特許第5747315号(P5747315)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5747315糖鎖不全ヒトIgA1ヒンジ部を認識する抗体及びその用途
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5747315
(24)【登録日】2015年5月22日
(45)【発行日】2015年7月15日
(54)【発明の名称】糖鎖不全ヒトIgA1ヒンジ部を認識する抗体及びその用途
(51)【国際特許分類】
   C07K 16/42 20060101AFI20150625BHJP
   G01N 33/53 20060101ALI20150625BHJP
   G01N 33/543 20060101ALI20150625BHJP
【FI】
   C07K16/42ZNA
   G01N33/53 N
   G01N33/543 511J
【請求項の数】14
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2010-102812(P2010-102812)
(22)【出願日】2010年4月28日
(65)【公開番号】特開2010-285419(P2010-285419A)
(43)【公開日】2010年12月24日
【審査請求日】2013年3月29日
(31)【優先権主張番号】特願2009-115349(P2009-115349)
(32)【優先日】2009年5月12日
(33)【優先権主張国】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用 掲載アドレス:http://kid2009.umin.jp/ 掲載日 :平成21年3月13日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「糖鎖機能活用技術開発」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000125381
【氏名又は名称】学校法人藤田学園
(74)【代理人】
【識別番号】100114362
【弁理士】
【氏名又は名称】萩野 幹治
(72)【発明者】
【氏名】比企 能之
(72)【発明者】
【氏名】山本 幸一郎
【審査官】 田中 耕一郎
(56)【参考文献】
【文献】 特開平10−111290(JP,A)
【文献】 特開平10−111291(JP,A)
【文献】 S.Shimozato, et al., Nephrol Dial Transplant, 2008, 23, pp1931-1939
【文献】 中村郁子ら、日本腎臓学会誌第44巻第3号(学術総会号)、2002年、283頁のP−015
【文献】 S.H.CHUI, et al., Journal of Clinical Immunology, 1991, 11(4), pp219-223
【文献】 山本幸一郎ら、日本腎臓学会誌第51巻第3号(学術総会号)、2009年4月25日発行、292頁のO3−14−07
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07K 1/00−C07K 19/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の配列:VPST(GalNAc)PPT(GalNAc)PS(GalNAc)PS(GalNAc)TPPT(GalNAc)PSPS(配列番号1)(但し、Vはバリンを、Pはプロリンを、Sはセリンを、Tはスレオニンを、括弧内のGalNacは直前のアミノ酸残基に結合したO結合型N-アセチルガラクトサミンをそれぞれ表す)、からなる合成ヒンジ部糖ペプチドに対する抗体として調製された、ヒトIgA1ヒンジ部を特異的に認識する抗体。
【請求項2】
以下の配列:TPPT(GalNAc)PSPS(配列番号2)(但し、Tはスレオニンを、Pはプロリンを、Sはセリンを、括弧内のGalNacは直前のアミノ酸残基に結合したO結合型N-アセチルガラクトサミンをそれぞれ表す)、からなる合成ヒンジ部糖ペプチドに対する抗体として調製された、ヒトIgA1ヒンジ部を特異的に認識する抗体。
【請求項3】
ポリクローナル抗体である、請求項1又は2に記載の抗体。
【請求項4】
糖鎖が結合していないヒトIgA1ヒンジ部を認識する抗体を含まない、請求項3に記載の抗体。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか一項に記載の抗体によってヒトIgA1を検出することを特徴とする、IgA腎症の検査を補助する方法
【請求項6】
以下のステップ(i)〜(ii)を含む、請求項5に記載のIgA腎症の検査を補助する方法
(i)シアリダーゼ処理後のヒトIgA1検体と、請求項1〜4のいずれか一項に記載の抗体とを接触させるステップ;
(ii)ステップ(i)によって生じた免疫複合体を検出するステップ。
【請求項7】
ヒトIgA1がヒト血清IgA1である、請求項6に記載のIgA腎症の検査を補助する方法
【請求項8】
以下のステップ(1)〜(4)を含む、請求項5に記載のIgA腎症の検査を補助する方法
(1)固相化した抗ヒトIgA抗体にヒト検体を接触させるステップ;
(2)非特異的結合成分を除去した後、シアリダーゼで処理するステップ;
(3)請求項1〜4のいずれか一項に記載の抗体を接触させるステップ;
(4)非特異的結合成分を除去した後、特異的に結合した前記抗体を検出するステップ。
【請求項9】
ステップ(4)が、以下のステップ(4-1)及び(4-2)を含む、請求項8に記載のIgA腎症の検査を補助する方法
(4-1)非特異的結合成分を除去した後、ステップ(3)で使用する前記抗体に対する標識化抗体を接触させるステップ;
(4-2)非特異的結合成分を除去した後、特異的に結合した前記標識化抗体を検出するステップ。
【請求項10】
以下のステップ(1)’〜(3)’を含む、請求項5に記載のIgA腎症の検査を補助する方法
(1)’固相化した抗ヒトIgA抗体と、シアリダーゼ処理後のヒト検体とを接触させるステップ;
(2)’非特異的結合成分を除去した後、請求項1〜4のいずれか一項に記載の抗体を接触させるステップ;
