特許第5747444号(P5747444)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5747444βアミロイドに関連する病的状態の診断補助方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5747444
(24)【登録日】2015年5月22日
(45)【発行日】2015年7月15日
(54)【発明の名称】βアミロイドに関連する病的状態の診断補助方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/68 20060101AFI20150625BHJP
   G01N 33/48 20060101ALI20150625BHJP
【FI】
   G01N33/68
   G01N33/48 A
【請求項の数】5
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2010-102682(P2010-102682)
(22)【出願日】2010年4月27日
(65)【公開番号】特開2011-232172(P2011-232172A)
(43)【公開日】2011年11月17日
【審査請求日】2013年4月23日
(73)【特許権者】
【識別番号】592031097
【氏名又は名称】パナソニックヘルスケア株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504177284
【氏名又は名称】国立大学法人滋賀医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000556
【氏名又は名称】特許業務法人 有古特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】亀島 直子
(72)【発明者】
【氏名】南條 俊文
(72)【発明者】
【氏名】福原 崇臣
(72)【発明者】
【氏名】遠山 育夫
【審査官】 海野 佳子
(56)【参考文献】
【文献】 特表2008−519988(JP,A)
【文献】 国際公開第2009/134942(WO,A1)
【文献】 特開2004−157124(JP,A)
【文献】 特表2003−519357(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48−33/98
CAplus/MEDLINE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者から採取された血液検体においてβアミロイド(以下Aβという)の量を測定して、第1のAβ測定値を得る第1の測定工程と、
前記血液検体と可溶化剤を混合して混合液を調製した後、当該混合液においてAβの量を測定して、第2のAβ測定値を得る第2の測定工程と、
前記第1のAβ測定値と前記第2のAβ測定値との差を、第1の算出値として求め、前記第1のAβ測定値に対する前記第1の算出値の比率を、関係値として求める算出工程と、
前記関係値に基づき、前記被験者の脳内あるいはCSF中のAβ量を推定する推定工程と、
を包含する、Aβに関連する病的状態の診断を補助する方法。
【請求項2】
前記可溶化剤がギ酸である、請求項1に記載のAβに関連する病的状態の診断を補助する方法。
【請求項3】
前記可溶化剤がグアニジン塩酸である、請求項1に記載のAβに関連する病的状態の診断を補助する方法。
【請求項4】
前記血液検体は、血清検体である、請求項1〜3のいずれかに記載のAβに関連する病的状態の診断を補助する方法。
【請求項5】
前記第1の測定工程及び前記第2の測定工程において測定される前記Aβは、42個のアミノ酸残基からなるAβ、及びそのアミノ基末端が切断又は修飾されたAβである、請求項1〜のいずれかに記載のAβに関連する病的状態の診断を補助する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルツハイマー病等の、βアミロイドに関連する病的状態の診断を補助する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アルツハイマー病は、初老期から老年期に起こる進行性の痴呆(認知症)を特徴とする疾患であり、現在、国内の患者数は100万人以上と言われている。今後人口の高齢化に伴いその数は確実に増加すると予想される。アルツハイマー病の臨床症状は、記憶障害、高次脳機能障害(失語、失行、失認、構成失行)などであり、その症状は他の痴呆疾患でも共通して見られることが多く、臨床症状だけでアルツハイマー病と確定診断することは極めて困難である。
