(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記溶融Zn合金めっき層は、Al:1.0〜22.0質量%、Mg:0.1〜10.0質量%、残部:Znおよび不可避不純物を含む、請求項1に記載の溶融Zn合金めっき鋼板。
前記溶融Zn合金めっき層は、Si:0.001〜2.0質量%、Ti:0.001〜0.1質量%、B:0.001〜0.045質量%からなる群から選ばれる1種以上をさらに含む、請求項2に記載の溶融Zn合金めっき鋼板。
【発明を実施するための形態】
【0016】
(本発明に係る溶融Zn合金めっき鋼板の製造方法)
本発明に係る溶融Zn合金めっき鋼板(以下「めっき鋼板」ともいう)の製造方法は、(1)基材鋼板の表面に溶融Zn合金めっき層(以下「めっき層」ともいう)を形成する第1工程と、(2)所定の水溶液をめっき層の表面に接触させて、めっき層の形成により昇温した基材鋼板およびめっき層を冷却する第2工程と、を有する。
【0017】
本発明の製造方法は、溶融Zn合金めっき層を形成した後に、所定の冷却水溶液をめっき層表面に接触させることで、めっき層の黒変化を抑制することを特徴の一つとする。以下、各工程について説明する。
【0018】
(1)第1工程
第1工程では、基材鋼板を溶融Zn合金めっき浴に浸漬して、基材鋼板の表面に溶融Zn合金めっき層を形成する。
【0019】
まず、溶融Zn合金めっき浴に基材鋼板を浸漬し、ガスワイピングなどを用いることによって、所定量の溶融金属を基材鋼板の表面に付着させる。
【0020】
基材鋼板の種類は、特に限定されない。たとえば、基材鋼板としては、低炭素鋼や中炭素鋼、高炭素鋼、合金鋼などからなる鋼板を使用することができる。良好なプレス成形性が必要とされる場合は、低炭素Ti添加鋼、低炭素Nb添加鋼などからなる深絞り用鋼板が基材鋼板として好ましい。また、P、Si、Mnなどを添加した高強度鋼板を用いてもよい。
【0021】
めっき浴の組成は、形成する溶融Zn合金めっき層の組成に応じて適宜選択される。たとえば、めっき浴は、Al:1.0〜22.0質量%、Mg:0.1〜10.0質量%、残部:Znおよび不可避不純物を含む。また、めっき浴は、Si:0.001〜2.0質量%、Ti:0.001〜0.1質量%、B:0.001〜0.045質量%からなる群から選ばれる1種以上をさらに含んでいてもよい。溶融Zn合金めっきの例には、溶融Zn−0.18質量%Al−0.09質量%Sb合金めっき、溶融Zn−0.18質量%Al−0.06質量%Sb合金めっき、溶融Zn−0.18質量%Al合金めっき、溶融Zn−1質量%Al−1質量%Mg合金めっき、溶融Zn−1.5質量%Al−1.5質量%Mg合金めっき、溶融Zn−2.5質量%Al−3質量%Mg合金めっき、溶融Zn−2.5質量%Al−3質量%Mg−0.4質量%Si合金めっき、溶融Zn−3.5質量%Al−3質量%Mg合金めっき、溶融Zn−4質量%Al−0.75質量%Mg合金めっき、溶融Zn−6質量%Al−3質量%Mg−0.05質量%Ti−0.003質量%B合金めっき、溶融Zn−6質量%Al−3質量%Mg−0.02質量%Si−0.05質量%Ti−0.003質量%B合金めっき、溶融Zn−11質量%Al−3質量%Mg合金めっき、溶融Zn−11質量%Al−3質量%Mg−0.2質量%Si合金めっき、溶融Zn−55質量%Al−1.6質量%Si合金めっき、などが含まれる。特許文献1に記載されているように、Siを添加することでめっき層の黒変化を抑制することができるが、本発明に係る製造方法によりめっき鋼板を製造する場合は、Siを添加しなくてもめっき層の黒変化を抑制することができる。
【0022】
溶融Zn合金めっき層の付着量は、特に限定されない。たとえば、めっき層の付着量は、60〜500g/m
2程度である。
【0023】
次いで、基材鋼板の表面に付着した溶融金属を100℃以上、かつめっき層の凝固点以下まで冷却し、溶融金属を凝固させることで、基材鋼板の表面にめっき浴の成分組成とほぼ同じ組成のめっき層が形成されためっき鋼板を得る。
【0024】
(2)第2工程
