特許第5750201号(P5750201)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5750201タングステン粉、コンデンサの陽極体、及び電解コンデンサ
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】5750201
(24)【登録日】2015年5月22日
(45)【発行日】2015年7月15日
(54)【発明の名称】タングステン粉、コンデンサの陽極体、及び電解コンデンサ
(51)【国際特許分類】
   B22F 1/00 20060101AFI20150625BHJP
   B22F 1/02 20060101ALI20150625BHJP
   B22F 5/00 20060101ALI20150625BHJP
   H01G 9/052 20060101ALI20150625BHJP
   C22C 27/04 20060101ALI20150625BHJP
【FI】
   B22F1/00 P
   B22F1/02 F
   B22F5/00 H
   H01G9/05 K
   C22C27/04 101
【請求項の数】13
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2015-505754(P2015-505754)
(86)(22)【出願日】2014年10月30日
(86)【国際出願番号】JP2014078952
【審査請求日】2015年1月29日
(31)【優先権主張番号】特願2013-264040(P2013-264040)
(32)【優先日】2013年12月20日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000002004
【氏名又は名称】昭和電工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100081086
【弁理士】
【氏名又は名称】大家 邦久
(74)【代理人】
【識別番号】100121050
【弁理士】
【氏名又は名称】林 篤史
(72)【発明者】
【氏名】内藤 一美
(72)【発明者】
【氏名】光本 竜一
【審査官】 田中 永一
(56)【参考文献】
【文献】 特表2010−500771(JP,A)
【文献】 国際公開第2012/086272(WO,A1)
【文献】 国際公開第2013/118371(WO,A1)
【文献】 国際公開第2013/190885(WO,A1)
【文献】 国際公開第2014/091648(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22F 1/00
B22F 1/02
B22F 5/00
C22C 27/04
H01G 9/052
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
粒子の表面から粒子内部へ20nm入った位置までの領域(第1の表面領域)のみにモリブデン元素を有し、モリブデン元素の含有量が0.05〜8質量%であることを特徴とするタングステン粉。
【請求項2】
前記モリブデン元素が酸化モリブデンとして存在する請求項1に記載のタングステン粉。
【請求項3】
前記酸化モリブデンのモリブデン原子の価数がVI価である請求項2に記載のタングステン粉。
【請求項4】
体積平均一次粒径が0.1〜1μmである請求項1〜3のいずれかに記載のタングステン粉。
【請求項5】
さらに、前記タングステン粉の粒子表面から粒子内部へ50nm入った位置までの領域(第2の表面領域)のみに、窒素が固溶化したタングステン、ケイ化タングステン、炭化タングステン、及びホウ化タングステンから選択される少なくとも1つを有する請求項1〜のいずれかに記載のタングステン粉。
【請求項6】
リン元素の含有量が1〜500質量ppmである請求項1〜のいずれかに記載のタングステン粉。
