特許第5753528号(P5753528)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社神戸製鋼所の特許一覧

<>
  • 特許5753528-疲労き裂進展抑制用ペースト 図000006
  • 特許5753528-疲労き裂進展抑制用ペースト 図000007
  • 特許5753528-疲労き裂進展抑制用ペースト 図000008
  • 特許5753528-疲労き裂進展抑制用ペースト 図000009
  • 特許5753528-疲労き裂進展抑制用ペースト 図000010
  • 特許5753528-疲労き裂進展抑制用ペースト 図000011
  • 特許5753528-疲労き裂進展抑制用ペースト 図000012
  • 特許5753528-疲労き裂進展抑制用ペースト 図000013
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5753528
(24)【登録日】2015年5月29日
(45)【発行日】2015年7月22日
(54)【発明の名称】疲労き裂進展抑制用ペースト
(51)【国際特許分類】
   B23P 6/04 20060101AFI20150702BHJP
   B23P 6/00 20060101ALI20150702BHJP
【FI】
   B23P6/04
   B23P6/00 A
【請求項の数】3
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2012-253997(P2012-253997)
(22)【出願日】2012年11月20日
(65)【公開番号】特開2013-129057(P2013-129057A)
(43)【公開日】2013年7月4日
【審査請求日】2014年9月1日
(31)【優先権主張番号】特願2011-254165(P2011-254165)
(32)【優先日】2011年11月21日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100131750
【弁理士】
【氏名又は名称】竹中 芳通
(74)【代理人】
【識別番号】100146112
【弁理士】
【氏名又は名称】亀岡 誠司
(74)【代理人】
【識別番号】100167335
【弁理士】
【氏名又は名称】武仲 宏典
(74)【代理人】
【識別番号】100164998
【弁理士】
【氏名又は名称】坂谷 亨
(72)【発明者】
【氏名】河本 恭平
(72)【発明者】
【氏名】山田 岳史
【審査官】 山本 忠博
(56)【参考文献】
【文献】 特開2005−28462(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2006/0163332(US,A1)
【文献】 特開2009−214254(JP,A)
【文献】 国際公開第2010/137707(WO,A1)
【文献】 特開2011−62809(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2007/0034671(US,A1)
【文献】 国際公開第2005/002782(WO,A1)
【文献】 高橋 一比古,高橋 千織,古谷 典ゆき,微細粒のくさび効果による疲労き裂進展抑制,日本造船学会論文集,日本,社団法人日本船舶海洋工学会,1988年12月,184号,361-367ページ
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23P 6/00−6/04,
B23K 31/00,
G01N 3/00−3/62
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属部材の疲労き裂の進展を抑制する疲労き裂進展抑制用ペーストであって、粒子と液体とを混合してなり、前記粒子の粒度分布が、粒径20μm以下の粒子が100質量%、粒径10μm以下の粒子が95〜100質量%、粒径2.0μm以下の粒子が45〜99質量%、粒径1.0μm以下の粒子が20〜85質量%、粒径0.5μm以下の粒子が7〜50質量%、粒径0.1μm以下の粒子が0〜5質量%、の範囲であることを特徴とする疲労き裂進展抑制用ペースト。
