特許第5749930号(P5749930)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5749930
(24)【登録日】2015年5月22日
(45)【発行日】2015年7月15日
(54)【発明の名称】ペプチド含有動物細胞培養用培地
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/10 20060101AFI20150625BHJP
   C07K 5/062 20060101ALI20150625BHJP
   C07K 5/083 20060101ALI20150625BHJP
   C12P 21/02 20060101ALI20150625BHJP
   C12P 21/08 20060101ALI20150625BHJP
【FI】
   C12N5/00 102
   C07K5/062
   C07K5/083
   C12P21/02 C
   C12P21/08
【請求項の数】17
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2010-535788(P2010-535788)
(86)(22)【出願日】2009年10月27日
(86)【国際出願番号】JP2009068360
(87)【国際公開番号】WO2010050448
(87)【国際公開日】20100506
【審査請求日】2012年10月26日
(31)【優先権主張番号】特願2008-276843(P2008-276843)
(32)【優先日】2008年10月28日
(33)【優先権主張国】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000003311
【氏名又は名称】中外製薬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100140109
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 新次郎
(74)【代理人】
【識別番号】100075270
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 泰
(74)【代理人】
【識別番号】100101373
【弁理士】
【氏名又は名称】竹内 茂雄
(74)【代理人】
【識別番号】100118902
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 修
(74)【代理人】
【識別番号】100135415
【弁理士】
【氏名又は名称】中濱 明子
(72)【発明者】
【氏名】片山 聡
(72)【発明者】
【氏名】岸下 昇平
(72)【発明者】
【氏名】小平 邦彦
(72)【発明者】
【氏名】定光 信
(72)【発明者】
【氏名】高木 良智
(72)【発明者】
【氏名】松田 広記
【審査官】 濱田 光浩
(56)【参考文献】
【文献】 米国特許第04235772(US,A)
【文献】 McGRATH M E et al.,Structure-guided design of peptide-based tryptase lnhibitors.,Biochemistry,2006年,vol. 45,p. 5964-5973
【文献】 DUKIC-STEFANOVIC S et al.,Characterization of antibody affinities using an AGE-modified dipeptide spot library.,J. Immunol. Methods,2002年,vol. 266,p. 45-52
【文献】 ITO T and MOORE G E,The growth-stimulating activity of peptides on human hematopoietic cell cultures.,Exp. Cell Res.,1969年,vol. 56,p. 10-14
【文献】 FRANEK F and KATINGER H,Specific effects of synthetic oligopeptides on cultured animal cells.,Biotechnol. Prog.,2002年,vol. 18,p. 155-158
【文献】 FRANEK F and FUSSENEGGER M,Survival factor-like activity of small peptides in hybridoma and CHO cell cultures.,Biotechnol. Prog.,2005年,vol. 21,p. 96-98
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00
C12P 21/00
CAplus/MEDLINE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
WPIDS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
セリン、チロシン及びシステインからなる群から選ばれる少なくとも2種以上のアミノ酸を含み、10個以下のアミノ酸からなるペプチドまたはその塩を0.1〜100mMの培養液濃度で含有する動物細胞培養用培地であって、前記ペプチドの構成単位のアミノ酸がセリン、チロシン、システイン以外の他のアミノ酸を含まない、動物細胞培養用培地。
【請求項2】
セリン、チロシン及びシステインからなるトリペプチドまたはその塩を0.1〜100mMの培養液濃度で含有する動物細胞培養用培地。
【請求項3】
セリン、チロシン及びシステインからなる群から選ばれる2種のアミノ酸からなるジペプチドまたはその塩を0.1〜100mMの培養液濃度で含有する動物細胞培養用培地。
【請求項4】
所望のタンパク質を産生する細胞を培養して当該タンパク質を製造する際に、培養液中に請求項1〜3のいずれかに記載の動物細胞培養用培地を用いて培養することを特徴とする、細胞の培養方法。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれかに記載の動物細胞培養用培地を用いて所望のタンパク質を産生する細胞を培養して当該タンパク質を製造することを特徴とする、所望のタンパク質の製造方法。
【請求項6】
前記動物細胞培養用培地を、培養の開始時に使用するか、または流加もしくは連続方式で添加する、請求項4または5に記載の方法。
【請求項7】
細胞を、回分培養法(batch culture)、繰り返し回分培養法(repeated batch culture)、流加培養法(fed-batch culture)、繰り返し流加培養法(repeated fed-batch culture)、連続培養法(continuous culture)、または、灌流培養法(perfusion culture)で培養する、請求項4または5に記載の方法。
【請求項8】
