(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記スリップ判断因子が、車両状態の所定時間における変動率又は変動率に応じて変化する値である敏感因子と、車両状態の現在値又は遅れ演算値を示す鈍感因子とを含み、前記遅れ演算値は、前記敏感因子よりも車両状態の変動に対する応答性を低下させるように遅れ演算により求められた値であり、
前記開始閾値が、前記敏感因子に応じて可変的に設定され、
前記解除閾値が、前記敏感因子を用いず前記鈍感因子のみに応じて可変的に設定され、又は前記車両状態の変動に関わらず一定に設定される、請求項1に記載の車両用トラクション制御装置。
前記制御手段は、前記監視値が前記トラクション制御の実行を許可する制御許可閾値以上であって前記条件判定手段が前記開始条件を充足すると判定したときに、前記トラクション制御を開始する、請求項1乃至3のいずれか1項に記載の車両用トラクション制御装置。
前記スリップ判断因子が、車両状態の所定時間における変動率又は変動率に応じて変化する値である敏感因子を含み、前記開始閾値が、前記敏感因子に応じて可変的に設定される、請求項1に記載の車両用トラクション制御装置。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明に係る実施形態のトラクション制御装置18を備える自動二輪車1について図面を参照して説明する。なお、以下の説明で用いる方向の概念は、自動二輪車に騎乗した運転者から見た方向を基準とする。また、以下に説明するトラクション制御装置は、本発明の一実施形態に過ぎず、本発明は実施の形態に限定されず、発明の趣旨を逸脱しない範囲で追加、削除、変更が可能である。
【0021】
[第1実施形態]
図1は、本発明に係る第1実施形態のトラクション制御装置18を備える自動二輪車1の左側面図である。
図1に示すように、自動二輪車1は、路面R上を転動する前輪2及び後輪3を備えており、後輪3は駆動輪であり、前輪2は従動輪である。前輪2は略上下方向に延びるフロントフォーク4の下端部にて回転自在に支持され、該フロントフォーク4は、その上端部に設けられたアッパーブラケット(図示せず)と該アッパーブラケットの下方に設けられたアンダーブラケット(図示せず)とを介してステアリングシャフト(図示せず)に支持されている。該ステアリングシャフトはヘッドパイプ5によって回転自在に支持されている。該アッパーブラケットには左右へ延びるバー型のハンドル6が取り付けられている。
【0022】
ハンドル6の運転者の右手により把持されるスロットルグリップ7(
図2参照)は、回転させることで後述するスロットル装置16を操作するためのスロットル入力手段である。ハンドル6の運転者の左手により把持されるグリップの前方にはクラッチレバー8が設けられている。運転者はハンドル6を回動操作することにより、前記ステアリングシャフトを回転軸として前輪2を所望の方向へ転向させることができる。
【0023】
ヘッドパイプ5からは左右一対のメインフレーム9が若干下方に傾斜しながら後方へ延びており、このメインフレーム9の後部に左右一対のピボットフレーム10が接続されている。このピボットフレーム10には略前後方向に延びるスイングアーム11の前端部が枢支されており、このスイングアーム11の後端部に後輪3が回転自在に軸支されている。ハンドル6の後方には燃料タンク12が設けられており、この燃料タンク12の後方に運転者騎乗用のシート13が設けられている。
【0024】
前輪2と後輪3との間では、並列四気筒のエンジンEがメインフレーム9及びピボットフレーム10に支持された状態で搭載されている。エンジンEには変速装置14が接続されており、この変速装置14から出力される駆動力がチェーン15を介して後輪3に伝達される。エンジンEの吸気ポート(図示せず)にはメインフレーム9の内側に配置されたスロットル装置16が接続されている。スロットル装置16の上流側には、燃料タンク12の下方に配置されたエアクリーナ19が接続されており、前方からの走行風圧を利用して外気を取り込む構成となっている。また、シート13の下方の内部空間には、スロットル装置16、点火装置26(
図2参照)やインジェクタ31(
図2参照)などを制御するエンジン電子制御ユニット17(以下、「エンジンECU」)が収容されている。
【0025】
図2は、
図1に示す自動二輪車1に搭載された第1実施形態に係るトラクション制御装置18を示す全体ブロック図である。
図2に示すように、トラクション制御装置18はスロットル装置16を有しており、スロットル装置16は、吸気管20と、吸気管20の下流側に配置されたメインスロットルバルブ21と、吸気管20の上流側に配置されたサブスロットルバルブ22とを有している。メインスロットルバルブ21は、スロットルグリップ7とスロットルワイヤー23を介して接続されており、運転者によるスロットルグリップ7の操作に連動して吸気管20内の吸気通路を開閉するよう構成されている。メインスロットルバルブ21には、メインスロットルバルブ21の開度を検出するスロットルポジションセンサ25が設けられている。メインスロットルバルブ21はスロットルグリップ7に機械的に連動しているため、スロットルポジションセンサ25は、スロットルグリップ7の操作量又は操作位置を間接的に検出可能なスロットル操作量検出手段の役目も果たす。
【0026】
サブスロットルバルブ22は、エンジンECU17で制御されるモータからなるバルブアクチュエータ24に接続されており、バルブアクチュエータ24により駆動されて吸気通路を開閉されるようになっている。また、スロットル装置16には、吸気通路に燃料を噴射するためのインジェクタ31が設けられている。エンジンEには、その4つの気筒内の混合気にそれぞれ点火を行う点火装置26が設けられている。エンジンEには、エンジン回転数を検出するエンジン回転数センサ30が設けられている。エンジンEは、その動力を変速して後輪3に伝達する変速装置14と接続されている。変速装置14には、動力伝達を遮断/接続するためのクラッチ27が設けられている。
【0027】
クラッチ27は、運転者によりクラッチレバー8が把持されることにより、動力伝達を遮断するよう構成されている。クラッチレバー8には、運転者によりクラッチレバー8が把持されたか否かを検出可能なクラッチスイッチ28が設けられている。また、変速装置14には、その変速段を検出するためのギヤポジションセンサ29が設けられている。
