(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5753826
(24)【登録日】2015年5月29日
(45)【発行日】2015年7月22日
(54)【発明の名称】マイクロ波信号発生器およびその周波数制御方法
(51)【国際特許分類】
H03L 7/06 20060101AFI20150702BHJP
H03L 7/087 20060101ALI20150702BHJP
H03L 7/08 20060101ALI20150702BHJP
H03B 5/18 20060101ALI20150702BHJP
【FI】
H03L7/06 D
H03L7/08 P
H03L7/08 H
H03L7/08 Z
H03B5/18 E
【請求項の数】5
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2012-195733(P2012-195733)
(22)【出願日】2012年9月6日
(65)【公開番号】特開2014-53710(P2014-53710A)
(43)【公開日】2014年3月20日
【審査請求日】2014年7月7日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成24年度、総務省、電波資源拡大のための研究開発委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000000572
【氏名又は名称】アンリツ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100079337
【弁理士】
【氏名又は名称】早川 誠志
(72)【発明者】
【氏名】待鳥 誠範
(72)【発明者】
【氏名】滝沢 正則
【審査官】
鬼塚 由佳
(56)【参考文献】
【文献】
特開平06−244635(JP,A)
【文献】
特開2010−004453(JP,A)
【文献】
米国特許第05204640(US,A)
【文献】
欧州特許出願公開第00044153(EP,A1)
【文献】
特開平03−140030(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H03L 7/06
H03B 5/18
H03L 7/08
H03L 7/087
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
制御信号の電圧に応じた周波数でマイクロ波帯の信号を周波数可変に発振出力するYIG発振器(41)と、
前記YIG発振器の出力信号を周波数弁別する周波数弁別器(50′)と、
前記YIG発振器の出力周波数を指定する情報を設定する周波数設定器(65、65′)と、
前記周波数弁別器の出力と前記周波数設定器の設定情報とに基づいて生成した前記制御信号を前記YIG発振器に与える制御部(60′)とを有するマイクロ波信号発生器であって、
前記周波数弁別器が、
前記YIG発振器の出力で強度変調された光を所定長の光ファイバ遅延線に伝搬させて所定の遅延を与えてから電気信号に戻して出力する遅延回路(51)と、
入力信号をI、Q信号で直交変調する直交変調器を有し、前記YIG発振器の出力または前記遅延回路の出力の位相を任意に推移させる可変移相器(71)と、
前記YIG発振器の出力と前記遅延回路の出力のうち前記可変移相器による移相を受けない出力と、前記可変移相器の出力との位相比較を行う位相比較器(72)とを有し、
前記制御部は、前記位相比較器の出力と前記設定情報とを用いた演算を行い、前記YIG発振器の出力周波数が前記設定情報に対応した値となり、且つ前記YIG発振器の位相変動を抑圧させる方向に変化する信号を前記制御信号として求めて前記YIG発振器へ与えるとともに、そのために必要な前記I、Q信号を算出して前記可変移相器に与えることを特徴とするマイクロ波信号発生器。
【請求項2】
前記周波数設定器は、前記YIG発振器の出力周波数を指定値近傍に設定するための設定電圧(Vset )を含む設定情報を前記制御部に与え、
前記制御部は、前記位相比較器の出力から前記YIG発振器の位相変動を抑圧させるための信号成分を算出し、該信号成分と前記設定電圧との加算結果を前記制御信号として前記YIG発振器に与えることを特徴とする請求項1記載のマイクロ波信号発生器。
【請求項3】