【0003】
アルツハイマー病はこれまで根本治療法がなかったが、1999年にワクチン療法がモデルマウスで成功して以来、根本治療法開発への期待が高まっている(非特許文献1)。また、既存のアルツハイマー病治療薬の多くは対症療法薬であるが、初期から中期に使用することで高い効果が得られることが示されており、早期の処方が望まれる。これらの治療法を有効に活用するためにも、早期にアルツハイマー病を診断する必要がある。さらには、軽度認知症障害(MCI)の患者が高頻度にアルツハイマー病に移行することが示され、MCIがアルツハイマー病に移行するかどうかの予測診断法の確立にも期待が高まっている。
【0004】
アルツハイマー病の特徴的な病理組織所見としては、老人斑と神経原線維変化がある。前者の主構成成分はβシート構造をとったβアミロイド(以下Aβともいう)の凝集体であり、後者のそれは過剰にリン酸化されたタウ蛋白である。現在、アルツハイマー病の発症には、Aβが蓄積することが最初におこる病理変化である、というアミロイド仮説が有力である(非特許文献2)。すなわち、アルツハイマー病においては臨床症状が発症するかなり前から、脳内ではAβが蓄積する等の上記病理的組織変化が進行することが知られている。
【0005】
アルツハイマー病に係る診断、治療の研究では、APPsweマウスがよく用いられる。前記APPsweマウスは、1996年にHsiauらによって確立され、Sweden型の突然変異APPを過剰発現する。前記APPsweマウスのアルツハイマー病様の主な症状としては12ヶ月齢頃から脳内に老人斑がみられるようになり、13ヶ月齢頃に行動異常を発症し、16−18ヶ月では脳内の老人斑が急激に増加し、24ヶ月齢前後で死亡する。月齢に依存して行動異常や老人斑の形成を確認できることからアルツハイマー病研究の有用なモデル動物とされている。非特許文献3では、前記APPsweマウスにおいて、月齢に対する、脳内Aβ濃度、髄液、血液等のAβ濃度の変化が報告されている。
【0006】
近年、脳内の老人斑の量すなわちAβ沈着量を診断する画像診断法が注目されており、脳内に入ってAβに選択的に結合する、ポジトロン断層撮影法(PET)用や核磁気共鳴(MR)画像用の造影剤の研究が進められている(特許文献1)。
【0007】
研究用試薬としては、Aβに対する特異抗体を用いたELISA法が広く用いられている。ELISA法によれば、脳脊髄液では、アルツハイマー病の進行に伴い、42アミノ酸型のAβ(以下Aβ(42))が減少することが、ほぼ確立されている(特許文献2および非特許文献4)。この減少が大脳皮質のアミロイド蓄積と相関があることが示され、早期のアルツハイマー病への移行予測や発症前診断に有用と考えられている。血液などの体液では、血漿中のAβ(42)と40アミノ酸型のAβ(以下Aβ(40))の比(Aβ(42)/Aβ(40))がアルツハイマー病の進行に伴い減少することが示された。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】国際公開第2003/106439号
【特許文献2】特表平10−509797号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Schenk D, Seubert P, et al.Nature 400:p.173−177,1999.
【非特許文献2】Hardy J, Selkoe DJ. Science 297:p.353−356,2002.
【非特許文献3】Takeshi Kawarabayashi,et al.The Jounal of Neuroscience, 21(2):p.372−381,2001.
【非特許文献4】Hansson O, Zetterberg H, Buchhave P, et al. Lancet Neurol.5:228−234,2006.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上述の如く従来は、アルツハイマー病等の早期診断を行うために脳の断層撮影を行ったり、あるいは髄液を採取して髄液中のAβ量を測定したりしていた。
【0011】
しかし、これらの検査は高い専門性が必要であるため、アルツハイマー病等の診断における最初の判定(スクリーニング)として選択されることは極めて稀であり、これらの検査で早期診断判定をすることは極めて困難であった。
【0012】
