特許第5750991号(P5750991)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5750991環式ポリアリーレンスルフィドの回収方法
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  • 特許5750991-環式ポリアリーレンスルフィドの回収方法 図000009
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5750991
(24)【登録日】2015年5月29日
(45)【発行日】2015年7月22日
(54)【発明の名称】環式ポリアリーレンスルフィドの回収方法
(51)【国際特許分類】
   C08G 75/02 20060101AFI20150702BHJP
【FI】
   C08G75/02
【請求項の数】10
【全頁数】28
(21)【出願番号】特願2011-97951(P2011-97951)
(22)【出願日】2011年4月26日
(65)【公開番号】特開2012-229320(P2012-229320A)
(43)【公開日】2012年11月22日
【審査請求日】2014年4月23日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003159
【氏名又は名称】東レ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】堀内 俊輔
(72)【発明者】
【氏名】小田島 智幸
(72)【発明者】
【氏名】海法 秀
(72)【発明者】
【氏名】山内 幸二
【審査官】 中村 英司
(56)【参考文献】
【文献】 特開2010−018733(JP,A)
【文献】 特開2009−227952(JP,A)
【文献】 特開2011−063736(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08G 75/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくともスルフィド化剤、ジハロゲン化芳香族化合物及び有機アミド溶媒からなる反応組成物を反応させて得られる少なくとも線状ポリアリーレンスルフィド、環式ポリアリーレンスルフィド及び有機アミド溶媒を含む反応混合物から環式ポリアリーレンスルフィドを回収する方法であって、(a)反応混合物中の有機アミド溶媒と水の総量を基準として水分率が5〜15重量%になるように水を添加して200メッシュ(目開き74μm)よりも孔径の小さい濾材を用いて固液分離に処することで濾液成分を得て、ついで(b)得られた濾液成分から環式ポリアリーレンスルフィドを分離することを特徴とする環式ポリアリーレンスルフィドの回収方法。
【請求項2】
少なくともスルフィド化剤、ジハロゲン化芳香族化合物及び有機アミド溶媒からなる反応組成物が、組成物中のイオウ成分1モルに対して1.25リットル以上50リットル以下の有機アミド溶媒を含むことを特徴とする請求項1に記載の環式ポリアリーレンスルフィドの回収方法。
【請求項3】
反応組成物が線状ポリアリーレンスルフィドを含むことを特徴とする請求項1または2に記載の環式ポリアリーレンスルフィドの回収方法。
【請求項4】
固液分離を有機アミド溶媒の常圧における沸点以下10℃以上の温度領域で行うことを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の環式ポリアリーレンスルフィドの回収方法。
【請求項5】
固液分離を50℃以上で行うことを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載の環式ポリアリーレンスルフィドの回収方法。
【請求項6】
反応混合物中の環式ポリアリーレンスルフィドが下記式(1)で表される化合物であって、式中Arはアリーレン基、mの値が4〜50の混合物であることを特徴とする請求項1からのいずれかに記載の環式ポリアリーレンスルフィドの回収方法。
【化1】
【請求項7】
濾液成分に水を加えることで濾液中に含まれる環式ポリアリーレンスルフィド成分の50重量%以上を固形分として分離して回収することを特徴とする請求項1からのいずれかに記載の環式ポリアリーレンスルフィドの回収方法。
【請求項8】
濾液成分に水を加えた後に、濾液中の有機アミド溶媒重量を基準とした濾液中の水の重量が、有機アミド溶媒重量以下であることを特徴とする請求項に記載の環式ポリアリーレンスルフィドの回収方法。
【請求項9】
水を加える温度が50℃以上であることを特徴とする請求項またはに記載の環式ポリアリーレンスルフィドの回収方法。
【請求項10】
水を加えた後、50℃未満に冷却した後に環式ポリアリーレンスルフィドの分離を行うことを特徴とする請求項からのいずれかに記載の環式ポリアリーレンスルフィドの回収方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は少なくともスルフィド化剤、ジハロゲン化芳香族化合物及び有機極性溶媒からなる反応組成物を反応させて得られる反応混合物から、純度の高い環式ポリアリーレンスルフィドを簡便な方法で短時間に回収する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
芳香族環式化合物はその環状であることから生じる特性に基づく高機能材料や機能材料への応用展開可能性、たとえば包接能を有する化合物としての特性や、開環重合による高分子量直鎖状化合物の合成のための有効なモノマーとしての活用など、その構造に由来する特異性で近年注目を集めている。環式ポリアリーレンスルフィド(以下、ポリアリーレンスルフィドをPASと略する場合もある)も芳香族環式化合物の範疇に属し、上記同様に注目に値する化合物である。
【0003】
環式ポリアリーレンスルフィドの回収方法としては、たとえばジハロゲン化芳香族化合物としてp−ジクロロベンゼンと、アルカリ金属硫化物として硫化ナトリウムを有機極性溶媒であるN−メチル−2−ピロリドン中で反応させ、ついで加熱減圧下で溶媒を除去後、水で洗浄することで得られたポリフェニレンスルフィドを、塩化メチレンで抽出して得られた抽出液の飽和溶液部分から回収する方法が開示されている(たとえば特許文献1参照。)。しかしながら、該方法では、ポリフェニレンスルフィドを重合する工程、ポリフェニレンスルフィドを回収する工程、ポリフェニレンスルフィドを精製する工程、得られたポリフェニレンスルフィドから環式ポリフェニレンスルフィドを抽出する工程、さらに抽出液から環式ポリフェニレンスルフィドを単離する工程など多数の工程を必須とし、また各工程では非常に煩雑な方法を必要とする。さらに、この方法では抽出液の飽和溶液部分から環式ポリフェニレンスルフィドオリゴマーを回収しているため、得られる環式ポリフェニレンスルフィドは極微量であり、また、得られる環式ポリフェニレンスルフィドは繰り返し単位数7〜15に限定されたものであり、繰り返し単位数7未満の成分は回収することができないという問題があった。
【0004】
環式ポリアリーレンスルフィドとして繰り返し単位数7未満のものを得る方法としては、架橋タイプのポリフェニレンスルフィド樹脂をクロロホルムで抽出して得られた抽出液を冷却することで、高純度のシクロヘキサ(p−フェニレンスルフィド)を得る方法が開示されている(たとえば特許文献2参照。)。この方法も上記特許同様に、高純度のシクロヘキサ(p−フェニレンスルフィド)を得るためには、ポリフェニレンスルフィドを重合する工程、ポリフェニレンスルフィドを回収する工程、ポリフェニレンスルフィドを精製する工程、さらに得られたポリフェニレンスルフィドから環式ポリフェニレンスルフィドを抽出する工程が必須となる。また、この方法では、抽出液を冷却することで繰り返し単位数6の環式ポリアリーレンスルフィドが単結晶として得られると推測され、繰り返し単位数が6以外の成分は回収することができないため、得られる環式ポリアリーレンスルフィドは極微量であるという問題があった。
【0005】
有機極性溶媒中でスルフィド化剤とジハロゲン化芳香族化合物を反応させて得られた反応混合物から、固液分離によりポリフェニレンスルフィドオリゴマーを得る方法としては、p−ジクロロベンゼンに代表されるポリハロゲン化芳香族化合物、硫化ナトリウムに代表されるアルカリ金属硫化物を、N−メチル−2−ピロリドンに代表される有機極性溶媒中で反応させ、ポリフェニレンスルフィド樹脂を重合後、反応液を220℃以下に冷却して得られた、少なくとも顆粒状のポリフェニレンスルフィド樹脂、ポリフェニレンスルフィオリゴマーを含む反応液から顆粒状のポリフェニレンスルフィド樹脂を取り除き、ポリフェニレンスルフィドオリゴマーを含む回収スラリーを得て、ついで加熱減圧下で溶媒を除去後、水で洗浄することにより回収する方法が開示されている(たとえば特許文献3参照。)。該方法における固液分離では、顆粒状のポリフェニレンスルフィドを取り除くことを目的としており、用いている濾材の孔径は10メッシュ(目開き1.651mm)〜200メッシュ(目開き0.074mm)の範囲内と非常に大きく、固液分離操作により分離された液体成分も完全な溶液状態ではなく、スラリー状態で回収していると記載されている。該特許文献には、環式ポリアリーレンスルフィドについては何ら言及されていないが、前述の理由より、固液分離により回収されたこのスラリーには、多くの線状ポリフェニレンスルフィドが含まれており、スラリーから回収したポリフェニレンスルフィド混合物中の環式ポリフェニレンスルフィドの量は非常に少ないことが予想できる。
【0006】
また、前述の特許文献と類似の固液分離による方法で回収したポリアリーレンスルフィド混合物から、純度の高い環式ポリアリーレンスルフィドを得る方法としては、少なくとも線状のポリアリーレンスルフィドと環式ポリアリーレンスルフィドを含むポリアリーレンスルフィド混合物を、環式ポリアリーレンスルフィドを溶解可能な溶剤と接触させて環式ポリアリーレンスルフィドを含む溶液を調製し、次いで該溶液から環式ポリアリーレンスルフィドを得る方法が開示されている(たとえば特許文献4参照。)。該方法では、確かに純度の高い環式ポリアリーレンスルフィドを得られるものの、純度の高い環式ポリアリーレンスルフィドを得るためには、ポリアリーレンスルフィドを重合する工程、ポリアリーレンスルフィド混合物を回収する工程、ポリアリーレンスルフィド混合物を精製する工程、さらにポリアリーレンスルフィド混合物から環式ポリアリーレンスルフィドを抽出する工程が必須となり、非常に煩雑であると言える。
【0007】