【0028】
また、トラクション制御装置18は、公知のコンバインドブレーキシステムに用いられる制動用電子制御ユニット33(以下、「制動用ECU」)を有している。制動用ECU33は、いわゆるCBS又はABSを制御するためのECUであり、制動用ECU33には、前輪2の回転数及び回転速度を検出するための前輪速度センサ34と、後輪3の回転数及び回転速度を検出するための後輪速度センサ35とが接続されている。また、制動用ECU33には、前輪ブレーキ36を作動させるための前輪ブレーキアクチュエータ37と、後輪ブレーキ38を作動させるための後輪ブレーキアクチュエータ39とが接続されている。また、トラクション制御装置18は、自動二輪車1の車体の左右の傾斜角を検出する傾斜角センサ32を有している。
【0029】
エンジンECU17は、スロットルポジションセンサ25、クラッチスイッチ28、ギヤポジションセンサ29、エンジン回転数センサ30、傾斜角センサ32、及び制動用ECU33にそれぞれ接続されている。エンジンECU17は、トラクション制御機能部41と、点火制御部42と、燃料制御部48と、スロットル制御部43と、ブレーキ制御部44とを有している。トラクション制御機能部41は、各センサ25,29,30,32,33及びスイッチ28から入力される信号に基づいてトラクション制御に関する演算を行う。点火制御部42は、トラクション制御機能部41での演算結果に基づいて点火装置26を制御する。燃料制御部48は、トラクション制御機能部41での演算結果に基づいてインジェクタ31を制御する。スロットル制御部43は、トラクション制御機能部41での演算結果に基づいてバルブアクチュエータ24を駆動し、サブスロットルバルブ22の開度を制御する。ブレーキ制御部44は、トラクション制御機能部41での演算結果に基づいて制動用ECU33にブレーキ作動信号を送信する。
【0030】
図3は、
図2に示すトラクション制御装置18の主にエンジンECU17を説明する要部ブロック図である。
図3に示すように、エンジンECU17のトラクション制御機能部41は、監視値演算部45、条件判定部46及びトラクション制御部47を有している。
【0031】
監視値演算部45は、制動用ECU33から受信した情報に基づいて、駆動輪である後輪3の空転量に応じた監視値Mを逐次演算するようになっている。監視値Mは、例えば以下の数式1で算出される。
【0032】
M=(V
R−V
F)/V
R …(1)
ここで、V
Fは、前輪速度センサ34により検出される前輪回転数R
Fから得られた前輪速度であり、V
Rは、後輪速度センサ35により検出される後輪回転数R
Rから得られた後輪速度であり、数式1は、いわゆるスリップ率を演算する式である。このように、前輪速度センサ34、後輪速度センサ35、制動用ECU33及び監視値演算部45は、監視値Mを検出する検出手段を構成している。
【0033】
本実施形態では、前後輪2,3の回転数の差に対応する値であるスリップ率を監視値Mとして逐次演算しているが、監視値Mは、前記数式1より算出される値に限定されず、駆動輪である後輪3の空転量に応じた値であればよい。例えば、監視値Mは、別の計算式で計算されるスリップ率、例えば前後輪の速度差(V
R−V
F)、この速度差を前輪速度で割った値(V
R−V
F)/V
F、前後輪の回転数差(R
R−R
F)、又はこの回転数差を前輪若しくは後輪回転数で割った値(R
R−R
F)/R
R,(R
R−R
F)/R
Fでもよい。また、監視値Mは、後輪速度R
Rと車速Vとの差(R
R−V)、前後輪の速度差の変動率Δ(V
R−V
F)、前後輪の回転数差の変動率Δ(R
R−R
F)、エンジン回転数Neの変動率ΔNe、後輪回転数R
Rの変動率ΔR
R、後輪3とエンジンEとを繋ぐ駆動系統の回転数の変動率、更にスリップ率の変動率等であってもよい。ここで、変動率は、所定時間が経過する間に計測された2つの値の差分をとり、その差分を前記所定時間で割った値である。
【0034】
条件判定部46は、このようにして演算された監視値Mが開始条件を充足するか否かを判定し、監視値Mが開始条件を充足すると、後輪3が路面Rに対して不所望な空転を生じる可能性があり、駆動力を減少させるべきと判定する。具体的には、開始条件は、以下に示す数式2である。
【0035】
M≧開始閾値M
S
=KS
Th×Th +KS
dTh×ΔTh +KS
dNe×(−ΔNe)
+KS
dSL×(−ΔSLIP) + KS
Acc×Acc + αS…(2)
ここで、Th,Ne,SLIP,Accは、自動二輪車1の状態を示す状態関連値である。Thは、メインスロットルバルブ21の開度であり、ΔThは、メインスロットルバルブ21の開度の所定時間における変動率である。Neは、エンジン回転数であり、ΔNeは、エンジン回転数の所定時間における変動率である。なお、エンジン回転数は、前記駆動系統の回転数と置き換えることも可能である。SLIPは、スリップ率(例えばSLIP=(V
R−V
F)/V
R)であり、ΔSLIPは、スリップ率の変動率である。また、Accは、所定時間における自動二輪車1の車速Vの変動率、つまり加速度である。αSは、予め定められた定数である。なお、ΔTh,ΔNe,ΔSLIP及びAccが、変動率に応じて変化する変動パラメータに相当する。これら変動パラメータは、必ずしも変動率である必要はなく、例えば単なる現在値と過去値との差分でもよく、変動率に応じて変化するものであればよい。このことは、以下の関係式についても同様である。
【0036】
そして、KS
dTh,KS
Th,KS
dNe,KS
dSL及びKS
Accは、Th,ΔTh,ΔNe,ΔSLIP及びAccに対する重み付け係数であり、走行状態又はエンジンの運転状態、例えば各センサ類25,29,30,32,33から得られるTh,Ne,SLIP,自動二輪車1の車速V,及びバンク角等の値のうち少なくとも1つの値に応じて設定される。条件判定部46は、各重み付け係数KS
dTh,KS
Th,KS
dNe,KS
dSL,KS
Accに関連するマップを記憶しており、センサ類25,29,30,32,33から得られる情報に基づいて前記マップから各重み付け係数KS
dTh,KS
Th,KS