第2工程では、所定の冷却水溶液を溶融Zn合金めっき層の表面に接触させて、溶融Zn合金めっき層の形成により昇温した基材鋼板およびめっき層を冷却する。生産性の観点からは、第2工程は、ウォータークエンチ(水冷)工程として行われることが好ましい。この場合、冷却水溶液を溶融Zn合金めっき層の表面に接触させる時の、溶融Zn合金めっき層の表面の温度は、100℃以上、かつめっき層の凝固点以下程度である。
【0025】
冷却水溶液は、以下の式(3)を満たすように水溶性腐食抑制剤を含む水溶液である。以下の式(3)は、冷却水溶液の腐食電流密度低減率が20%以上であることを示している。
【数3】
[式(3)において、Z
0は、溶融Zn合金めっき鋼板が、水溶性腐食抑制剤を含まない0.5M NaCl水溶液中において示す腐食電流密度である。Z
1は、溶融Zn合金めっき鋼板が、水溶性腐食抑制剤を含む水溶液(冷却水溶液)に終濃度が0.5MとなるようにNaClを溶解させた水溶液中において示す腐食電流密度である。]
【0026】
なお、上記のとおり、冷却水溶液の腐食電流密度を測定するときには、冷却水溶液に終濃度が0.5MとなるようにNaClを添加するが、冷却水溶液を用いて溶融Zn合金めっき鋼板を冷却するときには、冷却水溶液にNaClを添加しないでそのまま使用する。
【0027】
上記式(3)において使用する腐食電流密度Z
0,Z
1は、分極曲線よりターフェル外挿法により求められる値である。分極曲線の測定は、電気化学測定システム(HZ−3000;北斗電工株式会社)を用いて行われる。また、腐食電流は、上記電気化学測定システムに付属のソフトウェア(データ解析ソフト)を用いて算出される。
図1Aは、水溶性腐食抑制剤を含まない0.5M NaCl水溶液中の溶融Zn合金めっき鋼板の分極曲線の一例を示すグラフである。
図1Bは、水溶性腐食抑制剤を含む0.5M NaCl水溶液中の溶融Zn合金めっき鋼板の分極曲線の一例を示すグラフである。このように、水溶性腐食抑制剤を含む0.5M NaCl水溶液中の腐食電流密度は、水溶性腐食抑制剤を含まない0.5M NaCl水溶液中において示す腐食電流密度よりも20%以上小さい。
【0028】
水溶性腐食抑制剤を含む水溶液(冷却水溶液)を調製する方法は、特に限定されない。たとえば、腐食電流密度を低減させうる水溶性腐食抑制剤と、必要に応じて溶解促進剤とを水(溶媒)に溶解させればよい。水溶性腐食抑制剤の種類は、腐食電流密度を低減させうるものであれば特に限定されない。水溶性腐食抑制剤の例には、V化合物やSi化合物、Cr化合物などが含まれる。好適なV化合物の例には、アセチルアセトンバナジル、バナジウムアセチルアセトネート、オキシ硫酸バナジウム、五酸化バナジウム、バナジン酸アンモニウムが含まれる。また、好適なSi化合物の例には、ケイ酸ナトリウムが含まれる。さらに、好適なCr化合物の例には、クロム酸アンモニウム、クロム酸カリウムが含まれる。これらの水溶性腐食抑制剤は、単独で使用してもよいし、2種以上を組み合わせて使用してもよい。水溶性腐食抑制剤の添加量は、上記式(3)を満たすように選択される。
【0029】
溶解促進剤も添加する場合、溶解促進剤の添加量は、特に限定されない。たとえば、水溶性腐食抑制剤100質量部に対して、溶解促進剤90〜130質量部を添加すればよい。溶解促進剤の添加量が過少量の場合、水溶性腐食抑制剤を十分に溶解させることができないことがある。一方、溶解促進剤の添加量が過剰量の場合、効果が飽和してしまい、費用的に不利である。
【0030】
溶解促進剤の例には、2−アミノエタノール、テトラエチルアンモニウムヒドロキシド、エチレンジアミン、2,2’−イミノジエタノール、1−アミノ−2−プロパノールが含まれる。
【0031】
冷却水溶液を溶融Zn合金めっき層の表面に接触させる方法は、特に限定されない。冷却水溶液を溶融Zn合金めっき層の表面に接触させる方法の例には、スプレー方式、浸漬方式が含まれる。
【0032】
図2は、冷却水溶液を溶融Zn合金めっき層の表面に接触させる方法の例を示す図である。
図2Aは、スプレー方式によって冷却水溶液を溶融Zn合金めっき層の表面に接触させる方法の一例を示す図である。
図2Bは、浸漬方式によって冷却水溶液を溶融Zn合金めっき層の表面に接触させる方法の一例を示す図である。
【0033】