(3)’非特異的結合成分を除去した後、特異的に結合した前記抗体を検出するステップ。
【請求項11】
ヒト検体がヒト血清検体である、請求項8〜10のいずれか一項に記載のIgA腎症の検査を補助する方法
【請求項12】
請求項1〜4のいずれか一項に記載の抗体を含む、IgA腎症検査用試薬。
【請求項13】
請求項12に記載のIgA腎症検査用試薬を含む、IgA腎症検査用キット。
【請求項14】
IgA腎症検査用試薬に対する標識化抗体を更に含む、請求項13に記載のIgA腎症検査用キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はIgA腎症の検査に有用な抗体に関する。詳しくは、糖鎖不全ヒトIgA1ヒンジ部を認識する抗体及び当該抗体を利用したIgA腎症の検査法などに関する。
【背景技術】
【0002】
IgA腎症は我が国では慢性腎炎の約40%を占め、未治療ではその約40%が末期腎不全に陥る。我が国の慢性維持透析患者は増加の一途をたどり2008年には約27万人あまりとなった。そのうち本症を原疾患とした透析患者は推定数万人とされ、本症への治療法・予防法の開発は透析医療費の抑制という医療経済的見地からも、重要課題の一つと考えられる。
【0003】
現在のところ、IgA腎症の検査は生検のみであり、簡易で精度の高い検査法の確立が望まれている。実際、いくつかの研究グループによって、IgA腎症の検査法を確立する目的の下、精力的な研究が行われている。その一つとして、Moldoveanuら(非特許文献1)及び本発明者らの研究グループ(非特許文献2)は、IgA1とN-アセチルガラクトサミン(以下、「GalNAc」ともいう)を認識するレクチン(helix aspersa:HAA)との結合度を検討し、IgA腎症患者で有意な増加が観察されることを報告した。しかしながら、ROC曲線による解析の結果は、「HAAとの結合度」が本症診断のマーカーとして臨床応用される可能性を否定するものであった。また、臨床病理学的重症度や、扁摘パルス治療と「HAAとの結合度」の間に関連は認めず、疾患の進行度、治療効果の判定指標として有効でないことが示唆された。尚、IgA腎症の検査法(診断法)に関する先行特許文献を以下に開示する(特許文献1〜3)。特許文献1ではIgA1分子間の結合能の差を利用してIgA腎症を診断する方法、特許文献2ではIgA1ヒンジ部に対する抗体を利用してIgA腎症を診断する方法、特許文献3ではIgA1ヒンジ部に結合する糖鎖数を指標としてIgA腎症を診断する方法がそれぞれ提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平9−311132号公報
【特許文献2】特開平10−111290号公報
【特許文献3】特開平10−111291号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Moldoveanu A, Wyatt RJ, Lee JY, et al: Patients with IgA nephropathy have increased serum galactose-deficient IgA1 levels. Kidney Int 11: 1148-1154, 2007
【非特許文献2】Shimozato S, Hiki Y, Odani H, et al: Serum under-galactosylated IgA1 is increased in Japanese patients with IgA nephropathy. Nephrol Dial Transplant 6: 1931-1939, 2008
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
以上の背景の下、本発明は、IgA腎症を簡便に且つ低侵襲的に検査する方法及び当該方法に有用な試薬やキットなどを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題に鑑みて本発明者らは鋭意検討した。即ち、一般にレクチンよりもエピトープを認識する親和性が格段に高いと考えられている抗体に注目し、IgA腎症の検査に有効な抗体の創出を目指した。具体的には、O結合型糖鎖が高頻度に存在しているといわれる5箇所の部位にGalNAcを付加した、IgA1抗体のヒンジ部に相当する糖ペプチドを合成し、これに対する抗体の作製を試みた。得られた抗体(ポリクローナル抗体)の性能を評価したところ、当該抗体が、ヒンジ部のガラクトース含量の低下した糖鎖不全IgA1を認識することが示された。また、当該抗体の血清IgA1への結合度が健常者や他の腎疾患患者に比べIgA腎症患者群で有意に高いことが示された。さらには、同一血清を用いた比較検討によって、当該抗体の血清IgA1への結合度がHAAの血清IgA1への結合度と高い相関を示す一方で、検出感度は格段に高いことが判明した。このように、取得に成功した抗体がIgA腎症の検査に極めて有用であることが確認された。
【0008】
更に検討を進めた結果、取得した抗体から、IgA1ヒンジ上のペプチド部分を認識する抗体を分離除去することに成功した。
【0009】
一方、ヒンジ部における上記5箇所の糖鎖結合部位の内、ガラクトースの欠落が最も高頻度で認められ、IgA腎症との関係において重要と考えられる部位を特異的に認識する抗体の作製を試みた。得られた抗体の特性を調べた結果、当該抗体が、先に取得した抗体と同様に、IgA1のヒンジ部に対して高い特異性を示すことが判明した。
【0010】
以下に示す本発明は主として以上の成果・知見に基づく。
[1]ガラクトース含量の低下した糖鎖不全ヒトIgA1ヒンジ部を特異的に認識する抗体。
[2]シアル酸及びガラクトースを含まない糖鎖が結合したヒトIgA1ヒンジ部を特異的に認識する抗体である、[1]に記載の抗体。
[3]ポリクローナル抗体である、[1]又は[2]に記載の抗体。
[4]糖鎖が結合していないヒトIgA1ヒンジ部を認識する抗体を含まない、[3]に記載の抗体。
