(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5746406
(24)【登録日】2015年5月15日
(45)【発行日】2015年7月8日
(54)【発明の名称】抗ウイルス剤
(51)【国際特許分類】
A61K 33/34 20060101AFI20150618BHJP
A61K 31/30 20060101ALI20150618BHJP
A61K 9/70 20060101ALI20150618BHJP
A61P 31/12 20060101ALI20150618BHJP
A61P 31/16 20060101ALI20150618BHJP
A01N 59/20 20060101ALI20150618BHJP
A01P 1/00 20060101ALI20150618BHJP
【FI】
A61K33/34
A61K31/30
A61K9/70
A61P31/12
A61P31/16
A01N59/20 Z
A01P1/00
【請求項の数】5
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2014-181714(P2014-181714)
(22)【出願日】2014年9月5日
(62)【分割の表示】特願2010-527689(P2010-527689)の分割
【原出願日】2009年8月31日
(65)【公開番号】特開2014-231525(P2014-231525A)
(43)【公開日】2014年12月11日
【審査請求日】2014年9月5日
(31)【優先権主張番号】特願2008-226450(P2008-226450)
(32)【優先日】2008年9月3日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2008-261877(P2008-261877)
(32)【優先日】2008年10月8日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】391018341
【氏名又は名称】株式会社NBCメッシュテック
(74)【代理人】
【識別番号】100087398
【弁理士】
【氏名又は名称】水野 勝文
(74)【代理人】
【識別番号】100067541
【弁理士】
【氏名又は名称】岸田 正行
(74)【代理人】
【識別番号】100128783
【弁理士】
【氏名又は名称】井出 真
(74)【代理人】
【識別番号】100160886
【弁理士】
【氏名又は名称】久松 洋輔
(72)【発明者】
【氏名】藤森 良枝
(72)【発明者】
【氏名】中山 鶴雄
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 徹弥
【審査官】
光本 美奈子
(56)【参考文献】
【文献】
国際公開第2005/083171(WO,A1)
【文献】
特表平08−511006(JP,A)
【文献】
国際公開第2007/093808(WO,A1)
【文献】
特開2005−170797(JP,A)
【文献】
国際公開第01/028337(WO,A1)
【文献】
特開2010−239897(JP,A)
【文献】
国際公開第98/044935(WO,A1)
【文献】
Current Med Chem, vol.12, p.2163-2175 (2005)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 33/00〜33/44
A61K 9/70
A01N 59/00〜59/26
CAplus/REGISTRY(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
塩化物、酢酸物、硫化物、ヨウ化物、臭化物、過酸化物、またはチオシアン化物である少なくとも1種の一価の銅化合物の粒子を有効成分として含み、当該一価の銅化合物の粒子と接触するウイルスを不活化することを特徴とする抗ウイルス剤。
【請求項2】
前記一価の銅化合物がCuCl、CuOOCCH3、CuBr、CuI、CuSCNおよびCu2Sからなる群から少なくとも1つ選択されることを特徴とする請求項1に記載の抗ウイルス剤。
【請求項3】
請求項1または2に記載の抗ウイルス剤が含有されている、または外面に固定されていることを特徴とする繊維構造体。
【請求項4】