dNe,KS
dSL,KS
Accを選択又は演算するようになっている。
【0037】
このように条件判定部46は、車両状態に応じて変動する複数の車両状態Th,Ne,SLIP,ΔTh,ΔNe,ΔSLIP,Accをスリップ判断因子とし、当該スリップ判断因子に基づいて開始条件を可変的に設定する。このスリップ判断因子のうち、ΔTh,ΔNe,ΔSLIP及びAccは、単位時間の車両状態の変化量による影響を受け易く、車両状態の変動に対して敏感な敏感因子である。Th,Ne,SLIPは、車両状態の状態値を示し、車両状態の変動自体に対しては鈍感な鈍感因子である。
【0038】
敏感因子は、典型的には、車両状態に応じて変動する現在値(瞬時値)と過去値との差分に相当する。この敏感因子には、特にスリップ度の変動に対して敏感に変動する因子が含まれており、本実施形態においては、例えばΔSLIP及びΔNeがそのような因子に該当する。鈍感因子は、典型的には、車両状態そのものの現在値(瞬時値)に相当する。さらには、車両状態に応じて変動する現在値(瞬時値)と過去値とを用いた遅れ演算により求められた遅れ演算値であってもよい。この遅れ演算値には積分値及び平均値が含まれる。鈍感因子を遅れ演算によって求める値とすることにより、車両状態の変動を考慮しつつも、その変動に対する因子の応答性を更に低下させることができる。
【0039】
そして、上記式(2)によれば、開始閾値M
Sは、スリップ度の変動に対して敏感に変動する因子であるΔSLIP及びΔNeの値が大きくなると、これに応じて小さくなるよう設定される。なお、開始閾値M
Sを求める数式は定数項αSを含んでおり、この定数項αSは、ΔSLIP及びΔNeの値が大きくなっても開始閾値M
Sが過剰に低下するのを防ぐように設定されている。
【0040】
また、条件判定部46は、監視値Mが開始条件を充足した後に、監視値Mが解除条件を充足するか否かを判定する。監視値Mが解除条件を充足すると、後輪3が路面Rに対して不所望な空転を生じなくなる可能性があり、条件判定部46は、駆動力を回復させるべきと判定するようになっている。具体的には、解除条件は、以下に示す数式3である。
【0041】
M<解除閾値M
E
=KE
Th×Th +αE…(3)
ここで、αEは、数式2におけるαSとは異なる予め定められた定数である。重み付け係数KE
Thは、数式2における重み付け係数KS
Thとは異なるThに対する重み付け係数であり、各センサ類25,29,30,32,33から得られるTh,Ne,SLIP,自動二輪車1の車速V,及びバンク角等の値のうち少なくとも1つの値に応じて設定される。条件判定部46は、重み付け係数KE
Thに関連するマップを記憶しており、センサ類25,29,30,32,33から得られる情報に基づいて前記マップから各重み付け係数KE
Thを選択又は演算するようになっている。重み付け係数KE
Thは、重み付け係数KE
Thと異なるように夫々設定されている。このように解除条件は、上記スリップ判断因子のうち、鈍感因子のみを用いて設定されている。
【0042】
なお、各重み付け係数KS
dTh,KS
Th,KS
dNe,KS
dSL,KS
Acc,KE
Thは、他の走行状態又はエンジンの運転状態、例えば変速装置14の変速段、前輪速度V
F、後輪速度V
R、及びブレーキ圧等に応じて設定されていてもよい。本実施の形態では、重み付け係数KS
dTh,KS
Th,KS
dNe,KS
dSL,KS
Acc,KE
Thは、走行状態またはエンジンEの運転状態に応じて決定される値としたが、走行状態またはエンジン状態に拘わらず、予め定められる固定値で設定されていてもよい。
【0043】
このように、開始条件及び解除条件は、互いに異なった演算式により設定されており、相互に干渉せず互いに独立した条件となっている。開始条件及び解除条件は、このように互いに独立し、且つ開始条件が解除条件と比べて車両状態の変動により大きく変動するようになっていれば、その他の方法により設定されていてもよい。
【0044】
数式2は、敏感因子であるΔTh,
ΔNe,ΔSLIP及びAccの全てを含んでいる必要はなく、例えば、ΔTh,ΔNe,ΔSLIP及びAccのうち少なくとも1つを含んでいればよい。また、必ずしも、スリップ度に応じて敏感に変動する因子に関連する項の値が、スリップ度が高くなるにつれて小さくなるように設定されていなくてもよい。つまり、開始条件は、以下に示す数式4であってもよい。
【0045】
M≧開始閾値M
S
=KS
dNe×ΔNe+αS …(4)
また、数式2に必ずしも敏感因子が含まれていなくてもよく、このような敏感因子を含まないときには、開始条件を車両状態の変動に敏感なものとするため、開始条件の演算式の重み付け係数を解除条件の重み付け係数よりも大きい値とすることが好ましい。また、開始条件を車両状態の変動に敏感なものとするために、開始条件が解除条件よりもより多くのスリップ判断因子を含んでいてもよい。スリップ判断因子の数及び/又は敏感因子の数を異ならせたときには、開始条件と解除条件とで、重み付け係数を共通のものとしてもよい。
【0046】
また、
開始閾値MSは、自動二輪車1の状態に関連する値に基づいて設定されていればよく、前述したΔTh,ΔNe,ΔSLIP及びAccに限らず、ブレーキ操作の有無や、クラッチ操作の有無、スロットルグリップ7の操作量及びその変動率、ステアリング角度及びその変動率、及びバンク角及びその変動率等、他の値に基づいて可変的に設定されてもよい。
【0047】
さらに、開始条件及び解除条件は関数又はデータベースであってもよく、その形態は特に限定されるものではない。そして、解除条件は、車両状態に応じて全く変動しないように設定されてもよい。すなわち、解除閾値M
Eは一定値であってもよい。
【0048】
さらに、条件判定部46は、スリップ率が予め記憶される制御許可閾値より大きいか否かを判定している。本実施形態では、監視値Mがスリップ率に相当するため、監視値演算部45にて演算される監視値Mを用いて判定する。また、制御許可閾値は、変速装置14の変速段に応じて設定されており、条件判定部46は、ギヤポジションセンサ29から得られる変速段に基づいて制御許可閾値を設定し、この制御許可閾値と演算されたスリップ率とを比較する。
【0049】
