(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
更に他の元素として、V,NbおよびZrよりなる群から選択される1種以上を合計で0.1%以下(0%を含まない)含有するものである請求項1に記載の熱間プレス用鋼板。
更に他の元素として、Cu,Ni,CrおよびMoよりなる群から選択される1種以上を合計で1%以下(0%を含まない)含有するものである請求項1または2に記載の熱間プレス用鋼板。
更に他の元素として、Mg,CaおよびREMよりなる群から選択される1種以上を合計で0.01%以下(0%を含まない)含有するものである請求項1〜3のいずれかに記載の熱間プレス用鋼板。
請求項5に記載の製造方法によって得られたプレス成形品であって、金属組織が、残留オーステナイト:3〜20面積%、焼鈍しマルテンサイトおよび/または焼鈍しベイナイト:30〜87面積%、焼入れままマルテンサイト:10〜67面積%であり、且つ前記残留オーステナイト中の炭素量が0.60%以上であることを特徴とするプレス成形品。
請求項7に記載の製造方法によって得られたプレス成形品であって、金属組織が、残留オーステナイト:3〜20面積%、マルテンサイト:80面積%以上である第1の領域と、金属組織が、残留オーステナイト:3〜20面積%、焼鈍しマルテンサイトおよび/または焼鈍しベイナイト:30〜87面積%、焼入れままマルテンサイト:10〜67面積%であり、且つ前記残留オーステナイト中の炭素量が0.60%以上である第2の領域を有するものであることを特徴とするプレス成形品。
【背景技術】
【0002】
地球環境問題に端を発する自動車の燃費向上対策の一つとして、車体の軽量化が進められており、自動車に使用される鋼板をできるだけ高強度化することが必要となる。その一方で、鋼板を高強度化すると、プレス成形時の形状精度が低下することになる。
【0003】
こうしたことから、鋼板を所定の温度(例えば、オーステナイト相となる温度)に加熱して強度を下げた後、鋼板に比べて低温(例えば室温)の金型で成形することによって、形状の付与と同時に、両者の温度差を利用した急冷熱処理(焼入れ)を行って、成形後の強度を確保する熱間プレス成形法が部品製造に採用されている。尚、このような熱間プレス成形法は、ホットプレス法の他、ホットフォーミング法、ホットスタンピング法、ホットスタンプ法、ダイクエンチ法等、様々な名称で呼ばれている。
【0004】
図1は、上記のような熱間プレス成形を実施するための金型構成を示す概略説明図であり、図中1はパンチ、2はダイ、3はブランクホルダー、4は鋼板(ブランク)、BHFはしわ押え力、rpはパンチ肩半径、rdはダイ肩半径、CLはパンチ/ダイ間クリアランスを夫々示している。また、これらの部品のうち、パンチ1とダイ2には冷却媒体(例えば水)を通過させることができる通路1a,2aが夫々の内部に形成されており、この通路に冷却媒体を通過させることによってこれらの部材が冷却されるように構成されている。
【0005】
こうした金型を用いて熱間プレス成形(例えば、熱間深絞り加工)するに際しては、鋼板(ブランク)4を、(Ac
1変態点〜Ac
3変態点)の二相域温度またはAc
3変態点以上の単相域温度に加熱して軟化させた状態で成形を開始する。即ち、高温状態にある鋼板4をダイ2とブランクホルダー3間に挟んだ状態で、パンチ1によってダイ2の穴内に鋼板4を押し込み、鋼板4の外径を縮めつつパンチ1の外形に対応した形状に成形する。また、成形と並行してパンチおよびダイを冷却することによって、鋼板4から金型(パンチ1およびダイ2)への抜熱を行なうと共に、成形下死点(パンチ先端が最深部に位置した時点:
図1に示した状態)で更に保持冷却することによって素材の焼入れを実施する。こうした成形法を実施することによって、寸法精度の良い1500MPa級の成形品を得ることができ、しかも冷間で同じ強度クラスの部品を成形する場合に比較して、成形荷重が低減できることからプレス機の容量が小さくて済むことになる。
【0006】
現在広く使用されている熱間プレス用鋼板としては、22MnB5鋼を素材とするものが知られている。この鋼板は、引張強度が1500MPaで伸びが6〜8%程度であり、耐衝撃部材(衝突時に極力変形させず、破断しない部材)に適用されている。しかしながら、エネルギー吸収部材のように変形を要する部品には、伸び(延性)が低いために適用が困難である。
【0007】
良好な伸びを発揮する熱間プレス用鋼板として、例えば特許文献1〜4のような技術も提案されている。これらの技術では、鋼板中の炭素含有量を様々な範囲に設定することによって、夫々の鋼板の基本的な強度クラスを調整すると共に、変形能の高いフェライトを導入し、フェライトおよびマルテンサイトの平均粒径を小さくすることによって、伸びの向上を図っている。これらの技術は、伸びの向上には有効であるものの、鋼板の強度に応じた伸び向上の観点からすれば、依然として不十分である。例えば、引張強さTSが1470MPa以上のもので伸びELが最大で10.2%程度であり、更なる改善が求められている。
【0008】
一方、これまで検討されているホットスタンプ成形品に比べて、強度クラスが低い成形品、例えば引張強さTSが980MPa級や1180MPa級についても、冷間プレスでは成形精度に問題があり、その改善策として、低強度熱間プレスに対するニーズがある。その際に、成形品におけるエネルギー吸収特性を大幅に改善する必要がある。
【0009】