前記制御部は、前記位相比較器の出力を受け、該出力の所定周波数以下の成分を0に近づけるための前記I、Q信号を求めて前記可変移相器に与えるIQ信号発生器(64)を備えていることを特徴とする請求項2記載のマイクロ波信号発生器。
【請求項4】
前記周波数設定器は、前記YIG発振器の出力周波数に対応した前記遅延回路の移相量(θ)を設定情報として前記制御部に与え、
前記制御部は、前記周波数設定器から与えられた前記移相量を受け、該移相量に対応する前記I、Q信号を求めて前記可変移相器に与えるIQ信号発生器(64′)を備えていることを特徴とする請求項2記載のマイクロ波信号発生器。
【請求項5】
制御信号の電圧に応じた周波数でマイクロ波帯の信号を周波数可変に発振出力するYIG発振器(41)の出力に対する周波数弁別処理を行い、その処理結果と前記YIG発振器の出力周波数を指定する設定情報とに基づいて生成した前記制御信号で前記YIG発振器を制御するマイクロ波信号発生器の周波数制御方法であって、
前記周波数弁別処理が、
前記YIG発振器の出力で強度変調された光を所定長の光ファイバ遅延線に伝搬させて所定の遅延を与えてから電気信号に戻して出力する遅延処理と、
I、Q信号を用いた直交変調演算処理により、前記YIG発振器の出力または前記遅延処理された信号の位相を任意に推移させる可変移相処理と、
前記YIG発振器の出力と前記遅延処理された信号のうち前記可変移相処理を受けない信号と、前記可変移相処理を受けた信号との位相比較する位相比較処理とを含み、
前記位相比較処理で得られた出力と前記設定情報とを用いた演算を行い、前記YIG発振器の出力周波数が前記設定情報に対応した値となり、且つ前記YIG発振器の位相変動を抑圧させる方向に変化する信号を前記制御信号として求めて前記YIG発振器へ与えるとともに、そのために前記可変位相処理で必要な前記I、Q信号を算出する制御処理を行うことを特徴とするマイクロ波信号発生器の周波数制御方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光遅延線を用いた周波数弁別に基づいて位相雑音の抑圧制御を行う周波数可変のマイクロ波信号発生器において、低位相雑音で広帯域に周波数を可変できるようにするための技術に関する。この信号発生器は、各種信号発生装置の信号源や、スペアナの局部発振器などに利用可能である。
【背景技術】
【0002】
広帯域に周波数が可変なマイクロ波信号発生器の発振源として、YIG発振器(YIG Tuned Oscillator ; YTO)が広く用いられている。YIG(Yttrium Iron Garnet)はフェリ磁性結晶であり、印加される磁場に応じて、数GHz〜数10GHzの範囲で強磁性共鳴を生じる。これを利用したものがYIG発振器であり、マイクロ波帯で電気的に(機械式ではなく)、1オクターブ程度の可変範囲が得られる唯一の実用的な発振器である。
【0003】
このYIG発振器などの位相雑音を低減するための技術として、光遅延線を周波数弁別に用いたマイクロ波信号発生器(特許文献1)が知られている。
【0004】
図7は、特許文献1の代表図であり、発振器(OSCILLATOR)20の出力によって強度変調された光源(LASER OR LED)22の出力光は、光ファイバ遅延線(FIBER OPTIC DELAY LINE)24を通過した後増幅されて、光検出器(PHOTO DETECTOR)26で受光される。
【0005】
この受光信号は、遅延の過程で加わる歪と雑音を無視すれば、発振器の出力に遅延を与えたものであり、この受光信号と元の信号を約90度の位相差でアナログミキサを用いた位相比較器に入力してミキシングすれば、その低周波成分として位相差にほぼ比例した電圧が得られる。この操作は位相シフタ(ADJUSTABLE PHAE SHIFTER)32、位相比較器(PHASE DETECTOR)28で行われる。
【0006】
仮に、発振器出力が完全な正弦波とすれば、遅延した信号と元の信号の位相差は常に一定である。しかし、現実には発振器出力の位相が揺らぐため、位相比較器28の出力電圧も変動する。したがって、位相比較器の出力電圧の変動が極力小さくなるようにフィードバック制御することで、位相雑音を低減することができる。
【0007】
この回路において、光源22、光ファイバ遅延線24、光検出器26および位相比較器28から成る系は、信号の周波数変化に応じて出力電圧が変化する周波数弁別器として動作していると言える。
【0008】
いま、振幅を1に規格化して、発振器出力Soが、
