特許第5750091号(P5750091)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5750091
(24)【登録日】2015年5月22日
(45)【発行日】2015年7月15日
(54)【発明の名称】流体シミュレーション方法
(51)【国際特許分類】
   G06F 17/50 20060101AFI20150625BHJP
【FI】
   G06F17/50 612H
【請求項の数】3
【全頁数】20
(21)【出願番号】特願2012-252498(P2012-252498)
(22)【出願日】2012年11月16日
(65)【公開番号】特開2014-102574(P2014-102574A)
(43)【公開日】2014年6月5日
【審査請求日】2014年5月19日
(73)【特許権者】
【識別番号】000183233
【氏名又は名称】住友ゴム工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100104134
【弁理士】
【氏名又は名称】住友 慎太郎
(72)【発明者】
【氏名】角田 昌也
(72)【発明者】
【氏名】アルジュン ヤダフ
【審査官】 松浦 功
(56)【参考文献】
【文献】 特開2011−215823(JP,A)
【文献】 特開2011−040055(JP,A)
【文献】 特開2002−358473(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2012/0173219(US,A1)
【文献】 PAN, D. et al.,Computation of incompressible flows with immersed bodies by a simple ghost cell method,International Journal for Numerical Methods in Fluids [online],John Wiley & Sons, Ltd.,2008年11月,Volume 60, Issue 12,pages 1378 - 1401,[retrieved on 20 Oct. 2014] Retrieved from: Wiley Online Library, DOI: 10.1002/fld.1942,URL,http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/fld.1942/abstract
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G06F 17/50
G06F 19/00
Google Scholar
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
固体をモデル化した固体モデルと、前記固体の外側で流体が流れる空間を有限個の要素でモデル化した流体モデルとを用いて、前記固体の周囲での前記流体の流れを解析する流体シミュレーション方法であって、
前記流体モデルの各要素には、流体解析用の重心点が設けられ、
前記コンピュータが、前記流体モデルにおいて、前記固体モデルが配置される固体領域と、前記固体領域の外側の流体領域との境界面を定義するステップ、
前記コンピュータが、前記境界面を挟んで隣り合う前記固体領域の前記要素と、前記流体領域の前記要素との間において、前記各重心点を連結する直線を定義するステップ、
前記コンピュータが、前記境界面と前記直線との交点を定義するステップ、
前記コンピュータが、前記流体領域の前記要素の前記重心点と、前記交点との間の距離を計算するステップ、及び、
前記コンピュータが、前記境界面に作用する前記流体モデルのせん断応力を、下記式(1)を用いて計算するステップを含むことを特徴とする流体シミュレーション方法。
【数1】

ここで、
τcorrect:境界面に作用する流体モデルのせん断応力
live:流体領域の要素の重心点での速度
boundary:交点での速度
dist live cell to boundary:流体領域の要素の重心点と交点との間の距離
μ:流体のせん断粘度
A:境界面の面積
【請求項2】
上記式(1)の dist live cell to boundaryには、下記式(2)で修正されるdist’ live cell to boundaryが用いられる請求項1に記載の流体シミュレーション方法。
【数2】


ここで、
L1:直線の長さ
α:直線の長さL1に対するdist live cell to boundaryの比
【請求項3】