そこで本発明は、採取しやすい検体を用いて簡便に、しかも高精度で、アルツハイマー病等の、Aβに関連する病的状態の診断に有用な情報を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らが鋭意検討した結果、体液や生体組織等の検体に含まれるAβの一部は凝集又は他物質と結合又は吸着しており、免疫学的測定法で全てのAβを測定するのは困難であることが判明した。しかし、検体に可溶化剤を添加した後Aβ量を測定すると、Aβの測定感度が向上することも判明した。さらに、可溶化剤を添加する前後のAβ測定値から求めた関係値は、被験者中Aβ量と相関しており、この関係値に基づき、被験者中Aβ量を推定することが可能となることを見出した。
【0014】
すなわち本発明は、被験者から採取された液性検体においてβアミロイド(以下Aβという)の量を測定して、第1のAβ測定値を得る第1の測定工程と、
前記液性検体と可溶化剤を混合して混合液を調製した後、当該混合液においてAβの量を測定して、第2のAβ測定値を得る第2の測定工程と、
前記第1のAβ測定値と前記第2のAβ測定値との関係値を算出する算出工程と、
前記関係値に基づき、前記被験者中Aβ量を推定する推定工程と、
を包含する、Aβに関連する病的状態の診断を補助する方法に関する。
【0015】
前記算出工程が、前記第1のAβ測定値と前記第2のAβ測定値との差を、前記関係値として求める算出工程からなることが好ましい。
【0016】
前記算出工程が、前記第1のAβ測定値と前記第2のAβ測定値との差を、第1の算出値として求める第1の算出工程と、前記第1のAβ測定値に対する前記第1の算出値の比率を、前記関係値として求める第2の算出工程と、からなることが好ましい。
【0017】
前記可溶化剤がギ酸であることが好ましい。
【0018】
前記液性検体は、血液、脳脊髄液(CSF)、鼻粘液、及び、尿からなる群より選択される1種であることが好ましい。
【0019】
前記液性検体は、生体組織の懸濁液であることが好ましい。
【0020】
前記第1の測定工程及び前記第2の測定工程において測定される前記Aβは、42個のアミノ酸残基からなるAβ、及びそのアミノ基末端が切断又は修飾されたAβであることが好ましい。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、採取が容易な体液や生体組織を検体として用いて、簡便に、かつ精度よく、被験者中Aβ量を判定することが可能となる。当該Aβ量を判断材料として用いることで、アルツハイマー病等の、Aβに関連する病的状態の早期診断若しくはスクリーニング、又は、当該病的状態を患う患者に投薬した場合の当該病的状態の治療効果のモニターを簡易に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】本発明の一実施形態であるAβ測定フロー
図2】本発明の一実施形態であるAβ測定フローにおける(a)第1の測定工程の対象となる液性検体中の状態、(b)第2の測定工程の対象となる液性検体中の状態、(c)本発明の指標の意味を説明する概念図。
図3】実証例における可溶化剤の効果を確認する測定フロー
図4】実施例1の測定フロー
図5】実施例1の測定結果に基づいた、4グループの月齢に対する指標(D)の関係を示すグラフ
図6】非特許文献3で示される4グループの月齢に対する脳内Aβ濃度の関係を示すグラフ
図7】非特許文献3で示される4グループの月齢に対する髄液中Aβ濃度の関係を示すグラフ
図8】非特許文献3で示される4グループの月齢に対する血漿中Aβ濃度の関係を示すグラフ
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明は、アルツハイマー病等の、Aβに関連する病的状態の診断を補助する方法に関するものであり、被験者中Aβ量を判定することが可能となる。これにより判定されたAβ量を判断材料の1つとして用いて、Aβに関連する病的状態を診断することが可能となるため、Aβに関連する病的状態の早期診断、治療効果のモニター、又は、スクリーニングを行う際に有用である。
【0024】
「Aβに関連する病的状態」とは、Aβが脳内に蓄積することで発症すると考えられている病的状態を意味し、例えば、アルツハイマー病、ダウン症候群、およびオランダタイプのアミロイド症を伴う遺伝性脳出血(Hereditary Cerebral Hemorrhage with Amyloidosis of the Dutch−Type:HCHWA−D)性の病態が挙げられる。Aβは、前記「Aβに関連する病的状態」の患者において、患者の脳で発見される老人斑及び血管アミロイド沈着(アミロイドアンギオパシー)の主要な化学的成分である。
