は1以上である。
前記多重エネルギHe
+、He
2+イオン注入に用いるイオン源の引出電圧は、10kV乃至400kVの間、例えば20kV以上100kV以下である。
前記前記多重エネルギHe
+、He
2+イオンのドーズ量は、5×10
14cm
−2乃至10
18cm
−2の間、例えば10
15cm
−2以上10
17cm
−2以下、あるいは、更に、3×10
15cm
−2以上10
16cm
−2以下であること、)。
前記エラストマー部品の表面の性質を示す特性の変化を求める先行ステップを実行することでイオンのドーズ量範囲を決定し、それら特性は、一例として、前記多重エネルギHe
+、He
2+イオンのドーズ量に応じて処理される前記エラストマー部品の特性を表すエラストマー材料の表面弾性係数E、表面硬度または摩擦係数であり、選択された特徴的な特性における変化は、効果的なものであると共に、前記イオンのドーズ量範囲を形成する3つの連続したドーズ量範囲において変化の様態が異なり、これら3つのドーズ量範囲の各々において変化は実質的に直線的であり、そして、第1のドーズ量範囲および第3のドーズ量範囲における変化の傾きの絶対値が、第2のドーズ量範囲における変化の傾きの絶対値よりも大きく、前記エラストマー部品を処理する場合には、前記多重エネルギHe
+、He
2+イオンのドーズ量は、第3のドーズ量範囲に入るように選択される。
前記イオン源に関するパラメータ、および、処理対象のエラストマー部品の表面の移動に関するパラメータは、処理対象のエラストマー部品の表面の単位面積当たりの処理速度が0.5cm
2/s乃至1000cm
2/sの間、例えば1cm
2/s以上100cm
2/s以下となるように調整されること、)。
【0041】
前記イオン源に関するパラメータ、および、処理対象のエラストマー部品の表面の移動に関するパラメータは、注入されるヘリウムのドーズ量が5×10
14乃至10
18cm
−2の間、例えば10
15cm
−2以上5×10
17cm
−2以下となるように調整される。
前記イオン源に関するパラメータ、および、処理対象のエラストマー部品の表面の移動に関するパラメータは、処理対象のエラストマー部品の表面のヘリウム侵入深度が0.05μm乃至3μmの間、例えば0.1μm以上2μm以下の値となるように調整される。
前記イオン源に関するパラメータ、および、処理対象のエラストマー部品の表面の移動に関するパラメータは、処理中のエラストマー部品の表面温度が100℃を上回らないように、例えば50℃を上回らないように調整される。
前記エラストマー部品は、例えば形状加工した平板であり、前記エラストマー部品は処理装置を5m/分乃至100m/分の間の速度で通過する。一例として、エラストマー部品は、形状加工された、長手方向に延びる平板である。
処理対象の前記エラストマー部品の表面へのヘリウム注入は、複数のイオン源によって生成される複数の多重エネルギHe
+、He
2+イオンビームを用いて実行される。一例として、イオン源は、処理される部品の移動方向に沿って配置される。イオン源の配置については、イオン源同士が間隔をおいて隔てられており、その結果、2本のイオンビームの間には、連続したイオン注入の合間に部品が冷却されるのに充分な距離が開く、という形にするのが好ましい。前記イオン源が発生させるイオンビームの直径は、当該イオンビームが処理すべきトラックの幅に合わせた大きさとなっている。イオンビームの直径を例えば5mmまで小さくすれば、イオン源と処理チャンバとの間に非常に効率のよい差圧真空システムを実現することができる。イオン源の引出システムにおける真空度は10
−6mbarであるのに対し、エラストマーの処理を10
−2mbarで行うことができる。
部品を作るエラストマーは、天然ゴム、または、ポリクロロプレンなどの合成ゴム、または、これら2種類のエラストマーで成る半合成物から選択される。ただし、架橋プロセスの一般的な特徴に応じて、他の種類のエラストマーを用いることも考えられる。
【0042】
確認済みのこととして、非エラストマー重合体(例えばポリカーボネート)にHe
+および/またはHe
2+イオンの注入を行うことで生じる表面特性の変化に関して得られた教示内容は、本発明の処理方法によって処理されたエラストマーについて得られる観察結果および効果に当てはまらない。
本発明は更に、ヘリウムが注入される箇所の厚みが50nmを上回り、例えば200nm以上であること、そして、表面弾性係数Eが15MPaを上回り、例えば20MPa以上、または更に、25MPa以上である、というエラストマー部品に関する。
【0043】
また、本発明は、上述した処理方法の使用法であって、風防ワイパブレード、車体用密封部材、O−リング用密封部材、リップ状密封部材、油圧シリンダスクレーパ用密封部材、球継手用密封部材、航空機翼前縁部、皮下注射器ピストン、ジェットエンジンナセル前縁部、自動車の接触する部品間の振動を減衰する減衰ライナのうちから選択された大量生産エラストマー部品の処理に用いる、という使用法に関する。