請求項1または2に記載の抗ウイルス剤が含有されている、または外面に固定されていることを特徴とする成型体。
【請求項5】
請求項1または2に記載の抗ウイルス剤が含有されている、または外面に固定されていることを特徴とするフィルムまたはシート。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、様々なウイルスを不活化することができる抗ウイルス剤に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、SARS(重症急性呼吸器症候群)やノロウイルス、鳥インフルエンザなどウイルス感染による死者が報告されている。さらに現在、交通の発達やウイルスの突然変異によって、世界中にウイルス感染が広がる「パンデミック(感染爆発)」の危機に直面している。さらに新型インフルエンザが現れ、緊急の対策が急務である。このような事態に対応するために、ワクチンによる抗ウイルス剤の開発も急がれているが、ワクチンの場合、その特異性により感染を防ぐことができるのは特定のウイルスに限定される。さらに作成に時間がかかることから、必要量確保することが困難となっている。したがって、様々なウイルスに抗ウイルス効果を発揮することができる抗ウイルス剤の開発が強く望まれている。
【0003】
ここでウイルスは、脂質を含むエンベローブと呼ばれている膜で包まれているウイルスと、エンベロープを持たないウイルスに分類できる。エンベロープはその大部分が脂質からなるため、エタノール、有機溶媒、石けんなど消毒剤で処理すると容易に破壊することができる。このため一般にエンベロープを持つウイルスはこれら消毒剤での不活化(ウイルスの感染力低下ないし失活)が容易である。これに対し、エンベロープをもたないウイルスは上記の消毒剤への抵抗性が強いと言われている。なお、本明細書において、ウイルス不活化性と抗ウイルス性とは、同一の作用を称している。
【0004】
これらの問題を解決するものとして、有機系よりも広く効果がある無機系の抗ウイルス剤が開発されている。例えばインフルエンザウイルスに不活化する効果があるものとして、抗菌性色素剤と二価の銅イオンを含有した布が報告されている(特許文献1)。また、カルボキシル基を含有する繊維に銅化合物を含有した抗ウイルス性繊維について報告されている(特許文献2)。さらに、鳥インフルエンザウイルスを不活化するのに効果があるものとして、冷間加工で作成した銅の極細繊維が報告されている(特許文献3)。さらにその他の元素として、酸化チタンなどの光触媒による不活化が報告されている(特許文献4、5)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006−188499号公報
【特許文献2】国際公開第05/083171号パンフレット
【特許文献3】特開2008−138323号公報
【特許文献4】特開2005−160494号公報
【特許文献5】特開2009−072430号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、二価の銅イオンを用いる方法では、当該銅イオンを他の物質と混合することによって安定化させることが必要であり、その組成物に含まれる銅イオンの割合が制限されてしまう。言い換えれば、二価の銅イオンの安定剤を含むことが必須となる。そのため、組成物の設計の自由度が小さい。またカルボキシル基を含有した繊維に銅化合物を含有する場合、カルボキシル基の他に塩が必須となるため、銅化合物の担持量が限定されてしまい、充分な抗ウイルス性能を発揮できない。また、金属銅を用いる場合では、表面に汚れが付着すると効果がなくなってしまうため、抗ウイルス性を維持するために常に特殊な洗浄をする必要があり、煩雑で実用的とはいえない。さらに、酸化チタンなどの光触媒による方法では、強い紫外線がないと効果が発現しないことに加え、紫外線が少ないと不活化するのに長時間かかる、などの難点があった。
【0007】
そこで本発明は、上記課題を解決するために、ウイルスを不活化することができる抗ウイルス剤、および当該抗ウイルス剤を備える製品を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
すなわち、第1の発明は、ヨウ素と、周期律表の第4周期から第6周期かつ8族から15族の元素とからなる少なくとも1種のヨウ化物の粒子を有効成分として含むことを特徴とする抗ウイルス剤である。
