(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
互いに交わる2つの直線上にそれぞれ所定の間隔で配置された2組のマイクロフォン対と前記2組のマイクロフォン対の作る平面上にない第5のマイクロフォンとを有する音採取手段と撮影手段とを備え、通電状態にある電線を支持する碍子の発生する音の音圧信号を採取するとともに前記碍子を含む画像を採取し、前記音圧信号のデータと前記画像のデータとを用いて前記碍子が劣化しているか否かを診断する碍子の劣化診断装置であって、
前記音採取手段で採取した音圧信号から、予め設定された碍子の劣化診断に使用する周波数帯域である診断帯域の音圧信号を抽出する帯域データ抽出手段と、
前記抽出された音圧信号から音源方向と音圧信号の大きさとを含む音源データを周波数毎に検出する音源データ検出手段と、
前記音源データと前記撮影手段で撮影された画像のデータとを合成し、劣化診断する碍子が映っている画像上に前記音源方向を示す図形が描画された診断用画像を作成する診断用画像作成手段と、
前記診断用画像を用いて前記劣化診断する碍子が劣化しているか否かを診断する診断手段とを備え、
前記診断帯域が、2000Hz以上の周波数成分を有する碍子発生音のうちの、4000Hz〜8000Hz帯域であることを特徴とする碍子の劣化診断装置。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、実施の形態を通じて本発明を詳説するが、以下の実施の形態は特許請求の範囲に係る発明を限定するものでなく、また、実施の形態の中で説明される特徴の組み合わせの全てが発明の解決手段に必須であるとは限らない。
【0012】
図1は、碍子の劣化診断装置の構成を示す図で、碍子の劣化診断装置1は、音・映像採取ユニット10と、データ処理部20と、記憶・演算部30と、表示手段40とを備える。
音・映像採取ユニット10は、音採取手段11と、撮影手段としてのCCDカメラ(以下、カメラという)12と、マイクロフォン固定部13と、カメラ支持台14と、支柱15と、支持脚16とを備える。
音採取手段11は複数のマイクロフォンM1〜M5を備える。
マイクロフォンM1〜M5の配置は、
図2に示すように、4個のマイクロフォンM1〜M4を、互いに直交する2直線(ここでは、x軸とy軸)上にそれぞれ所定の間隔Lで配置された2組のマイクロフォン対(M1,M3)及びマイクロフォン対(M2,M4)を構成するように配置するとともに、第5のマイクロフォンM5を前記マイクロフォンM1〜M4の作る平面上にない位置(ここでは、z軸上)に配置する。本例では、マイクロフォンM5を、マイクロフォンM1〜M4の作る正方形を底面とする四角錐の頂点の位置に配置した。これにより、更に4組のマイクロフォン対(M5, M1)〜(M5, M4)が構成される。
カメラ12の撮影対象は、
図3に示すような架空送電線路で、カメラ12の撮影方向を、
図1の白抜きの矢印に示すように、前記直交する2直線の交点を通り前記2直線とほぼ45°をなす方向に設定して、劣化診断する複数の碍子Iが配置されている架空送電線路を撮影する。なお、
図3において、Fはカメラ12のフレーム枠で、本例では、カメラ12の撮影範囲を水平角θで±60°、仰角φで0°〜60°の範囲とした。
【0013】
マイクロフォン固定部13にはマイクロフォンM1〜M5が設置され、カメラ支持台14にはカメラ12が設置され、マイクロフォン固定部13とカメラ支持台14とは、3本の支柱15によって連結されている。つまり、音採取手段11とカメラ12とは一体化されている。なお、マイクロフォンM1〜M5は、カメラ12の上部に配置される。
支持脚16はいわゆる三脚で、音採取手段11とカメラ12とを計測箇所に支持する。
マイクロフォンM1〜M5は、音源である碍子Iから伝播される音の音圧信号をそれぞれ採取する。
【0014】
データ処理部20は、増幅器21と、A/D変換器22と、映像入出力手段23とを備える。
