【実施例】
【0049】
以下、本発明の理解を深めるために、実施例及び実験例を示して本発明を具体的に説明するが、これらは本発明の範囲を限定するものではないことはいうまでもない。
【0050】
(実施例1)抗TRPV2モノクローナル抗体の作製
(1)マウスTRPV2発現用HEK細胞の作製
本実施例では、配列表の配列番号4に示されるアミノ酸配列の全長マウスTRPV2を、特開2007−259745号公報(特願2006−088323号)に記載の手法に準じて、HEK293細胞に導入・発現させることにより、マウスTRPV2が細胞膜上に発現したマウスTRPV2発現用HEK細胞を作製した。
【0051】
(2)ハイブリドーマの作製
上記(1)で調製したマウスTRPV2発現用HEK細胞を抗原として用い、1x10
6〜1x10
7cell/mLとなる様にPBSで調製し、同量のフロイント完全アジュバント(freund's comlete adjubant:Difco社製)と混合して乳化した。この乳化状の抗原を、4週令の4匹の雌のBALB/c nu-nuマウスの腹腔に1匹あたり100μL投与した。さらに2週間毎に、アジュバントにて500μg/mLとなるように調製した上記抗原をマウス当たり50μgずつ2回投与して、追加免疫した後、マウスの抗体価を測定した。抗体価の高いマウスにさらに1週間後、抗原であるマウスTRPV2発現用HEK細胞をPBSで100μg/mLに調製し、マウス尾静脈より注射して最終免疫した。
【0052】
最終免疫から3日後にBALB/cマウスの摘脾を行い、EMEM培養液中で脾細胞を浮遊させて、脾細胞の浮遊液を作製した。ついで、脾細胞をEMEM培養液で3回洗浄した後、細胞数を算定し、5x10
7個の脾細胞を得た。細胞融合は、P3U1 myeloma培養細胞株を親細胞株として用いた。親細胞株は、非働化した牛胎児血清(fetal calf serum : FCS)10%を含むRPMI-1640培養液で継代培養した。細胞融合の3日前より10%FCS含有RPMI-1640培養液でさらに培養し、対数増殖期の細胞を用いた。親細胞株はRPMI-1640培養液で3回洗浄した後、細胞数を算定し、5x10
6〜10
7個の生細胞を得た。
【0053】
RPMI-1640培養液で、ポリエチレングリコール-4000が50(W/V)%濃度となるように溶解し、上記の脾細胞と親細胞株との比が2:1となるように混合し、ケーラーおよびミルシュタイン共著:ネイチャー(Nature 第256巻,495-497 (1975))およびヨーロピアン ジャーナル オブ イムノロジー(Eur. J.Immunol.第6巻,511-519, (1976))の方法に準じて細胞融合を行った。
【0054】
その後、10%FCSを添加したRPMI-1640培養液に、100 μM のヒポキサンチン、0.4 μMのアミノプテリンおよび16 μMのチミジン(HAT)を含有するHAT選択培地に、脾細胞が1〜3x10
6個/mLとなるように浮遊させた。ついで、この細胞浮遊液を100μLずつ、96穴マイクロタイタープレートの各ウェルに分注した後、CO
2無菌培養器において温度37℃、湿度95%、8%のCO
2雰囲気で培養を行なった。培養開始後、1日目と2日目にHAT選択培地を各ウェルに1滴ずつ、また培養開始後7日目と9日目にHAT選択培地を、各ウェルに2滴ずつ添加してさらに培養を行った。その後、HATを含まない培養液で育成させ、約10日〜2週間後に、選択培地で増殖ハイブリドーマを確認した。
【0055】
(3)スクリーニング
上記で得られたバイブリドーマのうち、TRPV2の細胞外ドメインを認識する抗体を産生する株を以下の方法により選択した。
【0056】
ハイブリドーマ培養上清を、TRPV2発現用HEK細胞集団またはTRPV2を発現していないHEK細胞集団と反応させた後、標識2次抗体(FITC標識ヤギ抗マウスIgG Zymed社)と反応させた。反応後、各細胞集団についてフローサイトメータ(FACScan、Becton Dickinson社)を用いて測定し、ハイブリドーマ培養上清を用いずに測定したバックグラウンドの強度(抗体と反応していないTRPV2発現用HEK細胞集団の強度)より高い強度で、かつTRPV2を発現していないHEK細胞集団の強度より高い強度の蛍光域に含まれるハイブリドーマを、TRPV2細胞外ドメインに特異的に結合できる抗体を産生するものとして得た。