【0025】
本発明におけるAβとは、「アミロイドベータ蛋白質」、「アミロイドベータペプチド」、「Aベータ」、「ベータAP」、「Aベータペプチド」又は「Aβペプチド」と呼称される物質である。Aβは、様々な数のアミノ酸をもつペプチドであり、一般的に39〜43のアミノ酸を含む。Aβは、ベータ−アミロイド前駆体蛋白質(以降APPとする)の断片として生成され、APP正常遺伝子のAβ領域の突然変異から生じる多形型を含む場合もある。
【0026】
本発明におけるAβのうち、特にAβ(42)は重要であり、好適に本発明の測定対象とすることができる。従来、実際の臨床現場においても、髄液中のAβ(42)とAβ(40)が測定対象とされている。Aβ(42)とAβ(40)は、前記老人斑の主要な化学的成分であるAβの大部分を占める。また、Aβ(42)はその凝集性の高さから初期の段階から老人斑の形成に関与しているものと報告されている。ここで、「Aβ(42)」とは、42個のアミノ酸残基を有する全長のAβ(42)、及び全長Aβ(42)の一部が断片化又は修飾されたAβ(42)を総称して指す。「Aβ(40)」とは、40個のアミノ酸残基を有する全長のAβ(40)、及び全長Aβ(40)の一部が断片化又は修飾されたAβ(40)を総称して示す。
【0027】
測定対象とするAβ(42)は、検体内に様々な形態で含まれている。これは、Aβ(42)の凝集性が高いことによる。「Aβ(42)の凝集性が高い」ということは、Aβ(42)自身が会合して凝集する性質を有すること、及び、Aβ(42)を核として、Aβ(40)を含む他のAβペプチドと会合して凝集する性質を有することを意味する。一般的に、疎水性の強いAβ(42)は、水溶液中で凝集物として存在するほうが安定である。ここで、凝集前のAβ(42)及びAβ(40)を含む他のAβペプチドを、Aβ単量体又はAβモノマー(以降Aβモノマーとする)という。また、凝集しているが、生理食塩水中などの水溶液に溶解状態にあるAβを、可溶性Aβ多量体又は可溶性Aβオリゴマー(以降可溶性Aβオリゴマーとする)という。さらに、前記可溶性Aβオリゴマーの状態から凝集が進み、前記水溶液中で不溶性となったAβを、不溶性Aβ多量体又は不溶性Aβ(以降不溶性Aβとする)という。
【0028】
一方で、Aβ(42)はAβ以外の物質と結合又は吸着する性質を持つ。Aβ以外の物質とは、例えば、血漿蛋白や膜脂質、細胞表面である。あるいは、Aβ(42)を内部に含む容器の表面でもある。前記結合又は吸着の原因としては、Aβ以外の物質の疎水性領域とAβ(42)の疎水性領域との疎水相互作用が考えられる。本発明では、特に断りのない限り、「Aβ」は、Aβモノマー、可溶性Aβオリゴマー、不溶性Aβ、及び、Aβ以外の物質と結合又は吸着したAβを総称して指す。特に断りのない限り、「Aβ凝集体」は、可溶性Aβオリゴマー及び不溶性Aβを総称して指す。
【0029】
本発明における液性検体とは、Aβを含み得る検体であり、被験者から採取された体液、又は、被験者から採取された体液又は生体組織を測定に適した状態に調整した液体をいう。具体的には、血液、脳脊髄液(CSF)、鼻粘液(鼻汁)、尿、涙、唾液などの体液が挙げられる。あるいは、鼻粘膜や細胞等の生体組織の懸濁液が挙げられる。当該懸濁液は、生理食塩水などの、生理的条件を満たす液体を用いて調製することができる。前記懸濁液は、例えば、鼻粘膜を生理食塩水で洗浄して得られる洗浄液、又は、当該洗浄液を所定容量に調製した懸濁液であってもよい。
【0030】
本発明の第1の測定工程及び第2の測定工程におけるAβ量の測定では、液性検体中においてAβモノマーを特異的に検出できる測定法を用いる。より具体的には、42個のアミノ酸残基からなるAβ及びそのアミノ基末端が切断又は修飾されたAβ(これらをAβ(x−42)という)を液性検体中において特異的に検出できる測定法を用いる。具体的には、本発明におけるAβ量の測定は、免疫学的測定法により実施できる。免疫学的測定法は、検出するペプチド又は蛋白質に特異的である抗体などの結合物質を使用する免疫学的測定法であって、当該分野で公知である。免疫学的測定法の例としては、ELISA法、ウエスタンブロット法、ラジオイムノアッセイ等が含まれる。以下の実施例で用いた和光純薬(株)製の測定キットは、ELISA法を基本原理としたものである。
【0031】