図2Aに示されるように、スプレー方式の冷却装置100は、複数のスプレーノズル110と、スプレーノズル110より鋼帯Sの送り方向下流側に配置された絞りロール120と、これらを覆う筐体130とを有する。スプレーノズル110は、鋼帯Sの両面に配置されている。鋼帯Sは、筐体130の内部で、めっき層の表面に一時的に水膜が形成されるように冷却水溶液がスプレーノズル110から供給されることで冷却される。そして、絞りロール120で冷却水溶液が除去される。
【0034】
また、
図2Bに示されるように、浸漬方式の冷却装置200は、冷却水溶液が貯留された浸漬漕210と、浸漬漕210の内部に配置された浸漬ロール220と、浸漬ロール220より鋼帯Sの送り方向下流側に配置され、鋼帯Sに付着した余分な冷却水溶液を除去する絞りロール230とを有する。鋼帯Sは、浸漬漕210に投入された後、冷却水溶液と接触することで冷却される。この後、鋼帯Sは、回転する浸漬ロール220によって方向転換して上方へ向かって引き上げられる。そして、絞りロール230で冷却水溶液が除去される。
【0035】
以上の手順により、耐黒変性に優れる溶融Zn合金めっき鋼板を製造することができる。
【0036】
本発明に係る製造方法により、溶融Zn合金めっき鋼板のめっき層表面における経時的な黒変化を抑制できる理由は定かではない。以下、溶融Zn合金めっき層における黒変化発生の推察されるメカニズムを説明した後に、本発明に係る製造方法による黒変化抑制の推察されるメカニズムを説明する。しかしながら、黒変化抑制のメカニズムは、これらの仮説に限定されるものではない。
【0037】
(黒変化発生のメカニズム)
まず、めっき層表面の黒変化の発生および黒変化の抑制の推察されるメカニズムに至るまでの過程を説明する。本発明者らは、基材鋼板の表面に、Al:6質量%、Mg:3質量%、Si:0.024質量%、Ti:0.05質量%、B:0.003質量%およびZn:残部のめっき組成の溶融Zn合金めっき層を形成し、次いでスプレー方式のウォータークエンチ帯域により冷却水(工場内用水;pH7.6、20℃)による水膜を一時的に形成させることで、溶融Zn合金めっき鋼板を作製した。なお、「一時的に水膜が形成される」とは、目視で1秒以上、溶融Zn合金めっき鋼板の表面に接触している水膜が観察される状態をいう。このとき、冷却水により水膜が形成される直前の溶融Zn合金めっき鋼板の表面温度は、160℃程度と推測された。
【0038】
作製した溶融Zn合金めっき鋼板を室内(室温20℃、相対湿度60%)で1週間保管した。そして、1週間保管後の溶融Zn合金めっき鋼板の表面を目視により観察したところ、溶融Zn合金めっき鋼板の表面は、全体的に黒変化が進行しており、さらに周囲と比較して特に黒変化が進行した暗部が観察された。
【0039】
また、作製直後の溶融Zn合金めっき鋼板のめっき層表面における無作為に選択した30箇所の部位について、XPS分析法(X-ray Photoelectron Spectroscopy)により、Zn、AlおよびMgの化学結合状態を分析した。その後、分析を行った溶融Zn合金めっき鋼板を室内(室温20℃、相対湿度60%)で1週間保管した。そして、1週間保管後の溶融Zn合金めっき鋼板の表面を目視により観察したところ、溶融Zn合金めっき鋼板の一部において暗部の形成が観察された。そこで、暗部が形成された部位と、暗部の形成が認められなかった部位(通常部)について、溶融Zn合金めっき鋼板作製直後のXPS分析の結果を比較した。
【0040】
図3〜
図5は、通常部と暗部に関して、作製直後の溶融Zn合金めっき鋼板におけるXPS分析の結果を示すグラフである。
図3Aは、通常部のZnの2p軌道に対応する化学結合エネルギーの強度プロファイルである。
図3Bは、暗部のZnの2p軌道に対応する化学結合エネルギーの強度プロファイルである。
図4Aは、通常部のAlの2p軌道に対応する化学結合エネルギーの強度プロファイルである。
図4Bは、暗部のAlの2p軌道に対応する化学結合エネルギーの強度プロファイルである。
図5Aは、通常部のMgの2p軌道に対応する化学結合エネルギーの強度プロファイルである。
図5Bは、暗部のMgの2p軌道に対応する化学結合エネルギーの強度プロファイルである。
【0041】
図3Aに示されるように、通常部におけるZnの分析では、金属Znに由来する約1022eVのピークと、金属Znに由来するピークより強度の弱い、Zn(OH)
