特許第5754039号(P5754039)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5754039
(24)【登録日】2015年6月5日
(45)【発行日】2015年7月22日
(54)【発明の名称】抗TRPV2抗体
(51)【国際特許分類】
   C07K 16/28 20060101AFI20150702BHJP
   A61K 39/395 20060101ALI20150702BHJP
   A61P 9/00 20060101ALI20150702BHJP
   A61P 21/00 20060101ALI20150702BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20150702BHJP
   C12P 21/08 20060101ALN20150702BHJP
【FI】
   C07K16/28ZNA
   A61K39/395 D
   A61K39/395 N
   A61P9/00
   A61P21/00
   A61P43/00 111
   !C12P21/08
【請求項の数】8
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2010-16760(P2010-16760)
(22)【出願日】2010年1月28日
(65)【公開番号】特開2011-153106(P2011-153106A)
(43)【公開日】2011年8月11日
【審査請求日】2012年11月30日
(73)【特許権者】
【識別番号】510094724
【氏名又は名称】国立研究開発法人国立循環器病研究センター
(74)【代理人】
【識別番号】100088904
【弁理士】
【氏名又は名称】庄司 隆
(74)【代理人】
【識別番号】100124453
【弁理士】
【氏名又は名称】資延 由利子
(74)【代理人】
【識別番号】100135208
【弁理士】
【氏名又は名称】大杉 卓也
(74)【代理人】
【識別番号】100152319
【弁理士】
【氏名又は名称】曽我 亜紀
(72)【発明者】
【氏名】岩田 裕子
(72)【発明者】
【氏名】若林 繁夫
【審査官】 吉門 沙央里
(56)【参考文献】
【文献】 特開2009−149534(JP,A)
【文献】 S,Nishikawa,Archives of Oral Biology,2008年,Vol.53,pp859-864
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07K 16/00
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
哺乳動物のTRPV2の細胞外ドメインのうち、マウスTRPV2のGQEEEPVPY(配列番号2)に相当するアミノ酸配列からなる領域をエピトープとして認識し、TRPV2の活性を特異的に阻害する機能を有する、抗TRPV2抗体。
【請求項2】
マウスTRPV2のGQEEEPVPY(配列番号2)に相当するアミノ酸配列からなる領域が、以下のいずれかの領域である、請求項1に記載の抗TRPV2抗体:
1)マウスTRPV2の細胞外ドメインのうち、GQEEEPVPY(配列番号2)のアミノ酸配列からなる領域;
2)ヒトTRPV2の細胞外ドメインのうち、マウスTRPV2のGQEEEPVPY(配列番号2)に相当するアミノ酸配列からなる領域;
3)ラットTRPV2の細胞外ドメインのうち、マウスTRPV2のGQEEEPVPY(配列番号2)に相当するアミノ酸配列からなる領域;
4)上記1)〜3)の領域において、1〜2個のアミノ酸が置換、欠失、付加、挿入若しくは修飾されたいずれかのアミノ酸配列からなる領域。
【請求項3】
TRPV2の細胞外ドメインのうち、GQEEEPVPY(配列番号2)からなる領域を、エピトープとして認識する、請求項1または2に記載の抗TRPV2抗体。
【請求項4】
哺乳動物のTRPV2の細胞外ドメインのうち、マウスTRPV2のTTVTEKPTLGQEEEPVPYGGIL(配列番号1)に相当するアミノ酸配列からなるペプチドを抗原として非ヒト動物に免疫感作して作製された、請求項1〜3のいずれか1に記載の抗TRPV2抗体。
【請求項5】
マウスTRPV2の細胞外ドメインのうち、TTVTEKPTLGQEEEPVPYGGIL(配列番号1)のアミノ酸配列からなるペプチドを抗原として非ヒト動物に免疫感作して作製された、請求項1〜4のいずれか1に記載の抗TRPV2抗体。
【請求項6】
ポリクローナル抗体またはモノクローナル抗体である、請求項1〜5のいずれか1に記載の抗TRPV2抗体。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1に記載の抗TRPV2抗体を含む、TRPV2阻害剤。
【請求項8】
請求項1〜6のいずれか1に記載の抗TRPV2抗体を含む、筋細胞変性抑制剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Ca2+チャネルであるTRPV2(transient receptor potential cation channel, subfamily V, member 2)の、細胞外ドメインをエピトープとして認識し、TRPV2の活性を特異的に阻害する機能を有する、抗TRPV2抗体に関する。さらには、当該抗TRPV2抗体を含むTRPV2阻害剤に関する。
【背景技術】
【0002】
Trp (transient receptor potential)遺伝子産物スーパーファミリーは、TRPC(7種)、TRPV(6種)、TRPM(8種)の3ファミリーに分類され、いずれも形質膜を6回貫通するイオンチャネルであり、主としてCa2+を通過させる。細胞膜に存在する多くのイオンチャネルはそれぞれに異なったチャネル特性を有し、これらに特異的に反応する薬物をスクリーニングするためには、それらに適合したアッセイ系を使用する必要がある。これは、細胞応答が比較的限定されるGタンパク質共役型受容体(GPCR)とは大きく異なる点である。
【0003】
TRPV2はストレッチ活性化Ca2+チャネルであり(非特許文献1−3)、正常組織では細胞内膜系に存在するが、筋ジストロフィー、心筋症などの筋変性疾患に伴って細胞膜に移行し、活性化されて細胞内への異常なCa2+流入に寄与する(非特許文献2、4)。TRPV2を特異的に阻害する薬剤は変性を起こした筋肉のみに作用し、筋変性を軽減すると考えられ、筋変性疾患の治療・症状緩和効果がある可能性があり、開発が期待されている。
