特許第5748152号(P5748152)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許5748152-Cr系被膜処理物品 図000007
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5748152
(24)【登録日】2015年5月22日
(45)【発行日】2015年7月15日
(54)【発明の名称】Cr系被膜処理物品
(51)【国際特許分類】
   C23C 14/06 20060101AFI20150625BHJP
   C23C 14/08 20060101ALI20150625BHJP
   C23C 14/14 20060101ALI20150625BHJP
   C23C 14/58 20060101ALI20150625BHJP
   B21D 37/01 20060101ALI20150625BHJP
【FI】
   C23C14/06 N
   C23C14/08 J
   C23C14/14 D
   C23C14/58 Z
   B21D37/01
【請求項の数】7
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2012-527639(P2012-527639)
(86)(22)【出願日】2011年6月28日
(86)【国際出願番号】JP2011064726
(87)【国際公開番号】WO2012017756
(87)【国際公開日】20120209
【審査請求日】2012年5月23日
(31)【優先権主張番号】特願2010-174709(P2010-174709)
(32)【優先日】2010年8月3日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000115072
【氏名又は名称】ユケン工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100076473
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 昭夫
(74)【代理人】
【識別番号】100112900
【弁理士】
【氏名又は名称】江間 路子
(74)【代理人】
【識別番号】100136995
【弁理士】
【氏名又は名称】上田 千織
(72)【発明者】
【氏名】丹羽 司
(72)【発明者】
【氏名】大口 優幸
【審査官】 伊藤 光貴
(56)【参考文献】
【文献】 特開2008−188609(JP,A)
【文献】 国際公開第2009/131159(WO,A1)
【文献】 特開平08−132310(JP,A)
【文献】 特開2004−358610(JP,A)
【文献】 特開2008−150676(JP,A)
【文献】 特開2009−262288(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/00−14/58
B21D 37/01
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
物品の基材の表面に、内側膜と外側膜とからなる複層被膜を備えた高分子材用の成形用金型であるCr系被膜処理物品において、
前記外側膜が1/3≦Cr/O(原子比)≦1/1のCr系酸化物(Siを含む酸化物を除く。)で形成され、
前記内側膜が、Cr/O>1/1のCr系化合物及び/又はCr単体からなるとともに、それぞれ基材側Cr比率が高い1層(Cr傾斜層である。)又は複層で形成されてなり(但し、該複層の内側第1層が1μm以上のものを除く。)、また、
前記複層被膜がCrを蒸発源とした物理的蒸着法により形成されている、
ことを特徴とするCr系被膜処理物品。
【請求項2】
前記複層被膜の全体膜厚が0.2〜50μmであり、前記外側膜の膜厚が0.1〜10.0μmであることを特徴とする請求項1記載のCr系被膜処理物品。
【請求項3】
前記複層被膜の外側膜の硬度がビッカース硬さ:HV1000以上であることを特徴とする請求項1記載のCr系被膜処理物品。
【請求項4】
前記基材が少なくとも一度使用した金型であることを特徴とする請求項1記載のCr系被膜処理物品。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか一記載のCr系被膜処理物品におけるCr系被膜を物理的蒸着法により形成する方法であって、
前記基材の表面を、アルカリ洗浄剤による洗浄処理をした後、