2に由来する約1023eVのピークとが観察された。この分析結果から、通常部において、Znは、金属Znとして存在するだけでなく水酸化物(Zn(OH)
2)としても存在することがわかる。なお、ZnとZn(OH)
2の強度比から、通常部では、ZnがZn(OH)
2より多く存在していることがわかる。
【0042】
一方、
図3Bに示されるように、暗部におけるZnの分析でも、金属Znに由来する約1022eVのピークと、金属Znに由来するピークより強度の強い、Zn(OH)
2に由来する約1023eVのピークとが観察された。この分析結果から、暗部において、Znは、通常部と同様に、金属Znとして存在するだけでなく水酸化物(Zn(OH)
2)としても存在することがわかる。なお、ZnとZn(OH)
2の強度比から、暗部では、Zn(OH)
2がZnより多く存在していることがわかる。
【0043】
図4Aおよび
図4Bに示されるように、通常部および暗部におけるAlの分析では、金属Alに由来する約72eVのピークと、金属Alに由来するピークより強度の弱い、Al
2O
3に由来する約74eVのピークとがそれぞれ観察された。この分析結果から、通常部および暗部において、Alは、金属Alおよび酸化物(Al
2O
3)として存在することがわかる。なお、通常部および暗部のいずれの場合であっても、Al
2O
3がAlよりも多く、通常部および暗部で存在比率に大きな変化はなかった。
【0044】
図5Aおよび
図5Bに示されるように、通常部および暗部におけるMgの分析では、金属Mg、Mg(OH)
2およびMgOに由来する約49〜50eVのピークが観察された。この分析結果から、通常部および暗部において、Mgは、金属Mg、酸化物(MgO)および水酸化物(Mg(OH)
2)として存在することがわかる。なお、通常部および暗部における金属Mg、Mg(OH)
2およびMgOの存在比率に大きな変化はなかった。
【0045】
これらの結果より、暗部の形成、すなわち黒変化の進行速度にはZnの結合状態が影響を及ぼしており、Zn(OH)
2の存在比率の増加に起因して暗部が形成、すなわち黒変化が促進されると考えられた。
【0046】
次いで、本発明者らは、気水冷却装置により工場内用水(冷却水)を溶融Zn合金めっき層の表面に、水膜を形成させることなく接触させて、溶融Zn合金めっき鋼板を作製した。作製した溶融Zn合金めっき鋼板を室内(室温20℃、相対湿度60%)で1週間保管した。そして、1週間保管した溶融Zn合金めっき鋼板の表面を目視により観察したところ、溶融Zn合金めっき鋼板の表面光沢は均一であり、暗部の形成は認められなかった。また、めっき層表面の光沢の程度は、一時的に水膜を形成して作製した溶融Zn合金めっき鋼板における通常部とほぼ同等であった。
【0047】
次に、水膜を形成させることなく作製した直後の溶融Zn合金めっき鋼板のめっき層表面を、XPS分析にて分析した。
図6は、Znの2p軌道に対応する化学結合エネルギーの強度プロファイルである。なお、AlおよびMgの強度プロファイルは、省略する。
図6に示されるように、水膜を形成させることなく冷却水を接触させた場合でも、金属Znに由来する約1022eVのピークと、Zn(OH)
2に由来する1023eVのピークとが観察された。また、ZnおよびZn(OH)
2の強度比から、ZnがZn(OH)
2より多く存在していることがわかった。このことから、冷却水が接触した場合でも、水膜の形成が起こらない場合、Zn(OH)
2の生成は促進されないものと推定された。
【0048】
これらの結果より、Zn(OH)
2の生成には、冷却工程における水膜の形成が影響を及ぼしていることが示唆された。水膜が形成されない場合には、Zn(OH)
2が生成されにくいため、黒変化が抑制されると推察される。
【0049】
上述したように、本発明者らは、溶融Zn合金めっき鋼板のめっき層の黒変化について、1)冷却工程における水膜の形成によってめっき層の表面にZn(OH)
2が生成されること、および2)めっき層の表面のなかでも、Zn(OH)
2が生成された領域で黒変化が生じやすいこと、を見出した。そこで、本発明者らは、めっき層の黒変化の機構について、以下のように推察した。
【0050】
まず、高温(例えば100℃以上)のめっき層表面に冷却水が接触すると、めっき層表面の酸化皮膜またはめっき層のZn相から、Znが部分的に溶出する。
