【実施例】
【0048】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【0049】
実施例1
(脱塩処理前後における成分とアンギオテンシンI変換酵素阻害活性の変化)
鮒寿司の飯として、木村水産株式会社製から市販されている鮒寿司の周り及び腹の中に詰められている発酵飯を使用した。木村水産株式会社の鮒寿司は、原料としてフナ、米、塩及び味醂を用い、本漬けを2年間行った鮒寿司である。
【0050】
発酵飯からの抽出は、デンプンをなるべく溶出させず、機能性成分を効率よく溶出させるため、冷却下での水/エタノール系が適当であろうとの作業仮説で行うこととした。
【0051】
1.抽出方法
1)発酵飯(無処理)1000gに、水1000mLを加えた。
2)1)で得られた試料を、10分間、水温0℃、スターラーにて撹拌して抽出を行なった。
3)2)で得られた発酵飯懸濁液を、遠心分離した(15,400×G、10分間、0℃)。
4)上清を、ろ紙(東洋ろ紙社、No.2)を用いてろ過した。
5)ろ液を静置後、遠心分離した(15,400×G、10分間、0℃)。
6)得られた上清を、抽出液(発酵飯試料1、脱塩前)として、以下の実験に用いた。
【0052】
抽出前発酵飯、前記方法で抽出した発酵飯の水(100%)抽出液、及びその残渣の外観を
図1に写真で示した。
図1の左からA発酵飯(無処理)、B発酵飯水(100%)抽出液、C発酵飯水(100%)抽出液後残渣である。
抽出前発酵飯(
図1A)は米粒がかなり残っており、黄色みがかった状態であった。抽出後残渣(
図1C)は米粒が若干細かくなり、色が抽出前に比べ白っぽくなった。発酵飯の水抽出液(
図1B)は、わずかに白濁しているが、かなり透明度の高い溶液であった。
【0053】
2.脱塩方法
得られた抽出液(発酵飯試料1、脱塩前)850mLを、電気透析装置アシライザーG3(商品名、旭化成社)、及びネオセプタカートリッジAC−110−400(商品名、アストム社)を用いて脱塩を行ない、脱塩した抽出液(発酵飯試料1、脱塩後)を得た。
【0054】
3.アンギオテンシンI変換酵素阻害活性の測定
脱塩した抽出液(発酵飯試料1、脱塩後)について、伊藤らの方法
*に従い、アンギオテンシンI変換酵素(ACE)阻害活性の測定を行なった。値はIC50(ACE50%阻害濃度)で示した。
* 伊藤らの方法は、K. Itou and Y. Akahane, Fisheries Science, vol.70, 1121-1129 (2004) に記載されている。
【0055】
ACE阻害活性(ACE inhibition rate)(%)は、以下の式により計算した。
ACE阻害活性(%) =100×(C-S)/(C-B)
C: コントロール(蒸留水)の紫外吸収228nmの値(OD228)
S: サンプルの紫外吸収228nmの値(OD228)
B: ブランクの紫外吸収228nmの値(OD228)
【0056】
pHは、堀場pHメーター(型番TOA HM-30V、堀場製作所社製)により測定した。塩分は、簡易塩分計(堀場コンパクト塩分計 型番C-121 CARDY SALT、堀場製作所社製)により測定した。タンパク質濃度は、Lowry法により、標準物質をウシ血清アルブミンとして測定した。
【0057】
4.結果
発酵飯試料1(脱塩前、及び脱塩後)に関する結果を、表1に示す。
【0058】
【表1】
【0059】
電気透析装置アシライザーG3による脱塩はきわめて良好であった。脱塩処理に影響を与える夾雑物なども少なかったため、今回の塩分濃度及び液量であれば、短時間(約8時間)の処理で生理活性測定試料として適切な塩分濃度まで低下した。
発酵飯抽出液(発酵飯試料1、脱塩前)のACEの50%阻害濃度(IC50: inhibitor concentration to inhibit 50% of enzyme activity)は、Lowry法によるタンパク質量換算で0.079mg/mLであった。脱塩後抽出液(発酵飯試料1、脱塩後)のACE阻害活性は少し低下したものの、これらのACE阻害活性は十分に高い値であった。水抽出液のpHが4.5と低く測定系への影響が危惧されたが、本測定系における影響はみられなかった。