【0004】
従来のストレッチ感受性Ca2+チャネルのブロッカーとして用いられているガドリニウムは、Ca2+チャネル全般に作用すると考えられ、ルテニウムレッドは、TRPVファミリー(TRPV1〜TRPV6)全般に作用すると考えられ、いずれも非特異的な薬物である(非特許文献5、6)。TRPV2を特異的に阻害し得る低分子化合物が、特許文献1において開示されている。
【0005】
TRPV2に反応性を有する抗体として抗ラットTRPV2ポリクローナル抗体が市販されている(KM019、製造元:株式会社トランスジェニック)。かかる抗体は、TRPV2のC末端の部分ペプチドを免疫原としたものであり、その用途は、免疫組織化学的な解析であり、TRPV2の活性阻害については開示がない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2009−149534号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Circulation Research; 93: 829-838 (2003)
【非特許文献2】J. Cell Biology; 161(5): 957-967 (2003)
【非特許文献3】J. Endocrinology; 191: 515-523 (2006)
【非特許文献4】Hum Mol Genet.; 18(5): 824-834 (2009)
【非特許文献5】J. Neuroscience; 28(24): 6231-6238 (2008)
【非特許文献6】Diabetologia; 51: 2252-2262 (2008)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、TRPV2の細胞外ドメインをエピトープとして認識し、TRPV2の活性を特異的に阻害する機能を有する、抗TRPV2抗体を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ね、TRPV2の特定の部分ペプチドまたはTRPV2を発現する細胞を免疫原として抗体を作製したところ、当該抗体がTRPV2を特異的に阻害し得ることを確認し、本発明を完成した。
【0010】
すなわち、本発明は以下よりなる。
1.TRPV2の細胞外ドメインをエピトープとして認識し、TRPV2の活性を特異的に阻害する機能を有する、抗TRPV2抗体。
2.TRPV2の細胞外ドメインのうち、第5膜貫通領域と第6膜貫通領域との間のアミノ酸配列から選択される少なくとも5個以上のアミノ酸配列を含む領域をエピトープとして認識する、前項1に記載の抗TRPV2抗体。
3.TRPV2の細胞外ドメインのうち、TTVTEKPTLGQEEEPVPYGGIL(配列番号1)のアミノ酸配列から選択される少なくとも5個以上のアミノ酸配列を含む領域、または前記領域のアミノ酸配列において、1〜2個のアミノ酸が置換、欠失、付加、挿入若しくは修飾されたいずれかのアミノ酸配列からなる領域を、エピトープとして認識する、前項1または2に記載の抗TRPV2抗体。
4.TRPV2の細胞外ドメインのうち、GQEEEPVPY(配列番号2)からなる領域を、エピトープとして認識する、前項1〜3のいずれか1に記載の抗TRPV2抗体。
5.ポリクローナル抗体である、前項1〜4のいずれか1に記載の抗TRPV2抗体。
6.モノクローナル抗体である、前項1〜4のいずれか1に記載の抗TRPV2抗体。
7.前項1〜6のいずれか1に記載の抗TRPV2抗体を含む、TRPV2阻害剤。
8.前項1〜6のいずれか1に記載の抗TRPV2抗体を含む、筋細胞変性抑制剤。
【発明の効果】
【0011】
本発明の抗TRPV2抗体は、Trpの他のファミリーのタンパク質の活性には影響を及ぼさず、特異的にTRPV2のCa2+流入活性を阻害することが可能である。さらに本発明の抗TRPV2抗体は、TRPV2の細胞外ドメインをエピトープとするため、生細胞の細胞膜上に存在するTRPV2に反応することが可能である。また本発明の抗TRPV2抗体は、筋細胞の変性を抑制する作用を有する。本発明の抗TRPV2抗体は、病態時において細胞膜上のTRPV2の活性を阻害することが可能と考えられ、移植しか治療手段がない拡張型心筋症に対する有力な治療薬候補となりうる。また、本発明の抗TRPV2抗体は、TRPV2の機能解析や筋細胞変性のメカニズム解析等における実験ツールとして用いることが期待される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明の抗TRPV2モノクローナル抗体の反応性を示す図である。(実施例1)
図2】本発明の抗TRPV2ポリクローナル抗体の反応性を示す図である。(実施例2)
図3】本発明の抗TRPV2抗体のTRPV2活性阻害作用を示す図である。(実験例1)
図4】本発明の抗TRPV2抗体の筋細胞におけるTRPV2活性阻害作用を示す図である。(実験例2)
図5】本発明の抗TRPV2抗体の筋細胞変性に対する抑制作用を示す図である。(実験例3)
図6】本発明の抗TRPV2抗体のエピトープマッピングの解析結果を示す図である。(実験例4)
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、TRPV2の細胞外ドメインをエピトープとして認識し、TRPV2の活性を特異的に阻害する機能を有する抗体に関する。
【0014】
TRPV2の遺伝子は、ヒトTRPV2としてGenbank accession No.NM_016113、マウスTRPV2としてGenbank accession No.NM_011706及びラットTRPV2としてGenbank accession No. NM_017207が報告されている。ヒトTRPV2のアミノ酸配列を配列表の配列番号3、マウスTRPV2のアミノ酸配列を配列表の配列番号4、ラットTRPV2のアミノ酸配列を、配列表の配列番号5に示す。TRPV2は、Trpファミリーの他のタンパク質と同様に、6回膜貫通領域を持つことが構造上の特徴として挙げられる。
【0015】