前記境界面には、圧力境界条件としてノイマン境界条件が設定される請求項1又は2に記載の流体シミュレーション方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体モデルと流体モデルとの間の境界面に作用する流体モデルのせん断応力を、短時間でかつ精度良く求めることができる流体シミュレーション方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、様々な場面において、コンピュータを用いた流体シミュレーションが行われている。流体シミュレーションの一例としては、ゴルフボールの周囲の空気の流れを解析するものや、ゴム押出機の内部のゴムの流れを解析するもの等が知られている。このような流体シミュレーションは、飛行特性に優れたゴルフボールのディンプルの開発や、押出し抵抗の少ない押出機ないしゴム配合の開発等に役に立つ。
【0003】
流体シミュレーションにおいては、例えば、図12に示されるように、固体をモデル化した固体モデルaと、該固体の外側で流体が流れる空間を、有限個の要素cでモデル化した流体モデルbとが定義される。また、流体モデルbには、固体モデルaが配置される固体領域b1と、流体モデルb側の流体領域b2との境界面eが定義される。さらに、流体モデルbの各要素cには、流体解析用の重心点dが設けられている。これらの重心点dでは、流体の速度、圧力、又は温度が計算される。そして、これらの物理量に基づいて、例えば、境界面eに作用する流体モデルbのせん断応力等が計算される。関連する文献としては次のものがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2011−215823号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】DARTZI PAN and TZUNG-TZA SHEN 著、「 A Ghost Cell Method for the Computation of Incompressible Flows with Immersed Bodies 」、 6th IASME/WSEAS International Conference on FLUID MECHANICS and AERODYNAMICS (FMA'08)Rhodes, Greece, August 20-22, 2008
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、従来の流体シミュレーション方法では、境界面eに作用する流体モデルbのせん断応力の計算過程が、複雑であったため、計算時間の増大や、計算精度の低下を招きやすいという問題があった。従って、流体モデルbのせん断応力を、短時間、かつ、精度良く求めることができる流体シミュレーション方法が強く求められていた。
【0007】
本発明は、以上のような実状に鑑み案出されたもので、固体モデルと流体モデルとの間の境界面に作用する流体モデルのせん断応力を、短時間、かつ、精度良く求めることができる流体シミュレーション方法を提供することを主たる目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明のうち請求項1記載の発明は、固体をモデル化した固体モデルと、前記固体の外側で流体が流れる空間を有限個の要素でモデル化した流体モデルとを用いて、前記固体の周囲での前記流体の流れを解析する流体シミュレーション方法であって、前記流体モデルの各要素には、流体解析用の重心点が設けられ、前記コンピュータが、前記流体モデルにおいて、前記固体モデルが配置される固体領域と、前記固体領域の外側の流体領域との境界面を定義するステップ、前記コンピュータが、前記境界面を挟んで隣り合う前記固体領域の前記要素と、前記流体領域の前記要素との間において、前記各重心点を連結する直線を定義するステップ、前記コンピュータが、前記境界面と前記直線との交点を定義するステップ、前記コンピュータが、前記流体領域の前記要素の前記重心点と、前記交点との間の距離を計算するステップ、及び、前記コンピュータが、前記境界面に作用する前記流体モデルのせん断応力を、下記式(1)を用いて計算するステップを含むことを特徴とする。
【数1】

ここで、
τcorrect:境界面に作用する流体モデルのせん断応力
live:流体領域の要素の重心点での速度
boundary:交点での速度
dist live cell to boundary:流体領域の要素の重心点と交点との間の距離
μ:流体のせん断粘度
A:境界面の面積
【0009】
また、請求項2記載の発明は、上記式(1)の dist live cell to boundaryには、下記式(2)で修正されるdist’ live cell to boundaryが用いられる請求項1に記載の流体シミュレーション方法である。