Crを蒸発源とし、反応性ガスを、酸素ガス並びに窒素ガス及び/又は炭化水素ガスとして注入ガス量・ガス比を膜種に対応させて調節維持することにより、前記複層被膜の各層をそれぞれ反応成膜させることを特徴とするCr系被膜の形成方法。
【請求項6】
成膜時の基材温度を350〜500℃の範囲に調節して行うことを特徴とする請求項5記載のCr系被膜の形成方法。
【請求項7】
前記物理的蒸着法を非平衡マグネトロンスパッタ法とすることを特徴とする請求項5記載のCr系被膜の形成方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複合被膜を備えたCr系被膜処理物品に関する。特に、離型性(撥水性)および耐摩耗性さらには耐熱性に優れ、高分子材(ゴムやプラスチック)用の成形用金型に好適なCr系被膜処理物品に係る発明である。
【背景技術】
【0004】
従来、成形用金型は、金型用鋼材で形成され、硬質クロムメッキからなる表面硬化処理が施されることは周知である。例えば、非特許文献1では、鋼材の表面硬化処理として、浸炭処理、窒化処理、高周波焼き入れ、火炎焼き入れとともにメッキが挙げられ、該メッキの項に、「金型には一般に多く使用されている工業用メッキは、無水クロム酸を主体とした硬質Crメッキである。」と記載され、主たる特徴として、次のものが列記されている。
【0005】
(イ)耐摩耗性が優れている。電着したクロムは硬度が極めて高いため傷がつきにくく、滑りの良いことと相まって優れた耐摩耗性を持っている。又メッキの密着力が強固であるため、重荷重の下において安心して使用できる、
(ロ)耐食性 クロムは塩酸、稀硫酸等の一部化学薬品を除いては極めて優れた耐食性を有している、
(ハ)光沢、離型がよくなる、
(ニ)耐熱性 電着したクロムは耐熱性に優れ400℃付近まで硬度の変化が少ないため、耐圧性があり、比較的高温においても傷がつきにくい。
【0006】
また、金属加工用金型であるパンチに関する記載であるが、非特許文献2の「パンチ」の項には、「表面硬化のために、軟窒化処理、焼き入れ処理、クロムめっき、浸炭処理のいずれかが施されることもある。」と記載されている。
【0007】
そして、成形用金型のキャビティにおける表面処理膜に、更なる、耐熱性(耐酸化性)、離型性、および耐摩耗性の向上が要求されるようになってきており、従来のクロムめっきでは対応が困難となってきている。昨今の高分子材・成形材料の多様化、及び/又は、高速度成形の要請に基づくものである。即ち、高速度成形するためには、離型性が良好であることが要求されるのは勿論である。また、高速度成形すると射出圧が高くなり、ガラス繊維等の硬質無機フィラーが成形材料中に含まれている場合、射出方向のキャビティ対面部位が摩耗し易くなるので、高度の耐摩耗性が要求される。
【0008】
また、高融点プラスチック(PEEK、PEI、芳香族ポリアミド等)を成形材料とする際には、相対的に高温(例えば、400℃以上)の溶融成形材料を金型に高圧注入する必要があるため、耐熱性も要求される。
【0009】
さらに、キャビティ面に成形材料が付着しているような一度使用した金型をクロム電着めっきで修復しようとした場合、めっきの金型基材に対する密着性を確保し難いことが分かった。
【0010】
なお、本発明の特許性に影響を与えるものではないが、特許文献1に「基材上に被覆層を具える表面被覆切削工具において、物品基材の表面にCrを含む固体蒸発源を用いた物理的蒸着法(PVD)により成膜された酸化物層を一層以上備えたもの」が記載されている。特許文献1における内側膜および外側膜(表面層)の双方とも、積極的にCr系酸化物ないしCr系化合物とすることを予定していない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特許4398287号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】全日本プラスチック成形工業連合会編、「実用プラスチック成形加工便覧(第4版)」、産業図書株式会社、昭和48年8月、p50−51
【非特許文献2】高橋清他1名監修「半導体・金属材料用語辞典」工業調査会、1999年9月、p736
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、上記にかんがみて、従来のクロム電着めっきより優れた耐摩耗性、耐熱性(耐酸化性)、離型性(撥水性)を有した金型等のCr系被膜処理物品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意開発に努力をした結果、下記構成のCr系被膜処理物品に想到した。
【0015】