細胞を流加培養法で培養する、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記動物細胞培養用培地が、逐次的に複数回、又は連続的に、流加することによって培養液中に供給される、請求項8記載の方法。
【請求項10】
細胞が所望のタンパク質をコードする遺伝子を導入したものである、請求項4または5に記載の方法。
【請求項11】
所望のタンパク質が抗体である、請求項10記載の方法。
【請求項12】
細胞が哺乳動物細胞である、請求項4〜11のいずれかに記載の方法。
【請求項13】
哺乳動物細胞がCHO細胞である、請求項12記載の方法。
【請求項14】
培養中の動物細胞のタンパク質産生量を増強する方法であって、該方法は、培養液中にセリン、チロシン及びシステインからなる群から選ばれる少なくとも2種以上のアミノ酸を含み、セリン、チロシン、システイン以外の他のアミノ酸を含まない、10個以下のアミノ酸からなるペプチドを0.1〜100mMの培養液濃度で含有せしめることを特徴とする、前記方法。
【請求項15】
培養液中に前記ペプチドを約0.1mMから約25mM含有せしめることを特徴とする、請求項14に記載の方法。
【請求項16】
請求項14に記載のペプチドからなる、動物細胞培養用無血清培地添加剤。
【請求項17】
請求項14に記載のペプチドからなる、形質転換細胞のタンパク質産生量増強剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無血清もしくは低血清細胞培養に関し、特に動物細胞(例えばCHO細胞)によるタンパク質(例えば、医薬品の有効成分となるタンパク質)の高産生化に適した培地に関する。さらに、本発明はこのような培地を用いた動物細胞の培養、及びタンパク質の製造に関する。
【背景技術】
【0002】
動物細胞を培養して該動物細胞の産生する天然型タンパク質を得ようとする場合、あるいは所望のタンパク質をコードする遺伝子を導入した動物細胞を培養して所望のタンパク質等を製造する場合には、塩類、糖類、アミノ酸類、およびビタミン類等の基礎栄養物のほかに、該動物細胞の増殖のために、従来、哺乳動物由来の抽出物、具体的には牛胎児血清などの血清が5〜20%の範囲で培地に添加されていたが、かかる哺乳動物由来の血清は、培地のコストの75〜95%を占めること、品質にロット間差があるため安定した増殖が得られないという欠点がある。また、哺乳動物由来の血清はオートクレーブ等で滅菌できないので、ウイルス又はマイコプラズマ汚染される可能性があり、その多くは無害であるものの、安定生産という点からは付加的な未知の要因となりうる。
【0003】
近年、哺乳動物由来の成分については、狂牛病(mad cow disease)、ウシ海綿状脳症(Bovine Spongiform Encephalopathy:BSE)、感染性海綿状脳症(Transmissible Spongiform Encephalopathy:TSE)、更にはクロイツフェルト・ヤコブ病(Creutzfeld-Jakob Disease:CJD)などとの関係が懸念され、安全性の点からこれら哺乳動物由来の成分を含有しない動物細胞培養用培地の出現が望まれている。更に血清には500種以上のタンパク質が含まれており、このため培養培地からの細胞産物である所望のタンパク質の単離、精製を複雑化する。
【0004】
従来、上記のような問題を解決するために、動物細胞を血清の非存在下で培養するための無血清培養法の開発が行われている。無血清培養法では、血清の効果を代替する物質としてフェツイン、トランスフェリン、アルブミンなどの血漿タンパク質、ステロイドホルモン、インシュリンなどのホルモン類、増殖因子、アミノ酸、ビタミンなどの栄養因子などを添加した無血清培養液が開発されてきた。
【0005】
無血清培養法で使用される、フェツイン、インスリン、トランスフェリン、増殖因子などは血清由来の純化されたタンパク質もしくは組換え生物由来の組換え体タンパク質の利用がなされている。これらを使用する上で、微量ではあるが、生物由来成分を含む点、高価な製品を使用しなければならない点、ロット間差による培養のばらつきなどの、問題点がある。
【0006】
近年、タンパク質加水分解物を利用した無血清培養法も開発されているが、上記と同じく生物由来成分を含む点、高価である点、ロットの違いによる製造のばらつき、などの問題点があり、有用タンパク質の生産に十分とは言い難い。
【0007】
そこで、できるだけ生物由来成分を含まず、安価で、なおかつロット間差が少ないタンパク質産生量を増強する合成培地を使用する培養法が望まれている。近年、流加培養における培養液中のグルコースやアミノ酸の挙動について分析し、流加培養でグルタミン酸を増量することにより、アンチトロンビンの産生量増加に寄与することが明らかとなった(非特許文献1)。しかしながら、これらの知見は、グルタミン合成酵素を発現したCHO細胞によってのみ調べられているため、通常のCHO細胞で検証はされておらず、さらには、他のアミノ酸の個々の効果については不明である。また、タンパク質産生量も、いまだ十分とは言い難い。そこで、さらに産生量を増強する合成培地を使用する培養法が強く熱望されている。
【0008】
また、流加培養においては、細胞の増殖と生存によって消費された栄養成分を補充しながら、一般的には培養終了まで培地を抜き取らずに培養するので、主にpH制御のために添加される酸や塩基により培地の浸透圧が上昇していくが、過度の浸透圧上昇は細胞にとって有害である。培地中の栄養成分である糖類やアミノ酸並びに代謝による副生成物も浸透圧上昇の原因となる。
【0009】
また、特定のペプチドを培地に添加することにより、目的とする生成物を増強する方法も報告されている(非特許文献2)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Journal of Bioscience and Bioengineering (2005), 100(5), 502-510
【非特許文献2】Biotechnol. Prog (2003), 19, 169-174
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
そこで、本発明は、生物由来成分の効果を代替する物質として、従来公知の培地成分の欠点を克服することができる新たな物質を含有することによる、改良された無血清もしくは低血清培養技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、培養液中の成分として特定のアミノ酸の組合わせを含むペプチドを用いることにより、上記の課題を解決するに至った。
【0013】
本出願で提供される発明は以下の通りである。
(1)
セリン、チロシン及びシステインからなる群から選ばれる少なくとも2種以上のアミノ酸を含み、10個以下のアミノ酸からなるペプチドまたはその塩を含有する動物細胞培養用培地。
(2)上記(1)の動物細胞培養用培地であって、
(a)セリン、チロシン及びシステインを少なくとも合計33%以上含み、10個以下のアミノ酸からなるペプチドを含有する動物細胞培養用培地、または
