【実施例】
【0031】
以下に、実施例を示すことにより本発明を更に詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらに限定されるものではない。
【0032】
(1) 触媒の調製
(1−1) Fe(II)イオン交換Y型ゼオライト(Fe−Y)の調製
Y型ゼオライト(東ソー株式会社製、HSZ−320NAA、SiO
2/Al
2O
3=5.5)5gをイオン交換水中で30分間撹拌後、一晩放置し、デカンテーションで上澄みの不純物を除去した。次いで、これを2時間煮沸した後、ろ過により残渣を回収し、回収したろ過残渣を0.1M硝酸ナトリウム水溶液に入れ、24時間撹拌した。撹拌後、これをろ過し、回収したろ過残渣を0.2mM硫酸鉄(II)水溶液に入れて12時間撹拌した。撹拌後、さらにこれをろ過し、ろ過残渣を蒸留水で洗浄し、真空乾燥することによりFe(II)イオン交換Y型ゼオライトを得た。
【0033】
(1−2) Y型ゼオライトに内包された鉄(II)トリス(2,2’−ビピリジン)錯体([Fe(bpy)
3]
2+@Y)の調製
蒸留水100mLに2,2’−ビピリジン(和光純薬株式会社製、純度99.5%)3.0mmolを加え、これを約100℃まで加熱して2,2’-ビピリジンを完全に溶解させた。このようにして得られた2,2’-ビピリジン水溶液に、上記(1−1)項で得られたFe(II)イオン交換Y型ゼオライト1.0gを加え、20時間還流を行った。還流後、これを吸引ろ過し、ろ過残渣を回収した。このろ過残渣には、鉄(II)トリス(2,2’−ビピリジン)錯体がY型ゼオライトに内包されて存在していると考えられたが、Y型ゼオライトの外側表面に存在しうる鉄(II)トリス(2,2’−ビピリジン)錯体等を除去するために、ソックスレー抽出器を用いてメタノールと蒸留水によりそれぞれ20時間洗浄し、その後真空乾燥した。その結果、精製されたY型ゼオライトに内包された鉄(II)トリス(2,2’−ビピリジン)錯体が得られた。
【0034】
得られたY型ゼオライトに内包された鉄(II)トリス(2,2’−ビピリジン)錯体をICP−AES測定を行ったところ、0.88質量%のFe原子が含まれていることが確認され、これはゼオライトのイオン交換率に直すと10.8%であった。また、Y型ゼオライトに内包された鉄(II)トリス(2,2’−ビピリジン)錯体にはNa原子が5.38質量%含まれていることが確認され、これはゼオライトのイオン交換率に直すと80.0%であった。
【0035】
(1−3) 鉄(II)トリス(2,2’−ビピリジン)錯体の過塩素酸塩([Fe(bpy)
3](ClO
4)
2)の調製
蒸留水200mLに2,2’−ビピリジン(和光純薬株式会社製、純度99.5%)6.4mmolを加え、加熱することにより2,2’-ビピリジンを完全に溶解させ、溶液Aを得た。別途、蒸留水200mLに、硫酸鉄(II)3.2mmolと過塩素酸ナトリウム0.02molを加え、加熱することにより硫酸鉄(II)を完全に溶解させ、溶液Bを得た。溶液Aと溶液Bを混合し、この混合溶液を撹拌しながら約1時間80℃で加熱し、その後室温まで冷却した。冷却後、これを吸引ろ過し、ろ過残渣を真空乾燥させ、鉄(II)トリス(2,2’−ビピリジン)錯体の過塩素酸塩の粗生成物を得た。この粗生成物をアセトニトリル中に溶解させ、ジエチルエーテルにより再結晶させることで、精製された鉄(II)トリス(2,2’−ビピリジン)錯体の過塩素酸塩を得た。
【0036】
(2) シクロヘキセン(プロペニレン化合物)の酸化反応
(2−1) 手順
