【実施例】
【0029】
(1)CaMKIIの調製
CaMKIIのアイソザイムのひとつであるCaMKIIαを用い、そのキナーゼドメインを標的とした。CaMKIIαのキナーゼドメイン (KD)にhis-tagをつけたもの(CaMKIIα-KD)を調製し、Ni-ビーズ上に固定化した。CaMKIIの大量調製にはバキュロウイルス発現系を利用し、ビーズ上に固定化されたCaMKIIα-KD は90%以上の純度であることを確認した。
(2)CaMKIIα に好適化した多価型ペプチドライブラリーのデザイン
図1に、多価型ペプチドライブラリーの構造を示す。この多価型ペプチドライブラリーは、[化1]にも示したように、中央に3つのリジンが結合した分子核部を有し、4つに分岐した構造とされている。そして、この分子核部の端部には、スペーサーとして、
図1中「U」で示されるamino hexanoic acid [NH
2-(CH
2)
5-COOH]が結合している。スペーサー長は、CaMKIIに好適化するように設計されている。そして、このスペーサーの端部からは、
図1中のXXXXで示されるライブラリー部を含むペプチドが4個結合した、4価のペプチドライブラリーに設計されている。この各々のライブラリー部の末端には、Met-Ala(MA)が結合している。このMAは、スクリーニングに際して導入したものであり、本発明のCaMKII阻害ペプチドにおいては必ずしも付加する必要はない。なお、ライブラリー部は、便宜的にXXXXで示しているに過ぎず、そのアミノ酸の数等については以下に詳しく述べる。
ライブラリー部の設計に関して、本発明者らは、1)これまでにCaMKIIαによってリン酸化されることが知られている数多くの基質では、リン酸化されるSer/Thrの位置から-5位のアミノ酸がLeuであることが多く、2)AIPの配列中におけるこの位置に相当するLeuを別のアミノ酸に置換すると阻害効果が著しく低下する、との知見のから、-5位のLeuが基質との高親和性結合に重要であると推測した。
そこで、多価型ペプチドライブラリーのライブラリー部(
図1中で「XXXX」で表示)の配列は、XXXLXXXXAXXX(配列番号13: Xaa-Xaa-Xaa-Leu-Xaa-Xaa-Xaa-Xaa-Ala-Xaa-Xaa-Xaa)と設定した(X部(Xaa)は、Cys以外の19種のアミノ酸のミックスチャーからなるdegenerate positionを示す)。配列中、基質のリン酸化位置に相当する0位をAla(A)に固定することでリン酸化を防ぎ、-5位をLeu(L)に固定することでライブラリー部とCaMKIIα-KDとの結合親和性が高まるように設計した。また、ライブラリー部とスペーサーの間には、Ala-Lys-Lys-Lys(AKKK)を導入した。この3個のLysは、多価型ペプチドライブラリーの水溶性を担保するために導入している。
【0030】
(3)多価型ペプチドライブラリースクリーニング
スクリーニング方法は、特許文献(WO2006/001542)に記載の方法に準じる。CaMK IIα に好適化した上記の多価型ペプチドライブラリー(240μg)を用い、Ni-ビーズ上に固定化したCaMKIIα-KD(200μg)と4℃で18時間インキュベート(反応溶液の組成;50 mM HEPES-NaOH(pH=7.5), 1 mM EGTA, 20 mM β-glycerophosphate, 0.02% NP-40, 1 mM DTT, 10 μM ATP, final volume 300μl)した。ビーズをPBSならびに0.5%NP-40 PBSで洗浄後、30%酢酸で溶出し、CaMKIIα-KDに強く結合する画分を調製した。この画分についてアミノ酸シークエンスを行い、各degenerate positionについて、検出される19種のアミノ酸のモル比を算出した。さらに、オリジナルの多価型ペプチドライブラリー(ライブラリー部として配列番号13: Xaa-Xaa-Xaa-Leu-Xaa-Xaa-Xaa-Xaa-Ala-Xaa-Xaa-Xaaを有するスクリーニング前の多価型ペプチドライブラリー)についても同様にアミノ酸シークエンスを行い、各degenerate positionでのアミノ酸の検出モル比を算出した。各degenerate positionの各アミノ酸について、それぞれスクリーニングから得られた数値をオリジナルの多価型ペプチドライブラリーから得られた数値で割ることによって、何倍選択性が向上したのかを数値化した。さらに、あるdegenerate positionの19種類の全てのアミノ酸の数値をたすと19となるように補正した。このとき各アミノ酸の間で、選択性に差がないと値は1となる。この値が1.3を越えると強い選択性がみられたと判断した。
