特許第5756899号(P5756899)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5756899カルコパイライト構造を有する化合物の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5756899
(24)【登録日】2015年6月12日
(45)【発行日】2015年7月29日
(54)【発明の名称】カルコパイライト構造を有する化合物の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C01B 19/00 20060101AFI20150709BHJP
   C01B 19/04 20060101ALI20150709BHJP
   C23C 14/34 20060101ALI20150709BHJP
【FI】
   C01B19/00 Z
   C01B19/04 B
   C23C14/34 A
【請求項の数】9
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2012-550668(P2012-550668)
(86)(22)【出願日】2010年12月28日
(86)【国際出願番号】JP2010073909
(87)【国際公開番号】WO2012090339
(87)【国際公開日】20120705
【審査請求日】2013年10月23日
(73)【特許権者】
【識別番号】391003819
【氏名又は名称】株式会社ハッピージャパン
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100077517
【弁理士】
【氏名又は名称】石田 敬
(74)【代理人】
【識別番号】100087413
【弁理士】
【氏名又は名称】古賀 哲次
(74)【代理人】
【識別番号】100128495
【弁理士】
【氏名又は名称】出野 知
(74)【代理人】
【識別番号】100102990
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 良博
(74)【代理人】
【識別番号】100144417
【弁理士】
【氏名又は名称】堂垣 泰雄
(72)【発明者】
【氏名】森谷 弘二
(72)【発明者】
【氏名】長岡 二朗
(72)【発明者】
【氏名】高野 祥暢
(72)【発明者】
【氏名】佐野 裕紀
(72)【発明者】
【氏名】原田 啓太郎
(72)【発明者】
【氏名】横尾 政好
【審査官】 廣野 知子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2010−111555(JP,A)
【文献】 特開平02−180715(JP,A)
【文献】 特開平10−273783(JP,A)
【文献】 特開平07−283430(JP,A)
【文献】 特開平07−226410(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01B 19/00−19/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
周期律表第11族元素A、第13族元素B、および第16族元素Cを溶媒に溶解させて溶液を用意する工程、および
該溶液に還元剤を接触させる工程を含み、
ここで、該第11族元素A、第13族元素B、および第16族元素Cが、該溶媒に20℃±15℃で溶解性を有する化合物または単体の形態で用意され、
該溶媒として極性溶媒および非極性溶媒を併用し、且つこれらの溶媒に相間移動触媒を接触させることを特徴とする、
ABCなる組成式で表わされる、カルコパイライト構造を有する化合物を製造する方法。
【請求項2】
該カルコパイライト構造を有する化合物が該溶液中で分散していることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
該カルコパイライト構造を有する化合物がナノメートルからサブミクロンオーダーの粒子を含むことを特徴とする、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
該第16族元素Cの化合物において、第16族元素Cの価数が−IIではないことを特徴とする、請求項1〜3のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項5】
該溶媒が、少なくとも極性溶媒または非極性溶媒のいずれかを含むことを特徴とする、請求項1〜のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項6】
該還元剤が、ヒドリド還元剤、ヒドラジン、シュウ酸、アスコルビン酸、ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、および亜硫酸ナトリウムからなる群から選択される少なくとも一種またはそれらの混合物であることを特徴とする、請求項1〜のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項7】
請求項1〜のいずれか1項に記載の方法にて製造されたカルコパイライト構造を有する化合物を用いて、塗布型材料、又は物理蒸着(PVD)材料を製造する方法。