[5]以下の配列:VPST(GalNAc)PPT(GalNAc)PS(GalNAc)PS(GalNAc)TPPT(GalNAc)PSPS(配列番号1)(但し、Vはバリンを、Pはプロリンを、Sはセリンを、Tはスレオニンを、括弧内のGalNacは直前のアミノ酸残基に結合したO結合型N-アセチルガラクトサミンをそれぞれ表す)、からなる合成ヒンジ部糖ペプチドに対する抗体として調製された抗体である、[3]に記載の抗体。
[6]以下の配列:TPPT(GalNAc)PSPS(配列番号2)(但し、Tはスレオニンを、Pはプロリンを、Sはセリンを、括弧内のGalNacは直前のアミノ酸残基に結合したO結合型N-アセチルガラクトサミンをそれぞれ表す)、からなる合成ヒンジ部糖ペプチドに対する抗体として調製された抗体である、[3]に記載の抗体。
[7][1]〜[6]のいずれか一項に記載の抗体によって、ガラクトース含量の低下した糖鎖不全ヒトIgA1を検出することを特徴とする、IgA腎症の検査法。
[8]以下のステップ(i)〜(iii)を含む、[7]に記載のIgA腎症の検査法:
(i)シアリダーゼ処理後のヒトIgA1検体と、[1]〜[6]のいずれか一項に記載の抗体とを接触させるステップ;
(ii)ステップ(i)によって生じた免疫複合体を検出するステップ;
(iii)検出結果に基づき、IgA腎症の罹患ないし発症の有無若しくは可能性、又はIgA腎症を罹患ないし発症する可能性を判定するステップ。
[9]ヒトIgA1がヒト血清IgA1である、[8]に記載のIgA腎症の検査法。
[10]以下のステップ(1)〜(5)を含む、[7]に記載のIgA腎症の検査法:
(1)固相化した抗ヒトIgA抗体にヒト検体を接触させるステップ;
(2)非特異的結合成分を除去した後、シアリダーゼで処理するステップ;
(3)[1]〜[6]のいずれか一項に記載の抗体を接触させるステップ;
(4)非特異的結合成分を除去した後、特異的に結合した前記抗体を検出するステップ;
(5)検出結果に基づき、IgA腎症の罹患ないし発症の有無若しくは可能性、又はIgA腎症を罹患ないし発症する可能性を判定するステップ。
[11]ステップ(4)が、以下のステップ(4-1)及び(4-2)を含む、[10]に記載のIgA腎症の検査法:
(4-1)非特異的結合成分を除去した後、ステップ(3)で使用する前記抗体に対する標識化抗体を接触させるステップ;
(4-2)非特異的結合成分を除去した後、特異的に結合した前記標識化抗体を検出するステップ。
[12]以下のステップ(1)’〜(4)’を含む、[7]に記載のIgA腎症の検査法:
(1)’固相化した抗ヒトIgA抗体と、シアリダーゼ処理後のヒト検体とを接触させるステップ;
(2)’非特異的結合成分を除去した後、[1]〜[6]のいずれか一項に記載の抗体を接触させるステップ;
(3)’非特異的結合成分を除去した後、特異的に結合した前記抗体を検出するステップ;
(4)’検出結果に基づき、IgA腎症の罹患ないし発症の有無若しくは可能性、又はIgA腎症を罹患ないし発症する可能性を判定するステップ。
[13]ヒト検体がヒト血清検体である、[10]〜[12]のいずれか一項に記載のIgA腎症の検査法。
[14][1]〜[6]のいずれか一項に記載の抗体を含む、IgA腎症検査用試薬。
[15][14]に記載のIgA腎症検査用試薬を含む、IgA腎症検査用キット。
[16]IgA腎症検査用試薬に対する標識化抗体を更に含む、[15]に記載のIgA腎症検査用キット。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】sHGP(synthetic human IgA1 hinge glycopeptide)と抗sHGP抗体の反応性を示すタイトレーションカーブ。○:抗血清、●:免疫前の血清。X軸は希釈倍率、Y軸はアルカリホスファターゼ活性。
図2】ヒト血清IgAと抗sHGP抗体の反応性を示す用量反応曲線。X軸は血清希釈倍率、Y軸は吸光度(490nm)。
図3】各種グリコシダーゼ処理を施したIgA1と抗sHGP抗体との反応性を示すグラフ。(1)は精製した未処理健常者IgA1(native IgA1)、(2)はシアリダーゼ処理を行ったIgA1(desialo(DeS) IgA1)、(3)はシアリダーゼ処理に加えてガラクトシダーゼ処理を行ったIgA1(desialo/degalacto(DeS/DeG) IgA1)、(4)はシアリダーゼ処理とガラクトシダーゼ処理に加えてO-グリコシダーゼ処理を行ったIgA1 (deglycosylated(naked) IgA1)。IgA1濃度:0(ネガティブ・コントロール)μg/ml、1μg/ml及び5μg/mlの3点で行った。
図4】IgA腎症(IgA-N群)、健常者(HC群)、他の腎疾患患者(OKD群)間での抗sHGP抗体のIgA1結合度の比較。間接ELISA法で結合度を求め、ボンフェローニ補正マンホイットニー検定(Mann-Whitney U-test with Bonferroni correction)で評価した。NSは「有意差なし」を表す。
図5】IgA1に対するHAAの結合度と、IgA1に対する抗sHGP抗体の結合度との相関性を示すグラフ。同一者血清を用いて相関性を調べた。決定係数R2は0.5964と有意な正相関を示した。
図6】吸収操作前後の抗体の反応性を示すグラフ。Aは合成ヒンジペプチドによる吸収前の反応性。Bは合成ヒンジペプチドによる吸収後の反応性。吸収操作によって、抗sHGP抗体から抗IgA1GalNAc抗体を単離できたことがわかる。
図7】IgA1ヒンジの一部に相当する部位を抗原として作製した抗体(抗sPHGP抗体)と抗sHGP抗体の反応性を比較したグラフ。ヒンジ部糖ペプチドに対する各抗体の反応性をELISAで検出した。抗sPHGP抗体は、抗sHGP抗体と同様、ヒンジ部糖ペプチドに対して高い特異性を示した。図中、抗HP抗体はヒンジ部ペプチドに対する抗体、コントロールはIgA1ヒンジと無関係のペプチドに対する抗体を表す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の第1の局面は、ガラクトース含量の低下した糖鎖不全ヒトIgA1ヒンジ部を特異的に認識する抗体に関する。特に言及しない限り、本明細書における抗体は単離された状態である。「単離された状態の抗体」には、天然であって且つ何ら外的操作(人為的操作)が施されていない抗体、即ちあるヒト体内で産生され、そこに留まっている状態の抗体は含まれない。尚、単離された状態の抗体は、複数種類の抗体が混在した状態(即ちポリクローナル)であっても、単一の抗体又はその集合(即ち、モノクローナル)であってもよい。また、抗体以外の成分(例えば精製水、緩衝液、保存液、保護剤)を含んでいてもよい。