【数2】

ここで、
L1:直線の長さ
α:直線の長さL1に対するdist live cell to boundaryの比
【0011】
また、請求項記載の発明は、前記境界面には、圧力境界条件としてノイマン境界条件が設定される請求項1又は2に記載の流体シミュレーション方法である。
【発明の効果】
【0012】
本発明の流体シミュレーション方法は、コンピュータが、境界面を挟んで隣り合う固体領域の要素と、流体領域の要素との間において、各重心点を結ぶ直線を定義するステップ、及び、境界面と直線との交点を定義するステップを含んでいる。
【0013】
さらに、流体シミュレーション方法は、コンピュータが、流体領域の要素の重心点と、交点との間の距離を計算するステップ、及び、境界面に作用する流体モデルのせん断応力を、下記式(1)を用いて計算するステップを含んでいる。
【0014】
【数1】

ここで、
τcorrect:境界面に作用する流体モデルのせん断応力
live:流体領域の要素の重心点での速度
boundary:交点での速度
dist live cell to boundary:流体領域の要素の重心点と交点との間の距離
μ:流体のせん断粘度
A:境界面の面積
【0015】
本発明の流体シミュレーション方法では、境界面を挟んで隣り合う固体領域の要素の重心点と、流体領域の要素の重心点との間で連結される直線を基準にして、境界面に作用する流体モデルのせん断応力を求めている。従って、本発明の流体シミュレーション方法では、計算が複雑になるのを防ぐことができるため、流体モデルのせん断応力を短時間で、かつ、精度良く求めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】本実施形態の流体シミュレーション方法を実行するコンピュータの斜視図である。
図2】本実施形態の流体シミュレーション方法を示すフローチャートである。
図3】固体モデルを視覚化して示す正面図である。
図4】流体モデルを視覚化して示す斜視図である。
図5図4の側面図である。
図6】本実施形態の流体シミュレーションステップを示すフローチャートである。
図7】(a)、(b)は、従来のせん断応力の計算方法を説明する側面図である。
図8】(a)、(b)は、本実施形態のせん断応力の計算方法を説明する側面図である。
図9】(a)は、αとαの逆数(1/α)との関係を示すグラフ、(b)は、αとαnewの逆数との関係を示すグラフである。
図10】αとαnewとの関係を示すグラフである。
図11】(a)は、実施例のシミュレーション結果を視覚化した側面図、(b)は、比較例のシミュレーション結果を視覚化した側面図である。
図12】従来の流体シミュレーション方法を説明する側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施の一形態が図面に基づき説明される。
本実施形態の流体シミュレーション方法は、コンピュータ1を用いて、固体の周囲での流体の流れを解析するための方法である。
【0018】
図1に示されるように、コンピュータ1は、例えば、大規模計算が可能な計算サーバー1Sと、該計算サーバー1Sに接続されかつ該計算サーバー1Sに所定の計算を行わせるクライアントコンピュータ1Cとを含んで構成されている。
【0019】
また、クライアントコンピュータ1Cは、本体1a、キーボード1b、マウス1c及びディスプレイ装置1dを含む。この本体1aには、演算処理装置(CPU)、ROM、作業用メモリ、磁気ディスクなどの記憶装置、及び、ディスクドライブ装置1a1、1a2などが設けられる。記憶装置には、本実施形態の流体シミュレーション方法を実行するための処理手順(プログラム)が予め記憶されている。
【0020】
図2には、本発明の流体シミュレーションの処理手順の一例が示される。以下、順に説明する。
【0021】
流体シミュレーション方法では、先ず、コンピュータ1に、固体モデルが入力される(ステップS1)。図3に示されるように、本実施形態の固体モデル2は、固体(非流体物)としてのゴルフボールを、数値解析法により取り扱い可能な有限個の要素5でモデル化(離散化)されたゴルフボールモデル2Aからなる。数値解析法としては、例えば、有限要素法等が採用される。また、ゴルフボールモデル2Aには、ゴルフボールの表面に形成されるディンプルが形成されるのが望ましい。
【0022】
本実施形態の固体モデル2の要素5としては、変位を未知数とするラグランジュ(Lagrange)要素が用いられている。また、各要素5には、要素番号、節点番号、全体座標系X−Y−Zの節点座標値及び材料特性(例えば密度、ヤング率及び/又は減衰係数等)などの数値データが定義される。これらの数値は、コンピュータ1に記憶される。