(b)セリン、チロシン及びシステインからなるアミノ酸群から選ばれる2種のアミノ酸を少なくとも合計33%以上含み、10個以下のアミノ酸からなるペプチドを含有する動物細胞培養用培地。
(3)セリン、チロシン及びシステインからなるトリペプチドまたはその塩を含有する動物細胞培養用培地。
(4)セリン、チロシン及びシステインからなる群から選ばれる2種のアミノ酸からなるジペプチドまたはその塩を含有する動物細胞培養用培地。
(5)所望のタンパク質を産生する細胞を培養して当該タンパク質を製造する際に、培養液中に上記(1)〜(4)のいずれかに記載の動物細胞培養用培地を用いて培養することを特徴とする、細胞の培養方法。
(6)上記(1)〜(4)のいずれかに記載の動物細胞培養用培地を用いて所望のタンパク質を産生する細胞を培養して当該タンパク質を製造することを特徴とする、所望のタンパク質の製造方法。
(7)前記動物細胞培養用培地を、培養の開始時に使用するか、または流加もしくは連続方式で添加する、(5)または(6)に記載の方法。
(8)細胞を、回分培養法(batch culture)、繰り返し回分培養法(repeated batch culture)、流加培養法(fed-batch culture)、繰り返し流加培養法(repeated fed-batch culture)、連続培養法(continuous culture)、または、灌流培養法(perfusion culture)で培養する、(5)または(6)に記載の方法。
(9)細胞を流加培養法で培養する、上記(8)の方法。
(10)前記動物細胞培養用培地が、逐次的に複数回、又は連続的に、流加することによって培養液中に供給される、上記(9)の方法。
(11)細胞が所望のタンパク質をコードする遺伝子を導入したものである、(5)または(6)に記載の方法。
(12)所望のタンパク質が抗体である、上記(11)の方法。
(13)細胞が哺乳動物細胞である、(5)または(6)に記載の方法。
(14)哺乳動物細胞がCHO細胞である、上記(13)の方法。
(15)上記(6)の方法で製造されたタンパク質を有効成分とする医薬の製造方法。
(16)セリン、チロシン及びシステインからなる群から選ばれる少なくとも2種以上のアミノ酸を含み、2個または3個のアミノ酸からなるペプチドであって、
(a)セリン、チロシン及びシステインからなるペプチド、またはそれらの内一つまたは複数のアミノ酸が化学修飾されているペプチド、または
(b)セリン、チロシン及びシステインから選ばれる2種のアミノ酸からなるペプチド、またはそれらの内一つまたは複数のアミノ酸が化学修飾されているペプチド。
(17)培養液中に(16)に記載のペプチドを含有せしめることを特徴とする、培養中の動物細胞のタンパク質産生量をする増強する方法。
(18)上記(17)の方法であって、培養液中に(16)に記載のペプチドを約0.1mMから約25mM含有せしめることを特徴とする、前記方法。
(19)上記(16)に記載のペプチドからなる、動物細胞培養用無血清培地添加剤。
(20)上記(16)に記載のペプチドからなる、形質転換細胞のタンパク質産生量増強剤。
【発明の効果】
【0014】
本発明により、生物由来成分を含まない合成培地を用いた培養で、細胞の生残率を維持し、タンパク質の生産性を増大させることが可能である。さらに、上記合成培地には極めて純粋な合成ペプチドもしくは組換えタンパク質由来ペプチドを添加することから、成分組成が明らかでありロット間の差が少ない均一である培地である。そのためより均一なタンパク質が得られる可能性が高く、工業生産に有利である。従って、本発明は、生理活性ペプチドまたはタンパク質の生産に極めて有利に使用できる。具体的には例えば、医薬品用抗体などの大量供給に大きく貢献することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】ペプチド含有培地による培養期間中の抗体濃度の推移を示す。(実施例1)
図2】ペプチド含有培地による培養期間中の生細胞数の推移を示す。(実施例1)
図3】ペプチド含有培地による培養期間中の乳酸濃度の推移を示す。(実施例1)
図4】ペプチド含有培地による培養期間中の抗体濃度の推移を示す。(実施例2)
図5】ペプチド含有培地による培養期間中の生細胞数の推移を示す。(実施例2)
図6】ペプチド含有培地による培養期間中の乳酸濃度の推移を示す。(実施例2)
図7】高濃度アミノ酸含有培地による培養期間中の抗体濃度の推移を示す。(参考例1)
図8】高濃度アミノ酸含有培地による培養期間中の生存率の推移を示す。(参考例1)
図9】高濃度アミノ酸含有培地による培養期間中の乳酸濃度の推移を示す。(参考例1)
図10】高濃度アミノ酸含有培地による培養期間中の抗体濃度の推移を示す。(参考例2)
図11】高濃度アミノ酸含有培地による培養期間中の生存率の推移を示す。(参考例2)
図12】高濃度アミノ酸含有培地による培養期間中の乳酸濃度の推移を示す。(参考例2)
図13】高濃度アミノ酸含有培地による培養期間中の抗体濃度の推移を示す。(参考例3)
図14】高濃度アミノ酸含有培地による培養期間中のセリン濃度の推移を示す。(参考例3)
図15】高濃度アミノ酸含有培地による培養期間中のチロシン濃度の推移を示す。(参考例3)
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施の形態についてより詳細に説明する。
【0017】
1.培地
本発明に係る動物細胞培養用培地は、特定のアミノ酸を構成単位として含むアミノ酸数2〜10個のペプチドを含有することを特徴とする。そのような特定のアミノ酸として、セリン、チロシン及びシステインの3種のアミノ酸からなる群から選ばれる、少なくとも2種のアミノ酸残基が、本願発明を特徴付けるものである。
【0018】
便宜上、本発明に係る動物細胞培養用培地のことを、これ以降の説明においては「ペプチド含有培地」あるいは単に「培地」と呼ぶことにする。
【0019】
本発明において、上記ペプチド含有培地とは、初発培地が前記ペプチドを含有する培地だけでなく、流加培地などの添加により培養液中に前記ペプチドを含有するように調製される培地(すなわち、最終的に培養液として調製されたもの)も含まれる。
【0020】
以前に、本発明者らは、無血清培養におけるアミノ酸の挙動について分析した結果、培養細胞の生存並びにタンパク質発現の制限となりやすい特定のアミノ酸を見出した。そのようなアミノ酸の中で、特に、セリン、チロシン及びシステインに着目し、これらのアミノ酸を単独あるいは組合わせて添加した高濃度アミノ酸含有培地を用いる動物細胞の培養方法に関する特許出願を行った(未公開先願であるPCT/JP2008/058046)。今回、本発明者らは、これらのアミノ酸をそのまま培地に添加するのではなく、それらのアミノ酸で構成されるペプチドとして添加することで、アミノ酸として与えるよりもモル浸透圧上昇を低減することができると考えた。さらに、本発明のごとく、セリン、チロシン及びシステインをペプチド化することにより、特に溶解度の低いチロシン(チロシンの溶解度は通常20℃で約2.1mMであり、40℃で約4.1mMである)をペプチドとして可溶化できるので、チロシンを含んだペプチドを培地中に50mM以上と比較的高濃度化することが可能となり、いままでよりもはるかに高濃度で流加培地等にチロシンを添加することが可能となった。また、特定のペプチドを添加することにより細胞の生産性の上昇が認められることから、本発明のペプチド含有培地により細胞生産性の増強が認められた。