【0013】
本発明の抗体は、その特徴として、ガラクトース含量の低下した糖鎖不全ヒトIgA1ヒンジ部を特異的に認識する。ヒトIgAにはIgA1とIgA2の二つのサブタイプが存在する。IgA腎症での糸球体沈着IgAはIgA1サブタイプが優位である。IgA1はヒンジ部に糖鎖が付加された特徴的な構造を有する。IgA1ヒンジ部にはO結合型糖鎖が結合できるSer(セリン)とThr(スレオニン)が存在する。O結合型糖鎖は一般に内側からN-アセチルガラクトサミン(GalNAc)とガラクトース(Gal)により構成され、更にその外側にシアル酸(NeuAc)が結合し得る。本明細書において「ガラクトース含量の低下した」とは、ヒンジ部に結合した糖鎖のGal含量が健常者の場合よりも低いことを意味する。健常者のIgA1のヒンジ部と区別するため、このような特徴のヒンジ部を本明細書では便宜上「糖鎖不全ヒトIgA1ヒンジ部」と表現する。質量分析による検討の結果からは、「糖鎖不全ヒトIgA1ヒンジ部」のGal含量は、ヒンジ部全体の糖鎖を構成する糖残基に占めるGalの数で比較して、健常者の場合(糖鎖)の約80〜90%と推定される。
【0014】
本発明の抗体が認識する糖鎖不全ヒトIgA1ヒンジ部に結合する糖鎖の数は特に限定されないが、例えば4〜5である。
【0015】
一態様において本発明の抗体は、シアル酸及びガラクトースを含まない糖鎖が結合したヒトIgA1ヒンジ部を特異的に認識する。「シアル酸及びガラクトースを含まない糖鎖」とは、GalNAc残基からなる糖鎖のことをいう。
【0016】
一態様において本発明の抗体はポリクローナル抗体である。ポリクローナル抗体とは、上記の通り、複数種類の抗体が混在した状態の抗体である。本発明の特徴、即ち、ガラクトース含量の低下した糖鎖不全ヒトIgA1ヒンジ部を特異的に認識するという特徴を備える抗体を含有する限りにおいて、ポリクローナル抗体を構成する各抗体の特性(例えばエピトープ)は特に限定されない。好ましくは、本発明のポリクローナル抗体は、糖鎖が結合していないヒトIgA1ヒンジ部を認識する抗体を含まない。即ち、この態様のポリクローナル抗体は、ヒトIgA1ヒンジ部を構成するペプチド部分をエピトープとする抗体を含まない。当該特徴によって糖鎖不全ヒトIgA1ヒンジ部に対する特異性が高まり、IgA腎症検査用抗体として一層好ましいものとなる。
【0017】
本発明の抗体の調製法は特に限定されないが、典型的には免疫学的手法によって本発明の抗体を調製することができる。ポリクローナル抗体であれば例えば次の手順で調製することができる。まず、抗原を調製し、これを用いてウサギ、ヤギ、ヒツジ、マウス、ラット、モルモット等の動物に免疫を施す。抗原としては、以下の配列からなる糖ペプチドを用いるとよい。尚、Vはバリンを、Pはプロリンを、Sはセリンを、Tはスレオニンを、括弧内のGalNacは直前のアミノ酸残基に結合したO結合型N-アセチルガラクトサミンをそれぞれ表す。
VPST(GalNAc)PPT(GalNAc)PS(GalNAc)PS(GalNAc)TPPT(GalNAc)PSPS(配列番号1)
【0018】
上掲の抗原の例はIgA1抗体のヒンジ部に相当する糖ペプチドであり、5箇所にGalNAcが付加されている。当該抗原では、ヒトIgA11ヒンジ部と同様、O結合型糖鎖が結合できる部位が合計9箇所存在する。この9箇所の内、1箇所ないし9箇所(例えば1箇所、2箇所、3箇所、4箇所)にGalNAcを付加した抗原を採用することも可能である。GalNAcの付加部位が5個以下の場合には、上掲の抗原の例でGalNAcを付加した5箇所の部位の中から付加部位を選択することが好ましい。当該5箇所の部位は、ヒトIgA1において糖鎖の付加が高頻度に観察される部位に相当する。尚、抗原は公知のペプチド合成法(例えば固相合成法、液相合成法)を利用して調製することができる。
【0019】
一方、以下の配列からなる糖ペプチドを抗原に用いることもできる。
TPPT(GalNAc)PSPS(配列番号2)
当該抗原は、IgA1抗体のヒンジ部の一部に相当する糖ペプチドである。この部位に結合する糖鎖では、ガラクトースの欠落が最も高頻度で認められる。この点において、当該部位を抗原とすれば、IgA腎症の検査に特に有用な抗体が取得できるといえる。
【0020】
免疫惹起作用を増強するために、キャリアタンパク質を結合させた抗原を用いることが好ましい。キャリアタンパク質としてはKLH(Keyhole Limpet Hemocyanin)、BSA(Bovine Serum Albumin)、OVA(Ovalbumin)などが使用される。キャリアタンパク質の結合にはカルボジイミド法、グルタルアルデヒド法、ジアゾ縮合法、MBS(マレイミドベンゾイルオキシコハク酸イミド)法などを使用できる。一方、GST、βガラクトシダーゼ、マルトース結合タンパク、又はヒスチジン(His)タグ等との融合タンパク質として発現させた抗原を用いることもできる。このような融合タンパク質は、汎用的な方法により簡便に精製することができる。
【0021】
本発明の第2の局面は、本発明の抗体の用途の一つである、IgA腎症の検査法に関する。本発明の検査法は、ガラクトース含量の低下した糖鎖不全ヒトIgA1(以下、説明の便宜上、「ガラクトース含量の低下した糖鎖不全ヒトIgA1」を「糖鎖不全IgA1」と略称する)を本発明の抗体によって検出することを特徴とする。上記の通り、本発明の抗体は糖鎖不全IgA1ヒンジ部を特異的に認識する。従って、本発明の抗体を用いた検出法によれば、検体中の糖鎖不全IgA1を特異的に検出することができ、検出結果はIgA腎症の罹患ないし発症の有無若しくは可能性、又はIgA腎症を将来、罹患ないし発症する可能性を知る上で有益な情報となる。例えば、IgA腎症の患者を対象とした場合には、当該患者の病態の評価ないし把握、治療効果の評価などに有益な情報を得ることができる。このように本発明の検査法を治療効果のモニターに利用することも可能である。一方、患者以外の者、即ちIgA腎症が認定されていない者を対象とした場合には早期診断のための有益な情報が得られ、予防又は早期の治療介入が可能となる。さらに本症の成因は複数の可能性もあり、この糖鎖不全IgA1を成因として発症したIgA腎症が本手法によりサブタイプとして識別できる可能性もある。