【0009】
また、第2の発明は、上記第1の発明において、周期律表の第4周期から第6周期かつ8族から15族の元素が、Cu、Ag、Sb、Ir、Ge、Sn、Tl、Pt、Pd、Bi、Au、Fe、Co、Ni、Zn、In、またはHgであることを特徴とする抗ウイルス剤である。
【0010】
さらに、第3の発明は、上記第2の発明において、前記ヨウ化物が、CuI、AgI、SbI
3、IrI
4、GeI
4、GeI
2、SnI
2、SnI
4、TlI、PtI
2、PtI
4、PdI
2、BiI
3、AuI、AuI
3、FeI
2、CoI
2、NiI
2、ZnI
2、HgI、およびInI
3からなる群から少なくとも1つ選択されることを特徴とする抗ウイルス剤である。
【0011】
また、第4の発明は、少なくとも1種の一価の銅化合物の粒子を有効成分として含むことを特徴とする抗ウイルス剤である。
【0012】
さらに、第5の発明は、上記第4の発明において、前記一価の銅化合物が、塩化物、酢酸物、硫化物、ヨウ化物、臭化物、過酸化物、酸化物、またはチオシアン化物であることを特徴とする抗ウイルス剤である。
【0013】
さらに、第6の発明は、上記第5の発明において、前記一価の銅化合物がCuCl、CuOOCCH
3、CuBr、CuI、CuSCN、Cu
2SおよびCu
2Oからなる群から少なくとも1つ選択されることを特徴とする抗ウイルス剤である。
【0014】
また、第7の発明は、上記第1から第6の発明の抗ウイルス剤が含有されている、または外面に固定されていることを特徴とする繊維構造体である。
【0015】
また、第8の発明は、上記第1から第6の発明の抗ウイルス剤が含有されている、または外面に固定されていることを特徴とする成型体である。
【0016】
また、第9の発明は、上記第1から第6の発明の抗ウイルス剤が含有されている、または外面に固定されていることを特徴とするフィルムまたはシートである。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、ウイルスを不活化することができる抗ウイルス剤、および当該抗ウイルス剤を備える製品を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本実施形態の抗ウイルス剤は、ヨウ素と周期律表の第4周期から第6周期かつ8族から15族の元素とからなる少なくとも1種のヨウ化物の粒子、または少なくとも1種の一価の銅化合物の粒子を有効成分として含んでいる。
【0019】
本実施形態の抗ウイルス剤のウイルスを不活化する機構については現在のところ必ずしも明確ではないが、本実施形態に係るヨウ化物や一価の銅化合物とウイルスとが接触することにより、ウイルスのDNAやRNAに作用して不活化したり、細胞質が破壊されることなどが考えられる。また、一価の銅化合物については、空気中の水分などにより生じた一価の銅イオンが、電子を放出して、より安定な二価の銅イオンになる時の電子の移動がウイルス表面の電気的チャージに影響を与えて不活化させる、とも考えられる。
【0020】
本実施形態の抗ウイルス剤は、有効成分であるヨウ化物、または一価の銅化合物が、安定剤等を混合しなくとも抗ウイルス性を示す。すなわち、本実施形態の抗ウイルス剤は、従来の抗ウイルス剤と比較して、構成成分のより自由な設計が可能となる。
【0021】
また、安定剤等の混合を省略できるため、抗ウイルス成分の前処理を経ることなく製造でき、製造過程を簡略化することができる。加えて、本実施形態の抗ウイルス剤は空気中および水などの分散液中で安定であるため、特殊な洗浄等を行う必要がない。そのため、ウイルスの不活化を容易に発現および維持することができる。
【0022】
また、本実施形態に係るヨウ化物や一価の銅化合物の場合、その多くが既に広く市販されている物質である。よって、化学的に安定である化合物については、樹脂へ混練したり、塗料へ混合したりと、比較的簡便な手法により広い分野に応用展開することができる。
【0023】
本実施形態における抗ウイルス性を有する少なくとも1種のヨウ化物は、ヨウ素と周期律表の第4周期から第6周期かつ8族から15族の元素とからなる。周期律表の第4周期から第6周期かつ8族から15族の元素は、Cu、Ag、Sb、Ir、Ge、Sn、Tl、Pt、Pd、Bi、Au、Fe、Co、Ni、Zn、In、またはHgとするのが好適である。さらに、本実施形態の抗ウイルス剤に含有されるヨウ化物の粒子として、CuI、AgI、SbI