【0031】
CaMKIIα に好適化した多価型ペプチドライブラリーを用いたスクリーニングを2回行い、各Xの位置で選択されるアミノ酸を決定した。表1にその結果を示す。
【0032】
【表1】
【0033】
その結果、両者で共通して、position -1〜-4でLeuが非常に強く選択されること、position -8でArgが、position +3でHisがそれぞれ選択されることが示された。またposition +1, +2ではArgとLeuの2種のアミノ酸が共通して選択されていた。一方、position -7, -6, +2では両者で選択されるアミノ酸に若干の相違がみられた。
【0034】
以上の結果から、これらの情報をカバーする配列として、以下の6種類のアミノ酸配列(配列番号1〜6)をCaMKIIα 結合モチーフとして同定した。
【0035】
配列番号1:Arg-Arg-Arg-Leu-Leu-Leu-Leu-Leu-Ala-Arg-His-His
(RRRLLLLLARHH)
配列番号2:Arg-Arg-Ile-Leu-Leu-Leu-Leu-Leu-Ala-Arg-His-His
(RRILLLLLARHH)
配列番号3:Arg-Arg-Ile-Leu-Leu-Leu-Leu-Leu-Ala-Arg-Leu-His
(RRILLLLLARLH)
配列番号4:Arg-Ile-Ile-Leu-Leu-Leu-Leu-Leu-Ala-Leu-Leu-His
(RIILLLLLALLH)
配列番号5:Arg-Ile-Ile-Leu-Leu-Leu-Leu-Leu-Ala-Arg-Leu-His
(RIILLLLLARLH)
配列番号6:Arg-Arg-Ile-Leu-Leu-Leu-Leu-Leu-Ala-Leu-Leu-His
(RRILLLLLALLH)
(4)阻害活性測定
スクリーニングの結果得られた上記アミノ酸配列(配列番号1〜6)を基に、上記アミノ酸配列(配列番号1〜6)を含む以下に示すペプチド(配列番号7〜12)を合成し、CaMKIIα阻害ペプチドとしての効果を検討した。
【0036】
配列番号7:
Met-Ala-Arg-Arg-Arg-Leu-Leu-Leu-Leu-Leu-Ala-Arg-His-His-Ala-Lys-Lys-Lys
(MARRRLLLLLARHHAKKK)
配列番号8:
Met-Ala-Arg-Arg-Ile-Leu-Leu-Leu-Leu-Leu-Ala-Arg-His-His-Ala-Lys-Lys-Lys
(MARRILLLLLARHHAKKK)
配列番号9:
Met-Ala-Arg-Arg-Ile-Leu-Leu-Leu-Leu-Leu-Ala-Arg-Leu-His-Ala-Lys-Lys-Lys
(MARRILLLLLARLHAKKK)
配列番号10:
Met-Ala-Arg-Ile-Ile-Leu-Leu-Leu-Leu-Leu-Ala-Leu-Leu-His-Ala-Lys-Lys-Lys
(MARIILLLLLALLHAKKK)
配列番号11:
Met-Ala-Arg-Ile-Ile-Leu-Leu-Leu-Leu-Leu-Ala-Arg-Leu-His-Ala-Lys-Lys-Lys
(MARIILLLLLARLHAKKK)
配列番号12:
Met-Ala-Arg-Arg-Ile-Leu-Leu-Leu-Leu-Leu-Ala-Leu-Leu-His-Ala-Lys-Lys-Lys
(MARRILLLLLALLHAKKK)
