【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1は、鉄粉等と結合剤(例えばポリエチレン)および潤滑剤(例えばエチレンビスステアルアミド)とを、結合剤の融点以上で潤滑剤の融点未満の温度で加熱混合した後、その結合剤の融点未満まで冷却して、比表面積が100m
2/gより大きく粒径が100nmより小さいカーボンブラック(CB)を添加してなる粉末冶金組成物を提案している。この粉末冶金組成物は流動性等に優れるものの、最速でも20.8(秒/50g)の流動度に留まっている。
【0006】
特許文献2では、結合剤として脂肪族アルコールを用い、潤滑剤としてC
18〜C
22第一級アミド(ステアリン酸アミド、アラキジン酸アミドおよびベヘン酸アミドの複合物)を用いているが、基本的な内容は特許文献1と同様である。しかも特許文献2の場合は、特許文献1の場合よりも流動度が劣り最速でも23.2(秒/50g)に留まっている。
【0007】
特許文献3も、結合剤の融点以上で加熱混合を行っている点で特許文献1または特許文献2と同様である。但し、特許文献3では、加熱後に結合剤が固化した段階で、CBの他に遊離潤滑剤(ステアリン酸亜鉛)も加えている。このような遊離潤滑剤の添加は流動性を低下させ好ましくない。事実、特許文献3には具体的な流動度に関する記載がされていない。
【0008】
本発明はこのような事情に鑑みて為されたものであり、従来とは異なる調製方法により、さらなる高流動性や充填安定性を実現できる成形用粉末およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者はこの課題を解決すべく鋭意研究し、試行錯誤を重ねた結果、内部潤滑剤が完全に溶融する状態で、内部潤滑剤と鉄基粉末等とを混合すると共に、その冷却後の混合粉末へ、従来とは特性の異なるカーボンブラックを添加することにより、流動度が従来よりも遥かに優れた超高流動性の成形用粉末を得ることに成功した。この成果を発展させることにより、以降に述べる本発明を完成するに至った。
【0010】
《成形用粉末》
(1)本発明の成形用粉末は、鉄基粉末を含む原料粉末と、該原料粉末中に混在した内部潤滑剤およびカーボンブラックとからなり、金型のキャビティへ充填された後に加圧成形されて成形体となる成形用粉末であって、前記内部潤滑剤は、脂肪酸アミドと高級アルコール、エステルワックス、アミドワックス、金属石鹸の1種以上との複合潤滑剤からなり、前記成形用粉末全体を100質量%(単に「%」という。)としたときに合計で0.2〜0.9%含まれ、前記原料粉末と完全溶融状態で混合されて該原料粉末の構成粒子の表面に付着しており、前記カーボンブラックは、粒径が50nm以下でBET法により求まる比表面積が95m
2/g以下であり、前記成形用粉末全体を100%としたときに0.005〜0.05%含まれ、前記完全溶融状態後に固化した複合潤滑剤の表面に付着して
おり、前記キャビティへの充填速度を指標する流動度が20秒/50g以下であることを特徴とする。
【0011】
(2)本発明の成形用粉末は、著しく高い流動性や充填安定性を発現する。このため本発明の成形用粉末を用いると、金型キャビティへの粉末充填時間が短縮されると共に、キャビティに充填された粉末の重量変動も非常に少なくなり、高品質な成形体や焼結体を歩留まりよく効率的に生産できるようになる。
【0012】
(3)本発明の成形用粉末が、そのような優れた特性を発現する理由は定かではないが、現状では次のように考えられる。本発明に係る内部潤滑剤(複合潤滑剤)は、完全に溶融した状態で鉄基粉末と混合される(これを適宜「完全溶融混合」という。)。このため内部潤滑剤は、混合される鉄基粉末の構成粒子(鉄基粒子)の表面と接触し易くなり、特に、鉄基粒子の表面にある小さな凹部へも流入し易くなる。これにより見掛け上、鉄基粒子は、比較的滑らかな表面性状を有し、球状に近くなる。なお、原料粉末が鉄基粉末以外にGr等の強化粉末やその他の改質粉末等を含む場合、これら粉末は内部潤滑剤と共に鉄基粒子の凹部等に堆留、付着等する。つまり原料粉末が鉄基粉末以外を含む場合でも、見掛け上、本発明の成形用粉末の構成粒子は球状に近くなり得る。
【0013】
このような傾向は、内部潤滑剤が上述した複合潤滑剤である場合に限らず、脂肪酸アミド単体のみからなる場合でも同様に生じると考えられる。しかし、理由は定かではないが、内部潤滑剤が上述したような特定の二種以上の複合潤滑剤からなる場合に、その傾向が顕著に現れた。
【0014】
さらに本発明の成形用粉末は、その完全溶融混合後に固化した複合潤滑剤表面上にも、特異なカーボンブラック(CB)が付着している。一般的にCBが流動化剤となり得ることは、前述した特許文献等1にも記載があり、公知である。しかし、CBはその比表面積や粒形の相違によって多種多様であり、用いるCBの特性により、成形用粉末の充填特性も大きく影響を受けることが新たにわかった。
【0015】
例えば、これまで流動化剤として一般的に用いられてきたCBは、特許文献1等にもあるように、比表面積が100m