【請求項8】
請求項1〜のいずれか1項に記載の方法にて製造されたカルコパイライト構造を有する化合物を用いて、光電変換素子を製造する方法。
【請求項9】
該光電変換素子が太陽電池またはフォトダイオードである、請求項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カルコパイライト構造を有する化合物の製造方法に関係する。また、本発明は、得られたカルコパイライト構造を有する化合物を用いて、太陽電池をはじめとする光電変換素子を製造する方法等にも関係する。
【背景技術】
【0002】
太陽電池は現在、シリコン系が主流であるが、原料が高価、真空プロセスであるために製造装置が高価、基板以外にも原料が堆積するため原料の利用効率が低いなどの問題があり、低コスト化には限界があると言われている。太陽電池の更なる普及のためには、より低コスト化可能な太陽電池が必要とされている。
【0003】
CuInSe等の11−13−15族カルコパイライト化合物半導体は、直接遷移型エネルギーバンドギャップを有しており、光吸収係数が非常に高く、数マイクロメートルの薄膜でも高効率の太陽電池の製造が可能であり、太陽電池の光吸収層の材料として非常に期待されている。特に、Cu(InGa)Se(以下CIGSと略す)太陽電池は発電効率が最も高く(19%)、シリコン太陽電池の百分の一の膜厚、シリコン太陽電池の半分の製造工程、光劣化が無い、といった特長を持つため、既存の高価なシリコン太陽電池に代わる太陽電池として期待されている。
【0004】
CIGS等のカルコパイライト化合物の形成方法として、真空を用いるものでは多元蒸着法、セレン化法等がある。
多元蒸着法は原料の各元素を蒸着する方法であり、小面積セルで18%以上の高効率が実現できている。通常は基板を固定し、蒸着源の前に据えられたシャッタの開閉によって蒸着元素を選択してカルコパイライト化合物の製膜を行う。米国の国立再生エネルギー研究所(NREL)では、この方法を用いて19.5%のエネルギー変換効率を示すCIGS太陽電池を製作した報告例もある。
セレン化法では、まずCu−In−Gaなどからなる金属プリカーサをスパッタ法で堆積し、それを希釈したHSe雰囲気で熱処理することでカルコパイライト化合物の膜を製膜している。
【0005】
これらの方法では高い変換効率を持つ太陽電池の作製が報告されているが、真空装置を用いるためにスケールアップが難しい、真空装置が高価であるため初期の投資費用が大きくなってしまうなどの課題がある。また、セレン化法では、セレン化の際に危険なHSeを用いる必要があることから、より安全なプロセスが求められている。
【0006】
これに対して、低コストかつ大面積化が容易な方法として、粒子をスプレー、スクリーン印刷、インクジェット印刷、ドクターブレード法などで基板に製膜した後、熱処理を通じて太陽電池の光吸収層を製造する方法が研究されている。
【0007】
これらの方法には粒子を合成する工程が必要となる。カルコパイライト化合物、またはその前駆体粒子をナノ粒子の状態で得ることができれば、印刷法やスプレー法などによる膜の形成に有利であり、その合成には様々な方法が報告されている。
【0008】
Li et al.(1999)Advanced Materials 11:1456−9.(非特許文献1)では、エチレンジアミンとジエチルアミン溶媒にCuCl、InCl、Se粉末を原料として入れ、溶媒熱法(ソルボサーマル法)で反応させることで、CISナノ粒子を合成する方法が報告されている。しかし、溶媒として強塩基性の有毒なアミン化合物を用いるため、前駆体の製造及び分離が難しく、また、一日以上の長い反応時間、180℃以上の高温で反応させなければならない点が問題となる。
【0009】
また、米国特許公報第612740号(特許文献1)では、CuI、InI、GaIを溶解させたピリジン溶媒とNaSeを溶解させたメタノール溶媒を低温で反応させることでCIGSが得られるという報告がある。この方法は溶媒の脱酸素及び脱水分のための前処理が必要であり、全ての過程が不活性雰囲気で行われなければならないという短所がある。また、NaSeは一般的な材料ではなく、高価であることが問題である。
【0010】
さらに、T.Wada et al.(2006)Phys.Stat.Sol.(a)203,2593.(非特許文献2)では、メカノケミカルプロセス法でカルコパイライト粒子を合成する方法も報告されている。原料の元素粉末に、粉砕、摩擦、圧縮などの機械的エネルギーを与え、その機械的エネルギーにより物理化学的変化を起こすプロセスであり、高いエネルギー効率、高い生産性、短いサイクルタイムという特長を有する。しかし、この方法で得られるカルコパイライト粒子の粒子径は0.1〜0.7μmと比較的大きいことから、光電変換素子等に応用した場合の発電効率の高効率化には限界があると考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】米国特許公報第6126740号
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】Li et al.(1999)Advanced Materials 11:1456−9.