これらの合成ペプチド(配列番号7〜12)は、上記スクリーニングの結果得られたCaMKIIα 結合モチーフ(配列番号1〜6)のN末端にMet−Ala(MA)を付加し、C末端に、配列番号14:Ala-Lys-Lys-Lys(AKKK)を付加している。N末端のMAは、多価型ペプチドライブラリーの構造に対応させて付加しているが省略することが可能である。また、C末端のAKKK(配列番号14:Ala-Lys-Lys-Lys)は、合成ペプチドの水溶性を担保するために導入している。さらに、CaMKIIαの分子構造に対応させるため、配列番号7〜12で示す合成ペプチドのC末端にamino hexanoic acid [NH
2-(CH
2)
5-COOH]を付加して分子鎖長を調整したものを使用した。以下、配列番号7の合成ペプチドにamino hexanoic acid [NH
2-(CH
2)
5-COOH]を付加したものをM1(monomer 1)と記載し、同様に、配列番号8〜12の合成ペプチドにamino hexanoic acid [NH
2-(CH
2)
5-COOH]を付加したものを順に、M2(monomer 1)〜M6(monomer 6)と記載する。
【0037】
合成ペプチドM1〜M6と、合成基質AIPを用いて、CaMKIIα-KDのキナーゼ活性に対する阻害効果を検討した。また、細胞内に存在する一般的キナーゼであるprotein kinase A(PKA)およびprotein kinase C(PKC)の活性に及ぼす影響についても検討した。
【0038】
CaMKIIα-KDのキナーゼ活性に対するM1〜M6の合成ペプチドの阻害効果の結果を
図2に示す。
図2から分かるように、M4については高濃度で阻害活性が減弱するものの、その他の合成ペプチドについてはいずれも強い阻害活性を示すことが示され、その効果はAIPと同程度であった。
【0039】
一方、PKAに対するM1〜M6の合成ペプチドの阻害効果を
図3に、PKCに対するM1〜M6の合成ペプチドの阻害効果を
図4に示す。
図3、
図4に示したように、PKAおよびPKCに対してはいずれのペプチドも全く阻害効果を示さなかった。
【0040】
以上の通り、多価型スクリーニング法によって、AIPとは全く異なる新規配列を有し、特異的に CaMKIIαを強く阻害するCaMKIIα阻害ペプチド、M1〜M6を同定することができた。M1〜M6が得られたことによって、生体内動態の制御や膜透過性、安定性の向上など、目的に合わせたさまざまな機能付加、機能改善の検討が可能となり、CaMKIIの異常な活性化に伴う種々の重要疾患に対する優れた治療薬開発が大きく促進される。
(5)多価CaMKII阻害ペプチドの阻害効果
図1に示した多価型ペプチドライブラリーの4つのライブラリー部(
図1中で「XXXX」と表示)に、配列番号1〜6に示したCaMKIIα 結合モチーフのうちのいずれかを導入した4価のペプチドを作製した。この4価ペプチドを配列番号1を含むものから順にT1〜T6と記載する。なお、この4価ペプチド(T1〜T6)は、以下に示した分子核部、
【0041】
【化3】
【0042】
の端部の各々の−NHに、配列番号7〜12のうちのいずれかのアミノ酸配列を含むペプチドが結合した4価ペプチドと同様の構造を有している。
【0043】
そして、4価ペプチドT1〜T6と、合成基質AIPを用いて、CaMKIIα-KDのキナーゼ活性に対する阻害効果を検討した。
【0044】
CaMKIIα-KDのキナーゼ活性に対する4価ペプチドT1〜T6の阻害効果の結果を
図5、
図6に示す。
図5では、横軸が、4価ペプチド(T1〜T6)に含まれるCaMKIIα 結合モチーフ(配列番号1〜6)のモル数に換算している。
図6では、横軸が4価ペプチド(T1〜T6)のモル数を表している。
【0045】
図5、
図6から分かるように、配列番号1〜6に示したCaMKIIα 結合モチーフのうちのいずれかを導入した4価のペプチドは、CaMKIIαの活性阻害効果があることが確認された。特に、4価ペプチド(T1〜T6)に含まれるCaMKIIα 結合モチーフの濃度および4価ペプチド(T1〜T6)の濃度が低濃度(例えば、1μM〜10μM)の場合、AIPと同等またはそれ以上の阻害効果が確認された。