触媒として、上記(1)項で調製したFe(II)イオン交換Y型ゼオライト、Y型ゼオライトに内包された鉄(II)トリス(2,2’−ビピリジン)錯体、または、鉄(II)トリス(2,2’−ビピリジン)錯体の過塩素酸塩を用いた。各触媒をFe量が7.9μmolとなるようにパイレックス(登録商標)ガラス製の反応管に入れ、そこに溶媒(アセトニトリル、水、またはその混合物)10mLと反応基質としてシクロヘキセン7.9mmolを加えた。なおシクロヘキセンは、市販品(和光純薬株式会社製、純度97.0%)を活性アルミナで乾燥(脱水)したものを用いた。触媒、溶媒、およびシクロヘキセンが入った反応管を密封し、真空脱気を3回行い、アルゴンガスを封入した(アルゴン雰囲気)。あるいは、前記反応管を密封し、そこに純酸素を封入した風船を取り付け、反応管内に酸素を供給できるようにした(酸素雰囲気)。反応管を外部から50℃に保温しながら、反応管内に30%過酸化水素を0.8mmol(触媒中のFeに対して100倍モル当量に相当)加えて反応溶液を撹拌し、酸化反応を所定時間進行させた。反応の際、反応管は遮光した。なお、酸素雰囲気で反応を行った場合、過酸化水素を加えずに酸化反応を進行させた実験も行った。所定時間酸化反応を行った後、反応溶液にトリフェニルホスフィンを加えて反応を終結させた。
【0037】
(2−2) 生成物の分析方法
シクロヘキセンの酸化反応による生成物の分析は、1−オクタノールを外部標準液として用いて、ガスクロマトグラフ質量分析計(株式会社島津製作所製、GC−MS−QP5050A)により行った。ガスクロマトグラフ質量分析の測定条件は下記の通りである。
カラム:アギレントテクノロジーズ製DB−1MS
カラム槽温度:85℃
気化室温度:150℃
インターフェイス温度:230℃
キャリアガス圧力:27.0kPa
昇温プログラム:85℃,10min−30℃/minで昇温−220℃,5min
【0038】
(2−3) 評価指標
触媒反応における反応基質の生成物への変換数を表す触媒ターンオーバー数(TON)を、下記式に従い算出した。
TON(%)=(生成物モル量(mol))/(触媒中のFe原子モル量(mol))×100
シクロヘキセンの酸化反応における各生成物の選択率を、下記式に従い算出した。
選択率(%)=(各生成物モル量(mol)/(全生成物モル量(mol))×100
反応前後における反応溶液中の過酸化水素の定量を硫酸セリウム(IV)アンモニウムによる酸化還元滴定により行った。この定量結果より、下記式に従いH
2O
2消費率とH
2O
2有効利用率を求めた。
H
2O
2消費率(%)=(消費されたH
2O
2モル量(mol))/(供給されたH
2O
2モル量(mol))×100
H
2O
2有効利用率(%)=(全生成物モル量(mol))/(消費されたH
2O
2モル量(mol))×100
【0039】
(3) 結果
(3−1) 有機溶媒中での反応結果
各触媒を用いて、アセトニトリル中でシクロヘキセンの酸化反応を行った結果を表1〜表3に示す。表1は、アルゴン雰囲気下で過酸化水素を添加して酸化反応を行った結果を示す。表2は、酸素雰囲気下で過酸化水素を添加して酸化反応を行った結果を示す。表3は、酸素雰囲気下で過酸化水素を添加せずに酸化反応を行った結果を示す。なお下記表において、[Fe(bpy)
3]
2+@YはY型ゼオライトに内包された鉄(II)トリス(2,2’−ビピリジン)錯体を表し、[Fe(bpy)
3](ClO
4)
2は鉄(II)トリス(2,2’−ビピリジン)錯体の過塩素酸塩を表し、Fe−YはFe(II)イオン交換Y型ゼオライトを表す。
【0040】
いずれの触媒を用いた場合も、一部の結果を除き、シクロヘキセン(プロペニレン化合物)から2−シクロヘキセン−1−オール(3−ヒドロキシプロペニレン化合物)が生成するとともに、条件に応じて2−シクロヘキセン−1−オン、シクロヘキセンオキシドが生成し、さらにcis−1,2−シクロヘキサンジオール等が極少量生成する場合があった。なお、触媒を添加しない場合は、シクロヘキセンの酸化反応は全く進行しなった。
【0041】
触媒として[Fe(bpy)
3]
2+@Yを用いた場合、反応雰囲気や酸化剤の種類(H
2O
2、O
2)によらず、シクロヘキセンから2−シクロヘキセン−1−オールが高選択率で得られた。酸素雰囲気下で過酸化水素を添加した場合は、シクロヘキセンの酸化反応が速やかに進んだ。いずれの条件においても、2−シクロヘキセン−1−オールの選択率75%以上を実現できた。
【0042】
一方、触媒として[Fe(bpy)
3](ClO
4)
2を用いた場合、シクロヘキセンの酸化反応の反応速度は、触媒として[Fe(bpy)