本発明でAβを測定する際に免疫学的測定法で使用する抗体は、Aβと特異的に反応及び結合する抗体である。抗体の作製法は数種類確立されており、既に公知である。代表的な作製法としては、マウスに測定対象物を抗原として免疫し、その後マウスの脾臓を取り出し、マウスの脾臓と癌細胞であるミエローマーとを融合することにより、ハイブリドーマ(抗体産生細胞)を作製する方法がある。この方法における抗原として、本発明ではAβモノマーを使用する。具体的には、Aβ(42)である。さらに、抗原と結合する抗体は、Aβのどの領域を認識して結合するかが重要である。例えば、抗体がAβ(42)とAβ(40)を区別するには、Aβ(42)とAβ(40)とで異なる領域のアミノ酸配列を認識する必要がある。即ち、Aβ(42)に関しては、Aβ(42)のアミノ酸配列のC末端側の2つのアミノ酸を含むアミノ酸配列を認識できる抗体がAβ(42)に特異的な抗体といえ、当該配列を認識できない抗体がAβ(40)に特異的な抗体であるといえる。また、Aβ(42)とAβ(40)のN末端側は、同じアミノ酸配列から構成されるため、N末端側のアミノ酸配列を認識できる抗体は、Aβ(42)とAβ(40)のいずれとも結合する抗体である。前述の和光純薬(株)の測定キットでは、これらの抗体が適切に組み合わされて使用されており、Aβ(x−42)を特異的に測定するキットである
図1は、本発明の一実施形態であるAβ測定フローを示す。本実施形態は、第1の測定工程11及び第2の測定工程12からなる。
【0032】
第1の測定工程11では、免疫学的測定法を用いて液性検体中のAβ濃度を測定する。測定の前には、必要に応じて、免疫学的測定法に適した濃度に液性検体を希釈してよい。以下では、AβとしてAβ(42)濃度を測定する場合について説明する。具体的には、液性検体中のAβ(42)濃度をELISA法により測定する。Aβの少なくとも一部は、前述するように、水溶液中でその凝集性及び吸着性の高さに起因して、可溶性Aβオリゴマー又は不溶性Aβを形成しているか、あるいは、Aβ以外の物質と結合又は吸着していると考えられる。本発明の一実施様態である免疫学的測定法では、可溶性Aβオリゴマー又は不溶性Aβを形成しているAβモノマーのうち、免疫学的測定法で使用される抗体の認識部位が可溶性Aβオリゴマー又は不溶性Aβの内部に埋もれているAβモノマーは測定できない。また、Aβ以外の物質と結合又は吸着しているAβのうち、免疫学的測定法で使用される抗体の認識部位が前記結合又は吸着により内部に埋もれているAβモノマーについても測定できない。第1の測定工程11において測定できるのは、以上のAβモノマー以外のAβモノマーである。従って、液性検体を直接測定対象とする本発明の第1の測定工程11で得られるAβ(42)濃度は、実際の総Aβ(42)濃度よりも低くなる。この点については後の実証例で実証している。
【0033】
本発明の第2の測定工程12では、第1の測定工程でAβ濃度を測定した後、同じ液性検体に対し、Aβを可溶化できる可溶化剤を添加して混合液を調製した後、その混合液について再度、同じ手法によりAβ濃度を測定する。本発明者らは、前記液性検体に可溶化剤を添加することで、Aβの測定値が大きくなることを見いだした(後の実証例を参照)。これは、可溶化剤の添加により、液性検体中に存在する、Aβ凝集体、又は、Aβ以外の物質と結合若しくは吸着しているAβからAβモノマーが遊離し、第1の測定工程では認識されなかったAβのC末端又はN末端を抗体が認識できるようになったと考えられる。より具体的には、Aβ凝集体、又は、Aβ以外の物質と結合若しくは吸着しているAβがAβモノマーにより近い状態になったと考えられる。可溶化剤を添加する前後のAβの測定値の変化は、第1の測定工程で液性検体に含まれる、Aβ凝集体、又は、Aβ以外の物質と結合若しくは吸着しているAβの量が多いほど大きくなると予想される。従って、本発明によれば、液性検体中のAβ凝集体、又は、Aβ以外の物質と結合若しくは吸着しているAβの存在量を間接的に測定することができる。
【0034】
本発明における可溶化剤は、Aβ凝集体、又は、Aβ以外の物質と結合若しくは吸着しているAβからAβモノマーの遊離を引き起こす成分である。可溶化剤としては、カルボキシル基又はアルデヒド基を有する化合物から選択できる。具体的には、ギ酸が挙げられる。液性検体に添加するギ酸の濃度としては、50%以上100%以下であることが好ましく、68%以上85%以下がより好ましい。ギ酸以外に、蛋白質の可溶化剤として知られるグアニジン塩酸又は尿素、あるいは、クエン酸、リンゴ酸、ギ酸アンモニウム等が可溶化剤として使用できる。また、例えば、クルクミン等の、分子内に二重結合、三重結合、及び/又は共役結合を持つ化合物も可溶化剤として使用できる。