【0057】
(4)抗体の精製
各ハイブリドーマ株は、培養液中の牛胎児血清含有量を10%から2%に減少させ、最終的に無血清の培養液中で培養した。無血清培養液で3〜7日間培養した各ハイブリドーマの培養上清100 mLを2,000rpm、10分遠心処理し、得られた上清を0.45μmフィルターで濾過して固形成分を除去し、Protein Gを固定化した6%アガロースゲル(HiTrapProtein G HP Columns-GEヘルスケアジャパン社製)1 mLにより精製した。
【0058】
得られたモノクローナル抗体が、TRPV2細胞外ドメインに特異的に結合することを確認するために、イムノブロット、生細胞(抗原として用いたTRPV2発現用HEK細胞)を用いた免疫染色を行った。イムノブロットでは、コントロールとしてマウスIgGを使用した。免疫染色では、TRPV2発現用HEK293細胞と各抗体を室温で30分間培養した後、FITC標識2次抗体を反応させFITCの蛍光をコンフォーカルレーザー顕微鏡(FLUOVIEW FV1000、Olympus社)にて観察した。コントロールはマウスIgG(normal mouse IgG、Santa Cruz Biotechnology社)である。
【0059】
図1aはイムノブロットの結果を示し、
図1bは免疫染色の結果を示す。
図1aにおいて、レーン1はHEK293細胞のタンパク質画分を、レーン2はマウスTRPV2発現用HEK細胞のタンパク質画分を電気泳動して、それぞれ1μg/mlのマウスIgG、モノクローナル抗体11-6、88-2を用いてイムノブロットしたものである。
図1bの上段は各抗体を反応させた写真である。モノクローナル抗体11-6、88-2がTRPV2の細胞外ドメインに対して反応性を持つことがわかった。
【0060】
(実施例2)抗TRPV2ポリクローナル抗体の作製
マウスTRPV2の第5膜貫通領域と第6膜貫通領域との間にある親水性の高い領域である568〜589位のアミノ酸配列(配列番号1)を持つ部分ペプチドを固相法により合成し、この部分ペプチドを抗原としてポリクローナル抗体を作製した。具体的には、抗原である部分ペプチドを、アジュバント(完全フロイントアジュバント、Difco Laboratories社)とともにニュージーランドホワイト種のウサギに免疫して抗血清を得た。得られた抗血清を、常法どおりに精製してポリクローナル抗体を得た。
【0061】
得られた抗血清のポリクローナル抗体がTRPV2の細胞外ドメインを認識する抗体であることを確認するために、抗血清を用いて、イムノブロット、生細胞(TRPV2発現用HEK細胞)を用いた免疫染色を行った。イムノブロットでは、コントロールとして抗原で免疫する前に採取した抗血清を使用した。免疫染色では、実施例1の手法と同様に、TRPV2発現用HEK293細胞と各抗血清を室温で30分間培養した後、FITC標識2次抗体を反応させFITCの蛍光をコンフォーカルレーザー顕微鏡にて観察した。コントロールとして抗原で免疫する前に採取した抗血清(免疫前血清)を使用し、ポジティブコントロールとして、TRPV2の細胞外ドメインにFlagタグを挿入し、各Flagタグを抗Flag抗体および、ローダミン標識2次抗体で観察を行った。
【0062】
図2aはイムノブロットの結果を示し、
図2bは免疫染色の結果を示す。
図2aにおいて、レーン1はHEK293細胞のタンパク質画分を、レーン2はマウスTRPV2発現用HEK細胞のタンパク質画分を電気泳動して、それぞれ、免疫前血清、血清591、血清592を1000倍希釈したものを用いてイムノブロットしたものである。
図2bの上段は各血清を反応させた写真であり、下段はポジティブコントロールである。血清591および血清592のポリクローナル抗体が、TRPV2の細胞外ドメインに対して反応性を持つことがわかった。
【0063】
(実施例3)TRPV2活性阻害作用を持つ抗体の選択
マウスTRPV2発現用細胞を用いたハイスループットスクリーニング法(特開2007−259745号公報(特願2006−088323号)に記載の方法)に準じて、得られた血清、モノクローナル抗体のTRPV2活性の阻害作用を指標としてスクリーニングを行った。