【0060】
実施例2
(機能性成分の抽出方法の検討)
実施例1において、冷却下での水(100%)による抽出液において相当量のLowry反応陽性物質(タンパク質)を確認できた。さらに該水抽出液は、高いACE阻害活性を示した。
さらに効率的な抽出方法を得るため、水/エタノール混合比率を変えた抽出溶媒による違いについて検討した。実施例1と同様に、鮒寿司の飯として、木村水産株式会社製から市販されている鮒寿司の周り及び腹の中に詰められている発酵飯を使用した。
【0061】
表2に示す水(試料No.1)又は水とエタノールとの混液(試料No.2−5)を抽出溶媒としてそれぞれ用いて、使用する抽出溶媒と発酵飯との量を表2に示すようにした以外は、実施例1の1.と同様の方法で発酵飯の抽出を行なって抽出液を得た。表2に示す水とエタノールとの混合比率は、体積比である。
【0062】
表2及び
図2に、抽出溶媒の違いによるタンパク質溶出量(各抽出液中のタンパク質濃度(mg/mL))を示す。
表2及び
図3に、各抽出溶媒を用いて得られた抽出液のACE阻害活性(IC50、タンパク質濃度(mg/mL)換算量)を示す。
図2及び
図3中、W/Eは、水(W)とエタノール(E)との体積混合比を表す。
【0063】
【表2】
【0064】
ACE阻害活性のIC50は、活性が50%にまで阻害される濃度を示す。従って、値が低いほど阻害活性は高い。抽出溶媒の違いによるLowry法陽性物質(タンパク質)の溶出程度に差はなかった(表2及び
図2)。またACE阻害活性は、水100%で抽出したときが最も高い(表2及び
図3)ことが示された。
比較のため、米飯(発酵させていないもの)を実施例1の1.と同様の方法で、0℃水100%溶媒、スターラーで攪拌抽出して米飯抽出液を得た。この米飯抽出液には、ACE阻害活性は認められなかった。
【0065】
従って実施例1及び2では、『発酵飯を無処理のまま、水(100%)を抽出溶媒として、冷却下で撹拌しながら抽出する』という最も簡便な抽出方法が、最も効率良くACE阻害活性物質を抽出できた。この抽出方法は、特別な試薬を必要とせず、簡単な操作であり、ACE阻害活性測定試料を得るための有効な方法である。
【0066】
参考例1
納豆(市販品、商品名北海道産大豆の小粒納豆、あづま食品株式会社製)を、凍結乾燥した。
凍結乾燥した納豆に10倍量の蒸留水を加え、スターラーで2時間撹拌抽出した。その後、遠心分離し(20000×g、2℃、10分)、上清を試料液として測定に用いた。ACE阻害活性は、ACE Kit-WST(商品名、同仁化学製)用いて測定した。
前記納豆抽出液のACE阻害活性値は、0.11mg/mL(タンパク質濃度換算)であった。なお、同方法で測定した鮒鮨飯抽出液のACE阻害活性値は0.028mg/mL(タンパク質濃度換算)であった。
【0067】
参考例2
サバのへしこ抽出液のACE阻害活性IC50値は、0.10mg/mL(タンパク質濃度換算)であった。この値は、「赤羽義章、伊藤光史;日本味と匂い学会誌、14巻、117〜128頁、2007」による。このACE阻害活性測定方法は、実施例1と同じである。なお、同方法で測定した鮒鮨飯抽出液のACE阻害活性値は0.03mg/mL(タンパク質濃度換算)であった。
【0068】
実施例3
(製造場所、熟成期間の違う鮒鮨飯のACE阻害作用)
参考例1及び2で、鮒鮨飯抽出液にはサバのへしこや納豆よりも高いACE阻害活性が認められ、血圧上昇を抑制する作用があることが示された。そこで、製造場所、熟成期間の違う鮒鮨飯のACE阻害活性を調べた。
【0069】
1.方法
熟成(飯漬け)期間(約2〜24ヶ月)の違う4種類の鮒寿司飯水抽出液を試料とした。
【0070】
