特許第5747184号(P5747184)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許5747184-肝細胞増殖剤 図000002
  • 特許5747184-肝細胞増殖剤 図000003
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5747184
(24)【登録日】2015年5月22日
(45)【発行日】2015年7月8日
(54)【発明の名称】肝細胞増殖剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/4015 20060101AFI20150618BHJP
   A61K 31/198 20060101ALI20150618BHJP
   A61P 1/16 20060101ALI20150618BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20150618BHJP
【FI】
   A61K31/4015
   A61K31/198
   A61P1/16
   A61P43/00 107
【請求項の数】8
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2014-551860(P2014-551860)
(86)(22)【出願日】2014年6月16日
(86)【国際出願番号】JP2014065879
(87)【国際公開番号】WO2014208381
(87)【国際公開日】20141231
【審査請求日】2014年10月23日
(31)【優先権主張番号】特願2013-136178(P2013-136178)
(32)【優先日】2013年6月28日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】597044704
【氏名又は名称】株式会社日本生物製剤
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100128381
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 義憲
(74)【代理人】
【識別番号】100126653
【弁理士】
【氏名又は名称】木元 克輔
(72)【発明者】
【氏名】井上 慎二郎
(72)【発明者】
【氏名】平野 栄一
(72)【発明者】
【氏名】森永 哲夫
【審査官】 山村 祥子
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2012/030217(WO,A1)
【文献】 特開2002−263(JP,A)
【文献】 特表2002−520013(JP,A)
【文献】 劉克辛 他,肝再生に及ぼすLaennecの影響,薬理と臨床,1995年12月,第5巻第12号,p.2187-2194
【文献】 YANG et al.,Protective effect of JBP485 on concanavalin A-induced liver injury in mice,Journal of Pharmacy and Pharmacology,2009年,Vol.61,p.767-774
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/4015
A61K 31/198
A61P 1/16
A61P 43/00
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ピログルタミン酸、アスパラギン酸及びグルタミン酸を有効成分として含有する肝細胞増殖剤。
【請求項2】
各有効成分のモル比率が、ピログルタミン酸:アスパラギン酸:グルタミン酸=5〜200:7〜28:1〜16である、請求項1に記載の肝細胞増殖剤。
【請求項3】
液剤であって、前記ピログルタミン酸の濃度が0.5〜20mMである、請求項1又は2に記載の肝細胞増殖剤。
【請求項4】
液剤であって、前記アスパラギン酸の濃度が0.7〜2.8mMであり、前記グルタミン酸の濃度が0.1〜1.6mMである、請求項1〜3のいずれか一項に記載の肝細胞増殖剤。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか一項に記載の肝細胞増殖剤を含む、肝疾患用治療剤。
【請求項6】
前記肝疾患が肝癌である、請求項5に記載の治療剤。
【請求項7】
請求項1〜4のいずれか一項に記載の肝細胞増殖剤を含む、肝臓再生剤。
【請求項8】
請求項1〜4のいずれか一項に記載の肝細胞増殖剤を含む、肝機能回復剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、肝細胞増殖剤に関する。