3、IrI
4、GeI
4、GeI
2、SnI
2、SnI
4、TlI、PtI
2、PtI
4、PdI
2、BiI
3、AuI、AuI
3、FeI
2、CoI
2、NiI
2、ZnI
2、HgI、およびInI
3からなる群から少なくとも1つ選択される粒子とすることが一層好適である。
【0024】
一方、本実施形態における抗ウイルス性を有する一価の銅化合物としては、塩化物、酢酸物、硫化物、ヨウ化物、臭化物、過酸化物、酸化物、またはチオシアン化物とすることが好適である。さらに、本実施形態の抗ウイルス剤に含有される一価の銅化合物の粒子として、CuCl、CuOOCCH
3、CuBr、CuI、CuSCN、Cu
2SおよびCu
2Oからなる群から少なくとも1つ選択される粒子とすることが一層好適である。
【0025】
特に、本実施形態の抗ウイルス剤においては、ヨウ化物または一価の銅化合物の粒子のうち、空気中における保存安定性に優れることから、CuI、AgI、SnI
4、CuCl、CuBr、CuSCNからなる群から少なくとも1種選択される粒子とすることが一層好適である。
【0026】
本実施形態において、ヨウ化物や一価の銅化合物の粒子の大きさは特に限定されず、等業者が適宜設定することができるが、平均粒子径が500μm以下の微粒子とすることが好ましい。さらに樹脂に混練して紡糸する場合には、繊維強度の低下を考慮すると1μm以下であることが好ましい。また、本実施形態においては特に限定されず、当業者が適宜設定可能であるが、粒子の大きさは1nm以上とすることが、粒子の製造上、取扱上および化学的安定性の観点より好ましい。なお、本明細書において、平均粒子径とは、体積平均粒子径のことをいう。
【0027】
本実施形態の抗ウイルス剤において不活性化できるウイルスについては特に限定されず、ゲノムの種類や、エンベロープの有無等に係ることなく、様々なウイルスを不活化することができる。例えば、ライノウイルス・ポリオウイルス・ロタウイルス・ノロウイルス・エンテロウイルス・ヘパトウイルス・アストロウイルス・サポウイルス・E型肝炎ウイルス・A型、B型,C型インフルエンザウイルス、パラインフルエンザウイルス、ムンプスウイルス(おたふくかぜ)・麻疹ウイルス・ヒトメタニューモウイルス・RSウイルス・ニパウイルス・ヘンドラウイルス・黄熱ウイルス・デングウイルス・日本脳炎ウイルス・ウエストナイルウイルス・B型、C型肝炎ウイルス・東部および西部馬脳炎ウイルス・オニョンニョンウイルス・風疹ウイルス・ラッサウイルス・フニンウイルス・マチュポウイルウス・グアナリトウイルス・サビアウイルス・クリミアコンゴ出血熱ウイルス・スナバエ熱・ハンタウイルス・シンノンブレウイルス・狂犬病ウイルス・エボラウイルス・マーブルグウイルス・コウモリ・リッサウイルス・ヒトT細胞白血病ウイルス・ヒト免疫不全ウイルス・ヒトコロナウイルス・SARSコロナウイルス・ヒトポルボウイルス・ポリオーマウイルス、ヒトパピローマウイルス・アデノウイルス・ヘルペスウイルス・水痘・帯状発疹ウイルス・EBウイルス・サイトメガロウイルス・天然痘ウイルス・サル痘ウイルス・牛痘ウイルス・モラシポックスウイルス・パラポックスウイルスなどを挙げることができる。
【0028】
本実施形態の抗ウイルス剤は、様々な態様で用いることができる。例えば、本実施形態の抗ウイルス剤は、取り扱いの点から考えると粉体が最も好適に用いられるが、これに限られるものではない。例えば、当該抗ウイルス剤を水などの分散媒に分散させた状態で用いてもよい。ここで、本実施形態の抗ウイルス剤を分散媒に分散させた場合、有効成分であるヨウ化物や一価の銅化合物が、分散液中において0.2質量%以上含有されることがより十分な抗ウイルス性を得る上で好ましい。なお、本実施形態では特に限定されず、当業者が適宜設定できるが、例えば30質量%以下とすることが、分散液の安定性や取扱性の点から好ましい。また、エタノールや次亜塩素酸など、公知の抗ウイルス剤と併用することでより効果を上げることも考えられる。また、繊維などの含有させたい、または固定したい基体内部および表面で析出させてもよい。さらに、他の抗ウイルス剤、抗菌剤、防黴剤、抗アレルゲン剤、触媒、反射防止材料、遮熱特性を持つ材料などと混合されて使用されるようにしてもよい。
【0029】
さらにまた、本実施形態の抗ウイルス剤は、繊維構造体に含有される、または当該繊維構造体の外面に固定される構成とすることができる。