上記のごとき環式ポリアリーレンスルフィドを回収する際の課題、すなわち、純度の高い環式ポリアリーレンスルフィドを効率よく且つ簡便な方法で回収する方法として、有機極性溶媒中で少なくともスルフィド化剤とジハロゲン化芳香族化合物を接触させて反応させて得られる少なくとも線状ポリアリーレンスルフィドと環式ポリアリーレンスルフィドを含む反応混合物から環式ポリアリーレンスルフィドを回収する方法であって、反応混合物を有機極性溶媒の常圧における沸点以下の温度領域で固液分離することにより得られた濾液から有機極性溶媒を除去することを特徴とする環式ポリアリーレンスルフィドの回収方法(たとえば特許文献5参照)や、少なくともポリアリーレンスルフィド、環式ポリアリーレンスルフィド及び有機極性溶媒を含む混合物から有機極性溶媒の一部を留去したのちに固液分離して環式ポリアリーレンスルフィドを回収する方法(たとえば特許文献6参照)が開示されている。これらの方法は、固液分離という簡易な方法で目的物である環式ポリアリーレンスルフィドを分離、回収しており、確かに上述の従来技術の課題を改善した方法であるが、固液分離に処する反応混合物中の水分量が本発明とは異なるため、固液分離の操作に長時間を要するという課題が依然残っており、また、得られる環式ポリアリーレンスルフィドの純度も不十分であり、改善が望まれていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平05−163349号公報
【特許文献2】特開平10−077408号公報
【特許文献3】特開2007−002172号公報
【特許文献4】特開2007−231255号公報
【特許文献5】特開2009−149863号公報
【特許文献6】特開2010−037550号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上記従来技術の課題を解決し、純度の高い環式ポリアリーレンスルフィドを簡便な方法で且つ短時間で回収する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明はかかる課題を解決するために、次の手段を採用するものである。
すなわち、本発明は、
(1)少なくともスルフィド化剤、ジハロゲン化芳香族化合物及び有機アミド溶媒からなる反応組成物を反応させて得られる少なくとも線状ポリアリーレンスルフィド、環式ポリアリーレンスルフィド及び有機アミド溶媒を含む反応混合物から環式ポリアリーレンスルフィドを回収する方法であって、(a)反応混合物中の有機アミド溶媒と水の総量を基準として水分率が5〜15重量%になるように水を添加して200メッシュ(目開き74μm)よりも孔径の小さい濾材を用いて固液分離に処することで濾液成分を得て、ついで(b)得られた濾液成分から環式ポリアリーレンスルフィドを分離することを特徴とする環式ポリアリーレンスルフィドの回収方法、
(2)少なくともスルフィド化剤、ジハロゲン化芳香族化合物及び有機アミド溶媒からなる反応組成物が、組成物中のイオウ成分1モルに対して1.25リットル以上50リットル以下の有機アミド溶媒を含むことを特徴とする前記(1)項に記載の環式ポリアリーレンスルフィドの回収方法、
(3)反応組成物が線状ポリアリーレンスルフィドを含むことを特徴とする前記(1)または(2)項に記載の環式ポリアリーレンスルフィドの回収方法、
(4)固液分離を有機アミド溶媒の常圧における沸点以下10℃以上の温度領域で行うことを特徴とする前記(1)から(3)項のいずれかに記載の環式ポリアリーレンスルフィドの回収方法、
(5)固液分離を50℃以上で行うことを特徴とする前記(1)から(4)項のいずれかに記載の環式ポリアリーレンスルフィドの回収方法、
)反応混合物中の環式ポリアリーレンスルフィドが下記式1で表される化合物であって、式中Arはアリーレン基、mの値が4〜50の混合物であることを特徴とする前記(1)から()項のいずれかに記載の環式ポリアリーレンスルフィドの回収方法、
【0011】
【化1】
【0012】
)濾液成分に水を加えることで濾液中に含まれる環式ポリアリーレンスルフィド成分の50重量%以上を固形分として分離して回収することを特徴とする前記(1)から()項のいずれかに記載の環式ポリアリーレンスルフィドの回収方法、
)濾液成分に水を加えた後に、濾液中の有機アミド溶媒重量を基準とした濾液中の水の重量が、有機アミド溶媒重量以下であることを特徴とする前記()項に記載の環式ポリアリーレンスルフィドの回収方法、
)水を加える温度が50℃以上であることを特徴とする前記()または()項に記載の環式ポリアリーレンスルフィドの回収方法、
10)水を加えた後、50℃未満に冷却した後に環式ポリアリーレンスルフィドの分離を行うことを特徴とする前記()から()項のいずれかに記載の環式ポリアリーレンスルフィドの回収方法、を提供するものである。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、純度の高い環式ポリアリーレンスルフィドの簡便な回収方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明で行う各段階での操作および成分の概略を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0016】
(1)環式ポリアリーレンスルフィド
本発明における環式ポリアリーレンスルフィドとは、式−(Ar−S)−の繰り返し単位を主要構成単位とする環式化合物であり、好ましくは当該繰り返し単位を80モル%以上含有する下記一般式(A)のごとき化合物が例示できる。
【0017】
【化2】
【0018】
ここでArとしては式(B)〜式(M)などであらわされる単位を例示できるが、なかでも式(B)〜式(D)が好ましく、式(B)及び式(C)がより好ましく、式(B)が特に好ましい。
【0019】
【化3】
【0020】
(ただし、式中のR1,R2は水素、炭素数1から6のアルキル基、炭素数1から6のアルコキシ基、ハロゲン基から選ばれた置換基であり、R1とR2は同一でも異なっていてもよい。)
【0021】
なお、環式ポリアリーレンスルフィドにおいては前記式(B)〜式(M)などの繰り返し単位をランダムに含んでも良いし、ブロックで含んでも良く、それらの混合物のいずれかであってもよい。これらの代表的なものとして、環式ポリフェニレンスルフィド、環式ポリフェニレンスルフィドスルホン、環式ポリフェニレンスルフィドケトン、これらが含まれる環式ランダム共重合体、環式ブロック共重合体及びそれらの混合物などが挙げられる。特に好ましい環式ポリアリーレンスルフィドとしては、主要構成単位としてp−フェニレンスルフィド単位
【0022】
【化4】
【0023】
を80モル%以上、特に90モル%以上含有する環式ポリフェニレンスルフィド(以下、環式PPSと略すこともある)が挙げられる。
【0024】
環式ポリアリーレンスルフィドの前記(A)式中の繰り返し数mに特に制限はないが4〜50の混合物が好ましく、4〜30がより好ましく、4〜25が更に好ましい。後で述べる様に環式ポリアリーレンスルフィドを含有するポリアリーレンスルフィドプレポリマーを原料としてポリアリーレンスルフィドを製造する場合には、このポリアリーレンスルフィドプレポリマーの加熱の際には、ポリアリーレンスルフィドプレポリマーが溶融する温度で行うことが望ましく、これにより効率良くポリアリーレンスルフィドが得られることとなる。ここで環式ポリアリーレンスルフィドの繰り返し数mが前記範囲の場合には、環式PASの溶融温度が275℃以下、好ましくは260℃以下、より好ましくは255℃以下になる傾向があり、このような環式PASを含むポリアリーレンスルフィドプレポリマーの融解温度もこれに応じて低温化する傾向がある。従って、環式PASのmの範囲が前述の範囲の場合には、ポリアリーレンスルフィドの製造に際し、ポリアリーレンスルフィドプレポリマーの加熱温度を低く設定することが可能となるため望ましい。なおここで環式PAS及びポリアリーレンスルフィドの融解温度とは、示唆走査熱量計にて、50℃で1分保持後に、走査速度20℃/分で360℃まで昇温した際に観察される吸熱ピークのピーク温度のことを示す。
【0025】
また、本発明における環式ポリアリーレンスルフィドは、単一の繰り返し数を有する単独化合物、異なる繰り返し数を有する環式ポリアリーレンスルフィドの混合物のいずれでも良いが、異なる繰り返し数を有する環式ポリアリーレンスルフィドの混合物の方が単一の繰り返し数を有する単独化合物よりも溶融解温度が低く、融解に要する熱量も小さくなる傾向があるため好ましい。また、本発明における環式ポリアリーレンスルフィドに含まれる環式ポリアリーレンスルフィドの総量に対する前記式(A)のm=6の環式PASの含有量は50重量%未満であることが好ましく、40重量%未満がより好ましく、30重量%未満がさらに好ましい([m=6の環式PAS(重量)]/[環式PAS混合物(重量)]×100(%))。ここで例えば特許文献特開平10−77408号公報には環式PASのArがパラフェニレンスルフィド単位であって繰り返し数mが6のシクロヘキサ(p−フェニレンスルフィド)を得る方法が開示されているが、このm=6の環式PASは348℃に融解ピーク温度を有するとされ、このような環式PASを加工する際には極めて高い加工温度が必要となる。従って、環式ポリアリーレンスルフィドを含むポリアリーレンスルフィドプレポリマーを用いてポリアリーレンスルフィドの製造する場合において、加熱に必要な温度をより低い温度にしうるとの観点から本発明の環式PASにおいては、特に前記式(A)のm=6の環式PASの含有量を先述の範囲とすることが好ましい。同様にポリアリーレンスルフィドの製造する場合における溶融加工温度をより低い温度にしうるとの観点から、本発明では環式PASとして異なる繰り返し数を有する環式ポリアリーレンスルフィドの混合物を用いることが好ましいことは前述したとおりであるが、環式PAS混合物に含まれる環式PASのうち前記式(A)のmが4〜13の環式PASの総量を100%とした場合に、mが5〜8の環式PASをそれぞれ5%以上含む環式PAS混合物を用いることが好ましく、mが5〜8の環式PASをそれぞれ7%以上含む環式PAS混合物を用いることがより好ましい。このような組成比の環式PAS混合物は特に融解ピーク温度が低くなり、且つ融解熱量も小さくなる傾向にあり溶融温度の低下の観点で特に好ましい。なおここで、環式PAS混合物における環式ポリアリーレンスルフィドの総量に対する繰り返し数mの異なる環式PASの含有率は、環式PAS混合物をUV検出器を具備した高速液体クロマトグラフィーで成分分割した際に環式PASに帰属される全ピーク面積に対する、所望するm数を有する環式PAS単体に帰属されるピーク面積の割合として求めることができる。なお、この高速液体クロマトグラフィーで成分分割された各ピークの定性は、各ピークを分取液体クロマトグラフィーで分取し、赤外分光分析における吸収スペクトルや質量分析を行うことで可能である。
【0026】
(2)スルフィド化剤
本発明で用いられるスルフィド化剤とは、ジハロゲン化芳香族化合物にスルフィド結合を導入できるもの、またアリーレンスルフィド結合に作用してアリーレンチオラートを生成するものであれば良く、例えばアルカリ金属硫化物、アルカリ金属水硫化物、および硫化水素が挙げられる。
【0027】
アルカリ金属硫化物の具体例としては、例えば硫化リチウム、硫化ナトリウム、硫化カリウム、硫化ルビジウム、硫化セシウムおよびこれら2種以上の混合物を挙げることができ、なかでも硫化リチウムおよび/または硫化ナトリウムが好ましく、硫化ナトリウムがより好ましく用いられる。これらのアルカリ金属硫化物は、水和物または水性混合物として、あるいは無水物の形で用いることができる。なお、水性混合物とは水溶液、もしくは水溶液と固体成分の混合物、もしくは水と固体成分の混合物のことをさす。一般的に入手できる安価なアルカリ金属硫化物は水和物または水性混合物であるので、このような形態のアルカリ金属硫化物を用いることが好ましい。
