特許第5753308号(P5753308)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5753308イオンビームを用いた高分子表面改質法及びその装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】5753308
(24)【登録日】2015年5月29日
(45)【発行日】2015年7月22日
(54)【発明の名称】イオンビームを用いた高分子表面改質法及びその装置
(51)【国際特許分類】
   C08J 7/00 20060101AFI20150702BHJP
【FI】
   C08J7/00 302
   C08J7/00CEZ
   C08J7/00 ACER
【請求項の数】3
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2014-222999(P2014-222999)
(22)【出願日】2014年10月31日
【審査請求日】2014年11月4日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】514092397
【氏名又は名称】株式会社ジーエル・マテリアルズホールディングス
(74)【代理人】
【識別番号】100110559
【弁理士】
【氏名又は名称】友野 英三
(72)【発明者】
【氏名】高 錫勤
(72)【発明者】
【氏名】林 元日古
(72)【発明者】
【氏名】梶 浩之
【審査官】 大村 博一
(56)【参考文献】
【文献】 特表2002−531588(JP,A)
【文献】 特表2001−526323(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08J 7/00
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
高分子材料のイオンビームを用いた表面改質方法において、前記高分子材料が、ポリカーボネート、ポリメチルメタクリレート、及び、ポリエチレンテレフタレートであり、0.5〜2.5KeVのエネルギーを有する不活性ガスのイオンビームを、1×1014〜1×1017イオン/cmの照射量で前記高分子材料表面を処理した後、5〜50sccmの流量で、60〜600secの間、反応性ガスと接触させることを特徴とする高分子材料の表面改質法。
【請求項2】
真空容器において、少なくとも、
真空容器を真空状態に保つ真空排気機構と、
高分子基板にイオンビームを照射するイオンビーム照射機構と、
前記基板を止着する基板ホルダーと、
前記基板ホルダーを支える基板ホルダー支持機構と、
前記基板を覆うための基板ホルダーに被嵌する蓋と、
前記蓋を移動させることができる蓋駆動機構と、
前記基板ホルダーと前記蓋とから形成される空間に反応性ガスを導入する反応性ガス導入機構と、
前記基板ホルダーと前記蓋とから形成されるラビリンスシールから反応性ガスを排出する反応性ガス排出機構
を備えたことを特徴とする高分子表面改質装置。
【請求項3】
真空容器において、少なくとも、
真空容器を真空状態に保つ真空排気機構と、
高分子フィラーにイオンビームを照射するイオンビーム照射機構と、
前記フィラーを収容する容器と、
前記容器内のフィラーを撹拌する撹拌機構と、
前記容器を支える支持機構と、
前記フィラーを覆うための前記容器に被嵌する蓋と、
前記蓋を移動させることができる蓋駆動機構と、
前記容器と前記蓋とから形成される空間に反応性ガスを導入する反応性ガス導入機構と、
前記容器と前記蓋とから形成されるラビリンスシールから反応性ガスを排出する反応性ガス排出機構
を備えたことを特徴とする高分子表面改質装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオンビームを用いて高分子表面を処理し改質する方法及びその装置に関する。特に、不活性ガスのプラズマを利用したイオン源から発生するイオンビームを活用した高分子表面の改質方法及びその装置に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車、電子機器、航空・宇宙機器、船舶、包装材料、建築材料等、いずれの産業界の製品を取っても、無機及び有機材料を問わず、いくつもの異種材料が何らかの形で接触することによって成り立っているため、現在においても、異種材料間の接着は極めて重要な課題となっている(非特許文献1)。異種材料の接触の仕方は千差万別であるが、例えば、フィルムが積層したラミネート、蒸着膜のフィルムへの成膜、印刷等のようなインキの紙やフィルムへの転写、フィラーで強化された高分子では分散、ガラスファイバーで強化された樹脂では複合という形で、異種材料が接触して界面が形成され、その界面の接着が、製品の良否を決定する重要な因子となっている(例えば、非特許文献2や特許文献1)。また、製品によっては、異種材料が接触して製品と機能するのではなく、外界との界面において、撥水性、親水性、防汚染性、抗菌性、滑り性、防曇性等が求められることも多く、製品の表面特性を制御しなければならない(特許文献2)。更に、分離膜や電池用隔膜等のように、特殊な溶液との親和性が求められたり、人工臓器、人工血管、人工骨等のように、生体に適合した高度に機能化した表面が求められる場合もある(特許文献3及び4)。