Zn→Zn
2++2e
−
【0051】
また、冷却水では、溶存酸素の一部が還元されて、OH
−が生成される。
1/2O
2+H
2O+2e
−→2OH
−
【0052】
冷却水に溶出したZn
2+は、冷却水中のOH
−と結合してめっき層表面でZn(OH)
2となる。
Zn
2++2OH
−→Zn(OH)
2
【0053】
そして、時間を経るとともに、めっき層表面のZn(OH)
2の一部は、脱水反応によりZnOとなる。
Zn(OH)
2→ZnO+H
2O
【0054】
次いで、ZnOの一部は、めっき層のAlやMgなどによってOが奪われて、ZnO
1−Xとなる。このZnO
1−Xが色中心となって、目視では黒色を呈する。
【0055】
(黒変化抑制のメカニズム)
次いで、本発明者らは、工場内用水の代わりに、V化合物の水溶液(腐食電流密度低減率:20%以上)を使用し、スプレー方式のウォータークエンチ帯域によりめっき層の表面に、一時的に水膜を形成させ、溶融Zn合金めっき鋼板を作製した。このとき、冷却水溶液に接触する直前の溶融Zn合金めっき鋼板の表面温度は、160℃程度と推定された。
【0056】
作製した溶融Zn合金めっき鋼板を室内(室温20℃、相対湿度60%)で1週間保管した。1週間保管した後の溶融Zn合金めっき鋼板を目視により観察したところ、溶融Zn合金めっき鋼板の表面光沢は、ほぼ均一であり、暗部の形成は認められなかった。また、この溶融Zn合金めっき鋼板は、工場内用水を用いて水膜を一時的に形成させて作製した溶融Zn合金めっき鋼板における通常部と比較して、高い表面光沢を有していた。
【0057】
次に、この冷却水溶液を用いて、一時的に水膜を形成させて作製した直後の溶融Zn合金めっき鋼板のめっき層表面を、XPS分析にて分析した。
図7は、この冷却水溶液を使用した場合の通常部のZnの2p軌道に対応する化学結合エネルギーの強度プロファイルである。なお、AlおよびMgの強度プロファイルは、省略する。
図7に示されるように、この冷却水溶液を使用した場合でも、金属Znに由来する約1022eVのピークと、Zn(OH)
2に由来する約1023eVのピークとが観察された。また、ZnとZn(OH)
2との強度比から、ZnがZn(OH)
2より多く存在していることがわかった。このことから、V化合物の水溶液(腐食電流密度低減率:20%以上)を使用した場合には、一時的な水膜が形成された場合であっても、Zn(OH)
2の生成は促進されないものと推定された。
【0058】
冷却水として腐食電流密度低減率が20%以上の水溶液を用いた場合、上記のZn(OH)
2の生成に関与する一連の反応の進行速度が低下する。よって、Zn(OH)
2の生成が抑えられ、結果的にめっき層の黒変化が抑制されると考えられる。
【0059】
(本発明に係る溶融Zn合金めっき鋼板)
本発明に係る製造方法で製造された溶融Zn合金めっき鋼板(本発明に係る溶融Zn合金めっき鋼板)では、溶融Zn合金めっき層の表面におけるZn(OH)
2の量が少ない。したがって、溶融Zn合金めっき層は、全面において以下の式(4)を満たしている。
【数4】
[式(4)において、S[Zn]は、溶融Zn合金めっき層の表面のXPS分析の強度プロファイルにおいて、金属Znに由来する約1022eVを中心とするピークが示す面積である。S[Zn(OH)
2]は、前記溶融Zn合金めっき層の表面のXPS分析の強度プロファイルにおいて、Zn(OH)
2に由来する約1023eVを中心とするピークが示す面積である。]
【0060】
上記式(4)は、XPS分析で測定される強度プロファイルにおける、金属Znに由来する約1022eVを中心とするピークの面積およびZn(OH)
2に由来する約1023eVを中心とするピークの面積の合計に対する、Zn(OH)
2に由来する約1023eVを中心とするピークの面積の割合(以下「Zn(OH)
2比率」という)が、40%以下であることを示している。
【0061】
図8は、溶融Zn合金めっき鋼板のめっき層表面における、Znの2p軌道に対応する化学結合エネルギーの強度プロファイルである。
図8Aは、Zn(OH)
2比率が約80%である強度プロファイルであり、
図8Bは、Zn(OH)
2比率が約45%である強度プロファイルであり、
図8Cは、Zn(OH)