更に、条件判定部46は、制御停止判定条件を充足しているか否かを判定している。条件判定部46は、制御停止判定条件を充足していると判定すると、センサ類25,29,30,32,33の故障等により監視値Mが想定外の値を示していると判定するようになっている。制御停止判定条件は、例えば監視値Mが予め定められる定数δを超えることである。定数δは、開始閾値M
Sとして取り得る値よりも大きい値である。
【0050】
トラクション制御部47は、後述するように、条件判定部46における判定結果に基づいて、後輪3の駆動力を減少させるトラクション制御を実行する。このトラクション制御では、トラクション制御部47が条件判定部46における判定結果に基づいて点火時期の遅角量、燃料噴射量、吸気の減少量及び後輪ブレーキアクチュエータ39の作動量等の値を決定し、その値を指令として点火制御部42、トラクション制御部47、燃料制御部48、スロットル制御部43、及びブレーキ制御部44のうちの対応する制御部44,43,47,48に与える。点火制御部42は、トラクション制御部47からの指令に応じて点火装置26を制御し、燃料制御部48は、トラクション制御部47からの指令に応じてインジェクタ31を制御し、スロットル制御部43は、トラクション制御部47からの指令に応じてバルブアクチュエータ24を制御し、ブレーキ制御部44は、トラクション制御部47からの指令に応じて後輪ブレーキ38を制御するようになっている。以下では、トラクション制御等について、
図4及び
図5に示すフローチャートを参照しながら更に具体的に説明する。
【0051】
図4に示すように、自動二輪車1の主電源(図示せず)がオンされると、エンジンECU17は、トラクション制御を実行しない通常制御を実施する(ステップS1)。次いで、条件判定部46は、スリップ率(監視値M)と制御許可閾値との大小関係を判定する(ステップS2)。スリップ率が制御許可閾値よりも小さい場合、トラクション制御を実行する必要が無いと判定し、スリップ率が制御許可閾値よりも大きくなるまで、スリップ率と制御許可閾値との大小関係を逐次判定し続ける。
【0052】
スリップ率が制御許可閾値よりも大きくなると、条件判定部46は、次に制御停止判定条件を充足しているか否かを判定し(ステップS3)、センサ類25,29,30,32,33の故障等により監視値Mが想定外の値になっていないかを判定する。制御停止判定条件を充足している場合、トラクション制御の実行を不許可にし、通常制御が継続される(ステップS1)。逆に、制御停止判定条件を充足していない場合、条件判定部46は、開始条件を充足しているか否かを判定し(ステップS4)、後輪3が大きく空転する可能性があるか否かを判定する。開始条件を充足していない場合、通常制御が継続される(ステップS1)。開始条件を充足している場合、トラクション制御を開始するべくトラクション制御処理を実施する(ステップS5)。
【0053】
図5に示すように、トラクション制御が実施されると、まず、トラクション制御部47が、点火制御部42に指令して間引き制御及び点火遅角制御を実施し、スロットル制御部43に指令して吸気量制御を実施し、燃料制御部48に指令して燃料制御を実施する(ステップS6)。
【0054】
間引き制御は、4つの気筒のうち少なくとも1つの気筒の点火を止める、即ち少なくとも1つの気筒を休筒させてエンジン出力を低下させる制御である。間引き制御では、予め定められた点火燃焼パターンに基づいて休筒させる気筒を決定するようになっている。遅角制御は、点火燃焼させる気筒において、所定の角度だけ点火時期を遅角させる制御であり、これにより駆動力を減少させるものである。遅角制御及び間引き制御は、点火を制御するものであるので点火系制御とも言う。吸気量制御は、サブスロットルバルブ22の開度を減少させる制御であり、これにより駆動力を減少させるものである。燃料制御は、点火燃焼させる気筒に供給する燃料量を減少させる制御であり、これにより駆動力を減少させるものである。吸気量制御は、点火系制御に比べてエンジン出力を大きく減少させることができ、吸気量制御を実施することで、トラクション制御を実行しているときに、駆動力の減少幅を大きくすることができる。なお、ステップS6において、後輪ブレーキ38の動作を制御する後輪ブレーキ制御を実施して駆動力を減少させるようにしてもよい。
【0055】
このようにして後輪3に伝達される駆動力を減少させる制御が実施されている間、条件判定部46は、解除条件を充足しているか否かを判定する(ステップS7)。解除条件を充足していない場合、間引き制御等を継続し(ステップS6)、解除条件を充足している場合、トラクション制御機能部41はテーリング制御を実行すべく、テーリング制御処理を実施する(ステップS8)。
【0056】
テーリング制御は、エンジンEの出力が時間経過に伴って通常制御処理において発生すべき出力に徐々に近づけていくようにエンジンEの出力を変更していく制御である。このテーリング制御を実施することにより、エンジンEの出力が通常制御処理において発生すべき出力と一致するようになれば、再び通常制御に戻る。このテーリング制御処理を介して通常制御処理に戻すことにより、監視値Mが解除条件を充足した時点においてエンジンEの出力が通常制御処理において発生すべき出力と異なっているような場合であっても、その差を徐々に小さくしていくことができ、快適な運転フィーリングを保つことができる。
【0057】
図6は、
図4及び
図5に示すフローチャートに沿って制御が実行されたときの車両状態の変動の一例を示すタイミングチャートである。
図6に例示するように、非悪路を走行しているときには、監視値Mは、センサ類等に故障がない限り制御許可閾値未満となる蓋然性が高く、通常制御が実行される。また、通常制御が実行されている間、スロットル開度が上昇している。開始閾値M
Sの算出式には敏感因子が含まれているのに対し、解除閾値M
Eの算出式には敏感因子が含まれていない。よって、このような車両状態の変動があると、開始閾値M
Sは、解除閾値M
Eと比べて、車両状態の変動に応じて大きく変動する。さらに、時刻t0以降では、非悪路に進入したことにより、スリップ度に応じて変化する監視値Mの値が急上昇して制御許可閾値を上回る。本実施形態に係る解除閾値M
Eはスリップ率又はその変動率に関わらず設定されるため、解除閾値M
Eは監視値Mの変動に反応を示さない。これに対し、開始閾値M