So=cos 2πft(=cos ωt)
であるとき、遅延τを受けた遅延信号Sdは、
Sd=cos 2πf(t−τ)= cos (2πft−2πfτ)
であるから、発振器出力Soと位相比較器に入力される参照信号Srとが同相とすれば、
それらに対する遅延信号Sdの位相差は(−2πfτ)である。
【0009】
この位相差は、定義範囲を0〜2πに限定すると、
図8の(a)に示すように、周波数fが1/τ増加する毎に2πから0まで単調減少変化する。
【0010】
そして、このような位相差をもつ信号を位相比較器のミキサで乗算して、低周波成分(ここではDC成分)を取り出すと、
図8の(b)の弁別曲線のように、周波数1/τを一周期とする余弦関数cos 2πfτに比例した出力Lが得られる。
【0011】
ここで、
図8の(a)に示しているように、位相比較器に入力される参照信号Srが発振器出力Soに対して位相差θを持つものとすると、発振器出力Soに対する遅延信号Sdの位相差がθ±π/2のときに、参照信号Srと遅延信号Sdの位相差が±π/2となって、位相比較器の出力Lが0になる。
【0012】
そして、
図8の(b)のように、位相比較器の出力Lが増大したときに右下がりの矢印のように周波数を高くし、逆に位相比較器の出力Lが減少したときに左上がりの矢印のように周波数を低くする方向のフィードバック制御を適切に行うと、弁別曲線の負のスロープが0を切る点Rに周波数が安定化される。
【0013】
言い換えれば、発振器の周波数は、位相差がθ−π/2となる周波数に安定化される。(制御の極性を逆にすれば、正のスロープのゼロクロス点に安定化される。)負のスロープのゼロクロス点は多数あるが、通常、制御を開始する時点で自走周波数に最も近い点に安定化される。
【0014】
そして、
図8の(a)の状態からθを例えば増加させると、それに応じて位相差θ−π/2が増加するが、これは周波数fを下げる方向の変化であるから、弁別曲線が
図8の(b)の状態から(c)のようにθの増加分だけ周波数が下がるようにシフトして、その増加したθに対して位相差がθ−π/2となるゼロクロス点R′の周波数に安定化されることになる。
【0015】
また、発振器出力Soの周波数がf
0のときに遅延信号Sdと参照信号Srの位相差が90度であるようにθが調整されている状態(位相比較器の出力Lが0の状態)で、発振器出力Soの周波数がΔfだけ変化したとすると、遅延時間がτであれば、参照信号Srと遅延信号Sdの位相差は2πΔfτとなり、検波出力Lは、sin 2πΔfτ に比例する量となる。
【0016】
つまり、遅延時間τが大きいほど、周波数変化Δfに対して検波出力は敏感となって位相雑音を抑圧する効果が大きくなる。実際にYIG発振器などの位相雑音をさらに低減するためには、通常、数100m以上、時間にして1μs程度以上の遅延が必要になるが、このような遅延線を同軸ケーブルで実現すると、体積が大きく、かつ、伝搬損失も大きくなり、現実的ではないため、上記のように光ファイバ遅延線による遅延を行っている。
【0017】
このような構成の信号発生器について、所定範囲内で周波数を変化させる方法は、次の2つに大別される。
【0018】
その一つの方法は、位相比較器の出力Lが0になるようなフィードバック制御を常に行いながら、位相シフタの移相量を変化させる方法である。
【0019】
この場合、移相量の変化が2πΔfτに対応するため、
図8の(a)に示したように2πの移相量変化を与えると発振周波数は1/τ変化する。この方法では、常に移相量変化と周波数変化は1対1に対応する。以下、この方法を「連続可変」と呼ぶことにする。
【0020】
この「連続可変」の場合、
図9のように周波数変化Δfが制御される。つまり、シフタ移相量をΔφ変化させると、遅延位相がφ
0+Δφとなるように発振周波数が制御され、発振周波数はΔf=Δφ/(2πτ)だけ変化することになる。つまり、シフタ移相量の変化Δφに対して、発振周波数の変化Δfは一意に定まる。
【0021】
もう一つの方法は、位相比較器の出力Lが0になるようなフィードバック制御を一時的に停止して、発振周波数と移相量を変え、その後に位相比較器の出力Lが0になるようなフィードバック制御を再開する方法である。
【0022】
この場合、前記したsin 2πΔfτの周期性から、ある移相量に対して発振周波数がfであるとき、f+1/τなども発振周波数として許容される。以下、この方法を「不連続可変」と呼ぶことにする。