【0003】
このため、産業界においては、材料表面を制御或いは改質する技術が極めて重要であり、古くから多種多様な方法が検討されてきた。まず、機械的方法と物理化学的方法の二つに分類される。機械的方法は、材料表面の形状を制御する方法である。例えば、接着剤を用いて異種材料を接合する場合のアンカーリング(投錨)である。接着剤を塗布する材料表面に凹凸を形成することによって接着剤が凹部に浸透し、接着剤がアンカー(錨)の効果をもたらすものである(非特許文献3)。また、表面形状の工夫によって、材料表面に撥水性や防汚染性を付与する方法である。例えば、バイオミメティック材料技術と呼ばれ、自然界に見られる現象を人工的に作り出す技術として、ハスの葉のロータス効果やサメの肌のリブレット構造が代表例である(非特許文献4)。一方、物理化学的方法は、材料最表面の性質を分子次元で改質するもので、湿式法(化学的表面処理)と乾式法(物理的表面処理)に大別される(非特許文献1,p.329及び非特許文献5)。湿式法には、各種薬剤による材料表面の溶解や被覆、各種薬剤の材料表面への偏在、化学反応による表面への新たな官能基の導入等がある。乾式法は、薬剤を用いることなく、プラズマ、紫外線、イオンビーム、放射線等で処理する際の雰囲気として反応性ガスを利用し、材料表面の化学的性質を改変する方法である。また、湿式法及び乾式法を組み合わせた技術、例えば、乾式法で表面を活性化させた後、薬剤処理し、化学反応により材料表面に官能基を導入させたり、グラフト重合させたりする方法もある。
【0004】
ところで、現在では、あらゆる産業分野で「持続可能な社会」の構築が大きな課題となっており、地球上の限りある鉱物資源、化石燃料等を有効に活用し、再生することが求められている(非特許文献6)。このような観点から、材料の軽量化、生産性向上は極めて重要であり、軽くて加工し易く、電気的、機械的、化学的、光学的性質を兼ね備えた材料として、高分子材料の適用範囲が拡大し続けている。
【0005】
そのため、高分子材料の表面改質が、特に重要となっており、高分子材料に適した表面改質技術が望まれている。最も好ましい高分子の表面改質は、高分子自体の特性を変化させることなく、材料の最表面だけを様々な特性とすることができる方法である。この観点からすれば、機械的方法よりも物理化学的方法が、湿式法よりも乾式法が好ましい。機械的方法では、表面の形状をかなりの厚さに亘って工夫しなければならない。また、湿式法は、薬剤に浸漬されるため、高分子の膨潤、溶解等が懸念され、高分子自体の特性に影響を及ぼす可能性がある。
【0006】
このような観点から、乾式法の表面処理として、古くからコロナ放電を利用した大気圧低温プラズマ処理(コロナ処理)が幅広く用いられてきているが、コロナ処理した表面の性質を長期間に亘って維持することができないという問題があり(非特許文献7)、真空低温プラズマ処理、紫外線処理についても同様のことが言える(非特許文献8)。このような問題を解決するため、上記湿式法と乾式法とを併用する方法が検討されてきたが(特許文献5及び非特許文献8)、薬剤への浸漬は上記高分子材料の変質が懸念され、高分子材料表面だけを改質するという理想的な表面改質方法とは矛盾するものである。また、低エネルギー型電子線等の放射線処理は、主として高分子表面へのグラフト重合技術として検討されてきたが、設備の大型化を避けることができない上、エネルギーが大きいために、高分子自体の架橋、分解を生起し、高分子自体の特性を変化させるという問題がある(特許文献3及び非特許文献9)。
【0007】
そこで、シリコンへの不純物添加法として確立されたイオン照射技術を用いた表面改質技術に注目され始めた。シリコンへの不純物の添加法はイオン注入法と呼ばれ、添加する粒子を高真空中(10−4Pa)でイオン化し、数十KeV〜数百KeVの高いエネルギーに加速して、材料内部へイオンを注入して、材料の特性を変化させるものである(非特許文献10)。しかし、イオンは、加速電圧によってエネルギーを容易に制御することができるため、逆にエネルギーを低くすることによって、材料表面だけの特性を制御することができる可能性があるため、高分子材料のイオン注入による表面改質が精力的に検討され始めた。