【非特許文献2】T.Wada et al.(2006)Phys.Stat.Sol.(a)203,2593.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
上記のように、カルコパイライト粒子を合成する方法は多く報告されているが、複雑な設備(例えば真空設備)や加熱を必要としない簡便なプロセスで、比較的安価な原材料を使用し、粒子径の小さい高品位なカルコパイライト粒子を得ることは困難であった。
本発明者らは、上記課題を解決した粒子径の小さい高品位なカルコパイライト粒子を製造する方法を見出したものである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記課題を解決するために、本発明により以下の態様が提供される。
(1)周期律表第11族元素A、第13族元素B、および第16族元素Cを溶媒に溶解させて溶液を用意する工程、および
該溶液に還元剤を接触させる工程を含む、
ABCなる組成式で表わされる、カルコパイライト構造を有する化合物を製造する方法。
【0015】
(2)該カルコパイライト構造を有する化合物が該溶液中で分散していることを特徴とする、(1)に記載の方法。
【0016】
(3)該カルコパイライト構造を有する化合物がナノメートルからサブミクロンオーダーの粒子を含むことを特徴とする、(1)または(2)に記載の方法。
【0017】
(4)該第11族元素A、第13族元素B、および第16族元素Cが、該溶媒に20℃±15℃で溶解性を有する化合物または単体の形態で用意されることを特徴とする、(1)〜(3)のいずれか1つに記載の製造方法。
【0018】
(5)該第16族元素Cの化合物において、第16族元素Cの価数が−IIではないことを特徴とする、(4)に記載の製造方法。
【0019】
(6)該溶媒が、少なくとも極性溶媒または非極性溶媒のいずれかを含むことを特徴とする、(1)〜(5)のいずれか1つに記載の製造方法。
【0020】
(7)該溶媒として極性溶媒および非極性溶媒を併用し、且つこれらの溶媒に相間移動触媒を接触させることを特徴とする、(1)〜(6)のいずれか1つに記載の製造方法。
【0021】
(8)該還元剤が、ヒドリド還元剤、ヒドラジン、シュウ酸、アスコルビン酸、ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、および亜硫酸ナトリウムからなる群から選択される少なくとも一種またはそれらの混合物であることを特徴とする、(1)〜(7)のいずれか1つに記載の製造方法。
【0022】
(9) (1)〜(8)のいずれか1つに記載の方法にて製造されたカルコパイライト構造を有する化合物を用いて、塗布型材料、又は物理蒸着(PVD)材料を製造する方法。
【0023】
(10) (1)〜(8)のいずれか1つに記載の方法にて製造されたカルコパイライト構造を有する化合物を用いて、光電変換素子を製造する方法。
【0024】
(11)該光電変換素子が太陽電池またはフォトダイオードである、(10)に記載の方法。
【図面の簡単な説明】
【0025】
図1】実施例1での化合物作成手順を示す。
図2】実施例1で得た化合物のXRD分析チャートを示す。
図3】実施例2および3での化合物作成手順を示す。
図4】実施例2で得た化合物のXRD分析チャートを示す。
図5】実施例3で得た化合物のXRD分析チャートを示す。
図6】実施例1で得た化合物のSEM観察画像を示す。
図7】実施例1で得た化合物のEDS分析画像を示す。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明の方法では、ABCなる組成式で表わされる、カルコパイライト構造を有する化合物を生成する。
【0027】
