【実施例1】
【0017】
本発明の新規な納豆菌であるIBARAKI lst−1は、次のようにして得たものである。市販スターター株である宮城野菌をきな粉平板培地(きな粉0.5%、塩化ナトリウム0.2%、グルコース0.1%、寒天1.5%)に植え37℃で48時間培養した。生育したコロニーを新たなきな粉平板培地に植え継ぎ37℃で48時間培養する作業を5回繰り返した。植え継ぎを繰り返し、きな粉平板培地で生育したコロニーを釣菌し、LB平板培地に植菌して37℃で24時間培養した。元のコロニーと形態が変化したコロニーを新たなLB平板培地に植え継ぎ純粋培養を行った。
【0018】
単離した細菌株全てについて納豆を試作した。単離した全ての候補株をシェファー平板培地(ニュートリエントブロス(Difco)1.2g、硫酸マグネシウム7水和物0.025g、塩化カリウム0.1g、硫酸鉄7水和物0.0278mg、硝酸カルシウム4水和物23.6mg、塩化マンガン4水和物0.198mg、寒天1.5g、水100ml)に塗布して37℃で2日間培養して胞子化した。その後、胞子を収集して滅菌水に懸濁した。調整した胞子液の菌数を確認後、以下に示すようにして納豆を試作した。最初に、大豆を3倍量の水(20℃)に16時間浸漬した後、よく水を切り、0.18MPaの条件で30分間蒸煮した。次に、蒸煮大豆1gに対して上記納豆菌の菌数が10
3個となるように納豆菌胞子懸濁液を噴霧し、よく攪拌した。これを、発泡スチロール製の容器に所定量充填し、小孔のあるポリスチレン製フィルムで被覆して蓋をした。次に、39℃、湿度90%で18時間発酵処理を行った後、20℃、50%であら熱を取り、5℃で1日以上冷蔵して熟成させ目的とする納豆を得た。その結果、通常では18時間程度の発酵を行うが、それよりも長い時間発酵させても糸引きが弱い納豆が製造可能であった。製造した納豆について菌の被り、豆の硬さ、糸引きから、従来の納豆菌株よりも糸引きの弱い納豆菌株を選抜した。選抜した細菌株について、16S rRNA遺伝子の解析及びビオチン要求性試験を行い、その結果からバチルス・サブチリス(Bacillus subtilis)に属する納豆菌であることを確認した。これにより、本発明のバチルス・サブチリスIBARAKI lst−1(Bacillus subtilis IBARAKI lst−1)を得た。この納豆菌変異株は、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターに、受託番号NITE P−01836で寄託されたバチルス・サブチリス IBARAKI lst−1(Bacillus subtilis IBARAKI lst−1)である。なお、納豆菌と納豆菌以外のバチルス・サブチリスとの相違は、納豆菌がビオチン要求性を示し、かつ粘質物産出能を有するのに対し、納豆菌以外のバチルス・サブチリスはこれらの特性を示さないことにある。
【0019】
以上のようにして本発明のIBARAKI lst−1を用いて製造した納豆をかき混ぜた状態の外観写真を
図1に示す。また、市販納豆スターター株である宮城野菌で製造した納豆についてもかき混ぜた状態の外観写真を比較例として
図2に示す。
図1に示すように、本発明の納豆菌株(Bacillus subtilis IBARAKI lst−1)で製造した納豆の場合は、γ−PGA量が少なく、かき混ぜても全体がまとまることがないことが確認できる。一方、宮城野菌で製造した納豆は、
図2に示すように、見た目にγ−PGAが多いことが確認でき、また粘りが強いため中央にまとまっていることが分かる。そこで、本発明のIBARAKI lst−1及び市販納豆スターター株である宮城野菌を用いてそれぞれ製造した納豆について、生成するγ−PGAの量を比較した。
【0020】
γ−PGAを主成分とする粘性物質の量測定法は、次の通りである。IBARAKI lst−1と宮城野菌を用いて、前記と同じ方法で胞子化と納豆の製造を行い、サンプルとなる納豆を得た。納豆(約13g)を50mlの遠心チューブに秤量し、1mol/Lの塩化ナトリウムを含む10mmol/Lリン酸ナトリウムバッファ(pH7.0)を5ml添加した。大豆表面をよく撹拌・洗浄した後、大豆試料に掛がる遠心力が8,700×gとなる条件で、4℃で5分間遠心し、上清を新しい50mlの遠心チューブに分取する作業を3回繰り返し、水溶性成分を回収した。回収した水溶性成分を、遠心力8,700×gの条件で、4℃で20分間遠心し、上清を回収する作業を2回繰り返した。得られた上清10mlに99.5%エタノール25mlを添加した。さらに、遠心力8,700×gの条件で、4℃で10分間遠心し、γ−PGAを回収した。回収した粘性物質を減圧乾燥後、重量を測定した。尚、試験は3連で行い、平均値と標準偏差を算出して比較を行った。