【0008】
例えば、イオンビームを照射しながら蒸着するイオンビームアシスト蒸着法は、図1に示したように、イオン源1から加速されて放出したイオン2による高分子基材6の表面洗浄や活性化層形成と共に、イオン2によって高分子基材に蒸着した蒸着原子4が叩き出されながら蒸着原子4が堆積して蒸着膜5が形成されるため、高分子基材6と蒸着膜5との界面にミキシング層7と呼ばれる蒸着原子4を高分子基材6にアンカーリングした構造が形成され、接着力の高い蒸着膜5が高分子基材6上に形成される(非特許文献11及び12)。この時の、イオンビームのエネルギーは、数KeV以下であり、高分子基材最表面にミキシング層が生成しているものと考えられる。更に、この際、イオンとして反応性ガスを用いれば、反応性ガスが蒸着膜の構成元素として残る(非特許文献11)。
【0009】
そこで、このようなイオンビームアシスト蒸着法に基づき、反応性ガス雰囲気下で低エネルギーのイオンビームを照射する新しい表面改質方法が報告されている(特許文献6及び7)。この方法は、図2に示したように、酸素、窒素、アンモニア等の反応性ガス8を吹き込みながら、0.5〜2.5KeVのエネルギーのイオン2を、1×1014〜1×1017イオン/cmの照射量で、高分子基材6の表面処理を行うものである。この方法によれば、照射するイオン量だけでなく、エネルギーの調節によって処理深さも制御可能であり、高分子だけでなく、金属、金属酸化物、セラミックス等の無機材料の表面に極性基が導入され、改質される。しかし、この方法による高分子材料の表面改質では、酸素ガス雰囲気下、1KeVのエネルギーを有するイオンビームを1×1016イオン/cmの照射量で処理した場合においてのみ、ポリカーボネート(PC)、ポリメチルメタクリレート(PMMA)、及び、ポリエチレンテレフタレート(PET)の水の接触角が顕著に低下し、高分子材料の親水性が大きく向上した(特許文献7)。しかし、処理条件の許容範囲が狭く、安定した表面改質効果を実現するものではなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2002−212460号公報
【特許文献2】特開平6−9803号公報
【特許文献3】特開平7−278327号公報
【特許文献4】特開平6−306199号公報
【特許文献5】特開2006−274176号公報
【特許文献6】特開平10−101459号公報
【特許文献7】特表平11−501696号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】特許庁,「技術分野別特許マップ」,一般21接着,平成12年度.
【非特許文献2】小川俊夫他,「PET/LDPEのラミネートシートの接着強度に及ぼす接着条件の影響」,日本接着学会誌,Vol.38,No.1(2002)9−15.
【非特許文献3】コニシ株式会社,「接着読本」,2011年12月版,p.4.
【非特許文献4】下村正嗣,「生物の多様性に学ぶ新時代 バイオミメティック材料技術の新潮流」,Science & Technology Trends,May 2010,p.9−28.
【非特許文献5】株式会社スリーボンド中川裕一,「プラズマを応用した高分子の表面改質」,スリーボンド・テクニカルニュース26,平成元年7月10日発行,スリーボンド・テクニカルニュース編集委員会.
【非特許文献6】環境省ホームページ,「平成26年版環境白書・循環型社会白書・生物多様性白書」,http://www.env.go.jp/policy/hakusho/h26/pdf.html.
【非特許文献7】義久久美子他,「プラズマによるプラスチックの表面改質」,IHI技報,Vol.52,No.4(2012)65−69.
【非特許文献8】吉川光英他,「プラズマ処理ポリマー表面の持続的親水性の付与」,東京都立産業技術研究所研究報告,第3号(2000)165−166.
【非特許文献9】中井康二他,「電子線照射技術の工業利用」,日新電機技報,Vol.54,No.2(2009.10)9−21.
【非特許文献10】鈴木嘉昭他,「イオンビーム照射による高分子の表面改質」,高分子,41巻,5月号(1992年)338−341.
【非特許文献11】鷹野一朗他,「イオンビームアシストによる成膜プロセス」,溶接学会誌,第71巻,第4号(2002)12−16.
【非特許文献12】岩木正哉,「表面改質とイオンビーム」,表面技術,Vol.43,No.12(1992)9−14.