【請求項2】
粘度が5Pa・s以上70Pa・s未満であることを特徴とする請求項1記載の疲労き裂進展抑制用ペースト。
【請求項3】
前記粒子がアルミナであることを特徴とする請求項1又は2記載の疲労き裂進展抑制用ペースト。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属部材に発生した疲労き裂の進展を抑制する疲労き裂進展抑制用ペーストに関するものである。
【背景技術】
【0002】
疲労き裂は、繰返し応力の作用下で形成されるき裂であり、金属部材に発生した疲労き裂に、さらに、応力が繰返し加わることによって、疲労き裂が進展し、ひいてはその金属部材の切断に繋がることとなる。そのため、疲労き裂の進展を抑制する技術が重要となっている。疲労き裂に関して、疲労き裂面内にフレッティング酸化物(き裂面の酸化層がこすれて生じた酸化物)等の異物が生じることで、くさび効果によって疲労き裂進展速度が低下することが広く知られている。
【0003】
くさび効果による疲労き裂進展速度の低下のメカニズムは、図8に示すように、き裂面内に異物が入ることで、き裂先端開口変位量が減少することにある(き裂進展に有効な応力範囲が小さくなる)。なお、図8では異物が全く潰れない場合のものを示している。応力変動1サイクルあたりの疲労き裂進展速度は疲労き裂先端の開口変位量と強い相関がある。
【0004】
技術文献「H. Kitagawa, et.al.: A new method of arresting fatigue crack growth by artificial wedge,Proceedings of International Conference on Fracture Mechanics in Engineering Applications,pp.281-293,1979.」(非特許文献1)には、き裂に接着剤を流し込むことで疲労き裂の進展を遅らせるようにした技術が開示されている。この技術は、接着剤による前記くさび効果を積極的に発現する技術である。例えば、アルミニウム合金部材に発生した疲労き裂内に接着剤を注入することによって、疲労き裂の開閉口が抑制され、疲労き裂進展速度を低下することが示されている。ところが、この技術では、接着剤は一度硬化すると流動性が失われるため、疲労き裂進展抑制効果は接着剤注入直後には得られるものの、接着剤注入後に疲労き裂が進展すると大幅に小さくなってしまい、疲労き裂進展抑制効果が継続的に得られないという問題点がある。
【0005】
そこで、前記非特許文献1に開示された技術の前記問題点を解消するため、高硬度の微細な粒子と油などの液体とを混合した疲労き裂進展抑制用のペーストが提案されている(例えば、特許文献1,2)。このペーストは、金属部材の疲労き裂の発生箇所に塗布され、毛細管現象とポンプ効果の作用によって疲労き裂先端まで侵入する。そして、ペースト中に含まれている粒子が、疲労き裂先端において前述したくさび効果を発現する。このペーストによると、接着剤と違って硬化することがなく、流動性を有しており、き裂内に侵入するため、継続的にき裂進展抑制効果を発揮することが可能である。
【0006】
例えば、特許第3808846号公報(特許文献1)には、疲労き裂進展抑制用のペーストとして、金属部材の疲労き裂の発生箇所に塗布されるペーストであって、粒径が2μm〜40μmのアルミナ粒子と粘度が5〜15Pa・sの油とを混合してなるペーストが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第3808846号公報
【特許文献2】特開2011−62809号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】H. Kitagawa, et.al.: A new method of arresting fatigue crack growth by artificial wedge,Proceedings of International Conference on Fracture Mechanics in Engineering Applications,pp.281-293,1979.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