Sは、スリップ率の変動率及びエンジン回転数の変動率といったスリップ度の変動に対して敏感な因子に応じて設定され、しかも、このスリップ率の変動率及びエンジン回転数の変動率の値が大きくなると、開始閾値M
Sはこれに応じて急低下するように設定される。よって、監視値M及び開始閾値M
Sが互いの値に近づくように変化する。その結果、監視値Mは開始閾値M
S以上となり(時刻t1参照)、トラクション制御が開始する。このように、自動二輪車1が悪路に進入して監視値Mが上昇すると開始閾値M
Sを即座に上回り、トラクション制御が即座に開始される。
【0058】
トラクション制御によってサブスロットルバルブ22の開度を小さくしたり点火時期を遅角させたりすることにより、後輪3の駆動力が減少し、これにより監視値Mも減少していく。この減少の過程で監視値Mが開始閾値M
Sを下回る場合を例示しているが、トラクション制御の実施中には、監視値Mと開始閾値M
Sとの大小関係が制御に影響を及ぼすことはない。よって、監視値Mは開始閾値M
Sを下回ってもトラクション制御が継続して実施される。そして、監視値Mが解除閾値M
E未満になると、テーリング制御を経て通常制御に戻る(時刻t2参照)。
【0059】
通常制御に戻ると、後輪3に伝達される駆動力が回復し、解除閾値M
E未満になるまで低下した監視値Mは上昇していく。ここで、通常制御に戻ったときに自動二輪車1が悪路から非悪路に脱出していない場合、監視値Mが急上昇し、これにより開始閾値M
Sも低下してくる。自動二輪車1が悪路にいれば、急上昇する監視値Mが制御許可閾値以上且つ開始閾値M
S以上になるまで上昇する蓋然性が高く、そうなると再びトラクション制御が開始される(時刻t3参照)。トラクション制御の実行中に自動二輪車1が悪路から非悪路に脱出すれば、その後通常制御に戻って駆動力が回復しても、監視値Mが制御許可閾値を超えるまで上昇することはない(時刻t4以降参照)。
【0060】
このようにトラクション制御装置18は、開始条件が解除条件と比べて車両状態の変化に対して敏感に変化するよう設定される。ここで、トラクション制御が実行されていない状態で悪路に進入すると、その直後に車両状態の変化が大きくなる傾向にある。よって、仮に開始条件が車両状態の変化に対し鈍感であると、悪路に進入したことを好適に検出することができず、トラクション制御の開始が遅れてしまうおそれがある。したがって、本実施形態のように開始条件を車両状態の変化に対して敏感に変化させることにより、トラクション制御を開始すべき状況に適合してトラクション制御の開始判定を好適に行うことができる。また、トラクション制御の実行中には、駆動力の減少に伴って、スリップ度に応じて変化する監視値の変化も小さくなる傾向にある。よって、仮に解除条件が車両状態の変化に対し敏感であると、悪路上を走行しているにも関わらずトラクション制御が不所望に解除され、その後トラクション制御の開始と解除とが繰り返されるおそれがある。したがって、本実施形態のように解除条件が設定されることにより、トラクション制御を解除すべき状況に適合してトラクション制御の解除判定を好適に行うことができる。
【0061】
そして、解除閾値M
Eは比較的小さい値で推移するようになっているため、後輪3のスリップ度が小さくなって解除閾値M
Eと比較される監視値Mも小さい値とならなければ、トラクション制御が解除されないようになっている。このように後輪3のスリップ度を相当小さくした状態となるまでトラクション制御を継続するため、その後に駆動力を回復させるスピードが速くても安定した運転フィーリングを確保することができる。つまり、トラクション制御の解除時点で悪路を脱出していないときには、即座にトラクション制御が再開されて悪路の脱出を待機するようにして駆動力を抑制させることができ、悪路を脱出しているときには、即座に通常のグリップ走行を行わせることができるようになる。このように解除閾値M
Eを車両状態の変動に鈍感とし且つ小さい値とすることにより、トラクション制御が悪路進入後即座に解除されるような事態を防ぐことができ、また、逆に悪路を脱出しているにもかかわらず駆動力の回復をなだらかに行わなければならないといった事態を避けることが可能になる。
【0062】
また、開始閾値M
Sを設定する数式2の各変動パラメータ(スリップ判断因子)に対して重み付け係数により重み付けするようにしている。すると、エンジン回転数の変動率が元々大きいエンジンEにおいては、重み付け係数を小さくしたり、また、許容できるスリップ率が小さい自動二輪車1においては、重み付け係数を大きく設定したりすることができる。このように設定することで車両特性等に応じた条件へと開始条件を調整することができる。
【0063】
これら重み付け係数が走行状態に応じて変更されるようにすると、走行状態に応じてトラクション制御の実行条件を調整することができる。例えば、メインスロットルバルブ21の開度の変動率が小さいにも関わらずスリップ率が大きく、滑りやすい路面を走行している可能性が高い場合、重み付け係数を小さくし、監視値Mが小さくても迅速にトラクション制御が実行されるようにする。逆に、メインスロットルバルブの開度の変動率が大きいにも関わらずスリップ率が小さく、滑りにくい路面を走行している可能性が高い場合、重み付け係数を大きくし、監視値Mが大きくてもトラクション制御が実行されないようにする。このように走行状態に応じて開始条件を設定することができる。
【0064】
更に、トラクション制御装置18は、重み付け係数をそのまま加算している。車両の運転状態が所定の状態にあるとき、例えば高速走行時等の変動率が小さいときに重み付け係数を大きく設定することで、開始閾値M
Sが極端に小さくなってしまい不所望にトラクション制御が実施されることを防ぐことができる。また、例えば、運転者が敢えて駆動輪に大きな駆動力をかけて後輪3を滑らすような車両の運転状態にあるとき、重み付け係数を大きく設定することで、開始閾値M
Sが極端に小さくなってしまい不所望にトラクション制御が実施されることを防ぐことができる。なお、重み付け係数に代えて所定値を車両の運転状態が所定の状態に応じて変動させるようにしても、同様の作用効果が得られる。
【0065】
[第2実施形態]