【背景技術】
【0002】
肝臓は、代謝、排出、解毒、体液の恒常性の維持等において重要な役割を担っている臓器である。肝臓は高い再生能力を有する臓器であるため、肝臓の一部を切除しても短期間でその機能及びその形態を回復することが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2003−113095号公報
【特許文献2】特開平11−322612号公報
【特許文献3】特開2008−201749号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Recombinant human hepassocin stimulates proliferation of hepatocytes in vivo and improves survival in rats with fulminant hepatic failure(Gut. 2010 Jun;59(6):817−26.)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、肝細胞を生体外において培養すると、細胞数が十分増殖しない傾向がある。
【0006】
基礎研究の分野において、生体組織の細胞を詳細に分析するための手段として、生体組織から生体外へ取り出された細胞を培養し、更に培養した細胞を分裂増殖させて継代的に生存させる方法が確立されている。ところが、ヒトの肝細胞及びラットの肝細胞においては、成熟した個体から単離された初代肝細胞を培養によって増殖させることが非常に困難である。
【0007】
上皮細胞増殖因子(EGF)、トランスフォーミング増殖因子(TGF−α)、肝細胞増殖因子(HGF)及び線維芽細胞増殖因子(FGF)等の増殖因子、インスリン、インターロイキン−6(IL−6)、腫瘍懐死因子−α(TNF−α)、並びに、ノルエピネフリン等は、生体外における細胞培養において、肝細胞の増殖を促進することが知られている。
【0008】
EGF及びTGF−αは、共に上皮細胞の他に線維芽細胞に対しても増殖活性を示し、肝細胞増殖因子は、上皮細胞の他にも血管内皮細胞及び繊維芽細胞の増殖を促進することが知られている。
【0009】
癌細胞は、EGFに対する受容体が正常細胞と比較して多数発現している。そのため、上述したこれらの増殖因子を癌細胞及び正常細胞を含む細胞集団に作用させると、正常細胞だけでなく、癌細胞の増殖も亢進される。
【0010】
現在までに、肝細胞のDNA合成を促進する、すなわち肝細胞の増殖を促進する因子としては、ローヤルゼリーからなる分子量57キロダルトンの糖タンパク質が知られている(特許文献1)。
【0011】
プロスタン酸誘導体を有効成分とする肝細胞増殖因子誘導剤(特許文献2)及び、冬虫夏草加工処理物を有効成分とする肝細胞増殖因子産生誘導剤(特許文献3)が報告されている。上述の肝細胞増殖因子誘導剤又は肝細胞増殖因子産生誘導剤は、直接的に肝細胞の増殖に働きかける薬剤ではなく、肝細胞増殖因子の産生及び分泌を誘導し、間接的に肝細胞の増殖を促進する薬剤である。
【0012】
これら以外の肝細胞を増殖させる因子として、Human Hepassocin(HPS)(非特許文献1)が知られている。HPSは、肝細胞に特異的に発現するタンパク質であり、肝細胞の増殖を著しく亢進することが知られている。HPSをコードする遺伝子は、cDNAとしてクローニングされている。
【0013】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、癌細胞を増殖させることなく、正常な肝細胞を選択的に増殖させることが可能な肝細胞増殖剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記目的を達成するため、発明者らは、鋭意研究を重ねた結果、ピログルタミン酸、アスパラギン酸及びグルタミン酸を含有する混合物が肝細胞の増殖を促進することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0015】
上記混合物は、癌細胞を増殖させる危険性がない。かつ上記混合物は従来の肝細胞を増殖させる因子と同等又はそれ以上の、肝細胞に対する増殖活性を示す。上記混合物によって、肝細胞を生体外において増殖させることが可能となり、基礎研究の分野、創薬研究、バイオリアクター、肝疾患の治療及び再生医療の分野等において非常に有効な手段になる。
【0016】
すなわち、本発明は以下の[1]〜[8]を提供する。
[1]ピログルタミン酸、アスパラギン酸及びグルタミン酸を有効成分として含有する肝細胞増殖剤。