特に近年では、1つの部品内に強度差を付ける技術の開発が進められている。こうした技術として、変形を防止すべき部位は高強度(高強度側:耐衝撃部位側)で、エネルギー吸収が必要な箇所は低強度で且つ高延性(低強度側:エネルギー吸収部位側)とする技術が提案されている。例えば、中型以上の乗用車では、側面衝突時や後方衝突時にコンパチビィティ(小型車が衝突してきたときに相手側も守る機能)を考慮して、Bピラーやリアサイドメンバの部品内に、耐衝撃性部位とエネルギー吸収部位の両機能を持たせる場合がある。こうした部品を作製するには、(a)通常の熱間プレス用鋼板に、同じ温度に加熱・金型焼入れしても低強度となる鋼板を接合する(テーラードウェルドブランク:TWB)方法、(b)金型での冷却速度に差異を付けて鋼板の領域毎に強度差を付ける方法、(c)鋼板の領域毎の加熱温度に差異を付けて強度差を付ける方法、等が提案されている。
【0010】
これらの技術では、高強度側(耐衝撃部位側)で引張強さ:1500MPa級が達成されるが、低強度側(エネルギー吸収部位側)で最大引張強度:700MPa、伸びEL:17%程度であり、エネルギー吸収特性を更に高めるためには、より高強度で高延性を実現することが求められている。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明者らは、鋼板を所定の温度に加熱した後、熱間プレス成形してプレス成形品を製造するに際して、プレス成形後において高強度を確保しつつ良好な延性(伸び)をも示すようなプレス成形品を実現できる熱間プレス用鋼板を実現すべく、様々な角度から検討した。
【0022】
その結果、熱間プレス用鋼板の化学成分組成を厳密に規定すると共に、Ti含有析出物の大きさおよび析出Ti量の制御を図り、且つ金属組織を適正なものとすると、該鋼板を所定条件で熱間プレス成形することで、プレス成形後に所定量の残留オーステナイトを確保して、内在する延性(残存延性)をより高くしたプレス成形品が得られることを見出し、本発明を完成した。
【0023】
本発明の熱間プレス用鋼板では、化学成分組成を厳密に規定する必要があるが、各化学成分の範囲限定理由は下記の通りである。
【0024】
[C:0.15〜0.5%]
Cは、成形品内で均一な特性が要求される場合の高強度と伸びのバランスを高レベルで達成するために、或は単一成形品内に耐衝撃部位とエネルギー吸収部位に相当する領域が要求される場合の、特に低強度・高延性部位において残留オーステナイトを確保する上で重要な元素である。また熱間プレス成形での加熱時に、Cがオーステナイトに濃化することで、焼入れ後に残留オーステナイトを形成させることができる。更に、マルテンサイト量の増加にも寄与し、強度を上昇させる。これらの効果を発揮させるためには、C含有量は0.15%以上とする必要がある。
【0025】
しかしながら、C含有量が過剰になって0.5%を超えると、二相域加熱領域が狭くなり、成形品内で均一な特性が要求される場合の高強度と伸びのバランスを高レベルで達成されないか、或は単一成形品内に耐衝撃部位とエネルギー吸収部位に相当する領域が要求される場合の、特に低強度・高延性部位において狙いとする金属組織(焼鈍しマルテンサイトおよび/または焼鈍しベイナイトを所定量確保した組織)に調整することが困難となる。C含有量の好ましい下限は0.17%以上(より好ましくは0.20%以上)であり、より好ましい上限は0.45%以下(更に好ましくは0.40%以下)である。
【0026】
[Si:0.2〜3%]
Siは、金型焼入れの冷却中にマルテンサイトが焼戻されてセメンタイトが形成されたり、未変態のオーステナイトが分解されることを抑制することで、残留オーステナイトを形成させる効果を発揮する。こうした効果を発揮させるためには、Si含有量は0.2%以上とする必要がある。またSi含有量が過剰になって3%を超えると、フェライトが形成されやすくなり、加熱時に単相化が難しくなり、熱間プレス用鋼板においてベイナイトおよびマルテンサイトの必要分率を確保できなくなる。Si含有量の好ましい下限は0.5%以上(より好ましくは1.0%以上)であり、好ましい上限は2.5%以下(より好ましくは2.0%以下)である。
【0027】
[Mn:0.5〜3%]
Mnは、焼入れ性を高め、金型焼入れの冷却中のマルテンサイト、残留オーステナイト以外の組織(フェライト、パーライト、ベイナイト等)の形成を抑制するのに有効な元素である。また、オーステナイトを安定化させる元素であり、残留オーステナイト量の増加に寄与する元素である。こうした効果を発揮させるためには、Mnは0.5%以上含有させる必要がある。特性だけを考慮した場合は、Mn含有量は多い方が好ましいが、合金添加のコストが上昇することから、3%以下とした。Mn含有量の好ましい下限は0.7%以上(より好ましくは1.0%以上)であり、好ましい上限は2.5%以下(より好ましくは2.0%以下)である。
【0028】
[P:0.05%以下(0%を含まない)]
Pは、鋼中に不可避的に含まれる元素であるが延性を劣化させるので、Pは極力低減することが好ましい。しかしながら、極端な低減は製鋼コストの増大を招き、0%とすることは製造上困難であるので、0.05%以下(0%を含まない)とした。P含有量の好ましい上限は0.045%以下(より好ましくは0.040%以下)である。
【0029】
[S:0.05%以下(0%を含まない)]
SもPと同様に鋼中に不可避的に含まれる元素であり、延性を劣化させるので、Sは極力低減することが好ましい。しかしながら、極端な低減は製鋼コストの増大を招き、0%とすることは製造上困難であるので、0.05%以下(0%を含まない)とした。S含有量の好ましい上限は0.045%以下(より好ましくは0.040%以下)である。
【0030】
[Al:0.01〜1%]
Alは、脱酸元素として有用であると共に、鋼中に存在する固溶NをAlNとして固定し、延性の向上に有用である。こうした効果を有効に発揮させるためには、Al含有量は0.01%以上とする必要がある。しかしながら、Al含有量が過剰になって1%を超えると、Al
2O