【0028】
アルカリ金属水硫化物の具体例としては、例えば水硫化リチウム、水硫化ナトリウム、水硫化カリウム、水硫化リチウム、水硫化ルビジウム、水硫化セシウムおよびこれら2種以上の混合物を挙げることができ、なかでも水硫化リチウムおよび/または水硫化ナトリウムが好ましく、水硫化ナトリウムがより好ましく用いられる。
【0029】
また、アルカリ金属水硫化物とアルカリ金属水酸化物から、反応系においてin situで調製されるアルカリ金属硫化物も用いることができる。また、あらかじめアルカリ金属水硫化物とアルカリ金属水酸化物を接触させて調製したアルカリ金属硫化物を用いることもできる。これらのアルカリ金属水硫化物及びアルカリ金属水酸化物は水和物または水性混合物として、あるいは無水物の形で用いることができ、水和物または水性混合物が入手のし易さ、コストの観点から好ましい。
【0030】
さらに、水酸化リチウム、水酸化ナトリウムなどのアルカリ金属水酸化物と硫化水素から反応系においてin situで調製されるアルカリ金属硫化物も用いることができる。また、あらかじめ水酸化リチウム、水酸化ナトリウムなどのアルカリ金属水酸化物と硫化水素を接触させて調製したアルカリ金属硫化物を用いることもできる。硫化水素は気体状、液体状、水溶液状のいずれの形態で用いても差し障り無い。
【0031】
本発明においてスルフィド化剤の量は、脱水操作などにより線状ポリアリーレンスルフィドとジハロゲン化芳香族化合物との反応開始前にスルフィド化剤の一部損失が生じる場合には、実際の仕込み量から当該損失分を差し引いた残存量を意味するものとする。
【0032】
なお、スルフィド化剤と共に、アルカリ金属水酸化物および/またはアルカリ土類金属水酸化物を併用することも可能である。アルカリ金属水酸化物の具体例としては、例えば水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化リチウム、水酸化ルビジウム、水酸化セシウムおよびこれら2種以上の混合物を好ましいものとして挙げることができ、アルカリ土類金属水酸化物の具体例としては、例えば水酸化カルシウム、水酸化ストロンチウム、水酸化バリウムなどが挙げられ、なかでも水酸化ナトリウムが好ましく用いられる。
【0033】
スルフィド化剤として、アルカリ金属水硫化物を用いる場合には、アルカリ金属水酸化物を同時に使用することが特に好ましいが、この使用量はアルカリ金属水硫化物1モルに対し0.95から1.50モル、好ましくは1.00から1.25モル、更に好ましくは1.005から1.200モルの範囲が例示できる。スルフィド化剤として硫化水素を用いる場合にはアルカリ金属水酸化物を同時に使用することが特に好ましく、この場合のアルカリ金属水酸化物の使用量は硫化水素1モルに対し2.0〜3.0モル、好ましくは2.01〜2.50モル、更に好ましくは2.04〜2.40モルの範囲が例示できる。
【0034】
(3)ジハロゲン化芳香族化合物
本発明で使用されるジハロゲン化芳香族化合物としては、p−ジクロロベンゼン、o−ジクロロベンゼン、m−ジクロロベンゼン、p−ジブロモベンゼン、o−ジブロモベンゼン、m−ジブロモベンゼン、1−ブロモ−4−クロロベンゼン、1−ブロモ−3−クロロベンゼンなどのジハロゲン化ベンゼン、及び1−メトキシ−2,5−ジクロロベンゼン、1−メチル−2,5−ジクロロベンゼン、1,4−ジメチル−2,5−ジクロロベンゼン、1,3−ジメチル−2,5−ジクロロベンゼン、3,5−ジクロロ安息香酸などのハロゲン以外の置換基をも含むジハロゲン化芳香族化合物などを挙げることができる。なかでも、p−ジクロロベンゼンに代表されるp−ジハロゲン化ベンゼンを主成分にするジハロゲン化芳香族化合物が好ましい。特に好ましくは、p−ジクロロベンゼンを80〜100モル%含むものであり、さらに好ましくは90〜100モル%含むものである。また、環式PAS共重合体を得るために異なる2種以上のジハロゲン化芳香族化合物を組み合わせて用いることも可能である。
【0035】
ジハロゲン化芳香族化合物の使用量は、スルフィド化剤のイオウ成分1モル当たり0.9〜2.0モルの範囲であることが好ましく、0.95〜1.5モルの範囲がより好ましく、0.98〜1.2モルの範囲が更に好ましい。
【0036】
(4)線状ポリアリーレンスルフィド
本発明における線状ポリアリーレンスルフィド(以下、線状PASと略する場合もある)とは、式、−(Ar−S)−の繰り返し単位を主要構成単位とする好ましくは当該繰り返し単位を80モル%以上含有する線状のホモポリマーまたは線状のコポリマーである。Arとしては前記の式(B)〜式(M)などであらわされる単位などがあるが、なかでも式(B)が特に好ましい。
【0037】
この繰り返し単位を主要構成単位とする限り、下記の式(N)〜式(Q)などで表される少量の分岐単位または架橋単位を含むことができる。これら分岐単位または架橋単位の共重合量は、−(Ar−S)−の単位1モルに対して0〜1モル%の範囲であることが好ましい。
【0038】
【化5】
【0039】
また、本発明における線状PASは上記繰り返し単位を含むランダム共重合体、ブロック共重合体及びそれらの混合物のいずれかであってもよい。
【0040】
これらの代表的なものとして、ポリフェニレンスルフィド、ポリフェニレンスルフィドスルホン、ポリフェニレンスルフィドケトン、これらのランダム共重合体、ブロック共重合体及びそれらの混合物などが挙げられる。特に好ましい線状PASとしては、ポリマーの主要構成単位としてp−フェニレンスルフィド単位
【0041】
【化6】
【0042】
を80モル%以上、特に90モル%以上含有するポリフェニレンスルフィド(以下、PPSと略すこともある)の他、ポリフェニレンスルフィドスルホン、ポリフェニレンスルフィドケトンが挙げられる。
【0043】
本発明における各種線状PASの溶融粘度に特に制限は無いが、一般的な線状PASの溶融粘度としては0.1〜1000Pa・s(300℃、剪断速度1000/秒)の範囲が例示でき、0.1〜500Pa・sの範囲が入手の容易性の観点で好ましい範囲といえる。また、線状PASの分子量にも特に制限は無く、一般的なPASを用いることが可能でありこの様なPASの重量平均分子量としては1,000〜1,000,000が例示でき、2,500〜500,000が好ましく、5,000〜100,000がより好ましい。一般に重量平均分子量が低いほど有機極性溶媒への溶解性が高くなるため、反応に要する時間が短くできるという利点があるが、前述した範囲であれば本質的な問題なく使用が可能である。
【0044】
このような線状PASの製造方法は特に限定はされず、いかなる製法によるものでも使用することが可能であるが、例えば特公昭45−3368号公報,特公昭52−12240号公報及び特公昭63−3375号公報などに代表される、少なくとも1個の核置換ハロゲンを含有する芳香族化合物またはチオフェンとアルカリ金属モノスルフィドとを有機極性溶媒中で高められた温度において反応せしめる方法、好ましくはスルフィド化剤とジハロゲン化芳香族化合物とを有機極性溶媒中で接触させることによって得ることができる。またこれら方法により製造された線状PASを用いた成形品や成形屑、廃プラスチックやオフスペック品なども幅広く使用することが可能である。
【0045】
また一般的に環式化合物の製造は環式化合物の生成と線状化合物の生成の競争反応であるため、環式PASの製造を目的とする方法においては、目的物の環式PAS以外に線状PASが少なからず副生物として生成する。本発明ではこの様な副生線状PASも問題なく原料に用いることが可能であり、例えばスルフィド化剤とジハロゲン化芳香族化合物とを加熱して反応させて得られた環式ポリアリーレンスルフィドと線状ポリアリーレンスルフィドを含むポリアリーレンスルフィド混合物から、環式ポリアリーレンスルフィドを分離することによって得られた線状ポリアリーレンスルフィドを用いる方法は、特に好ましい方法といえる。さらに、本発明の方法により上記の環式PASを分離した後に得られる線状ポリアリーレンスルフィドを用いることも望ましい方法である。
【0046】
線状PASの使用量は、反応開始時点、すなわち反応組成物として仕込んだジハロゲン化芳香族化合物の転化率が0の段階での反応組成物に含まれる線状PASの主要構成単位である式−(Ar−S)−の繰り返し単位を基準として、スルフィド化剤のイオウ成分1モル当たり0.1〜20繰り返し単位モルの範囲であることが好ましく、0.25〜15繰り返し単位モルの範囲がより好ましく、1〜10繰り返し単位モルの範囲が更に好ましい。線状PASの使用量が好ましい範囲では、特に環式PASが高収率で得られる傾向にあり、さらに短時間で反応を進行させ得る傾向にある。
【0047】
なお、線状PASの形態に特に制限はなく、乾燥状態の粉末状、粉粒状、粒状、ペレット状でも良いし、反応溶媒である有機極性溶媒を含む状態で用いることも可能であり、また、本質的に反応を阻害しない第三成分を含む状態で用いることも可能である。この様な第三成分としては例えば無機フィラーなどが例示でき、無機フィラーを含む樹脂組成物の形態の線状PASを用いることも可能である。
【0048】
(5)有機極性溶媒
本発明ではスルフィド化剤とジハロゲン化芳香族化合物との反応により反応混合物を得る際や、反応混合物の固液分離を行う際に有機極性溶媒を用いるが、この有機極性溶媒としては有機アミド溶媒が好ましい。具体例としては、N−メチル−2−ピロリドン、N−エチル−2−ピロリドン、N−シクロヘキシル−2−ピロリドンなどのN−アルキルピロリドン類、N−メチル−ε−カプロラクタム、ε−カプロラクタムなどのカプロラクタム類、1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノン、N,N−ジメチルアセトアミド、N,N−ジメチルホルムアミド、ヘキサメチルリン酸トリアミドなどに代表されるアプロチック有機溶媒、及びこれらの混合物などが、反応の安定性が高いために好ましく使用される。これらのなかでもN−メチル−2−ピロリドンおよび1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノンが好ましく用いられる。
【0049】
本発明において、少なくともスルフィド化剤、ジハロゲン化芳香族化合物および有機極性溶媒からなる反応組成物を反応させる際の有機極性溶媒の使用量は、反応組成物中のイオウ成分1モルに対し1.25リットル以上であることが好ましく、より好ましくは1.5リットル以上、さらに好ましくは2リットル以上である。なおここで反応組成物が含むイオウ成分とは、必須成分として用いるスルフィド化剤に含まれるイオウ成分と、線状ポリアリーレンスルフィドも原料に用いる場合には、これに含まれるイオウ成分とを合計したイオウ成分量である。ここで線状ポリアリーレンスルフィドに含まれるイオウ成分の「モル数」とはイオウ原子1個を含むポリマーの「繰り返し単位の数」である。例えば重合度100の線状ポリフェニレンスルフィド1分子は1モルではなく100モルと計算する。なお、本発明の本質を損なわない限りは、線状ポリアリーレンスルフィド、スルフィド化剤に以外にイオウ成分を含有する化合物を付加的に反応混合物中に存在させることも可能であるが、このような本発明の反応に対して実質的に作用しないイオウ含有化合物に由来するイオウ成分は考慮に入れなくても良い。また、有機極性溶媒の使用量の上限に特に制限はないが、原料である反応組成物から、効率よく環式PASを含む反応混合物を得るとの観点から、反応組成物が含むイオウ成分1モルに対し50リットル以下とすることが好ましく、20リットル以下がより好ましく、15リットル以下が更に好ましい。なお、ここでの溶媒使用量は常温常圧下における溶媒の体積を基準とする。有機極性溶媒の使用量を多くすると、原料であるスルフィド化剤とジハロゲン化芳香族化合物及び線状PASが環式PASに添加する選択率が向上するが、多すぎる場合、反応容器の単位体積当たりの環式PASの生成量が低下する傾向に有り、更に、反応に要する時間が長時間化する傾向がある。環式PASの生成選択率と生産性を両立するとの観点で前記した有機極性溶媒の使用量範囲とする事が好ましい。なおここで、反応組成物並びに反応混合物における有機極性溶媒の使用量とは、反応系内に導入した有機極性溶媒から、反応系外に除去された有機極性溶媒を差し引いた量である。