増幅器21はローパスフィルタを備え、マイクロフォンM1〜M5で採取した音の音圧信号から高周波ノイズ成分を除去するとともに、前記各音圧信号を増幅してA/D変換器22に出力する。
A/D変換器22は、前記音圧信号をA/D変換して得られた音圧波形データを記憶・演算部30のデータ記憶手段31に送る。
映像入出力手段23は、カメラ12で連続的に撮影された映像信号を入力し、この映像信号をA/D変換して得られた画像のデータをデータ記憶手段31に送る。
記憶・演算部30は、データ記憶手段31と、帯域データ抽出手段32と、音源方向推定手段33と、診断用画像作成手段34と、診断手段35とを備える。
記憶・演算部30を構成する各手段は、例えば、パーソナルコンピュータのソフトウェアとメモリーとにより構成される。
【0015】
データ記憶手段31は音圧波形データと画像のデータとを記憶する。
帯域データ抽出手段32は、例えば、バンドパスフィルターなどで構成され、A/D変換器22でA/D変換された音圧波形データから、予め設定しておいた碍子の劣化診断に使用する周波数帯域(以下、診断帯域という。ここでは、6000Hz〜8000Hz)の音圧信号のデータである音圧波形データを抽出して、音源方向推定手段33に送る。なお、帯域データ抽出手段32はA/D変換器22の前段に配置してもよいが、A/D変換された音圧波形データをデジタルバンドパス処理する方が高い精度が得られる。
音源方向推定手段33は、前記診断帯域の音圧信号を用いて、音源方向である水平角θと仰角φとを算出するとともに音圧レベルを計測する。
なお、水平角θと仰角φの算出方法については後述する。
【0016】
診断用画像作成手段34は、音源方向推定手段33で算出された周波数毎の音源データである音源方向のデータ(水平角θと仰角φ)及び音圧レベルと、データ記憶手段31に記憶された画像のデータとを合成し、
図4に示すような、画像中に音源の方向を示す図形(ここでは、丸とした)が描画された診断用画像Gを作成して表示手段40に出力する。診断用画像Gは表示手段40の表示画面40Mに表示させる。
図4において、丸の中心座標は、(θ,φ)で、丸の大きさが音圧レベル、丸の模様が周波数を表す。また、診断用画像G中の符号I
k(k=1〜n)劣化診断の対象となる碍子で、本例では、碍子の数をn=6とした。
診断手段35は、帯域値算出部35aと診断部35bとを備える。
帯域値算出部35aは、
図5の一点鎖線で示す、前記診断用画像Gに映っている碍子I
k(k=1〜6)の中心を中心とした領域R
k内に存在する診断帯域の複数の周波数(例えば、6000Hz,6200Hz,6400Hz,……,7800Hz,8000Hzなど)の音の音圧レベルを合成して領域R
k内の音の音圧レベルである帯域値P
kを算出する。
診断部35bは、帯域値P
kと予め設定された閾値Kとを比較して碍子I
kが劣化しているか否かを診断する。ここでは、P
kが閾値Kを超えた場合に碍子I
kが劣化していると診断する。
表示手段40は、表示画面40Mを備え、診断用画像作成手段34で作成された診断用画像Gを表示する。
【0017】
ここで、診断帯域の設定方法について説明する。
図6は診断帯域の設定実験の概要を示す図で、まず、実験台51に実験対象となる3個のピン碍子I
A,I
B,I
Cを載せ、これらの碍子I
A,I
B,I
Cを、送電電と同じ構造の電線52を用いて電気的に直列に接続するとともに、電線52と碍子I
A,I
B,I
Cのピンの端部との間に高圧発生装置53を用いて6600Vの高電圧を印加した後、音・映像採取ユニット10を用いて碍子I
A,I
B,I
Cから発生する音と碍子I
A,I
B,I
Cの映像とを採取する。そして、マイクロフォンで採取した音の音圧信号から音源の方向と音圧レベルとを周波数毎に推定して診断用画像Gを作成し、音源となっているピン碍子を特定する。
図6において、左右のピン碍子I
A,I
Cは劣化していない碍子で、中央のピン碍子I