【0022】
検出法としては、例えば、ELISA(Enzyme-Linked ImmunoSorbent Assay)法、ラジオイムノアッセイ、FACS(fluorescence activated cell sorting)、免疫沈降法、イムノブロッティング等の定性的又は定量的な方法が挙げられる。免疫組織化学的染色法を採用することもできる。中でもELISA法(サンドイッチELISAや競合ELISA等)を利用して糖鎖不全IgA1を検出することが好ましい。ELISA法は検出感度が高いことや特異性が高いこと、定量性に優れること、操作が簡便であること、多検体の同時処理に適することなど、多くの利点を有する。
【0023】
本発明の検査法の一態様では、以下のステップ(i)〜(iii)を実施する。
(i)シアリダーゼ処理後のヒトIgA1検体と、本発明の抗体とを接触させるステップ
(ii)ステップ(i)によって生じた免疫複合体を検出するステップ
(iii)検出結果に基づき、IgA腎症の罹患ないし発症の有無若しくは可能性、又はIgA腎症を罹患ないし発症する可能性を判定するステップ
【0024】
ステップ(i)ではまず、シアリダーゼ処理後のヒトIgA1検体を用意する。即ち、ヒンジ部の糖鎖からシアル酸を予め除去したヒトIgA1を検体とする。続いて、本発明の抗体と検体とを接触させる。この接触操作は典型的にはウェル内で行われるが、これに限られるものではない。ヒトIgA1は対象(IgA腎症の患者又は健常者)の血清、血漿、尿、髄液、腹水、胸水等の生体液から調製すればよい。好ましくは血清から調製したヒト血清IgA1を検体とする。シアリダーゼは市販のもの(例えばベーリンガーマンハイム社、ロッシュ・ダイアグノスティックス株式会社)を用いればよい。
【0025】
用意したヒトIgA1が、ガラクトース含量の低下した糖鎖不全ヒトIgA1であった場合には、ステップ(i)の結果、本発明の抗体による特異的結合が生じ、免疫複合体(本発明の抗体と糖鎖不全IgA1との複合体)が形成される。ステップ(ii)では、当該免疫複合体を検出する。
【0026】
ステップ(iii)では、ステップ(ii)の検出結果に基づき、IgA腎症の罹患ないし発症の有無若しくは可能性、又はIgA腎症を罹患ないし発症する可能性を判定する。「IgA腎症を罹患ないし発症する可能性」を判定することは、即ち「IgA腎症の罹患ないし発症の予測」である。このように本発明は、IgA腎症の罹患ないし発症の予測にも利用できる。さらに本症の成因は複数の可能性もあり、この糖鎖不全IgA1を成因として発症したIgA腎症が本手法によりサブタイプとして識別できる可能性もある。
【0027】
ここでの判定は定性的、定量的のいずれであってもよい。定性的判定と定量的判定の例を以下に示す。尚、ここでの判定は、その判定基準から明らかな通り、医師や検査技師など専門知識を有する者の判断によらずとも自動的/機械的に行うことができる。
(定性的判定の例1)
基準値よりも検出値が高いときに「IgA腎症に罹患している」、「IgA腎症に罹患している可能性が高い」、又は「将来、IgA腎症に罹患する可能性が高い」などと判定し、基準値よりも検出値が低いときに「IgA腎症に罹患していない」、「IgA腎症に罹患していない可能性が高い」、又は「将来、IgA腎症に罹患する可能性が低い」などと判定する。
(定性的判定の例2)
検出されたとき(即ち陽性のとき)に「IgA腎症に罹患している」、「IgA腎症に罹患している可能性が高い」、又は「将来、IgA腎症に罹患する可能性が高い」などと判定し、検出されないとき(即ち陰性のとき)に「IgA腎症に罹患していない」、「IgA腎症に罹患していない可能性が高い」、又は「将来、IgA腎症に罹患する可能性が低い」などと判定する。
【0028】
(定量的判定の例1)
以下に示すように検出値の範囲毎に「IgA腎症に罹患している可能性(%)」を予め設定しておき、検出値から「IgA腎症に罹患している可能性(%)」を判定する。
検出値a〜b:IgA腎症に罹患している可能性は10%以下
検出値b〜c:IgA腎症に罹患している可能性は10%〜30%
検出値c〜d:IgA腎症に罹患している可能性は30%〜50%
検出値d〜e:IgA腎症に罹患している可能性は50%〜70%
検出値e〜f:IgA腎症に罹患している可能性は70%〜90%
【0029】
(定量的判定の例2)
以下に示すように検出値の範囲毎に「将来、IgA腎症に罹患する可能性(%)」を予め設定しておき、検出値から「将来、IgA腎症に罹患する可能性(%)」を予測する。
検出値a〜b:将来、IgA腎症に罹患する可能性は10%以下
検出値b〜c:将来、IgA腎症に罹患する可能性は10%〜30%
検出値c〜d:将来、IgA腎症に罹患する可能性は30%〜50%
検出値d〜e:将来、IgA腎症に罹患する可能性は50%〜70%
検出値e〜f:将来、IgA腎症に罹患する可能性は70%〜90%
【0030】
本発明の検査法の他の一態様では、以下のステップ(1)〜(5)を実施する。
(1)固相化した抗ヒトIgA抗体にヒト検体を接触させるステップ
(2)非特異的結合成分を除去した後、シアリダーゼで処理するステップ
(3)本発明の抗体を接触させるステップ
(4)非特異的結合成分を除去した後、特異的に結合した前記抗体を検出するステップ
(5)検出結果に基づき、IgA腎症の罹患ないし発症の有無若しくは可能性、又はIgA腎症を罹患ないし発症する可能性を判定するステップ
【0031】
ステップ(1)ではまず、固相化した抗ヒトIgA抗体、即ち不溶性支持体に固定した抗ヒトIgA抗体(以下、「固相化抗体」と呼ぶ)を用意する。不溶性支持体としては例えばポリスチレン樹脂、ポリカーボネート樹脂、シリコン樹脂、ナイロン樹脂等の樹脂や、ガラス等の水に不溶性の物質を用いることができる。抗ヒトIgA抗体は例えば市販のもの(例えばJackson Immuno Reseach Labs)を用いればよい。抗ヒトIgA抗体として好ましくは抗IgA1抗体を用いる。モノクローナル抗IgA1抗体が特に好ましいが、血清中ではIgA1がIgA全体の90%を占めるので、汎用性を考慮するとポリクローナル抗IgA抗体であってもよい。
