【実施例】
【0016】
鉛蓄電池の製造
JIS D 5301に準拠した、55B24形鉛蓄電池を製造した。公称電圧12V、5時間率定格容量は36Ahである。正極格子材料として、0.07mass%のCaと1.5mass%のSnと不可避不純物とを含み、残余がPbである13mm厚のスラブの例えば片面中の、エキスパンド法で展開した後でメッシュになる部分に、不可避不純物を含みSb濃度を0.2〜10mass%の範囲で変化させた0.25mm厚のPb-Sb系合金箔を積層し、圧延して1.0mm厚のシートとした。次いでロータリエキスパンド法により正極格子を作製した。正極格子は高さが115mm、幅が100mm、厚さが1.3mm、表面から深さ方向に約20μmがPb-Sb系合金層で、エキスパンド加工によってシートより格子の方が厚さが増している。また正極格子はメッシュ以外に上下の縁と耳とを備え、これらの部分には片面の表面から約20μmのPb-Sb系合金層がない。Pb-Sb系合金層の下地となるPb-Ca-Sn系合金の組成は適宜に変えることでき、正極格子のサイズ等は任意である。またPb-Sb系合金でのSb含有量が10mass%を超えると、製造が困難になる。なおロータリエキスパンド法に代えて、レシプロエキスパンド法、打ち抜き法で正極格子を作製しても良く、この点は負極格子も同様である。
【0017】
Pb-Sb系合金層の厚さを約10μm,約20μm,約40μmと変化させて後述の試験を行ったが、厚さの影響は見られなかったので、以下ではPb-Sb系合金層の厚さを約20μmとして説明する。Pb-Sb系合金層中のSb濃度は0.5〜10mass%、好ましくは1〜5mass%とする。なお正極格子中で、Pb-Sb系合金層を設けた面を除く面では、下地のPb-Ca-Sn系合金が露出している。
【0018】
負極格子として、0.09mass%のCaと0.35mass%のSnと不可避不純物とを含み、残余がPbであるスラブを圧延して0.8mm厚のシートとした。次いで、ロータリエキスパンド法によりエキスパンド状の負極板を作製した。負極板は高さが115mm、幅が100mm、厚さが1mmである。
【0019】
正極活物質ペーストは、ボールミル法で作製した鉛粉を100mass%として、硫酸スズ(SnSO
4)として所定量のSnを添加すると共に0.1mass%のアクリル繊維を加え、さらに水13mass%と20℃で比重1.40の希硫酸6mass%とを混合して得た。なお鉛粉はボールミル法に限らず、バートン法等によるものでも良い。Snの添加形態は任意で、SnO
2等でも良く、バインダはアクリル繊維に限らず任意であり、またバインダを添加しなくても良い。なお、鉛粉は鉛と酸化鉛の混合物である。
【0020】
負極活物質ペーストは、ボールミル法で作製した鉛粉を100mass%とし、リグニン0.2mass%、カーボンブラック0.3mass%、硫酸バリウム0.6mass%、0.1mass%のアクリル繊維を加え、さらに水11mass%と20℃で比重1.40の希硫酸7mass%とを混合して得た。鉛粉はボールミル法に限らず、バートン法等によるものでも良く、負極活物質の組成自体は任意である。
【0021】
正極格子1枚当たり正極活物質ペーストを55g充填し、負極格子1枚当たり負極活物質ペーストを52g充填し、各々50℃相対湿度50%で48時間熟成し、次いで50℃の乾燥雰囲気で24時間乾燥させ、未化成正極板及び未化成負極板を得た。袋状のポリエチレンセパレータ内に未化成負極板を収納し、セパレータに収納した未化成負極板8枚と未化成正極板7枚とを交互に積層し、同極性の極板の耳を互いに溶接して、極板群とした。得られた極板群6個をポリプロピレンの電槽に収納して直列に接続するように溶接し、20℃で比重が1.230の希硫酸に所定量の硫酸Alと硫酸Liとを添加した電解液を注入し、25℃の水槽内で電槽化成を行って、55B24形の鉛蓄電池とした。Alイオン源とLiイオン源は任意で、例えば硫酸アルミニウム,硫酸リチウムの他に、炭酸リチウム,アルミン酸リチウムAlLiO