前記特許文献1記載のペーストでは、後述するようにアルミナ粒子の粒度分布が考慮されていないため、応力拡大係数範囲(応力拡大係数範囲:疲労き裂先端に作用する疲労負荷の大きさを表す指標であり、この応力拡大係数範囲が大きいと、き裂先端の開口変位量が大きくなり、したがって疲労き裂の進展速度が大きくなる。)の大小によっては、ペーストを用いない場合と比較して、疲労き裂進展抑制の効果が小さく不十分となる場合があるという問題があった。
【0010】
すなわち、ペーストを構成する粒子の粒径について考察すると、応力拡大係数範囲が小さい場合(疲労き裂が発生した初期の状態)には、き裂先端開口量が小さいため、その開口量にマッチした小径の粒子が、当該粒子のき裂内侵入によるき裂閉口を促進しやすい(図1の(a)参照)。一方、き裂長さの長い疲労き裂に大きな応力が作用し、応力拡大係数範囲が大きい場合(発生した疲労き裂が進展し拡大した状態)には、き裂先端開口量が大きいため、その開口量にマッチした大径の粒子が、当該粒子のき裂内侵入によるき裂閉口の促進に適するものとなる(図1の(b)参照)。
【0011】
ところが、前記特許文献1記載のペーストでは、その実施例によると、平均粒径15.2μmという比較的大きな粒径のアルミナ粒子を用いたペーストであるため、き裂先端開口量が大きい状態(応力拡大係数範囲が大きい領域であり、例えば、き裂先端開口量が10〜20μm)では有効である一方、き裂先端開口量が小さい状態(応力拡大係数範囲が小さい領域であり、例えば、き裂先端開口量が2μm以下)ではアルミナ粒子が大きすぎて、疲労き裂進展抑制効果が有効に発揮されなかったものと推察される。
【0012】
なお、ペースト中に含有させるアルミナ粒子として、疲労き裂のその時点におけるき裂先端開口量に合わせた粒径のみのアルミナ粒子を選択することは、実用上意味がない。なぜなら、ある時点における疲労き裂に対してそのときのき裂先端開口量に対応した粒径のアルミナ粒子を選択してペーストを製作し、この疲労き裂の部位に塗布するようにしても、その後にこの疲労き裂が進展して、き裂先端開口量が塗布時点に比べて大きくなった状態では、前記塗布時点でのアルミナ粒子ではその粒径が相対的に小径のものとなり、進展した疲労き裂に対して適さないペーストとなるためである。つまり、ペースト中に含有させるアルミナ粒子については、疲労き裂の進展に伴い変化するき裂先端開口量に対応した粒度分布をもたせるように考慮する必要がある。
【0013】
そこで、本発明の課題は、疲労き裂の進展に対応して常に疲労き裂進展抑制効果を発揮することができる疲労き裂進展抑制用ペーストを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
前記の課題を解決するため、本願発明では、次の技術的手段を講じている。
【0015】
請求項1の発明は、金属部材の疲労き裂の進展を抑制する疲労き裂進展抑制用ペーストであって、粒子と液体とを混合してなり、前記粒子の粒度分布が、粒径20μm以下の粒子が100質量%、粒径10μm以下の粒子が95〜100質量%、粒径2.0μm以下の粒子が45〜99質量%、粒径1.0μm以下の粒子が20〜85質量%、粒径0.5μm以下の粒子が7〜50質量%、粒径0.1μm以下の粒子が0〜5質量%、の範囲であることを特徴とする疲労き裂進展抑制用ペーストである。
【0016】
請求項2の発明は、請求項1記載の疲労き裂進展抑制用ペーストにおいて、粘度が5Pa・s以上70Pa・s未満であることを特徴とするものである。
【0017】
請求項3の発明は、請求項1又は2記載の疲労き裂進展抑制用ペーストにおいて、前記粒子がアルミナであることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0018】
本願発明の疲労き裂進展抑制用ペーストによると、ペーストを構成する粒子に、疲労き裂の進展に伴い変化するき裂先端開口量に合わせた適正な粒度分布をもたせているので、疲労き裂の進展に対応して常に疲労き裂進展抑制効果を十分発揮することができる。よって、疲労き裂が発生した例えば鋼構造物の延命化を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】本発明のペーストを構成する粒子の粒度分布についての考え方を説明するための図である。