【請求項7】
タングステン、モリブデン、ケイ素、窒素、炭素、ホウ素、リン及び酸素の各元素を除く元素の含有量が0.1質量%以下である請求項1〜のいずれかに記載のタングステン粉。
【請求項8】
前記タングステン粉が造粒粉である請求項1〜のいずれかに記載のタングステン粉。
【請求項9】
請求項1〜のいずれかに記載のタングステン粉を焼結してなるコンデンサ陽極体。
【請求項10】
請求項に記載のコンデンサ陽極体を陽極酸化して得られる陽極と誘電体層の複合体、及び前記誘電体層上に形成された陰極を備える電解コンデンサ。
【請求項11】
請求項1〜のいずれかに記載のタングステン粉の製造方法であって、タングステン粉中のモリブデン元素の含有量が0.05〜8質量%となるようにモリブデン化合物水溶液を混合し、減圧下で加熱して反応させることを特徴とするタングステン粉の製造方法。
【請求項12】
加熱温度が1000〜2600℃である請求項11に記載のタングステン粉の製造方法。
【請求項13】
請求項1〜のいずれかに記載のタングステン粉を焼結することを特徴とするコンデンサの陽極体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タングステン粉、それを用いたコンデンサの陽極体、及びその陽極体を用いた電解コンデンサに関する。
【背景技術】
【0002】
携帯電話やパーソナルコンピュータ等の電子機器の形状の小型化、高速化、軽量化に伴い、これらの電子機器に使用されるコンデンサは、より小型で、より軽く、より大きな容量、より低いESRが求められている。
このようなコンデンサとしては、陽極酸化が可能なタンタルなどの弁作用金属粉末の焼結体からなるコンデンサの陽極体を陽極酸化して、その表面にこれらの金属酸化物からなる誘電体層を形成した電解コンデンサが提案されている。
【0003】
弁作用金属としてタングステンを用いたタングステン粉の焼結体を陽極体とする電解コンデンサは、同一粒径のタンタル粉を焼結した同体積の陽極体を同化成電圧で化成して得られる電解コンデンサに比較して、大きな容量を得ることができるが、漏れ電流(LC)が大きいという問題があった。
【0004】
本出願人は、粒子表面領域に特定量のケイ化タングステンを有するタングステン粉を用いることによりLC特性の問題が解決できることを見出し、粒子表面領域にケイ化タングステンを有しケイ素含有量が0.05〜7質量%であるタングステン粉、その焼結体からなるコンデンサの陽極体、電解コンデンサ、及びそれらの製造方法を提案している(特許文献1;国際公開第2012/086272号パンフレット(米国特許公開第2013/0277626号))。
【0005】
特開2004−349658号公報(特許文献2)には、モリブデン(Mo)を0.01〜10wt%添加したタングステン合金を化成して得られるコンデンサが開示されている。Mo含有合金を使用することによって、陽極酸化時の誘電体層の結晶化による絶縁性の低下を抑制してLCの発生を少なくするとしているが、コンデンサの陽極体は均一な合金であり、合金の酸化物は誘電率が低いからコンデンサの容量は小さくなる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第2012/086272号パンフレット(米国特許公開第2013/0277626号)
【特許文献2】特開2004−349658号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、弁作用金属としてタングステン粉の焼結体を陽極体とする電解コンデンサにおいて、大きな容量を保ちつつさらに優れたLC特性が得られるタングステン粉、それを用いたコンデンサの陽極体、及びその陽極体を電極として用いた電解コンデンサを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、粒子表面領域のみにモリブデン元素を有し、モリブデン元素の含有量が0.05〜8質量%であるタングステン粉を用いることにより前記課題を解決した。