カルコパイライト(Chalcopyrite)とは金色の鉱物である黄銅鉱CuFeSの英名である。この物質は、ZnSに代表される閃亜鉛鉱(ZB)構造を2段重ねにしてZnをCuとFeの2元素で秩序正しく置き換えた正方晶の結晶構造をとる反強磁性の半導体である。カルコパイライトの仲間には同じ結晶構造をもつABCという組成式をもつ化合物があり、これを本明細書において、ABCなる組成式で表わされる、カルコパイライト構造を有する化合物と称する。このABC型化合物半導体には2系統のものがある。1つは14族→13−15族→12−14−15族という系列、もう1つは14族→12−16族→11−13−16族という系列である。
【0028】
本発明の、ABCなる組成式で表わされる、カルコパイライト構造を有する化合物を製造する方法は、周期律表第11族元素A、第13族元素B、および第16族元素Cを溶媒に溶解させて溶液を用意する工程を含む。この工程に沿って本発明について以下詳述する。
【0029】
周期律表第11族元素Aとして、Cu、Ag、Auのいずれか、またはそれらを組み合わせて用いることができる。第13族元素Bとして、B(ホウ素)、Al、Ga、In、Tlのいずれか、またはそれらを組み合わせて用いることができる。第16族元素Cとして、S、Se、Te、Poのいずれか、またはそれらを組み合わせて用いることができる。
【0030】
元素A、BおよびCの混合量は、原子量比で1:1:2とすることにより、ABCなる組成式で表わされる、カルコパイライト構造を有する化合物が得られる。ABCなる組成式は、ベースとなる組成を意味し、元素A、BおよびCの混合量を適当に微調整して、該組成物を化合物半導体として使用することができる。すなわち、11族元素Aおよび第13族元素Bの原子量の合計が、第16族元素Cの原子量より多ければ、化合物はp型半導体となる。11族元素Aおよび第13族元素Bの原子量の合計が、第16族元素Cの原子量より少なければ、化合物はn型半導体となる。さらに、11族元素Aおよび第13族元素Bの原子量を適当に調整することもできる。このように、これらの元素の比率を調整することにより、化合物半導体をp型またはn型のいずれにも調整することができる。
【0031】
また、元素A、BおよびCは、それぞれ1種類の元素である必要はなく、周期律表において同じ族の元素を組み合わせて用いてもよい。元素Bであれば、GaとInを1:1の原子量比で用いてもよい。元素Cであれば、SとSeを1:1の原子量比で用いてもよい。このように、これらの元素の比率を調整することにより、化合物半導体としての禁制帯幅を適当に調整することができる。
【0032】
より具体的には、カルコパイライト構造を有する化合物半導体(Ag,Cu)(Al,In,Ga)(S,Se)は、直接遷移で、バンドギャップが1.0〜3.6eVと大きな幅を有するため、赤外光、可視光から紫外光までの発光・受光材料として知られている。この中でも特に、元素Aに銅(Cu)、元素Bにインジウム(In)およびガリウム(Ga)、並びに元素Cに硫黄(S)およびセレン(Se)を用いたいわゆるCIGS化合物半導体とよばれるCu(In,Ga)(S,Se)化合物半導体は、元素Bのインジウムとガリウムとの比、および元素Cの硫黄とセレンとの比を調整して製造することにより太陽電池の光吸収に理想的なバンドギャップである1.4eVを実現することができ、このようなCIGS化合物半導体によるCIS系薄膜太陽電池は高い光電変換効率が得られると考えられる。
【0033】
溶媒は、元素A、BおよびCを溶解し得るものであれば特に制限はない。元素A、BおよびCが溶媒に溶解するように、元素A、BおよびCが含まれる化合物または単体の形態に応じて、溶媒を適当に選択することができる。したがって、溶媒は極性溶媒または非極性溶媒のいずれかを含んでもよい。
溶媒が極性溶媒であれば、概して、電解質化合物に対する溶解力が大きく、また無極性溶媒には溶解しない多くの物質を溶解することができる。水、エタノールは代表的な水素結合性の極性溶媒である。またプロトン性の水素をもたない双極性非プロトン性溶媒(dipolar aprotic solvent),たとえばN,N‐ジメチルホルムアミド,N,N‐ジメチルアセトアミド,ジメチルスルホキシド,N‐メチルピロリドン,ヘキサメチルホスホルアミドなどは,高分子化合物の溶媒などとして用いることができる。