【0021】
培養液中の前記ペプチドの適切な濃度は、細胞や培養条件により異なる。よって、培養液中の前記ペプチドの量については、細胞の生存が最低限維持できる濃度を下限とし、基礎培地と比較して有意にタンパク質発現が増強する濃度が好適であり、余分な有害代謝物質がほとんど産生しない濃度を上限濃度とする。例えば、典型的には、本発明に係るペプチド含有培地における、前記のペプチドの含量は、培養液濃度として、約0.1〜100mM、好ましくは約0.2〜約50mM、さらに好ましくは約0.5〜約25mMであることができる。
【0022】
培地中の他の成分としては、通常、動物細胞培養培地で使用されている各成分が適宜使用できるが、これらにはアミノ酸、ビタミン類、脂質因子、エネルギー源、浸透圧調節剤、鉄源、pH緩衝剤を含む。上記成分のほか、例えば、微量金属元素、界面活性剤、増殖補助因子、ヌクレオシドなどを添加しても良い。また、前記特定のアミノ酸からなるペプチドも含め培地成分を分割し別々に添加して細胞培養に使用しても良い。具体的には、例えば高濃度ペプチドと培地成分を同時にまたは時間を変えて細胞培養に使用しても良い。
【0023】
培地中の他の成分として具体的には、例えば、L-アラニン、L-アルギニン、L-アスパラギン、L-アスパラギン酸、L-グルタミン、L-グルタミン酸、グリシン、L-ヒスチジン、L-イソロイシン、L-ロイシン、L-リジン、L-メチオニン、L-オルニチン、L-フェニルアラニン、L-プロリン、L-スレオニン、L-トリプトファン、L-バリン等、好ましくはL-アラニン、L-アルギニン、L-アスパラギン、L-アスパラギン酸、L-グルタミン、L-グルタミン酸、グリシン、L-ヒスチジン、L-イソロイシン、L-ロイシン、L-リジン、L-メチオニン、L-フェニルアラニン、L-プロリン、L-スレオニン、L-トリプトファン、L-バリン等のアミノ酸類;i−イノシトール、ビオチン、葉酸、リポ酸、ニコチンアミド、ニコチン酸、p-アミノ安息香酸、パントテン酸カルシウム、塩酸ピリドキサール、塩酸ピリドキシン、リボフラビン、塩酸チアミン、ビタミンB12、アスコルビン酸等、好ましくはビオチン、葉酸、リポ酸、ニコチン酸アミド、パントテン酸カルシウム、塩酸ピリドキサール、リボフラビン、塩酸チアミン、ビタミンB12、アスコルビン酸等のビタミン類;塩化コリン、酒石酸コリン、リノール酸、オレイン酸、コレステロール等、好ましくは塩化コリン等の脂質因子;グルコース、ガラクトース、マンノース、フルクトース等、好ましくはグルコース等のエネルギー源;塩化ナトリウム、塩化カリウム、硝酸カリウム等、好ましくは塩化ナトリウム等の浸透圧調節剤;EDTA鉄、クエン酸鉄、塩化第一鉄、塩化第二鉄、硫酸第一鉄、硫酸第二鉄、硝酸第二鉄等、好ましくは塩化第二鉄、EDTA鉄、クエン酸鉄等の鉄源類;炭酸水素ナトリウム、塩化カルシウム、リン酸二水素ナトリウム、HEPES、MOPS等、好ましくは炭酸水素ナトリウム等のpH緩衝剤が例示できる。
【0024】
上記成分のほか、例えば、硫酸銅、硫酸マンガン、硫酸亜鉛、硫酸マグネシウム、塩化ニッケル、塩化スズ、塩化マグネシウム、亜ケイ酸ナトリウム等、好ましくは硫酸銅、硫酸亜鉛、硫酸マグネシウム等の微量金属元素;Tween80、プルロニックF68等の界面活性剤;および組換え型インシュリン、組換え型IGF、組換え型EGF、組換え型FGF、組換え型PDGF、組換え型TGF-α、塩酸エタノールアミン、亜セレン酸ナトリウム、レチノイン酸、塩酸プトレッシン等、好ましくは亜セレン酸ナトリウム、塩酸エタノールアミン、組換え型IGF、塩酸プトレッシン等の増殖補助因子;デオキシアデノシン、デオキシシチジン、デオキシグアノシン、アデノシン、シチジン、グアノシン、ウリジン等のヌクレオシドなどを添加してもよい。なお上記本発明の好適例においては、ストレプトマイシン、ペニシリンGカリウム及びゲンタマイシン等の抗生物質や、フェノールレッド等のpH指示薬を含んでいても良い。
【0025】
また、培地中のその他の成分の含量は、アミノ酸は0.05−1500mg/L、ビタミン類は0.001−10mg/L、脂質因子は0−200mg/L、エネルギー源は1−20g/L、浸透圧調節剤は0.1−10000mg/L、鉄源は0.1−500mg/L、pH緩衝剤は1−10000mg/L、微量金属元素は0.00001−200mg/L、界面活性剤は0−5000mg/L、増殖補助因子は0.05−10000μg/Lおよびヌクレオシドは0.001−50mg/Lの範囲が適当であり、培養する細胞の種類、所望のタンパク質の種類などにより適宜決定できる。
【0026】
培地のpHは培養する細胞により異なるが、一般的にはpH6.8〜7.6、多くの場合pH7.0〜7.4が適当である。
【0027】
本発明に係るペプチド含有培地は、好ましくは哺乳動物由来の血清を含有しない。
【0028】
本発明に係るペプチド含有培地は、上述の一般的成分を溶解した完全合成培地に上記の特定のアミノ酸を含むペプチドを加えて調整することができる。あるいは、従来公知の動物細胞培養用培地を基礎培地として用い、これに上記ペプチドを補充して調製することも可能である。動物細胞培養用培地として市販の基礎培地を例示するならば、D-MEM (Dulbecco's Modified Eagle Medium)、 D-MEM/F-12 1:1 Mixture (Dulbecco's Modified Eagle Medium : Nutrient Mixture F-12)、 RPMI1640、CHO-S-SFMII(Invitrogen社)、 CHO-SF (Sigma-Aldrich社)、EX-CELL 301 (JRH biosciences社)、CD-CHO (Invitrogen社)、 IS CHO-V (Irvine Scientific社)、PF-ACF-CHO (Sigma-Aldrich社)などが使用可能であるが、これらに限定されるものではない。流加培養法で細胞を培養する場合には、細胞培養の最初の段階で使用される初発培地として、このような市販の培地を使用することができる。その場合、初発培地に用いる培地を高濃度に調製したものに、さらに上記ペプチドを補充したものを流加培地として使用することができる。
【0029】
2.ペプチド
次に、本願のペプチド含有培地に含まれるペプチドについて詳細に説明する。本願のペプチド含有培地に含まれるペプチドは特定のアミノ酸残基の組合わせからなり、アミノ酸数が2〜10個の合成ペプチドもしくは組換えタンパク質由来ペプチドである。アミノ酸の組合わせとしては、上述の通り、セリン、チロシン及びシステインからなる群から選ばれる少なくとも2種以上を含むことが特徴である。また、本発明のペプチドには、セリン、チロシン及びシステイン以外に他のアミノ酸を含んでいてもよい。また、本発明のペプチドには、化学修飾されたアミノ酸を含んでいてもよい。具体的な態様としては、