【0021】
その結果、宮城野菌が納豆1g当たりの粘性物質が15.3±0.4mgであるのに比べてIBARAKI lst−1では11.5±0.6mgとなっていた。つまり、IBARAKI lst−1の粘性物質生産量は宮城野菌に比べて約25%減少していることが明らかになった。このことからIBARAKI lst−1は宮城野菌よりも粘りの少ない納豆を製造できることが確認された。
【0022】
納豆の粘性を調べる為に、ラピッドビスコアナライザーRVA−4(NEWPORT SCIENTIFIC)を用いて、宮城野菌と本発明納豆菌を用いて製造した納豆のかき混ぜ抵抗を測定した。具体的には次のとおりである。納豆そのもののかき混ぜ抵抗は粘度が高すぎて測定不可能である為、納豆10gに水1mlを添加して測定サンプルを調製した。かき混ぜ抵抗を測定するパドル及びカップはRVA−4専用のものを用いた。回転数を毎分180回転、サンプル温度を20℃、測定時間2分で最高粘度の測定を行った。尚、測定は4連で行い、平均値と標準偏差を算出して比較を行った。
【0023】
その結果、宮城野菌では混ぜ抵抗が582±27RVUだったのに対し、IBARAKI lst−1では201±49RVUという結果となり、IBARAKI lst−1で製造した納豆をかき混ぜた際の最高粘度は宮城野菌で製造した納豆に比べ65%以上低下したことが明らかになった。この結果から、宮城野菌で製造した納豆に比べて、IBARAKI lst−1で製造した納豆は、捌けが良く、取り扱いや食べるのが容易であることが示唆された。
【0024】
本発明の糸引性低下納豆菌株(IBARAKI lst−1)及び市販納豆スターター株である宮城野菌を用い、前記と同じ方法で製造して得られた納豆について、官能試験を行った。なお、官能試験は、下記に示す方法により行った。
【0025】
10代から60代以上の健康な男女38名により、それぞれの納豆がどのようなものか情報を与えずに2種類の納豆について比較評価を実施した。評価は
図3に示す評価表を用いて行った。
図3に示すように、宮城野菌で製造した納豆を全ての評価項目において3点(普通)とし、その点数に対して本発明の納豆菌(IBARAKI lst−1)で製造した納豆の性状及び特性を比較する形で評価を行った。また、6つの評価項目を設定し、それぞれの項目について、宮城野菌で製造した納豆の方が良い(強い)、どちらも違いがない、本発明の納豆菌(IBARAKI lst−1)で製造した納豆の方が良い(強い)という三者択一の形式でも質問を行った。5点法による納豆の評価結果及び三者択一による納豆の評価結果として集計したものを、それぞれ下記の表1及び表2に示す。表1を見ると、糸引きの項目の評価結果は、宮城野菌の3点に対してIBARAKI lst−1は1.5点であり、両者の違いが認識されていることが明らかになった。また、糸引き以外の項目では、菌の生え具合を示す「菌の被り」の項目を除き、宮城野菌と比較して遜色ないか、むしろ良い評価結果が得られた。また、表2を見ると、糸引きについて、38人中38人全員が宮城野菌の方が強いと回答した。つまり100%の人が本発明のIBARAKI lst−1の方で糸引きが弱いと感じられ、宮城野菌との間に差があることが明らかになった。また、食べやすいのがどちらかという質問については、宮城野菌で製造した納豆であると回答した者の数が6人であるのに対し、IBARAKI lst−1の方が食べやすいと回答した者は、その4倍の24人であった。また、その食べやすさと扱いやすさから介護食として適しているのはどちらかという質問に対し、38人中32人の人がIBARAKI lst−1の方が適していると回答した。このように、表1及び表2の評価結果から、本発明のIBARAKI lst−1を用いて製造した納豆は、味を含めた品質では従来の納豆と比べて何ら遜色なく、糸引きが弱いという点のみで異なることが分かる。
【0026】
【表1】
【0027】
【表2】
【0028】
次に、本発明の糸引性低下納豆菌株(IBARAKI lst−1)及び市販納豆スターター株である宮城野菌を用い、前記と同じ方法で製造して得られた納豆について、硬さと色の測定及び成分分析を行った。