3が過剰に生成し、延性を劣化させる。尚、Al含有量の好ましい下限は0.02%以上(より好ましくは0.03%以上)であり、好ましい上限は0.8%以下(より好ましくは0.6%以下)である。
【0031】
[B:0.0002〜0.01%]
Bは、高強度部位側でフェライト変態、パーライト変態およびベイナイト変態を抑制する作用を有するため、(Ac
1変態点〜Ac
3変態点)の二相域温度に加熱後の冷却中に、フェライト、パーライト、ベイナイトの形成を防止し、残留オーステナイトの確保に寄与する元素である。こうした効果を発揮させるためには、Bは0.0002%以上含有させる必要があるが、0.01%を超えて過剰に含有させても効果が飽和する。B含有量の好ましい下限は0.0003%以上(より好ましくは0.0005%以上)であり、好ましい上限は0.008%以下(更に好ましくは0.005%以下)である。
【0032】
[Ti:3.4[N]+0.01%以上、3.4[N]+0.1%以下:[N]はNの含有量(質量%)]
Tiは、Nを固定し、Bを固溶状態で維持させることで焼入れ性の改善効果を発現させる。こうした効果を発揮させるためには、TiとNの化学量論比[Nの含有量の3.4倍]よりも0.01%以上多く含有させることが重要である。但し、Ti含有量が過剰になって3.4[N]+0.1%よりも多くなると、形成されるTi含有析出物は微細分散し、二相域加熱後の冷却中のマルテンサイトの成長を阻害し、アスペクト比が小さなラス(ラス状マルテンサイト)が形成され、ラス間の残留オーステナイへの炭素(C)の吐き出しが遅くなり、残留オーステナイト中の炭素量が低下する。Ti含有量の好ましい下限は3.4[N]+0.02%以上(より好ましくは3.4[N]+0.05%以上)であり、好ましい上限は3.4[N]+0.09%以下(より好ましくは3.4[N]+0.08%以下)である。
【0033】
[N:0.001〜0.01%]
Nは、不可避的に混入する元素であり、低減することが好ましいが、実プロセスの中で低減するには限界があるため、0.001%を下限とした。また、N含有量が過剰になると、歪み時効により延性が劣化したり、BNとして析出し、固溶Bによる焼入れ性改善効果を低下させるため、上限を0.01%とした。N含有量のより好ましい上限は0.008%以下(更に好ましくは0.006%以下)である。
【0034】
本発明の熱間プレス用鋼板における基本的な化学成分組成は、上記の通りであり、残部は鉄、およびP,S以外の不可避不純物(例えば、O,H等)である。また本発明の熱間プレス用鋼板には、必要によって更に、(a)V,NbおよびZrよりなる群から選択される1種以上を合計で0.1%以下(0%を含まない)、(b)Cu,Ni,CrおよびMoよりなる群から選択される1種以上を合計で1%以下(0%を含まない)、(c)Mg,CaおよびREM(希土類元素)よりなる群から選択される1種以上を合計で0.01%以下(0%を含まない)、等を含有させることも有用であり、含有される元素の種類に応じて、熱間プレス用鋼板の特性が更に改善される。これらの元素を含有するときの好ましい範囲およびその範囲限定理由は下記の通りである。
【0035】
[V,NbおよびZrよりなる群から選択される1種以上を合計で0.1%以下(0%を含まない)]
V,NbおよびZrは、微細な炭化物を形成し、ピン止め効果により組織を微細にする効果がある。こうした効果を発揮させるためには、合計で0.001%以上含有させることが好ましい。しかしながら、これらの元素の含有量が過剰になると、粗大な炭化物が形成され、破壊の起点になることで逆に延性を劣化させる。こうしたことから、これらの元素は合計で0.1%以下とすることが好ましい。これらの元素の含有量のより好ましい下限は合計で0.005%以上(更に好ましくは0.008%以上)であり、より好ましい上限は合計で0.08%以下(更に好ましくは0.06%以下)である。
【0036】
[Cu,Ni,CrおよびMoよりなる群から選択される1種以上を合計で1%以下(0%を含まない)]
Cu,Ni,CrおよびMoは、フェライト変態、パーライト変態およびベイナイト変態を抑制するため、加熱後の冷却中に、フェライト、パーライト、ベイナイトの形成を防止し、残留オーステナイトの確保に有効に作用する。こうした効果を発揮させるためには、合計で0.01%以上含有させることが好ましい。特性だけを考慮すると含有量は多いほうが好ましいが、合金添加のコストが上昇することから、合計で1%以下とすることが好ましい。また、オーステナイトの強度を大幅に高める作用を有するため、熱間圧延の負荷が大きくなり、鋼板の製造が困難になるため、製造性の観点からも1%以下とすることが好ましい。これらの元素含有量のより好ましい下限は合計で0.05%以上(更に好ましくは0.06%以上)であり、より好ましい上限は合計で0.5%以下(更に好ましくは0.3%以下)である。
【0037】
[Mg,CaおよびREMよりなる群から選択される1種以上を合計で0.01%以下(0%を含まない)]
これらの元素は、介在物を微細化するため、延性向上に有効に作用する。こうした効果を発揮させるためには、合計で0.0001%以上含有させることが好ましい。特性だけを考慮すると含有量は多いほうが好ましいが、効果が飽和することから、合計で0.01%以下とすることが好ましい。これらの元素含有量のより好ましい下限は合計で0.0002%以上(更に好ましくは0.0005%以上)であり、より好ましい上限は合計で0.005%以下(更に好ましくは0.003%以下)である。
【0038】