【0023】
この「不連続可変」の場合、
図10のような過程を経ることになり、
Δf=(Δφ+2πN)/(2πτ)=Δφ/(2πτ)+N/τ N:整数
の関係を満たす複数のΔfを取り得る。したがって、シフタ移相量の変化に対して発振周波数は不連続に変化することがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0024】
【特許文献1】米国特許第5204640
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0025】
前記した特許文献1の構成で、上記「連続可変」を行うと、ライン・ストレッチャーのような機械的な位相シフタの移相量が有限であることから、数10MHz程度までの周波数可変幅しか得られない。
【0026】
一方、上記「不連続可変」では、位相シフタの移相量は周波数可変範囲の制限にならないが、同じ移相量に対して1/τの整数倍の周波数不定性が内在しており、YIG発振器のような周波数再現性(ヒステリシス)が数MHz程度の発振器に適用すると、所望の周波数に対して1/τ(例えば、1MHz程度)の整数倍だけ離れた周波数に誤設定されてしまうことがある。
【0027】
また、周波数設定を変える毎に制御を中断して、自走状態に入るため、滑らかな周波数変化(連続的な周波数掃引)を実現できない。
【0028】
このように、YIG発振器に特許文献1の技術を適用するだけでは、1オクターブ程度以上(例えば、3GHz〜8GHz)の広い周波数可変範囲と、低位相雑音を実現することが困難であった。
【0029】
本発明は、上記課題を解決し、広い周波数可変範囲と低位相雑音を実現したマイクロ波信号発生器およびその周波数制御方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0033】
前記目的を達成するために、本発明の請求項
1のマイクロ波信号発生器は、
制御信号の電圧に応じた周波数でマイクロ波帯の信号を周波数可変に発振出力するYIG発振器(41)と、
前記YIG発振器の出力信号を周波数弁別する周波数弁別器(50′)と、
前記YIG発振器の出力周波数を指定する情報を設定する周波数設定器(65、65′)と、
前記周波数弁別器の出力と前記周波数設定器の設定情報とに基づいて生成した前記制御信号を前記YIG発振器に与える制御部(60′)とを有するマイクロ波信号発生器であって、
前記周波数弁別器が、
前記YIG発振器の出力で強度変調された光を所定長の光ファイバ遅延線に伝搬させて所定の遅延を与えてから電気信号に戻して出力する遅延回路(51)と、
入力信号をI、Q信号で直交変調する直交変調器を有し、前記YIG発振器の出力または前記遅延回路の出力の位相を任意に推移させる可変移相器(71)と、
前記YIG発振器の出力と前記遅延回路の出力のうち前記可変移相器による移相を受けない出力と、前記可変移相器の出力との位相比較を行う位相比較器(72)とを有し、
前記制御部は、前記位相比較器の出力と前記設定情報とを用いた演算を行い、前記YIG発振器の出力周波数が前記設定情報に対応した値となり、且つ前記YIG発振器の位相変動を抑圧させる方向に変化する信号を前記制御信号として求めて前記YIG発振器へ与えるとともに、そのために必要な前記I、Q信号を算出して前記可変移相器に与えることを特徴とする。
【0034】
また、本発明の請求項
2のマイクロ波信号発生器は、請求項
1記載のマイクロ波信号発生器において、
前記周波数設定器は、前記YIG発振器の出力周波数を指定値近傍に設定するための設定電圧(Vset )を含む設定情報を前記制御部に与え、
前記制御部は、前記位相比較器の出力から前記YIG発振器の位相変動を抑圧させるための信号成分を算出し、該信号成分と前記設定電圧との加算結果を前記制御信号として前記YIG発振器に与えることを特徴とする。
【0035】
また、本発明の請求項
3のマイクロ波信号発生器は、請求項
2記載のマイクロ波信号発生器において、
前記制御部は、前記位相比較器の出力を受け、該出力の所定周波数以下の成分を0に近づけるための前記I、Q信号を求めて前記可変移相器に与えるIQ信号発生器(64)を備えていることを特徴とする。
【0036】
また、本発明の請求項
4のマイクロ波信号発生器は、請求項
2記載のマイクロ波信号発生器において、
前記周波数設定器は、前記YIG発振器の出力周波数に対応した前記遅延回路の移相量(θ)を設定情報として前記制御部に与え、