【0050】
(6)環式ポリアリーレンスルフィドの回収方法
本発明では、少なくともスルフィド化剤、ジハロゲン化芳香族化合物及び有機極性溶媒からなる反応組成物を反応させて得られる、少なくとも線状ポリアリーレンスルフィド、環式ポリアリーレンスルフィド及び有機極性溶媒を含む反応混合物から環式ポリアリーレンスルフィドを回収するが、この回収においては、(a)反応混合物中の有機極性溶媒と水の総量を基準として、水分率が5〜15重量%になるように水を添加してから固液分離に処することで濾液成分を得て、ついで(b)得られた濾液成分から環式ポリアリーレンスルフィドを分離することで、環式ポリアリーレンスルフィドを回収する。以下、反応組成物、反応混合物、固液分離及び濾液成分からの環式ポリアリーレンスルフィドの分離について詳述するが、各段階での操作等の概略を図1に示した。
【0051】
(7)反応組成物及び反応混合物
本発明では、少なくともスルフィド化剤、ジハロゲン化芳香族化合物及び有機極性溶媒からなる反応組成物を反応させて得られる、少なくとも線状ポリアリーレンスルフィド、環式ポリアリーレンスルフィド及び有機極性溶媒を含む反応混合物から環式ポリアリーレンスルフィドを回収するが、この回収においては、固液分離を行うことで環式ポリアリーレンスルフィドを回収を行う。
【0052】
ここで固液分離に処する反応混合物は、反応混合物中の有機極性溶媒と水の総量を基準とした水分率が5〜15重量%であるものであり、これにより本発明の特徴である効率的な固液分離が実現でき、高純度な環式ポリアリーレンスルフィドを得ることが可能となる。ここで水分率の好ましい範囲は5〜12重量%、より好ましくは5〜10重量%である。水分率がこの範囲では、特異的に固液分離性が向上し且つ高純度な環式PASが得られる理由は定かではないが、この範囲内では反応混合物の性状が固液分離に適した状態になることと、この範囲外では液に溶解し固液分離により濾液として回収されてしまう不純物成分が、この範囲内とすることで固液分離時に固形分として環式PASから分離される効果が総じて発現するためと推測している。
【0053】
また、反応混合物における環式ポリアリーレンスルフィドの含有量の上限は限定されないが、反応混合物の総量を基準として20重量%以下が好ましく、10重量%以下がより好ましく、5重量%以下がさらに好ましい。この好ましい値を超える場合は、環式PASの一部が固形分として析出し、固液分離の際に濾液として回収されなくなる傾向がある。
【0054】
本発明における反応混合物を調製する方法としては、少なくともスルフィド化剤とジハロゲン化芳香族化合物及び有機極性溶媒を含む反応組成物を反応させる方法が採用される。また、前記反応組成物にさらに線状ポリアリーレンスルフィドを含むものを反応組成物として用いて、反応混合物を得る方法も好ましい方法として採用される。本発明においては、このような方法によって得た、少なくとも線状ポリアリーレンスルフィド、環式ポリアリーレンスルフィド及び有機極性溶媒を含む反応混合物に対して、水分率が上記範囲内になるように水を添加した後に固液分離に処する。
【0055】
以下、反応混合物の調製方法について詳細を記す。
【0056】
(8)反応混合物の調製方法(I)
本発明では少なくともポリアリーレンスルフィド、環式ポリアリーレンスルフィド及び有機極性溶媒を含む混合物の調製方法として、少なくともスルフィド化剤とジハロゲン化芳香族化合物及び有機極性溶媒を含む反応組成物を反応させる方法が採用される。
【0057】
この反応における温度は、反応に用いるスルフィド化剤、ジハロゲン化芳香族化合物及び有機極性溶媒の種類、量によって多様化するため一意的に決めることはできないが、通常120〜350℃、好ましくは180〜320℃、より好ましくは220〜310℃、さらに好ましくは225〜300℃の範囲が例示できる。この好ましい温度範囲では短時間で反応が進行する傾向にある。また、反応は一定温度で行なう1段階反応、段階的に温度を上げていく多段反応、あるいは連続的に温度を変化させていく形式の反応のいずれでもかまわない。
【0058】
反応時間は使用する原料の種類や量あるいは反応温度に依存するので一概に規定できないが、0.1時間以上が好ましく、0.5時間以上がより好ましい。この好ましい時間以上とすることで、未反応の原料成分を十分に減少できるため、生成した環式ポリアリーレンスルフィド及びポリアリーレンスルフィドの回収がしやすくなる傾向にある。一方、反応時間に特に上限は無いが、40時間以内でも十分に反応が進行し、好ましくは10時間以内、より好ましくは6時間以内も採用できる。
【0059】
前記方法により反応混合物を調製するに際し、スルフィド化剤とジハロゲン化芳香族化合物を接触させる際の圧力に特に制限はなく、また反応組成物を構成する原料およびその組成、反応温度等により変化するため一意的に規定することはできないが、好ましい圧力の下限としてゲージ圧で0.05MPa以上、より好ましくは0.3MPa以上が例示できる。なお、本発明の好ましい反応温度においては反応物の自圧による圧力上昇が発生するため、この様な反応温度における好ましい圧力の下限としてゲージ圧で0.25MPa以上、より好ましくは0.3MPa以上を例示できる。また、好ましい圧力の上限としては、10MPa以下、より好ましくは5MPa以下が例示できる。この様な好ましい圧力範囲では、スルフィド化剤とジハロゲン化芳香族化合物を接触させて反応させるのに要する時間が短くできる傾向にある。また、反応組成物を加熱する際の圧力を前記好ましい圧力範囲とするために、反応を開始する前や反応中など随意の段階で、好ましくは反応を開始する前に、後述する不活性ガスにより反応系内を加圧することも好ましい方法である。なお、ここでゲージ圧とは大気圧を基準とした相対圧力のことであり、絶対圧から大気圧を差し引いた圧力差と同意である。
【0060】
また反応組成物には、前記必須成分以外に反応を著しく阻害しない第三成分や、反応を加速する効果を有する第三成分を加えることも可能である。反応を行う方法に特に制限は無いが、撹拌条件下で行なうことが好ましい。なお、ここで原料を仕込む際の温度に特に制限はなく、例えば室温近傍で原料を仕込んだ後に反応を行っても良いし、あらかじめ前述した反応に好ましい温度に温調した反応容器に原料を仕込んで反応を行うことも可能である。また反応を行っている反応系内に逐次的に原料を仕込んで連続的に反応を行うことも可能である。
【0061】
また、スルフィド化剤、ジハロゲン化芳香族化合物、及び有機極性溶媒として水を含むものを用いることも可能であるが、反応開始時点、すなわち反応組成物として仕込んだジハロゲン化芳香族化合物の転化率が0の段階における水分量は、混合物中のイオウ成分1モル当たり0.2モル以上20モル以下が好ましい範囲として例示でき、0.5モル以上10モル以下であることが好ましく、0.6モル以上8モル以下がより好ましい。反応組成物を形成するスルフィド化剤、有機極性溶媒、ジハロゲン化芳香族化合物、及びその他成分が水を含む場合で、混合物中の水分量が前記範囲を超える場合には、反応を開始する前や反応の途中において、反応系内の水分量を減じる操作を行い、水分量を前記範囲内にすることも可能であり、これにより短時間に効率よく反応が進行する傾向にある。また、混合物の水分量が前記好ましい範囲未満の場合は、前記水分量になるように水を添加することも好ましい方法である。なお、ジハロゲン化芳香族化合物の転化率は、以下の式で算出した値である。ジハロゲン化芳香族化合物の残存量は、通常、ガスクロマトグラフ法によって求めることができる。
(a)ジハロゲン化芳香族化合物をスルフィド化剤に対しモル比で過剰に添加した場合
転化率(%)=[〔ジハロゲン化芳香族化合物の仕込み量(モル)−ジハロゲン化芳香族化合物の残存量(モル))/〔ジハロゲン化芳香族化合物(モル)−ジハロゲン化芳香族化合物の過剰量(モル)〕〕×100
(b)上記(a)以外の場合
転化率(%)=[〔ジハロゲン化芳香族化合物の仕込み量(モル)−ジハロゲン化芳香族化合物の残存量(モル)〕/〔ジハロゲン化芳香族化合物の仕込み量(モル)〕]×100
【0062】
さらに、反応混合物の調製において、所望の時間反応を継続し仕込んだ原料が減少した随意の段階で、スルフィド化剤、ジハロゲン化芳香族化合物及び有機極性溶媒のいずれか、もしくは複数を追加してさらに反応を継続することも可能である。ここで追加する量は、追加する前の混合物中のイオウ成分の量を勘案することが重要であり、原料の追加を行なった後の混合物中のイオウ成分1モルに対して有機極性溶媒を1.25リットル以上になる範囲で追加を行なうことが望まれる。スルフィド化剤及びジハロゲン化芳香族化合物を追加添加するのは、仕込んだ原料が減少した随意の段階が許容されることは前記したとおりであるが、ジハロゲン化芳香族化合物の転化率が50%以上の段階が好ましく、70%の段階がより好ましく、この様な段階で追加することでより効率よく反応が進行する傾向にある。
【0063】
なお、原料の追加により、混合物中の水分量が変化する場合、前記した好ましい水分量となるように付加的な操作を行なうことも可能であり、追加する前、追加している途中、追加後に混合物から水を随意量除去する事も望ましい方法である。なお、この水の除去に際し、水以外の成分が混合物から除去される場合、必要に応じてスルフィド化剤、ジハロゲン化芳香族化合物及び有機極性溶媒を更に追加する事も可能であり、除去された成分を再度混合物に戻す操作を行なってもかまわない。
【0064】
なお、本方法のスルフィド化剤とジハロゲン化芳香族化合物を接触させて反応させて混合物(a)を調製する方法においては、バッチ式および連続方法などの公知の各種重合方式、反応方式を採用することができる。また、製造における雰囲気は非酸化性雰囲気下が望ましく、窒素、ヘリウム、およびアルゴンなどの不活性ガス雰囲気下で行なうことが好ましく、経済性および取り扱いの容易さの面からは窒素雰囲気下が好ましい。
【0065】
(9)反応混合物の調製方法(II)
本発明では、前述した少なくともスルフィド化剤、ジハロゲン化芳香族化合物及び有機極性溶媒を含む反応組成物に、さらに追加の成分として線状ポリアリーレンスルフィドを含む反応組成物を反応させることにより、少なくとも線状ポリアリーレンスルフィド、環式ポリアリーレンスルフィド及び有機極性溶媒を含む反応混合物を調製することも可能である。