本発明の熱間プレス用鋼板では、(A)鋼板中に含まれるTi含有析出物のうち、円相当直径が30nm以下のものの平均円相当直径が3nm以上であること、(B)析出Ti量(質量%)−3.4[N]>0.5×[全Ti量(質量%)−3.4[N]]の関係[前記(1)式の関係]を満足すること、(C)金属組織が、ベイナイトおよびマルテンサイトの少なくとも一方を含んでおり、且つベイナイトおよびマルテンサイトの合計分率が80面積%以上であることも重要な要件である。
【0039】
Nに対して過剰なTiが熱間プレス前の鋼板中において、微細に分散、若しくは大半が固溶状態で存在すると、熱間プレスの加熱時において微細なまま多量に存在することになる。そうすると、加熱後に、金型内での急冷中に起こるマルテンサイト変態において、マルテンサイトラスの長手方向への成長が阻害され、幅方向への成長が促進されてアスペクト比が小さくなる。その結果、マルテンサイトラスから周囲の残留オーステナイトへの炭素吐き出しが遅れ、残留オーステナイト中の炭素量が低減し、残留オーステナイトの安定性が低下するため、伸びの向上効果が十分に得られなくなる。
【0040】
こうした観点から、Ti含有析出物を粗大に分散させておく必要があり、そのためには鋼板中に含まれるTi含有析出物のうち、円相当直径が30nm以下のものの平均円相当直径で3nm以上とする必要がある[上記(A)の要件]。尚、ここで対象とするTi含有析出物の円相当直径を30nm以下と規定しているのは、溶製段階で粗大に形成されて、その後、組織変化や特性に影響を及ぼさないTiNを除いたTi含有析出物を制御する必要があるためである。Ti含有析出物の大きさ(平均円相当直径)は、好ましくは5nm以上であり、より好ましくは10nm以上である。また、本発明で対象とするTi含有析出物とは、TiCおよびTiNの他、TiVC、TiNbC、TiVCN、TiNbCN等のTiを含有する析出物をも含む趣旨である。
【0041】
また、熱間プレス用鋼板においては、TiのうちNを析出固定するのに使用される以外のTiの大半を析出状態で存在させる必要がある。そのためには、TiN以外の析出物として存在するTi量(即ち、析出Ti量(質量%)−3.4[N])は、全TiのうちTiNを形成するTiを差し引いた残りの0.5倍よりも多く(即ち、0.5×[全Ti量(質量%)−3.4[N]]よりも多く)する必要がある[上記(B)の要件]。析出Ti量(質量%)−3.4[N]は、好ましくは0.6×[全Ti量(質量%)−3.4[N]]以上であり、より好ましくは0.7×[全Ti量(質量%)−3.4[N]]以上である。
【0042】
金属組織は、本来、成形品において所望の強度−伸びバランスを達成するのに必要な制御であるが、金属組織を熱間プレス条件だけで制御することはできず、その原料鋼(熱間プレス用鋼板)の組織についても予め制御しておく必要がある。成形鋼板において、微細で延性への寄与が大きい焼鈍しマルテンサイトおよび焼鈍しベイナイトを適正量確保するためには、鋼板中のベイナイトおよびマルテンサイトの合計分率が80面積%以上とする必要がある。ベイナイトおよびマルテンサイトの合計分率が80面積%未満であると、狙いとする焼鈍しマルテンサイトおよび/または焼鈍しベイナイト分率を確保することが難しくなり、また他の組織(例えば、フェライト)量を増加させて強度−延性バランスを低下させることになる。ベイナイトおよびマルテンサイトの合計分率は、好ましくは90面積%以上であり、より好ましくは95面積%以上である。
【0043】
尚、本発明の熱間プレス用鋼板で、金属組織の残部は特に限定されないが、例えばフェライト、パーライトまたは残留オーステナイトの少なくともいずれかが挙げられる。
【0044】
上記のような本発明の鋼板(熱間プレス用鋼板)を製造するには、上記のような化学成分組成を有する鋼材を溶製した鋳片を、加熱温度:1100℃以上(好ましくは1150℃以上)、1300℃以下(好ましくは1250℃以下)とし、仕上げ圧延温度を750℃以上(好ましくは780℃以上)、850℃以下(好ましくは830℃以下)として熱間圧延を行い、その後700〜750℃(好ましくは720〜740℃)の間を10秒以上(好ましくは50秒以上)滞在させるようにして冷却(徐冷:中間冷却)した後、450℃以下(好ましくは350℃以下)まで20℃/秒以上(好ましくは30℃/秒以上)で冷却(急冷)し、100℃以上(好ましくは150℃以上)、450℃以下(好ましくは400℃以下)で巻取るようにすれば良い。
【0045】
上記方法は、(1)オーステナイト中に熱間圧延により導入された転位が残存する温度域にて圧延を終了し、(2)その直後に徐冷することで転位上にTiC等のTi含有析出物を粗大に形成させ、(3)更に急冷した後巻取ることによって、ベイナイト変態若しくはマルテンサイト変態するように制御するものである。
【0046】
上記のような化学成分組成、金属組織およびTi析出状態を有する熱間プレス用鋼板を、そのまま熱間プレスの製造に供しても良いし、酸洗後に圧下率:10〜80%(好ましくは20〜70%)で冷間圧延を施してもよい。また、熱間プレス用鋼板またはその冷間圧延材を、TiCが全量溶解しない温度範囲(1000℃以下:例えば870〜900℃)に加熱後、450℃以下(好ましくは400℃以下)まで20℃/秒以上(好ましくは30℃/秒以上)の冷却速度で急冷した後、450℃以下で10秒以上、1000秒以下の保持、または450℃以下の温度で焼戻しを施すような熱処理を施しても良い。また、本発明の熱間プレス用鋼板には、その表面(素地鋼板表面)に、Al,Zn,Mg,Siのうちの1種以上を含むメッキを施しても良い。
【0047】
上記のような熱間プレス用鋼板を用い、Ac
1変態点+20℃以上、Ac
3変態点−20℃以下の温度に加熱した後、プレス成形を開始し、成形中および成形終了後は金型内で20℃/秒以上の平均冷却速度を確保しつつベイナイト変態開始温度Bsより100℃低い温度以下まで冷却することによって、単一特性を有するプレス成形品(以下、単一領域成形品という場合がある)で、低強度且つ高延性のものとして最適な組織に作り込むことができる。この成形法おける各要件を規定した理由は、下記の通りである。