【0030】
含有、または固定させるときの具体的な処理については当業者が適宜選択することができ、特に限定されない。例えば高分子材料に本実施形態の抗ウイルス剤を添加後、混練、紡糸することで、繊維構造体に含有されるようにしてもよい。また、織物や不織布などの繊維構造物へバインダーなどを用いて固定してもよい。さらに、ゼオライトなどの無機材料へ抗ウイルス剤を固定した後、抗ウイルス剤が固定された該無機材料を繊維構造物に固定して、抗ウイルス性繊維構造物を構成することもできる。なお、本明細書において、抗ウイルス剤の含有とは、当該抗ウイルス剤が外面に露出している場合も含む概念である。
【0031】
繊維構造物は、具体的には、マスク、エアコンフィルター、空気清浄機用フィルター、衣服、防虫網、鶏舎用ネットなどが挙げられる。また、繊維構造物を構成する高分子材料としては、ポリエステル、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリ塩化ビニル、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリテトラメチレンテレフタレート、ナイロン、アクリル、ポリテトラフロロエチレン、ポリビニルアルコール、ケブラー、ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸メチル、レーヨン、キュプラ、テンセル、ポリノジック、アセテート、トリアセテート、綿、麻、羊毛、絹、竹、等が挙げられる。
【0032】
さらにまた、本実施形態の抗ウイルス剤は、成型体に含有される、または該成型体の外面に固定される構成とすることもできる。繊維構造体の場合と同様に、本実施形態においては、抗ウイルス剤を含有、または外面に固定させるときの具体的な処理については特に限定されず、当業者が適宜選択できる。例えば、成型体が樹脂などの有機物から成るものについては、成型前に樹脂に混練してから当該成型体を成型してもよい。また、成型体が金属などの無機物から成るものについては、バインダーを用いて外面に固定することができる。このように、本実施形態の抗ウイルス剤を備えることで、成型体に接触したウイルスを不活化することができる。例えば、電話の受話機などにて本実施形態の抗ウイルス剤を含有されている、または外面に固定されていることにより、ウイルス感染者が使用した後に該受話器を使用した健常者がウイルスに感染する、といった状況を防ぐことができる。
【0033】
さらにまた、本発明の抗ウイルス剤は、前述の繊維構造体や成型体と同じく、混練やバインダーを用いた固定方法により、フィルムやシートに含有される、または外面に固定される構成とすることができる。フィルムまたはシートとして、具体的には、壁紙、包装袋、または包装用フィルムなどが挙げられる。これらの表面に付着したウイルスは、抗ウイルス剤の作用により不活化される。したがって、当該壁紙を病院の壁に貼り付けたり、当該包装袋または包装用フィルムにより医療用具を包装することで、病院における院内感染や、医療用具のウイルス汚染を抑制することができる。
【0034】
ここで、本実施形態の抗ウイルス剤を構成するヨウ化物の粒子または一価の銅化合物の粒子の1つであるヨウ化銅(I)を例として、該抗ウイルス剤が含有される、または外面に固定される抗ウイルス繊維の製法を説明すると、以下に示すような種々の方法が挙げられる。具体的には、繊維にヨウ素を吸着させ、ついで得られたヨウ素吸着繊維を第一銅化合物水溶液で処理して該形成体中にヨウ化銅(I)を含有させる方法、ヨウ化銅(I)粉末を溶融樹脂中に分散し紡糸する方法、ヨウ化銅(I)粉末を高分子溶液中に分散し紡糸する方法、メカニカルミリング法により、繊維表面にヨウ化銅(I)粉末を固定化する方法、繊維表面にコーティング剤で固定化する方法などを選択することができる。これらの方法では、幅広い高分子材料にヨウ化銅(I)を含有または外面に固定させることができ、さらに、低濃度から高濃度までの幅広い固定化が可能である。
【0035】
上記実施形態の抗ウイルス剤を含有する抗ウイルス性繊維においては、有効成分であるヨウ化物が抗ウイルス性繊維に対し、0.2質量%以上含有される、または固定されることがより十分な抗ウイルス性を得る上で好ましい。なお、ヨウ化物の含有量(固定量)の上限については特に限定されず、当業者が適宜設定できるが、例えば、80質量%以下とすることが繊維の強度等の物理的特性の点から好ましい。また、抗ウイルス性繊維におけるヨウ化物の含有割合は、熱重量測定、滴定、原子吸光測定、ICP測定により測定することができる。