図7は、第2実施形態のトラクション制御装置118のうち、主な構成を示す要部ブロック図である。以下の説明において、上記実施形態と同一又は相当の要素には同一の符号を付して重複する説明を省略する。本実施形態のトラクション制御装置118は、路面状態をエンジンECU117に入力するための路面状態センサ150を有し、エンジンECU117のトラクション制御機能部141は、路面状態を判定する路面状態判定部151を有している。
【0066】
路面状態センサ150は、自動二輪車1のフレームに搭載されて路面に光を射出し、路面からの反射光スペクトル分布等に応じて路面状態を検出するセンサであってもよい。また、エンジンECU117の路面状態判定部が入力情報に基づいて路面状態を判定することができるのであれば、路面状態を検出するセンサに替えて、別の情報入力手段が設けられていてもよい。例えば、路面状態センサ150に替えて、運転者自らが路面状態を入力する操作を行うための操作子が設けられていてもよい。さらに、このように特別なセンサや操作子を設けないときには、エンジン回転数の変動率又はスロットル開度の変動率から路面状態を推定することも可能である。
【0067】
路面状態判定部151は、路面状態入力器150から受信した情報、又はエンジン回転数センサ30若しくはスロットルポジションセンサ25から受信した情報に基づいて演算されるエンジン回転数の変動率若しくはスロットル開度の変動率に応じて、路面状態が、第1の路面状態であるのか、第1の路面状態よりも後輪3が滑りやすい低μ路であるのかを判定する。
【0068】
条件判定部146は、路面状態判定部151による判定結果に基づいて、路面状態に応じた開始条件及び解除条件を設定する。条件判定部146は、路面状態判定部151により第1の路面状態であると判定されたときには、開始条件として第1開始条件を設定し、解除条件として第1解除条件を設定する。また、条件判定部146は、路面状態判定部151により第2の路面状態であると判定されたときには、開始条件として第2開始条件を設定し、解除条件として第2解除条件を設定する。
【0069】
第1及び第2開始条件は、具体的には次式(5),(6)であり、監視値Mと比較される第1開始閾値M
S1及び第2開始閾値M
S2をそれぞれ規定する。第1及び第2解除条件は、具体的には次式(7),(8)であり、監視値Mと比較される第1解除閾値M
E1及び第2解除閾値M
E2をそれぞれ規定する。なお、各閾値を求めるための演算式については、上記式(3)〜(5)と類似するものであるため、重複する説明を省略する。
【0070】
監視値M≧第1開始閾値M
S1 …(5)
監視値M≧第2開始閾値M
S2 …(6)
監視値M<第1解除閾値M
E1 …(7)
監視値M<第2解除閾値M
E2 …(8)
図8は、本発明に係る第2実施形態の第1開始閾値M
S1、第2開始閾値M
S2、第1解除閾値M
E1及び第2解除閾値M
E2の経時変化の一例を示すグラフである。
図8に示すように、後輪が滑りやすい路面状態であるときに設定される第2開始閾値M
S2は、第1開始閾値M
S1と比べて、同一の車両状態であるときの閾値が小さく、また、車両状態の変動に対してより敏感に変動するようにして設定される。また、後輪3が滑りやすい路面状態であるときに設定される第2解除閾値M
E2は、第1解除閾値M
E1と比べて、同一の車両状態であるときの閾値が小さく、また、車両状態の変動に対してより鈍感となっている。
【0071】
後輪3が滑りやすい路面状態であるときには、そうでない場合と比べて、車両状態の変動が大きくなりやすい。このため、上記のように開始条件及び解除条件が設定されることにより、後輪3が滑りやすい路面であるときには、トラクション制御がより速やかに開始され、また、一度開始されたトラクション制御の実行期間をより長く確保することができる。このように、本実施形態によれば、路面状態に応じてトラクション制御の開始判定及び解除判定を好適に行うことができる。
【0072】
図9は、エンジンECU117が実行する第2実施形態のメイン処理を説明するフローチャートである。
図9に示すように、第1実施形態と同様にして、自動二輪車1の主電源(図示せず)がオンされると、通常制御が実施され(ステップS101)。スリップ率(監視値M)と制御許可閾値との大小関係が判定され(ステップS102)、スリップ率が制御許可閾値よりも小さい場合、スリップ率が制御許可閾値よりも大きくなるまでスリップ率と制御許可閾値との大小関係が逐次判定され続ける。スリップ率が制御許可閾値よりも大きくなると、制御停止判定条件を充足しているか否かが判定され(ステップS103)、制御停止判定条件を充足している場合、通常制御が継続される(ステップS101)。
【0073】
制御停止判定条件を充足していない場合、路面状態判定部151は、路面状態が第1の路面状態であるか、当該第1の路面状態よりも低μ路である第2の路面状態であるのかを判定する(ステップS104)。第1の路面状態であると判定された場合、条件判定部146は、開始条件を第1開始条件として解除条件を第1解除条件とし、監視値Mが当該第1開始条件を充足するか否かを判定する(ステップS105)。監視値Mが第1開始条件を充足していない場合には、通常制御が継続される(ステップS101)。監視値Mが第1開始条件を充足していれば、第1トラクション制御処理を開始する(ステップS106)。他方、第2の路面状態であると判定された場合、条件判定部146は、開始条件を第2開始条件として解除条件を第2解除条件とし、監視値Mが第2開始条件を充足しているか否かを判定する(ステップS107)。監視値Mが第2開始条件を充足していない場合には、通常制御が継続される(ステップS101)。監視値Mが第2開始条件を充足している場合には、第2トラクション制御が実施される(ステップS108)。
【0074】
図10に示すように、第1トラクション制御が実施されると、間引き制御、点火遅角制御、吸気量制御及び燃料制御が実施される(ステップS111)。そして、条件判定部146は、監視値Mが第1解除条件を充足しているか否かを判定する(ステップS112)。監視値Mが第1解除条件を充足していない場合、間引き制御等を継続し(ステップS111)、監視値Mが第1解除条件を充足している場合、トラクション制御機能部41はテーリング制御を実行すべく、テーリング制御処理を実施し(ステップS113)、その後通常制御に復帰する(ステップS101)。
【0075】