前記制御部は、前記周波数設定器から与えられた前記移相量を受け、該移相量に対応する前記I、Q信号を求めて前記可変移相器に与えるIQ信号発生器(64′)を備えていることを特徴とする。
【0038】
また、本発明の請求項
5のマイクロ波信号発生器の周波数制御方法は、
制御信号の電圧に応じた周波数でマイクロ波帯の信号を周波数可変に発振出力するYIG発振器(41)の出力に対する周波数弁別処理を行い、その処理結果と前記YIG発振器の出力周波数を指定する設定情報とに基づいて生成した前記制御信号で前記YIG発振器を制御するマイクロ波信号発生器の周波数制御方法であって、
前記周波数弁別処理が、
前記YIG発振器の出力で強度変調された光を所定長の光ファイバ遅延線に伝搬させて所定の遅延を与えてから電気信号に戻して出力する遅延処理と、
I、Q信号を用いた直交変調演算処理により、前記YIG発振器の出力または前記遅延処理された信号の位相を任意に推移させる可変移相処理と、
前記YIG発振器の出力と前記遅延処理された信号のうち前記可変移相処理を受けない信号と、前記可変移相処理を受けた信号との位相比較する位相比較処理とを含み、
前記位相比較処理で得られた出力と前記設定情報とを用いた演算を行い、前記YIG発振器の出力周波数が前記設定情報に対応した値となり、且つ前記YIG発振器の位相変動を抑圧させる方向に変化する信号を前記制御信号として求めて前記YIG発振器へ与えるとともに、そのために
前記可変位相処理で必要な前記I、Q信号を算出
する制御処理を行うことを特徴とする。
【発明の効果】
【0041】
上記したように、本発明の請求項
1のマイクロ波信号発生器は、周波数弁別器を、光ファイバ遅延線を用いた遅延回路と、直交変調器からなる可変移相器と、位相比較器とで構成し、その位相比較器の出力と設定情報とを用いた演算を行って生成した制御信号をYIG発振器に与えるとともに、そのために必要なI、Q信号を算出して可変移相器に与えることで、YIG発振器の出力周波数の設定および位相変動を抑制している。
【0042】
このように、演算処理で得られたI、Q信号を直交変調器からなる可変移相器に設定することで移相処理を行っているので、ライン・ストレッチャー等の位相シフタのような機械的な制約がなく、低位相雑音で広い範囲の周波数可変が可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0044】
(第1の実施形態)
以下、図面に基づいて本発明の第1の実施形態を説明する。
図1は、本発明を適用したマイクロ波信号発生器40の構成を示している。
【0045】
このマイクロ波信号発生器40は、YIG発振器41、カプラ42、周波数弁別器50、制御部60、周波数設定器65を有している。
【0046】
YIG発振器(YTO)41は、数GHz〜数10GHzのマイクロ波帯の信号を広い範囲(例えば1オクターブ以上)で周波数可変に出力する。この発振器出力Soの一部は、カプラ42を介してこの信号発生器40の出力信号として出力され、一部は、カプラ42から周波数弁別器50に入力される。
【0047】
周波数変別器50は、遅延回路51と直交検波器56によって構成されている。遅延回路51は、レーザダイオード等からなる光源52、光変調器53、光遅延線54、受光器55からなり、光源52から光変調器53に入射された光を、発振器出力Soで強度変調して、その出射光を光遅延線54に伝搬させてから受光器55に入射させて電気信号Sdに戻して出力する。
【0048】
なお、光変調器53の具体的な構成は任意であるが、ここでは、入射光を2分岐して二つの導波路を伝搬させて合波する構造の光路が、印加電界に応じて屈折率が変化する電気光効果を有する基板に形成され、その二つの導波路の少なくとも一方に所定振幅の信号電界を与えることで、信号によって強度変調された光を出射させる、所謂LN変調器を用いている。
【0049】
直交検波器56は、カプラ41および光変調器52を経由して入力される参照信号Srに対する遅延回路51の出力Sdの同相成分Iと直交相成分Qを求めるためのもので、参照信号Srを2分岐してその一方を90度移相器57で移相し、この90度移相した信号Sr(90)と移相しない信号Sr(0)をアナログミキサ型の位相比較器58、59にそれぞれ入力し、遅延回路51の出力Sdについては、2分岐して二つの位相比較器58、59に同相に与えている。