[2]各有効成分のモル比率が、ピログルタミン酸:アスパラギン酸:グルタミン酸=5〜200:7〜28:1〜16である、[1]に記載の肝細胞増殖剤。
[3]液剤であって、ピログルタミン酸の濃度が0.5〜20mMである、[1]又は[2]に記載の肝細胞増殖剤。
[4]液剤であって、アスパラギン酸の濃度が0.7〜2.8mMであり、グルタミン酸の濃度が0.1〜1.6mMである、[1]〜[3]のいずれかに記載の肝細胞増殖剤。
[5][1]〜[4]のいずれかに記載の肝細胞増殖剤を含む、肝疾患用治療剤。
[6]肝疾患が肝癌である、[5]に記載の治療剤。
[7][1]〜[4]のいずれかに記載の肝細胞増殖剤を含む、肝臓再生剤。
[8][1]〜[4]のいずれかに記載の肝細胞増殖剤を含む、肝機能回復剤。
【0017】
さらに本発明は以下の[9]〜[20]を提供する。
[9]有効量のピログルタミン酸、アスパラギン酸及びグルタミン酸を対象に投与する工程を含む、正常な肝細胞を増殖させる方法。
[10]有効量のピログルタミン酸、アスパラギン酸及びグルタミン酸を対象に投与する工程を含む、肝臓を再生させる方法。
[11]有効量のピログルタミン酸、アスパラギン酸及びグルタミン酸を対象に投与する工程を含む、肝機能を回復させる方法。
[12]有効量のピログルタミン酸、アスパラギン酸及びグルタミン酸を対象に投与する工程を含む、肝疾患を治療又は予防する方法。
[13]正常な肝細胞を増殖させるための、ピログルタミン酸、アスパラギン酸及びグルタミン酸。
[14]肝臓を再生させるための、ピログルタミン酸、アスパラギン酸及びグルタミン酸。
[15]肝機能を回復させるための、ピログルタミン酸、アスパラギン酸及びグルタミン酸。
[16]肝疾患を治療又は予防するための、ピログルタミン酸、アスパラギン酸及びグルタミン酸。
[17]肝細胞増殖剤の製造における、ピログルタミン酸、アスパラギン酸及びグルタミン酸の使用。
[18]肝臓再生剤の製造における、ピログルタミン酸、アスパラギン酸及びグルタミン酸の使用。
[19]肝機能回復剤の製造における、ピログルタミン酸、アスパラギン酸及びグルタミン酸の使用。
[20]肝疾患治療剤の製造における、ピログルタミン酸、アスパラギン酸及びグルタミン酸の使用。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、癌細胞を増殖させることなく、正常な肝細胞を選択的に増殖させることが可能な肝細胞増殖剤を提供することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】ラットの正常肝細胞のDNA合成の活性の相対値を示すグラフである。
図2】肝癌細胞株に含まれるタンパク質の量の相対値を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。ただし、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
【0021】
本実施形態に係る肝細胞増殖剤は、ピログルタミン酸、アスパラギン酸及びグルタミン酸を有効成分として含有する。以下、これらのアミノ酸の組合せによる肝細胞増殖剤を「PARI−S001」と呼ぶ。
【0022】
ここで、肝細胞増殖剤とは、インビボ及びインビトロいずれの環境においても、正常な肝細胞の増殖を促進する薬剤を意味する。
【0023】
ピログルタミン酸、アスパラギン酸及びグルタミン酸としては、それぞれ、遊離型のアミノ酸及び/又はその塩を用いることができる。ピログルタミン酸、アスパラギン酸及びグルタミン酸は、それぞれ公知の化合物から公知の方法によってそれぞれ合成してもよく、市販品としてそれぞれ入手することもできる。ピログルタミン酸、アスパラギン酸又はグルタミン酸の塩は、それぞれ、薬理学的又は生理学的に許容される塩であれば、特に限定されない。このような塩として具体的には、無機塩基との塩[例えば、アンモニウム塩;アルカリ金属(ナトリウム、カリウム等)、アルカリ土類金属(カルシウム、マグネシウム等)、アルミニウム等の金属との塩]、有機塩基との塩[例えば、メチルアミン、トリチルアミン、ジエチルアミン、トリエタノールアミン、モルホリン、ピペラジン、ピロリジン、トリピリジン及びピコリン等の有機アミンとの塩]が挙げられる。
上述の遊離型のアミノ酸及び/又はその塩には、水和物の形態も含まれる。遊離型のアミノ酸及び/又はその塩は、D体、L体のいずれであってもよい。
【0024】
ピログルタミン酸は、上述の遊離型のアミノ酸及び/又はその塩を、1種単独で使用してもよく、また2種以上を任意に組み合わせて使用してもよい。アスパラギン酸及びグルタミン酸についても同様である。この中でも肝細胞の増殖活性を有するという観点から、ピログルタミン酸、アスパラギン酸及びグルタミン酸は、それぞれ、L体の遊離型のアミノ酸及び/又はその塩を好適に用いることができる。