【0032】
不溶性支持体の形態は特に限定されない。不溶性支持体の形態の例はウェル、プレートである。
【0033】
次に、固相化抗体にヒト検体を接触させる。この操作によって、ヒト検体中のIgA(IgA1抗体を含む)が固相化抗体にトラップされる(固相化抗体として抗ヒトIgA1抗体を使用した場合には、IgA1抗体のみをトラップすることができる)。ヒト検体としては、対象(IgA腎症の患者又は健常者)の血清、血漿、尿、髄液、腹水、胸水等の生体液が用いられる。好ましくは血清が用いられる。血清を用いれば簡便な測定が可能である。
【0034】
続くステップ(2)では、非特異的結合成分を洗浄除去した後、シアリダーゼで処理する。この処理によって、固相化抗体にトラップされたIgA1のヒンジ部に結合した糖鎖からシアル酸が除去され、Gal残基及び/又はGalNAc残基が露出する。
【0035】
次に、本発明の抗体を接触させる(ステップ(3))。その結果、固相抗体にトラップされたIgA1が糖鎖不全IgA1であれば、本発明の抗体が特異的に結合し、免疫複合体が形成される。他方、固相抗体にトラップされたIgA1が正常なIgA1(Gal含量が多いIgA1)の場合、本発明の抗体による特異的結合は生じない。或いは、生じたとしても非常に少なくなる。このように、ヒト検体中のIgA1の状態に応じて免疫複合体の形成量に差が生まれる。本発明ではこの差をIgA腎症の判定に利用する。
【0036】
ステップ(4)では、非特異的結合成分を洗浄除去した後、特異的に結合した抗体(換言すれば免疫複合体)を検出する。例えば、ステップ(3)に使用する抗体を予め標識化しておけば、非特異的結合成分を洗浄除去した後に標識量を直接検出すればよい。一方、いわゆる二次抗体を利用して検出することもできる。この場合、非特異的結合成分を除去した後、ステップ(3)で使用する抗体に対する標識化抗体を接触させるステップ(ステップ(4-1))と、非特異的結合成分を除去した後、特異的に結合した標識化抗体を検出するステップ(ステップ(4-2))を実施する。尚、ステップ(3)に使用する抗体や二次抗体の標識化には例えばフルオレセイン、ローダミン、テキサスレッド、オレゴングリーン等の蛍光色素、ホースラディッシュペルオキシダーゼ、マイクロペルオキシダーゼ、アルカリ性ホスファターゼ、β−D−ガラクトシダーゼ等の酵素、ルミノール、アクリジン色素等の化学又は生物発光化合物、32P、131I、125I等の放射性同位体、及びビオチン等を用いることができる。二次抗体として使用可能な数多くの標識化抗体(例えば標識化抗ウサギIgG抗体)が市販されており、当該標識化抗体を利用することもできる。
【0037】
ステップ(5)では、検出結果に基づき、IgA腎症の罹患ないし発症の有無若しくは可能性、又はIgA腎症を罹患ないし発症する可能性を判定する。このステップは、上記態様におけるステップ(iii)と同様であるのでその説明を省略する。
【0038】
本発明の更に別の態様では、以下のステップ(1)’〜(4)’を実施する。
(1)’固相化した抗ヒトIgA抗体と、シアリダーゼ処理後のヒト検体とを接触させるステップ
(2)’非特異的結合成分を除去した後、本発明の抗体を接触させるステップ
(3)’非特異的結合成分を除去した後、特異的に結合した前記抗体を検出するステップ
(4)’検出結果に基づき、IgA腎症の罹患ないし発症の有無若しくは可能性、又はIgA腎症を罹患ないし発症する可能性を判定するステップ
【0039】
この態様では、予めシアリダーゼ処理した検体を使用する。その他の構成は上記態様と同様であり、ステップ(1)’及び(2)’が上記態様のステップ(1)〜(3)に対応する。また、ステップ(3)’が上記態様のステップ(4)に相当し、ステップ(4)’が上記対応のステップ(5)に相当する。尚、上記態様と同様に、標識化した二次抗体を利用した検出を行うことにしてもよい。
【0040】
本発明の第3の局面はIgA腎症検査用試薬に関する。本発明の試薬は本発明の検査法に好適に使用され得るが、IgA腎症の発症メカニズムや症状の進展メカニズムなどを研究するための実験ツールとしても使用され得る。さらに本症の成因は複数の可能性もあり、この糖鎖不全IgA1を成因として発症したIgA腎症が本手法により「糖鎖不全型IgA腎症」といったサブタイプとして識別できる可能性もある。一方、O結合型糖鎖上のGalNAc残基を認識するという特性に鑑みれば、粘膜やムチン等の研究用ツールとしての使用も想定される。本発明の試薬は本発明の抗体を含む。不溶性支持体に固定化された状態(固相化試薬)で本発明の試薬が提供されてもよい。また、標識化された状態(蛍光標識、酵素標識など)で提供されてもよい。
【0041】
本発明の第4の局面は、本発明の方法に使用可能なキット(IgA腎症検査用キット)を提供する。本発明のキットは本発明の試薬を含んで構成される。本発明の方法の実施に必要な反応用試薬、希釈液、反応容器などをキットに含めることができる。尚、本発明のキットには通常、使用説明書が添付される。キットを用いることによって、本発明の方法をより簡便に且つより短時間で実施することが可能となる。
【0042】
好ましい一態様では、本発明の試薬に加えて二次抗体(本発明の試薬に対する標識化抗体)が含まれる。二次抗体を含むキットによれば、本発明の試薬と検体との接触による免疫複合体の形成、免疫複合体への標識化抗体の結合、結合した標識量の測定といった一連の操作を実施可能となる。
【0043】
本発明のキットに標準試料を含めてもよい。ここでの標準試料は、本発明のキットを使用した検出結果を評価するための基準となる。例えば、糖鎖不全IgA1又は糖鎖不全IgA1ヒンジ部ペプチド若しくはその一部を標準試料とする。標準試料は合成によって或いはIgA腎症患者の血清からの分離精製によって調製することができる。
【実施例】
【0044】