【0050】
この直交検波器56は、同一周波数の2信号を与えたときに、一方の信号を基準にして他方の信号に含まれる同相成分と直交成分にそれぞれ比例した出力I、Qを出力する。そして、この出力I、Qから2信号の位相差を特定することができる。
【0051】
簡単のため、振幅は規格化されているものとすると、直交する参照信号Sr(0)、Sr(90)を、それぞれ、
Sr(0)=cosωt
Sr(90)=sinωt
とし、遅延信号Sdを、
Sd=cos(ωt+φ)=cos ωt・cos φ−sin ωt・sin φ
とすると、これらを乗算して低周波成分を取り出せば(途中計算省略)、
I=cos φ
Q=sin φ
の直交成分が得られる。
【0052】
このようにして同相成分I、直交相成分Qが分かれば、参照信号と遅延信号の位相差φを特定することができる。
【0053】
そして、それらを係数として、
I・sin θ+Q・cosθ=sin θ・cos φ+cos θ・sin φ=sin (θ+φ)
のように、位相を回転することができる。この演算の結果sin (θ+φ)は、前記した従来装置において位相シフタで−θだけ位相を回転させた参照信号sin (ωt−θ)と、遅延信号Sdとを位相比較したことと等価である。
【0054】
このことは、
Sd=cos(ωt+φ)
=cos [(ωt−θ)+θ+φ]
=cos(ωt−θ)・cos (θ+φ)−sin (ωt−θ)・sin (θ+φ)
と書けるため、sin(ωt−θ)の係数が抽出されることからもわかる。
【0055】
制御部60は、直交検波器56の出力I、Qと、後述する周波数設定器65によって設定された出力周波数を指定する情報(θ、Vset )とを用いた演算を行い、直交検波器56の出力で特定される位相差が所定値に近づく方向に変化する制御信号VcをYIG発振器41に与えて、YIG発振器41の出力周波数の設定情報に対応した周波数からの周波数変動および位相変動を抑制する。
【0056】
この実施例における制御部60は、演算器61、ループフィルタ62および加算器63によって構成される。演算器61は、直交検波器56の出力と所望の出力周波数fset に応じた移相量θを設定情報として受け、前記した位相回転の演算、つまり、
I・sin θ+Q・cos θ=sin (θ+φ)
を行う。
【0057】
ここで、移相量θは数値(デジタルデータ)、アナログ値(電圧)、同相・直交相アナログ値(cos θ、sin θに相当する電圧)のいずれの形態でも入力することができ、これに応じて、演算器61の内部構成も、デジタル乗算、デジタルフィルタおよびD/A変換器を用いた構成、あるいはアナログ乗算器を用いた構成などが採用できる。
【0058】
また、演算処理による位相回転であるから、移相量θは任意に増減でき、機械式の位相シフタ(ライン・ストレッチャー)のような可動範囲による制限はない。
【0059】
ループフィルタ62は、演算器61の出力信号Vに対して不要な高周波成分を除去するとともにループ安定化のための高域側帯域制限処理を行ってその処理結果の信号V′を加算器63に出力する。加算器63は、この信号V′と周波数設定器65からの設定電圧Vset とを加算し、これを制御信号VcとしてYIG発振器41に与える。
【0060】
周波数設定器65が加算器63に与える設定電圧Vset は、YIG発振器41の発振周波数がfset となるような直流電圧であり、演算器61に与える移相量θは、発振周波数がfset のときにI、Q成分から算出される位相差φ(の符号を変えたもの)が取るべき値であって、周波数弁別器の構成または予め実測された結果に基づいて定められ、設定電圧Vsetと共に発振周波数fset に対応づけされて予めテーブル等に記憶されている。
【0061】
制御部60は、初期状態で帰還制御を停止させ、ループフィルタ62の出力を加算器63に入力させない状態(V′=0、Vc=Vset )で、設定電圧Vset を制御信号VcとしてYIG発振器41に与え、その発振周波数をfset の近傍に設定する。
【0062】
その後、位相差φが(−θ)に一致するような帰還制御を開始し、φを(−θ)に静定させ、sin (θ+φ)を0に近づける。このとき、φの変化Δφが小さい範囲で(φ=−θ+Δφ, Δφ≪1)、sin (θ+φ)=sin (Δφ)≒Δφとなるから、以後このΔφが常に0に近づくようにYIG発振器41が帰還制御される。その結果として、自走状態のYIG発振器41がもつ位相揺らぎ(周波数揺らぎ)を低減することができる。