【0009】
本発明は下記のタングステン粉、タングステンの陽極体、電解コンデンサ、タングステン粉の製造方法及びコンデンサの陽極体の製造方法に関する。
[1]粒子の表面領域(第1の表面領域)のみにモリブデン元素を有し、モリブデン元素の含有量が0.05〜8質量%であることを特徴とするタングステン粉。
[2]前記モリブデン元素が酸化モリブデンとして存在する前項1に記載のタングステン粉。
[3]前記酸化モリブデンのモリブデン原子の価数がVI価である前項2に記載のタングステン粉。
[4]体積平均一次粒径が0.1〜1μmである前項1〜3のいずれかに記載のタングステン粉。
[5]前記第1の表面領域が、粒子表面から粒子内部へ20nm入った位置までの領域である前項1〜4のいずれかに記載のタングステン粉。
[6]さらに、前記タングステン粉の粒子表面領域(第2の表面領域)のみに、窒素が固溶化したタングステン、ケイ化タングステン、炭化タングステン、及びホウ化タングステンから選択される少なくとも1つを有する前項1〜5のいずれかに記載のタングステン粉。
[7]リン元素の含有量が1〜500質量ppmである前項1〜6のいずれかに記載のタングステン粉。
[8]タングステン、モリブデン、ケイ素、窒素、炭素、ホウ素、リン及び酸素の各元素を除く元素の含有量が0.1質量%以下である前項1〜7のいずれかに記載のタングステン粉。
[9]前記第2の表面領域が、粒子表面から粒子内部へ50nm入った位置までの領域である前項6〜8のいずれかに記載のタングステン粉。
[10]前記タングステン粉が造粒粉である前項1〜9のいずれかに記載のタングステン粉。
[11]前項1〜10のいずれかに記載のタングステン粉を焼結してなるコンデンサ陽極体。
[12]前項11に記載のコンデンサ陽極体を陽極酸化して得られる陽極と誘電体層の複合体、及び前記誘電体層上に形成された陰極を備える電解コンデンサ。
[13]前項1〜10のいずれかに記載のタングステン粉の製造方法であって、タングステン粉中のモリブデン元素の含有量が0.05〜8質量%となるようにモリブデン化合物水溶液を混合し、減圧下で加熱して反応させることを特徴とするタングステン粉の製造方法。
[14]加熱温度が1000〜2600℃である前項13に記載のタングステン粉の製造方法。
[15]前項1〜10のいずれかに記載のタングステン粉を焼結することを特徴とするコンデンサの陽極体の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明のタングステン粉によれば、従来のタングステン粉に比較して、大きな容量を保ちつつ、LCの放置特性の良好な電解コンデンサを作製することができるコンデンサの陽極体を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の粒子表面領域にモリブデン元素(Mo)を特定の量含有するタングステン粉は、モリブデン溶液を用いてタングステン粉にモリブデン元素を混合する処理を行い、この処理粉を減圧下に加熱して造粒粉とし、タングステン粉の粒子表面領域のみに酸化モリブデン元素を局在化させることにより製造することができる。このモリブデン溶液を用いる方法の場合、モリブデン元素はタングステン粒子表面より侵入し、通常、粒子表面から、粒子内部へ20nm入った位置までの領域に存在する。このモリブデン元素が存在する領域が粒子表面領域(第1の表面領域)である。上記のように、この第1の表面領域は通常粒子表面から、粒子内部へ20nm入った位置までの領域であるが、この領域の大きさはモリブデン元素を含有させる処理条件によって変化する。なお、本明細書における「第1の表面領域のみに○○元素(または化合物)を含有する」という表現は、タングステン粉に含まれる○○元素(または化合物)の100%がこの第1の表面領域に含まれていることを必要とするものではなく、○○元素(または化合物)の95%以上がこの領域に含まれていることを意味する。