【0035】
図2は、本発明の一実施形態であるAβ測定フローにおける液性検体中の状態を説明する概念図である。第1の測定工程11で測定されるAβを「存在がマスクされていないAβ」という。第1の測定工程11において測定できるAβは、Aβモノマー21、Aβ凝集体22、及び、Aβ以外の物質と結合若しくは吸着しているが液相中にあるAβ23であり、容器表面や細胞表面等の固体に結合又は吸着(沈着)し、液相にないAβ24は測定できない(図2a)。また、測定できるAβであっても、Aβ凝集体22は、例えば3つのAβモノマーが凝集しているにも関らず、2つのAβモノマーの認識部位が表面に現れていない場合は、1つのAβとして測定される。Aβ以外の物質と結合若しくは吸着しているが液相中にあるAβ23についても同様であり、実際よりも少ないAβとして測定される可能性がある。つまり、液性検体を直接免疫学的測定法の対象とすると、正確な測定を行うことができない。従って、従来は正確性の高い早期診断判断が困難であった。
【0036】
これに対して、第2の測定工程12で可溶化剤を添加すると、Aβ凝集体22、Aβ以外の物質と結合若しくは吸着しているが液相中にあるAβ23、及び、容器表面や細胞表面等の固体に結合又は吸着(沈着)し、液相にないAβ24からAβモノマーが遊離する(図2b)。そのため、可溶化剤の添加後においてAβ濃度を測定すると、第1の測定工程では測定されなかったAβも測定することができ、Aβ総量の濃度が得られるため、より正確な定量が可能となる。
【0037】
第2の測定工程12で得られたAβ濃度から第1の測定工程11で得られたAβ濃度を差し引いた値は、「存在がマスクされたAβ」(図2c中のAβモノマー21以外のAβ)の濃度といえる。
【0038】
本発明では、前記第1の測定工程で得られた第1の測定値と、前記第2の測定工程で得られた第2の測定値とから、両者の関係値を算出し、この関係値に基づいて、被験者内Aβ量(例えば、脳内Aβ濃度、CSF中Aβ濃度)を推定する。前記関係値としては、例えば、両測定値の差、比率が挙げられる。上述したように、両測定値の差は、液性検体中の「存在がマスクされたAβ」量を示す。また、両測定値の比率は、液性検体中の「存在がマスクされたAβ」が占める割合を示す。
【0039】
本発明では、被験者内Aβ量を推察するために、以下の新たな指標を使用することができる。第1の測定工程で得られた第1の測定値を値(A)とし、第2の測定工程で得られた第2の測定値を値(B)とする。値(B)から値(A)を差し引いた値を値(C)とする。値(A)に対する値(C)の比率(C/A)を、前記関係値とすることができる(実施例1を参照)。また、値(A)に対する値(B)の比率(B/A)を算出し、これを前記関係値としてもよい。
【0040】
本発明は、別の局面において、患者の脳脊髄液や血液などの液性検体中に含まれる可溶性Aβオリゴマーの有用な測定法を提供し得る。この方法は、前記第1の測定工程と、前記第2の測定工程とを含み、前記第2の測定工程で得られた第2の測定値から、前記第1の測定工程で得られた第1の測定値を差し引いて「存在がマスクされたAβ」を求めることで、他の医療的所見に貢献することができることもある。
【0041】
本発明の診断補助方法を実施するためのキットは、少なくとも、希釈液、可溶化剤、及び、Aβに対する免疫反応試薬から構成されている。具体的には、希釈液は、血液サンプルを希釈するための溶液で血清アルブミン等を含むリン酸緩衝液である。また、可溶化剤は、ギ酸を含む溶液である。さらに、免疫反応試薬は、免疫測定方式として選択されるものに適応した形態で、例えば、ELISA方式で測定する場合は、Aβの抗体が固定化されているマイクロタイタープレートである。
【実施例】
【0042】
以下の詳細な実施例は、単に例示するものであって、本開示および特許請求の範囲を決して限定するものではない。当業者が、前述の記載を使用して、本発明を最大限実行することができる。また、当業者は、適した変更を行なうことができる。
【0043】
本実施の形態において使用した市販の試薬は、特記しない限り製造元の説明書に従って用いられた。検出対象のAβの測定はELISA法により行った。
【0044】
(実証例)
液性サンプル中における可溶化剤の効果
図3は、実証例における測定フローを示す。
【0045】
1.サンプルの調製
市販のAβ(42)合成ペプチド((株)ペプチド研究所製;商品番号4349−V)をDMSO(ジメチルスルフォキサイド)に溶解して100umol/Lとした。次いで濃度10mMのリン酸緩衝液pH7.4を加えて1000倍に希釈してサンプル41を調製した。