【0023】
次に、コンピュータ1に、流体モデルが入力される(ステップS2)。図4に示されるように、流体モデル3は、固体の外側で流体(空気)が流れる空間を、数値解析法により取り扱い可能な有限個の要素6でモデル化(離散化)することによって定義されている。
【0024】
本実施形態の流体モデル3は、固体モデル2を完全に覆う大きさを有した直方体状に設定されている。また、流体モデル3は、x軸方向の一端に配置される前面3a、x軸方向の他端側に配置される後面3b、及び、前面3aと後面3bとの間をのびる側面3sが定義されている。
【0025】
流体モデル3の各要素6は、直方体状に設定された流体モデル3において、x軸方向にs分割、y軸方向にm分割、及び、z軸方向にn分割した直交格子状に定義されている。s、m及びnは、いずれも自然数である。これらの自然数s、m及びnは、モデルの大きさ、解析の精度、又は、流速等に応じて適宜定められる。例えば、ゴルフボールモデル2Aの外径が42.7mmの場合には、各軸x、y、zにおいて、要素6の間隔W1が2.5×10−2〜1mm程度に設定されるのが望ましい。
【0026】
図5に示されるように、本実施形態の流体モデル3の各要素6としては、流体解析用の重心点8を有するオイラー(Euler)要素からなる。この要素6には、空気の初期の比重や、粘性、圧力及び温度といったパラメータが割り当てられる。また、各重心点8では、流体シミュレーションにおいて、空気の速度、圧力又は温度等が計算される。
【0027】
次に、固体モデル2の計算条件が、コンピュータ1に入力される(ステップS3)。この計算条件には、固体モデル2の流体モデル3に対する位置情報、固体モデル2の回転を定義する角速度R1等が含まれる。
【0028】
また、固体モデル2の位置情報は、固体モデル2の中心2cの座標と、流体モデル3の中心3cの座標とが一致するように設定させている。これにより、固体モデル2が流体モデル3の中央に配置される状態を定義することができる。これらの計算条件は、コンピュータ1に記憶される。
【0029】
次に、流体モデル3の計算条件が、コンピュータ1に入力される(ステップS4)。この計算条件には、流体モデル3の境界条件、圧力補正方程式を用いた速度場計算の収束条件、及び、反復回数等が含まれる。
【0030】
また、流体モデル3の境界条件の設定では、流体モデル3の前面3aに、流体モデル3の要素6の流入(流速V1)が定義される。また、流体モデル3の後面3bには、前面3aでの要素6の流入と同量の流出量になるように繰り返し収束計算される。さらに、後面3bでの要素6は、全ての変数(圧力、速度等)が拡散しないものとして定義される。また、流体モデル3の側面3sには、流体モデル3の内部への要素6の流入出が不能に定義されている。これらの計算条件は、コンピュータ1に記憶される。
【0031】
次に、コンピュータ1が、固体モデル2の周囲での流体モデル3の流れを解析する流体シミュレーションステップS5が行われる。図6には、本実施形態の流体シミュレーションステップS5の具体的な処理手順が示されている。
【0032】
本実施形態の流体シミュレーションステップS5では、先ず、図5に示されるように、流体モデル3において、固体モデル2が配置される固体領域T1と、固体領域T1の外側の流体領域T2との境界面7が、コンピュータ1によって定義される(ステップS51)。
【0033】
本実施形態の境界面7は、流体モデル3において、固体モデル2の表面を特定する座標値である。このような座標値は、固体モデル2の表面を構成する各要素5(図3に示す)の座標値を追跡して設定される。これらの座標値は、コンピュータ1に記憶される。
【0034】
次に、流体モデル3の物理量が計算される(ステップS52)。このステップS52では、固体モデル2が配置される固体領域T1を除く流体領域T2の全ての要素6を対象に、流体モデル3の物理量が計算される。
【0035】
本実施形態では、流体モデル3の運動が、Immersed Boundary法に基づいて、ナビエ・ストークスの式によって表される。このナビエ・ストークスの式は、例えば、コンピュータ1で計算可能な近似式に変換して計算されることにより、空気の運動状態を表すパラメータ、即ち、流体モデル3の各要素6の重心点8での圧力や速度等が計算される。なお、シミュレーションの単位時間Txの増加により、固体領域T1から流体領域T2に変化した要素6は、該要素6に隣接する流体領域T2の要素6の圧力を、固体モデル2の移動速度の初期値として計算される。
【0036】