【0029】
納豆の硬さは、既報に従い(久保雄司ら、日本食品科学工学会誌、60、577〜581(2013))測定した。具体的には、納豆試験法(納豆試験法研究会編)に記載の切断用のアダプター及びピークホールドタイプの重量計を用いて、50粒分の納豆について、それぞれ短軸方向の切断強度(硬さ)を測定した。その最大値及び最小値から各10粒分のデータを除き、中間30粒の平均値及び標準偏差を算出して測定結果とした。その結果、宮城野菌で製造した納豆の硬さは、88.9±9.5gであり、IBARAKI lst−1で製造した納豆は85.2±8.7gであった。この結果を統計的に処理して、P値0.05でt検定を行うと、0.119となる。この値は0.05(P値)より大きいことから、両者の間で納豆の硬さには有意差がない。つまり、2つの菌株を用いて納豆を製造すると、ほぼ同じ硬さに仕上がることが測定データから確認された。
【0030】
納豆の色は、分光式色差計SE−2000(日本電色工業(株))を用いて測定を行った。10粒分のL
※a
※b
※測定値の平均値を算出して測定結果とした。その結果、宮城野菌で製造した納豆は、L
※値が58.97.a
※値が4.55、b
※値が10.32となり、一方、IBARAKI lst−1で製造した納豆は、L
※値が55.14、a
※値が5.49、b
※値が11.90となった。したがって、両者の納豆はほぼ同じ色合いになることが、データからも示された。
【0031】
更に、納豆の有効成分として注目されるポリアミン(プトレスシン、スペルミジン、スペルミン)の分析を実施した。前記と同じ方法で納豆を製造して凍結乾燥した後、ミルミキサーで破砕した。サンプル1gに対し5%トリクロロ酢酸5mlを添加してボルテックスミキサーにて混和した。遠心力8,700×gの条件で、4℃で10分間遠心分離し、上清を回収した。この作業を3回繰り返した後、メスアップして25mlとした。メスアップした抽出液50μlに6nmol/mlの1,7−ジアミノヘプタン/0.1M塩酸溶液を50μl、炭酸ナトリウム飽和溶液を200μl及び10mg/mlのダンシルクロライド/アセトン溶液を200μl加え、ヒートブロックを用い70℃で15分間インキュベートした。100mg/mlのL−プロリン水溶液を25μl加え、更に70℃で5分間インキュベートした。トルエン500μlを加え、よく混合した後、上層500μlを抽出した。これを減圧乾燥後、アセトニトリル800μlに溶解し、0.45μmのメンブレンフィルターで濾過して分析サンプルとした。ポリアミンの分析は、高速液体クロマトグラフ(HPLC)により行った。移動層には10mMリン酸二水素アンモニウム(A液とする)及びアセトニトリル(B液とする)を用いた。A液とB液の比が45:55の状態からスタートして、分析時間中にB液の割合が直線的に高まる条件で分析を行った。その際の流速は0.9ml/分で一定にした。カラムはODSカラムを用い、カラムオーブンは50℃に設定した。検出は蛍光検出器を用い、励起波長が340nmで蛍光波長が515nmとした。標準品を用いた検量線からサンプル中のポリアミン量を算出した。
【0032】
納豆に含まれるポリアミン成分の分析結果を下記の表3に示す。ポリアミンを一切含まない合成培地で納豆菌を培養し、培養液中に含まれるポリアミン含量を分析した場合には、スペルミンは検出されない。納豆菌が主に生合成するのはスペルミジンである。表3の結果を見ると、宮城野菌に含まれるスペルミジン含量は乾燥納豆1gあたり、30.55±0.65μgであるのに対し、IBARAKI lst−1では30.62±0.23μgである。表3に示すように、納豆に含まれる有効成分においても、IBARAKI lst−1は市販スターター株である宮城野菌に引けをとらないことが明らかになった。
【0033】
【表3】
【0034】
以上のように、本発明による糸引性低下納豆菌株(Bacillus subtilis IBARAKI lst−1)は、新規なバチルス・サブチリス(Bacillus subtilis)に属する納豆菌であり、納豆の糸に当たるガンマポリグルタミン酸(γ−PGA)を主体とする粘性物質の生産量が従来の納豆菌株よりも少なくできるため、粘りの少なく、糸引きが弱い納豆を安定して製造することが出来る。このようにして製造される納豆は嚥下が容易になる為、介護食としての利用や、粘性が低くなり扱いが容易になることから加工食材として利用するときに大きな需要が見込める。