【0066】
線状ポリアリーレンスルフィド、スルフィド化剤、ジハロゲン化芳香族化合物及び有機極性溶媒を含む反応混合物を反応させる反応温度は、混合物中の種類、量、原料に用いる線状ポリアリーレンスルフィドの構造、分子量などによって多様化するため一意的に決めることはできないが、通常120〜350℃、好ましくは200〜320℃、より好ましくは230〜300℃、さらに好ましくは240〜280℃の範囲を例示できる。この好ましい温度範囲では、原料として用いる線状ポリアリーレンスルフィドが反応組成物中で溶融解する傾向にある。ここで、原料の線状ポリアリーレンスルフィドは、室温近傍では固体状態であることが一般的であるため、線状ポリアリーレンスルフィドを反応系内で溶融解させて反応を短時間に進行させるために上記好ましい温度範囲で反応を行うことが望ましい。また、反応は一定温度で行なう1段階反応、段階的に温度を上げていく多段階反応、あるいは連続的に温度を変化させていく形式のいずれも採用可能である。
【0067】
反応時間は使用する原料の線状ポリアリーレンスルフィドの構造、分子量など、スルフィド化剤、ジハロゲン化芳香族化合物、有機極性溶媒の種類、およびこれら原料の量あるいは反応温度に依存するので一概には規定できないが、0.1時間以上が好ましく、0.5時間以上がより好ましい。この好ましい時間以上とすることで、未反応の原料成分を十分に減少できるため、反応によって得られる反応混合物からの環式ポリアリーレンスルフィドの回収が実施しやすくなる傾向にある。一方、反応時間に特に上限は無いが、10時間以内でも十分に反応が進行し、好ましくは6時間以内、より好ましくは3時間以内も採用できる。
【0068】
線状ポリアリーレンスルフィドを含む反応組成物を反応させる際のその他の条件、たとえば圧力、必須成分意外の第三成分、反応を行う方法などの条件については、前述の(7)項で記した条件が好ましく条件として採用される。
【0069】
(10)反応混合物の固液分離
本発明においては、前述の反応混合物を固液分離に処して濾液成分を得ることを特徴として環式ポリアリーレンスルフィドの回収を行うが、この固液分離に際しては、反応混合物中の有機極性溶媒と水の総量を基準とした際の水分率が5〜15重量%である反応混合物を固液分離に処する。
【0070】
この水分率の好ましい範囲などは前記(7)項で述べた通りであるが、ここで水分率とは反応混合物中に含まれる有機極性溶媒量と水の量の合計量を基準として算出されるが、有機極性溶媒量はたとえばガスクロマトグラフィーや液体クロマトグラフィーなどで定量することが可能である。また、水分量はたとえばカールフィッシャー法により直接定量する事も可能であり、また反応組成物として仕込んだ水の量、反応混合物に加減した水の量など、実際に追加や除去した水分量の情報に基づいて算出する事も可能である。
【0071】
ここで固液分離は、有機極性溶媒の沸点以下の温度領域で行うことが好ましく、望ましい温度としては有機溶極性媒の種類にもよるが10℃〜200℃の範囲が好ましく例示でき、15℃〜150℃の範囲がより好ましく、20℃〜120℃の範囲が更に好ましい。上記範囲では、環式ポリアリーレンスルフィドは有機極性溶媒に対する溶解性が高く、一方で反応混合物中に存在する環式ポリアリーレンスルフィド以外の成分、中でも線状ポリアリーレンスルフィドは有機極性溶媒に溶けにくくなる傾向にあるため、精度良く環式ポリアリーレンスルフィドを濾液成分として得ることが可能となる。
【0072】
また、固液分離を行なう際に用いる濾材は、線状ポリアリーレンスルフィドを分離でき、少なくとも環式ポリアリーレンスルフィド、有機極性溶媒を含む溶液は通過できるものを選ぶことが望ましい。通常は、200メッシュ(目開き0.074mm)よりも小さい孔径を有する濾材好ましく、細孔直径が70μm〜0.01μmの範囲、好ましくは40μm〜0.05μmの範囲、さらに好ましくは20μm〜0.1μmの範囲の濾材が例示できる。上記範囲の細孔直径を有する濾材を用いることで、濾材を透過する線状ポリアリーレンスルフィドが減少する傾向にあり、純度の高い環式ポリアリーレンスルフィドが得られやすくなる傾向にある。濾過器としては、ふるい等の濾過器を用いる方法、遠心分離機を用いる方法、遠心濾過器を用いる方法、振動スクリーンを用いる方法、加圧濾過機を用いる方法、吸引濾過器を用いる方法などが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0073】
この際、固液に分離された固形分に付着する母液は、固液分離を行なった温度にまで加温された有機極性溶媒により洗浄され、実質的に、母液の付着がないようにするのが好ましい。
【0074】
また、固液分離を行なう際の雰囲気に特に制限はないが、接触させる際の時間や温度などの条件によって環式ポリアリーレンスルフィドや有機極性溶剤が酸化劣化するような場合は、非酸化性雰囲気下で行なうことが好ましい。なお、非酸化性雰囲気とは気相の酸素濃度が5体積%以下、好ましくは2体積%以下、更に好ましくは酸素を実質的に含有しない雰囲気、即ち窒素、ヘリウム、アルゴンなどの不活性ガス雰囲気であることを指し、この中でも特に経済性及び取り扱いの容易さの面からは窒素雰囲気下で行なうことが好ましい。
【0075】
(11)濾液成分からの環式ポリアリーレンスルフィドの分離
本発明では、前記固液分離により得られた濾液成分から環式ポリアリーレンスルフィドを分離することで、環式ポリアリーレンスルフィドを回収する。
【0076】
この回収における方法に特に制限は無く、例えば必要に応じて濾液中の有機極性溶媒の一部もしくは大部分を蒸留等の操作により除去した後に、環式PASに対する溶解性が低く且つ有機極性溶媒と混和する特性を有する溶剤と、必要に応じて加熱下で接触させて、環式PASを固体として回収する方法が例示できる。この様な特性を有する溶剤は一般に比較的極性の高い溶剤であり、用いた有機極性溶媒や副生塩の種類により好ましい溶剤は異なるので限定はできないが、例えば水や、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール、ブタノール、ヘキサノールに代表されるアルコール類、アセトンに代表されるケトン類、酢酸エチル、酢酸ブチルなどに代表される酢酸エステル類が例示でき、入手性、経済性の観点から水、メタノール及びアセトンが好ましく、水が特に好ましい。
【0077】
また、上記回収操作においては、濾液に対して水を加えることで濾液中に含まれる環式ポリアリーレンスルフィドの50重量%を固形分として分離して回収する事が好ましい。
【0078】
ここで、濾液における環式PASの重量分率は一般に含有率が高いほど回収操作後に得られる環式PASの収量が増大し、効率よく環式PASを回収できる。この観点から、濾液における環式PASの含有率は0.5重量%が好ましく、1重量%以上がより好ましく、2重量%以上がよりいっそう好ましく、5重量%以上がことさら好ましい。一方、濾液における環式PASの含有率の上限は特に無いが、含有率が高すぎると不溶成分が生じる傾向となり、回収操作に不都合を生じることもある。この回収操作上の不都合としてはたとえば、好ましい操作である水を加える操作を行う前の濾液性状(固形分を含むスラリー状の場合もある)が不均一になり、局所的な組成が異なり回収物の品質が低下するなどである。またこのような不都合が生じる傾向は用いる有機極性溶媒の特性や反応混合物調製時の条件などに依存するため、濾液における環式PASの含有率の上限を定めることはできないが、通常20重量%以下、好ましくは15重量%以下、より好ましくは10重量%以下の含有率が望ましい。
【0079】
また、前記したごとき回収操作における不都合を回避して濾液における環式PASの含有率をより高くするために加熱することも可能である。この温度は用いる有機極性溶媒の特性に応じて異なるため一意的に決めることはできないが、50℃以上が好ましく、70℃以上がより好ましく、90℃以上がさらに好ましい。一方で上限温度としては使用する有機極性溶媒の常圧における沸点以下が好ましい。このような温度範囲内では、濾液中の環式PAS含有量を高く保ちつつ安定した回収操作を行える傾向にあり好ましい。なお、この混合物を調製するにあたり、撹拌や震蕩等の操作を施すことも可能であり、より均一な濾液の状態を保つとの観点でも望ましい操作といえる。
【0080】
本回収法においては濾液に、水を加えることで、有機極性溶媒に溶解している環式ポリアリーレンスルフィドを固形分として析出させて回収することが好ましい。ここで濾液に水を加える方法に特に制限は無いが、水を加えたことで粗大な固形分が生成するような添加方法は避けるべきであり、好ましくは濾液を撹拌しながら水を滴下する方法が好ましい。水を加える温度に制限は無いが、温度が低いほど水を加えた際に粗大な固形分が生成する傾向が高まるため、このような操作上の不都合を回避し混合物の均一性を保つとの観点で50℃以上が好ましく、70℃以上がより好ましく、90℃以上がさらに好ましい。一方で上限温度としては使用する有機極性溶媒の常圧における沸点以下が好ましい。このような好ましい温度範囲で水を加える操作を行うことで、操作の観点及び設備の観点でより簡易な方法で回収操作を実施できる傾向にある。
【0081】
また、本発明の環式PASの回収方法においては、環式PASを含む濾液から環式PASを回収方法として従来採用されてきた再沈法と比べて少量の溶媒の使用でも効率よく環式PASを回収することが可能であるため、環式PASと有機溶媒を含む濾液に加える水の重量を、大幅に削減することが可能であり、濾液に加える水の重量を、水を加えた後の有機極性溶媒と水の総量を基準とした水分率で50重量%以下にすることも可能であり、より好ましい条件では40重量%以下、さらに好ましい条件では35重量%以下の条件を設定することも可能となる。一方で、水を加える重量の下限に特に制限はないが、より効率よく環式PASを固形分として回収するためには同じく5重量%以上が好ましく、10重量%以上がより好ましい。本発明の好ましい方法においては濾液中に含まれる環式PASの50重量%以上を固形分として回収することが可能であるが、前記のような好ましい水の使用量の範囲では環式PASの80重量%以上を固形分として回収できる傾向にあり、より好ましくは90重量%以上を、さらに好ましくは95%以上を、よりいっそう好ましくは98重量%以上を回収することも可能である。なおここで、濾液中の水の量とは、固液分離を行う前の反応混合物中に含まれる水と、濾液に添加する水の量の総量のことであり、濾液に添加する水の量は反応混合物に含まれる水の量を考慮して決定する必要がある。
【0082】
上記までの操作の実施により得られた環式PASと有機極性溶媒及び水を含む濾液混合物中には、濾液中に含まれていた環式PASのうち50重量%以上が固形分として存在する傾向となる。従って公知の固液分離法を用いて環式PASを固体として回収することができ、固液分離法としては、例えば濾過による分離、遠心分離、デカンテーション等を例示できる。ここで環式PASの回収率をより高くするためには、濾液混合物を50℃未満の状態にしてから固液分離を行うことが好ましく、より好ましくは40℃以下、さらに好ましくは30℃以下で行うことが好ましい。なお、このような好ましい温度としてから環式PASの回収を行うことは、環式PASの回収率を高める効果のみならず、より簡易な設備で環式PASの回収を行えるようになるとの観点でも好ましい条件といえる。なお、濾液混合物の温度の下限は特に無いが、温度が低下することで濾液混合物の粘度が高くなりすぎるような条件や、固化するような条件は避けることが望ましく、一般的には常温近傍とすることが最も望ましい。