【非特許文献13】株式会社スリーボンド,「接着科学序説≪その2≫」,スリーボンド・テクニカルニュース6,昭和58年4月1日発行,スリーボンド・テクニカルニュース編集委員会.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、背景技術、特に、段落0009で述べた低エネルギーのイオンビームを用いた表面改質法の問題を鑑み、改良したものである。すなわち、本発明は、不活性ガスがイオン化された低エネルギーのイオンビームを高分子材料表面に照射した後、反応性ガスと接触させることを特徴とする表面改質法及びその装置を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、不活性ガスがイオン化された低エネルギーのイオンビームを高分子材料表面に照射した後、反応性ガスと接触させることによって、反応性ガス雰囲気下においてイオン化された低エネルギーのイオンビームを高分子材料表面に照射する方法では得られない表面改質効果を見出し、本発明の完成に至った。
【0014】
すなわち、本発明は、不活性ガスがイオン化された低エネルギーのイオンビームで高分子材料表面を一定量照射した後、反応性ガスと一定時間接触させることを特徴とする高分子材料の表面改質法を提供するものである。更に具体的には、0.5〜2.5KeVのエネルギーを有する不活性ガスのイオンビームを、1×1014〜1×1017イオン/cmの照射量で高分子材料表面を処理した後、5〜50sccmの流量で、60〜600secの間、反応性ガスと接触させることを特徴とする高分子表面改質法である。
【0015】
また、本発明は、上記表面処理方法を実施するため、真空容器において、少なくとも、真空容器を真空状態に保つ真空排気機構と、高分子基板にイオンビームを照射するイオンビーム照射機構と、前記基板を止着する基板ホルダーと、前記基板ホルダーを支える基板ホルダー支持機構と、前記基板を覆うための基板ホルダーに被嵌する蓋と、前記蓋を移動させることができる蓋駆動機構と、前記基板ホルダーと前記蓋とから形成される空間に反応性ガスを導入する反応性ガス導入機構と、前記基板ホルダーと前記蓋とから形成される空間から反応性ガスを排出する反応性ガス排出機構と、を備えたことを特徴とする高分子表面改質装置を提供するものである。
【0016】
更に、本発明は、上記表面処理方法を高分子フィラーにも実施するため、真空容器において、少なくとも、真空容器を真空状態に保つ真空排気機構と、高分子フィラーにイオンビームを照射するイオンビーム照射機構と、前記フィラーを収容する容器と、前記容器内のフィラーを撹拌する撹拌機構と、前記容器を支える支持機構と、前記フィラーを覆うための前記容器に被嵌する蓋と、前記蓋を移動させることができる蓋駆動機構と、前記容器と前記蓋とから形成される空間に反応性ガスを導入する反応性ガス導入機構と、前記容器と前記蓋とから形成される空間から反応性ガスを排出する反応性ガス排出機構と、を備えたことを特徴とする高分子表面改質装置を提供するものである。
【0017】
特に、反応性ガスを排出する反応ガス排出系として、ラビリンスシール構造を前記基板ホルダーと前記蓋との間に介設したものが好ましい。
【発明の効果】
【0018】
本発明により、高分子材料自体の特性を変化させることなく、高分子材料表面だけを、幅広い処理条件で、安定して改質することが可能となり、高分子材料と反応性ガスとの組合せによって様々な表面特性を付与できる。例えば、疎水性高分子材料に、酸素、窒素、アンモニア、一酸化炭素等を適用すれば、その高分子材料の親水性化を図ることができ、金属、金属酸化物、セラミック等の物理蒸着膜との接着性が向上するだけでなく、接着剤を介した異種材料との複合化も可能となる。また、高分子フィラーに対しても同様の処理を施すことによって、異種材料に分散した界面の接着性が高まり、スチレン−ブタジエンラバーやインパクトポリスチレン等のようなポリマーアロイの作製が可能となる。
【0019】
例えば、0.5〜2.5KeVのエネルギーを有する不活性ガスのイオンビームを、1×1015〜1×1017イオン/cmの照射量でPC、PMMA、及び、PETを処理した後、5〜50sccmの流量で、60〜600secの間、酸素と接触させることによって、この処理条件の範囲内全てにおいて、水の接触角が顕著に低下し(10〜15°)、親水性が大きく向上した。この効果は、上記高分子材料に限定されることはなく、あらゆる高分子材料表面の親水性化を安定して創出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】イオンビームアシスト蒸着法の概念図である。
図2】従来の、反応性ガス雰囲気下においてイオンビームを照射する表面改質法の概念図である。
図3】本発明の表面改質法の概念図である。