【0012】
本発明のタングステン粉を焼結して焼結体(コンデンサ陽極体)とし、この陽極体から電解コンデンサ素子を作製するとLC値の放置特性が良好となる。Moがタングステン粉の第1の表面領域のみに局在化することによりLC値特性が良くなる理由は、Moの酸化物生成ギブス(Gibbs)自由エネルギーが小さいことによると考えられる。すなわち、Moの酸化物生成Gibbs自由エネルギーはタングステン(W)の酸化物生成Gibbs自由エネルギーより小さいことから、時間軸を長時間でみるとW金属がMo酸化物から酸素を奪うことになる(表面技術,Vol.50, No.1,p2-9, (1999))。つまり、誘電体層中に化成されずにWが残存在した場合でも最表面に分散して存在するMo酸化物から酸素を奪って酸化物となることによってより緻密な誘電体層が形成されると考えられる。なお、Wに酸素を与えたMo酸化物はMo金属としてW誘電体層に残存するので、酸化モリブデンはタングステンの誘電体層中に分散していることが必要である。
【0013】
原料のタングステン粉としては、市販のタングステン粉を用いることができる。タングステン粉は粒径の小さいものが好ましいが、粒径のより小さいタングステン粉は、例えば、三酸化タングステン粉を水素雰囲気下で粉砕材を用いて粉砕することにより得ることができる(以下、原料のタングステン粉を単に「粗製粉」ということがある。)。粉砕材としては、炭化タングステン、炭化チタン等の炭化金属製の粉砕材が好ましい。これらの炭化金属であれば、粉砕材の微細な破片が混入する可能性が小さい。中でも、炭化タングステンがより好ましい。
粒径のより小さいタングステン粉は、タングステン酸やハロゲン化タングステンを、水素やナトリウム等の還元剤を使用し、条件を適宜選択して還元することによっても得ることができる。また、タングステン含有鉱物から直接または複数の工程を経て、条件を選択して還元することによって得ることもできる。
【0014】
本発明において使用するモリブデン溶液とは、モリブデン元素を含む化合物の水溶液などの溶液である。モリブデン元素を含む化合物はタングステン粉と混合した後、タングステン粉の造粒温度の上限 (約2600℃)以下で分解し、タングステン粉表層中に酸化モリブデンとして含有される。
【0015】
モリブデン溶液の例としては、モリブデン酸アンモニウムの水溶液が挙げられる。リン元素(P)を同時にタングステン粉に含有させる場合には、リンモリブデン酸を用いることができる。リンモリブデン酸を用いる場合はエタノールやエーテル溶液を用いることができ、モリブデン元素を含む化合物が可溶であれば、溶媒としてアセチルアセトンなどの有機溶剤を用いることもできる。
【0016】
酸化モリブデン(MoO3)粉を用いてもタングステン粉の第1の粒子表面領域に酸化モリブデンを局在化させることができるが、均一に分散させる点からは、水溶液を用いる方が好ましい。
Mo6192-(六モリブデン酸イオン)を含むテトラメチルアンモニウム塩溶液(TMAH)を用いることもできるが、扱いやすさと廃液処理にコストがかかることから好ましくない。
モリブデン酸アンモニウムの水溶液の濃度は、飽和濃度以下の溶液であれば調整可能であるが、タングステン粉を第1の表面領域のみに均一に上記含有量で局在化させる点からは、適宜希釈してタングステン粉と混合させることが好ましい。
【0017】
タングステン粉中のモリブデン元素はそのほとんどが酸化物として存在する。酸化モリブデンには、MoO、Mo23、、MoO2、Mo25、MoO3などの結晶状態があることが知られている。タングステン粉中のモリブデン元素の価数は、II価からVI価のいずれでもよい。タングステン粉中の酸化モリブデンは、化成処理されるとそのほとんどがVI価の酸化モリブデンとなる。