本発明の抗TRPV2抗体は、細胞外ドメインのアミノ酸配列から選択される、少なくとも5個以上のアミノ酸配列からなる領域をエピトープとして認識するものである。TRPV2の細胞外ドメインとは、細胞膜上に存在するTRPV2の細胞膜よりも実質的に外側に存在する部分である。TRPV2の細胞ドメインのアミノ酸配列は、例えばヒトTRPV2では配列番号3の409〜434、496〜500、および/または554〜619位、マウスTRPV2では配列番号4の406〜431、493〜497、および/または551〜616位、ラットTRPV2では配列番号5の411〜436、498〜502、および/または556〜621位であるが、これらのアミノ酸配列において1〜2個のアミノ酸が置換、欠失、付加、挿入若しくは修飾されたアミノ酸配列であってもよい。
【0016】
好ましくは、本発明の抗TRPV2抗体は、TRPV2の細胞外ドメインのうち、第5膜貫通領域と第6膜貫通領域との間のアミノ酸配列から選択される、少なくとも5個以上のアミノ酸配列からなる領域をエピトープとして認識するものである。第5膜貫通領域と第6膜貫通領域とは、形質膜を貫通する領域のうちN末端側から数えて5番目および6番目の領域を意味し、本発明の抗TRPV2抗体はこれらの領域に挟まれた親水性の高いアミノ酸配列から選択される領域をエピトープとして認識する。TRPV2の細胞外ドメインのうち、第5膜貫通領域と第6膜貫通領域との間のアミノ酸配列とは具体的には、ヒトTRPV2では配列番号3の554〜619位、マウスTRPV2では配列番号4の551〜616位、ラットTRPV2では配列番号5の556〜621位であるが、これらのアミノ酸配列において1〜2個のアミノ酸が置換、欠失、付加、挿入若しくは修飾されたアミノ酸配列であってもよい。
【0017】
より好ましくは、本発明の抗TRPV2抗体は、マウスTRPV2(配列番号4)の568〜589位のアミノ酸配列(TTVTEKPTLGQEEEPVPYGGIL:配列番号1)および当該アミノ酸配列において1〜2個のアミノ酸が置換、欠失、付加、挿入若しくは修飾されたアミノ酸配列から選択される、少なくとも5個以上のアミノ酸配列からなる領域をエピトープとして認識するものである。
【0018】
さらに好ましくは、本発明の抗TRPV2抗体は、マウスTRPV2(配列番号4)の577〜585位のアミノ酸配列(GQEEEPVPY:配列番号2)のアミノ酸配列からなる領域をエピトープとして認識するものである。
【0019】
本発明の抗TRPV2抗体は、TRPV2の活性を特異的に阻害する機能を有するものである。TRPV2は、ストレッチ活性化Ca2+チャネルであり、正常組織では細胞内膜系に存在するが、筋ジストロフィー、心筋症などの筋変性疾患に伴って細胞膜に移行し、活性化され、細胞内への異常なCa2+流入に寄与する。TRPV2の活性とは、細胞内へCa2+を流入させることを意味し、本発明の抗TRPV2抗体は、細胞外ドメインをエピトープとして認識するため、生細胞の細胞膜上に存在するTRPV2を認識して、TRPV2の活性を阻害することが可能であると考えられる。また本発明の抗TRPV2抗体は、他のTrpファミリーのタンパク質の活性には実質的に影響を及ぼさず、TRPV2の活性を特異的に阻害する機能を有するものである。
【0020】
本発明の抗TRPV2抗体は、モノクローナル抗体であってもポリクローナル抗体であってもよい。本発明の抗体は、ヒトを含む哺乳動物由来であり、例えばヒト型、マウス型、ラット型、ハムスター型、ウサギ型、ヤギ型、又はウマ型のものが例示される。また本発明の抗体は、IgGに限定されるものではなく、IgMなどでもよい。
【0021】
本発明の抗TRPV2モノクローナル抗体の製造方法は、自体公知の方法、又は今後開発されるあらゆる方法を採用することができる。また、特定の抗原に対してヒト型抗体を作製するためには種々の工夫が必要である。例えば、Sato, K. et al、Cancer Res., 53, 851-856, 1993や特開2008−161198号公報を参照することができる。ヒト型抗体のタイプとしては、特に限定されないが、Fab型であってもインタクトタイプであってもよい。抗体活性を効果的に発揮させるためには、インタクトタイプの抗体が望ましい。インタクトタイプの抗体は、特に限定されないが、例えば抗体の相補鎖決定領域(complementarity determinig region:CDR)はもとの動物種に由来し、定常領域(C領域)は適当なヒトに由来するキメラ抗体とすることができる。CDR領域はアミノ酸置換が頻繁に起こるので、抗原性の観点からはヒト由来CDRをもつヒト抗体と免疫動物種由来CDRを有していてもよい。
【0022】
本発明の抗TRPV2抗体を作製するための抗原は、TRPV2の全長タンパク質またはペプチド断片であっても、TRPV2の全長タンパク質もしくはペプチド断片を発現する細胞であってもよく特に限定されない。抗TRPV2モノクローナル抗体の作製には、TRPV2を発現する細胞(TRPV2発現用細胞)を用いることが好ましい。前記TRPV2を発現する細胞は、TRPV2を細胞膜上に発現するものであればいかなるものであってもよいが、TRPV2を、哺乳動物細胞(例えば、ヒト、サル、ラット、マウス、ハムスターなどから採取した細胞)にて発現させたものである。当該哺乳動物細胞としては例えば、HEK293、COS7、CHO−K1、NIH3T3、Balb3T3,FM3A、L929、SP2/0、P3U1、B16、P388などが挙げられる。また、哺乳動物細胞にて発現させるTRPV2は、全長タンパク質であることが好ましい。本発明においては、HEK293細胞にてTRPV2の全長タンパク質を発現させたTRPV2発現用HEK細胞を用いることが好ましい。本発明の抗体は、抗原としてTRPV2発現用HEK細胞を、好ましくはアジュバントと共に、哺乳動物に免疫し、免疫した動物の血清などを採取することにより得ることができる。また、モノクローナル抗体および該モノクローナル抗体を産生するハイブリドーマは、免疫したヒト又は動物由来のBリンパ球と各種骨髄腫細胞とを融合することにより、具体的には以下に記載する方法で作製することができる。
【0023】
本発明のモノクローナル抗体産生において、前記抗原を、例えばリン酸緩衝液(PBS)などの適当な緩衝液中に溶解あるいは懸濁したものを抗原液として使用することができる。抗原液は、通常抗原物質を50〜500μg/mlもしくは1x106〜1x109cell/ml程度含む濃度に調製すればよい。また、ペプチド抗原など、それだけでは抗原性が低い場合は、アルブミンやキーホールリンペットヘモシアニン(KLH)などの適当なキャリアータンパク質に架橋して用いることができる。当該抗原で免疫感作する動物は、ヒト、マウス、ラット、ハムスター、ウマ、ヤギ、又はウサギなどの温血動物が例示される。