図4】本発明の不活性ガスがイオン化された低エネルギーのイオンビームで高分子基板を処理した後、反応性ガスと接触させる表面改質装置において、イオンビームで高分子基板を処理している工程の概略図である。
図5】本発明の不活性ガスがイオン化された低エネルギーのイオンビームで高分子基板を処理した後、反応性ガスと接触させる表面改質装置において、イオンビームで高分子基板を処理した後、反応性ガスと接触させる工程の概略図である。
図6】本発明の表面改質装置における、反応性ガスの排出機構の拡大図である。
図7】本発明の不活性ガスがイオン化された低エネルギーのイオンビームで高分子フィラーを処理した後、反応性ガスと接触させる表面改質装置において、イオンビームで高分子フィラーを処理している工程の概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明の不活性ガスがイオン化された低エネルギーのイオンビームで高分子基材を処理した後、反応性ガスと接触させる表面改質法は、図3に示したように、まず、不活性ガスがイオン化されたイオン2で高分子最表面を短時間で活性化した後、反応性ガス8と長時間に亘り接触させることが可能なため、図2と比較して、高分子基材6のエッチング量が少なく、最表面にのみ、数多くの極性基が創生され、極めて平坦な親水性の高い高分子基材表面が形成される。
【0022】
一方、従来技術(特許文献6及び7)は、反応性ガス雰囲気下でイオンビームを照射するため、イオンビームによって活性化された高分子最表面と反応性ガスの接触時間を長く保つことができないため、高分子基材表面に導入される極性基量に限界があった。特に、イオンビーム照射量が少ない場合、極性基の導入量が極端に減少する。逆に、反応性ガスとの接触時間を長くすると、イオンビームの照射量も増加するため、図1のイオンビームアシスト蒸着法と同じように、一旦導入された極性基が破壊され、親水性が低下する。従って、従来技術(特許文献6及び7)では、酸素ガス雰囲気下、1KeVのエネルギーを有するイオンビームを1×1016イオン/cmの照射量で処理した場合でのみしか顕著な効果が得られなかった。
【0023】
また、従来技術(特許文献6及び7)においては、イオンビーム照射量が少ない場合、極性基の導入量が極端に減少するために、異種材料との接着強度が向上しない。逆に、反応性ガスとの接触時間を長くすると、イオンビームの照射量も増加するため、図2に示すように、図1と比較して高分子基材表面のエッチングが激しくなり、表面近傍に力学的強度の低い層(Weak Boundary Layer(WBL)、非特許文献13)が形成され、異種材料との接着強度が低下するという問題も生じる。
【0024】
なお、本発明の改質法を用いた場合の科学的現象を、便宜上、高分子基材という板状のものとして説明したが、あらゆる形状及び種類の高分子材料表面で生起するものである。
【0025】
従って、本発明の高分子表面改質法は、不活性ガスがイオン化されたイオンビームで高分子材料表面を一定量照射した後、反応性ガスと一定時間接触させる方法であり、より好ましくは、不活性ガスがイオン化された0.5〜2.5KeVのエネルギーを有するイオンビームを、1×1014〜1×1017イオン/cmの照射量で高分子材料表面を処理した後、5〜50sccmの流量で、60〜600secの間、反応性ガスと接触させる高分子表面改質法である。この方法により、安定した表面改質、親水性化を図ることができる。更に具体的には、0.5〜2.5KeVのエネルギーを有する不活性ガスのイオンビームを、1×1015〜1×1017イオン/cmの照射量でPC、PMMA、及び、PETを処理した後、5〜50sccmの流量で、60〜600secの間、酸素と接触させることによって、この処理条件の範囲内全てにおいて、水の接触角が顕著に低下し(5〜15°)、親水性を大きく向上させることができる。
【0026】
本発明の表面改質法を行う装置としては、真空蒸着法、イオンビーム蒸着法、電子ビーム蒸着法、イオンプレーティング法、スパッタリング法等の一般的な真空装置内に、反応性ガスと接触させることができる空間を設けたものであれば、特に制限されるものではないが、以下、図4〜7を用いて具体的に説明する。
【0027】
図4には、本発明の不活性ガスがイオン化された低エネルギーのイオンビームで高分子基板を処理した後、反応性ガスと接触させる表面改質装置において、イオンビームで高分子基板を処理している工程の概略図を示している。
【0028】
真空容器9は、真空排気機構10とイオンビーム照射機構11を備えた、イオンビーム蒸着法、イオンビームアシスト蒸着法等の一般的な真空装置を用いることができる。
【0029】