【0048】
鋼板中のマルテンサイトやベイナイトのラス間に、オーステナイトを形成させると共に、マルテンサイトやベイナイトを焼鈍すことによって、延性に優れた焼鈍しマルテンサイトや焼鈍しベイナイトを形成するために、加熱温度は所定の範囲に制御する必要がある。鋼板の加熱温度がAc
1変態点+20℃未満であると、加熱時に十分な量のオーステナイトが得られず、最終組織(成形品の組織)で所定量の残留オーステナイトを確保できない。また、鋼板の加熱温度がAc
3変態点−20℃を超えると、加熱時にオーステナイトへの変態量が増加し過ぎて、最終組織(成形品の組織)で所定量の焼鈍しマルテンサイトや焼鈍しベイナイトを確保できない。
【0049】
上記加熱工程で形成されたオーステナイトを、フェライト若しくはパーライト等の組織の生成を阻止しつつ、所望の組織とするためには、成形中および成形後の平均冷却速度および冷却終了温度を適切に制御する必要がある。こうした観点から、成形中の平均冷却速度は20℃/秒以上とし、冷却終了温度はベイナイト変態開始温度Bsより100℃低い温度以下とする必要がある。成形中の平均冷却速度は、好ましくは30℃/秒以上(より好ましくは40℃/秒以上)である。冷却終了温度をベイナイト変態開始温度Bs以下とすることによって、フェライト若しくはパーライト等の組織の生成を阻止しつつ、加熱時に存在したオーステナイトをベイナイトやマルテンサイトに変態させることによって、ベイナイトやマルテンサイトを確保しつつ、ベイナイトやマルテンサイトのラスの間に微細なオーステナイトを残留させて所定量の残留オーステナイトを確保する。
【0050】
上記冷却終了温度がベイナイト変態開始温度Bsより100℃低い温度よりも高くなったり、平均冷却速度が20℃/秒未満では、フェライトやパーライト等の組織が形成されて、所定量の残留オーステナイトが確保できず、成形品における伸び(延性)が劣化する。
【0051】
ベイナイト変態開始温度Bsより100℃低い温度以下になった段階で、平均冷却速度の制御は基本的に不要になるが、例えば1℃/秒以上、100℃/秒以下の平均冷却速度で室温まで冷却してもよい。尚、成形中および成形終了後の平均冷却速度の制御は、(a)成形金型の温度を制御する(前記
図1に示した冷却媒体)、(b)金型の熱伝導率を制御する等の手段によって達成できる。
【0052】
上記のような熱間プレスによって製造されるプレス成形品では、金属組織が、残留オーステナイト:3〜20面積%、焼鈍しマルテンサイトおよび/または焼鈍しベイナイト:30〜87面積%、焼入れままマルテンサイト:10〜67面積%であり、且つ前記残留オーステナイト中の炭素量が0.60%以上であるものとなり、成形品内で高強度と伸びのバランスを高レベルで均一な特性として達成できるものとなる。こうした熱間プレス成形品における各要件(基本組織および残留オーステナイト中の炭素量)の範囲設定理由は次の通りである。
【0053】
残留オーステナイトは、塑性変形中にマルテンサイトに変態することで、加工硬化率を上昇させ(変態誘起塑性)、プレス成形品の延性を向上させる効果がある。こうした効果を発揮させるためには、残留オーステナイト分率を3面積%以上とする必要がある。延性に対しては、残留オーステナイト分率が多ければ多いほど良好になる。自動車用鋼板に用いられる組成では、確保できる残留オーステナイトは限られており、20面積%程度が上限となる。残留オーステナイトの好ましい下限は5面積%以上(より好ましくは7面積%以上)である。
【0054】
主要組織を、微細で且つ転位密度の低い焼鈍しマルテンサイトおよび/または焼鈍しベイナイトにすることで、所定の強度を確保しつつ、プレス成形品の延性(伸び)を高めることができる。こうした観点から、焼鈍しマルテンサイトおよび/または焼鈍しベイナイトの分率は、30面積%以上とする。しかしながら、この分率が87面積%を超えると、残留オーステナイトの分率が不足し、延性(残存延性)が低下する。焼鈍しマルテンサイトまたは焼鈍しベイナイトの分率の好ましい下限は40面積%以上(より好ましくは50面積%以上)であり、好ましい上限は80面積%未満(より好ましくは70面積%未満)である。
【0055】
焼入れままマルテンサイトは、延性に乏しい組織であるため、多量に存在すると伸びを劣化させるが、焼鈍しマルテンサイトのようにマトリックスが強度の低い組織において100キロ超級の高強度を実現するには、焼入れままマルテンサイトを所定量確保する必要がある。こうした観点から、焼入れままマルテンサイトの分率は10面積%以上とする。しかしながら、焼入れままマルテンサイトの分率が多くなり過ぎると、強度が高くなり過ぎて伸びが不足することになるので、その分率は、67面積%以下とする必要がある。焼入れままマルテンサイトの分率の好ましい下限は20面積%以上(より好ましくは30面積%以上)であり、好ましい上限は60面積%以下(より好ましくは50面積%以下)である。
【0056】
上記組織の他は、フェライト、パーライト、ベイナイト等を残部組織として含み得るが、これらの組織は強度に対する寄与や、延性に対する寄与が他の組織に比べて低く、基本的に含有しないことが好ましい(0面積%でも良い)。但し、20面積%までなら許容できる。残部組織は、より好ましくは10面積%以下であり、更に好ましくは5面積%以下である。
【0057】
