【実施例】
【0037】
次に、本発明を実施例に基づいてさらに詳細に説明するが、本発明はかかる実施例のみに限定されるものではない。
【0038】
製造例1〜4
高分子固体電解質材料として、スルホン酸基を有する正方形状のフッ素樹脂膜〔縦:30mm、横:30mm、厚さ:180μm、デュポン社製、ナフィオン(登録商標)117〕を用いた。また、マスクとして、ステンレス鋼板(SUS304)からなり、スリットが形成されたテンプレート(縦:30mm、横:30mm、厚さ:300μm)を用いた。
【0039】
次に、フッ素樹脂膜上にテンプレートを載置し、得られた積層体をイオン注入装置〔(株)日立製作所製〕に入れ、その周囲雰囲気を1×10
-4Pa程度の圧力となるように脱気した後、室温(約25℃)でヘリウムイオンを100keVの加速エネルギーにてイオン注入量が1×10
13ions/cm
2(製造例1)、1×10
14ions/cm
2(製造例2)、1×10
15ions/cm
2(製造例3)または1×10
16ions/cm
2(製造例4)となるようにテンプレート面にイオンビームを照射することにより、イオンを注入した。
【0040】
その結果、フッ素樹脂膜のイオン注入された箇所は、イオン注入量の増大に伴い製造例1〜4の順に着色された黄色の濃度が高くなっていることが確認された。また、X線光電子分光分析(XPS)によって高分子電解質材料の厚さ方向における化学的構造変化を解析したところ、フッ素樹脂膜の表面近傍の厚さ約1μmの範囲内でイオン注入されていることが確認された。
【0041】
次に、イオン注入される前のフッ素樹脂膜および各製造例でイオン注入されたフッ素樹脂膜の化学構造をX線光電子分光スペクトルの測定によって調べた。その結果を
図1〜4に示す。
図1は、炭素原子由来のC1sの結合エネルギーについてのX線光電子分光スペクトル、
図2は、フッ素原子由来のF1sの結合エネルギーについてのX線光電子分光スペクトル、
図3は、酸素原子由来のO1sの結合エネルギーについてのX線光電子分光スペクトル、
図4は、イオウ原子由来のS2p3/2の結合エネルギーについてのX線光電子分光スペクトルを示す。
【0042】
各図において、aは、イオン注入される前のフッ素樹脂膜のX線光電子分光スペクトル、b〜eは、それぞれ順に、製造例1〜4でイオン注入されたフッ素樹脂膜のX線光電子分光スペクトルを示す。
【0043】
図1に示された結果から、イオンの注入量が1×10
14ions/cm
2程度(
図1中のc、製造例2)から結合エネルギー294eVにおけるピークが大きく減少しはじめ、287eVのピークが大きく増大していることがわかる。また、イオンの注入量が1×10
16ions/cm
2程度(
図1中のe、製造例4)のとき、結合エネルギー294eVにおけるピークがほぼ消失し、結合エネルギー287eVにおけるピークが主となっていることがわかる。結合エネルギー294eVにおけるピークは、C−F結合に由来するものであると考えられることから、このピーク強度が減少していることにより、フッ素原子が脱離していることが推察される。また、結合エネルギー287eVにおけるピークは、C−C結合に由来するものであると考えられることから、このピーク強度が増大していることにより、架橋などによって相対的にC−C結合が増加しているものと考えられる。
【0044】
図2に示された結果から、イオンの注入量が増加するにしたがって結合エネルギー692eV近傍のC−F結合に由来するフッ素原子の結合エネルギーのピーク強度が大きく減少していることがわかる。このことは、フッ素原子の量が減少していることを示唆し、
図1に示された炭素原子C1sの結合エネルギーについてのX線光電子分光スペクトルにおいてフッ素原子が脱離していることが示唆されていることと一致する。
【0045】
図3に示された結果から、イオンの注入量が増加するにしたがって結合エネルギー538eVにおけるピーク強度が減少するとともに、それよりも低エネルギー側の結合エネルギー536eVにおけるピーク強度が増大していることがわかる。また、
図4に示された結果から、イオンの注入量の増加に伴って結合エネルギー173eV近傍のイオウ原子の結合エネルギーのスペクトルが顕著に減少していることがわかる。これらのことから、酸素原子は、C−O結合とスルホン酸基のS−O結合またはS=O結合とに由来することから、スルホン酸基が脱離しているものと考えられる。
【0046】
次に、イオン注入される前のフッ素樹脂膜および各製造例でイオン注入されたフッ素樹脂膜について、減衰全反射(ATR)法によるフーリエ変換赤外分光スペクトルを
図5に示す。
図5において、aは、イオン注入される前のフッ素樹脂膜のフーリエ変換赤外分光スペクトル、b〜eは、それぞれ順に、製造例1〜4でイオン注入されたフッ素樹脂膜のフーリエ変換赤外分光スペクトルを示す。
【0047】
図5に示される赤外分光スペクトルにおいて、波数1199cm
-1、1146cm
-1、1056cm
-1、985cm
-1および970cm
-1におけるピークは、スルホン酸基を有するフッ素樹脂膜に特徴的なピークである。それらのピークのなかで、波数1056cm
-1、985cm
-1および970cm
-1におけるピークの強度が減少していることがわかる。波数1146〜1199cm
-1におけるピークは、スルホン酸基およびCF
2−CF
2結合に由来する伸縮振動であるが、イオンの注入量の増加により、特に波数1199cm