図11に示すように、第2トラクション制御が実施されるときもこれと同様にして、まず、間引き制御、点火遅角制御、吸気量制御及び燃料制御が実施される(ステップS121)。そして、条件判定部146は、監視値Mが第2解除条件を充足しているか否かを判定する(ステップS122)。監視値Mが第2解除条件を充足していない場合、間引き制御等を継続し(ステップS121)、監視値Mが第2解除条件を充足している場合、トラクション制御機能部41はテーリング制御を実行すべく、テーリング制御処理を実施し(ステップS123)、その後通常制御に復帰する(ステップS101)。
【0076】
このような処理を実行することにより、上述したとおり、路面状態に応じてトラクション制御の開始判定及び解除判定を好適に行うことができる。
【0077】
[第3実施形態]
図12は、第3実施形態のトラクション制御装置が用いる第1〜第3駆動力抑制条件の経時変化を示すグラフである。第3実施形態のトラクション制御装置の構成は第1実施形態と同一又は相当であるため、以下の説明においては、適宜
図1〜
図3中の参照符号を用いて説明する。本実施形態においては、条件判定部46が、監視値Mが3つの駆動力抑制条件を充足しているか否かを判定し、トラクション制御部47は、その判定結果に応じたトラクション制御を実施するよう構成されている。
【0078】
図12は縦軸が監視値M、第1可変閾値M
1、第2可変閾値M
2及び開始閾値M
Sであり、横軸が時間となっている。開始閾値M
Sは、上記第1実施形態の開始閾値M
Sに対応する。本実施形態では、監視値Mが開始閾値M
S以上であれば監視値Mが第3駆動力抑制条件を充足したものと判定されるものとしている。
【0079】
また、監視値Mが第1可変閾値M
1以上であれば監視値Mが第1駆動力抑制条件を充足したものと判定され、監視値Mが第2可変閾値M
2以上であれば監視値Mが第2駆動力抑制条件を充足したものと判定される。条件判定部46は、監視値Mが第1〜第3駆動力抑制条件を充足すると、後輪3が路面に対して不所望な空転を生じる可能性があり、駆動力を減少させるべきと判定する。第1駆動力抑制条件は具体的には以下に示す数式5であり、第2駆動力抑制条件は具体的には以下に示す数式6である。
【0080】
M≧第1可変閾値M
1
=K1
Th×Th +K1
dTh×ΔTh +K1
dNe×ΔNe
+K1
dSL×ΔSLIP + K1
Acc×Acc + α…(5)
M≧第2可変閾値M
2
=K2
Th×Th +K2
dTh×ΔTh +K2
dNe×ΔNe
+K2
dSL×ΔSLIP + K2
Acc×Acc + β…(6)
K1
dTh,K1
Th,K1
dNe,K1
dSL,K1
Acc,K2
dTh,K2
Th,K2
dNe,K2
dSL,K2
Accは、Th,ΔTh,ΔNe,ΔSLIP及びAccに対する重み付け係数であり、α,βは予め定められた定数である。第1駆動力抑制条件及び第2駆動力抑制条件も、スリップ判断因子のうち敏感因子が含まれており、車両状態の変動に対し敏感に応答する。
【0081】
このように、第1駆動力抑制条件は、監視値Mが第1可変閾値M
1以上であることを条件とし、第2駆動力抑制条件は、監視値Mが第2可変閾値M
2以上であることを条件とする。第1可変閾値M
1及び第2可変閾値M
2は、可変的に設定される閾値であり、それらの大小関係は、各重み付け係数に応じて変化する。
【0082】
図12に示すように、定常状態では、第1可変閾値M
1が第2可変閾値M
2よりも小さくなっており(
図12中時刻t1〜t2)、各重み付け係数は、運転者自身がスロットルグリップ7を急に回すなどしてThが急激に変動してΔThの変動率が大きくなると第1可変閾値M
1及び第2可変閾値M
2が大きくなるようにして、設定されている(例えば
図12中時刻t3)。しかし、エンジン回転数が急激に上昇する等して、エンジン回転数の変動率(又はスリップ率の変動率)が大きくなった場合(例えば
図12中時刻t4)、第2可変閾値M
2が第1可変閾値M
1よりも小さな値となることがある。その後、エンジン回転数の変動率(又は、スリップ率の変動率)が下降すると、第1可変閾値M
1が第2可変閾値M
2よりも小さくなる(
図12中時刻t5以降)。このように、第1及び第2駆動力抑制条件は、互いに異なった導出式を有し、相互に干渉することなく互いに独立した条件に設定される。したがって、第1可変閾値M
1及び第2可変閾値M
2はその大小関係が恒常的ではなく、状態によっては、2つの抑制条件の大小関係が入れ替わる場合がある。本実施形態では、監視値Mが第1及び第2駆動力抑制条件の両方を充足した場合、第2駆動力抑制条件の充足が優先的に採用される。なお、本実施形態では、第1可変閾値M
1及び第2可変閾値M
2は、開始閾値M
Sを上回るように設定されることがないものとしている。
【0083】
図13は、第2実施形態におけるメイン処理を説明するフローチャートである。
図13に示すように、本実施形態においても、イグニションスイッチがオンされると、エンジンECU17は、通常制御を実施し(ステップS201)、条件判定部46が、監視値Mが制御許可閾値未満であるか否かを判定する(ステップS202)。スリップ率が制御許可閾値よりも小さい場合、トラクション制御を実行する必要が無いと判定し、スリップ率が制御許可閾値よりも大きくなるまでスリップ率と制御許可閾値との大小関係を逐次判定し続ける。
【0084】
スリップ率が制御許可閾値よりも大きくなると、条件判定部46は、次に制御停止判定条件を充足しているか否かを判定し(ステップS203)、センサ類の故障等により監視値Mが想定外の値になっていないかを判定する。制御停止判定条件を充足している場合、トラクション制御の実行を不許可にし、通常制御が継続される(ステップS201)。制御停止判定条件を充足していない場合、条件判定部46は、第2駆動力抑制条件を充足しているか否かを判定し(ステップS204)、後輪3が大きく空転する可能性があるか否かを判定する。第2駆動力抑制条件を充足している場合、エンジンECU17は、第2トラクション制御を実施すべく、第2トラクション制御処理を実施する(ステップS205)。第2トラクション制御については後述する。
【0085】