タングステン粉中の酸化モリブデンの結晶状態は、上記価数の結晶でもよいし、非晶質でもよいが、陽極酸化を均一に行う点からは非晶質であることが好ましい。タングステン粉中の酸化モリブデンが造粒粉の粒子表面領域の一部箇所に集中して存在して数10nm程度の大きさをもつ結晶となっていると、タングステン粉の造粒粉を成形し、陽極体として化成する際に、誘電体形成が均一に行われない可能性があるので好ましくない。
【0018】
タングステン粉中のモリブデン元素の含有量は好ましくは0.05〜8質量%、より好ましくは、0.2〜5質量%である。モリブデン元素量が0.05質量%未満であると、LC値の放置特性が良好な電解コンデンサ素子を与える粉にならない場合がある。8質量%を超えると容量が減少するので好ましくない。
【0019】
本発明では、モリブデン化合物を溶解した溶液中にタングステン粉を投入した後に溶液をろ過するか、またはモリブデン化合物溶液をタングステン粉にまぶすかしてタングステン粉に溶媒を含有させてモリブデン化合物を混合した後に、減圧条件で焼成して造粒する。溶媒は、造粒途中の適当な温度において分解あるいは蒸散するが、別途、真空乾燥機器で事前に除去することができる。
焼成後室温に戻し、取り出した塊状物を解砕し、酸化モリブデン含有タングステン造粒粉を得る。解砕後に微粉や大粒径粉を分級して除去してもよい。除去した粉は、他の粉と共に、あるいは単独で再焼成して造粒が可能である。
造粒粉の取り出し時に酸素濃度を調整したアルゴン(Ar)などのガスを通すことにより造粒粉の粒子表面領域の酸素含有量を適切に調整することができる。
【0020】
本発明のMo含有タングステン造粒粉の表面をArイオンスパッタリングで削り取りながらXPS(X線光電子分光法)により、深さ方向のMo元素の分布を分析したところ、Mo元素は造粒粉の粒子表面から、粒子内部へ15nmまでの領域に存在し、そのほとんどはVI価であることが判明した。
【0021】
本発明の第1の表面領域のみにモリブデン元素を含有するタングステン粉は、さらに、粒子表面領域(第2の表面領域)のみに、ケイ化タングステン、窒素が固溶化したタングステン、炭化タングステン、及びホウ化タングステンから選択される少なくとも1つを有するものも好ましく用いられる。ここで、第2の表面領域は、ケイ化タングステン、窒素が固溶化したタングステン、炭化タングステン、及びホウ化タングステンを含有させる処理条件によって変化するが、通常の処理条件では、粒子表面から粒子内部へ50nmの位置までの領域である。なお、第2の表面領域についても、「第2の表面領域のみに○○元素を含有する」という表現は、タングステン粉に含まれる○○元素の100%がこの第2の表面領域に含まれていることを必要とするものではなく、○○元素の95%以上がこの領域に含まれていることを意味する。
【0022】
各種タングステン粉の第2の粒子表面領域をケイ化する方法の一例として、タングステン粉にケイ素粉をよく混合し、減圧下で加熱して反応させる方法を挙げることができる。この方法の場合、ケイ素粉はタングステン粒子表面より反応し、W5Si3等のケイ化タングステンが、通常粒子表面から粒子内部へ50nmまでの領域に局在して形成される。ケイ化タングステンの含有量はケイ素の添加量により調整することができる。また、いずれのケイ化タングステンであっても、含有量はケイ素含有量を指標とすればよい。本発明のタングステン粉のケイ素含有量は、0.05〜7質量%が好ましく、0.2〜4質量%が特に好ましい。減圧条件は、10-1Pa以下、好ましくは10-3Pa以下が好ましい。反応温度は、1100〜2600℃が好ましい。加熱時間は、3分以上2時間未満が好ましい。ケイ化の添加操作はモリブデン元素の添加操作と同時に行うこともできる。
【0023】
各種タングステン粉の第2の表面領域のみに窒素を固溶化させる方法の一例として、該粉を減圧下で350〜1500℃に置き窒素ガスを数分から数時間通じる方法がある。窒素を固溶化させる処理は、モリブデン元素を含有させる造粒時(減圧焼成処理時)に行ってもよいし、先に窒素を固溶化させる処理を行ってからモリブデン元素の含有処理を行ってもよい。さらに粗製粉作製のとき、造粒粉作製後、あるいは焼結体作製後に窒素を固溶化させる処理を行ってもよい。このように、窒素を固溶化させる処理をタングステン粉製造工程のどこで行うかについては特に限定はないが、好ましくは、工程の早い段階で窒素含有量を0.01〜1質量%にしておくとよい。これにより、窒素を固溶化させる処理で、粉体を空気中で取り扱う際、必要以上の酸化を防ぐことができる。