【0064】
受託番号FERM P-20837またはFERM P-20836で特定されるマウスTRPV2を導入したHEK293細胞株(マウスTRPV2発現用細胞)を96穴のマイクロプレートに培養し、コンフルエントになったものを用いた。100μlのBSS(Balanced Salt solution)で細胞を2回洗浄したものについて、励起波長340nmおよび380nmにおける測定波長510nmでの蛍光強度を計測した。
対照として、マウスTRPV2を導入していないHEK293細胞株についても同様に培養し、同様に蛍光強度を測定した。
【0065】
10mM HEPES−BSSで溶解した4μMのFura-2-AM
(TM)(ドージンドー社)100μlを細胞に添加し、37℃で30分間接触させ、細胞内にカルシウム指示薬を負荷した。次に100μlの1mM HEPES−BSSで2回洗浄し、実施例1または2にて得られた抗体を含むBSS50μlを加え、37℃で30分間反応させた。カルシウム阻害剤を含まない1mM HEPES−BSS(50μl)の系についても同様に行った。陽性コントロールとして、Ca
2+カルシウムイオノフォア(イオノマイシン(ionomycin)10μM)を添加した10mM HEPES−BSS(50μl)の系についても同様に行った。
【0066】
2−APB(2-aminoethoxydiphenyl borate)溶液を各ウェルに50μl添加し、室温にて1分間反応させた。反応溶液は、2−APBの終濃度0.5mM、CaCl
2の終濃度5.25mMで、pH6.3であった。
【0067】
Ca
2+は、蛍光/発光/吸光マルチプレートリーダー(ジェニオスプラス(TECAN社))を用いて測定した。測定は、励起波長340nmおよび380nmにおける測定波長510nmでの蛍光強度を計測することにより行った。2−APB添加の系において認められる強いCa
2+の上昇が抗体の存在下で抑制された場合、当該抗体がTRPV2阻害する作用を有するものとし、血清591、血清592、モノクローナル抗体11-6、88-2を選択した。
【0068】
(実験例1)抗体のTRPV2活性阻害効果の確認
【0069】
(1)実施例3にて得られた抗体について、特開2009−149534号公報(特願2007−326606号)に記載のTRPV2以外のTrpファミリーのタンパク質の活性測定方法を用いて、TRPV2以外のTrpファミリーのタンパク質に対する影響について確認した。
【0070】
TRPV1発現用細胞としてマウスTRPV1を導入したHEK293細胞を使用し、TRPC1発現用細胞としてマウスTRPC1を導入したHEK細胞を使用した。TRPV2の活性測定と同様に細胞内に蛍光色素を導入して、TPPV1については2−APBで刺激し、TRPC1についてはタプシガージンで刺激し、細胞内Ca
2+上昇を測定した。
【0071】
その結果、血清591、592、マウスモノクローナル抗体11-6、88-2は、TRPV1およびTRPC1の活性には実質的に影響を及ぼさず、TRPV2活性を特異的に抑制することがわかった。
【0072】
(2)マウスTRPV2発現用細胞において、プレートリーダーを用いて細胞内カルシウムプローブでモニターすることにより、抗体のTRPV2活性に対する阻害作用を確認した。モノクローナル抗体は10ng/ml、血清(ウサギポリクローナル抗体)は1000倍希釈でアゴニスト刺激の2時間前にそれぞれ室温で反応させた。細胞内Ca
2+濃度指示薬fura−2を負荷した細胞を、常法に従い、BSS存在下で、2APB (2-aminoethoxydiphenyl borate)溶液(0.3mM、0.5mM)で刺激した。
【0073】
顕微鏡下の実験では、細胞内Ca
2+濃度指示薬fura−2を負荷した細胞を、常法に従い、BSS存在下で、2APB 溶液(0.3mM、0.5mM、および1mM)で刺激した後、BSSで洗浄して、2mMCa
2+を含む液に交換し、熱刺激(52℃以上30秒)、最後にイオノマイシン10μMで刺激した。
【0074】
結果を
図3に示す。
図3aは、種々の抗体の存在下でTRPV2のアゴニスト2−APB添加後の細胞内Ca
2+濃度上昇をモニターした結果である。
図3bは、細胞内Ca