【0083】
このような固液分離を行うことで濾液混合物中に存在する環式PASの50重量%以上を固形分として単離・回収することができる傾向にある。このようにして分離した固形状の環式PASが濾液混合物中の液成分(母液)を含む場合には、固形状の環式PASを各種溶剤を用いて洗浄することで、母液を低減することも可能である。ここで固液状の環式PASの線状に用いる各種溶剤としては環式PASに対する溶解性が低い溶剤が望ましく、たとえば水や、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール、ブタノール、ヘキサノールに代表されるアルコール類、アセトンに代表されるケトン類、酢酸エチル、酢酸ブチルなどに代表される酢酸エステル類が例示でき、入手性、経済性の観点から水、メタノール及びアセトンが好ましく、水が特に好ましい。このような溶剤を用いた洗浄を付加的に行うことで、固形状の環式PASが含有する母液量を低減できるのみならず、環式PASが含む溶剤に可溶な不純物を低減できるという効果もある。この洗浄方法としては固形分ケークが積層した分離フィルター上に溶剤を加えて固液分離する方法や固形分ケークに溶剤を加えて撹拌することでスラリー化した後に再度固液分離する方法などが例示できる。また、前述の母液を含有、もしくは洗浄操作による溶剤成分を含有する等、液成分を含む湿潤状態の環式PASをたとえば一般的な乾燥処理を施すことにより液成分を除去して乾燥状態の環式PASを得ることも可能である。
【0084】
なお環式PASの回収操作を行う際の雰囲気は非酸化性雰囲気で行うことが好ましい。これにより環式PASを回収する際の環式PASの架橋反応や分解反応、酸化反応などの好ましくない副反応の発生を抑制できるのみならず、回収操作に用いる有機極性溶媒の酸化劣化等、好ましくない副反応を抑制できる傾向にある。なお、非酸化性雰囲気とは回収操作に処する各種成分が接する気相における酸素濃度が5体積%以下、好ましくは2体積%以下、更に好ましくは酸素を実質的に含有しない雰囲気、即ち窒素、ヘリウム、アルゴン等の不活性ガス雰囲気であることを指し、この中でも特に経済性及び取扱いの容易さの面からは窒素雰囲気が好ましい。
【0085】
(12)本発明で回収される環式PASの特性
かくして得られた環式PASは、通常、環式PASを50重量%以上、好ましくは70重量%以上、より好ましくは80重量%以上含む純度の高いものであり、一般的に得られる線状のPASとは異なる特性を有する工業的にも利用価値の高いものである。また、本発明の製造方法により得られる環式PASは前記式(A)におけるmが単一ではなく、m=4〜50の異なるmを有する前記式(A)が得られやすいという特徴を有する。ここで好ましいmの範囲は4〜30,より好ましくは4〜25である。mがこの範囲の場合、後述するように環式PASを各種樹脂に配合して用いる際に、より低い温度でPASを溶融解させ得る傾向にあり、また、環式PASを含むプレポリマーを高重合度体へ転化させる場合に重合反応が進行しやすく、高分子量体が得られやすくなる傾向にある。この理由は現時点判然とはしないが、この範囲の環式PASは分子が環式であるがために生じる結合のゆがみが大きく、重合時に開環反応が起こりやすいためと推測している。また、、mが単一の環式PASは単結晶として得られるため、極めて高い融解温度を有するが、本発明では環式PASは異なるmを有する混合物が得られやすく、これにより環式PASの融解温度が低いという特徴があり、このことは環式PASを溶融して用いる際の加熱温度を低くできるという優れた特徴を発現することになる。
【0086】
(13)本発明で回収される環式PASを配合した樹脂組成物
本発明で得られた環式PASを各種樹脂に配合して用いることも可能であり、このような環式PASを配合した樹脂組成物は、溶融加工時のすぐれた流動性を発現する傾向が強く、また滞留安定性にも優れる傾向にある。この様な特性、特に流動性の向上は、樹脂組成物を溶融加工する際の加熱温度が低くても溶融加工性に優れるという特徴を発現するため、射出成形品や繊維、フィルム等の押出成形品に加工する際の溶融加工性の向上をもたらす点で大きなメリットとなる。環式PASを配合した際にこの様な特性の向上が発現する理由は定かではないが、環式PASの構造の特異性、すなわち環状構造であるために通常の線状化合物と比較してコンパクトな構造をとりやすいため、マトリックスである各種樹脂との絡み合いが少なくなりやすいこと、各種樹脂に対して可塑剤として作用すること、またマトリックス樹脂どうしの絡み合い抑制にも奏効するためと推測している。
【0087】
環式PASを各種樹脂に配合する際の配合量に特に制限は無いが、各種樹脂100重量部に対して本発明の環式PASを0.1〜50重量部、好ましくは0.5〜20重量部、より好ましくは0.5〜10重量部配合することで顕著な特性の向上を得ることが可能である。
【0088】
また、上記樹脂組成物には必要に応じて更に繊維状および/または非繊維状の充填材を配合することも可能であり、その配合量は前記各種樹脂100重量部に対して0.5〜400重量部、好ましくは0.5〜300重量部、より好ましくは1〜200重量部、更に好ましくは1〜100重量部の範囲が例示でき、これにより優れた流動性を維持しつつ機械的強度が向上できる傾向にある。充填剤の種類としては、繊維状、板状、粉末状、粒状などのいずれの充填剤も使用することができる。これら充填剤の好ましい具体例としてはガラス繊維、タルク、ワラステナイト、およびモンモリロナイト、合成雲母などの層状珪酸塩が例示でき、特に好ましくはガラス繊維である。ガラス繊維の種類は、一般に樹脂の強化用に用いるものなら特に限定はなく、例えば長繊維タイプや短繊維タイプのチョップドストランド、ミルドファイバーなどから選択して用いることができる。また、上記の充填剤は2種以上を併用して使用することもできる。なお、本発明に使用する上記の充填剤はその表面を公知のカップリング剤(例えば、シラン系カップリング剤、チタネート系カップリング剤など)、その他の表面処理剤で処理して用いることもできる。また、ガラス繊維はエチレン/酢酸ビニル共重合体などの熱可塑性樹脂、エポキシ樹脂などの熱硬化性樹脂で被覆あるいは集束されていてもよい。
【0089】
また、樹脂組成物の熱安定性を保持するために、フェノール系、リン系化合物の中から選ばれた1種以上の耐熱剤を含有せしめることも可能である。かかる耐熱剤の配合量は、耐熱改良効果の点から前記各種樹脂100重量部に対して、0.01重量部以上、特に0.02重量部以上であることが好ましく、成形時に発生するガス成分の観点からは、5重量部以下、特に1重量部以下であることが好ましい。また、フェノール系及びリン系化合物を併用して使用することは、特に耐熱性、熱安定性、流動性保持効果が大きく好ましい。
【0090】
さらに、前記樹脂組成物には以下のような化合物、すなわち、有機チタネート系化合物、有機ボラン系化合物などのカップリング剤、ポリアルキレンオキサイドオリゴマ系化合物、チオエーテル系化合物、エステル系化合物、有機リン系化合物などの可塑剤、タルク、カオリン、有機リン化合物、ポリエーテルエーテルケトンなどの結晶核剤、モンタン酸ワックス類、ステアリン酸リチウム、ステアリン酸アルミ等の金属石鹸、エチレンジアミン・ステアリン酸・セバシン酸重宿合物、シリコーン系化合物などの離型剤、次亜リン酸塩などの着色防止剤、その他、滑剤、紫外線防止剤、着色剤、難燃剤、発泡剤などの通常の添加剤を配合することができる。上記化合物はいずれも前記各種樹脂100重量部に対して20重量部未満、好ましくは10重量部以下、更に好ましくは1重量部以下の添加でその効果が有効に発現する傾向にある。
【0091】
上記のごとき環式PASを配合してなる樹脂組成物を製造する方法は特に限定されるものではないが、例えば環式PAS、各種樹脂および必要に応じてその他の充填材や各種添加剤を予めブレンドした後、各種樹脂および環式PASの融点以上において一軸または二軸押出機、バンバリーミキサー、ニーダー、ミキシングロールなどの通常公知の溶融混合機で溶融混練する方法、溶液中で混合した後に溶媒を除く方法などが用いられる。ここで環式PASとして環式PASの単体、すなわち前記式(A)のmが単一のものを用いる場合や、異なるmの混合物であっても結晶性が高く融点が高いものを用いる場合は、環式PASを環式PASが溶解する溶媒に予め溶解して供給し溶融混練の際に溶媒を除去する方法、環式PASをその融点以上で一旦溶解した後に急冷することで結晶化を抑え、非晶状としたものを供給する方法、あるいはプリメルターを環式PASの融点以上に設定し、プリメルター内で環式PASのみを溶融させ、融液として供給する方法などを採用することができる。
【0092】
ここで環式PASを配合する各種樹脂に特に制限は無く、結晶性樹脂および非晶性樹脂の熱可塑性樹脂、また熱硬化性樹脂にも適用が可能である。
【0093】
ここで結晶性樹脂の具体例としては例えば、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、シンジオタクチックポリスチレンなどのポリオレフィン系樹脂、ポリビニルアルコール樹脂、ポリ塩化ビニリデン樹脂、ポリエステル樹脂、ポリアミド樹脂、ポリアセタール樹脂、ポリフェニレンスルフィド樹脂、ポリエーテルエーテルケトン樹脂、ポリエーテルケトン樹脂、ポリケトン樹脂、ポリイミド樹脂およびこれらの共重合体などが挙げられ、1種または2種以上併用してもよい。中でも、耐熱性、成形性、流動性および機械特性の点で、ポリフェニレンスルフィド樹脂、ポリアミド樹脂、ポリエステル樹脂が好ましい。また、得られる成形品の透明性の面からはポリエステル樹脂が好ましい。各種樹脂として結晶性樹脂を用いる場合は、上述した流動性の向上の他に結晶化特性も向上する傾向がある。また、各種樹脂としてポリフェニレンスルフィド樹脂を用いることも特に好ましく、この場合、流動性の向上と共に、結晶性の向上、さらにはこれらが奏効した効果として射出成形時のバリ発生が顕著に抑制されるという特徴が発現しやすい傾向にある。
【0094】