【0024】
このとき、被免疫動物の抗原への応答性を高めるため、当該抗原溶液をアジュバントと混合して投与することができる。ここで使用可能なアジュバントは、フロイント完全アジュバント(FCA)、フロイント不完全アジュバント(FIA)、Ribi(MPL)、Ribi(TDM)、Ribi(MPL+TDM)、百日咳ワクチン(Boredetella pertussis vaccine)、ムラミルジペプチド(MDP)、アルミニウムアジュバント(ALUM)、およびこれらの組合せが例示されるが、初回免疫時にFCA、追加免疫時にFIAやRibiアジュバントを使用する組合せを用いてもよい。
【0025】
免疫方法は、使用する抗原の種類やアジュバント混合の有無などにより、注射部位、スケジュールなどを適宜変化させることができるが、例えば、被免疫動物としてマウスを用いる場合は免疫疾患マウス(Balb/c nu-nuマウス)に、アジュバント混合抗原液0.05〜1 mL(抗原物質10〜200μg、もしくは1x106〜1x107cell)を腹腔内、皮下、筋肉内または(尾)静脈内に注射し、初回免疫から約4〜21日毎に1〜4回追加免疫を行い、さらに約1〜4週間後に最終免疫を行う。抗原量を多くして腹腔内注射することで、当該抗原溶液をアジュバントを使用せずに投与することもできる。抗体価は追加免疫の約5〜10日後に採血して調べる。抗体価の測定は、後述の抗体価アッセイに準じ、通常行われる方法で行うことができる。最終免疫より約3〜5日後、該免疫動物から脾細胞を分離して抗体産生細胞を得る。
【0026】
本発明の抗TRPV2モノクローナル抗体は、例えばケーラーとミルシュタインの方法(Kohler and Milstein, Nature 256, 495-497, 1975)にしたがって作製することができる。骨髄腫細胞として、マウス、ラット、ヒトなど由来のものが使用され、例えばマウスミエローマP3X63-Ag8、P3X63-Ag8-U1、P3NS1-Ag4、SP2/o-Ag14、P3X63-Ag8・653などの株化骨髄腫細胞が例示される。骨髄腫細胞には免疫グロブリン軽鎖を産生しているものがあり、これを融合対象として用いると、抗体産生細胞が産生する免疫グロブリン重鎖とこの軽鎖とがランダムに結合することがあるので、特に免疫グロブリン軽鎖を産生しない骨髄腫細胞、例えばP3X63-Ag8・653やSP2/o-Ag14などを用いることが好ましい。抗体産生細胞と骨髄腫細胞とは、同種動物、特に同系統の動物由来であることが好ましい。骨髄腫細胞の保存方法は自体公知の手法に従って行えばよく、例えばウマ、ウサギもしくはウシ胎児血清を添加した一般的な培地で継代培養したものについて凍結により保存される。また細胞融合には対数増殖期の細胞を用いるのが好ましい。
【0027】
抗体産生細胞と骨髄腫細胞とを融合させてハイブリドーマを作製する方法は、ポリエチレングリコール(PEG)を用いる方法、センダイウイルスを用いる方法、電気融合装置を用いる方法などが例示される。例えば、約30〜60%のPEGを含む適当な培地または緩衝液中に脾細胞と骨髄腫細胞を1〜10:1、好ましくは5〜10:1の混合比で懸濁し、温度約25〜37℃、pH6〜8の条件下で、約30秒〜3分間程度反応させればよい。反応終了後、細胞を洗浄しPEG溶液を除いて培地に再懸濁し、マイクロタイタープレート中に播種して培養を続ける。
【0028】
融合操作後の細胞は選択培地で培養して、ハイブリドーマの選択を行う。選択培地は、親細胞株を死滅させ、融合細胞のみが増殖しえる培地であり、通常ヒポキサンチン−アミノプテリン−チミジン(HAT)培地が使用される。ハイブリドーマの選択は、通常融合操作の1〜7日後に、培地の一部、好ましくは約半量を選択培地と交換し、さらに2、3日毎に同様の培地交換を繰り返しながら培養することにより行う。顕微鏡観察によりハイブリドーマのコロニーが生育しているウェルを確認する。
【0029】
本発明の抗TRPV2モノクローナル抗体は、より具体的には以下の方法により作製することができる。TRPV2発現用HEK細胞を、免疫疾患マウスに接種し、2〜4週間後に、脾臓を採取して脾臓に含まれる抗体産生細胞を骨髄腫細胞と融合させることにより、本発明の抗体を産生するハイブリドーマを作製することができる。
【0030】
生育しているハイブリドーマが所望の抗体を産生しているかどうかを知るには、培養上清を採取して抗体価アッセイを自体公知の方法により行えばよい。具体的には、TRPV2発現用HEK細胞もしくはTRPV2発現用HEK細胞由来のタンパク質を抗原とし、IC(免疫細胞化学), IF(免疫蛍光法), IHC(免疫組織化学) 染色法により、結合活性を有する抗体産生細胞を選別することができる。
【0031】
得られた抗体が、TRPV2の細胞外ドメインを認識するかについては、例えば次のような手法により確認することができる。上記のハイブリドーマ培養上清を、TRPV2発現用HEK細胞集団と、TRPV2を発現していないHEK細胞集団と反応させた後、標識2次抗体と反応させて、フローサイトメータで測定する。抗体と反応させていないTRPV2発現用HEK細胞の強度より高い強度で、かつ、TRPV2を発現していないHEK細胞集団より高い強度の蛍光域に含まれるものを、TRPV2細胞外ドメインに特異的に結合できる抗体を選別することが可能である。
【0032】
また得られた抗体が、TRPV2の活性を阻害する機能を有するものかについては、特開2007−259745号公報(特願2006−088323号)に記載のTRPV2特異的アッセイ方法を用いて、確認することができる。
【0033】
さらに本発明の抗体が、TRPV2以外のTrpファミリーのタンパク質の活性に実質的に影響を及ぼさないものかについては、特開2009−149534号公報(特願2007−326606号)に記載のTRPV2以外のTrpファミリーのタンパク質の活性測定方法を参照して確認することができる。
【0034】