2+蛍光色素fura-2を用いて細胞内Ca
2+濃度上昇を顕微鏡下で測定した結果であり、TRPV2発現用細胞10個以上の平均と標準偏差である。黒色線はコントロールである免疫前血清、灰色線は591血清の結果であり、それぞれ1000倍希釈で2時間室温で反応させた後のTRPV2アゴニストである2APBに対する細胞内Ca
2+反応を示した。その結果、591血清により、2APB刺激による細胞内Ca
2+上昇が抑制された。なお
図3cは、TRPV2を発現していないHEK293細胞の結果(抗体添加なし)である。TRPV2による細胞内Ca
2+上昇(
図3b黒色)が、TRPV2発現のないレベルと同等まで抗体により抑制されることがわかった(
図3b灰色、
図3c)。
【0075】
(実験例2)抗体の筋細胞TRPV2活性阻害効果の確認
ヒト心筋症のモデル動物である心筋症ハムスター(J2N-k)の培養骨格筋細胞を用いて、抗体が細胞内カルシウム代謝異常を抑制することを確認した。実験例1の手法と同様にして、細胞内Ca
2+蛍光色素fura-2を用いて細胞内Ca
2+濃度上昇を顕微鏡下で測定した。
【0076】
結果を
図4に示す。TRPV2発現用細胞10個以上の平均と標準偏差を示した。黒色線はコントロール血清、灰色線は591血清の結果であり、それぞれ1000倍希釈で2時間室温で反応させた後のTRPV2アゴニストである2APBに対する筋細胞内Ca
2+反応を示した。その結果、591血清により、2APB刺激による細胞内Ca
2+上昇が抑制された。
【0077】
(実験例3)抗体の筋細胞変性に対する抑制効果の確認
ヒト心筋症のモデル動物である心筋症ハムスター(J2N-k)の培養骨格細胞を用いて、抗体が筋変性を抑制することを確認した。シリコン膜上に培養した筋細胞に1時間、20%のストレッチ刺激を行った後、培養上清のクレアチニンキナーゼ活性を常法により測定した。コントロールである免疫前血清は500倍に希釈、591血清は500倍または250倍に希釈し、それぞれ1時間室温で反応させた後、ストレッチ刺激を与えた。
【0078】
結果を
図5に示す。免疫前血清と反応させた場合は、クレアチニンキナーゼ活性(ck efflux)が高く、筋細胞の変性が誘導されているのに対し、591血清と反応させた場合は、いずれの希釈倍率であっても、ストレッチ刺激による筋細胞の変性が抑制された。
【0079】
(実験例4)エピトープマッピング
本実験例では、ポリクローナル抗体591、ポリクローナル抗体592、モノクローナル抗体88-2について、エピトープ解析を行った。
568〜589位のアミノ酸配列(配列番号1)の22残基のうち、8残基のアミノ酸からなるペプチドを、1残基ずつずらして15個合成し、各ペプチドに対する抗体の反応性を確認した。各々ペプチド1mg/mlをニトロセルロース膜に1μlずつドットブロットし、常法に従って膜をブロッキング後、各抗体と反応させ免疫抗体法にて検出した。
【0080】
結果を
図6に示す。
図6aは、TRPV2の細胞外ドメインの中で第5膜貫通領域と第6膜貫通領域との間の領域から選択された部分ペプチド568〜589位(上段)および551〜566位(下段)をそれぞれニトロセルロース膜にドットしブロッキングした後、591血清、592血清及びコントロールIgGの1000倍希釈、マウスモノクローナル抗体88-2(10ng/ml)を用いて各々ペプチドに対する反応性を調べた結果である。いずれの抗体も568〜589位のペプチドに強い反応性を示すことがわかった。
図6bの写真は591血清またはコントロールIgGを用いた実際のドットブロットの結果を示す。
図6bのグラフはドットブロットの染色強度をイメージングアナライザーを用いて定量化したものである。グラフは591血清、592血清及びモノクローナル抗体88-2の結果を併せて示すものであり、3回の実験の平均及び標準偏差を表す。いずれの抗体も、GQEEEPVP(配列番号6)とQEEEPVPY(配列番号7)に対して反応性を示した。また591血清と592血清は、QEEEPVPY(配列番号7)に対してより高い反応性を示した。モノクローナル抗体88-2は、GQEEEPVP(配列番号6)に対してより高い反応性を示した。従って、これらの抗体がGQEEEPVPY(配列番号2)付近を認識しているものと考えられた。