溶媒が非極性溶媒であれば、概して、極性溶媒には溶解しないような極性の小さい物質を溶解することができる。非極性溶媒として、ヘキサン、ベンゼン、トルエン、ジエチルエーテル、クロロホルム、酢酸エチル、塩化メチレンなどを用いることができる。
【0034】
溶媒として極性溶媒および非極性溶媒を併用し、且つこれらの溶媒に相間移動触媒を接触させてもよい。相間移動触媒は、極性溶媒に可溶な無機塩類と極性溶媒に難溶性の有機化合物とを反応させるために有効である。それぞれを溶かした極性溶媒層(水層)と非極性溶媒層(有機層)の2層溶媒系に相間移動触媒を加えると、水溶性無機塩が有機層に移って、有機層中で均一相反応が促進され、反応速度がいちじるしく増大する。また、相間移動触媒を利用することにより、溶媒と溶質の組み合わせの選択肢がさらに広がり、より適当な組み合わせを採用することが可能である。すなわち、極性溶媒に易溶性の溶質と難溶性な溶質がある場合、極性溶媒に易溶性の溶質を極性溶媒に溶解させ、極性溶媒に難溶性の溶質を非極性溶媒に溶解させ、且つ相間移動触媒を接触させることにより、全ての溶質が接触可能となる。相間移動触媒として、テトラブチルアンモニウムブロミド(TBA−Br,(CBr)、塩化トリオクチルメチルアンモニウム(TOMAC,(C17CHCl)や塩化テトラブチルホスホニウム(TBPC,(CCl)のようになるべく平均した長さの長鎖アルキル第4級塩が有効で、またクラウンエーテル類も中性の触媒として好結果をもたらす。
【0035】
元素A、BおよびCは、溶媒に常温で溶解性を有する化合物または単体の形態であることが好ましい。常温とは、JIS Z 8703によれば、20℃±15℃(5−35℃)の範囲と規定されているが、使用環境や使用する溶媒や元素A、BおよびCを含む化合物または単体の形態等に応じて、この温度範囲を適宜調整することが可能である。常温で溶解性を有する化合物または単体の形態は、上述の溶媒に応じて適当に選択することができる。化合物としては、酸化物塩、硝酸塩、硫酸塩、炭酸塩、塩化物塩、酢酸塩などであってもよい。また、元素A、BおよびCのうちの2種以上を含んだ複塩や、錯塩であってもよい。常温での溶解性を有することは、特段の加熱等を必要としないことを意味し、従来のソルボサーマル法などと比べて簡便なプロセスとなり、有利である。
【0036】
第16族元素Cの化合物において、第16族元素Cの価数が−IIではない化合物を使用してもよい。第16族元素Cの価数が−IIである化合物として、NaSe、ベンゼンセレノール、セレノウレア等が挙げられる。NaSeは、不活性雰囲気での取り扱いが必要であること、一般的な材料ではなく、高価であることが問題とされている。ベンゼンセレノールは不快臭を持ち、高価である。セレノウレアも高価な材料である。本発明は、これらの高価な化合物以外の化合物を利用可能とするものである。
また、−II価のセレン化物としてHSeがあり、これはガス状のものである。従来の化合物半導体製造法として、セレン化水素雰囲気下での熱処理により前駆体物質のセレン化を行うことがあるが(セレン化法)、熱処理炉が必要でこの炉が非常に高価という問題がある。本発明は、液相での化合物合成を可能とするものであり、すなわち高価な熱処理炉およびそれによる熱処理工程等を必要としない。
本発明では、セレン粉末(酸溶解性)、四塩化セレン(加水分解性)、臭化セレン(二硫化炭素、クロロホルム、臭化エチルに可溶)、ヨウ化セレン(冷水で分解)等のハロゲン化塩、亜セレン酸(水、エタノールに易溶)、二酸化セレン(水、エタノール、酢酸に易溶)等を使用してもよい。
【0037】
本発明の、ABCなる組成式で表わされる、カルコパイライト構造を有する化合物を製造する方法は、元素A、BおよびCの溶解した溶液に還元剤を接触させる工程も含む。
この工程に沿って本発明について以下詳述する。
【0038】