2比率が約15%である強度プロファイルであり、
図8Dは、Zn(OH)
2比率が約10%である強度プロファイルである。点線はベースラインであり、破線は金属Znに由来する強度プロファイル(約1022eVを中心とするピーク)であり、実線はZn(OH)
2に由来する強度プロファイル(約1023eVを中心とするピーク)である。本発明に係る溶融Zn合金めっき鋼板では、めっき層表面の全面において、
図8C,Dに示されるようにZn(OH)
2比率が40%以下となる。
【0062】
溶融Zn合金めっき鋼板のめっき層表面のXPS分析は、XPS分析装置(AXIS Nova;Kratos Group PLC.)を用いて行われる。また、金属Znに由来する約1022eVを中心とするピークの面積およびZn(OH)
2に由来する約1023eVを中心とするピークの面積は、上記XPS分析装置に付属のソフトウェア(Vision 2)を用いて算出される。
【0063】
なお、金属Znに由来するピーク位置は、正確には1021.6eVであり、Zn(OH)
2に由来するピーク位置は、正確には1023.3eVであるが、これらの値は、XPS分析の特性や、試料の汚れ、試料の帯電などにより変化することがある。しかしながら、当業者であれば、金属Znに由来するピークおよびZn(OH)
2に由来するピークを識別することは可能である。
【0064】
(製造ライン)
前述した本発明の溶融Zn合金めっき鋼板の製造方法は、例えば、以下のような製造ラインで実施されうる。
【0065】
図9は、溶融Zn合金めっき鋼板の製造ライン300の一部の模式図である。製造ライン300は、基材鋼板(鋼帯)の表面にめっき層を形成して、溶融Zn合金めっき鋼板を連続的に製造することができる。また、製造ライン300は、必要に応じてめっき層の表面に化成処理皮膜をさらに形成して、化成処理めっき鋼板を連続的に製造することもできる。
【0066】
図9に示されるように、製造ライン300は、炉310、めっき浴320、エアジェットクーラー340、気水冷却帯域350、ウォータークエンチ帯域360、スキンパスミル370およびテンションラベラー380を有する。
【0067】
図外の繰り出しリールから繰り出された鋼帯Sは、所定の工程を経て炉310内で加熱される。加熱された鋼帯Sをめっき浴320に浸漬することで、溶融金属が鋼帯Sの両面に付着する。次いで、ワイピングノズル330を有するワイピング装置により過剰な溶融金属を取り除いて、所定量の溶融金属を鋼帯Sの表面に付着させる。
【0068】
所定量の溶融金属が付着した鋼帯Sは、エアジェットクーラー340や気水冷却帯域350により溶融金属の凝固点以下まで冷却される。エアジェットクーラー340は、気体の吹き付けによる鋼帯Sの冷却を目的とした設備である。また、気水冷却帯域350は、霧状にした流体(例えば、冷却水)および気体の吹き付けによる鋼帯Sの冷却を目的とした設備である。これにより、溶融金属が凝固し、溶融Zn合金めっき層が鋼帯Sの表面に形成される。なお、気水冷却帯域350によって鋼帯Sが冷却されるときに、めっき層の表面に水膜が形成されることはない。冷却後の温度は、特に限定されず、例えば100〜250℃である。
【0069】
所定の温度まで冷却された溶融Zn合金めっき鋼板は、ウォータークエンチ帯域360でさらに冷却される。ウォータークエンチ帯域360は、気水冷却帯域350と比較して大量の冷却水の接触による鋼帯Sの冷却を目的とした設備であり、めっき層の表面に一時的に水膜が形成される量の水を供給する。たとえば、ウォータークエンチ帯域360には、フラットスプレーノズルを鋼帯Sの幅方向に150mm間隔で10本配置したヘッダーが、基材鋼板Sの送り方向に7列配置されている。ウォータークエンチ帯域360では、水溶性腐食抑制剤を含む水溶液(腐食電流密度低減率:20%以上)が冷却水溶液として使用される。鋼帯Sは、ウォータークエンチ帯域360の中で、めっき層の表面に一時的に水膜が形成されるような量の冷却水溶液を供給されながら、冷却される。たとえば、冷却水溶液の水温は20℃程度であり、水圧は2.5kgf/cm
2程度であり、水量は150m
3/h程度である。なお、「一時的に水膜が形成される」とは、目視で約1秒以上、溶融Zn合金めっき鋼板と接触している水膜が観察される状態をいう。