【0046】
サンプル41の一部を、pH8.2の1%BSAを含むTBS溶液42で希釈して、Aβの濃度が5又は10pmol/Lとなる2種類のサンプルaを調製した。
【0047】
一方で、サンプル41の一部を100倍量の70%ギ酸(可溶化剤)溶液43と混合し、さらに24倍量の濃度1MのTris(pH未調整)溶液により中和した。その後、1%BSAを含むTBS溶液(pH8.2)で希釈して、Aβ(42)の濃度が5又は10pmol/Lとなる2種類のサンプルbを調製した。
【0048】
2.Aβ量の測定
測定は、和光純薬(株)製の、Aβを測定するELISAの測定キット(Human/Rat βAmyloid42 ELISA Kit wako、High−Sensitive;商品番号292−64501)を用い、製造元の説明書に従って行った。
【0049】
サンプルaとサンプルbのAβ濃度を上記キットを用いて測定した。結果を(表1)に示す。
【0050】
【表1】

(表1)中の既定値とは、サンプルaとbが示す理論上の設定濃度のことである。上述のとおり、サンプルaとbの濃度は5又は10pmol/Lに調整している。
【0051】
(表1)から、希釈のみを行ったサンプルaでは既定値の30から38%と低い値を示すのに対して、ギ酸処理を行ったサンプルbでは既定値の96から100%と、既定値とほぼ同等の値を示していることが分かる。
【0052】
従って、可溶化剤を含んでいない液性サンプル(サンプルa)では、Aβの一部は測定されず、サンプルaの測定値とサンプルbの測定値を比較することにより、液性サンプル中に存在する凝集体や吸着Aβなどの「存在がマスクされたAβ」の量を推測できることが確認された。
【0053】
(実施例1)
血清サンプルを用いた実施例
図4は、実施例1における測定フローを示す。
【0054】
1.血清サンプルの調製
月齢の異なるAPPsweマウスの21検体から血液を採取した。該21検体は異なった日に測定を行った。まず、APPsweマウスより採血を行い、採取した血液を氷上にて1−4時間インキュベートし、3,000×rpm、4度、15分間の遠心処理をした後、上澄みである血清サンプル71を採取した。
【0055】
血清サンプルの希釈には、特に断りのない限り、Human/Rat βAmyloid42 ELISA Kit wako、High−Sensitive;商品番号292−64501に添付されたスタンダード希釈液72を用いた。
【0056】
最初に、血清サンプル71を希釈液72にて単に希釈したサンプルAを調製した。
【0057】
一方で、血清サンプル71と95%ギ酸(可溶化剤)73を1:3の割合で、ギ酸の終濃度が71%となるように混合した。得られた混合液を、24倍量の濃度1MのTris(pH未調整)溶液により中和し、サンプルBとした。なお、サンプルA、Bとも同等の希釈率とした。本実施例1では100倍及び200倍希釈であった。
【0058】
2.サンプルA、B中のAβ量の測定
サンプルAとサンプルBのAβ濃度を、和光純薬(株)製の、Aβを測定するELISAの測定キット(Human/Rat βAmyloid42 ELISA Kit wako、 High−Sensitive;商品番号292−64501)を用い、製造元の説明書に従って測定した。
【0059】
12.4ヶ月齢、16.7ヶ月齢、21.7ヶ月齢のAPPsweマウス各1匹の計3検体のAβ(42)に関する測定結果について(表2)に示す。
【0060】
【表2】

(表2)より、Aβ(42)濃度は、サンプルAに比べサンプルBが1.2から2.9倍高い値を示すことが分かる。従って、血清中のAβ(42)についても、前記(表1)に示した結果と同様、サンプルAとサンプルBの測定値を比較することにより、液性サンプル中に存在する凝集体や吸着Aβなどの「存在がマスクされたAβ」の量を推測できることが確認された。
【0061】
3.APPマウス月齢に対する、本発明の指標の影響
前記測定により得られたサンプルAとサンプルBの測定値の比率を算出した。ここで、サンプルAの測定値が液性サンプル中で存在がマスクされていないAβ量(A)であり、サンプルBの測定値が液性サンプル中の総Aβ量(B)であり、総Aβ量(B)からAβ量(A)を差し引いた値が存在がマスクされたAβ量(C)である。次いで、存在がマスクされたAβ量(C)と存在がマスクされていないAβ量(A)との比率(C/A)を算出し、これを指標として用いた。
【0062】