-1におけるピークの強度の減少とピークのブロード化により、スルホン酸基およびC−F結合が強く影響を受けているものと考えられる。
【0048】
これらの結果から、スルホン酸基を有するフッ素樹脂膜にイオン注入することにより、当該スルホン酸基を有するフッ素樹脂膜の化学的構造が変化し、その化学構造の変化がフッ素原子およびスルホン酸基の脱離であると考えられる。
【0049】
次に、イオン注入される前のフッ素樹脂膜および各製造例でイオン注入されたフッ素樹脂膜を裁断し、ダンベル型の試験片(幅:10mm、長さ:32mm、くびれ部の幅:4mm、くびれ部の長さ:12mm)を作製し、各試験片の引っ張り強度を調べた。その結果を
図6に示す。なお、
図6において、(a)は、イオン注入される前のフッ素樹脂膜の引っ張り強度、(b)〜(e)は、それぞれ順に、製造例1〜4でイオン注入されたフッ素樹脂膜の引っ張り強度を示す。また、
図6に記載の伸び倍率は、式:
〔伸び倍率(倍)〕
=〔伸長後の長さ(mm)−伸長前の長さ(mm)〕÷〔伸長前の長さ(mm)〕
に基づいて求めたときの値である。
【0050】
図6に示された結果から、イオン注入される前のフッ素樹脂膜では、荷重が約9Nのときに降伏点が生じるのに対し〔
図6中の(a)〕、イオン注入量が1×10
16ions/cm
2であるフッ素樹脂膜では、荷重が約12Nのときに降伏点が生じることから〔
図6中の(e)〕、引っ張り強度などの機械的強度がイオン注入される前のフッ素樹脂膜よりも約30%向上していることがわかる。
【0051】
以上のことから、スルホン酸基を有するフッ素樹脂膜にイオン注入することにより、当該スルホン酸基を有するフッ素樹脂膜の機械的強度を向上させることができることがわかる。なお、降伏点後の破断までの伸びは、イオン注入の有無およびイオン注入量に関係なく、伸び倍率が約1.5倍のときに破断が生じた。
【0052】
実施例1
製造例1で得られたイオン注入されたフッ素樹脂膜をメッキ液〔2g/Lジクロロテトラアンミン白金(II)水溶液、液温:約25℃〕に浸漬し、約20分間軽く撹拌した。次に、フッ素樹脂膜をメッキ液から取り出し、脱イオン水で洗浄した後、0.079モル/Lの水素化ホウ素ナトリウム水溶液(液温:約25℃)中に浸漬し、1時間軽く撹拌することにより、ジクロロテトラアンミン白金(II)を還元させて白金を析出させ、無電解メッキを完了した。
【0053】
無電解メッキが施されたフッ素樹脂膜を脱イオン水で洗浄し、1モル/Lの硝酸水溶液(液温:約25℃)中に浸漬し、硝酸水溶液を軽く10分間撹拌した後、脱イオン水で洗浄した。白金メッキ皮膜を厚くするために、以上の操作を5回繰り返すことにより、金属メッキ材料を得た。
【0054】
実施例2
実施例1において、製造例1で得られたイオン注入されたフッ素樹脂膜の代わりに製造例2で得られたイオン注入されたフッ素樹脂膜を用いたこと以外は、実施例1と同様にして金属メッキ材料を得た。
【0055】
実施例3
実施例1において、製造例1で得られたイオン注入されたフッ素樹脂膜の代わりに製造例3で得られたイオン注入されたフッ素樹脂膜を用いたこと以外は、実施例1と同様にして金属メッキ材料を得た。
【0056】
実施例4
実施例1において、製造例1で得られたイオン注入されたフッ素樹脂膜の代わりに製造例4で得られたイオン注入されたフッ素樹脂膜を用いたこと以外は、実施例1と同様にして金属メッキ材料を得た。
【0057】
次に、各実施例で得られた金属メッキ材料に形成されているメッキ皮膜を目視によって観察した。その結果、実施例1および実施例2では、フッ素樹脂膜にイオンが注入された箇所で白金メッキ皮膜が多少形成されておらず、フッ素樹脂膜にイオンが注入されていない箇所で白金メッキ皮膜が均一に形成されていることが確認された。なかでも、実施例3および実施例4で得られた金属メッキ材料では、イオン注入量が1×10
15ions/cm
2以上であるが、フッ素樹脂膜にイオンが注入された箇所では白金メッキ皮膜がまったく形成されずに、フッ素樹脂膜にイオンが注入されていない箇所で白金メッキ皮膜が均一に形成されていることが確認された。これらのことから、フッ素樹脂膜にイオンが注入された箇所で白金メッキ皮膜がまったく形成されないようにし、フッ素樹脂膜にイオンが注入されていない箇所で白金メッキ皮膜が均一に形成されるようにするためには、フッ素樹脂膜へのイオン注入量を1×10
15ions/cm
2以上とすることが好ましいことがわかる。
【0058】
以上の結果から、高分子電解質材料を用い、所定のパターンを有するマスクを介して当該高分子電解質材料の表面にイオン注入を行なった後、当該高分子電解質材料に無電解メッキを施した場合には、イオン注入が施されていない部分にのみ無電解メッキを施すことができるので、マスキングテープを必要とせずに、所定のパターンに金属メッキ皮膜が形成された金属メッキ材料を効率よく製造することができることがわかる。
【0059】
また、各実施例では、高分子電解質材料としてスルホン酸基を有する高分子電解質材料が用いられたが、カルボキシル基、リン酸基、ホウ酸基などの官能基は、スルホン酸基と同様に、イオン注入によって高分子電解質材料から脱離するので、これらの官能基を有する高分子電解質材料を用いた場合にも、スルホン酸基を有する高分子電解質材料と同様に、高分子電解質材料にイオンが注入された箇所では金属メッキ皮膜を形成させずに、高分子電解質材料にイオンが注入されていない箇所で金属メッキ皮膜を形成させることができる。