(1)セリン、チロシン及びシステインからなる群から選ばれる少なくとも2種以上のアミノ酸を含み、10個以下のアミノ酸からなるペプチドまたはその塩;
(2)セリン、チロシン及びシステインを少なくとも合計33%以上含み、10個以下のアミノ酸からなるペプチドまたはその塩;または、
(3)セリン、チロシン及びシステインのアミノ酸群から選ばれる2種のアミノ酸を少なくとも合計33%以上含み、10個以下のアミノ酸からなるペプチドまたはその塩;
が挙げられる。
【0030】
より具体的な態様としては、ペプチドが2個または3個のアミノ酸あるいは化学修飾されたアミノ酸からなる場合が挙げられ、例えば、
(4)セリン、チロシン及びシステインからなるトリペプチドまたはその塩;
(5)セリン、チロシン及びシステインからなる群から選ばれる2種のアミノ酸からなるジペプチドまたはその塩、
(6)セリン、チロシン及びシステインからなるトリペプチドの内一つまたは複数のアミノ酸が化学修飾されているペプチドまたはその塩;
(7)セリン、チロシン及びシステインから選ばれる2種のアミノ酸からなるペプチドの内一つまたは複数のアミノ酸が化学修飾されているペプチドまたはその塩;
が挙げられる。
【0031】
上記トリペプチドとしては具体的に、Cys-Tyr-Ser、Ser-Cys-Tyr、Tyr-Ser-Cysなどが挙げられる。
【0032】
上記ペプチドは、化学合成または組換えDNA法による発現のような手段によって大量に産生することができる。具体的には、化学合成法では、人工的なアミノ酸もしくは化学修飾されたアミノ酸を合成反応により結合させ、特定の配列もしくはランダムな配列を有するペプチドを作成することができる。組換えDNA法では、ペプチド配列を複数含む組換えタンパク質を組換え体より生成させ、それらのタンパク質を精製後に、酵素処理もしくは化学処理により分解することにより、目的とするペプチドを作成することが可能である。特に本発明のペプチドを、組換えタンパク質を酵素消化して安価に大量に作成するために、精製用配列、スペーサーまたは酵素切断部位などのアミノ酸を挿入することは、当業者に周知である。
【0033】
本発明の指すアミノ酸の化学修飾とは、アミノ酸が化学修飾されても大きくペプチドの活性が変わらないものである。例えば、具体的にはC-末端の修飾(例えばアミド、エステル、アシル)、N-末端の修飾(例えばアセチル)、および天然にないアミノ酸の修飾(例えばノルロイシン)を示す。
【0034】
3.細胞培養
本願のペプチド含有培地は、タンパク質を産生する動物細胞を培養対象とする際に効果が顕著である。
【0035】
より具体的には、所望のタンパク質を産生する細胞を培養して当該タンパク質を製造する際、例えば、動物細胞を培養して該動物細胞の産生する天然型タンパク質を得ようとする場合、あるいは所望のタンパク質をコードする遺伝子を導入した動物細胞を培養して所望のタンパク質等を製造する場合に、培養液中に本願のペプチド含有培地を使用することができる。
【0036】
従来の無血清培養法では、血清の代わりに血漿タンパク質、ホルモン類、増殖因子が必要とされていたが、本願のペプチド含有培地においては、これらの生物由来成分が無くとも、特定のアミノ酸残基を含んで構成されるペプチドを基礎培地に添加することのみで、細胞の生存率を高く維持し、さらにタンパク質産生量を増強するという効果を得ることが可能となる。
【0037】
一般に、細胞培養方法は、回分培養法(batch culture)、連続培養法(continuous culture)、流加培養法(fed-batch culture)に分類される。本発明においては、いずれの培養方法を用いてもよいが、好ましくは、流加培養法又は連続培養法が用いられ、特に好ましくは、流加培養法が用いられる。
【0038】
回分培養法は、培地に少量の種培養液を加え、培養中に新たに培地を加えたり又は培養液を排出したりせずに、細胞を増殖させる培養方法である。本発明において回分培養法を用いる場合には、種培養液としてペプチド含有培地を使用する。
【0039】
連続培養法は、培養中に連続的に培地を加え、かつ、連続的に排出させる培養方法である。なお、連続法には、灌流培養(perfusion culture)も含まれる。
【0040】
流加培養法は回分培養法と連続培養法の中間にあたる為、半回分培養法(semi-batch culture)とも呼ばれ、培養中に連続的に又は逐次的に培地が加えられるが、連続培養法のような連続的な培養液の排出が行われない培養方法である。流加培養の際に加えられる培地(以下、流加培地という)は、既に培養に使用されている培地(以下、初発培地という)と同じ培地である必要はなく、異なる培地を添加してもよいし、特定の成分のみを添加してもよい。
【0041】
本発明において初発培地とは、通常、細胞培養の最初の段階で使用されている培地のことをいう。但し、流加培地を複数回に分けて添加する場合には、流加培地をそれぞれ添加する前の培地を初発培地としてもよい。初発培地に上記ペプチド含有培地を使用し細胞培養することができる。初発培地へのペプチド添加濃度としては,目的タンパク質の産生量を増加できるだけの濃度であれば十分である。例えば、好ましくは約0.1〜50mM程度、より好ましくは約0.5〜25mM程度で実施できる。
【0042】
本発明において、流加培養法又は連続培養法を用いる場合には、培養途中に添加する培地として、上記ペプチド含有培地を使用することができる。流加培養で添加される培地(流加培地)は、培養体積を増大させないように高濃度培地としておくことが望ましい。
【0043】
本発明において、細胞培養方法として流加培養法を用いる場合には、流加培地中に高濃度のペプチドを溶解させておき、培養中に連続的又は逐次的に流加培地を追加することにより、目的タンパク質の産生量を増加できる程度にペプチドを添加する事ができる。具体的には例えば、流加培地の濃度において、約1〜1000mM、好ましくは約10〜500mM、あるいは約20〜100mM程度含むものを流加培地として用いることができる。後述の実施例は、CHO細胞の流加培養法の例であり、実施例細胞で目的タンパク質の産生量が増加できるような濃度と添加量および時期に流加培地を添加し、培養を行った。
【0044】
本発明において前記流加培地を培養液に添加する場合、初発培地量の1〜150%、好ましくは5〜50%、さらに好ましくは8〜20%を、培養期間を通して連続的に、又は一定期間、又は逐次的に添加する流加培地量として用いることができる。
【0045】
本発明の培養方法は特に限定されることなく種々の動物細胞の培養に使用できる。例えば、遺伝子工学的操作によって所望のタンパク質をコードする遺伝子を組み込んだCOS細胞やCHO細胞、あるいは、抗体を産生するマウス−ヒト、マウス−マウス、マウス−ラット等のハイブリドーマに代表される融合細胞を培養することが可能である。本発明の方法は、動物細胞を培養して該動物細胞の産生する天然型タンパク質を得ようとする場合にも使用でき、上述した細胞の他に、BHK細胞、HeLa細胞などの培養にも使用できる。