還元剤は、溶液中の溶解元素に電子を供与し、それらの元素を溶液から直接に析出させ、これにより、ABCなる組成式で表わされる、カルコパイライト構造を有する化合物が得られる。還元剤として、ジメチルアミンボラン、ジボラン、tert−ブチルアミンボラン、水素化ホウ素ナトリウムや水素化アルミリチウム等のヒドリド還元剤、ヒドラジン、シュウ酸、アスコルビン酸、ホルムアルデヒドおよびアセトアルデヒド、亜硫酸ナトリウムなどが挙げられ、これらの少なくとも一種でもよく、またはそれらの混合物であってもよい。
【0039】
還元剤を接触させる方法として、溶解した元素と還元剤が接触し得る随意の方法を採用することができ、該溶液に還元剤を添加してもよく、または還元剤に該溶液を添加してもよい。本発明は、最終的に、ABCなる組成式で表わされる、カルコパイライト構造を有する化合物を製造する方法に関するものであり、前駆体としてACなる組成物(例えばCu−Se)やBCなる組成物(例えばIn−Se)の合成にも適用可能であることはいうまでもない。したがって、溶媒に一部の元素を溶解させる段階で、還元剤を添加し、その後に残りの元素を溶解した溶液を添加してもよい。例えば、第16族元素Cとしてセレン粉末(単体)を用い、極性溶媒として水を用いた場合、セレン粉末(単体)は水に不溶であり、水中に分散するが、還元剤を添加することで、セレン(単体)は還元されて、水に可溶となる。この後、残りの第11族元素Aおよび第13族元素Bを溶解した溶液を加えて、化合物を析出させることが可能である。なお、還元剤と溶液を接触させる際に、攪拌や超音波照射などを用いて接触を促進させてもよいが、加熱操作や、真空操作は特に必要としない。
【0040】
析出したカルコパイライト構造を有する化合物は、該溶液中で分散して存在してもよい。これらの分散している化合物の凝集・凝結を抑制するために、分散安定剤を溶液中に添加してもよい。分散安定剤として、ドデカンチオール、ポリ(3−ヘキシルチオフェン)、3−ヘキシルチオフェン、3−ドデシルチオフェン、ポリ(3−ペンタデシルピロール)、ヘキシルピロール、ドデシルピロール、ヘキシルチオール、ポリヘキシルアニリン等を使用してもよい。
【0041】
液中に存在するカルコパイライト構造を有する化合物を抽出するために、エバポレーターによる溶媒の除去、遠心分離機による化合物分の分離、限外濾過膜による濾過等を行う。これらの操作のいずれかを用いてもよく、または組み合わせて用いてもよい。これらの操作の途中でまたは操作の完了後に、得られた化合物の洗浄を行ってもよい。洗浄液は、化合物製造のために用いた溶剤や還元剤等に応じて適当に選択可能であるが、エタノール、水、トルエン等から適当に選択して使用してもよい。この洗浄および、エバポレーター、遠心分離機、および/または限外濾過膜等による化合物の抽出は、適宜複数回繰り返してもよい。抽出・洗浄の完了したカルコパイライト構造を有する化合物は、デシケーター等を用いて乾燥させてもよい。
【0042】
得られた、カルコパイライト構造を有する化合物は、ナノメートルからサブミクロンオーダーの粒子を含んでもよい。好ましくは、化合物の粒子サイズの下限は数nm以上、好ましくは10nm以上であり、化合物の粒子サイズの上限は500nm以下、好ましくは100nm以下、さらに好ましくは50nm以下である。化合物の粒子サイズがこの範囲より小さいと、ABCなる組成式で表わされる、カルコパイライト構造を有する化合物が形成することができなくなる。また、化合物の粒子サイズがこの範囲より大きいと、光電変換素子等に応用した場合に、薄膜化することが困難となる。粒子サイズは、透過型電子顕微鏡(SEM)による観察画像から求めることができる。
【0043】
本発明は、得られたカルコパイライト構造を有する化合物を用いて、光電変換素子等を製造する方法にも関する。この態様について、以下詳述する。
【0044】
得られた、カルコパイライト構造を有する化合物を用いて、塗布型材料、又は物理蒸着(PVD)材料を製造することができる。
【0045】
塗布型材料は、得られたカルコパイライト構造を有する化合物を溶媒、例えばトルエン、クロロホルム、DMF、DMSO、ピリジン、アルコール、炭化水素類等に分散させて、インクやペーストにしたものである。塗布型材料は、分散剤、例えば、アルカン・セレノール、アルカン・チオール、アルコール、芳香族セレノール、芳香族チオール、芳香族アルコールをさらに包含してもよい。