非晶性樹脂としては非晶性を有する溶融成形可能な樹脂であれば、特に限定されないが、耐熱性の点で、ガラス転移温度が50℃以上であることが好ましく、60℃以上であることがより好ましく、70℃以上であることがさらに好ましく、80℃以上であることが特に好ましい。上限は、特に限定されないが、成形性などの点から300℃以下であることが好ましく、280℃以下であることがより好ましい。なお、本発明において、非晶性樹脂のガラス転移温度は、示差熱量測定において非晶性樹脂を30℃〜予測されるガラス転移温度以上まで、20℃/分の昇温条件で昇温し1分間保持した後、20℃/分の降温条件で0℃まで一旦冷却し、1分間保持した後、再度20℃/分の昇温条件で測定した際に観察されるガラス転移温度(Tg)を指す。この具体例としては、非晶性ナイロン樹脂、ポリカーボネート(PC)樹脂、ポリアリレート樹脂、ABS樹脂、ポリ(メタ)アクリレート樹脂、およびポリ(メタ)アクリレート共重合、ポリスルホン樹脂、ポリエーテルスルホン樹脂から選ばれる少なくとも1種が例示でき、1種または2種以上併用してもよい。これら非晶性樹脂の中でも、特に高い透明性を有するポリカーボネート(PC)樹脂、ABS樹脂の中でも透明ABS樹脂、ポリアリレート樹脂、ポリ(メタ)アクリレート樹脂、およびポリ(メタ)アクリレート共重合、ポリエーテルスルホン樹脂を好ましく使用することができる。各種樹脂として非晶性樹脂を用いる場合には、前述の溶融加工時の流動性向上に加えて、透明性に優れる非晶性樹脂を使用した場合においては、高い透明性を維持させることができるという特徴を発現できる。ここで、非晶性樹脂組成物に高い透明性を発現させたい場合には、環式PASとして前記式(A)のmが異なる環式PASを用いることが好ましい。なお、環式PASとして環式PASの単体、すなわち前記式(A)のmが単一のものを用いる場合、この様な環式PASは融点が高い傾向にあるため、非晶性樹脂と溶融混練する際に十分に溶融分散せずに樹脂中に凝集物となったり透明性が低下する傾向にあるが、前述したように前記式(A)のmが異なる環式PASはその融解温度が低い傾向にあり、このことは溶融混練時の均一性の向上に効果的である。ここで、本発明の製造方法により得られる環式PASは前記式(A)におけるmが単一ではなく、m=4〜50の異なるmを有する前記式(A)が得られやすいという特徴を有するため、高い透明性を有する非晶性樹脂組成物を得たい場合に特に有利である。
【0095】
上記で得られる、各種樹脂に環式PASを配合した樹脂組成物は通常公知の射出成形、押出成形、ブロー成形、プレス成形、紡糸などの任意の方法で成形することができ、各種成形品に加工し利用することができる。成形品としては、射出成形品、押出成形品、ブロー成形品、フィルム、シート、繊維などとして利用できる。またこれにより得られた各種成形品は、自動車部品、電気・電子部品、建築部材、各種容器、日用品、生活雑貨および衛生用品など各種用途に利用することができる。また、上記樹脂組成物およびそれからなる成形品は、リサイクルすることが可能である。例えば、樹脂組成物およびそれからなる成形品を粉砕し、好ましくは粉末状とした後、必要に応じて添加剤を配合して得られる樹脂組成物は、上記樹脂組成物と同じように使用でき、成形品とすることも可能である。
【0096】
(14)環式PASの高重合度体への転化
本発明によって回収される環式PASは前記(12)項に述べたごとき優れた特性を有するので、PASポリマーすなわち高重合度体を得る際のプレポリマーとして好適に用いることが可能である。なおここでプレポリマーとしては本発明の環式PASの回収方法で得られる環式PAS単独でも良いし、所定量の他の成分を含むものでも差し障り無いが、環式PAS以外の成分を含む場合は線状PASや分岐構造を有するPASなど、PAS成分であることが特に好ましい。少なくとも本発明の環式PASを含み、以下に例示する方法により高重合度体へ変換可能なものがポリアリーレンスルフィドプレポリマーであり、以下PASプレポリマーと称する場合もある。
【0097】
環式PASの高重合度体への転化は環式PASを原料にして高分子量体が生成する条件下で行えばよく、例えば本発明の環式PAS製造方法による環式PASを含む、PASプレポリマーを加熱して高重合度体に転化させる方法が好ましい方法として例示できる。この加熱の温度は前記PASプレポリマーが溶融解する温度であることが好ましく、このような温度条件であれば特に制限は無い。加熱温度がPASプレポリマーの溶融解温度未満では分子量の高いPASを得るのに長時間が必要となる傾向がある。なお、PASプレポリマーが溶融解する温度は、PASプレポリマーの組成や分子量、また、加熱時の環境により変化するため、一意的に示すことはできないが、例えばPASプレポリマーを示差走査型熱量計で分析することで溶融解温度を把握することが可能である。なお、加熱温度が高すぎるとPASプレポリマー間、加熱により生成したPAS間、及びPASとポリアリーレンスルフィドプレポリマー間などでの架橋反応や分解反応に代表される好ましくない副反応が生じやすくなる傾向にあり、得られるPASの特性が低下する場合があるため、このような好ましくない副反応が顕著に生じる温度は避けることが望ましい。このような好ましくない副反応の顕在化を抑制しやすい加熱温度としては180〜400℃が例示でき、好ましくは200〜380℃、より好ましくは250〜360℃である。一方、ある程度の副反応が起こっても差し障り無い場合には、250〜450℃、好ましくは280〜420℃の温度範囲も選択可能であり、この場合には極短時間で高分子量体への転化を行えるという利点がある。
【0098】
前記加熱を行う時間は使用するPASプレポリマーにおける環式PASの含有率やm数、及び分子量などの各種特性、また、加熱の温度等の条件によって異なるため一様には規定できないが、前記した好ましくない副反応がなるべく起こらないように設定することが好ましい。加熱時間としては0.05〜100時間が例示でき、0.1〜20時間が好ましく、0.1〜10時間がより好ましい。0.05時間未満ではPASプレポリマーのPASへの転化が不十分になりやすく、100時間を超えると好ましくない副反応による得られるPASの特性への悪影響が顕在化する可能性が高くなる傾向にあるのみならず、経済的にも不利益を生じる場合がある。
【0099】
また、PASプレポリマーには加熱による高重合度体への転化に際しては、転化を促進する各種触媒成分を使用することも可能である。このような触媒成分としてはイオン性化合物やラジカル発生能を有する化合物が例示できる。イオン性化合物としてはたとえばチオフェノールのナトリウム塩やリチウム塩等、硫黄のアルカリ金属塩が例示でき、また、ラジカル発生能を有する化合物としてはたとえば加熱により硫黄ラジカルを発生する化合物を例示でき、より具体的にはジスルフィド結合を含有する化合物が例示できる。なお、各種触媒成分を使用する場合、触媒成分は通常はPASに取り込まれ、得られるPASは触媒成分を含有するものになることが多い。特に触媒成分としてアルカリ金属及び/または他の金属成分を含有するイオン性の化合物を用いた場合、これに含まれる金属成分の大部分は得られるPAS中に残存する傾向が強い。また、各種触媒成分を使用して得られたPASは、PASを加熱した際の重量減少が増大する傾向にある。従って、より純度の高いPASを所望する場合および/または加熱した際の重量減少の少ないPASを所望する場合には、触媒成分の使用をできるだけ少なくする、好ましくは使用しないことが望まれる。従って、各種触媒成分を使用してPASプレポリマーを高重合度体へ転化する際には、PASプレポリマーと触媒成分を含む反応系内のアルカリ金属量が100ppm以下、好ましくは50ppm以下、より好ましくは30ppm以下更に好ましくは10ppm以下であって、なお且つ、反応系内の全イオウ重量に対するジスルフィド重量が1重量%未満、好ましくは0.5重量%未満、より好ましくは0.3重量%未満、更に好ましくは0.1重量%未満になるように触媒成分の添加量を調整して行うことが好ましい。
【0100】
PASプレポリマーの加熱による高重合度体への転化は、通常溶媒の非存在下で行うが、溶媒の存在下で行うことも可能である。溶媒としては、PASプレポリマーの加熱による高重合度体への転化の阻害や生成したPASの分解や架橋など好ましくない副反応を実質的に引き起こさないものであれば特に制限はなく、例えばN−メチル−2−ピロリドン、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミドなどの含窒素極性溶媒、ジメチルスルホキシド、ジメチルスルホンなどのスルホキシド・スルホン系溶媒、アセトン、メチルエチルケトン、ジエチルケトン、アセトフェノンなどのケトン系溶媒、ジメチルエーテル、ジプロピルエーテル、テトラヒドロフランなどのエーテル系溶媒、クロロホルム、塩化メチレン、トリクロロエチレン、2塩化エチレン、ジクロルエタン、テトラクロルエタン、クロルベンゼンなどのハロゲン系溶媒、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール、ペンタノール、エチレングリコール、プロピレングリコール、フェノール、クレゾール、ポリエチレングリコールなどのアルコール・フェノール系溶媒、ベンゼン、トルエン、キシレンなどの芳香族炭化水素系溶媒などがあげられる。また、二酸化炭素、窒素、水等の無機化合物を超臨界流体状態として溶媒に用いることも可能である。これらの溶媒は1種類または2種類以上の混合物として使用することができる。
【0101】
前記、PASプレポリマーの加熱による高重合度体への転化は、通常の重合反応装置を用いる方法で行うのはもちろんのこと、成形品を製造する型内で行っても良いし、押出機や溶融混練機を用いて行うなど、加熱機構を具備した装置であれば特に制限無く行うことが可能であり、バッチ方式、連続方式など公知の方法が採用できる。
【0102】
PASプレポリマーの加熱による高重合度体への転化の際の雰囲気は非酸化性雰囲気で行うことが好ましく、減圧条件下で行うことも好ましい。また、減圧条件下で行う場合、反応系内の雰囲気を一度非酸化性雰囲気としてから減圧条件にすることが好ましい。これによりPASプレポリマー間、加熱により生成したPAS間、及びPASとPASプレポリマー間などで架橋反応や分解反応等の好ましくない副反応の発生を抑制できる傾向にある。なお、非酸化性雰囲気とはPAS成分が接する気相における酸素濃度が5体積%以下、好ましくは2体積%以下、更に好ましくは酸素を実質的に含有しない雰囲気、即ち窒素、ヘリウム、アルゴン等の不活性ガス雰囲気であることを指し、この中でも特に経済性及び取扱いの容易さの面からは窒素雰囲気が好ましい。また、減圧条件下とは反応を行う系内が大気圧よりも低いことを指し、上限として50kPa以下が好ましく、20kPa以下がより好ましく、10kPa以下が更に好ましい。下限としては0.1kPa以上が例示でき、0.2kPa以上がより好ましい。減圧条件が好ましい上限を越える場合は、架橋反応など好ましくない副反応が起こりやすくなる傾向にあり、一方好ましい下限未満では、反応温度によってはPASプレポリマーに含まれる分子量の低い環式ポリアリーレンスルフィドが揮散しやすくなる傾向にある。
【0103】
前記したPASプレポリマーの高重合度体への転化は繊維状物質の共存下で行うことも可能である。ここで繊維状物質とは細い糸状の物質のことであって、天然繊維のごとく細長く引き延ばされた構造である任意の物質が好ましい。繊維状物質存在下でPASプレポリマーの高重合度体への転化を行うことで、PASと繊維状物質からなる複合材料構造体を容易に作成する事ができる。このような構造体は、繊維状物質によって補強されるため、PAS単独の場合に比べて、たとえば機械物性に優れる傾向にある。
【0104】