2,水酸化アルミニウムと水酸化リチウムなどの形態で添加しても良い。正極活物質中のSnはSn
4+イオンあるいはスズ酸イオンSn(OH)
n4−nとして正極中に存在し、正極格子に由来するSbは正極格子と正極活物質との界面にアンチモンの金属または酸化物として存在しているものと推定できる。なお既化成活物質の質量は、化成後の極板を水洗して硫酸等の水溶性成分を洗い流した後、乾燥させ、極板から格子と活物質とを分離して測定する。
【0022】
試験法
各鉛蓄電池に対し、5時間率(5hR)容量試験(JIS D 5301:2006の9.5.2b))、低温ハイレート(HR)放電試験(JIS D 5301:2006の9.5.3b))、アイドリングストップ寿命試験(電池工業会規格SBA S 0101: 2006の9.4.5)を行った。また5hR容量試験→低温HR放電試験→5hR容量試験→低温HR放電試験→5hR容量試験の順に試験を繰り返し、最後の5hR容量試験での容量と最初の5hR容量試験での容量との比を、容量保持率とした。容量保持率はPCL(Premature Capacity Loss)の程度を表す。試料数は各3で、結果は平均値で示す。
【0023】
試料A1はSb,Sn,Alイオン,Liイオンの何れも含まない比較例で、硫酸鉛の蓄積のため、アイドリングストップ試験での寿命が短かった。アイドリングストップ試験で、18,000サイクル時に電池を解体し、負極活物質での硫酸鉛の蓄積量を調べた。そして硫酸鉛の蓄積がアイドリングストップ試験での寿命を決定する因子であることを確認し、試料A1での硫酸鉛の蓄積量を100とする相対値で、アイドリングストップ試験の結果を示す。
【0024】
試料A2は正極活物質にSnを適切な量含み、電解液にAlイオンとLiイオンとを適切な量含んでいるが、Sbを含まない比較例である。試料A2は、5hR容量試験と低温HR放電試験とで良い結果を示したので、5hR容量試験と低温HR放電試験の結果は、試料A2の結果を100とする相対値で示す。実用的見地からは、初期性能として5hR容量試験で97以上、低温HR放電試験でも97以上が必要で、PCLが起こり難いようにするため容量保持率で0.9以上が必要で、アイドリングストップ車で使用可能であるために、アイドリングストップ試験後の硫酸鉛蓄積量で80以下が必要である。
【0025】
結果
表1〜表5に結果を示す。表1はA35以外の全試料の結果を示し、試料数が多いので、Sbの影響に関する結果を表2,表3に抽出して説明し、AlイオンとLiイオンとに関する結果を表4に抽出して説明する。表2は、Sbの添加位置を正極活物質とするか正極格子とするかの影響と、Sb濃度の影響とを示す。表2では、試料A1を除き、AlイオンとLiイオンとを各0.1mol/L電解液に含有する。SbもSnもAlイオンもLiイオンも含まない試料A1では、全ての点で不十分な結果が得られた。これに対して、電解液にAlイオンとLiイオンとを添加し、正極活物質にSnを添加すると(試料A2)、容量保持率を除き満足する。正極活物質中のSb濃度を0.01mass%とした試料A36と0.1mass%とした試料A37とを比較すると、1サイクル目の5hR容量も、低温HR放電性能も、5サイクル目と1サイクル目との容量保持率も、Sb濃度が0.01mass%の試料A36が優れている。正極活物質にSnを添加するのではなく、正極格子のPb-Sb系合金層にSnを添加した比較例(A35)の結果を表5に示す。正極格子のPb-Sb系合金層にSnを添加しても、結果はSn無添加の試料A3とほぼ同等で、正極活物質にSnを添加した実施例とは、5hR性能、低温HR性能において、大差がある。
【0026】
【表1】
【0027】
【表2】
【0028】
【表3】
【0029】
【表4】
【0030】
【表5】
【0031】