抽出は、発酵飯として、熟成期間(約2〜24ヶ月)の違う4種類の鮒寿司飯を用いたこと以外は、実施例1の1.の方法と同様にして行った。以下に示す4種類の抽出液を得、それぞれ試料A(1)、試料A(2)、試料B及び試料Cとして用いた。
試料A(1):約2ヶ月間熟成を行なって製造した鮒寿司の飯(有限会社「鮒味」社製)を使用した鮒寿司飯水抽出液
試料A(2):約5ヶ月間熟成を行なって製造した鮒寿司の飯(有限会社「鮒味」社製)を使用した鮒寿司飯水抽出液
試料B:約5ヶ月間熟成を行なって製造した鮒寿司の飯(マルギ植田社製)を使用した鮒寿司飯水抽出液
試料C:約24ヶ月間熟成を行なって製造した鮒寿司の飯(木村水産株式会社製)を使用した鮒寿司飯水抽出液
【0071】
抽出液のタンパク質濃度はDC Protein Assay Kit(商品名、Bio Rad製)により測定し、標準物質としてウシ血清アルブミンを用いた。ACE阻害率の測定は、実施例1及び2の方法と異なり、ACE Kit-WST(商品名、同仁化学製)用いて測定した。阻害率50%に相当する試料量(タンパク質濃度換算した値)IC50をACE阻害活性として表した。なお、塩分濃度やpHの測定は、実施例1と同じ方法で行った。
【0072】
2.結果
結果を表3及び
図4に示す。これらの結果から、熟成期間が約2ヶ月以上の鮒寿司の飯が、高いACE阻害活性を示すことが分かった。
【0073】
【表3】
【0074】
実施例4
(高血圧自然発症ラット(SHR)への投与効果1)
1.方法
1)SHRの飼育
日本SLC社(浜松市)より入手した7週齢の雄の高血圧自然発症ラット(SHR)を6匹1群として、2週間の予備飼育を行った。予備飼育後、収縮期血圧(最高血圧)が180mmHgを超えている個体を選別して、その後の実験に用いた。SHRは、温度23±2℃、湿度55±5%、明暗周期12時間(明期8−20時)の一定環境下で飼育し、人工餌料(CE−2;日本クレア)、及び滅菌水道水は自由摂取とした。
【0075】
2)投与実験
投与は、ステンレス製のゾンデを用いた強制経口投与とし、投与液量は直前に測定したSHRの体重100gあたり1mLとなるようにした。投与試料(鮒寿司飯抽出液)には、タンパク質濃度を1.0mg/mLに調整した実施例3で調製した試料C(木村水産株式会社製の発酵飯を用いた抽出液)の水希釈液を用いた。試料の投与量は、タンパク質として(タンパク質換算で)10mg/SHRの体重1kgとなるようにした。また、この投与試料の塩分濃度は、0.88%であった。対照試料として、塩分濃度を同一にした食塩水を用いた。比較のため、発酵させていない米飯を、実施例1に記載の方法で抽出して得られた米飯抽出液を投与した。米飯抽出液投与量は、タンパク質として10mg/SHRの体重1kgであった。
単回投与では、投与24時間前から投与後8時間まで絶食させたが、10日間連続投与では餌は自由摂食させた。10日間連続投与の実験では、1日1回、前記量の鮒寿司飯抽出液、又は対照試料を、10日間連続で投与した。
【0076】
3)血圧の測定
血圧は、SHRをチャンバーに固定して37℃で15分加温した後、非観血式血圧測定器(型番MK−1030;室町機械)を用いて尾部付け根の収縮期血圧を1匹当たり少なくとも5回測定し、6匹の平均を求めた。単回投与実験では、投与直前(0時間)及び投与後2時間おきに8時間まで血圧を測定した。10日間連続投与では、投与直前(0日)と、投与後1、4、7、及び10日、さらに投与中止して5日後に血圧を測定した。連続投与では、1日に1回、血圧測定の直後に、前記方法により鮒寿司飯抽出液を強制経口投与した。
【0077】
2.結果
図5に、単回投与実験の結果を、
図6に、10日間連続投与実験の結果を、それぞれ示す。
図5において、○は、対照(0.88%食塩水を投与したコントロール)群であり、▲は、米飯抽出液を投与した群であり、■は、鮒寿司飯抽出液を投与した群である。いずれもタンパク質換算で体重あたり10mg/kg単回投与した。