ここで、各種繊維状物質の中でも長繊維からなる強化繊維を用いることが好ましく、これによりPASを高度に強化する事が可能になる。一般に樹脂と繊維状物質からなる複合材料構造体を作成する際には、樹脂が溶融した際の粘度が高いことに起因して、樹脂と繊維状物質のぬれが悪くなる傾向にあり、均一な複合材料ができなかったり、期待通りの機械物性が発現しないことが多い。ここでぬれとは、溶融樹脂のごとき流体物質と、繊維状化合物のごとき固体基質との間に実質的に空気または他のガスが捕捉されないようにこの流体物質と固体基質との物理的状態の良好且つ維持された接触があることを意味する。ここで流体物質の粘度が低い方が繊維状物質とのぬれは良好になる傾向にある。本発明のPASプレポリマーは融解した際の粘度が、一般的な熱可塑性樹脂、たとえばPASと比べて著しく低いため、繊維状物質とのぬれが良好になりやすい。PASプレポリマーと繊維状物質が良好なぬれを形成した後、本発明のPASの製造方法によればPASプレポリマーが高重合度体に転化するので、繊維状物質と高重合度体(ポリアリーレンスルフィド)が良好なぬれを形成した複合材料構造体を容易に得ることができる。
【0105】
繊維状物質としては長繊維からなる強化繊維が好ましいことは前述したとおりであり、本発明に用いられる強化繊維に特に制限はないが、好適に用いられる強化繊維としては、一般に、高性能強化繊維として用いられる耐熱性及び引張強度の良好な繊維があげられる。例えば、その強化繊維には、ガラス繊維、炭素繊維、黒鉛繊維、アラミド繊維、炭化ケイ素繊維、アルミナ繊維、ボロン繊維が挙げられる。この内、比強度、比弾性率が良好で、軽量化に大きな寄与が認められる炭素繊維や黒鉛繊維が最も良好なものとして例示できる。炭素繊維や黒鉛繊維は用途に応じて、あらゆる種類の炭素繊維や黒鉛繊維を用いることが可能であるが、引張強度450Kgf/mm2 、引張伸度1.6%以上の高強度高伸度炭素繊維が最も適している。長繊維状の強化繊維を用いる場合、その長さは、5cm以上であることが好ましい。この長さの範囲では、強化繊維の強度を複合材料として十分に発現させることが容易となる。また、炭素繊維や黒鉛繊維は、他の強化繊維を混合して用いてもかまわない。また、強化繊維は、その形状や配列を限定されず、例えば、単一方向、ランダム方向、シート状、マット状、織物状、組み紐状であっても使用可能である。また、特に、比強度、比弾性率が高いことを要求される用途には、強化繊維が単一方向に引き揃えられた配列が最も適しているが、取り扱いの容易なクロス(織物)状の配列も本発明には適している。
【0106】
また、前記したPASプレポリマーの高重合度体への転化は充填剤の存在下で行うことも可能である。充填剤としては、たとえば非繊維状ガラス、非繊維状炭素や、無機充填剤、たとえば炭酸カルシウム、酸化チタン、アルミナなどを例示できる。
【実施例】
【0107】
以下に実施例を挙げて本発明を具体的に説明する。これら例は例示的なものであって限定的なものではない。
【0108】
<ポリフェニレンスルフィド成分の分子量測定>
ポリフェニレンスルフィド成分の重量平均分子量はサイズ排除クロマトグラフィー(SEC)の一種であるゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)により、ポリスチレン換算で算出した。GPCの測定条件を以下に示す。
装置:センシュー科学 SSC−7100
カラム名:shodex UT−806M
溶離液:1−クロロナフタレン
検出器:示差屈折率検出器
カラム温度:210℃
プレ恒温槽温度:250℃
ポンプ恒温槽温度:50℃
検出器温度:210℃
流量:1.0mL/min
試料注入量:300μL (スラリー状:約0.2重量%)。
【0109】
<環式ポリフェニレンスルフィドの分析>
環式ポリフェニレンスルフィド化合物の定性定量分析はHPLCを用いて実施した。HPLCの測定条件を以下に示す。
装置:島津株式会社製 LC−10Avpシリーズ
カラム:関東化学社製 Mightysil RP−18 GP150−4.6(5μm)
検出器:フォトダイオードアレイ検出器(波長270nm)
なお、HPLCで成分分割した各成分の構造決定は、LC―MSによる分析及び、分取LCでの分取物のMALDI−MS,NMR,IR測定により行い、繰り返し単位数4〜15の環式ポリフェニレンスルフィドが本条件のHPLC測定により定性定量できることを確認した。
【0110】
[実施例1]
<反応組成物の調製>
SUS316製の攪拌機付きオートクレーブにスルフィド化剤として48重量%の水硫化ナトリウム水溶液28.1g(水硫化ナトリウムとして0.241モル)、48重量%の水酸化ナトリウム水溶液19.8g(水酸化ナトリウムとして0.238モル)、有機極性溶媒としてN−メチル−2−ピロリドン(NMP)238g(2.40モル)を仕込んだ。原料に含まれる水分量は24.9g(1.38モル)であり、スルフィド化剤のイオウ成分1 モル当たりの水の量は5.75モルであった。また、スルフィド化剤のイオウ成分1モル当たりの溶媒量は約0.97Lであった。
【0111】
オートクレーブ上部にバルブを介して充填剤入りの精留塔を取り付け、常圧で窒素を通じて240rpmで撹拌しながら230℃まで約3時間かけて徐々に加熱して脱液を行い、留出液27.1gを得た。
【0112】
この留出液をガスクロマトグラフ法で分析したところ留出液の組成は水23.4g、NMPが3.7gであり、この段階では反応系内に水が1.5g(0.083モル)、NMPが234g(2.36モル)残存していることが判った。なお、本脱液操作を通して反応系から飛散した硫化水素は0.004モルであった。
【0113】
脱液の終了後オートクレーブ上部のバルブを閉じた。次いで約160℃まで冷却した後、p−ジクロロベンゼン(p−DCB)34.9g(0.237モル)及びNMP377g(3.81モル)を加えて反応組成物の調製を行った。この段階における、反応系内の水分量は1.5g,NMP量は611gであり、イオウ成分1モル当たりの水分量は0.35モル、NMP量は2.52Lであった。
【0114】
<反応混合物の調製>
反応器を窒素ガス下に密封し、400rpmで撹拌しながら、250℃まで60分かけて昇温した。この段階の反応器内の圧力はゲージ圧で0.40MPaであった。250℃で2時間保持した後、室温近傍まで冷却した。
【0115】
得られた内容物をガスクロマトグラフィー及び高速液体クロマトグラフィーにより分析した結果、モノマーのp−DCBの消費率は91%、反応組成物中のスルフィド化剤がすべて環式PASに転化すると仮定した場合の環式PASの収率は17%であった。
【0116】
得られた内容物を大過剰の水に分散させることで水に不溶な成分を回収し、次いで乾燥することで固形分を得た。赤外分光分析による構造解析の結果、この固形分はポリフェニレンスルフィドを主とする化合物であることが確認できた。また、固形分の分子量測定の結果、重量平均分子量が約8000であることがわかり、これら分析結果より固形分は線状ポリフェニレンスルフィドを主成分とするものであることが確認できた。また、反応組成物中のスルフィド化剤がすべてポリフェニレンスルフィド成分に転化したと仮定した場合の、ポリフェニレンスルフィドの収率は91%であった。さらに得られた固形分をHPLCにより分析した結果、固形分には繰り返し単位数4〜15の環式ポリフェニレンスルフィドが検出され、これらを合計量は、固形分中の重量分率で約19%であることがわかった。
【0117】
これら分析より得られた内容物は、線状ポリアリーレンスルフィド、環式ポリアリーレンスルフィドおよび有機極性溶媒を含む反応混合物であることが確認できた。また、原料として仕込んだ成分と、前記脱液操作で除去された脱液成分の分析結果から、本反応混合物における有機極性溶媒と水の総量を基準とした水分率は0.2重量%であることがわかった。
【0118】
<(a)反応混合物の固液分離>
上記で得られた反応混合物200gを分取し、300ml容のフラスコに仕込んだ。上記分析結果からこの反応混合物には、線状PPSが5.7g,環式PPS(4〜15量体)が1.3g,NMPが182g,水が0.45gが少なくとも含まれるため、水を15.4g添加することでNMPと水の総量を基準とした水分率を8.0重量%に調整した。
【0119】
フラスコ内を室温にて窒素置換した後、撹拌しながら100℃に加温し、100℃で約30分保持した。あらかじめ100℃に加熱しておいた、ステンレス製タンク付きフィルターホルダー(ADVANTEC社製KST−90−UHを使用,平均細孔直径10μmのPTFE製メンブランフィルターをセット,有効濾過面積約45平方センチメートル)に反応混合物を移液し、フィルターホルダーを密閉しホルダー内を窒素置換した後に、窒素にてホルダー内を0.3MPaに加圧して固液分離を行ない濾液成分を約183g得た。ここで固液分離に要した時間は約4分であった。
【0120】
<(b)濾液成分からの環式ポリアリーレンスルフィドの分離>
上記で得られた濾液成分100gを分取して300mlフラスコに仕込み、フラスコ内を窒素で置換した。ついで撹拌しながら100℃に加温した後80℃に冷却した。この際、常温では一部不溶成分が存在したが100℃に到達した段階、さらに80℃に冷却した段階で不溶部は認められなかった。
【0121】
ついで系内温度80℃にて撹拌したまま、チューブポンプをもちいて水22gを約15分かけてゆっくりと滴下した。ここで水の滴下終了後の濾液混合物におけるNMPと水の重量比率は75:25であった。この濾液への水の添加において、水の滴下に伴い混合物の温度は約75℃まで低下し、また、混合物中に徐々に固形分が生成し、水の滴下が終了した段階では固形分が分散したスラリー状となった。このスラリーを撹拌したまま約1時間かけて約30℃まで冷却し、次いで30℃以下で約30分間撹拌を継続した後、得られたスラリーを目開き10〜16μmのガラスフィルターで吸引濾過した。得られた固形分(母液を含む)を約30gの水に分散させ70℃で15分撹拌した後、前述同様にガラスフィルターで吸引濾過する操作を計4回繰り返した。得られた固形分を真空乾燥機70℃で3時間処理して乾燥固体約0.7gを得た。
【0122】
乾燥固体をHPLCで分析した結果、単位数4〜15の環式ポリフェニレンスルフィドが検出され、これらを合計量は、固形分中の重量分率で約93重量%であることがわかった。
【0123】
[比較例1]
<反応混合物の固液分離>
実施例1と同様の反応混合物200gを用いて、反応混合物に水を添加せずに固液分離した以外は、実施例1と同様に固液分離を行った(固液分離に処した反応混合物におけるNMPと水の総量を基準とした水分率は0.2重量%)。固液分離に要した時間は約40分であり、反応混合物への水の添加を行わず、反応混合物における水分率が本発明の条件と異なる場合には、きわめて固液分離性に劣ることが判明した。
【0124】
<濾液成分からの環式ポリアリーレンスルフィドの分離>
上記で得られた濾液成分を100g分取して、実施例1と同様の条件で環式ポリアリーレンスルフィドの回収を行い、乾燥固体約0.7gを得た。
【0125】
乾燥固体をHPLCで分析した結果、単位数4〜15の環式ポリフェニレンスルフィドが検出されたが、これらを合計量は、固形分中の重量分率で約85重量%と低いことがわかり、環式ポリフェニレンスルフィド以外の不純物成分が多く含まれていることがわかった。
【0126】
実施例1と比較例1の比較より、本発明の特徴である反応混合物への水の添加を行い、水分率を本発明の範囲内とすることで、固液分離における分離性を著しく向上できるのみならず、高純度の環式ポリアリーレンスルフィドが得られることがわかる。
図1