【0063】
上記のように構成されているから、実施形態のマイクロ波信号発生器40は、出力したい周波数fset に対応した移相情報θと設定電圧Vset を与えることで、広い周波数可変範囲にわたって低位相雑音のマイクロ波信号を出力することができる。
【0064】
(第2の実施形態)
なお、前記第1の実施形態の制御部を、
図2に示すように変形することもできる。
即ち、周波数設定器65′が出力周波数に対応した直流の設定電圧Vset だけを出力するように構成し、位相差φに対応して演算器61′から出力される信号Vのうち、所定の周波数帯をバンドパス型のループフィルタ62′で抽出し、加算器63で周波数設定器65の設定電圧Vset と加算してYIG発振器41に制御信号Vcとして与える。
【0065】
ループフィルタ62′の高域遮断特性は第1の実施形態を示す
図1のループフィルタ62と同様に安定な帰還制御を実現するように設定される。また、低域遮断特性は、直流成分を取り除くために設定され、例えばその遮断周波数を1kHzとする。
【0066】
この実施形態の演算器61′は次の演算を行い、入力されたI、Qから出力信号Vを得る。
【0067】
V=Q・I
L−I・Q
L
ただし、I
L、Q
Lは、I、Qの低周波成分で、例えば遮断周波数1kHzのLPF出力とする。
【0068】
なお、この出力信号Vなどは適宜増幅されていてもよく、上記演算はアナログ演算処理でも、A/D変換器やD/A変換器を用いたデジタル演算処理であってもよい。
【0069】
この出力信号Vは、位相差φの変化の高周波成分(例えば1kHz以上)を表している。即ち、位相差の低周波成分をφ
L、高周波成分をΔφ、振幅は規格化されているものとして、
I=cos (φ
L+Δφ)、I
L=cos(φ
L)
Q=sin (φ
L+Δφ)、Q
L=sin(φ
L)
と書ける。
【0070】
よって、出力信号Vは、
V=sin (φ
L+Δφ) cos (φ
L)−cos(φ
L+Δφ) sin (φ
L)
=sin (Δφ)≒Δφ
となる。この位相差の高周波成分Δφは、ループフィルタ62′を通過して設定電圧Vset に加算されてYIG発振器41に帰還され、位相揺らぎを抑圧する。
【0071】
この制御方式では、ループフィルタ62′が直流成分を帰還しないため、発振周波数は、設定電圧Vset のみによって定まる。つまり、YIG発振器41の特性によって周波数が定まることになる。したがって、この第2の実施形態は、周波数設定器65′を除けば、外部からの制御電圧(Vset)に応じて発振周波数が変わる電圧制御発振器(VCO)として機能し、PLLシンセサイザのVCOとして有用である。
【0072】
(第3の実施形態)
前記した第1、2の実施形態では、周波数弁別器50において、参照信号Srに対する遅延信
号Sdの位相差を特定するために直交検波器56を用いていたが、
図3に示すマイクロ波信号発生器40′の周波数弁別器50′のように、直交変調器からなる可変位相器71と位相比較器72を用いて構成しても、前記第1、第2の実施形態と同等の効果が得られる。
【0073】
このマイクロ波信号発生器40′の周波数弁別器50′は、直交変調器型の可変移相器71で、YIG発振器41の出力(実際には参照信号Sr)と遅延信号Sdとの位相を、I、Q信号で特定される位相分に推移させて位相比較器72に入力させている。なお、ここでは可変移相器71に参照信号Srを入力し、その出力と遅延信号とを位相比較器72に入力しているが、遅延信号Sdを可変移相器71に入力し、その出力と参照信号Srとを位相比較器72に入力してもよい。
【0074】
可変移相器71を構成する直交変調器は、前記直交検波器と同様に、2つのミキサと0度ハイブリッドカプラ、90度ハイブリッドカプラなどを用いて構成されており、入力信号をcos ωtとし、I、Q信号を、
I=A cosφ
Q=A sinφ
とすると、変調器出力は、
Acos φ・cosωt−Asin φ・sin ωt=Acos (ωt+φ)
となって、入力信号の位相をφだけシフトしたものになる。
【0075】
例えば、φ=Ωt(Ω;角周波数,t;時間)のように変化させればRF入力に対するRF出力の位相は持続的に回転することになる。
【0076】
ただし、IC化された直交変調器の場合、その帯域は2GHz程度しかないため、それ以上の周波数帯の発振器を実現するためには、補助的なミキシングが必要になる。