さらに限界希釈法、軟寒天法、蛍光励起セルソーターを用いた方法などにより本発明のモノクローナル抗体を産生する単一クローンを分離する。例えば限界希釈法の場合、ハイブリドーマのコロニーを1細胞/ウェル前後となるように培地で段階希釈して培養することにより目的とする抗体を産生するハイブリドーマクローンを単離することができる。得られた抗体産生ハイブリドーマクローンは、約10%(v/v)ジメチルスルホキシド(DMSO)あるいはグリセリンなどの凍結保護剤の共存下に凍結させて、-70〜-196℃で保存すると、約半年〜半永久的に保存可能である。細胞は用時37℃前後の恒温槽中で急速に融解して使用する。凍結保護剤の細胞毒性が残存しないようによく洗浄してから使用するのが望ましい。
【0035】
ハイブリドーマからのモノクローナル抗体の取得方法は、必要量やハイブリドーマの性状などによって適宜選択することができる。例えば、該ハイブリドーマを移植したマウス腹水から取得する方法、細胞培養により培養上清から取得する方法などが例示される。マウス腹腔内で増殖可能なハイブリドーマであれば、腹水から数mg/mLの高濃度のモノクローナル抗体を得ることができる。インビボで増殖できないハイブリドーマは細胞培養の培養上清から取得する。細胞培養によるモノクローナル抗体の取得は、抗体産生量はインビボより低いが、マウス腹腔内に含まれる免疫グロブリンや他の夾雑物質の混入が少なく、精製が容易であるという利点がある。
【0036】
モノクローナル抗体をハイブリドーマを移植したマウス腹腔内から取得する場合、例えば、予めプリスタン(2, 6, 10, 14-テトラメチルペンタデカン)などの免疫抑制作用を有する物質を投与したBALB/cマウスの腹腔内へハイブリドーマ(約106個以上)を移植し、約1〜3週間後に貯留した腹水を採取する。異種ハイブリドーマ(例えばマウスとラット)の場合には、ヌードマウス、放射線処理マウスを使用することが好ましい。
【0037】
一方、細胞培養上清から抗体を取得する場合、例えば、細胞維持に用いられる静置培養法の他に、高密度培養方法あるいはスピンナーフラスコ培養方法などの培養法を用い、当該ハイブリドーマを培養し抗体を含有する培養上清を得る。培養液に含まれる血清は、他の抗体やアルブミンなどの夾雑物が含まれ、抗体精製が煩雑になることが多いので、培養液への添加は少なくすることが望ましい。さらに好ましくは、ハイブリドーマを常法により無血清培地に馴化させ、無血清培地を用いて培養することである。無血清培地で培養することにより、抗体精製が容易になる。
【0038】
腹水や培養上清からのモノクローナル抗体の精製は、自体公知の方法により行うことができる。例えば、免疫グロブリンの精製法として従来既知の硫酸アンモニウムや硫酸ナトリウムを用いた塩析による分画法、ポリエチレングリコール(PEG)分画法、エタノール分画法、DEAEイオン交換クロマトグラフィー法、ゲル濾過法などを応用することで、容易に達成される。さらに、モノクローナル抗体が、IgGである場合には、プロテインA結合担体を用いたアフィニティークロマトグラフィー法により精製することが可能であり、簡便である。
【0039】
他の製造方法として、例えば大腸菌ファージの表面に、抗体断片を提示した、いわゆるコンビナトリアル抗体ライブラリーを構築し、バイオパニングにより抗体をスクリーニングして所望の抗体を得ることができる。この場合は、動物への免疫作業を介さずに、所望の抗体をスクリーニングすることができる。
【0040】
本発明のポリクローナル抗体は、自体公知またはそれに準じる方法に従って製造することができる。例えば、抗原自体、または抗原がペプチドの場合には当該ペプチドとキャリアータンパク質との複合体をつくり、上記のモノクローナル抗体の製造法と同様に温血動物に免疫を行ない、免疫動物から本発明の抗体含有物を採取して、抗体の分離精製を行なうことにより製造することができる。
【0041】
本発明の抗TRPV2ポリクローナル抗体は、TRPV2の細胞外ドメインから選択された部分ペプチド、好ましくは第5膜貫通領域と第6膜貫通領域との間の領域から選択された部分ペプチド、より好ましくはマウスTRPV2(配列番号4)の568〜589位のアミノ酸配列(TTVTEKPTLGQEEEPVPYGGIL:配列番号1)からなる部分ペプチドを抗原として用いることにより作製することができる。
【0042】
本発明のポリクローナル抗体は、免疫された温血動物の血液、腹水など、好ましくは血液から採取することができる。抗血清中のポリクローナル抗体価の測定は、例えば上記で述べたハイブリドーマ培養上清の抗体価の測定と同様にして測定できる。ポリクローナル抗体の分離精製は、上記のモノクローナル抗体の分離精製と同様の免疫グロブリンの分離精製法に従って行なうことができる。
【0043】
また、TRPV2の細胞外ドメインを認識するポリクローナル抗体の選択についても、ハイブリドーマ培養上清について測定したのと同様フローサイトメトリーを使用して、選択することができる。また、TRPV2の活性を阻害する機能を有するポリクローナル抗体の選択についても、特開2007−259745号公報(特願2006−088323号)に記載の手法を用いて実施することができる。
【0044】
本発明の抗TRPV2抗体は、筋細胞の変性を抑制する機能を有することが好ましい。筋細胞の変性は、種々の疾患において見られ、変性を抑制・緩和することにより、病態が改善されるものと考えられる。筋細胞の変性を抑制する機能は、シリコン膜上で培養した筋細胞に、変性を引き起こすために所定の時間のストレッチ刺激を施し、その後の培養上清のクレアチニンキナーゼ活性を測定することにより、確認することができる。
【0045】
さらに本発明は、本発明の抗TRPV2抗体を有効成分として含む、TRPV2阻害剤もしくは筋細胞変性抑制剤にも及ぶ。TRPV2阻害剤もしくは筋細胞変性抑制剤は、上記医薬組成物として使用することもできるが、TRPV2を特異的に阻害する実験ツールとして、もしくは筋細胞の変性を抑制・緩和する実験ツールとして、in vivoまたはin vitroで使用することも可能である。
【0046】
本発明の抗TRPV2抗体は、組成物に有効成分として含まれた状態で使用することも可能である。また本発明の抗TRPV2抗体を含む組成物を、医薬用途に用いる場合には、本発明の抗TRPV2抗体のうち、1種又は複数種を有効量含み、さらに薬学的に許容し得る担体を含んでいても良い。本発明において、薬学上許容される塩とは、例えばナトリウム塩、カリウム塩等のアルカリ金属塩やアルカリ土類金属塩等の塩基性付加塩、塩酸塩、硫酸塩、硝酸塩等の無機酸塩や酢酸塩、プロピオン酸塩等の有機酸塩等の酸付加塩等を挙げることができる。