このような流体モデル3の運動状態の計算は、例えば、特開2012−83958号公報に記載されている「構造格子を用いたシミュレーション方法」に準じて計算することができるが、ANSYS社のFLUNETなどの市販の流体解析用のアプリケーションソフトを用いて計算することもできる。
【0037】
なお、Immersed Boundary法に基づく流体シミュレーションでは、固体領域T1にも圧力場が存在するものとして、固体領域T1の要素6aの全範囲を対象に、圧力補正方程式が適用される。このため、固体領域T1の圧力場が、流体領域T2の圧力場に影響し、シミュレーション精度が低下しやすい。このため、境界面7には、固体領域T1内の圧力勾配がゼロになるように、ノイマン境界条件が設定されるのが望ましい。本実施形態では、先ず、固体領域T1の要素6aにノイマン条件を設定する。さらに、境界面7が横切る要素6cでは、流体領域T2側の境界面7に、ノイマン境界条件が定義される。
【0038】
ノイマン境界条件は、隣り合う要素6、6の微分値に対して、拘束条件を与える(例えば、要素6、6の微分値の差をゼロにする)ものである。これにより、本実施形態では、固体領域T1を計算対象から除外して、流体領域T2のみを計算対象とすることができる。従って、本実施形態では、固体領域T1の圧力場が、流体領域T2の圧力場に影響するのを抑制でき、シミュレーション精度を高めることができる。
【0039】
ところで、流体モデル3の物理量のうち、境界面7に作用する流体モデル3のせん断応力を求める計算方法としては、種々提案されている。上記非特許文献1に基づく従来の方法では、例えば、下記式(3)が用いられる。なお、固体モデル2及び流体モデル3が三次元モデルからなる場合には、x軸、y軸及びz軸の各方向において、せん断応力τが求められる。
【0040】
【数3】

ここで、
μ:せん断粘度
A:境界面の面積
v:流体の速度
n:法線ベクトル
【0041】
上記式(3)を用いるには、境界面7から垂直にのびる法線ベクトルにおいて、境界面7での速度をゼロとした流体モデル3の速度勾配(dv/dn)を求める必要がある。この速度勾配(dv/dn)を求めるには、先ず、図7(a)に示されるように、境界面7に隣接する流体モデル3の要素6、6をのび、かつ、境界面7に直交する垂線12が定義される。
【0042】
この垂線12の一端には、流体領域T2の要素6に配置される流体側点13が定義される。さらに、垂線12の他端には、固体領域T1の要素6の重心点8によって定義された固体側点14が設定される。また、境界面7には、垂線12との交点15が定義されている。
【0043】
次に、図7(b)に示されるように、交点15から流体側点13までの速度勾配が、下記式(4)によって求められる。なお、流体側点13及び交点15は、流体領域T2の要素6の重心点8によって定義されていない。このため、流体側点での流体の速度Vi、及び、交点での流体の速度Vpは、それぞれの流体側点13及び交点15において、隣接する複数の要素6の重心点8で計算された速度から推定される。
【0044】
【数4】

ここで、
i:流体側点での流体の速度
p:交点での流体の速度
δ:流体側点から交点までの距離
【0045】
次に、下記式(5)を用いて、固体側点14での速度Vgが求められる。下記式(5)では、速度Vgが、固体側点14の位置ベクトルrgと、交点15の位置ベクトルrpとの差(rg−rp)から、上記式(4)で求めた速度勾配を用いて計算されている。そして、速度Vgの値を変更して、速度Vpを相対的にゼロして、境界面7での速度をゼロとした流体の速度勾配(dv/dn)が求められる。
【0046】
【数5】

ここで、
g:固体側点での流体の速度
p:交点での流体の速度
g:固体側点の位置ベクトル
p:交点の位置ベクトル
【0047】
このように、従来の方法では、速度Vi及び速度Vpを、複数の要素6の重心点8の速度から推定したり、速度Vgを変更して速度Vpを相対的にゼロにしたりする必要がある。このため、従来の方法では、計算過程が複雑であったため、計算時間の増大や、計算精度の低下を招きやすいという問題があった。
【0048】
本実施形態では、流体モデル3のせん断応力を計算するのに先立ち、図8(a)に示されるように、境界面7を挟んで隣り合う固体領域T1の要素6aと、流体領域T2の要素6bとの間において、各重心点8、8を結ぶ直線9が定義される(ステップS53)。
【0049】
このステップS53では、先ず、固体領域T1側の要素6aと、流体領域T2の要素6bとの間において、境界面7を挟んで最も隣接する要素6a、6bの重心点8、8が探索される。そして、それらの重心点8、8間に、境界面7と交わる直線9が定義される。この直線9は、各重心点8、8の座標を特定する数値データであり、コンピュータ1に記憶される。
