【実施例】
【0033】
[材料及び実験方法]
<試薬>
有効成分としてのアミノ酸は、L−ピログルタミン酸(ナカライテスク)、L−アスパラギン酸(ナカライテスク)、L−グルタミン酸(ナカライテスク)を用いた(以下、L体の標記は省略する。)。キナーゼインヒビターは、Rapamycin(Sigma)、PD98059(Sigma)、SB203580(Sigma)、LY294002(Sigma)を用いた。
以下ではPARI−S001とは、ピログルタミン酸(10〜20mM)、アスパラギン酸(1.4mM)、グルタミン酸(0.4mM)の混合物をいう。
【0034】
<細胞>
ラット正常肝細胞の分離(In Situコラゲナーゼ灌流法)
SDラット(6〜7週齢、オス)(九動株式会社から購入)に、25%ウレタン(w/v)を1.25g/kg体重の用量で腹腔内投与することによって麻酔を施した。その後、麻酔されているSDラットを開腹し、肝門脈からバッファーA(37℃)で7分間灌流した後、更にバッファーBを7分間灌流した。ここで、バッファーAは、1M Hepesに、最終濃度が0.05Mになるようにエチレングリコール四酢酸(EGTA)を添加したバッファーである。バッファーBは、バッファーAにコラゲナーゼ(シグマ社)溶液を最終濃度が0.5g/Lになるように添加したバッファーである。灌流が完了した後、SDラットの肝臓を摘出し、氷上に置いたディッシュ内でメスを用いて肝臓の細胞をほぐして単一細胞とした。その後、得られた単一細胞に氷冷したDMEM培地(Dulbecco’s Modified Eagle Medium)を加えピペッティングし、ガーゼ及び100μm径のメッシュで濾過し、細胞懸濁液を得た。濾過した細胞懸濁液を50mlファルコンチューブに移し、氷冷したDMEM培地による洗浄及び遠心分離(50×gで1分間)による上清の除去を3回行った。その後、細胞懸濁液を50×gで1分間遠心分離し、上清を除去し、再び氷冷したDMEM培地を加えてピペッティングを行った。このようにして得られた細胞を、ラットの正常肝細胞(ラット正常肝細胞)として以下の実験に用いた。
【0035】
ラット正常肝細胞の培養
分離した細胞懸濁液の上清を除去し、氷冷したWilliams’E培地(5%ウシ胎児血清(FBS)、10nM インスリン、10nM デキサメタゾンを含有)を加えることで細胞懸濁液を10mlに希釈した。得られた細胞懸濁液の一部を用いて、トリパンブルー染色を行い、生細胞の数を測定した。その後、1.0×10
4細胞/wellとなるように、ラット正常細胞を96穴コラーゲンコートプレートに播種し、37℃で培養した。
【0036】
癌細胞株
肝癌細胞は、以下の細胞株を使用した。HepG2(独立行政法人 医薬基盤研究所 JCRB細胞バンク;以下「JCRB」と略記する。)、HLE(JCRB)を10%血清含有DMEM培地で培養した。Huh―7(JCRB)を10%血清含有RPMI培地で培養した。
【0037】
<正常細胞増殖試験>
ラット正常肝細胞(1.0×10
4細胞/well)を96穴プレートに播種してから3時間培養した後、各PARI−S001を添加した培地に交換した。その後、22時間培養した細胞について、細胞増殖活性ELISA BrdU発色キット(Roche)を用いて、細胞増殖試験を行った。
【0038】
<癌細胞増殖試験>
HepG2(2.5×10
3細胞/well)、HLE(2.5×10
3細胞/well)、Huh―7(1.0×10
3細胞/well)を96穴プレートに播種してから24時間培養した後、各PARI−S001を添加した培地に交換した。その後、24時間、48時間又は72時間培養した細胞について、後述するSRBアッセイ法によって、各wellのタンパク質の量を定量した。その後、定量したタンパク質の量に基づいて細胞増殖活性を評価した。
【0039】
<SRBアッセイ法>
SRBアッセイ法は、細胞のタンパク質含量の測定に基づいて、細胞密度の測定のために用いられる。具体的な手順は以下の通りに行った。
細胞を96wellプレートに播種し、各PARI−S001を添加した。PARI−S001の添加から24時間後、48時間後又は72時間後に、50% トリクロロ酢酸(以下「TCA」という場合がある。)溶液を25μL/wellで添加して、4℃の冷蔵庫にて、1時間インキュベートした。1時間後、溶液を除去し、300μL/wellのMilliQ水でwellを4回洗浄することによって、TCAを除いた。その後、96wellプレートを逆さにし、軽く叩いて余分な水を除去した。さらに、1時間以上室温に放置することによって、96wellプレートを風乾した。50μL/wellのスルホローダミンB溶液を乾いたウェルに加え、室温に静置した。20〜30分後、スルホローダミンB溶液を除去し、300μL/wellの1%酢酸溶液でウェルを4回洗浄した。プレートを逆さにし、軽く叩いて余分な水を除去した。さらに、1時間以上室温に放置することによって、96wellプレートを風乾させた。プレートを風乾させた後、溶解液(10mM Tris Base solution(pH7.4))を100μL/wellで加えた。その後、96wellプレートをシェイカーで2分間攪拌して細胞を溶解し、マルチウェル分光光度計(μQuant)で565nmの吸光度を測定した。