3]
2+@Yを用いた場合に比べて高くなったものの、2−シクロヘキセン−1−オールとともに2−シクロヘキセン−1−オンも多量に生成し、2−シクロヘキセン−1−オールの選択率が低下した。
【0043】
触媒としてFe−Yを用いた場合、酸化剤として過酸化水素を添加することによりシクロヘキセンから2−シクロヘキセン−1−オールが高選択率で得られたが、過酸化水素を添加せずに酸素雰囲気で反応を行った場合、シクロヘキセンの酸化反応は全く起こらなかった。
【0044】
[Fe(bpy)
3]
2+を有する触媒を用いた場合に、過酸化水素が添加されない酸素雰囲気中でもシクロヘキサンの酸化反応が進行したのは、bpy配位子の効果と考えられた。すなわち、[Fe(bpy)
3]
2+錯体はd
6の低スピン状態であるため、結晶場安定化エネルギーが最大となり、置換不活性となる。また酸化還元電位がII価側によっているため、III価の状態よりもII価の状態の方が安定であり、II価であることが分子状酸素と反応できる条件であることが知られている。そのため、分子状酸素を酸化剤として酸化反応が進行したと考えられる。
【0045】
【表1】
【0046】
【表2】
【0047】
【表3】
【0048】
表4には、表1に示した反応時間24時間の結果に関し、H
2O
2消費率とH
2O
2有効利用率、反応選択率の結果をさらに示した。触媒として[Fe(bpy)
3](ClO
4)
2やFe−Yを用いた場合は、添加した過酸化水素がほとんど消費され、シクロヘキセンの酸化反応以外に消費された過酸化水素の割合が高くなった。一方、触媒として[Fe(bpy)
3]
2+@Yを用いた場合は、シクロヘキセンの酸化に過酸化水素が有効に用いられることが明らかになった。さらに[Fe(bpy)
3]
2+@Yは、アセトニトリル中では少なくとも3回は、触媒活性および反応選択性を高く維持したまま、繰り返し使用できた。
【0049】
【表4】
【0050】
(3−2) 水含有溶媒中での反応結果
各触媒を用いて、水、アセトニトリル、または水とアセトニトリルの混合溶媒中でシクロヘキセンの酸化反応を行った結果を表5に示す。反応は、アルゴン雰囲気下で過酸化水素を添加して行った。なお表5では水とアセトニトリルの混合比は容量基準で記載したが、これを質量基準の水含有率に換算すると、H
2O/CH
3CN容量比0.19/0.81と0.38/0.62はそれぞれ、水含有率(質量基準)で23質量%と44質量%に相当する。
【0051】
触媒として[Fe(bpy)
3](ClO
4)
2やFe−Yを用いた場合、溶媒中の水の割合が増えるに従い、2−シクロヘキセン−1−オールのTONすなわち生成量が大きく低下した。一方、触媒として[Fe(bpy)
3]
2+@Yを用いた場合は、溶媒中の水の割合が増えても、2−シクロヘキセン−1−オールのTONは大きく低下せず、2−シクロヘキセン−1−オールの選択性も高く維持されたままであった。
【0052】
【表5】
【0053】
表6には、表5に示したH
2O/CH
3CN容量比1.00/0.00の結果に関し、H
2O
2消費率とH
2O
2有効利用率、反応選択率の結果をさらに示した。表6に示すように溶媒として水のみを用いた場合も、表4に示した溶媒としてアセトニトリルを用いた場合と同様の傾向が見られた。すなわち、触媒として[Fe(bpy)
3]
2+@Yを用いた場合は、シクロヘキセンの酸化に過酸化水素が有効に用いられた。
【0054】
[Fe(bpy)
3]
2+@Yが水含有溶媒中でも触媒活性が維持されたのは、次のようなメカニズムが推測される。すなわち、Y型ゼオライトのスーパーケージには、[Fe(bpy)
3]
2+が存在する疎水性のスーパーケージと、Na
+が存在する親水性のスーパーケージがあると推測され、疎水性のスーパーケージにはシクロヘキセン等の反応基質が集まりやすく、親水性のスーパーケージには水や過酸化水素が集まりやすくなったと考えられる。その結果、反応基質と過酸化水素が近接して存在できる環境が整えられて、水含有溶媒中でも酸化反応が進行したと考えられる。
【0055】
【表6】