指標である比率(C/A)を、採取したAPPsweマウスの月齢により4つのグループに分類した。
【0063】
月齢3から5.9ヶ月のAPPsweマウス群においては脳内でのAβ沈着はみられず、月齢6から8.9ヶ月のAPPマウス群においては、老人斑形成の核となるCored plaquesの形成がみられる。その後、月齢9から15.9ヶ月のAPPsweマウス群においては、老人斑形成初期段階となり、引き続き、月齢16から23ヶ月のAPPsweマウス群において、老人斑形成増殖期となる。非特許文献3において、APPsweマウスに関し同様の説明が記載されている。
【0064】
測定の日間差を除くために比率(C/A)の標準化を行った。具体的には、まず、各実施日ごとに、グループ3の比率(C/A)の平均値を求め、同日実施した各検体の比率(C/A)を前記グループ3の比率(C/A)の平均値で割った値(D)で評価した。この結果をグラフにして図5に示す。なお、図5において、1グループは、n数が2であるので、平均値のみの記載とした。
【0065】
図6図7及び図8は、非特許文献3から引用したグラフである。図6は、上記4グループに対する脳内のAβ(42)濃度を示すものである。また、図7は、上記4グループに対する髄液(CSF)中のAβ(42)濃度を示すものである。図6及び図7によると、グループ2からグループ3にかけて、脳内Aβ(42)量が増大し、CSF中のAβ(42)濃度が変化していることが分かる。一方、本発明の結果である図5においてもグループ2からグループ3にかけて変化が見えている。このことから、本発明で血清サンプルを用いることで、脳内Aβ濃度及びCSF中Aβ濃度を推定できることが分かる。以上より、画像診断又は髄液検査をすることなく、血液検査によって、脳内のAβ量を推定することが可能となる。
【0066】
また、図8の血漿の結果をみると、グループ3からグループ4にかけてAβ濃度変化が見えるのに対して、本発明の結果である図5ではグループ2からグループ3にかけて変化が見えている。このことにより、同じ血液サンプルを測定する場合でも、指標(C/A)を用いることにより、より鋭敏に脳内Aβ濃度及びCSF中のAβ濃度を推定することができる。
【0067】
従って、グループ2からグループ3にかけての変化が、指標(C/A)で推定することができる。よって、本発明は、アルツハイマー病等の、Aβに関連する病的状態の早期診断、治療効果のモニター、又は、スクリーニングにおいて有用な判断材料を提供することができる。
【0068】
以上の実施例1で説明したように本発明を用いると、従来の血液検査で用いていた指標と比較して、より早期において、信頼性の高い診断判定を極めて簡便に行うことができる。
【0069】
本発明は、ヒト患者において、アルツハイマー病等の、Aβに関連する病的状態の早期診断、治療効果のモニター、又は、スクリーニングにおいて有用な判断材料を提供することができる。本実施例1では、血液検体を液性サンプルとして用いたが、その他の体液や生体組織の懸濁液を用いることもできる。これにより、ヒト患者への負担を最小限に抑え、しかも低リスクで被験者内Aβ量を判定することができる。
【0070】
本発明の方法は、アミロイド形成のほか、複合体形成の程度を知ることが必要な疾患の診断又はモニターを補助するための方法として応用可能である。
【0071】
Aβに関連する病的状態を診断するにあたっては、本発明の方法により得られた結果を他の臨床的徴候と合わせて考慮することができる。従って、本発明は、PETやMRIといったリスクを伴う診断を行う前のスクリーニングとして有用である。
【産業上の利用可能性】
【0072】
本発明のAβに関連する病的状態の診断を補助する方法は、血液などの体液又は鼻粘膜若しくは細胞などの生体組織のサンプルを使用して低リスクかつ高精度の、Aβに関連する病的状態の診断を行うことを可能とし、Aβに関連する病的状態の早期診断、治療効果のモニター、又は、スクリーニングを行う際に有用な情報を提供し得る。
【符号の説明】
【0073】
11 第1の測定工程
12 第2の測定工程
21 Aβモノマー
22 Aβ凝集体
23 Aβ以外の物質と結合若しくは吸着しているが液相中にあるAβ
24 容器表面や細胞表面等の固体に結合又は吸着(沈着)し、液相にないAβ
25 可溶化されたAβモノマー
41 市販Aβペプチド
42 1%BSA・TBSpH8.2
43 70%ギ酸
71 血清
72 希釈
73 95%ギ酸
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8