【0025】
本実施形態に係る肝細胞増殖剤が液剤である場合において、主な有効成分であるピログルタミン酸の濃度は特に限定されず、併用されるアスパラギン酸、グルタミン酸の種類及び濃度、肝細胞増殖剤としての用途、製剤形態、使用方法等に応じて適宜設定される。
液剤におけるピログルタミン酸の濃度としては、肝細胞の増殖を有効に促進するという観点から、0.5〜20mMであることが好ましく、2〜20mMであることがより好ましく、10〜20mMであることが更に好ましく、12〜20mMであることが更により好ましく、14〜20mMであることが特により好ましい。さらに、肝細胞の形態(形状)を良好に維持しつつ、肝細胞の増殖を有効に促進するという観点から、0.5〜16mMであることが好ましく、12〜16mMであることがより好ましく、14〜16mMであることが更により好ましい。
【0026】
本実施形態に係る肝細胞増殖剤が液剤である場合において、アスパラギン酸の濃度は特に限定されず、併用されるピログルタミン酸、グルタミン酸の種類及び濃度、肝細胞増殖剤としての用途、製剤形態、使用方法等に応じて適宜設定される。
液剤におけるアスパラギン酸の濃度は、肝細胞の増殖を有効に促進するという観点から、0.7〜2.8mMであることが好ましく、0.7〜1.4mMであることがより好ましい。
【0027】
本実施形態に係る肝細胞増殖剤が液剤である場合において、グルタミン酸の濃度は特に限定されず、併用されるピログルタミン酸、アスパラギン酸の種類及び濃度、肝細胞増殖剤としての用途、製剤形態、使用方法等に応じて適宜設定される。
液剤におけるグルタミン酸の濃度は、肝細胞の増殖を有効に促進するという観点から、0.1〜1.6mMであることが好ましく、0.1〜0.8mMであることがより好ましく、0.4〜0.8mMであることが更により好ましい。
【0028】
本実施形態に係る肝細胞増殖剤に含まれるピログルタミン酸、アスパラギン酸及びグルタミン酸のモル比率は、特に制限されず、使用されるピログルタミン酸、アスパラギン酸及びグルタミン酸の種類、肝細胞増殖剤の用途、製剤形態、使用方法等に応じて適宜設定される。肝細胞増殖剤に含まれる各有効成分のモル比率は、肝細胞の増殖を有効に促進するという観点から、ピログルタミン酸:アスパラギン酸:グルタミン酸=5〜200:7〜28:1〜16であることが好ましく、ピログルタミン酸:アスパラギン酸:グルタミン酸=20〜200:7〜14:1〜8であることがより好ましく、ピログルタミン酸:アスパラギン酸:グルタミン酸=100〜200:7〜14:4〜8であることがさらに好ましい。
【0029】
本実施形態に係る肝細胞増殖剤は、有効成分であるピログルタミン酸、アスパラギン酸及びグルタミン酸のみを含有するものであっても、これらの有効成分と他の成分とを含有するものであってもよい。他の成分としては、例えば、安定剤、防腐剤、添加物(例えば、重亜硫酸ナトリウム)等が挙げられる。
【0030】
本実施形態に係る肝細胞増殖剤は、正常な肝細胞を選択的に増殖させることが可能であるため、肝疾患治療剤、肝臓再生剤及び肝機能回復剤として用いることができる。肝疾患としては、例えば、肝癌、急性肝炎、慢性肝炎、脂肪性肝炎、肝硬変、脂肪肝、アルコール性肝障害、非アルコール性脂肪性肝炎、肝線維症等が挙げられる。本実施形態に係る肝細胞増殖剤は、癌細胞を増殖させることがないため、肝癌の治療剤として好適に用いられる。
【0031】
本実施形態に係る肝疾患治療剤は、ヒト及び動物等の対象に対して、非経口的に安全に投与できる。非経口的投与としては、例えば、静脈注射、動脈注射、筋肉注射、皮下注射、皮内注射、腹腔内注射、経皮投与、経肺投与、経鼻投与、及び経粘膜投与等が挙げられる。
本実施形態に係る肝疾患治療剤の剤形としては、例えば、注射剤(皮下注射剤、皮内注射剤、静脈内注射剤、筋肉内注射剤、及び腹腔内注射剤等)、外用剤(経皮製剤、及び軟膏剤等)、外用液剤(注入剤、湿布剤、及び塗布剤等)、及び徐放性製剤(徐放性マイクロカプセル等)等が挙げられる。
さらに、本実施形態に係る肝疾患治療剤をコラーゲン、ゼラチン、ポリ乳酸、及びポリグリコール酸等の生体吸収性高分子のハイドロゲル又はマイクロカプセル中に封入し、これを皮下、臓器内、筋肉、又は腹腔等の局部に注射又は埋め込む等して用いることも可能である。
【0032】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々の変更が可能である。例えば、肝細胞増殖剤は、ピログルタミン酸を含み、かつアスパラギン酸又はグルタミン酸を含む形態であってもよい。
【実施例】
【0033】
[材料及び実験方法]
<試薬>