物品の基材の表面に、内側膜と外側膜とからなる複層被膜を備えた高分子材用の成形用金型であるCr系被膜処理物品において、
前記外側膜が1/3≦Cr/O(原子比)≦1/1のCr系酸化物(Siを含む酸化物を除く。)で形成され、
前記内側膜が、Cr/O>1/1のCr系化合物及び/又はCr単体からなるとともに、それぞれ基材側Cr比率が高い1層(Cr傾斜層である。)又は複層で形成されてなり(但し、該複層の内側第1層が1μm以上のものを除く。)、また、
前記複層被膜がCrを蒸発源とした物理的蒸着法により形成されている、ことを特徴とする。
【0016】
本発明の他の一つである、上記Cr系被膜処理物品を調製するのに好適なCr系被膜の形成方法は、下記構成となる。
【0017】
Cr系被膜処理物品におけるCr系被膜をPVD法により形成する方法であって、
基材の表面を、アルカリ洗浄剤による洗浄処理をした後、
Crを蒸発源とし、反応性ガスを、酸素ガス並びに窒素ガス及び/又は炭化水素ガスとして注入ガス量・ガス比を膜種に対応させて調節維持することにより、前記複層被膜の各層をそれぞれ反応成膜させることを特徴とする。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】本発明におけるCr系複層被膜の構成例を示すモデル断面図である。
図2】本発明のCr系被膜処理物品の製造方法の一例を示す流れ図である。
図3】本発明に使用するPVD装置の一例である非平衡マグネトロンスパッタリング(UBMS)装置の一例を示す概略モデル図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明を実施形態に基づいて、詳細に説明をする。ここでは、プラスチック成形用金型に適用する場合を例に採り説明する。
【0020】
また、「HV」は、JIS Z 2244(ISO/DIS6507-1)に準じて測定したビッカース硬さを意味する。
【0021】
図1は、本発明の一実施形態のCr系被膜処理物品のモデル断面図である。
【0022】
金型金属材(例えば、ステンレス鋼)からなる基材12の表面に、該基材12に接する内側膜(中間層)14と、内側膜14に接する外側膜(表面層)16とからなる複層被膜18を備えた金型である。なお、基材としては、上記例示の鉄系(鋼材)に限られず、超硬合金、AlやCu等の非鉄合金からなる金属材も使用可能である。
【0023】
上記外側膜16が、1/3≦Cr/O(原子比)≦1/1、望ましくは1/1.9≦Cr/O(原子比)≦1/1.7のCr系酸化物で形成され、内側膜14がCr/O>1/1、望ましくは、Cr/O>1/0.5のCr系複合炭窒化物及び/又はCr単体で形成されている。
【0024】
ここで、外側膜16とは、図例では外側膜(最表膜)とされているが、本発明の目的効果を阻害しない範囲内で、外側膜16に他の表面特性を付与するための、表面処理膜を外側膜16の上に有していてもよい。
【0025】
具体的には、内側膜14は、Cr単体からなる内側第1層14bと、Cr/O>1/1、望ましくは、Cr/O>1/0.5のCr系化合物(炭・窒化物)からなる内側第2層14aとからなる。
【0026】
ここで、内側膜14は、図例では、2層であるが、3層以上としてもよく、さらには、Crの相対原子比率が、基材12から外側膜16に向かって漸減するCr傾斜層(単層)としてもよい。
【0027】
実施例では示さなかったが、内側膜14を形成せずに直接基材12上に外側膜16を成膜した場合、また、内側膜14を内側第1層14bのみ又は内側第2層14aのみとした場合、何れも、後述の耐摩耗性(紙やすり:#2000による摩耗試験)で、クロムめっきと同等の耐摩耗性が確保できない(剥離してしまう。)ことを確認している。但し、耐摩耗性の順位は、1)本発明構成、2)内側第2層のみ、3)内側第1層のみ、4)内側層なし、であり、内側層の存在は、耐摩耗性の向上に寄与することを確認している。
【0028】
膜厚は、複層被膜(Cr系被膜)18の全体膜厚を0.2〜50μmとし、前記外側膜の膜厚を0.1〜10.0μmとする。
【0029】
また、外側膜を形成するCr系酸化物は、ビッカース硬さ:HV1500以上、望ましくはHV2000以上を示すものとする。なお、通常のCr電着めっきのビッカース硬さは、HV1000前後である。
【0030】
本発明の複層被膜18は、化学的蒸着(CVD)法によって形成してもよいが、物理的蒸着(PVD)法により形成することが望ましい。PVDはCVDに比して、低温成膜可能であるため熱歪みが発生し難く、プラスチック用成形金型のような精密性が要求されるものにも対応可能である。