【0046】
本発明において特に好ましい動物細胞は所望のタンパク質をコードする遺伝子が導入されたCHO細胞である。所望のタンパク質は特に限定されず、天然抗体、抗体断片、低分子化抗体、キメラ抗体、ヒト化抗体などの抗体(例えば、抗IL-6レセプター抗体、抗グリピカン-3抗体、抗CD3抗体、抗CD20抗体、抗GPIIb/IIIa抗体、抗TNF抗体、抗CD25抗体、抗EGFR抗体、抗Her2/neu抗体、抗RSV抗体、抗CD33抗体、抗CD52抗体、抗IgE抗体、抗CD11a抗体、抗VEGF抗体、抗VLA4抗体など)や生理活性タンパク質(顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)、顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(GM-CSF)、エリスロポエチン、インターフェロン、IL-1やIL-6等のインターロイキン、t-PA、ウロキナーゼ、血清アルブミン、血液凝固因子、など)など如何なるタンパク質でもよいが、特に医薬品として使用可能な抗体が好ましい。
【0047】
培養条件は使用する細胞の種類によって異なるので、適宜好適な条件を決定することが可能である。例えばCHO細胞であれば通常、気相のCO2濃度が0−40%、好ましくは、2−10%の雰囲気下、30−39℃、好ましくは、37℃程度で、1−50日間培養、さらに好ましくは1−14日間培養してもよい。
【0048】
また、動物細胞培養用の各種の培養装置としては、例えば発酵槽型タンク培養装置、エアーリフト型培養装置、カルチャーフラスコ型培養装置、スピンナーフラスコ型培養装置、マイクロキャリアー型培養装置、流動層型培養装置、ホロファイバー型培養装置、ローラーボトル型培養装置、充填槽型培養装置等を用いて培養することができる。
【0049】
4.タンパク質の製造
上述した細胞培養方法により動物細胞を培養することにより、タンパク質を高産生させることが可能となる。従って、本願のペプチド含有培地を用いて所望のタンパク質を産生する細胞を培養して、当該タンパク質を製造する方法も、本発明の一態様である。
【0050】
一般的に、動物細胞のタンパク質の産生は、単にそれを培養するのみで良いものや、特殊な操作を必要とするものも存在するがそれらの操作又は条件等は培養する動物細胞により適宜決定すれば良い。例えば遺伝子工学的操作によりマウス−ヒトキメラ抗体をコードする遺伝子を含むベクターでトランスフォームされたCHO細胞では、上述したような条件下で培養を実施することにより、1−50日間、好ましくは5−21日、さらに好ましくは7−14日間程度で所望のタンパク質を培地中に得ることができる。これを常法(例えば、抗体工学入門、地人書館、(1994)p.102-104;Affinity Chromatography Principles & Methods、GE ヘルスケア(株)、(2003)p.56-60など参照)に従い単離、精製することによって、所望のタンパク質を得ることができる。
【0051】
本発明により、組換え抗体(天然抗体、抗体断片、低分子化抗体、キメラ抗体、ヒト化抗体、bispecific抗体など)、遺伝子組換えタンパク質(顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)、顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(GM-CSF)、エリスロポエチン、インターフェロン、IL-1やIL-6等のインターロイキン、t-PA、ウロキナーゼ、血清アルブミン、血液凝固因子、など)などを高い生産量で製造することができる。
【0052】
本発明の製造方法で生産される抗体としては、ヒト、マウス、ラット、ハムスター、ウサギ、サル等の動物由来のモノクローナル抗体だけでなく、キメラ抗体、ヒト化抗体、bispecific抗体など人為的に改変した遺伝子組み換え型抗体も含まれる。また、抗体の免疫グロブリンクラスは特に限定されるものではなく、IgG1、IgG2、IgG3、IgG4などのIgG、IgA、IgD、IgE、IgMなどいずれのクラスでもよいが、医薬として用いる場合はIgG及びIgMが好ましい。さらに本発明の抗体としてはwholeの抗体だけでなく、Fv、Fab、F(ab)2などの抗体断片や、抗体の可変領域をペプチドリンカー等のリンカーで結合させた1価または2価以上の一本鎖Fv(scFv、sc(Fv)2など)の低分子化抗体なども含まれる。
【0053】
5.医薬品
本発明の方法により製造されたタンパク質又はポリペプチド(本発明のタンパク質とも称する)が医薬として利用可能な生物学的活性を有する場合には、そのようなタンパク質又はポリペプチドを医薬的に許容される担体又は添加剤と混合して製剤化することにより、医薬品を製造することができる。本発明のタンパク質及び本発明のタンパク質を有効成分とする医薬品も本発明の範囲に包含される。
【0054】
医薬的に許容される担体及び添加剤の例として、水、医薬的に許容される有機溶剤、コラーゲン、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、カルボキシビニルポリマー、カルボキシメチルセルロースナトリウム、ポリアクリル酸ナトリウム、アルギン酸ナトリウム、水溶性デキストラン、カルボキシメチルスターチナトリウム、ペクチン、メチルセルロース、エチルセルロース、キサンタンガム、アラビアゴム、カゼイン、寒天、ポリエチレングリコール、ジグリセリン、グリセリン、プロピレングリコール、ワセリン、パラフィン、ステアリルアルコール、ステアリン酸、ヒト血清アルブミン(HSA)、マンニトール、ソルビトール、ラクトース、医薬添加物として許容される界面活性剤等が挙げられる。
【0055】
実際の添加物は、本発明の医薬品である治療剤の剤型に応じて上記の中から単独で又は適宜組み合わせて選ばれるが、もちろんこれらに限定するものではない。例えば、注射用製剤として使用する場合、精製されたポリペプチドを溶剤、例えば生理食塩水、緩衝液、ブドウ糖溶液等に溶解し、これに吸着防止剤、例えばTween80、Tween20、ゼラチン、ヒト血清アルブミン等を加えたものを使用することができる。あるいは、使用前に溶解再構成する剤形とするために凍結乾燥したものであってもよく、凍結乾燥のための賦形剤としては、例えば、マンニトール、ブドウ糖等の糖アルコールや糖類を使用することができる。
【0056】
ポリペプチドの有効投与量は、ポリペプチドの種類、治療や予防の対象とする疾患の種類、患者の年齢、疾患の重篤度などにより適宜選択される。例えば、本発明のタンパク質が抗グリピカン抗体等の抗体である場合、その有効投与量は、一回につき体重1kgあたり0.001mgから1000mgの範囲で選ばれる。あるいは、患者あたり0.01〜100000mg/bodyの投与量を選ぶことができる。しかしながら、これらの投与量に制限されるものではない。
【0057】
本発明の医薬品の投与方法は、経口、非経口投与のいずれでも可能であるが、好ましくは非経口投与であり、具体的には、注射(例えば、静脈内注射、筋肉内注射、腹腔内注射、皮下注射などによる全身又は局所投与)、経鼻投与、経肺投与、経皮投与などが挙げられる。