第2駆動力抑制条件を充足していない場合、条件判定部46は、次に、第1駆動力抑制条件を充足するか否かを判定し(ステップS206)、後輪3が空転する可能性があるか否かを判定する。第1駆動力抑制条件を充足している場合、エンジンECU17は、第1トラクション制御を実施すべく、第1トラクション制御処理を実施する(ステップS207)。第1駆動力抑制条件を充足していない場合、トラクション制御を実施する必要が無いと判定し、通常制御が継続される(ステップS201)。
【0086】
第1トラクション制御及び第2トラクション制御が制御の内容が類似している。
図14及び
図15に示すように、第1トラクション制御においても第2トラクション制御においても、間引き制御が実行される(ステップS211,S221)。間引き制御では、例えば、以下の表1に示すパターン1に従って休筒させる気筒が決定される。
【0088】
表1に示すパターンは、間引き制御を開始してから何番目に点火される気筒を休筒させるかを示したものである。減少させる駆動力に応じて休筒させる気筒数が異なっており、第1トラクション制御では、パターン1に基づいて間引き制御を実施する。
【0089】
パターン1に基づく間引き制御について更に詳細に説明すると、間引き制御開始後、次に点火される予定の気筒を休筒させ、その後2〜5番目に点火される気筒を4回連続して点火する。パターン1の5番目まで実行されると1番目に戻り、6番目に点火予定の気筒を休筒させる。つまり、1,6,11,16,…5n+1番目に点火する気筒を休筒させる。このようなパターン1で間引き制御を行うと、休筒する気筒が1つずつずらされ、同じ気筒で連続して休筒されることをなくすことができる。なお、パターン2では、1番目と2番目の気筒が休筒するようになっている。つまり、1,2,6,7,11,12,…5n+1,5n+2番目に点火する気筒を休筒させるようになっている。
【0090】
このように間引き制御を実行している間、条件判定部46は、第2駆動力抑制条件を新たに充足するようになっていないかを判定する(ステップS212)。第2駆動力抑制条件を充足している場合、後述する第2トラクション制御を実施する(ステップS213)。第2駆動力抑制条件を充足していない場合、及びステップS213にて第2トラクション制御処理が終了すると、条件判定部46は、第1駆動力抑制条件を充足しているか否かを判定している(ステップS214)。第1駆動力抑制条件を充足している場合、そのまま間引き制御を継続する(ステップS211)。第1駆動力抑制条件を充足していない場合、第1トラクション制御処理を終了し、再び通常制御に戻る(ステップS201)。
【0091】
第2トラクション制御では、第1トラクション制御と同様、トラクション制御部47が点火制御部42を介して点火装置26に指令し、間引き制御が実施される(ステップS221)。第2トラクション制御では、パターン1よりも休筒させる気筒数が多いパターン2(表1のパターン2参照)に基づいて間引き制御が実施される。このように休筒数を変えることにより、駆動力の減少量をより大きくして駆動輪の空転量を迅速に減少させている。このような間引き制御が実施されている間、条件判定部46は、第3駆動力抑制条件を充足しているか否かを判定する(ステップS222)。第3駆動力抑制条件を充足していない場合、条件判定部46は、次に第2駆動力抑制条件を充足しているか否かを判定する(ステップS223)。第2駆動力抑制条件を充足している場合、間引き制御を継続(ステップS221)し、第2駆動力抑制条件も充足していない場合、第2トラクション制御処理を終了し、再びステップS214に戻る。
【0092】
ステップS222にて第3駆動力抑制条件を充足している場合、第3トラクション制御を実行すべく、第3トラクション制御処理を実施する(ステップS224)。この第3トラクション制御処理は、上記第1実施形態のトラクション制御処理(
図5参照)に相当するものである。すなわち、間引き制御のみならず、点火遅角制御、吸気量制御及び燃料制御が行われる。また、監視値Mが解除閾値M
E未満とならなければトラクション制御が終了しない。
【0093】
本実施形態では、第1実施形態のトラクション制御に相当する第3トラクション制御を実行する前段階において、予備的に第1及び第2トラクション制御が実施される。これにより、例えば、晴天時のアスファルトのように良好な路面とは言えず、また、アイスバーンのようなスリップを生じるおそれが極めて高い悪路とも言えないような、例えば濡れたアスファルトのような路面などにおいて、駆動力を減少させながらもその減少幅を小さくすることができ、好適に空転を抑制することができる。
【0094】
[その他の実施形態について]
本実施形態では、エンジンEを備える自動二輪車1に適用したが、モータにより駆動輪を駆動する自動二輪車1であっても適用することができる。この場合、第1駆動力抑制条件及び第2駆動力抑制条件では、エンジン回転数Neに代えてモータの回転数が用いられる。
【0095】
また、本実施形態では、吸気量制御の際、サブスロットルバルブ22の開度を調整しているが、メインスロットルバルブ21にバルブアクチュエータ24を設けてその開度を調整できるようにし、メインスロットルバルブ21の開度を調整して流量を制御するようにしてもよい。この場合、サブスロットルバルブ22を設けなくてもよい。
【0096】
また、クラッチスイッチ28によりクラッチ27が切られたことが検出されると、駆動力を抑制したままでは、失火を生じてエンジンストールするおそれがある。このため、トラクション制御の実行中にクラッチが切られたことを検出すると、即座に通常制御に戻るようにしてもよい。
【0097】
更に、自動二輪車1に備わる図示しないリアダンパーにストロークセンサを設けて、リアダンパーのストローク量を検出し、このストローク量に応じて駆動力抑制条件を設定するようにしてもよい。例えば、ストローク量が大きい場合、後輪3側の荷重が大きく後輪3が空転しにくくなっているので、開始閾値M
S、第1及び第2可変閾値M
1,M
2を小さくし、逆にストローク量が小さい場合、後輪3側の荷重が小さく後輪3が空転しやすくなっているので、開始閾値M
S、第1及び第2可変閾値M
1,M
2を大きくするように設定する。これにより、自動二輪車1の分布荷重の変化に基づいて開始閾値M
S、第1及び第2可変閾値M
1,M
2が設定され、不所望なトラクション制御が実行されることを防ぐことができる。