【0036】
また、塩化銅(I)を一価の銅化合物の例として、本実施形態の抗ウイルス剤が含有される、または外面に固定される抗ウイルス繊維の製法としては、以下に示すような種々な方法が挙げられる。すなわち、溶融させた高分子に塩化銅(I)粉末を投入し、混練することによって分散させたのちに繊維を構成する方法や、メカニカルミリング法により、繊維表面に塩化銅(I)粉末を固定化する方法、繊維表面にコーティング剤で固定化する方法、溶媒に溶かした高分子に塩化銅(I)を分散させた後、他の材料に塗布し固定化する方法、塩酸水溶液に塩化銅(I)を溶解させ、その水溶液中にナイロン6やポリアクリル酸などの親水性の高分子材料を浸漬することにより、高分子材料に1価の銅イオンを固定化した後、塩酸水溶液でさらに浸漬することによって析出させる方法などがある。また、温度応答性を持つポリ−N−イソプロピルアクリルアミドで塩化銅(I)を包み込んだカプセルを構成し、該カプセルを繊維に含有または外面に固定化する方法などを用いてもよい。
【0037】
なお、以上ではヨウ化銅を用いたときに抗ウイルス繊維に対し0.2質量%から80質量%含有または固定されることが好ましいと説明したが、同様の理由から、本実施形態に係る他のヨウ化物や1価の銅化合物についても抗ウイルス繊維に対し0.2質量%から80質量%含有または固定されることが好ましい。また、当然ではあるが、繊維構造体とした場合も、本実施形態の抗ウイルス剤が、繊維構造体に対し、0.2質量%から80質量%含有または固定されることが好ましい。
【実施例】
【0038】
次に、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明する。ただし、本発明はこれらの実施例のみに限定されるものではない。
(抗HA効果による抗ウイルス性評価)
(実施例1〜27)
表1に示す市販のヨウ素化合物および一価の銅化合物の粉末を、それぞれMEM(Minimum Essential Medium Eagle、MPバイオメディカル社製)100μlに懸濁液濃度5、0.5質量%となるように調整し、抗ウイルス性を評価した。なお、本明細書において、懸濁液濃度とは、懸濁液を構成するヨウ化物や一価の銅化合物と溶媒等の全成分の質量を100%とし、その中の特定成分(例えばヨウ化物や一価の銅化合物)の質量%を意味する。
(評価方法)
実施例1から27について、赤血球凝集(HA)の力価(HA価)を定法により、目視にて完全凝集を判定した。対象ウイルスとして、MDCK細胞を用いて培養したインフルエンザウイルス(influenza A/北九州/159/93(H3N2))を用いた。
【0039】
具体的には、まずプラスチック製96穴プレートにウイルス液のリン酸緩衝生理食塩水(PBS)での2倍希釈系列を各々50μL準備した。次に、その各々に対して0.5%ニワトリ血球浮遊液50μLづつを加え、4℃の環境下で60分静置後にHA価を測定した。この時のウイルス液のHA価は256であった。
【0040】
次に、表1に示す各実施例における物質を、各々PBSにて懸濁液濃度を10質量%および1質量%に希釈した試料を準備した。2種類の濃度の試料各450μLに、前記のHA価256のウイルス液450μLをそれぞれ加え、マイクロチューブローテーターを用いて攪拌しながら、室温で10分間反応させた。コントロールは、PBS450μLに前記のHA価256のウイルス液450μLを加え、各試料と同様に、マイクロチューブローテーターを用いて10分間攪拌したものとした。
【0041】
その後、超小型遠心機により固形分を沈殿させ、上清を回収しサンプル液とした。このサンプル液のPBSでの2倍希釈系列を各々50μL準備し、その各々に0.5%ニワトリ血球浮遊液を50μL混合し、4℃の環境下で60分静置後にHA価を測定した。測定結果を表2に示した。なお、各実施例における物質は、試料に等量のウイルス液を加えて反応していることから、反応液中における物質濃度は各々5質量%および0.5質量%となっている。
【0042】
【表1】
【0043】
【表2】
【0044】
表2の結果より、実施例1〜27の全ての物質においてウイルスの不活化効果が認められており、濃度5%であればHA価は32以下、すなわち75%以上のウイルスが不活化していることが確認された。特にGeI