有効成分としてのアミノ酸は、L−ピログルタミン酸(ナカライテスク)、L−アスパラギン酸(ナカライテスク)、L−グルタミン酸(ナカライテスク)を用いた(以下、L体の標記は省略する。)。キナーゼインヒビターは、Rapamycin(Sigma)、PD98059(Sigma)、SB203580(Sigma)、LY294002(Sigma)を用いた。
以下ではPARI−S001とは、ピログルタミン酸(10〜20mM)、アスパラギン酸(1.4mM)、グルタミン酸(0.4mM)の混合物をいう。
【0034】
<細胞>
ラット正常肝細胞の分離(In Situコラゲナーゼ灌流法)
SDラット(6〜7週齢、オス)(九動株式会社から購入)に、25%ウレタン(w/v)を1.25g/kg体重の用量で腹腔内投与することによって麻酔を施した。その後、麻酔されているSDラットを開腹し、肝門脈からバッファーA(37℃)で7分間灌流した後、更にバッファーBを7分間灌流した。ここで、バッファーAは、1M Hepesに、最終濃度が0.05Mになるようにエチレングリコール四酢酸(EGTA)を添加したバッファーである。バッファーBは、バッファーAにコラゲナーゼ(シグマ社)溶液を最終濃度が0.5g/Lになるように添加したバッファーである。灌流が完了した後、SDラットの肝臓を摘出し、氷上に置いたディッシュ内でメスを用いて肝臓の細胞をほぐして単一細胞とした。その後、得られた単一細胞に氷冷したDMEM培地(Dulbecco’s Modified Eagle Medium)を加えピペッティングし、ガーゼ及び100μm径のメッシュで濾過し、細胞懸濁液を得た。濾過した細胞懸濁液を50mlファルコンチューブに移し、氷冷したDMEM培地による洗浄及び遠心分離(50×gで1分間)による上清の除去を3回行った。その後、細胞懸濁液を50×gで1分間遠心分離し、上清を除去し、再び氷冷したDMEM培地を加えてピペッティングを行った。このようにして得られた細胞を、ラットの正常肝細胞(ラット正常肝細胞)として以下の実験に用いた。
【0035】
ラット正常肝細胞の培養
分離した細胞懸濁液の上清を除去し、氷冷したWilliams’E培地(5%ウシ胎児血清(FBS)、10nM インスリン、10nM デキサメタゾンを含有)を加えることで細胞懸濁液を10mlに希釈した。得られた細胞懸濁液の一部を用いて、トリパンブルー染色を行い、生細胞の数を測定した。その後、1.0×10細胞/wellとなるように、ラット正常細胞を96穴コラーゲンコートプレートに播種し、37℃で培養した。
【0036】
癌細胞株
肝癌細胞は、以下の細胞株を使用した。HepG2(独立行政法人 医薬基盤研究所 JCRB細胞バンク;以下「JCRB」と略記する。)、HLE(JCRB)を10%血清含有DMEM培地で培養した。Huh―7(JCRB)を10%血清含有RPMI培地で培養した。
【0037】
<正常細胞増殖試験>
ラット正常肝細胞(1.0×10細胞/well)を96穴プレートに播種してから3時間培養した後、各PARI−S001を添加した培地に交換した。その後、22時間培養した細胞について、細胞増殖活性ELISA BrdU発色キット(Roche)を用いて、細胞増殖試験を行った。
【0038】
<癌細胞増殖試験>
HepG2(2.5×10細胞/well)、HLE(2.5×10細胞/well)、Huh―7(1.0×10細胞/well)を96穴プレートに播種してから24時間培養した後、各PARI−S001を添加した培地に交換した。その後、24時間、48時間又は72時間培養した細胞について、後述するSRBアッセイ法によって、各wellのタンパク質の量を定量した。その後、定量したタンパク質の量に基づいて細胞増殖活性を評価した。
【0039】
<SRBアッセイ法>
SRBアッセイ法は、細胞のタンパク質含量の測定に基づいて、細胞密度の測定のために用いられる。具体的な手順は以下の通りに行った。
細胞を96wellプレートに播種し、各PARI−S001を添加した。PARI−S001の添加から24時間後、48時間後又は72時間後に、50% トリクロロ酢酸(以下「TCA」という場合がある。)溶液を25μL/wellで添加して、4℃の冷蔵庫にて、1時間インキュベートした。1時間後、溶液を除去し、300μL/wellのMilliQ水でwellを4回洗浄することによって、TCAを除いた。その後、96wellプレートを逆さにし、軽く叩いて余分な水を除去した。さらに、1時間以上室温に放置することによって、96wellプレートを風乾した。50μL/wellのスルホローダミンB溶液を乾いたウェルに加え、室温に静置した。20〜30分後、スルホローダミンB溶液を除去し、300μL/wellの1%酢酸溶液でウェルを4回洗浄した。プレートを逆さにし、軽く叩いて余分な水を除去した。さらに、1時間以上室温に放置することによって、96wellプレートを風乾させた。プレートを風乾させた後、溶解液(10mM Tris Base solution(pH7.4))を100μL/wellで加えた。その後、96wellプレートをシェイカーで2分間攪拌して細胞を溶解し、マルチウェル分光光度計(μQuant)で565nmの吸光度を測定した。