図4はその構成例を示すものであり、YTO構成の局部発振器71aからのローカル信号Lc、ミキサ71bおよびローパスフィルタ71cを用いて、入力信号をダウンコンバートしてから、直交変調器71dに入力し、I、Q信号で直交変調する。そしてその出力を、ローカル信号Lc、ミキサ71eおよびバンドパスフィルタ71fを用いて元の周波数帯にアップコンバートすることで、全体としては数GHz以上の高い周波数で直交変調処理を行うことができる。
【0077】
可変移相器71によって位相がシフトされた参照信号Sr′は、遅延信号Sdとともにアナログミキサ型の位相比較器72に入力され、その位相差に応じた低周波成分が制御部60′に出力される。
【0078】
制御部60′は、可変移相器71へのI、Q信号とYIG発振器41への制御信号Vcとを制御して、YIG発振器41の出力周波数の設定情報に対応した周波数からの変動を抑制している。
【0079】
この実施例の制御部60′は、可変移相器71の移相量を制御するためのI、Q信号を出力するIQ信号発生器64、ループフィルタ62′および加算器63によって構成されており、位相比較器72の出力のうち、所定周波数(例えば1kHz)以上の低周波成分は位相雑音抑圧のために、バンドパス型のループフィルタ62′および加算器63を介してYIG発振器41の制御信号Vcに帰還し、所定周波数未満の成分は、周波数弁別の動作点を保持するためにIQ信号発生器64によってI、Q信号に変換されて、可変移相器71の直交変調器71dに帰還する。
【0080】
IQ信号発生器64は、
図5に示すように、位相比較器72の出力Vの所定周波数未満の低周波成分をローパスフィルタ64aで抽出してA/D変換器64bでデジタル値に変換し、その値が0に近づくように現在の位相を増減制御する。演算器64cはこの位相からcos 成分、sin 成分を算出して、それを2チャンネル構成のD/A変換器64dでアナログのI、Q信号にそれぞれ変換して可変移相器71に与える。
【0081】
このようにすることで、設定周波数が変化しても位相比較器72に入力される参照信号Sr′と遅延信号Sdの位相差が90度に保たれ、最良の周波数弁別感度を維持することができる。
【0082】
そして、この状態を維持しながら、制御部60′の加算器63に対して、出力周波数に対応した設定電圧Vset を周波数設定器65′から与えて、加算器63の出力を制御信号Vcとして与えることで、YIG発振器41の出力周波数を、所望周波数に保持した状態で、その周波数揺らぎ、位相揺らぎを抑圧することができる。
【0083】
(第4の実施形態)
図3に示した第3の実施形態では、位相比較器72の出力をI、Q信号発生器64に与えて、参照信号Sr′と遅延信号Sdの位相差を90度に保つようにフィードバック制御していたが、
図6のように構成してもよい。
【0084】
即ち、第1の実施形態と同様に、周波数設定器65から指定周波数に対応した移相量θをIQ信号発生器64′に与えて、その移相量θに対応するI、Q信号を生成して可変移相器71に入力するとともに、位相比較器72の出力からローパス型のループフィルタ62によりそのDC成分を抽出して加算器62に与え、周波数設定器65からの設定電圧Vset との加算出力を制御信号VcとしてYIG発振器41に帰還してもよい。この場合の制御部60の処理手順は、前記第1実施形態と同様である。
【0085】
前記各実施形態では、強度変調光を生成する構成として、光源52から出射された光を光変調器53で強度変調する間接変調の例を示したが、光源としてのレーザダイオードの注入電流に変調を掛けることで強度変調光を生成する直接変調方式を採用してもよい。
【0086】
また、位相比較のための参照信号Srとして光変調器53を通過した信号を用いているが、光変調器53に与える信号の通過出力は終端し、発振器出力Soを別に分岐して参照信号Srとしてもよい。
【符号の説明】
【0087】
40、40′……マイクロ波信号発生器、41……YIG発振器、42……カプラ、50……周波数弁別器、51……遅延回路、52……光源、53……光変調器、54……光ファイバ遅延線、55……受光器、56……位相比較部、57……90度移相器、58、59……位相比較器、60、60′……制御部、61、61′……演算器、62、62′……ループフィルタ、63……加算器、64、64′……IQ信号発生器、65……周波数設定器、71……可変移相器、72……位相比較器