2/g超で比較的大きいものであった。しかし本発明では逆に、従来のCBと異なり、比表面積が95m
2/g以下と比較的小さいCBを用いている。これにより、本発明の成形用粉末は流動性や充填安定性が従来よりもさらに向上するようになったと考えられるが、その詳細な機構は現状定かではない。
【0016】
但し、本発明に係るCBは、完全溶融混合後の固化した複合潤滑剤の表面に選択的に付着することがわかっている。原料粉末が強化粉末等を含む場合は、その構成粒子の表面にもCBが選択的に付着している。つまり、本発明に係るCBは、成形用粉末の流動性等を阻害し易い内部潤滑剤等の表面に効率的に付着している。このようなCBの粒子表面における分散状態により、本発明の成形用粉末の構成粒子は、表面に付着した複合潤滑剤等同士が直接接触したり、相互に結着したりすることが抑止され、非常に高い流動性や充填安定性等が発現されるに至ったと考えられる。
【0017】
《成形用粉末の製造方法》
(1)本発明は上述した成形用粉末としてのみならず、その製造方法としても把握できる。すなわち本発明は、鉄基粉末を含む原料粉末と内部潤滑剤を混合した第一混合粉末を得る第一混合工程と、該第一混合粉末とカーボンブラックを混合した第二混合粉末を得る第二混合工程とからなり、金型のキャビティへ充填された後に加圧成形されて成形体となる成形用粉末の製造方法であって、前記第一混合工程は、脂肪酸アミドと高級アルコール、エステルワックス、アミドワックス、金属石鹸の1種以上とからなり前記成形用粉末全体を100質量%(単に「%」という。)としたときに合計で0.2〜0.9%含まれる複合潤滑剤を、完全溶融状態で前記原料粉末と混合して該原料粉末の構成粒子の表面に付着させる工程であり、前記第二混合工程は、粒径が50nm以下でBET法により求まる比表面積が95m
2/g以下であり前記成形用粉末全体を100%としたときに0.005〜0.05%含まれるカーボンブラックを、該完全溶融状態後に固化した前記複合潤滑剤の表面に付着させる
工程であり、前記キャビティへの充填速度を指標する流動度が20秒/50g以下となる成形用粉末が得られることを特徴とする成形用粉末の製造方法としても把握できる。
【0018】
(2)ここで完全溶融状態となっているか否かは、複合潤滑剤を構成する潤滑剤の内で最も高い融点(適宜「最高融点」という。)以上の温度(第一温度)で第一混合工程が行われてるか否かで判断する。また複合潤滑剤が固化しているか否かは、複合潤滑剤を構成する潤滑剤の内で最も低い融点(適宜「最低融点」という。)未満の温度(第二温度)で第二混合工程が行われてるか否かで判断する。
【0019】
《成形体または焼結体》
(1)本発明は、上述した成形用粉末やその製造方法のみならず、その成形用粉末を用いて製作された成形体、さらにはその成形体を焼結させた焼結体としても把握できる。
【0020】
(2)成形体は、上記の最低融点未満の温度(第三温度)で成形用粉末を加圧成形してなると好ましい。これにより成形中も複合潤滑剤が全体的に均一に分散された状態が維持され、構成粒子間の摩擦等が低減されて、均質的で高密度な成形体が得られ易くなる。
【0021】
なお、本発明に係る複合潤滑剤やCBは、鉄基粉末の粒子表面に一時的に付着等しているに過ぎない。従って、加圧成形時、複合潤滑剤は当然に流動し、鉄基粒子が元々有していた表面性状(表面の凹凸)が出現し、鉄基粒子間にはアンカー効果等が作用して、適度な抗折力をもつ成形体が得られるようになる。
【0022】
《その他》
(1)本発明に係る複合潤滑剤は、構成粒子の表層部分を局所的に観察した際に、上述した二種以上の各潤滑剤が均一的な融合状態となっている場合の他、異なる潤滑剤が偏在的(例えば多層状等)となっていてもよい。また原料粉末と混合される二種以上の潤滑剤は、同時に混合されてもよいし、個別に順次混合されてもよい。例えば、高級アルコール等を先に混合して下層を形成した後に、脂肪酸アミドを混合して表層を形成して、多層状となった複合潤滑剤が鉄基粒子の表面に付着した状態でもよい。
【0023】
(2)本明細書でいう「流動性」は、例えば、成形用粉末をキャビティへ充填するときの速度(充填速度)を指標する流動度(FR)により評価される。また「充填安定性」は、例えば、キャビティへ充填した際の粉末密度やその変動量を指標する見掛密度(AD)やタップ密度(TD)、それらに基づいて算出される圧縮率(Cp)やHausner比(HR)により評価される。なお本明細書では、流動性と充填安定性を併せて適宜「流動性」という。
【0024】
(3)本発明の成形用粉末は、その充填特性が特に限定されないが、例えば、FR(JIS Z2502に準拠)が21秒/50g以下、20秒/50g以下さらには19秒/50g以下であると好ましい。またCpが18%以下、17%以下さらには16%以下であると好ましい。さらにHRが1.21以下、1.20以下さらには1.19以下であると好ましい。
【0025】
(4)特に断らない限り本明細書でいう「x〜y」は下限値xおよび上限値yを含む。本明細書に記載した種々の数値または数値範囲に含まれる任意の数値を新たな下限値または上限値として「a〜b」のような範囲を新設し得る。