【0058】
6.ペプチドの用途
本発明によるタンパク質の製造方法は、本願中で記載されたペプチドを培養液中に含有させることにより培養中の動物細胞のタンパク質産生量をする増強する方法、と言い換えることができる。従って、セリン、チロシン及びシステインの3種アミノ酸群から選ばれる少なくとも2種のアミノ酸により特徴付けられる本願発明のペプチドは、動物細胞培養用無血清培地添加剤、または形質転換細胞のタンパク質産生量増強剤として使用することができる。
【0059】
以下、本発明を実施例及び参考例によって具体的に説明する。なお、これらの実施例等は、本発明を説明するためのものであって、本発明の範囲を限定するものではない。
【実施例1】
【0060】
トリペプチド含有流加培地による抗体産生流加培養(抗体遺伝子導入CHO細胞株)
培地組成及び調製法は以下の通りである。
初発培地:市販の動物細胞培養用培地を、溶解後濾過滅菌し初発培地とした。
流加培地:初発培地に用いた市販の動物細胞培養用培地を初発培地の3倍濃度となるよう溶解し,濾過滅菌後流加培地とした(Control)。さらにその流加培地に対し、トリペプチドを最終50 もしくは25 mM 含有するように添加した培地を濾過滅菌後、トリペプチド含有流加培地とした(それぞれ、50 mM Tripeptide;25 mM Tripeptide)。
トリペプチド:配列 Cys-Tyr-Serの化学合成されたトリペプチド。
細胞:ヒト化IgG(抗グリピカン-3抗体)産生CHO細胞株(国際公開第WO 2006/006693号パンフレットを参照)。
【0061】
ジャー型細胞培養装置に初発培地を加え、これに上記CHO細胞株を、2 x105 cells/mLとなるよう加えて37℃、10% CO2の条件で培養を開始した。培養期間14日間を通じ、pH下限7.0、溶存酸素濃度40%の自動制御を行った。培養3日目より流加培地を一定流速(初発培地1Lに対し、1.0g/時間)で流加し、14日目まで培養を行った。培養開始時および3、5、7、10、12、14日目にサンプリングを行った。トリパンブルー染色法により、各サンプル培養液中の生細胞数を測定した。培養液の遠心上清中の抗体濃度および乳酸濃度を、プロテインAを用いたアフィニティークロマトグラフィーにより抗体を、固定化酵素法により乳酸をそれぞれ測定した。図1に示すように、トリペプチドを含有しない流加培地を用いた流加培養(Control)の場合、14日間の培養で抗体濃度は1.6 g/L程度であった。これに対し、トリペプチド含有流加培地を用いた流加培養の場合、50 mM もしくは25 mMトリペプチドを流加培地に含む14日間の培養(50 mM Tripeptide;25 mM Tripeptide)で抗体濃度は 両培養法とも2.1 g/L程度と約30 %も高い抗体濃度を得ることができた。図2には培養期間における生細胞数の推移を示した。また図3に示すように、乳酸濃度は培養3〜10日目の間、トリペプチドを含有しない流加培地を用いた流加培養の場合に比べ、トリペプチド含有流加培養では比較的低濃度に推移した。
【実施例2】
【0062】
ジペプチド含有流加培地による抗体産生流加培養(抗体遺伝子導入CHO細胞株)
培地組成及び調製法は以下の通りである。
初発培地:市販の動物細胞培養用培地を、溶解後濾過滅菌し初発培地とした。
流加培地:初発培地に用いた市販の動物細胞培養用培地を初発培地の3倍濃度となるよう溶解し,濾過滅菌後流加培地とした(Control)。さらにその流加培地に対し、ジペプチドを最終50 mM 含有するように添加した培地を濾過滅菌後、ジペプチド含有流加培地とした(Dipeptide)。
ジペプチド:配列 Cys-Tyrの化学合成されたジペプチド。
細胞:ヒト化IgG(抗グリピカン-3抗体)産生CHO細胞株(国際公開第WO 2006/006693号パンフレットを参照)。
【0063】
ジャー型細胞培養装置に初発培地を加え、これに上記CHO細胞株を、2 x105 cells/mLとなるよう加えて37℃、10% CO2の条件で培養を開始した。培養期間14日間を通じ、pH下限7.0、溶存酸素濃度40%の自動制御を行った。培養3日目より流加培地を一定流速(初発培地1Lに対し、1.0g/時間)で流加し、14日目まで培養を行った。培養開始時および3、5、7、10、12、14日目にサンプリングを行った。トリパンブルー染色法により、各サンプル培養液中の生細胞数を測定した。培養液の遠心上清中の抗体濃度および乳酸濃度を、プロテインAを用いたアフィニティークロマトグラフィーにより抗体を、固定化酵素法により乳酸をそれぞれ測定した。図4に示すように、トリペプチドを含有しない流加培地を用いた流加培養(Control)の場合、14日間の培養で抗体濃度は1.6 g/L程度であった。これに対し、ジペプチド含有流加培地を用いた流加培養の場合、50 mMジペプチドを流加培地に含む14日間の培養(50 mM Dipeptide) で抗体濃度は 両培養法とも2.0 g/L程度と約25 %も高い抗体濃度を得ることができた。図5には培養期間における生細胞数の推移を示した。また図6に示すように、培養5〜10日目の間の乳酸濃度は、ジペプチドを含有しない流加培地を用いた流加培養の場合に比べ、ジペプチド含有流加培養では比較的低濃度に推移した。

以下の参考例1〜3は本発明者らの未公開先願であるPCT/JP2008/058046に記載の高濃度アミノ酸含有培地による培養を示す。
【0064】
〔参考例1〕高濃度セリン、システイン、チロシン含有低pH流加培地による流加培養(抗体遺伝子導入CHO細胞株)
培地組成及び調製法は以下の通りである。
初発培地:市販の動物細胞培養用培地を溶解後濾過滅菌した。
流加培地:初発培地に用いる動物細胞培養用培地を初発培地に対し3倍濃度とし溶解後、セリン50mM、システイン塩酸塩一水和物1.8mM、チロシン14.5mMを加え、塩酸によりpHを培地成分が全て溶解するまで落とし(pH1.5付近)、培地成分が全て溶解していることを確認後濾過滅菌した。
細胞:ヒト化IgG(抗グリピカン-3抗体)産生CHO細胞株(国際公開WO 2006/006693号パンフレットを参照)。
【0065】
ジャー型細胞培養装置に初発培地を加え、これに上記CHO細胞株を、2 x105cells/mLとなるよう加えて37℃、10% CO2の条件で培養を開始した。培養期間14日間を通じ、pH下限7.0、溶存酸素濃度40%の自動制御を行った。培養3日目より流加培地を一定流速(初発培地1Lに対し、1.0g/時間)で流加し、14日目まで培養を行った。培養開始時および3、5、7、10、12、14日目にサンプリングを行った。各サンプルの培養上清について、プロテインAを用いたアフィニティークロマトグラフィーにより産生された抗体濃度、トリパンブルー染色法により生存率、固定化酵素法により乳酸の測定をした。図7に示すように、セリン、システイン、チロシンを増量しない流加培地を用いた流加培養(Control)の場合、14日間の培養で抗体濃度は1.6 g/L程度であった。これに対し、高濃度セリン、システイン、チロシン増量低pH流加培地を用いた流加培養(Ser,Cys,Tyr)の場合、14日間の培養で抗体濃度は2.2 g/L程度と約40 %も高い抗体濃度を得ることができた。図8には培養期間における生存率の推移を示した。また図9に示すように、乳酸濃度は培養3日目以降、セリン、システイン、チロシンを増量しない流加培地を用いた流加培養の場合に比べ、高濃度セリン、システイン、チロシン増量低pH流加培地を用いた流加培養の場合は低乳酸濃度を推移した。