残留オーステナイト中の炭素量は、引張試験等の変形時に残留オーステナイトがマルテンサイトに加工誘起変態するタイミングに影響し、炭素量が多いほど高歪域で加工誘起変態することで変態誘起塑性(TRIP)効果を大きくする。本発明のプロセスの場合、冷却中に、形成されたマルテンサイトラスから周囲のオーステナイトに炭素が吐き出される。その際に、鋼中に分散しているTi炭化物若しくは炭窒化物が、粗大に分散していると、マルテンサイトラスの長手方向への成長が阻害されずに進行するため、幅が狭く長いアスペクト比の大きなマルテンサイトラスとなる。その結果、マルテンサイトラスから幅方向に炭素が吐き出されやすくなり、残留オーステナイト中の炭素量が増加し、延性が向上する。こうした観点から、本発明のプレス成形品では、鋼中の残留オーステナイト中の炭素量は0.60%以上と規定した。尚、残留オーステナイト中の炭素量は0.70%程度まで濃化させることはできるが、1.0%程度が限界である。
【0058】
本発明の熱間プレス用鋼板を用いれば、プレス成形条件(加熱温度や冷却速度)を適切に調整することによって、プレス成形品の強度や伸び等の特性を制御することができ、しかも高延性(残存延性)のプレス成形品が得られるので、これまでのプレス成形品では適用しにくかった部位(例えば、エネルギー吸収部材)にも適用が可能となり、プレス成形品の適用範囲を拡げる上で極めて有用である。また、上述した単一領域成形品のみならず、プレス成形金型を用いて鋼板をプレス成形してプレス成形品を製造するに際して、加熱温度、および成形時の各領域の条件を適切に制御し、各領域の組織を調整すれば、各領域に応じた強度−延性バランスを発揮するプレス成形品(以下、複数領域成形品という場合がある)が得られる。
【0059】
本発明の熱間プレス用鋼板を用い、上記のように複数領域成形品を製造するに当たっては、鋼板の加熱領域を少なくとも2つの領域に分け、そのうち一の領域(以下、第1の領域という)をAc
3変態点以上、950℃以下の温度に加熱すると共に、他の一の領域(以下、第2の領域という)をAc
1変態点+20℃以上、Ac
3変態点−20℃以下の温度に加熱した後、第1および第2の両方の領域に対してプレス成形を開始し、成形中および成形終了後は第1および第2のいずれの領域でも金型内で20℃/秒以上の平均冷却速度を確保しつつマルテンサイト変態開始温度Ms以下の温度まで冷却すればよい。
【0060】
上記方法では、鋼板の加熱領域を2つの領域(高強度側領域および低強度側領域)に分け、夫々の領域に応じて製造条件を制御することによって、各領域に応じた強度−延性バランスを発揮するようなプレス成形品が得られる。2つの領域のうち第2の領域が低強度側領域に相当し、この領域における製造条件、組織および特性は基本的に上記した単一領域成形品と同じである。以下では、もう一方の第1領域(高強度側領域に相当)を形成させるための製造条件について説明する。尚、この製造方法を実施するに際しては、単一の鋼板で加熱温度の異なる領域を形成する必要が生じるが、既存の加熱炉(例えば、遠赤外線炉、電気炉+シールド)を用いることによって、温度の境界部分を50mm以下としつつ制御することは可能である。
【0061】
(第1の領域・高強度側領域の製造条件)
プレス成形品の組織を適切に調整するためには、加熱温度は所定の範囲に制御する必要がある。この加熱温度を適切に制御することによって、その後の冷却過程で、所定量の残留オーステナイトを確保しつつ、マルテンサイトを主体とする組織に変態させ、最終的な熱間プレス成形品の領域内で所望の組織に作り込むことができる。この領域での鋼板加熱温度がAc
3変態点未満であると、加熱時に十分な量のオーステナイトが得られず、最終組織(成形品の組織)で所定量の残留オーステナイトを確保できない。また、鋼板の加熱温度が950℃を超えると、加熱時にオーステナイトの粒径が大きくなり、マルテンサイト変態開始温度(Ms点)およびマルテンサイト変態終了温度(Mf点)が上昇し、焼入れ時に残留オーステナイトを確保できず、良好な成形性が達成されない。鋼板の加熱温度は、好ましくはAc
3変態点+50℃以上であり、900℃以下である。
【0062】
上記加熱工程で形成されたオーステナイトを、フェライト若しくはパーライト等の組織の生成を阻止しつつ、所望の組織とするためには、成形中および成形後の平均冷却速度および冷却終了温度を適切に制御する必要がある。こうした観点から、成形中の平均冷却速度は20℃/秒以上とし、冷却終了温度はマルテンサイト変態開始温度(Ms点)以下とする必要がある。成形中の平均冷却速度は、好ましくは30℃/秒以上(より好ましくは40℃/秒以上)である。冷却終了温度をマルテンサイト変態開始温度(Ms点)以下とすることによって、フェライト若しくはパーライト等の組織の生成を阻止しつつ、加熱時に存在したオーステナイトをマルテンサイトに変態させることによって、マルテンサイトを確保する。冷却終了温度は、具体的には400℃以下であり、好ましくは300℃以下である。
【0063】
こうした方法によって得られたプレス成形品では、第1領域と第2領域とで、金属組織や析出物等が異なっている。第1の領域では、金属組織が、残留オーステナイト:3〜20面積%(残留オーステナイトの作用効果は上記と同じ)、マルテンサイト:80面積%以上となっている。第2領域では、上記単一領域成形品と同じ金属組織、残留オーステナイト中の炭素量が0.60%以上を満足する。
【0064】
第1の領域の主要組織を、所定量の残留オーステナイトを含む高強度のマルテンサイトにすることで、熱間プレス成形品における特定領域の延性および高強度を確保することができる。こうした観点から、マルテンサイトの面積分率は、80面積%以上とする必要がある。マルテンサイトの分率は、好ましくは85面積%以上(より好ましくは90面積%以上)である。尚、第1領域における組織として、一部にフェライト、パーライト、ベイナイト等含んでいてもよい。
【0065】