4、GeI
2、SnI
2、SnI
4、PtI
2、FeI
2、CoI
2、NiI
2、ZnI
2、InI
3、CuCl、CuBr、CuOOCCH
3の各物質においては、本試験でのHA価測定の下限界である99%以上のウイルスの不活化という、高い効果が確認された。
(インフルエンザウイルスおよびネコカリシウイルスに対する不活化効果による抗ウイルス性評価)
ウイルスは、前述したように、脂質を含むエンベローブと呼ばれている膜で包まれているウイルスと、エンベロープを持たないウイルスに分類できる。そこで、エンペロープの有無による不活化効果を評価した。エンペロープを持つウイルスとしてインフルエンザ(influenza A/北九州/159/93(H3N2))を、エンペロープを持たないウイルスとしてノロウイルスの代替ウイルスとして一般的に用いられるネコカリシウイルス(F9株)を使用した。
(実施例28〜31)
市販のヨウ化銅(I)粉末(和光純薬工業株式会社製 和光一級)をMEM希釈液100μlに懸濁液濃度5、1、0.2、0.1質量%になるように懸濁し、それぞれの懸濁液を実施例28、29、30、31とし、ネコカリシウイルスとインフルエンザウイルスに対する抗ウイルス性を評価した。
【0045】
(実施例32〜35)
市販の塩化銅(I)粉末(和光純薬工業株式会社製 試薬特級)をMEM希釈液100μlに懸濁液濃度2、1、0.5、0.25質量%になるように懸濁し、それぞれの懸濁液を実施例32、33、34、35とし、ネコカリシウイルスとインフルエンザウイルスに対する抗ウイルス性を評価した。
【0046】
(抗ウイルス性評価方法)
実施例28〜35についての抗ウイルス性の評価は、ウイルスを高精度で検出可能なプラーク法での感染価測定で行った。具体的には、各試験サンプル100μl及びブランクとしてのMEM希釈液とに、それぞれウイルス液を100μlづつ加え、インキュベータにて25℃、200rpmにて振蘯して反応させた。所定時間振蘯後、ウイルスと各サンプル中の化合物との反応を停止させるために20mg/mlのブイヨン蛋白を1800μl加えた。さらに、各反応サンプルが10
-2〜10
-5になるまでMEM希釈液にて希釈を行い(10段階希釈)、ネコカリシウイルス反応サンプルはコンフルエントCrFK細胞に、インフルエンザウイルス反応サンプルはMDCK細胞に100μl、反応後のサンプル液を接種した。90分間のウイルス吸着後、0.7%寒天培地を重層し、ネコカリシウイルスは48時間、インフルエンザウイルスは64時間、34℃、5%CO
2インキュベータにて培養後、ホルマリン固定、メチレンブルー染色を行い形成されたプラーク数をカウントして、ウイルスの感染価(PFU/0.1ml,Log10);(PFU:plaque-forming units)を算出することで、抗ウイルス性を評価し、表3及び表4に結果を示した。
【0047】
【表3】
【0048】
表3の結果より、ヨウ化銅(I)粉末はエンベロープをもつインフルエンザウイルスに対しても、エンベローブを持たない強いウイルスであるネコカリシウイルスに対しても1分という短時間で十分なウイルス不活化効果を示した。
【0049】
【表4】
【0050】
表4の結果より、塩化銅(I)粉末はエンベロープをもつインフルエンザウイルスに対しても、エンベローブを持たない強いウイルスであるネコカリシウイルスに対しても1分という短時間で十分なウイルス不活化効果を示した。
【0051】
表3,4の結果より、周期律表の第4周期から第6周期かつ8族から15族の元素とからなるヨウ化物である実施例28、29と1価の銅化合物である実施例32〜34において、ウイルスとの接触時間1分という短時間でインフルエンザウイルスでは100万分の1以下に減少し、ネコカリシウイルスでは約30万分の1以下に減少した。すなわち、不活性化率がインフルエンザウイルスに対しては99.9999%以上、ネコカリシウイルスに対しては99.999%以上という非常に高い抗ウイルス性能があることが認められた。なお、ここでいう不活性化率とは下記の式で定義された値を言う。
【0052】
【数1】
【0053】
以上のことから、本発明の抗ウイルス剤は、ウイルスの種類に関係なく、非常に効果が高く、即効性のある抗ウイルス剤であり、これらを様々な基材に導入・固定化することによりその応用形態も数多く考えられ、実用化が可能である事が確認できた。