【0031】
反応性ガスを導入して反応成膜可能なPVD法としては、通常、イオンプレーティング法乃至スパッタリング法が代表的である。特に、非平衡マグネトロンスパッタ法(UBMS)により形成することが望ましい。従来のマグネトロンスパッタ法に比して基材(被処理物)に対するイオン照射が強められ、被膜密着性の向上さらには高速成膜が可能となるためである。
【0032】
また、上記PVD法等の成膜処理に先立ち、通常、基材の表面をアルカリ洗浄処理しておく(図2の流れ図参照)。特に、適用基材が一度使用した金型のような場合は、成形材料が付着していることもあり、必然的である。なお、アルカリ洗浄剤は、通常、アルカリ(例えば、苛性ソーダ)に界面活性剤やキレート剤等の補助剤を添加したものを使用する。
【0033】
本実施形態では、図3に示すようなUBMS装置を用いて、複層被膜18の形成を行う。
【0034】
UBMS法は、Crを蒸発源とする金属を蒸発源とし、反応性ガスを、酸素ガス並びに窒素ガス及び/又は炭化水素ガス(メタン、エタン、エチレン、アセチレン等)として注入ガス量・ガス比を膜種に対応させて調節維持することにより、複層被膜18の各層をそれぞれ反応成膜させることができる。
【0035】
即ち、Crを蒸発源とし、反応ガスを、O2、N2、炭化水素ガスとし、それらの反応ガスのガス量・ガス比を膜種・膜厚に対応させて調節維持することにより、Crの酸化物、窒化物、炭化物、及びそれらの複合化合物(CrOxyzを高純度で基材上に反応成膜させることが容易なためである。ここで、複合化合物は、外側膜の場合、x=1〜3、y、z=0〜2.5、内側膜の場合、x<1、y,z=0〜2.5となる。
【0036】
当然、イオンビームスパッタ等、他のタイプのスパッタ法も可能である。
【0037】
スパッタリング装置は、スパッタ室(チャンバー)22内に、基材(ワーク)23を保持するワーク保持部材(陰極)24と、マグネトロン(陰極)25とが配設され、ワーク保持部材24はバイアス電源26と、マグネトロン25はスパッタ電源27と接続されている。さらに、チャンバー22は、チャンバー22内を所定真空度に維持する排気ポンプと接続される排気口32と、イオン生成ガス(Ar)を導入するイオン生成ガス導入口33、および反応ガス(窒素及び/又はメタン)を導入する反応ガス導入口34とを備えるとともに、チャンバー22内を所定温度に維持するとともに基材(ワーク)23も所定温度に維持するヒータ36を備えている。またターゲット(Cr)38は、マグネトロン25に保持される。
【0038】
次に、スパッタ法により反応成膜する場合を例に採り説明する。
【0039】
ターゲット38とするクロム(Cr)は、通常、ツウナインからスリーナインの純度のものを使用する。また、打ち込みイオン化ガスは通常Arを使用し、Crと反応する元素である酸素、窒素及び炭素の供給源である反応性ガスは、それぞれ、O2、N2、および炭化水素ガスを使用可能である。そして、それらの純度は、それぞれ、スリーナインからシックスナインとする。
【0040】
そして、UBMS法による成膜条件は、下記の通りとする。ガス流量は、チャンバー22の大きさを900×900×1000mmとした場合のものである。
【0041】
スパッタ電力値・・・2〜8kW(望ましくは4.5〜5.5kW)
バイアス電圧・・・20〜400V(望ましくは150〜200V)
Arガス流量・・・0〜240mL(望ましくは110〜130mL)
2ガス流量・・・0〜300mL(望ましくは3〜10mL)
CH4ガス流量・・・0〜300mL(望ましくは3〜10mL)
2ガス流量・・・70〜300mL(望ましくは140〜150mL)
基材温度・・・350〜500℃(望ましくは400〜450℃)
上記において、上記範囲1/3≦Cr/O(原子比)≦1/1のクロム系酸化物を形成しようとする場合は、基材温度・バイアス電圧によっても異なるが、例えば、Ar/O=0.4〜1.7の範囲に設定して行なう。
【0042】
上記条件項目の着眼点について以下にそれぞれ説明する。
【0043】
1)スパッタ電力値:一般的にスパッタ電力値が高い程成膜速度が早くなるが、被膜の平滑性が損なわれる。被膜の平滑性が高い程、離型性が良好、また、耐摩耗性も良好となる。そこで、被膜の性能と生産性のバランスから、約2〜8kW、望ましくは約4.5〜5.5kWとする。
【0044】
2)バイアス電圧:一般的に、バイアス電圧が高いほど成膜速度が遅くなるため、生産性を考慮して適当な範囲で設定する。
【0045】