【0046】
上記の塗布型材料は、スプレー、スクリーン印刷、インクジェット印刷、ドクターブレード法等により基板に塗布することができる。塗布された塗布型材料を熱処理して、溶剤および/または分散剤を除去することにより、カルコパイライト構造を有する化合物のみが基板上で焼結し、化合物半導体層が形成される。この化合物半導体層を用いて、光電変換素子を得ることができる。
【0047】
物理蒸着(PVD)材料は、得られたカルコパイライト構造を有する化合物から、焼成法、ホットプレス等の手法を用いて製造することが可能である。化合物の粉末を、粉砕し、混合し、仮焼し、成形し、焼結させるといった一般的な手順を採用することができる。
【0048】
上記の物理蒸着(PVD)材料は、スパッタリングのターゲットとして利用することができる。このスパッタリングにより、基板上にカルコパイライト構造を有する化合物を原料とする、化合物半導体層が形成される。これらの化合物半導体層は、光電変換素子の一部を為すことができる。
【0049】
光電変換素子とは、電気エネルギーを光に変換する素子、および逆に光を電気エネルギーに変換する素子を含み、前者として代表的なものは、発光ダイオードや半導体レーザ、また後者としてはフォトダイオードや太陽電池等である。
【0050】
以下、本発明を実施例に従って具体的に説明するが、本発明は実施例の内容に限定されるものではない。
【実施例】
【0051】
実施例1
(水−トルエン二相法によるカルコパイライト粒子分散液の合成)
図1を参照しながら、水−トルエン二相法によるカルコパイライト粒子分散液の合成した実施例1について説明する。
非極性溶媒のトルエン(50ml、和光純薬株式会社製、純度99.5%)に、相間移動触媒のテトラブチルアンモニウムブロミド(1.61g、東京化成工業株式会社製、純度98.0%)を混合し常温下(20℃)、マグネティックスターラーで強攪拌させた。(この溶液を溶液Aとする)
一方で、硝酸銅三水和物(0.5g、和光純薬株式会社製、純度99.0%)硝酸インジウム三水和物(0.43g、和光純薬株式会社製、純度98.0%)硝酸ガリウム三水和物(0.16g、和光純薬株式会社製、純度99.9%)四塩化セレン(0.883g、和光純薬株式会社製、純度98.0%)をイオン交換水(100ml)に溶解させた溶液を調製した。(この溶液を溶液Bとする)
溶液Aと溶液Bを大気中、室温(20℃)で混合し30分マグネティックスターラーで強攪拌した。
その後トルエン(70ml、和光純薬株式会社製、純度99.5%)に保護剤のドデカンチオール(1.92ml、和光純薬株式会社製、純度98.0%)を溶解させた溶液を混合し、更に10分マグネティックスターラーで強攪拌した後、イオン交換水100mlに還元剤の水素化硼素ナトリウムを(3.63g、和光純薬株式会社製、純度95.0%)溶解させた水溶液を加え8時間マグネティックスターラーで強攪拌し、分液漏斗で水層を除去しカルコパイライト粒子分散溶液を得た。
(カルコパイライト粒子の回収)
上記カルコパイライト分散溶液を、エバポレーター(ヤマト科学株式会社製、RE301、減圧(200hPa)下)を用いて溶媒を除去しエタノール(和光純薬株式会社製、純度99.5%)を加えて洗浄し、遠心分離(アズワン株式会社製、CN−2060、4300rpm 15分)にて回収し乾燥させた。得られた粉末のXRD結果(Rigaku社製RAD−2B、Cu2kW仕様、2θ/θ測定4°/min.グラファイトモノクロメータ使用)を図2に示す。図2より、CuIn0.5Ga0.5Seのカルコパイライト粒子が生成していることが確認された。
【0052】
実施例2
(溶媒を全て水としたカルコパイライト粒子の合成)
図3を参照しながら、溶媒を全て水としたカルコパイライト粒子の合成した実施例2について説明する。