【0024】
各種タングステン粉の第2の表面領域を炭化する方法の一例として、前記のタングステン粉を、炭素電極を使用した減圧高温炉中で300〜1500℃に数分から数時間置く方法がある。温度と時間を選択することにより、炭素含有量が0.001〜0.5質量%になるように炭化することが好ましい。炭化を製造工程のどこで行うかについては、前述した窒素固溶化処理の場合と同様である。炭素電極炉で窒素を所定条件で通じると、炭化と窒素の固溶化が同時に起こり、第1の表面領域にモリブデン元素を含有し、第2の表面領域がケイ化及び炭化していて、窒素が固溶化したタングステン粉を作製することも可能である。
【0025】
第1の表面領域にモリブデン元素を含有したタングステン粉の第2の表面領域をホウ化する方法の一例として、ホウ素元素やホウ素元素を有する化合物をホウ素源として置き、造粒する方法がある。含有量が0.001〜0.1質量%になるようにホウ化するのが好ましい。この範囲であれば良好な容量特性が得られる。ホウ化を製造工程のどこで行うかについては、前述した窒素固溶化処理の場合と同様である。窒素固溶化処理した粉を炭素電極炉に入れ、ホウ素源を置き造粒を行うと、第1の粒子表面領域にモリブデン元素含有を含有し、第2の粒子表面領域がケイ化、炭化及びホウ化していて、窒素が固溶化したタングステン粉を作製することも可能である。また、所定量のホウ化(好ましくはホウ素含有量が0.001〜0.1質量%)を行うと、さらにLCが良くなる場合がある。
【0026】
第1の表面領域のみにモリブデン元素を含有したタングステン粉に、ケイ化したタングステンテン粉、窒素が固溶化したタングステンテン粉、炭化したタングステン粉、ホウ化したタングステン粉の少なくとも1種を加えてもよい。この場合でも、モリブデン、ケイ素、窒素、炭素及びホウ素の各元素については、混合粉についてそれぞれ前述した含有量の範囲内に収まるように配合することが好ましい。
【0027】
前述したケイ化、窒化、炭化、ホウ化の方法では、第1の粒子表面領域にモリブデン元素を含有した各タングステン粉を対象として行う場合を説明したが、先にケイ化、炭化、ホウ化、窒素固溶化処理の少なくとも1つを行ったタングステン粉に、さらに第1の粒子表面領域にモリブデン元素を含有させてもよい。第1の粒子表面領域にモリブデン元素を含有したタングステン粉にケイ化、炭化、ホウ化、窒素固溶化処理の少なくとも1つを行ったタングステン粉にタングステン単独粉を混合してもよいが、モリブデン、ケイ素、窒素、炭素及びホウ素の各元素については、混合粉についてそれぞれ前述した含有量の範囲内に収まるように配合することが好ましい。
【0028】
本発明のタングステン粉の酸素含有量は、0.05〜8質量%であることが好ましく、0.08〜5質量%であることがより好ましい。
酸素含有量を0.05〜8質量%にする方法としては、第2の粒子表面領域をケイ化、炭化、ホウ化の少なくとも1つを行ったタングステン粉の第2の粒子表面領域を酸化する方法がある。具体的には各粉の粗製粉作製時や造粒粉作製時の減圧高温炉からの取り出し時に、酸素を含有した窒素ガスを投入する。この時、減圧高温炉からの取り出し温度が280℃未満であると窒素の固溶化よりも酸化が優先して起こる。酸素窒素混合ガスの酸素分圧や混合ガスの炉内圧力を調整することにより所定の酸素含有量にすることができる。前もって各タングステン粉を所定の酸素含有量に調整しておくことにより、その粉を使用して電解コンデンサの陽極体を作製する工程において、厚みにムラのある自然酸化膜の生成による過度の酸化劣化を緩和することができる。酸素含有量が前記範囲内であれば、作製した電解コンデンサのLC特性をより良好に保つことができる。この工程で窒素を固溶化させない場合には、窒素ガスの代わりにアルゴンやヘリウムガス等の不活性ガスを使用してもよい。