【0066】
〔参考例2〕高濃度セリン、システイン、チロシン含有低pH流加培地による流加培養(抗体遺伝子およびハムスター・タウリントランスポーター遺伝子導入CHO細胞株)
培地組成及び調製法は以下の通りである。
初発培地:市販の動物細胞培養用培地を溶解後濾過滅菌した。
流加培地:初発培地に用いる動物細胞培養用培地を初発培地に対し3倍濃度とし溶解後、セリン50mM、システイン塩酸塩一水和物1.8mM、チロシン14.5mMを加え、塩酸によりpHを培地成分が全て溶解するまで落とし(pH1.5付近)、培地成分が全て溶解していることを確認後濾過滅菌した。
細胞:タウリントランスポーター遺伝子を導入したヒト化IgG産生CHO細胞株(国際公開WO2007/119774パンフレットを参照)。
【0067】
ジャー型細胞培養装置に初発培地を加え、これに上記CHO細胞株を、2 x105cells/mLとなるよう加えて37℃、10% CO2の条件で培養を開始した。培養期間14日間を通じ、pH下限7.0、溶存酸素濃度40%の自動制御を行った。培養3日目より流加培地を一定流速(初発培地1Lに対し、1.5g/時間)で流加し、14日目まで培養を行った。培養開始時および3、5、7、10、12、14日目にサンプリングを行った。各サンプルの培養上清について、プロテインAを用いたアフィニティークロマトグラフィーにより産生された抗体濃度、トリパンブルー染色法により生存率、固定化酵素法により乳酸の測定をした。図10に示すように、セリン、システイン、チロシンを増量しない流加培地を用いた流加培養(Control)の場合、14日間の培養で抗体濃度は1.3 g/L程度であった。これに対し、高濃度セリン、システイン、チロシン増量低pH流加培地を用いた流加培養(Ser,Cys,Tyr)の場合、14日間の培養で抗体濃度は2.0 g/L程度と約54 %高い抗体濃度を得ることができた。図11に示すように、セリン、システイン、チロシンを増量しない流加培地を用いた流加培養の場合、14日間の培養で14日目の生存率は52 %であった。これに対し、高濃度セリン、システイン、チロシン増量低pH流加培地を用いた流加培養の場合、14日間の培養で14日目の生存率は78 %と高い生存率を維持することができた。また図12に示すように、乳酸濃度は培養3日目以降、セリン、システイン、チロシンを増量しない流加培地を用いた流加培養の場合に比べ、高濃度セリン、システイン、チロシン増量低pH流加培地を用いた流加培養の場合は低乳酸濃度を推移した。
【0068】
〔参考例3〕高濃度セリン、システイン、チロシンの抗体高産生化への寄与を確認する為の流加培養(抗体遺伝子およびハムスター・タウリントランスポーター遺伝子導入CHO細胞株)
培地組成及び調製法は以下の通りである。
初発培地:市販の動物細胞培養用培地を溶解後濾過滅菌した。
流加培地(Ser,Cys,Tyr):初発培地に用いる動物細胞培養用培地を初発培地に対し3倍濃度とし溶解後、セリン50mM、システイン塩酸塩一水和物1.8mM、チロシン14.5mMを加え、塩酸によりpHを培地成分が全て溶解するまで落とし(pH1.5付近)、培地成分が全て溶解していることを確認後濾過滅菌した。
流加培地(Ser,Cys):初発培地に用いる動物細胞培養用培地を初発培地に対し3倍濃度とし溶解後、セリン50mM、システイン塩酸塩一水和物1.8mMを加え、塩酸によりpHを培地成分が全て溶解するまで落とし(pH1.0付近)、培地成分が全て溶解していることを確認後濾過滅菌した。
流加培地(Ser,Tyr):初発培地に用いる動物細胞培養用培地を初発培地に対し3倍濃度とし溶解後、セリン50mM、チロシン14.5mMを加え、塩酸によりpHを培地成分が全て溶解するまで落とし(pH1.0付近)、培地成分が全て溶解していることを確認後濾過滅菌した。
流加培地(Cys,Tyr):初発培地に用いる動物細胞培養用培地を初発培地に対し3倍濃度とし溶解後、システイン塩酸塩一水和物1.8mM、チロシン14.5mMを加え、塩酸によりpHを培地成分が全て溶解するまで落とし(pH1.0付近)、培地成分が全て溶解していることを確認後濾過滅菌した。
細胞:タウリントランスポーター遺伝子を導入したヒト化IgG産生CHO細胞株。
【0069】
ジャー型細胞培養装置に初発培地を加え、これに上記CHO細胞株を、2 x105cells/mLとなるよう加えて37℃、10% CO2の条件で培養を開始した。培養期間14日間を通じ、pH下限7.0、溶存酸素濃度40%の自動制御を行った。培養3日目より流加培地を一定流速(初発培地1Lに対し、1.5g/時間)で流加し、14日目まで培養を行った。培養開始時および3、5、7、10、12、14日目にサンプリングを行った。各サンプルの培養上清について、プロテインAを用いたアフィニティークロマトグラフィーにより産生された抗体濃度測定、イオン交換カラムを用いたアミノ酸分析によりセリンとチロシンのアミノ酸濃度の測定を行った。図13に示すように、セリン、システイン、チロシンを増量しない流加培地を用いた流加培養(Control)の場合、14日間の培養で抗体濃度は1.16 g/L程度であった。これに対し、高濃度セリン、システイン、チロシン増量低pH流加培地を用いた流加培養(Ser,Cys,Tyr)の場合、14日間の培養で抗体濃度は1.87 g/L、高濃度セリン、システイン増量低pH流加培地を用いた流加培養(Ser,Cys)の場合、14日間の培養で抗体濃度は1.47 g/L、高濃度セリン、チロシン増量低pH流加培地を用いた流加培養(Ser,Tyr)の場合、14日間の培養で抗体濃度は1.41 g/L、高濃度システイン、チロシン増量低pH流加培地を用いた流加培養(Cys,Tyr)の場合、14日間の培養で抗体濃度は1.18 g/Lという抗体濃度測定結果が得られた。従って高濃度セリン、システイン、チロシンの順に、抗体高産生化へ寄与していることが示唆された。また高濃度セリン、システイン、チロシンを同時に流加培地に添加することが、最も抗体高産生化へ寄与していることが示唆された。
【0070】
図14図15は、14日間の培養期間中のセリン及びチロシンの濃度の推移を示す。Controlでは培養5日目で、セリンは0.63mM及びチロシンは0.34mM、培養7日目以降セリンは0.4mM以下及びチロシンは0.4mM以下となったが、セリンを補充した流加培地を用いた培養ではセリンの濃度は2mM以上、チロシンを補充した流加培地を用いた培養ではチロシンの濃度は1mM以上で維持された。
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