【0040】
<阻害剤を用いた細胞内シグナル伝達経路解析>
細胞内シグナル伝達経路解析は、PARI−S001がどの細胞内シグナル伝達経路によって細胞増殖活性を促進するのかを解明するために行われた。PARI−S001と各種キナーゼインヒビターを用いて、細胞増殖活性を測定した。測定方法は、上述の<正常細胞増殖試験>と同様の方法を用いた。
【0041】
[結果]
<PARI−S001(ピログルタミン酸濃度10〜20mM)におけるDNA合成活性>
ピログルタミン酸の濃度を10mM〜20mMの間で変化させたPARI−S001を加えたときの正常ラットの初代肝細胞(正常ラット初代肝細胞)におけるDNA合成の活性の結果を
図1に示す。DNA合成の活性(DNA合成活性)が高いほど、正常ラット初代肝細胞の増殖率が高いと評価できる。コントロール(以下、「対照」という。)は、何も添加していない正常ラット初代肝細胞のDNA合成活性を用いた。
図1の縦軸は、対照を基準としたDNA合成活性の相対値(パーセント)とした。
【0042】
図1から分かるように、正常ラット初代肝細胞のDNA合成活性は、PARI−S001に含まれるピログルタミン酸の濃度に依存して増加していた。ピログルタミン酸の濃度が10mM〜14mMであるとき、正常ラット初代肝細胞の形態は、対照の細胞と同様の形態であった。
【0043】
<PARI−S001による肝癌細胞株の細胞増殖アッセイ>
ピログルタミン酸の濃度を10mM〜20mMの間で変化させたPARI−S001を加えたときの肝癌細胞株(HepG2、HLE及びHuh―7)におけるタンパク質の含有量の結果を
図2に示す。タンパク質の含有量(タンパク質の量)が多いほど、肝癌細胞株の増殖率が高いと評価できる。一方、タンパク質の量が少なければ、肝癌細胞株の増殖が抑制されていると評価できる。タンパク質の量は、上述したSRBアッセイ法によって定量した。対照は、何も添加していない肝癌細胞のタンパク質の含有量とした。各PARI−S001を細胞に添加してから24時間、48時間又は72時間経過した後に、SRBアッセイ法を行った。
図2の縦軸は、対照を基準としたタンパク質の量の相対値(パーセント)とした。
【0044】
図2から分かるように、各種肝癌細胞株におけるタンパク質の含有量は、PARI−S001を細胞に添加してから48時間後以降において、対照と比較して減少していた。このことから、PARI−S001に含まれるピログルタミン酸の濃度に依存して、更にPARI−S001存在下の培養の時間経過に伴い、肝癌細胞株の増殖が抑制されることが分かった。この結果からピログルタミン酸、アスパラギン酸及びグルタミン酸を有効成分として含有する肝細胞増殖剤は、肝癌等の肝疾患に対する治療剤としても有用であることが分かった。
【0045】
<阻害剤(インヒビター)を用いた細胞内シグナル伝達経路の解析>
ラット正常肝細胞を播種してから3時間培養した後、PARI−S001(ピログルタミン酸濃度10mM)及び、同時に各キナーゼインヒビターを添加した培地に交換した。Rapamycin(mTORのインヒビター)の濃度は、最終濃度が1.6ng/mL、3.1ng/mL、6.3ng/mL又は12.5ng/mLになるように調製した。PD98059(MEK1及びMEK2のインヒビター)、SB203580(MAPKのp38のインヒビター)及びLY294002(PI3Kのインヒビター)の濃度は、最終濃度が6.3μM、12.5μM、25μM又は50μMとなるように調製した。各キナーゼインヒビターの溶解を促進させるために、終濃度が0.5%となるようにジメチルスルホキシド(以下「DMSO」と略記する。)を培地に添加した。同様に対照にも終濃度が0.5%となるようにDMSOを培地に添加した。培地を交換してから更に22時間培養した後、細胞増殖活性ELISA BrdU発色キット(Roche)を用いて、DNA合成活性を評価した。
【0046】
PARI−S001(ピログルタミン酸濃度10mM)とPD98059とを同時に添加すると、インヒビターの濃度に依存して、ラット正常肝細胞のDNA合成活性が抑制されることが分かった。一方、PARI−S001(ピログルタミン酸濃度10mM)と他のインヒビターを同時に用いたときは、インヒビターの濃度が増大しても、DNA合成活性に変化は見られなかった。このことから、PARI−S001は、MEK1及びMEK2を介した細胞内シグナル伝達経路によって、細胞増殖を誘導することが明らかになった。