【0050】
また、最も隣接する要素6a、6bの重心点8、8を探索する方法としては、特に限定されるわけではないが、例えば、特開2011−108113号公報に開示されている「任意の実数群から探索点の最近傍値を探索する方法」が好適に採用される。これにより、最も隣接する要素6a、6bの重心点8、8を効率的に探索することができる。
【0051】
次に、境界面7と直線9との交点10が、コンピュータ1によって定義される(ステップS54)。この交点10は、流体モデル3において特定される座標値である。この座標値は、コンピュータ1に記憶される。
【0052】
次に、図8(b)に示されるように、境界面7を挟んで最も隣接する要素6a、6bにおいて、流体領域T2の要素6bの重心点8と、交点10との間の距離L2が、コンピュータ1によって計算される(ステップS55)。この距離L2は、流体領域T2の要素6bの重心点8と、交点10との間において、直線9上で特定される距離である。この距離L2は、コンピュータ1に記憶される。
【0053】
次に、境界面7に作用する流体モデル3のせん断応力τcorrectが、下記式(1)を用いて計算される(ステップS56)。本実施形態のように、固体モデル2及び流体モデル3が三次元モデルからなる場合には、x軸、y軸及びz軸の各方向において、せん断応力τcorrectが求められる。
【0054】
【数1】

ここで、
τcorrect:境界面に作用する流体モデルのせん断応力
live:流体領域の要素の重心点での速度
boundary:交点での速度
dist live cell to boundary:流体領域の要素の重心点と交点との間の距離
μ:流体のせん断粘度
A:境界面の面積
【0055】
流体領域T2の重心点8での速度Uliveは、ステップS52で実施される流体モデル3の物理量の計算結果に基づいて設定される。また、交点10での速度Uboundaryは、交点10に隣接する流体領域T2の要素6bにおいて、少なくとも一つの重心点8で計算された速度から推定される。さらに、距離dist live cell to boundary は、ステップS55で計算された重心点8と交点10との間の距離L2である。
【0056】
また、流体のせん断粘度μは、解析対象の流体が持つ予め定められたせん断粘度が設定される。本実施形態では、空気のせん断粘度が用いられる。境界面7の面積Aは、図8(a)に示されるように、境界面7が要素6に交わる断面17で特定される。
【0057】
このように、本実施形態のステップS56では、境界面7を挟んで隣り合う固体領域T1の要素6aの重心点8と、流体領域T2の要素6bの重心点8との間で連結される直線9を基準にして、境界面7に作用する流体モデル3のせん断応力τcorrectが求められている。このため、本発明では、図7(a)に示される従来の方法のように、境界面7に交わる垂線12や、流体側点13を定義する必要がない。
【0058】
さらに、本発明では、従来のように、隣接する流体モデル3の重心点8の速度から流体側点13の速度Viを推定したり、固体側点14での速度Vgを変更して、交点10での速度Vpを相対的にゼロにしたりする必要もない。従って、本発明では、計算が複雑になるのを防ぐことができるため、流体モデル3のせん断応力を短時間で、かつ、精度良く求めることができる。
【0059】
なお、上記式(1)では、分母である距離dist live cell to boundaryの値が非常に小さくなると、せん断応力τcorrectが過度に大きくなり、計算が不安定になるおそれがある。最悪の場合には、ゼロ割りが発生し、計算が発散するおそれがある。このため、上記式(1)の距離dist live cell to boundaryは、下記式(2)で修正される距離dist’ live cell to boundaryが用いられるのが望ましい。
【0060】
【数2】

ここで、
L1:直線の長さ
α:直線の長さL1に対するdist live cell to boundaryの比(0≦α≦1)
【0061】
図9(a)に示されるように、距離dist live cell to boundaryの比であるαがゼロに収束すると、αの逆数1/αが∞に発散する。これは、上記式(1)において、距離dist live cell to boundary が非常に小さくなると、せん断応力τcorrectが過度に大きくなることを示している。
【0062】