以下、本発明の効果を実施例によって更に具体的に示すが、下記実施例は本発明を限定するものではなく、前・後記の趣旨に徴して設計変更することはいずれも本発明の技術的範囲に含まれるものである。
【実施例】
【0066】
[実施例1]
下記表1に示した化学成分組成を有する鋼材(鋼No.1〜32)を真空溶製し、実験用スラブとした後、熱間圧延を行って鋼板とし、その後に冷却して巻取りを模擬した処理を施した(板厚:3.0mm)。巻取り模擬処理方法は、巻取り温度まで冷却後、巻取り温度に加熱した炉に試料を入れ、30分保持した後炉冷した。このときの鋼板製造条件を下記表2に示す。尚、表1中のAc
1変態点、Ac
3変態点、Ms点およびBs点は、下記の(2)式〜(5)式を用いて求めたものである(例えば、「レスリー鉄鋼材料学」丸善,(1985)参照)。また、表2の備考欄に示した処理(1)〜(3)は、下記に示す各処理(圧延、冷却、合金化)を行ったものである。
【0067】
Ac
1変態点(℃)=723+29.1×[Si]−10.7×[Mn]+16.9×[Cr]−16.9[Ni] …(2)
Ac
3変態点(℃)=910−203×[C]
1/2+44.7×[Si]−30×[Mn]+700×[P]+400×[Al]+400×[Ti]+104×[V]−11×[Cr]+31.5×[Mo]−20×[Cu]−15.2×[Ni] …(3)
Ms点(℃)=550−361×[C]−39×[Mn]−10×[Cu]−17×[Ni]−20×[Cr]−5×[Mo]+30×[Al] …(4)
Bs点(℃)=830−270×[C]−90×[Mn]−37×[Ni]−70×[Cr]−83×[Mo] …(5)
但し、[C],[Si],[Mn],[P],[Al],[Ti],[V],[Cr],[Mo],[Cu]および[Ni]は、夫々C,Si,Mn,P,Al,Ti,V,Cr,Mo,CuおよびNiの含有量(質量%)を示す。また、上記(2)式〜(5)式の各項に示された元素が含まれない場合は、その項がないものとして計算する。
【0068】
処理(1):仕上げ圧延後、650℃まで50℃/秒の平均冷却速度で冷却した後、650℃から5℃/秒の平均冷却速度で10秒冷却し、その後巻取り温度まで平均冷却速度50℃/秒で冷却した。その後、処理(2)、(3)と板厚を合わせるために、表裏面を研磨し、1.6mmに減厚した。
処理(2):熱間圧延鋼板を冷間圧延後、連続焼鈍を模擬し、860℃に加熱した後、30℃/秒の平均冷却速度で400℃まで冷却し、保持した。
処理(3):熱間圧延鋼板を冷間圧延後、連続溶融亜鉛めっきラインを模擬するため860℃に加熱した後、30℃/秒の平均冷却速度で400℃まで冷却し、保持後、更に500℃×10秒加熱後冷却した。
【0069】
【表1】
【0070】
【表2】
【0071】
得られた鋼板につき、Tiの析出状態の分析、および金属組織の観察(各組織の分率)を下記要領で行った。その結果を、0.5×[全Ti量(質量%)−3.4[N]]の計算値[0.5×(全Ti量−3.4[N])と表示]と共に下記表3に示す。
【0072】
[鋼板のTiの析出状態の分析]
抽出レプリカサンプルを作製し、透過型電子顕微鏡(TEM)にてTi含有析出物の透過型電子顕微鏡像(倍率:10万倍)を撮影した。このとき、エネルギー分散型X線分光器(EDX)により析出物の組成分析をすることによって、Ti含有析出物(円相当直径で30nm以下のもの)を特定した。少なくとも100個以上のTi含有析出物の面積を画像解析により測定し、そこから円相当直径を求め、その平均値を析出物サイズ(Ti含有析出物の平均円相当直径)とした。また、析出Ti量(質量%)−3.4[N](析出物として存在するTi量)は、メッシュ径:0.1μmのメッシュを用いて抽出残渣分析を行い(抽出処理の際に、析出物が凝集して微細な析出物も測定できる)、析出Ti量(質量%)−3.4[N](表3では、析出Ti量−3.4[N]と表示)を求めた。尚、Ti含有析出物がVやNbを一部含有している場合は、これらの含有量についても測定した。
【0073】
[金属組織の観察(各組織の分率)]
(1)鋼板中のマルテンサイト、ベイナイトの組織については、鋼板をナイタールで腐食し、SEM(倍率:1000倍または2000倍)観察により、マルテンサイト、ベイナイトを区別し、夫々の分率(面積率)を求めた。
(2)鋼板中の残留オーステナイト分率は、鋼板の1/4の厚さまで研削した後、化学研磨してからX線回折法によって測定した(例えば、ISJJ Int.Vol.33.(1933),No.7,P.776)。
【0074】
【表3】
【0075】
上記各鋼板(1.6mm
t×150mm×200mm)について(上記処理(1)〜(3)以外のものについては、熱間圧延によって厚さを1.6mmに調整)、加熱炉で所定の温度に加熱した後、ハット形状の金型(前記
図1)でプレス成形および冷却処理を実施し、プレス成形品とした。プレス成形条件(プレス成形時の加熱温度、平均冷却速度、急速冷却終了温度)を下記表4に示す。
【0076】
【表4】
【0077】
得られた成形品につき、引張強度(TS)、伸び(全伸びEL)、金属組織の観察(各組織の分率)を下記の方法で測定した。
【0078】
[引張強度(TS)、および伸び(全伸びEL)の測定]
JIS5号試験片を用いて引張試験を行い、引張強度(TS)、伸び(EL)を測定した。このとき、引張試験の歪速度:10mm/秒とした。本発明では、引張強度(TS)が980〜1179MPaで伸び(EL)が20%以上を満足し、強度−伸びバランス(TS×EL)が24000(MPa・%)以上のときに合格と評価した。
【0079】
[金属組織の観察(各組織の分率)]
(1)鋼板中の焼鈍しマルテンサイト、ベイナイト、焼鈍しベイナイトの組織については、鋼板をナイタールで腐食し、SEM(倍率:1000倍または2000倍)観察により、焼鈍しマルテンサイト、ベイナイト、焼鈍しベイナイトを区別し、夫々の分率(面積率)を求めた。