供給ガスが窒素(N2)の場合(窒化クロムを成膜させる)の場合、バイアス電圧は窒化物成膜結晶にほとんど影響を与えない。通常、20〜400V、望ましくは50〜200Vの範囲で適宜設定できる。
【0046】
同じくCH4等の炭化水素の場合(炭化クロムを成膜させる。)、バイアス電圧が低いと、炭化クロムの結晶性が低くなって、炭化物成膜の耐摩耗性が得難くなる。このため、窒素と同様、20〜400Vの範囲でも可能であるが、生産性と結晶性とのバランスから、150〜200Vが望ましく、さらに望ましくは約150Vとする。
【0047】
同じくO2の場合(酸化クロムを成膜させる。)、バイアス電圧が低いと、酸化クロムの結晶性が低くなって、酸化物成膜の耐摩耗性を得難くなる。このため、約100V以上、望ましくは、150V以上とする。
【0048】
4)基材温度:温度が高いほど成膜速度が速くて望ましいが、省エネルギー及び基材の耐熱性の見地から、基材が鋼の場合、焼き戻しによる寸法歪が発生しない温度以下、通常500℃以下とする。温度が低いと(例えば250℃以下)、酸化クロムの成膜に際して、六価クロムが生成し易く、製品(処理物)の安全性の確保や環境への影響において問題が発生するおそれがある。
【実施例】
【0049】
次に、本発明の効果を確認するために、(A)特性評価試験と(B)金型実地試験とを行なったので、以下に説明する。
【0050】
なお、スパッタリング装置は、株式会社神戸製鋼所製のUBMS(アンバランスド・マグネトロン・スパッタ)装置「AIP−NS40/UBMS型」(チャンバーサイズ:900×900×1000mm)を用いた。
【0051】
(A)特性評価試験
基材(試験片)は、30×30×1mmtのSUS304板を使用した。
【0052】
表1に示す条件で内側第1層(設定膜厚0.2μm)、内側第2層(設定膜厚1.2μm)からなる内側膜を成膜後、表2に示す各条件で外側膜(設定膜厚0.6μm)を、それぞれ、反応成膜させた(合計設定膜厚2.0μm)。なお、参考的に外側膜(表面層)の設定原子比Cr/Oを付記する。
【0053】
【表1】
【0054】
【表2】
【0055】
打ち込みイオン化ガスは純度ファイブナインのArを、ターゲットのCrは純度スリーナインのものを使用し、反応性ガスは、O2:純度ツーナイン以上、N2:純度ファイブナイン、CH4:純度ファイブナインのものをそれぞれ使用した。
【0056】
そして、上記で得た各試験例について、表3に示す各項目の評価試験を行い、それらの評価基準は表4に示すものとした。
【0057】
【表3】
【0058】
【表4】
【0059】
そして、各試験例の試験結果を、表5に示す。
【0060】
【表5】
【0061】
表5に示す結果から、O2ガス量が少なかったり(試験例3・4)、バイアス電圧が低いと(試験例5)と、硬さ乃至耐摩耗性を得がたいことが分かる。また、基材温度が高い方が、耐熱性に優れた被膜を得易いことが分かる。
【0062】
(B)金型実地試験
実機金型(無処理品)について、キャビティ面に上記試験例1と同様の条件で、内側膜および外側膜を成膜して本発明のCr系被膜処理を行った。対照例は、各無処理金型、CrC処理金型(試験例7参照)又はDLC(Diamond Like Carbon)処理金型とした。
【0063】
そして、各実機金型について、下記各項目の性能試験を行った。
【0064】
1)汚れ(モールドデポジット:MD)抑制効果試験:
それぞれNAK80材製の本発明処理金型、無処理金型および従来例CrC処理金型を用いて、PBT(ポリブチレンテレフタレート)とPET(ポリエチレンテレフタレート)で射出成形をして、成形品に外観ムラが発生したショット数で優劣を判定した。
【0065】
その結果、外観ムラが発生したショット数は、無処理金型:200、CrC処理金型(従来例):300、本発明処理金型:400であった。本発明処理金型は従来のCrC処理金型に比して、汚れ抑制効果が33%増大した。即ち、金型の洗浄回数が33%低減して、射出成形効率が格段に向上する。
【0066】
2)金型耐久性試験:
それぞれPD613材製のDLC処理金型および本発明処理金型を用いて、GF(ガラスフィラー)20%入りPPS(ポリフェニレンサルファイド)で射出成形をして、不良品発生までの月数比較で優劣を判定した。不良品発生基準は、成形品が規格寸法から外れる、又は、バリが発生するとした。
【0067】
その結果、DLC処理金型(従来例)が3ヶ月であったのに対し、本発明処理金型が12ヶ月であり、格段の差がみられた。
【符号の説明】
【0068】
12 基材(ワーク)
14 内側膜
14a 内側第1層
14b 内側第2層
16 外側層(表面層)
18 複層被膜(Cr系被膜)

図1
図2
図3