一方、図9(b)に示されるように、上記式(2)においてαの値が修正されたαnewでは、その逆数1/αnewが12付近で収束している。これは、距離dist live cell to boundaryが非常に小さくても、直線9の長さL1にαnewを乗じた距離dist’ live cell to boundaryが、上記式(1)に代入されることにより、せん断応力τcorrectが過大になるのを防止できることを示している。従って、上記式(2)で修正される距離dist’ live cell to boundaryが、上記式(1)の距離dist live cell to boundaryに代えて用いられることにより、計算安定性を高めることができる。
【0064】
なお、上記式(2)のαnewについては適宜変更することができるが、図10に示されるように、αnewとαとの関係が、αの増加とともにαnewが増加する単調増加の連続関数18となるように設定されるのが望ましい。さらに、連続関数18は、αnew=αを示す直線19に近似するのが望ましい。これにより、αnewとαとの誤差を最小限に抑えることができるため、計算制度を維持することができる。
【0065】
次に、コンピュータ1が、予め定められた終了時間が経過したか判断する(ステップS57)。このステップS57では、終了時間が経過したと判断した場合、流体シミュレーションステップS5を終了させ、流体モデル3の物理量が出力される(ステップS6)。
【0066】
一方、コンピュータ1が、終了時間が経過していないと判断した場合には、単位時間Txを一つ進めて(ステップS58)、前記ステップS51〜S56が行われる。これにより、流体シミュレーションの開始から終了までの流体モデル3の物理量を、単位時間Tx毎に取得することができる。
【0067】
次に、流体モデル3の物理量が許容範囲内であるかが判断される(ステップS7)。このステップS7では、流体モデル3の物理量が許容範囲内であると判断された場合、上記固体モデル2(ゴルフボールモデル2A)に基づいて固体(ゴルフボール)が設計される(ステップS8)。一方、物理量が許容範囲内でないと判断された場合は、固体モデル2が設計変更され(ステップS9)、再度流体シミュレーションが行われる(工程S1〜S7)。
【0068】
このように、本実施形態の流体シュミュレーション方法では、流体モデル3の物理量が許容範囲内になるまで、固体モデル2が設計変更されるため、性能の優れた固体(ゴルフボール)を効率良く設計することができる。
【0069】
以上、本発明の特に好ましい実施形態について詳述したが、本発明は図示の実施形態に限定されることなく、種々の態様に変形して実施しうる。
【実施例】
【0070】
図2に示した手順に従って、図3に示した固体モデル(ゴルフボールモデル)、及び、図4に示した流体モデルがコンピュータに設定された。そして、図6に示した手順に従って、境界面に作用する流体モデルのせん断応力が計算された(実施例)。図11(a)には、実施例のシミュレーション結果を視覚化した側面図が示されている。
【0071】
また、比較のために、上記式(3)〜(5)を用いた従来の方法(ゴーストセル法)に基づいて、境界面に作用する流体モデルのせん断応力が計算された(比較例)。図11(b)には、比較例のシミュレーション結果を視覚化した側面図が示されている。なお、流体モデルの運動状態の計算(ソルバー)は、特開2012−83958号公報に記載されている「構造格子を用いたシミュレーション方法」に準じて実施された。また、パラメータ等の共通仕様は、次のとおりである。
コンピュータ:SGI社のワークステーションXE340
CPUのコア数:160コア
搭載メモリ:1.44TB(72GB/ノード)
処理方法:MPIによる並列処理
固体モデル(ゴルフボールモデル):
外径:42.7mm
角速度R1:2500rpm
流体モデル
要素の間隔W1:0.08mm(ゴルフボール周辺)
流速V1:58m/S
【0072】
テストの結果、実施例の計算時間が、比較例の計算時間の約80%であった。従って、本発明の流体シミュレーション方法では、従来の流体シミュレーション方法に比べて、せん断応力の計算を短時間で計算できることが確認できた。
【0073】
また、図11(a)に示されるように、実施例の流体シミュレーション方法では、バックスピンがかかったゴルフボールに作用する揚力を忠実に再現できることが確認できた。一方、図11(b)に示されるように、比較例の流体シミュレーション方法では、バックスピンがかかったゴルフボールに作用する揚力を十分に再現できないことが確認できた。従って、本発明の流体シミュレーション方法では、従来の流体シミュレーション方法に比べて、せん断応力を精度良く求めうることを確認できた。
【符号の説明】
【0074】
2 固体モデル
3 流体モデル
5 要素
6 要素
7 境界面
8 重心点
9 直線
10 交点
T1 固体領域
T2 流体領域
図1
図2
図4
図6
図9
図10
図3
図5
図7
図8
図11
図12