以前、本発明者らはGalNAc残基を認識するレクチンHAA (Helix aspersa)を用いたELISA法によって、本症患者血清IgA1に対するレクチンHAAの結合度が健常者や他の腎疾患患者に比べ有意に増加していることを観察した(非特許文献2)。しかし、ROC曲線を用いその臨床応用の可能性を検討したところ、他の腎疾患群を対照としたときのAUC(Area under the curve)は0.774にとどまり、臨床応用は難しいと考えられた。一般に、抗体はレクチンよりもエピトープを認識する親和性が10〜100倍高いといわれている。そこで、より親和性の高い抗体に注目し、本症患者に特異的なマーカーの作製を目指して検討を進めた。
【0045】
1.ヒトIgA1ヒンジ糖ペプチド合成
保護ペプチド樹脂は自動合成機を使用し、tert-butoxycarbonyl法(Boc法)により後述するヒトIgA1ヒンジ部に相当する糖ペプチド(synthetic human IgA1 hinge glycopeptide, 以下sHGPと略す)を合成した。得られた保護糖ペプチド樹脂を無水フッ化水素で処理し、この粗糖ペプチドを逆相HPLCにて精製して目的のsHGPを高純度で得た。sHGPはヒトIgA1ヒンジが持つ19merのアミノ酸配列に、O-グリカン側鎖が高頻度に存在しているといわれる5箇所の部位にGalNAcを付加した以下の構造である。
VPST(GalNAc)PPT(GalNAc)PS(GalNAc)PS(GalNAc)TPPT(GalNAc)PSPS-NH2(配列番号1)
この合成ヒンジに対するウサギポリクローナル抗体を以下のように作製した。
【0046】
2.KLHコンジュゲートの作製
sHGPをリン酸緩衝液(pH 8.0)中で、KLH(Keyhole limpet hemocyanin, SIGMA社製)と混合し、グルタルアルデヒドで結合させた。Tris-HCl(pH 4)にて反応停止させ、透析にて脱塩をした。得られたKLHコンジュゲートsHGPの一部をアミノ酸分析し、sHGPの含量を算出した。コンジュゲート1mgに含有するペプチドは約49〜51 nmolであった。
【0047】
3.抗血清作製
作製したKLH-sHGPを生理食塩水に懸濁し、フロイントアジュバントを混合乳化し、国産雑種白色ウサギに注射した。初回免疫には完全フロイントアジュバントを使用し、追加免疫は三回行い、不完全フロイントアジュバントを使用した。初回免疫から7週目に全採血を施行し、ウサギ抗血清を得た。免疫後の抗血清のsHGPに対する抗体価をELISAで検討し、合成(糖)ペプチドと容量依存的に結合することを確認した(図1)。
【0048】
4.ウサギ抗血清からのIgG分画の精製
精製は4℃低温室で行った。得られたウサギ抗血清を0.02 M リン酸緩衝生理食塩水(phosphate buffered saline;以下PBSと略す)(pH 7.0)で一晩(overnight;以下O/Nと略す)透析し、得られたサンプル5ml毎にPBS 5mlを加え、硫酸アンモニウム5mlを滴下して、33%硫安沈殿法を施行した。4℃で30分安置後、2,000rpm、10分間、遠心分離した。沈殿物にPBSを加えて溶解した。その後、0.02M PBSにO/N透析を施行し、サンプルを0.45μmのフィルターに通した後、プロテインGカラム(HiTrap Protein G HP 5ml、GE Healthcare UK Ltd. Amersham Place, Little Chalfont, Buckinghamshire HP7 9NA, England)に供し、IgG分画を吸着させた。ろ液の吸光度(ABS値)0.02未満になるまでプロテインGカラムを0.02 M PBS(pH 7.0)で洗浄した。その後、0.1 MグリシンHCl(pH 2.7)を用いてIgG分画を溶出した。得られたサンプルは1 M Tris(pH 9.0)を加えて中性に戻し、さらに脱塩目的で、0.01 M PBS(pH 7.4)にてO/N透析し、抗sHGP抗体を精製した。得られた抗体(約100ml)の濃度をローリー法で測定した結果、25mg/mlであった。
【0049】
5.ヒト血清IgAと抗sHGP抗体との反応性及び至適血清希釈率の設定
図2は、後で詳述する間接ELISA法で得られた、ヒト血清IgAと抗sHP抗体の用量反応曲線(Dose-response curve)である。X軸にヒト血清量を5倍希釈系列で示し、Y軸は吸光度である。抗sHGP抗体は合成糖ペプチドだけでなくヒトIgAにも容量依存的に結合した。血清希釈が1/100から1/500の間では曲線はほぼ水平(plateau)になり、キャプチャー抗体に結合するIgA量は飽和していると考えられた。従って、以降の実験では全てのサンプル血清について1/500希釈の条件下で検討することにした。
【0050】
6.抗sHGP抗体と各種グリコシダーゼ連続処理後のIgA1との反応性の検討
健常者プール血清をジャカリンカラム(Vector Laboratories社)で精製し、IgA1画分を得た。得られたIgA1画分より、以下の試料、即ち、(1)精製した未処理IgA1(native IgA1);(2)シアリダーゼ処理を行ったIgA1(desialo(DeS) IgA1);(3)シアリダーゼ処理に加えてガラクトシダーゼ処理を行ったIgA1(desialo/degalacto(DeS/DeG) IgA1);(4)シアリダーゼ処理とガラクトシダーゼ処理に加えてO-グリコシダーゼ処理を行ったIgA1 (deglycosylated(naked) IgA1)を調製した。(1)〜(4)について予め免疫比濁法でIgA値を測定した。各試料と上記4.で得られた抗sHGP抗体との結合度を、試料のIgA1濃度が0(negative control)、1μg/ml及び5μg/mlの3点において、間接ELISA法で比較検討した。その結果、抗sHGP抗体は、native IgA1及び DeS IgA1と比較し、DeS/DeG IgA1に対して著しく強く結合し、またnaked IgA1とも強い結合をみた(図3)。以上より、抗sHGP抗体はIgA1ヒンジ上のGalNAc残基を認識する抗体を含むこと、及びペプチド部分を認識する抗体が混在していることが明らかとなった。IgA1ヒンジ上のGalNAc残基を認識する抗体を含むことは、抗sHGP抗体が、Gal含量の低下した糖鎖不全IgA1を認識できることを意味する。尚、ペプチド部分を認識する抗体については、例えばペプチド部分を担持させたアフィニティーカラムなどによって、容易に分離除去できる。