イオン交換水(250ml)に、硝酸銅三水和物(1.45g、和光純薬株式会社製、純度99.0%)硝酸インジウム三水和物(2.13g、和光純薬株式会社製、純度98.0%)四塩化セレン(2.65g、和光純薬株式会社製、純度98.0%)を加え、5分間常温(20℃)にてマグネティックスターラーで中程度の強度で攪拌を行った(この溶液を溶液Aとする)
一方でイオン交換水(50ml)に還元剤の水素化硼素ナトリウム(4.54g、和光純薬株式会社製、純度95.0%)を溶解させた溶液を調整し、これを溶液Aに加え、1時間常温(20℃)にてマグネティックスターラーで強攪拌を行った。
その後溶液を遠心分離(アズワン株式会社製、CN−2060、4300rpm 15分)にて溶媒除去及びエタノール(和光純薬株式会社製、純度99.5%)洗浄を繰り返し、乾燥させ粒子を得た。得られた粉末のXRD結果(Rigaku社製RAD−2B、Cu2kW仕様、2θ/θ測定4°/min.グラファイトモノクロメータ使用)を図4に示す。図4より、CuInSeのカルコパイライト粒子が生成していることが確認された。
【0053】
実施例3
(主溶媒を水とした、カルコパイライト粒子分散液の合成)
図3を参照しながら、主溶媒を水とした、カルコパイライト粒子分散液の合成した実施例3について説明する。
イオン交換水90mlにセレン粉末(0.79g、株式会社高純度化学製、純度99.9%)を分散させ、冷却攪拌(容器に氷水を満たし、そこにビーカーを浮かべてマグネティックスターラーで中程度の強度で攪拌させた)を行った。分散液の温度が0℃に下がったところで、イオン交換水10mlに還元剤の水素化硼素ナトリウム(0.76g、和光純薬株式会社製、純度95.0%)を溶解させた溶液を加え、透明な溶液を得た。(溶液A)
一方で70℃のピリジン(100ml)に塩化銅(II)(0.67g、和光純薬株式会社製、純度95.0%)、塩化インジウム(III)(0.77g、東京化成工業株式会社製、純度98.0%)塩化ガリウム(III)(0.26g、和光純薬株式会社製、純度99.0%)を溶解させた溶液を調整し、溶液Aと混合させ20分マグネティックスターラーで強攪拌し、カルコパイライト分散液を得た。
(カルコパイライト粒子の回収)
上記カルコパイライト分散液を遠心分離(アズワン株式会社製、CN−2060、4300rpm 15分)で粒子を回収した。エタノール(和光純薬株式会社製、純度99.5%)で洗浄後、更に遠心分離(アズワン株式会社製、CN−2060、4300rpm 15分)にて回収し、乾燥した。得られた粉末のXRD結果(Rigaku社製RAD−2B、Cu2kW仕様、2θ/θ測定4°/min.グラファイトモノクロメータ使用)を図5に示す。図5より、CuIn0.5Ga0.5Seのカルコパイライト粒子が生成していることが確認された。
【0054】
実施例1で得られた粉末について、さらに走査型電子顕微鏡(SEM、日本電子社製、JSM−6010LA、元素分析付、加速電圧15kW、倍率×30000倍)による観察を行った。図6に、得られたSEM画像を示す。これより、500nm以下のサイズの粒子が得られていることが分かった。
【0055】
実施例1で得られた粉末について、さらにエネルギー分散X線分光法(EDS、日本電子社製、JSM−6010LA、加速電圧20kW、倍率×5000倍)による分析を行った。図7に、得られたEDS画像を示す。左上が二次電子像(SEI)であり、画面全体に均一に粒子が存在していることがわかる。右上がCuのマッピング画像、左下がInのマッピング画像、右下がSeのマッピング画像である。いずれのマッピングでも、各元素が画面全体に均一に存在していることが分かる。これらの画像より、実施例1で得られた粉末は、均一にCu、InおよびSeを含んでいると考えられる。これは、先のXRD結果(図2)で確認されたCuIn0.5Ga0.5Seの生成を裏付けるものである。なお、図7には示されていないが、Gaについても同様に均一に存在していることを確認している。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7