図6において、○は、対照(0.88%食塩水を投与した)群であり、■は、鮒寿司飯抽出液を投与した群である。
図5及び
図6中の*は各測定時刻における各群の平均値の比較を行った結果、対照群と較べて有意差がある(P<0.01)ことを示している。
図5では一元配置分散分析、
図6ではt検定を用いた。#は、投与直前(0時間又は0日)の血圧と比較して有意差がある(P<0.01)ことを示している。
図5及び
図6ともt検定を用いた。
【0078】
鮒寿司飯抽出液の単回投与では、投与して2時間後から6時間まで血圧の低下が見られ、対照群と、米飯抽出液群との間で有意な差が認められた(
図5)。また、鮒寿司飯抽出液を10日間続けて投与すると、血圧は徐々に低下して7日目以降は低くなった血圧が維持され、投与中止5日後には元に戻った(
図6)。対照群では単回投与、連続投与のいずれにおいても投与後の有意な血圧低下は認められなかったため、鮒寿司飯抽出液の投与によるSHRの血圧低下は、鮒寿司飯の抽出液成分によるものであることがわかった。鮒寿司飯抽出液はSHRに対して血圧低下作用を示し、継続して投与することで、その作用が持続することが期待できた。
【0079】
実施例5
(高血圧自然発症ラット(SHR)への投与効果2)
次に、鮒寿司飯抽出液の投与量をラット体重1kgあたりタンパク質換算でそれぞれ10mg、5mg及び1mgにした単回投与実験を行った。実施例4と同様に、タンパク質濃度を1.0mg/mLに調整した実施例3で調製した試料C(木村水産株式会社製の発酵飯を用いた抽出液)の水希釈液を投与試料(鮒寿司飯抽出液)として用いた。実験方法は、投与量を変更した以外は、実施例4の単回投与実験と同じである。
【0080】
結果を
図7に示す。
図7中、□は、鮒寿司飯抽出液をタンパク質として5mg/kg投与した群(5mg/kg投与群)であり、■は、鮒寿司飯抽出液をタンパク質として10mg/kg投与した群(10mg/kg投与群)、●は、鮒寿司飯抽出液をタンパク質として1mg/kg投与した群(1mg/kg投与群)である。○は、対照試料(0.88%食塩水)を投与した対照群である。その結果、試料Cの水希釈液(鮒寿司飯抽出液)をタンパク質として5mg/kg投与した場合と、10mg/kg投与した場合とでは血圧低下傾向はほとんど変わらなかった。
【0081】
図7に示されるように、1日につき鮒寿司飯抽出液をタンパク質として体重あたり1mg/kg摂取させると、摂取前と比較してSDRの血圧が降下した。1日につき鮒寿司飯抽出液をタンパク質として体重あたり5mg/kg又は10mg/kg摂取させると、タンパク質として1mg/kg摂取させた場合よりも優れた血圧降下作用が得られた。さらに、鮒寿司飯抽出液をタンパク質として5mg/kg投与した場合と、10mg/kg投与した場合とでは血圧低下傾向はほとんど変わらなかったことから、SHRに対する血圧上昇抑制効果は、鮒寿司飯抽出液を体重あたり1日あたりタンパク質として(タンパク質換算で)5mg/kg投与で十分期待できるものと考えられた。
【0082】
以下に本発明の血圧降下剤の製剤例の一例を示すが、本発明はこれらに限定されるものではない。
実施例3で製造した試料Cを凍結乾燥させた。この発酵飯試料1mLから得られた凍結乾燥物は105mgであった。
【0083】
1.錠剤の製造
1錠中の組成
実施例3で製造した試料C 10mLを乾燥させた乾燥粉末1050mg(タンパク質49mg含有)
乳糖 100mg
ステアリン酸マグネシウム 2mg
前記の成分を混合した後、通常の錠剤の製造方法により打錠して、錠剤を製造する。
【0084】
2.カプセル剤の製造
1カプセル中の組成
実施例3で製造した試料C 10mLを乾燥させた乾燥粉末1050mg(タンパク質49mg含有)
とうもろこし澱粉 100mg
乳糖 100mg
ステアリン酸マグネシウム 2mg
前記の成分を混合した後、通常のカプセル剤の製造方法によりゼラチンカプセルに充填して、カプセル剤を製造する。