【0040】
<阻害剤を用いた細胞内シグナル伝達経路解析>
細胞内シグナル伝達経路解析は、PARI−S001がどの細胞内シグナル伝達経路によって細胞増殖活性を促進するのかを解明するために行われた。PARI−S001と各種キナーゼインヒビターを用いて、細胞増殖活性を測定した。測定方法は、上述の<正常細胞増殖試験>と同様の方法を用いた。
【0041】
[結果]
<PARI−S001(ピログルタミン酸濃度10〜20mM)におけるDNA合成活性>
ピログルタミン酸の濃度を10mM〜20mMの間で変化させたPARI−S001を加えたときの正常ラットの初代肝細胞(正常ラット初代肝細胞)におけるDNA合成の活性の結果を図1に示す。DNA合成の活性(DNA合成活性)が高いほど、正常ラット初代肝細胞の増殖率が高いと評価できる。コントロール(以下、「対照」という。)は、何も添加していない正常ラット初代肝細胞のDNA合成活性を用いた。図1の縦軸は、対照を基準としたDNA合成活性の相対値(パーセント)とした。
【0042】
図1から分かるように、正常ラット初代肝細胞のDNA合成活性は、PARI−S001に含まれるピログルタミン酸の濃度に依存して増加していた。ピログルタミン酸の濃度が10mM〜14mMであるとき、正常ラット初代肝細胞の形態は、対照の細胞と同様の形態であった。
【0043】
<PARI−S001による肝癌細胞株の細胞増殖アッセイ>
ピログルタミン酸の濃度を10mM〜20mMの間で変化させたPARI−S001を加えたときの肝癌細胞株(HepG2、HLE及びHuh―7)におけるタンパク質の含有量の結果を図2に示す。タンパク質の含有量(タンパク質の量)が多いほど、肝癌細胞株の増殖率が高いと評価できる。一方、タンパク質の量が少なければ、肝癌細胞株の増殖が抑制されていると評価できる。タンパク質の量は、上述したSRBアッセイ法によって定量した。対照は、何も添加していない肝癌細胞のタンパク質の含有量とした。各PARI−S001を細胞に添加してから24時間、48時間又は72時間経過した後に、SRBアッセイ法を行った。図2の縦軸は、対照を基準としたタンパク質の量の相対値(パーセント)とした。
【0044】
図2から分かるように、各種肝癌細胞株におけるタンパク質の含有量は、PARI−S001を細胞に添加してから48時間後以降において、対照と比較して減少していた。このことから、PARI−S001に含まれるピログルタミン酸の濃度に依存して、更にPARI−S001存在下の培養の時間経過に伴い、肝癌細胞株の増殖が抑制されることが分かった。この結果からピログルタミン酸、アスパラギン酸及びグルタミン酸を有効成分として含有する肝細胞増殖剤は、肝癌等の肝疾患に対する治療剤としても有用であることが分かった。
【0045】
<阻害剤(インヒビター)を用いた細胞内シグナル伝達経路の解析>
ラット正常肝細胞を播種してから3時間培養した後、PARI−S001(ピログルタミン酸濃度10mM)及び、同時に各キナーゼインヒビターを添加した培地に交換した。Rapamycin(mTORのインヒビター)の濃度は、最終濃度が1.6ng/mL、3.1ng/mL、6.3ng/mL又は12.5ng/mLになるように調製した。PD98059(MEK1及びMEK2のインヒビター)、SB203580(MAPKのp38のインヒビター)及びLY294002(PI3Kのインヒビター)の濃度は、最終濃度が6.3μM、12.5μM、25μM又は50μMとなるように調製した。各キナーゼインヒビターの溶解を促進させるために、終濃度が0.5%となるようにジメチルスルホキシド(以下「DMSO」と略記する。)を培地に添加した。同様に対照にも終濃度が0.5%となるようにDMSOを培地に添加した。培地を交換してから更に22時間培養した後、細胞増殖活性ELISA BrdU発色キット(Roche)を用いて、DNA合成活性を評価した。
【0046】
PARI−S001(ピログルタミン酸濃度10mM)とPD98059とを同時に添加すると、インヒビターの濃度に依存して、ラット正常肝細胞のDNA合成活性が抑制されることが分かった。一方、PARI−S001(ピログルタミン酸濃度10mM)と他のインヒビターを同時に用いたときは、インヒビターの濃度が増大しても、DNA合成活性に変化は見られなかった。このことから、PARI−S001は、MEK1及びMEK2を介した細胞内シグナル伝達経路によって、細胞増殖を誘導することが明らかになった。
図1
図2