【0029】
本発明のタングステン粉はリン元素の含有量が1〜500質量ppmであることが好ましい。
第1の粒子表面領域にモリブデンを含有したタングステン粉、さらに、第2の粒子表面領域をケイ化、炭化、ホウ化、酸化、窒素の固溶化の少なくとも1つを行ったタングステン粉に、リン元素を1〜500質量ppm含有させる方法の1例として、各粉の粗製粉作製時や造粒粉作製時に、減圧高温炉中にリンやリン化合物をリン化源として置いてリンを含有する粉を作製する方法がある。また、モリブデン元素をタングステン粉表層中に含有させる際にモリブデン溶液としてリンモリブデン酸を用いることにより、モリブデン元素とリン元素を同時に含有させることもできる。
リン元素を前述の含有量となるように含有させると、陽極体を作製したときの陽極体の物理的破壊強度が増加する場合があるので好ましい。この範囲であれば、作製した電解コンデンサのLC特性がさらに良好になる。
【0030】
第1の粒子表面領域にモリブデンを含有したタングステン粉では、より良好な容量特性を得るために、モリブデン、ケイ素、窒素、炭素、ホウ素、酸素及びリンの各元素以外の不純物元素の含有量については、合計0.1質量%以下に抑えることが好ましい。これらの元素を前記含有量以下に抑えるためには、原料や、使用粉砕材、容器等に含まれる不純物元素量を低く抑える必要がある。
本発明のタングステン粉を焼結して、コンデンサの陽極体が得られる。さらに、前記陽極体を陽極酸化して得られる陽極と誘電体層の複合体と、誘電体層上に形成された陰極を備える構成とすることにより電解コンデンサが形成される。
【実施例】
【0031】
以下に実施例及び比較例を挙げて本発明を説明するが、下記の記載により本発明は何ら限定されるものではない。
本発明において、粒子径、及び元素分析は以下の方法で測定した。
体積平均粒子径は、マイクロトラック社製HRA9320−X100を用い、粒度分布をレーザー回折散乱法で測定し、その累積体積%が、50体積%に相当する粒径値(D50;μm)を平均粒径とした。なお、この方法では二次粒子径が測定されるが、粗製粉の場合、通常分散性は良いので、この測定装置で測定される粗製粉の平均粒径はほぼ平均一次粒子径とみなせる。
元素分析は、ICPS−8000E(島津製作所製)を用いICP発光分析で測定した。
【0032】
実施例1:
市販の三酸化タングステンを水素還元して得た体積平均粒径0.4μmのタングステン粉を、0.16質量%のモリブデン酸アンモニウム水溶液に投入して充分混合し、水洗ついでエタノールで洗浄した後に、真空乾燥機に入れ60℃でエタノールを除去、乾燥した。次に、5×10-3Paの真空条件で1400℃で20分して反応させ得られた造粒粉を元素分析したところ、モリブデン元素が0.055質量%、その他の不純物元素はいずれも350質量ppm以下であった。
【0033】
実施例2〜3及び比較例1〜3:
実施例1においてモリブデン酸アンモニウム水溶液の濃度を表1に示すように変えたほかは同様にしてタングステン造粒粉を得た。各例で得られた造粒粉のモリブデンの含有量は表1に示す通りであり、その他の不純物元素はいずれも350質量ppm以下であった。
【0034】
実施例1〜3及び比較例1〜3で作製した造粒粉を成形して大きさ1.8×3.0×3.5mmの成形体を作製した。この成形体には、直径0.29mmのタンタル線が1.8×3.0mmの面に垂直に植立していて、内部に2.8mm埋設され、外部に8mm出ている。この成形体を、減圧高温炉中1400℃で30分間真空焼結して質量145mgの焼結体を得た。