【0070】
水冷された溶融Zn合金めっき鋼板は、スキンパスミル370で調質圧延され、テンションレベラー380で平坦に矯正された後、テンションリール390に巻き取られる。
【0071】
めっき層の表面にさらに化成処理皮膜を形成する場合は、テンションレベラー380で矯正された溶融Zn合金めっき鋼板の表面に、ロールコーター400で所定の化成処理液を塗布する。化成処理を施された溶融Zn合金めっき鋼板は、乾燥帯域410およびエア冷却帯域420で乾燥および冷却された後、テンションリール390に巻き取られる。
【0072】
以上のように、本発明に係る溶融Zn合金めっき鋼板は、耐黒変性に優れており、かつ高い生産性で容易に製造されうる。また、本発明に係る溶融Zn合金めっき鋼板の製造方法は、所定の冷却水溶液を溶融Zn合金めっき層の表面に接触させるだけで、耐黒変性に優れる溶融Zn合金めっき鋼板を、高い生産性で容易に製造することができる。
【0073】
以下、本発明について実施例を参照して詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されない。
【実施例】
【0074】
(実験1)
実験1では、水溶性腐食抑制剤を含む冷却水を用いて溶融Zn合金めっき鋼板を冷却した場合における、溶融Zn合金めっき層の耐黒変性について調べた。
【0075】
1.溶融Zn合金めっき鋼板の製造
図9に示される製造ライン300を用いて、溶融Zn合金めっき鋼板を製造した。基材鋼板(鋼帯)Sとして、板厚2.3mmの熱延鋼帯を準備した。表1に示すめっき浴組成およびめっき条件で基材鋼板にめっきを施して、めっき層の組成が互いに異なる14種類の溶融Zn合金めっき鋼板を製造した。なお、めっき浴の組成とめっき層の組成はほぼ同一である。
【0076】
【表1】
【0077】
溶融Zn合金めっき鋼板を製造する際に、エアジェットクーラー340における冷却条件を変化させて、ウォータークエンチ帯域360に通す直前の鋼板(めっき層表面)の温度を80℃、150℃または300℃となるように調整した。ウォータークエンチ帯域360では、表2および表3に示されるいずれかの水溶液を冷却水溶液として使用した。各冷却水溶液は、pH7.6の水に表2および表3に示される水溶性腐食抑制剤と、必要に応じて溶解促進剤を所定の比率で溶解させた後、水温を20℃に調整することで調製した。No.42の冷却水溶液は、水溶性腐食抑制剤および溶解促進剤を含まないpH7.6の水である。ウォータークエンチ帯域360におけるスプレー装置は、フラットスプレーノズルを幅方向に150mm間隔で10本配置したヘッダーを、基材鋼板Sの送り方向に7列配置したものを使用した。ウォータークエンチ帯域360から供給した各冷却水溶液の条件は、水圧:2.5kgf/cm
2、水量:150m
3/hとした。
【0078】
表2および表3には、各冷却水溶液の腐食電流密度低減率も示す。腐食電流密度低減率は、上記式(3)により算出された値である(
図1A,B参照)。腐食電流密度は、分極曲線よりターフェル外挿法により求められた値である。No.10〜36の冷却水溶液の腐食電流密度低減率は、20%以上であり、No.1〜9,37〜42の冷却水溶液の腐食電流密度低減率は、20%未満である。
【0079】
【表2】
【0080】
【表3】
【0081】
2.溶融Zn合金めっき鋼板の評価
(1)めっき層表面のZn(OH)
2比率の測定
各溶融Zn合金めっき鋼板について、XPS分析装置(AXIS Nova;Kratos Group PLC.)を用いて、めっき層表面のZn(OH)
2比率を測定した。Zn(OH)
2比率は、XPS分析装置に付属のソフトウェア(Vision 2)を用いて算出した。
【0082】
(2)光沢劣化促進処理
製造した各溶融Zn合金めっき鋼板から試験片を切り出した。各試験片を恒温恒湿機(LHU−113;エスペック株式会社)内に置き、温度60℃、相対湿度90%で光沢劣化の促進処理を40時間行った。
【0083】
(3)黒変化度の測定
各溶融Zn合金めっき鋼板について、光沢劣化促進処理の前後におけるめっき層表面の明度(L
*値)を測定した。めっき層表面の明度(L
*値)は、分光型色差計(TC−1800;有限会社東京電色)を用いて、JIS K 5600に準拠した分光反射測定法で測定した。測定条件を以下に示す。