【0051】
7.IgA腎症、健常者、他の腎疾患患者間での抗sHGP抗体のIgA1結合度の比較(本実験)
IgA腎症患者(IgA-N群;n=39)と健常者(HC群;n=37)、他の腎疾患患者(OKD群;n=36)を対象に、500倍希釈した各血清IgA1と抗sHGP抗体との結合度を間接ELISA法で比較検討した。ポリスチレン・マイクロタイタープレート(Corning、NY、USA)を使用し、以下の手順で間接ELISAを施行した。
(1)キャプチャー抗体としてF(ab)'2 Fragment Goat Anti-Human Serum IgA ab(Jackson Immuno Reseach Labs、West Grove、PA、USA)を使用した。希釈液(0.05 M重炭酸塩緩衝液(pH 9.6))で2.6μg/mlの濃度に希釈したキャプチャー抗体でプレートをコートし(0.13μg/well)、4℃下にてO/N静置した。
(2) 0.05 % TWEEN(登録商標)20(SIGMA-ALDRICH、St. Louis、MO、USA)を含む0.01 M PBS(pH7.4)を洗浄液(以下PBS-TWEENと略す)として用いた。マイクロプレートウォッシャー(model1575 BIO RAD)を使用し、1回500μl/wellで3回ずつプレート洗浄を施行した。
(3)ウシ血清アルブミン(BSA;SIGMA-ALDRICH、St. Louis、MO、USA)を0.01 M PBS(pH 7.4)に溶解し、各ウェルに添加し(100μl/well)室温下に2時間静置してブロッキングし、PBS-TWEENで同様に3回洗浄した。
(4)BSAをPBS-TWEENに溶解したサンプル希釈液(1% BSA/PBS-TWEEN)を用いて500倍希釈したヒト血清IgA1サンプルを各ウェルに加え(50μl/well)、モイストチャンバー内(室温)で2時間静置した。
(5)シアリダーゼ(ロッシュ・ダイアグノスティックス株式会社)を酢酸緩衝液(pH 5.0)で17 mU/mlに希釈し、各ウェルに添加(100μl/well)した後、37℃下に3時間静置してシアリダーゼ処理を行い、PBS-TWEENで同様に3回洗浄した。
(6)抗sHGP抗体を各ウェルに添加(50μl/well)し、モイストチャンバー内で静置した(4℃、O/N)。
(7)PBS-TWEENで同様に3回洗浄後、二次標識抗体としてペルオキシダーゼ標識ヤギ抗ウサギIgG抗体(Jackson Immuno Research Labs、West Grove、PA、USA)を1:10,000に希釈して各ウェルに添加(50μl/well)した。室温下に1時間静置した後、PBS-TWEENで5回洗浄した。
(8)0.1 Mクエン酸緩衝液(pH 5.0)に溶解したO-フェニレンジアミン(OPD)-H2O2(Pierce)を発色液とし、各ウェルに100μl/wellずつ加え発色させた。1M硫酸を各ウェルに100μl/wellずつ添加して発色停止後、比色計で490nmの吸光度を計測した。
(9)3群間の比較にはボンフェローニ補正マンホイットニー検定(Mann-Whitney U-test with Bonferroni correction)を使用した。
【0052】
間接ELISA法による比較検討の結果を図4に示す。抗sHGP抗体とヒト血清IgA1との結合度はHC群(p=0.008)、OKD群(p=0.049)に比しIgA-N群で有意に高値を示した。
【0053】
8.HAAのIgA1結合度と抗sHGP抗体のIgA1結合度との、同一対象者間における相関性の検討
以前HAA ELISA法の検討に用いた同一者血清85例(IgA腎症34例、健常者24例、その他の腎疾患27例)について、HAA-IgA1結合度と、抗sHGP抗体-IgA1結合度の相関性の有無を検討した。その結果、両者の間に高い相関性を認めた(図5)。この結果は、IgA腎症患者の血清IgA1は糖鎖不全であることを裏付けるとともに、抗sHGP抗体の結合度がIgA腎症の診断マーカー(検査の指標)として有効であることを示す。一方、抗sHGP抗体の結合度の検出感度は、HAAのそれに比して二桁オーダーで高い。このことは、抗sHGP抗体の結合度がIgA腎症の診断ないし検査に極めて有用であることを示す。
【0054】
9.抗IgA1GalNAc抗体の単離
上記の通り(6.を参照)、抗sHGP抗体はIgA1ヒンジのペプチド部分を認識する抗体(抗sHP抗体)とヒンジ上のGalNAc残基を認識する抗体(抗IgA1GalNAc抗体)を含むものであった。そこで、これらの抗体を選別することを試みた。具体的には、抗sHGP抗体をsHPカラムにかけ抗sHP抗体を吸収させることにした。その結果、抗IgA1GalNAc抗体の単離に成功した(図6)。
【0055】
10.ヒトIgA1ヒンジ糖ペプチドの特定部位を抗原とした抗体作製
IgA1ヒンジ部に結合する糖鎖の中で最もN末端側に位置する糖鎖では、ガラクトースの欠落が最も高頻度で認められる。即ち、最も安定性が低く、IgA腎症との関係において重要と考えられる。そこで、当該部位に対応する以下の糖ペプチドを抗原として用い、当該部位を特異的に認識する抗体の作製を試みた。尚、抗体作製のための各操作は上記1.〜4.に準じた。
TPPT(GalNAc)PSPS-NH2(配列番号2)
【0056】
取得に成功した抗体(ウサギポリクローナル抗体)の特性を、先に取得した抗sHGP抗体と比較評価した。その結果、先に取得した抗sHGP抗体と同様に、IgA1のヒンジ部に対して高い特異性を示すことが判明した(図7)。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明の抗体はIgA腎症の検査法に利用される。本発明の抗体を用いればIgA腎症を簡便且つ低侵襲的に検査することが可能となる。
【0058】
この発明は、上記発明の実施の形態及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。
本明細書の中で明示した論文、公開特許公報、及び特許公報などの内容は、その全ての内容を援用によって引用することとする。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]