Bが劣化が確認されている碍子である。
実験の結果、劣化している碍子である中央のピン碍子I
Bを特定するのに適した周波数帯域を求め、この周波数帯域を診断帯域に設定した。
碍子の発生音は2000Hz以上の高い周波数成分が主であるであるため、周波数範囲を2000Hz〜3000Hz、3000Hz〜4000Hz、4000Hz〜5000Hz、5000Hz〜6000Hz、6000Hz〜7000Hz、7000Hz〜8000Hzの6つの周波数帯域に区分して分析した。
実験は野外にて行ったため、音源としては車の騒音やその反射音等も観測される。そのため、
図7(a),(b)に示すように、2000Hz〜3000Hz帯域、及び、3000Hz〜4000Hz帯域では、音源の方向がばらついているが、
図7(e),(f)に示すように、6000Hz〜7000Hz帯域、及び、7000Hz〜8000Hz帯域では、音源の方向が中央のピン碍子I
B近傍に集中していることがわかる。なお、4000Hz〜6000Hz帯域では、
図7(c),(d)に示すように、2000Hz〜4000Hz帯域と6000Hz〜8000Hz帯域の中間よりも、6000Hz〜8000Hz帯域に近い状態にある。
したがって、診断帯域を4000Hz〜8000Hz帯域内に設定すれば、碍子の劣化診断が可能であることがわかった。また、診断帯域を6000Hz〜8000Hz帯域内に設定すれば、碍子の劣化診断精度は更に向上する。
【0018】
次に、本発明による碍子の劣化診断装置1を用いて架空送電線路に配置された碍子Iを劣化診断する方法について、
図8のフローチャートを参照して説明する。
なお、劣化診断は、カメラ12で撮影された碍子がn個の場合には、各碍子I
k(k=1〜n)について行う。
まず、音・映像採取ユニット10を計測点にセットし、カメラ12の撮影方向を架空送電線路に配置された複数の碍子I
k(k=1〜n)に向け、マイクロフォンM1〜M5にて碍子I
kの発生する音の音圧信号を採取すると同時に、カメラ12にて測定予定場所の画像を採取する(ステップS10)。
次に、マイクロフォンM1〜M5の出力信号である音圧信号を増幅してA/D変換して得られた音圧波形データをデータ記憶手段31に保存するとともに、カメラ12の映像信号をA/D変換して得られた画像のデータをデータ記憶手段31に保存する(ステップS11)。
次に、データ記憶手段31に保存された音圧波形データから碍子の劣化診断に使用する周波数帯域である診断帯域の音圧波形データを抽出して、音源方向推定手段33に送る(ステップS12)。本例では、診断帯域を6000Hz〜8000Hzとした。
ステップS13では、診断帯域の音圧波形データを用いて音源データである音源方向と音圧レベルとを算出する。
音源方向は、音圧波形データをFFTにて周波数解析し、各周波数毎にマイクロフォンM1〜M5間のそれぞれの位相差を求め、この求められた位相差から各周波数毎に音源の方向を推定する。なお、本例では、位相差に代えて、位相差に比例する物理量である到達時間差D
ijを用いて音源方向である水平角θ及び仰角φを求めている。
具体的には、各マイクロフォン対(Mi, Mj)の位相差(到達時間差D
ij)から、当該観測点から見た音源方向を推定する。
水平角θと仰角φとは以下の式(1)及び式(2)で表わせる。
【数1】
ここで、到達時間差D
ijは、マイクロフォンM
iに到達する音圧信号と、このマイクロフォンM
iに対して対となるマイクロフォンM
jに到達する音圧信号との時間差であり、この対となる2つのマイクロフォンM
i及びM
jに入力される信号のクロススペクトルP
ij(f)を求め、更に、対象とする前記周波数fの位相角情報Ψ(rad)を用いて、以下の式(3)により算出される。
【数2】
なお、音源方向と音圧レベルとは周波数毎に計測する。
また、マイクロフォンM5に入力される信号の大きさを、観測される音の音圧信号の大きさとする。
【0019】
次に、横軸が水平角θで縦軸を仰角φであるマップ上に、音源方向(θ,φ)と音圧信号の周波数及び大きさa