【0047】
かかる組成物は、医薬組成物として経口的又は非経口的に投与することができる。経口投与による場合、本発明の抗TRPV2抗体は通常の製剤、例えば、錠剤、散剤、顆粒剤、カプセル剤等の固形剤;水剤;油性懸濁剤;又はシロップ剤もしくはエリキシル剤等の液剤のいずれかの剤型としても用いることができる。非経口投与による場合、本発明の抗TRPV2抗体は、水性又は油性懸濁注射剤、点鼻液として用いることができる。その調製に際しては、慣用の賦形剤、結合剤、滑沢剤、水性溶剤、油性溶剤、乳化剤、懸濁化剤、保存剤、安定剤等を任意に用いることができる。
【0048】
医薬組成物として使用する場合は、TRPV2の活性化に起因する疾患や、筋変性疾患に対して適用することが好ましい。TRPV2の活性化に起因する疾患は、高血圧、アレルギー、免疫系疾患、胃腸病、癌等が挙げられるが、必ずしもこれらに限定されるものではない。また、筋変性疾患は、例えば筋ジストロフィー、心筋症、心不全、心筋梗塞等が挙げられる。
【実施例】
【0049】
以下、本発明の理解を深めるために、実施例及び実験例を示して本発明を具体的に説明するが、これらは本発明の範囲を限定するものではないことはいうまでもない。
【0050】
(実施例1)抗TRPV2モノクローナル抗体の作製
(1)マウスTRPV2発現用HEK細胞の作製
本実施例では、配列表の配列番号4に示されるアミノ酸配列の全長マウスTRPV2を、特開2007−259745号公報(特願2006−088323号)に記載の手法に準じて、HEK293細胞に導入・発現させることにより、マウスTRPV2が細胞膜上に発現したマウスTRPV2発現用HEK細胞を作製した。
【0051】
(2)ハイブリドーマの作製
上記(1)で調製したマウスTRPV2発現用HEK細胞を抗原として用い、1x106〜1x107cell/mLとなる様にPBSで調製し、同量のフロイント完全アジュバント(freund's comlete adjubant:Difco社製)と混合して乳化した。この乳化状の抗原を、4週令の4匹の雌のBALB/c nu-nuマウスの腹腔に1匹あたり100μL投与した。さらに2週間毎に、アジュバントにて500μg/mLとなるように調製した上記抗原をマウス当たり50μgずつ2回投与して、追加免疫した後、マウスの抗体価を測定した。抗体価の高いマウスにさらに1週間後、抗原であるマウスTRPV2発現用HEK細胞をPBSで100μg/mLに調製し、マウス尾静脈より注射して最終免疫した。
【0052】
最終免疫から3日後にBALB/cマウスの摘脾を行い、EMEM培養液中で脾細胞を浮遊させて、脾細胞の浮遊液を作製した。ついで、脾細胞をEMEM培養液で3回洗浄した後、細胞数を算定し、5x107個の脾細胞を得た。細胞融合は、P3U1 myeloma培養細胞株を親細胞株として用いた。親細胞株は、非働化した牛胎児血清(fetal calf serum : FCS)10%を含むRPMI-1640培養液で継代培養した。細胞融合の3日前より10%FCS含有RPMI-1640培養液でさらに培養し、対数増殖期の細胞を用いた。親細胞株はRPMI-1640培養液で3回洗浄した後、細胞数を算定し、5x106〜107個の生細胞を得た。
【0053】
RPMI-1640培養液で、ポリエチレングリコール-4000が50(W/V)%濃度となるように溶解し、上記の脾細胞と親細胞株との比が2:1となるように混合し、ケーラーおよびミルシュタイン共著:ネイチャー(Nature 第256巻,495-497 (1975))およびヨーロピアン ジャーナル オブ イムノロジー(Eur. J.Immunol.第6巻,511-519, (1976))の方法に準じて細胞融合を行った。
【0054】
その後、10%FCSを添加したRPMI-1640培養液に、100 μM のヒポキサンチン、0.4 μMのアミノプテリンおよび16 μMのチミジン(HAT)を含有するHAT選択培地に、脾細胞が1〜3x106個/mLとなるように浮遊させた。ついで、この細胞浮遊液を100μLずつ、96穴マイクロタイタープレートの各ウェルに分注した後、CO無菌培養器において温度37℃、湿度95%、8%のCO雰囲気で培養を行なった。培養開始後、1日目と2日目にHAT選択培地を各ウェルに1滴ずつ、また培養開始後7日目と9日目にHAT選択培地を、各ウェルに2滴ずつ添加してさらに培養を行った。その後、HATを含まない培養液で育成させ、約10日〜2週間後に、選択培地で増殖ハイブリドーマを確認した。
【0055】
(3)スクリーニング
上記で得られたバイブリドーマのうち、TRPV2の細胞外ドメインを認識する抗体を産生する株を以下の方法により選択した。
【0056】
ハイブリドーマ培養上清を、TRPV2発現用HEK細胞集団またはTRPV2を発現していないHEK細胞集団と反応させた後、標識2次抗体(FITC標識ヤギ抗マウスIgG Zymed社)と反応させた。反応後、各細胞集団についてフローサイトメータ(FACScan、Becton Dickinson社)を用いて測定し、ハイブリドーマ培養上清を用いずに測定したバックグラウンドの強度(抗体と反応していないTRPV2発現用HEK細胞集団の強度)より高い強度で、かつTRPV2を発現していないHEK細胞集団の強度より高い強度の蛍光域に含まれるハイブリドーマを、TRPV2細胞外ドメインに特異的に結合できる抗体を産生するものとして得た。
【0057】
(4)抗体の精製
各ハイブリドーマ株は、培養液中の牛胎児血清含有量を10%から2%に減少させ、最終的に無血清の培養液中で培養した。無血清培養液で3〜7日間培養した各ハイブリドーマの培養上清100 mLを2,000rpm、10分遠心処理し、得られた上清を0.45μmフィルターで濾過して固形成分を除去し、Protein Gを固定化した6%アガロースゲル(HiTrapProtein G HP Columns-GEヘルスケアジャパン社製)1 mLにより精製した。
【0058】
得られたモノクローナル抗体が、TRPV2細胞外ドメインに特異的に結合することを確認するために、イムノブロット、生細胞(抗原として用いたTRPV2発現用HEK細胞)を用いた免疫染色を行った。イムノブロットでは、コントロールとしてマウスIgGを使用した。免疫染色では、TRPV2発現用HEK293細胞と各抗体を室温で30分間培養した後、FITC標識2次抗体を反応させFITCの蛍光をコンフォーカルレーザー顕微鏡(FLUOVIEW FV1000、Olympus社)にて観察した。コントロールはマウスIgG(normal mouse IgG、Santa Cruz Biotechnology社)である。