光学条件:d/8°法(ダブルビーム光学系)
視野:2度視野
測定方法:反射光測定
標準光:C
表色系:CIELAB
測定波長:380〜780nm
測定波長間隔:5nm
分光器:回折格子 1200/mm
照明:ハロゲンランプ(電圧12V、電力50W、定格寿命2000時間)
測定面積:7.25mmφ
検出素子:光電子増倍管(R928;浜松ホトニクス株式会社)
反射率:0−150%
測定温度:23℃
標準板:白色
【0084】
各めっき鋼板について、光沢劣化促進処理の前後のL
*値の差(ΔL
*)が0.5未満の場合は「○」、0.5以上であって3未満の場合は「△」、3以上の場合は「×」と評価した。なお、評価が「○」のめっき鋼板は、耐黒変性を有すると判断することができる。
【0085】
(4)評価結果
各めっき鋼板について、使用した冷却水溶液の種類およびウォータークエンチ帯域360で冷却する直前の鋼板(めっき層表面)の温度と、Zn(OH)
2比率および黒変化度の評価結果との関係を、表4〜表7に示す。
【0086】
【表4】
【0087】
【表5】
【0088】
【表6】
【0089】
【表7】
【0090】
表4〜表7に示されるように、腐食電流密度低減率が20%以上の水溶液を用いて冷却した場合は、めっき層表面のZn(OH)
2比率が40%以下となり、耐黒変性が良好であった。一方、腐食電流密度低減率が20%未満の水溶液を用いて冷却した場合は、めっき層表面のZn(OH)
2比率が40%超となり、黒変化を十分に抑制することができなかった。
【0091】
以上の結果から、腐食電流密度低減率が20%以上の水溶液を用いて冷却することで、めっき層表面のZn(OH)
2比率が40%以下となること、およびめっき層表面のZn(OH)
2比率が40%以下のめっき鋼板は、耐黒変性に優れることがわかる。
【0092】
(実験2)
実験2では、表1に示すめっき浴組成(No.1〜14)およびめっき条件で基材鋼板にめっき層を形成して、めっき層の組成が互いに異なる14種類の溶融Zn合金めっき鋼板を製造した。溶融Zn合金めっき鋼板を製造する際には、ウォータークエンチ帯域360において、表2および表3に示される42種類の冷却水溶液を使用して冷却した。さらに、各試験片に、下記の化成処理条件A〜Cの条件で化成処理を施した。続いて、実験1と同様に光沢劣化促進処理した場合の耐黒変性について測定した。
【0093】
化成処理条件Aでは、化成処理液として、ジンクロム3387N(クロム濃度10g/L、日本パーカライジング株式会社)を使用した。化成処理液をスプレーリンガーロール方式で、クロム付着量が10mg/m
2となるように塗布した。
【0094】
化成処理条件Bでは、化成処理液として、リン酸マグネシウム50g/L、フッ化チタンカリウム10g/L、有機酸3g/Lを含む水溶液を使用した。化成処理液をロールコート方式で、金属成分付着量が50mg/m
2となるように塗布した。
【0095】
化成処理条件Cでは、化成処理液として、ウレタン樹脂20g/L、リン酸二水素アンモニウム3g/L、五酸化バナジウム1g/Lを含む水溶液を使用した。化成処理液をロールコート方式で、乾燥膜厚が2μmとなるように塗布した。
【0096】
各めっき鋼板について、使用した冷却水溶液の種類およびウォータークエンチ帯域360で冷却する直前の鋼板(めっき層表面)の温度と、Zn(OH)
2比率および黒変化度の評価結果との関係を、表8〜表11に示す。なお、化成処理後にZn(OH)
2比率を正確に測定することは困難であるため、Zn(OH)
2比率は、化成処理をしていない場合の測定値(表4〜表7と同じ値)である。
【0097】
【表8】
【0098】
【表9】
【0099】
【表10】
【0100】
【表11】
【0101】
表8〜表11に示されるように、腐食電流密度低減率が20%以上の水溶液を用いて冷却した場合は、化成処理を施していても、耐黒変性が良好であった。一方、腐食電流密度低減率が20%未満の水溶液を用いて冷却した場合は、化成処理を施していても、黒変化を十分に抑制することができなかった。
【0102】
以上の結果から、腐食電流密度低減率が20%以上の水溶液を用いて冷却することで、化成処理の種類に関わらず、黒変化を十分に抑制できることがわかる。