(2)鋼板中の残留オーステナイト分率は、鋼板の1/4の厚さまで研削した後、化学研磨してからX線回折法によって測定した(例えば、ISJJ Int.Vol.33.(1933),No.7,P.776)。この際、残留オーステナイト中の炭素量についても測定した。
(3)焼入れままマルテンサイト分率については、鋼板をレペラ腐食し、白いコントラストを焼入れままマルテンサイトと残留オーステナイトの混合組織として面積率を測定し、そこからX線回折により求めた残留オーステナイト分率を差いて、焼入れままマルテンサイト分率を計算した。
【0080】
金属組織の観察結果(各組織の分率)を、下記表5に示す。また、成形品の機械的特性(引張強度TS、伸びELおよびTS×EL)を下記表6に示す。
【0081】
【表5】
【0082】
【表6】
【0083】
これらの結果から、次のように考察できる。鋼No.1、2、4、5、11〜13、15〜17、19〜21、23〜32のものは、本発明で規定する要件を満足する実施例であり、強度−延性バランスの良好な部品が得られていることが分かる。
【0084】
これに対し、鋼No.3、6〜10、14、18、22のものは、本発明で規定するいずれかの要件を満足しない比較例であり、いずれかの特性が劣化している。即ち、鋼No.3のものは、Si含有量が少ない鋼板を用いたものであり、成形品中の残留オーステナイト分率が確保されず、また残留オーステナイト中の炭素量が低下しており、伸びがでないものとなっている。鋼No.6のものは、成形時の加熱温度が高くなっており、低い伸びELしか得られず、強度−伸びバランス(TS×EL)も劣化している。
【0085】
鋼No.7のものは、プレス成形時の平均冷却速度が遅くなっており、パーライトやフェライトが生成して焼入れままマルテンサイト分率が確保できず、強度−伸びバランス(TS×EL)が劣化している。鋼No.8のものは、急速冷却終了温度が高くなっており、パーライトやフェライトが生成して焼入れままマルテンサイト分率が確保できず、低い伸びELしか得られず、強度−伸びバランス(TS×EL)も劣化している。
【0086】
鋼No.9、10のものは、鋼材製造時での条件が適正でなく、析出Ti量が不足してり(鋼No.9、10)、Ti含有析出物が小さくなっており(鋼No.10)、こうした鋼板を用いてプレス成形したときには、成形条件が適切であっても、強度−伸びバランス(TS×EL)が劣化している。
【0087】
鋼No.14のものは、巻取り温度に起因して、金属組織がフェライト+パーライト100面積%の鋼板を用いたものであり、成形品中の焼鈍しマルテンサイトおよび/または焼鈍しベイナイト分率が確保できず、強度−伸びバランス(TS×EL)が劣化している。鋼No.18のものは、C含有量が過剰な鋼板を用いたものであり、強度が高くなって低い伸びELしか得られていない。鋼No.22のものは、Ti含有量が過剰の鋼板を用いたものであり、強度−伸びバランス(TS×EL)が劣化している。
【0088】
[実施例2]
下記表7に示した化学成分組成を有する鋼材(鋼No.33〜37)を真空溶製し、実験用スラブとした後、熱間圧延を行い、その後に冷却して巻取った(板厚:3.0mm)。このときの鋼板製造条件を下記表8に示す。
【0089】
【表7】
【0090】
【表8】
【0091】
得られた鋼板をにつき、Ti含有析出物の析出状態の分析および金属組織の観察(各組織の分率)を実施例1と同様にして行った。その結果を、下記表9に示す。
【0092】
【表9】
【0093】
上記各鋼板(3.0mm
t×150mm×200mm)について、加熱炉で所定の温度に加熱した後、ハット形状の金型(前記
図1)でプレス成形および冷却処理を実施し、成形品とした。このとき、鋼板を赤外線炉に入れ、高強度化したい部分(第1の領域に相当する鋼板部分)は高温加熱できるように、赤外線が直接当たるようにすると共に、低強度化したい部分には(第2の領域に相当する鋼板部分)には低温加熱できるように、赤外線の一部を遮断するように覆いをかぶせることで、加熱温度差を付けた。従って、成形品は単一の部品内に強度の異なる領域を有するものとなっている。プレス成形条件(プレス成形時の各領域の加熱温度、平均冷却速度、急速冷却終了温度)を下記表10に示す。
【0094】
【表10】
【0095】
得られた成形品につき、各領域における引張強度(TS)、伸び(全伸びEL)、金属組織の観察(各組織の分率)、および残留オーステナイト中の炭素量を実施例1と同様にして求めた。
【0096】
金属組織の観察結果(各組織の分率)を、下記表11に示す。また、成形品の機械的特性(引張強度TS、伸びELおよびTS×EL)を下記表12に示す。尚、高強度側での引張強度(TS)は1470MPa以上で伸び(EL)が8%以上を満足し、強度−伸びバランス(TS×EL)が14000(MPa・%)以上のときに合格と評価した(低強度側の評価基準は実施例1と同じ)。
【0097】
【表11】
【0098】
【表12】
【0099】
この結果から、次のように考察できる。鋼No.33、35、37のものは、本発明で規定する要件を満足する実施例であり、各領域における強度−延性バランスの良好な部品が得られていることが分かる。
【0100】
これに対し、鋼No.34、36のものは、本発明で規定するいずれかの要件を満足しない比較例であり、いずれかの特性が劣化している。即ち、鋼No.34のものは、プレス成形時の加熱温度が低くなっており、高強度側での強度が低下している。鋼No.36のものは、Ti含有析出物の大きさが小さい鋼板を用いたものであり、高強度側で低い強度しか得られず、低強度側で強度−伸びバランス(TS×EL)が劣化している。