イオンビーム照射機構11は、イオンビーム発生機構11−1として、カウフマン型イオン源、ECR(Electron Cyclotron Resonance)型イオン源、PIG(Penning Ionization Gauge)型イオン源、CHC(Cold Hollowed Cathode)型イオン源等を用いることができる。また、不活性ガス供給機構11−2からは、ヘリウム(He)、ネオン(Ne)、アルゴン(Ar)、クリプトン(Kr)、キセノン(Xe)等が供給される。
【0030】
真空容器9内の圧力は、初期真空状態の1.33×10−3〜10−4Paから1.33×10−2〜6.67×10−2Paまで上げ、その後、維持されるが、この圧力はエネルギーを有するイオン粒子を発生するために適切に設定する。
【0031】
イオンビームは、電流密度1〜30μA/cm2で照射され、イオンビーム発生機構11−2と基板ホルダー17上の基板19との照射距離は真空度により決定される。その距離は、6.67×10−1Pa以下の低真空では25cm以下、6.67×10−1〜1.33×10−4Paの高真空では25〜55cm、そして、1.33×10−4Pa以上の超高真空では55cm以上の距離とすることが好ましい。これは、エネルギーを有するイオン粒子の改質されるべき基板表面に到達するために必要な「平均自由行程距離」が、真空度により変わるためである。
【0032】
図4に示したイオンビームによる高分子基板の処理工程が完了すると、図5に示したように、基板ホルダーの蓋14が、蓋の駆動機構15によって移動され、基板ホルダー12を覆うように嵌められる。次いで、反応性ガス供給機構16から一定流量の反応性ガスが一定時間供給されると共に、反応性ガス排出機構17から不要の反応性ガスが排出される。反応性ガスの排出機構としては、一定の流量が排出さるようなものであれば、特に制限されないが、図6(a)に示したような非接触シールであるラビリンスシールが、構造が簡単で、特に好ましい。また、図6(b)に示したように、基板ホルダー12に被嵌される蓋14との間に接触シール、例えば、ガスケット17−3を配置し、蓋14に反応性ガス排出口17−2を設けても良い。
【0033】
反応性ガスとしては、水素、酸素、窒素、一酸化炭素、アンモニア、及び、いずれかの混合ガス等のような親水性の極性基を導入できるものを選択することが好ましく、特に制限はない。しかし、高分子化合物には、アクリル樹脂、ポリエステル、ポリオレフィン、ポリスチレン、エポキシ樹脂、メラミン樹脂、フェノール樹脂、塩素樹脂、フッ素樹脂、シリコン樹脂、ポリビニルアルコール、ポリアミド、ポリイミド、ポリエーテル、ポリスルホン、ポリアクリロニトリル、ポリブタジエン等、及び、これらの共重合体も含めれば、無数に存在し、炭素(C)、水素(H)、酸素(O)、窒素(N)、珪素(Si)から構成されるものが大半で、化学結合の種類もほぼ共有結合に限られているため、イオンビームによって切断された共有結合から生成されるラジカルとの反応性が強い酸素が最も適している。
【0034】
本発明の表面改質法は、高分子材料のあらゆる形状に対しても有効であるが、形状に応じた表面改質装置の改造が必要である。例えば、フィラー(粉体)24に対しては、図7に示したように、フィラー24の表面全体がイオンビーム及び反応性ガスに曝されなければならないため、撹拌機構25を設けられている。この撹拌機構25に特に制限はないが、フィラー24が、フィラー収納容器20の下部から上部まで均一に上下運動するように、プロペラや容器の形状を工夫する必要がある。
【符号の説明】
【0035】
1 イオン源
2 イオン
3 蒸着源
4 蒸着原子
5 蒸着膜
6 高分子基材
7 ミキシング層
8 反応性ガス
9 真空容器
10 真空排気機構
11 イオンビーム照射機構
11−1 不活性ガス供給機構
11−2 イオンビーム発生機構
12 基板ホルダー
13 基板ホルダー支持機構
14 基板ホルダーの蓋
15 蓋の駆動機構
16 反応性ガス供給機構
17 反応性ガス排出機構
17−1 反応ガス排出経路(ラビリンスシール)
17−2 半ガス排出口
17−3 ガスケット
18 真空容器支持機構
19 基板
20 フィラー収納容器
21 フィラー収納容器支持機構
22 フィラー収納容器の蓋
23 反応性ガス導入機構
24 フィラー
25 撹拌機構
【要約】
【課題】低エネルギーのイオンビームを用いた表面改質法において、高分子材料自体の特性に影響を及ぼさず、高分子材料表面だけを、幅広い条件で安定して改質できる表面改質法及びその装置を提供する。
【解決手段】不活性ガスがイオン化された低エネルギーのイオンビームを高分子材料表面に一定量照射した後、反応性ガスと一定時間接触させることによって、高分子材料の表面改質を行う。
【選択図】図4
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7