f(θ,φ)とを表示した円Cが表示された診断用画像Gを作成する(ステップS14)。円Cの径が音圧レベルa
f(θ,φ)を表し、円の模様もしくは色が音圧信号の周波数を表す。診断用画像Gの具体例については
図4に示した通りである。
次に、
図5に示すように、碍子I
kの中心を中心とした領域R
kを設定し、この領域R
k内に存在する診断帯域の複数の周波数の音圧レベルを合成して前記診断帯域内の音圧レベルである帯域値P
kを算出する(ステップS15)。
領域R
kの設定は、予め領域R
kの形と大きさとを設定しておき、例えば、マウスなどで碍子I
kの中心をクリックすることで設定することができる。
また、帯域値P
kは、領域R
k内の円Cの径a
f(θ,φ)の合計値もしくは二乗平均値を算出することで求められる。
最後に、帯域値P
kと予め設定された閾値Kとを比較し、帯域値P
kが閾値Kを超えた場合に碍子I
kが劣化していると診断する(ステップS16)。
碍子I
kが複数個の場合には、劣化診断する全ての碍子I
k(k=1〜n)が終了したかどうかを判定し(ステップS17)、終了していない場合には、ステップS15に戻って次の碍子I
k+1の劣化診断を行い、全ての碍子I
kの劣化診断が終了した時点で診断を終了する。別な場所で碍子の劣化診断を行う場合や、同じ箇所で計測点を変更して再診断する場合には、碍子の劣化診断装置1を移動させて、前記ステップS10〜ステップS17までの操作を行って劣化診断を行う。
なお、ステップS16における診断には、
図4に示したような診断用画像Gを表示手段40の表示画面40M上に表示し、作業員が診断用画像Gから劣化している碍子を目視にて特定することも可能である。
【0020】
このように、本実施の形態では、音・映像採取ユニット10を用いて通電状態にある電線を支持する碍子の発生する音の音圧信号のデータと碍子を含む画像のデータとを採取した後、帯域データ抽出手段32にて、前記採取した音圧信号から予め設定された周波数帯域である診断帯域の音圧信号を抽出し、音源方向推定手段33にて、抽出された音の音圧信号のデータから音源方向(θ,φ)と音圧レベルとを含む音源データを周波数毎に検出した後、診断用画像作成手段34にて作成した音源方向及び音圧レベルと画像のデータとを合成した診断用画像Gを用いて碍子の劣化診断を行うようにしたので、碍子が劣化しているか否かを容易に診断できる。したがって、検査する碍子の数が多い場合でも、短時間でかつ確実に劣化した碍子を特定することができるので、碍子の劣化診断を効率よく行うことができる。
【0021】
なお、前記実施の形態では、架空送電線路に配置された複数の碍子の劣化診断を行う場合について説明したが、本発明はこれに限るものではなく、変電施設などのように多数の碍子が用いられている施設の碍子の劣化診断にも適用可能である。
また、前記例では、帯域データ抽出手段32を用いて音源方向を推定する音圧波形データを抽出したが、帯域データ抽出手段32を省略することも可能である。但し、この場合には、FFT周波数解析する周波数が多くなり計算時間がかかるので、本例のように、音源方向を推定する音圧波形データを診断帯域に限定する方が効率がよい。
また、前記例では、診断帯域を6000Hz〜8000Hzとしたが、これに限るものではない。診断帯域の下限周波数を4000Hz以上とすれば、音源の方向がほぼ碍子近傍に集中するので、このような条件下であれば、診断帯域を変更してもよい。また、診断帯域幅についても2000Hzよりも狭くしてもよい。
また、前記例では、帯域値P
kと閾値Kとを比較して劣化診断したが、診断帯域内にある1つの周波数の音圧レベル、もしくは、2つ以上の周波数の音圧レベルの平均値と予め設定した閾値とを比較して劣化診断してもよい。
また、前記例では、ピン碍子を用いた実験から診断帯域を設定したが、ピン碍子とは形状が大きく異なる長幹碍子などの劣化診断する場合には、予め実験を行って診断帯域を設定する必要がある。