図2】本発明の作用効果を説明するため、ペーストを構成する粒子の粒度分布の適否とそれによるき裂進展特性との関係を示す図である。
図3】本発明のペーストを構成する粒子の粒度分布を示す図である。
図4】本発明の実施例における試験に供された引張疲労試験片(長さ5mmの予き裂を付与したもの)を示す図であって、その(a)は正面図、その(b)は側面図である。
図5】本発明の実施例1,2,3による疲労き裂進展試験結果を示すもので、応力拡大係数範囲と疲労き裂進展速度との関係を示す図である。
図6】本発明の実施例3と比較例1,2とによる疲労き裂進展試験結果を示すもので、応力拡大係数範囲と疲労き裂進展速度との関係を示す図である。
図7】本発明の実施例3と比較例3,4,5とによる疲労き裂進展試験結果を示すもので、応力拡大係数範囲と疲労き裂進展速度との関係を示す図である。
図8】くさび効果による疲労き裂進展抑制のメカニズムを模式的に説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、さらに詳しく本発明について説明する。
【0021】
本発明の疲労き裂進展抑制用ペースト(以下、単にペーストともいう)は、流動性を有しており、アルミナ粒子などの高硬度の粒子と工業油などの適度の粘度を持つ液体とを混合してなるものである。そして、本発明のペーストの特徴は、ペーストを構成する粒子に、疲労き裂の進展に伴い小さい状態から大きい状態に変化するき裂先端開口量に合わせた粒度分布をもたせていることにある(前述の図1参照)。これにより、本発明のペーストは、疲労き裂の進展に対応して常にくさび効果を継続的に発現して疲労き裂進展抑制効果を十分発揮することができる。すなわち、本発明のペーストは、疲労き裂の進展に伴って変化する疲労負荷の大きさ(応力拡大係数範囲の大きさ)にかかわらず、常に疲労き裂進展抑制効果を十分発揮することができる。
【0022】
図2は、本発明の作用効果を説明するため、ペーストを構成する粒子の粒度分布の適否とそれによるき裂進展特性との関係を示す図である。
【0023】
図2に示すように、疲労き裂に対してペーストを用いない場合には、(ア)で示すき裂進展特性のように、疲労き裂の進展に伴う応力拡大係数範囲ΔKの増大に伴い疲労き裂進展速度が大きくなる。
【0024】
一方、適正粒度分布に対して粒径が小径側に逸脱した不適正粒度分布の粒子でなるペーストの場合には、(イ)で示すき裂進展特性のように、疲労き裂が進展して応力拡大係数範囲が大きい領域では、き裂先端が大きく開口し、それに見合う大径の粒子が不足して大径粒子のき裂内侵入によるき裂閉口を誘起できないため、前記(ア)のペーストなしの場合に比較して疲労き裂進展速度を低下させることができない。なお、このペーストの場合、当該疲労き裂が発生して間もない時期で応力拡大係数範囲が小さい領域(き裂先端開口量が小さい領域)では、前記(ア)のペーストなしの場合に比較して疲労き裂進展速度を低減させることができる。
【0025】
また、前記小径側への逸脱とは逆に、適正粒度分布に対して粒径が大径側に逸脱した不適正粒度分布の粒子でなるペーストの場合には、(ウ)で示すき裂進展特性のように、応力拡大係数範囲が小さい領域(き裂先端開口量が小さい領域)では、き裂先端の開口が小さく、それに見合う小径の粒子が不足して小径粒子のき裂内侵入によるき裂閉口を誘起できないため、前記(ア)のペーストなしの場合に比較して疲労き裂進展速度を十分低下させることができない。なお、このペーストの場合、当該疲労き裂が進展して応力拡大係数範囲が大きい領域では、前記(ア)のペーストなしの場合に比較して疲労き裂進展速度を低下させることができる。
【0026】
これに対して、本願発明のペーストのように、疲労き裂の進展に伴い変化するき裂先端開口量に合わせた粒径の粒度分布をもつ粒子でなるペーストの場合には、(エ)で示すき裂進展特性のように、疲労き裂の進展に対応して、応力拡大係数範囲が小さい領域から大きい領域にわたって、前記(ア)のペーストなしの場合に比較して、常に疲労き裂進展速度を低減させることができる。
【0027】