得られた焼結体を電解コンデンサの陽極体として用いた。陽極体を0.1質量%のリン酸水溶液中で9Vで2時間化成し、陽極体表面に誘電体層を形成した。誘電体層を形成した陽極体を30%硫酸水溶液中に漬け、白金黒を陰極として電解コンデンサを形成し、容量及びLC(漏れ電流)値を測定した。容量は、アジレント製LCRメーターを用い、室温、120Hz、バイアス2.5Vの条件で測定した。LC値は、室温で2.5Vを印加して30秒後(初期LC値)及び7日後(放置後LC値)を測定した。結果を表1に示した。容量とLCの値は各例128個の平均値である。
【0035】
【表1】
【0036】
表1に示す結果から、モリブデン元素の含有量が0.05〜8質量%の場合に良好な放置後LCが得られている(実施例1〜3)。これに対し、モリブデン元素の含有量が0.05質量未満の場合には放置後LCが悪化し(比較例1〜2)、8質量%を超えると容量が減少し放置後LCが悪化することが分かる(比較例3)。
【0037】
実施例4:
市販の平均粒径0.5μmのタングステン粉(未造粒粉)200gを10質量%の過硫酸アンモニウムを溶解した水400g中に投入し、ホモジナイザーで充分撹拌してタングステン表層を酸化させた。水洗後、2Nの水酸化ナトリウム水溶液500mLを加えて撹拌し、表層の酸化物を除去した。この酸化と酸化物除去の一連の操作を3回繰り返して体積平均粒径0.2μmのタングステン粉を、0.15質量%のリンモリブデン酸アンモニウムのエタノール溶液に投入して充分混合した後に、真空乾燥機に入れ60℃でエタノールを除去、乾燥した。次に5×10-3Paの真空条件で1370℃で20分焼成して反応させ得られた造粒粉を元素分析したところ、モリブデン元素含量が0.058質量%、リン元素含量が52ppm、その他の不純物元素は350質量ppm以下であった。
【0038】
実施例5〜6及び比較例4〜5:
実施例4においてリンモリブデン酸アンモニウム水溶液の濃度を表2に示すように変えたほかは実施例4と同様にしてタングステン造粒粉を得た。各例で得られた造粒粉は、モリブデン及びリン元素の含有量について表2の結果となり、その他の不純物元素はいずれも350質量ppm以下であった。
【0039】
実施例4〜6及び比較例4〜5で作製した造粒粉を成形して実施例1〜3及び比較例1〜3と同様に成形体を作製し、同様に減圧高温炉中で真空焼結して質量145mgの焼結体を得た。
得られた焼結体を電解コンデンサの陽極体として用い、陽極体を0.1質量%のリン酸水溶液中で9Vで2時間化成し、陽極体表面に誘電体層を形成した。誘電体層を形成した陽極体を30%硫酸水溶液中に漬け、白金黒を陰極として電解コンデンサを形成し、容量及びLC(漏れ電流)値を測定した。容量は、アジレント製LCRメーターを用い、室温、120Hz、バイアス2.5Vの条件で測定した。LC値は、室温で2.5Vを印加して30秒後30秒後(初期LC値)及び7日後(放置後LC値)を測定した。結果を表2に示す。容量とLCの値は各例128個の平均値である。
【0040】
【表2】
【0041】
表2に示す結果から、モリブデン元素の含有量が0.05〜8質量%でリン元素の含有量が1〜500質量ppmの場合に良好な放置後LCが得られている(実施例4〜6)。これに対し、モリブデン元素の含有量が0.05質量%未満、かつリン元素含有量1質量ppm未満の場合には放置後LCが悪化し(比較例4)、モリブデン元素含有量が8質量%を超え、かつリン元素含有量が500質量ppmを超えると放置後LCが悪化していることが分かる(比較例5)。
【要約】
本発明は、粒子の表面領域(第1の表面領域)のみにモリブデン元素を有し、モリブデン元素の含有量が0.05〜8質量%である、漏れ電流(LC)性能が良好な電解コンデンサ用のタングステン粉を提供する。タングステン粉の体積平均一次粒子径は0.1〜1μmで、その粒子表面から粒子内部へ20nm入った位置までの領域にモリブデン元素が局在し、さらに粒子表面領域(第2の表面領域)に、ケイ化タングステン、窒素が固溶化したタングステン、炭化タングステン、ホウ化タングステンの少なくとも1つを有し、リン元素の含有量が1〜500質量ppmであることが好ましい。