【0059】
図1aはイムノブロットの結果を示し、図1bは免疫染色の結果を示す。図1aにおいて、レーン1はHEK293細胞のタンパク質画分を、レーン2はマウスTRPV2発現用HEK細胞のタンパク質画分を電気泳動して、それぞれ1μg/mlのマウスIgG、モノクローナル抗体11-6、88-2を用いてイムノブロットしたものである。図1bの上段は各抗体を反応させた写真である。モノクローナル抗体11-6、88-2がTRPV2の細胞外ドメインに対して反応性を持つことがわかった。
【0060】
(実施例2)抗TRPV2ポリクローナル抗体の作製
マウスTRPV2の第5膜貫通領域と第6膜貫通領域との間にある親水性の高い領域である568〜589位のアミノ酸配列(配列番号1)を持つ部分ペプチドを固相法により合成し、この部分ペプチドを抗原としてポリクローナル抗体を作製した。具体的には、抗原である部分ペプチドを、アジュバント(完全フロイントアジュバント、Difco Laboratories社)とともにニュージーランドホワイト種のウサギに免疫して抗血清を得た。得られた抗血清を、常法どおりに精製してポリクローナル抗体を得た。
【0061】
得られた抗血清のポリクローナル抗体がTRPV2の細胞外ドメインを認識する抗体であることを確認するために、抗血清を用いて、イムノブロット、生細胞(TRPV2発現用HEK細胞)を用いた免疫染色を行った。イムノブロットでは、コントロールとして抗原で免疫する前に採取した抗血清を使用した。免疫染色では、実施例1の手法と同様に、TRPV2発現用HEK293細胞と各抗血清を室温で30分間培養した後、FITC標識2次抗体を反応させFITCの蛍光をコンフォーカルレーザー顕微鏡にて観察した。コントロールとして抗原で免疫する前に採取した抗血清(免疫前血清)を使用し、ポジティブコントロールとして、TRPV2の細胞外ドメインにFlagタグを挿入し、各Flagタグを抗Flag抗体および、ローダミン標識2次抗体で観察を行った。
【0062】
図2aはイムノブロットの結果を示し、図2bは免疫染色の結果を示す。図2aにおいて、レーン1はHEK293細胞のタンパク質画分を、レーン2はマウスTRPV2発現用HEK細胞のタンパク質画分を電気泳動して、それぞれ、免疫前血清、血清591、血清592を1000倍希釈したものを用いてイムノブロットしたものである。図2bの上段は各血清を反応させた写真であり、下段はポジティブコントロールである。血清591および血清592のポリクローナル抗体が、TRPV2の細胞外ドメインに対して反応性を持つことがわかった。
【0063】
(実施例3)TRPV2活性阻害作用を持つ抗体の選択
マウスTRPV2発現用細胞を用いたハイスループットスクリーニング法(特開2007−259745号公報(特願2006−088323号)に記載の方法)に準じて、得られた血清、モノクローナル抗体のTRPV2活性の阻害作用を指標としてスクリーニングを行った。
【0064】
受託番号FERM P-20837またはFERM P-20836で特定されるマウスTRPV2を導入したHEK293細胞株(マウスTRPV2発現用細胞)を96穴のマイクロプレートに培養し、コンフルエントになったものを用いた。100μlのBSS(Balanced Salt solution)で細胞を2回洗浄したものについて、励起波長340nmおよび380nmにおける測定波長510nmでの蛍光強度を計測した。
対照として、マウスTRPV2を導入していないHEK293細胞株についても同様に培養し、同様に蛍光強度を測定した。
【0065】
10mM HEPES−BSSで溶解した4μMのFura-2-AM(TM)(ドージンドー社)100μlを細胞に添加し、37℃で30分間接触させ、細胞内にカルシウム指示薬を負荷した。次に100μlの1mM HEPES−BSSで2回洗浄し、実施例1または2にて得られた抗体を含むBSS50μlを加え、37℃で30分間反応させた。カルシウム阻害剤を含まない1mM HEPES−BSS(50μl)の系についても同様に行った。陽性コントロールとして、Ca2+カルシウムイオノフォア(イオノマイシン(ionomycin)10μM)を添加した10mM HEPES−BSS(50μl)の系についても同様に行った。
【0066】
2−APB(2-aminoethoxydiphenyl borate)溶液を各ウェルに50μl添加し、室温にて1分間反応させた。反応溶液は、2−APBの終濃度0.5mM、CaClの終濃度5.25mMで、pH6.3であった。
【0067】
Ca2+は、蛍光/発光/吸光マルチプレートリーダー(ジェニオスプラス(TECAN社))を用いて測定した。測定は、励起波長340nmおよび380nmにおける測定波長510nmでの蛍光強度を計測することにより行った。2−APB添加の系において認められる強いCa2+の上昇が抗体の存在下で抑制された場合、当該抗体がTRPV2阻害する作用を有するものとし、血清591、血清592、モノクローナル抗体11-6、88-2を選択した。
【0068】
(実験例1)抗体のTRPV2活性阻害効果の確認
【0069】
(1)実施例3にて得られた抗体について、特開2009−149534号公報(特願2007−326606号)に記載のTRPV2以外のTrpファミリーのタンパク質の活性測定方法を用いて、TRPV2以外のTrpファミリーのタンパク質に対する影響について確認した。
【0070】
TRPV1発現用細胞としてマウスTRPV1を導入したHEK293細胞を使用し、TRPC1発現用細胞としてマウスTRPC1を導入したHEK細胞を使用した。TRPV2の活性測定と同様に細胞内に蛍光色素を導入して、TPPV1については2−APBで刺激し、TRPC1についてはタプシガージンで刺激し、細胞内Ca2+上昇を測定した。
【0071】
その結果、血清591、592、マウスモノクローナル抗体11-6、88-2は、TRPV1およびTRPC1の活性には実質的に影響を及ぼさず、TRPV2活性を特異的に抑制することがわかった。
【0072】