特許文献2,3はSbとSnとを共に正極活物質に添加することを示しているので、試料A6〜A8のように、正極活物質に0.01〜0.2mass%のSbをSb
2O
3として添加した。Sbの添加によって容量保持率は0.92まで向上し、容量保持率に関しては0.01mass%の添加でも0.2mass%の添加でも同じ結果が得られた。しかしながら正極活物質へのSbの添加は、5hR容量試験と低温HR放電試験とでの性能を損ない、添加量を増すと性能の低下が著しくなった。以上のように、正極活物質へSbを添加すると、Snにより増加した5hR容量と低温HR容量とを減少させた。従って、容量保持率と、5hR容量性能と低温HR放電性能とを両立させることはできなかった。
【0032】
試料A3は正極格子へのSbの添加効果を示し、Sbは前記のように格子の表層にPb-Sb系合金層として添加されている。正極格子の表層にSbを添加すると、容量保持率は向上するが、5hR容量と低温HR容量は向上しなかった。次に試料A9〜A13のように、正極活物質に0.2mass%のSnを添加し、正極格子の表層に0.2〜10mass%のSbを添加した。試料A9〜A13から、正極格子の表層のSbは正極活物質中のSnの効果を妨げずに、容量保持率を向上させることが分かった。またSb濃度が0.2mass%の試料A9では、容量保持率は0.88で、目標値の0.9に達しなかった。また試料A9,A8(共にSb濃度が0.2mass%)を比較すると、同じ容量保持率を得るために、正極格子への添加では、より高濃度のSbが必要であることが分かった。正極格子のSbの効果は、1mass%(試料A11)以上で著しくなり、5mass%付近で飽和する(試料A12,A13)。Pb-Sb系合金層のSb濃度は0.5〜10mass%、好ましくは1〜5mass%とする。
【0033】
表3の試料A3,A12,A14〜A18では、正極格子の表層のSb濃度を5mass%に固定し、正極活物質のSn濃度を0〜1.2mass%の範囲で変化させた。また試料A31〜A34では、Sb濃度とSn濃度を共に変化させた。Sb濃度が5mass%では、Snの効果は0.025mass%では小さく(試料A14)、0.05mass%で目標値に達し(試料A15)、0.2mass%以上で飽和し(試料A12,A17,A18)、過剰量の添加は好ましくない。このことから正極活物質中のSn濃度を0.05〜1.0mass%とし、好ましくは0.2〜1.0mass%とする。Sb濃度を5mass%以外の値とした場合にも、Sn濃度が0.05〜1.0mass%で良い結果が得られた(試料A31〜A34)。Sn濃度の影響は0.2mass%以上で飽和するので、正極活物質中のSn濃度は0.2〜1.0mass%が好ましい。
【0034】
AlイオンとLiイオンの濃度の影響を表4に示す。Alイオンが0.01mol/L(試料A19)では硫酸鉛の蓄積が著しく、0.02mol/L以上(試料A20,A27,A28)で硫酸鉛の蓄積を抑制できた。また0.3mol/L以上で(試料A22)、5hR容量と低温HR容量、特に低温HR容量が低下した。従って電解液でのAlイオンの濃度は0.02〜0.2mol/Lとする。Liイオンが0.01mol/L(試料A23)では低温HR容量が低下し、0.02mol/L以上(試料A24,A25)で低温HR容量が目標値に達した。そして0.3mol/L添加しても(試料A26)、0.2mol/L(試料A25)の場合よりも性能が向上しないので、電解液でのLiイオンの濃度も0.02〜0.2mol/Lとする。これ以外に、正極格子のSb濃度を5mass%に、正極活物質のSn濃度を0.2mass%に固定し、AlイオンとLiイオンの濃度を変化させたが(試料A27〜A30)、Alイオンの濃度が0.02〜0.2mol/L、Liイオンの濃度も0.02〜0.2mol/Lの範囲で、良い結果が得られた。Liイオンの効果はAlイオンの添加によって低下した低温HR容量を改善することで(試料A4,A5,A12)、5hR容量の改善は見られなかった。