このように、疲労き裂進展抑制用ペーストでは、ペーストを構成する粒子に前述のように適正な粒度分布をもたせる必要がある。そこで、本発明のペーストは、金属部材に発生する疲労き裂として、き裂先端の開口量が最終的に10μm〜20μm程度まで進展する疲労き裂(進展抑制対象とされる一般的な疲労き裂)を対象としており、図3に示すように、粒子の粒度分布が、粒径20μm以下の粒子が100質量%、粒径10μm以下の粒子が95〜100質量%、粒径2.0μm以下の粒子が45〜99質量%、粒径1.0μm以下の粒子が20〜85質量%、粒径0.5μm以下の粒子が7〜50質量%、粒径0.1μm以下の粒子が0〜5質量%、の範囲としたものである。
【0028】
本発明のペーストは、ペーストを構成する粒子に前記の粒度分布をもたせていることにより、前述した対象とする疲労き裂に適用することで、ペーストなしの場合に比較して、疲労き裂の進展に対応して常に疲労き裂進展速度を低減させることができる。なお、本発明では、粒子の粒径の測定は、レーザー回折・散乱法による測定装置によって行った。また、本発明では、特定粒径を持つ粒子の存在比率を規定する百分率は、大小粒の混合程度を表す指標のため本来的には体積百分率であるが、実用上は質量百分率であっても差し支えないので、質量百分率としている。
【0029】
本発明のペーストでは、疲労き裂にペーストを確実に侵入させるため、ペースト自体の粘度が5Pa・s以上70Pa・s未満であることがよい。ペースト自体の粘度が5Pa・s未満では、流動性が高すぎて疲労き裂発生部分に塗布されたペーストが疲労き裂発生部分から流れ出して疲労き裂内に留まらない。一方、70Pa・s以上では疲労き裂発生部分にペーストが固着する。したがって、ペースト自体の粘度は、5Pa・s以上70Pa・s未満であることがよい。
【0030】
本発明のペーストでは、粒子と混合する工業用油などの液体の粘度は、0.8Pa・s以下であることがよい。0.8Pa・s以下というように「サラサラ」の液体を用いることにより、同一ペースト粘度において、ペースト単位量あたりの粒子の量が多くなるので、当該粒子によるくさび効果を十分に発揮することができる。
【0031】
本発明のペーストを構成する粒子として、アルミナ、シリカ、ダイヤモンド、炭化ケイ素、炭化ホウ素などの高硬度の物質からなるものが挙げられる。そして、広い粒径範囲のものが容易に入手でき、価格も安価であることなどから、粒子として特にアルミナからなるものが好適である。
【実施例】
【0032】
以下、本発明の実施例及び比較例について説明する。
【0033】
本発明のペーストを評価するため、疲労き裂進展試験を実施した。ペーストを構成する粒子にはアルミナを用い、アルミナ粒子の粒度分布が異なる8種類のアルミナペースト(実施例1〜3、比較例1〜5)を作製し、疲労き裂進展試験に供した。
【0034】
表1に、疲労き裂進展試験に供された8種類のアルミナペースト中に含まれるアルミナ粒子の粒度分布を示す。前記8種類のアルミナペーストは、表1に示す粒度分布を持つアルミナ粒子に工業用油を添加して製作した。この製作に際し、これらのアルミナペーストは、ペーストの粘度が5Pa・s以上、70Pa・s未満となるように、アルミナ粒子と工業用油との配合割合を調整した。
【0035】
【表1】
【0036】
図4は本発明の実施例における試験に供された引張疲労試験片を示す図であって、その(a)は正面図、その(b)は側面図である。この引張疲労試験片の材質はSS400であり、図4(b)に示すように厚み(板厚)は12.5mmである。引張疲労試験片の初期き裂長さは、20mm[(スリット長さ15mm)+(予き裂長さ5mm)]である。疲労き裂進展試験(引張疲労試験)は、この引張疲労試験片に対してアルミナペーストを塗布して実施した。この試験片は、φ12.5mmの孔に挿通した2本のボルトで試験機に装着され、図4における上下方向に引張荷重が繰り返し付加される。試験機は、油圧サーボ式の疲労試験機であり、荷重制御による単軸引張の試験を行う。試験条件は、応力比(最小応力/最大応力):0.05、試験周波数:20Hzである。
【0037】
前記の疲労き裂進展試験により、前記の各アルミナペーストを用いた場合におけるき裂進展特性(応力拡大係数範囲と疲労き裂進展速度との関係)を求めた。この場合、試験機に装着された引張疲労試験片における進展中の疲労き裂について定期的にき裂長さを計測し、その計測値をもとにして応力拡大係数範囲と疲労き裂進展速度との関係を求めた。