(2)マウスTRPV2発現用細胞において、プレートリーダーを用いて細胞内カルシウムプローブでモニターすることにより、抗体のTRPV2活性に対する阻害作用を確認した。モノクローナル抗体は10ng/ml、血清(ウサギポリクローナル抗体)は1000倍希釈でアゴニスト刺激の2時間前にそれぞれ室温で反応させた。細胞内Ca2+濃度指示薬fura−2を負荷した細胞を、常法に従い、BSS存在下で、2APB (2-aminoethoxydiphenyl borate)溶液(0.3mM、0.5mM)で刺激した。
【0073】
顕微鏡下の実験では、細胞内Ca2+濃度指示薬fura−2を負荷した細胞を、常法に従い、BSS存在下で、2APB 溶液(0.3mM、0.5mM、および1mM)で刺激した後、BSSで洗浄して、2mMCa2+を含む液に交換し、熱刺激(52℃以上30秒)、最後にイオノマイシン10μMで刺激した。
【0074】
結果を図3に示す。図3aは、種々の抗体の存在下でTRPV2のアゴニスト2−APB添加後の細胞内Ca2+濃度上昇をモニターした結果である。図3bは、細胞内Ca2+蛍光色素fura-2を用いて細胞内Ca2+濃度上昇を顕微鏡下で測定した結果であり、TRPV2発現用細胞10個以上の平均と標準偏差である。黒色線はコントロールである免疫前血清、灰色線は591血清の結果であり、それぞれ1000倍希釈で2時間室温で反応させた後のTRPV2アゴニストである2APBに対する細胞内Ca2+反応を示した。その結果、591血清により、2APB刺激による細胞内Ca2+上昇が抑制された。なお図3cは、TRPV2を発現していないHEK293細胞の結果(抗体添加なし)である。TRPV2による細胞内Ca2+上昇(図3b黒色)が、TRPV2発現のないレベルと同等まで抗体により抑制されることがわかった(図3b灰色、図3c)。
【0075】
(実験例2)抗体の筋細胞TRPV2活性阻害効果の確認
ヒト心筋症のモデル動物である心筋症ハムスター(J2N-k)の培養骨格筋細胞を用いて、抗体が細胞内カルシウム代謝異常を抑制することを確認した。実験例1の手法と同様にして、細胞内Ca2+蛍光色素fura-2を用いて細胞内Ca2+濃度上昇を顕微鏡下で測定した。
【0076】
結果を図4に示す。TRPV2発現用細胞10個以上の平均と標準偏差を示した。黒色線はコントロール血清、灰色線は591血清の結果であり、それぞれ1000倍希釈で2時間室温で反応させた後のTRPV2アゴニストである2APBに対する筋細胞内Ca2+反応を示した。その結果、591血清により、2APB刺激による細胞内Ca2+上昇が抑制された。
【0077】
(実験例3)抗体の筋細胞変性に対する抑制効果の確認
ヒト心筋症のモデル動物である心筋症ハムスター(J2N-k)の培養骨格細胞を用いて、抗体が筋変性を抑制することを確認した。シリコン膜上に培養した筋細胞に1時間、20%のストレッチ刺激を行った後、培養上清のクレアチニンキナーゼ活性を常法により測定した。コントロールである免疫前血清は500倍に希釈、591血清は500倍または250倍に希釈し、それぞれ1時間室温で反応させた後、ストレッチ刺激を与えた。
【0078】
結果を図5に示す。免疫前血清と反応させた場合は、クレアチニンキナーゼ活性(ck efflux)が高く、筋細胞の変性が誘導されているのに対し、591血清と反応させた場合は、いずれの希釈倍率であっても、ストレッチ刺激による筋細胞の変性が抑制された。
【0079】
(実験例4)エピトープマッピング
本実験例では、ポリクローナル抗体591、ポリクローナル抗体592、モノクローナル抗体88-2について、エピトープ解析を行った。
568〜589位のアミノ酸配列(配列番号1)の22残基のうち、8残基のアミノ酸からなるペプチドを、1残基ずつずらして15個合成し、各ペプチドに対する抗体の反応性を確認した。各々ペプチド1mg/mlをニトロセルロース膜に1μlずつドットブロットし、常法に従って膜をブロッキング後、各抗体と反応させ免疫抗体法にて検出した。
【0080】
結果を図6に示す。
図6aは、TRPV2の細胞外ドメインの中で第5膜貫通領域と第6膜貫通領域との間の領域から選択された部分ペプチド568〜589位(上段)および551〜566位(下段)をそれぞれニトロセルロース膜にドットしブロッキングした後、591血清、592血清及びコントロールIgGの1000倍希釈、マウスモノクローナル抗体88-2(10ng/ml)を用いて各々ペプチドに対する反応性を調べた結果である。いずれの抗体も568〜589位のペプチドに強い反応性を示すことがわかった。
図6bの写真は591血清またはコントロールIgGを用いた実際のドットブロットの結果を示す。図6bのグラフはドットブロットの染色強度をイメージングアナライザーを用いて定量化したものである。グラフは591血清、592血清及びモノクローナル抗体88-2の結果を併せて示すものであり、3回の実験の平均及び標準偏差を表す。いずれの抗体も、GQEEEPVP(配列番号6)とQEEEPVPY(配列番号7)に対して反応性を示した。また591血清と592血清は、QEEEPVPY(配列番号7)に対してより高い反応性を示した。モノクローナル抗体88-2は、GQEEEPVP(配列番号6)に対してより高い反応性を示した。従って、これらの抗体がGQEEEPVPY(配列番号2)付近を認識しているものと考えられた。
【産業上の利用可能性】
【0081】
以上説明したように、本発明の抗TRPV2抗体は、TRPV2の細胞外ドメインを認識することができ、生細胞に発現するTRPV2と反応することが可能である。また本発明の抗TRPV2抗体は、TRPV2の活性を阻害する機能を有し、生きた筋細胞に発現するTRPV2に対して阻害作用を発揮することができる。TRPV2の活性化は、心筋、骨格筋を問わず、筋肉細胞の変性・細胞死を伴う広範囲の疾患で起こることがわかっている。従って、本発明の抗TRPV2抗体は、拡張型心筋症のみならず、筋ジストロフィー又は心不全一般の治療薬、あるいは心筋保護薬として適用することも可能と考えられる。さらに、本発明の抗体は病態時においてTRPV2の活性を細胞膜上で抑制可能と考えられ、従来移植しか治療手段がない拡張型心筋症に対する有力な治療薬候補となりうる。また、本発明の抗TRPV2抗体は、TRPV2を特異的に阻害する実験ツールとなるため、TRPV2活性化で起こる心筋病態解明に利用できるとともに、様々な心筋病態でのTRPV2関与を確かめる手段としても利用できる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]