【0038】
なお、この場合の応力拡大係数範囲ΔKは、荷重(N)、き裂長さ(mm)、試験片寸法をもとにして次式で表される。
ΔK=f×(P/(B√W))
ここで、f:き裂の形状係数、P:荷重(N)、B:試験片厚み(mm)、W:試験片における荷重面から試験片端までの距離(mm)である。
また、前記のき裂の形状係数fは、次式で表される。なお、式中のaは、き裂長さ(mm)である。
f=29.6×(a/W)1/2−185.5×(a/W)3/2+655.7×(a/W)5/2−1017×(a/W)7/2+638.9×(a/W)9/2
【0039】
表2は実施例1〜3のペーストによるき裂進展特性(応力拡大係数範囲と疲労き裂進展速度との関係)を示すデータであり、表3は比較例1〜5のペーストによるき裂進展特性を示すデータである。また、表4はペーストなしの場合でのき裂進展特性を示すデータである。
【0040】
【表2】
【0041】
【表3】
【0042】
【表4】
【0043】
そして、比較のため、これらの表2〜表4のデータをグラフ化したものが図5図7である。図5は本発明の実施例1,2,3による疲労き裂進展試験結果を示すもので、応力拡大係数範囲と疲労き裂進展速度との関係を示す図であり、図6は本発明の実施例3と比較例1,2とによる疲労き裂進展試験結果を示すもので、応力拡大係数範囲と疲労き裂進展速度との関係を示す図である。また、図7は、本発明の実施例3と比較例3,4,5とによる疲労き裂進展試験結果を示すもので、応力拡大係数範囲と疲労き裂進展速度との関係を示す図である。
【0044】
図5からわかるように、本発明の実施例1〜3のペーストによれば、試験データ全域(応力拡大係数範囲ΔK:16.4〜38.4MPa・m1/2)にわたって、「ペーストなし」と比較して疲労き裂進展速度が大幅に低下しており、疲労き裂進展速度がペーストなしでの疲労き裂進展速度の約1/20という良好な結果が得られた。よって、実施例1〜3のペーストでは、発生した疲労き裂に対してその初期段階から継続して常にき裂進展抑制効果を発揮でき、疲労き裂のある鋼構造物の延命化に寄与できることとなる。
【0045】
これに対して、図6からわかるように、粒径が小径側に逸脱し、大径の粒子が不足している粒度分布をもつ粒子でなる比較例1,2のペーストでは、応力拡大係数範囲ΔKが小さい領域では、実施例1〜3と同様に、き裂進展速度が低下したが、疲労き裂が進展して応力拡大係数範囲ΔKが大きい領域(23MPa・m1/2以上)では、実施例1〜3に比べて、き裂進展速度の低下が図れず、き裂進展抑制効果が大幅に小さくなった。
【0046】
このため、比較例1,2のペーストでは、疲労き裂が進展して疲労き裂先端に作用する疲労負荷が大きくなると、き裂進展抑制効果が不十分となり、よって、疲労き裂のある鋼構造物の延命化に寄与できないこととなる。
【0047】
また、図7からわかるように、粒径が大径側に逸脱し、小径の粒子が不足している粒度分布をもつ粒子でなる比較例3〜5のペーストのうち、比較例4,5のペーストでは、応力拡大係数範囲ΔKが大きい領域では、実施例1〜3と同様に、き裂進展速度が低下したが、応力拡大係数範囲ΔKが小さい領域(26MPa・m1/2以下)では、き裂進展速度の低下が図れず、き裂進展抑制効果が小さくなった。なお、比較例3〜5のペーストのうち、比較例3のペーストについては、比較例4,5に比べて粒径が比較的小さい範囲(2μm超〜10μm以下)の粒子も有しているので、き裂進展抑制効果が発現しない範囲が狭く、応力拡大係数範囲ΔKが比較例4,5の場合に比べてより小さい領域において、実施例3よりもき裂進展抑制効果が小さくなった。
【0048】
このため、比較例4,5のペーストでは、発生した疲労き裂に対して、その初期段階、あるいは初期段階からき裂が進展する段階にかけて、また、比較例3のペーストでは、発生した疲労き裂の初期段階において、き裂進展抑制効果が不十分となり、よって、疲労き裂のある鋼構造物の延命化に寄与できないこととなる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8