(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5756935
(24)【登録日】2015年6月12日
(45)【発行日】2015年7月29日
(54)【発明の名称】耐粒界腐食性および耐応力腐食割れ性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20150709BHJP
C21D 8/02 20060101ALI20150709BHJP
C21D 8/10 20060101ALI20150709BHJP
C22C 38/54 20060101ALI20150709BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C21D8/02 D
C21D8/10 D
C22C38/54
【請求項の数】7
【全頁数】22
(21)【出願番号】特願2008-115964(P2008-115964)
(22)【出願日】2008年4月25日
(65)【公開番号】特開2009-197316(P2009-197316A)
(43)【公開日】2009年9月3日
【審査請求日】2010年12月13日
【審判番号】不服2013-25208(P2013-25208/J1)
【審判請求日】2013年12月20日
(31)【優先権主張番号】特願2007-117981(P2007-117981)
(32)【優先日】2007年4月27日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2008-15094(P2008-15094)
(32)【優先日】2008年1月25日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】505374783
【氏名又は名称】国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
(73)【特許権者】
【識別番号】000130259
【氏名又は名称】株式会社コベルコ科研
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100089196
【弁理士】
【氏名又は名称】梶 良之
(72)【発明者】
【氏名】木内 清
(72)【発明者】
【氏名】井岡 郁夫
(72)【発明者】
【氏名】加藤 千明
(72)【発明者】
【氏名】丸山 信俊
(72)【発明者】
【氏名】塚谷 一郎
(72)【発明者】
【氏名】田邊 誠
(72)【発明者】
【氏名】中山 準平
【合議体】
【審判長】
木村 孔一
【審判官】
松嶋 秀忠
【審判官】
河本 充雄
(56)【参考文献】
【文献】
特開昭60−100629(JP,A)
【文献】
梶村治彦,核燃料再処理用ステンレス鋼,溶接学会誌,日本,1997年 3月,Vol.66 No.2,Page,100−103
【文献】
梶村治彦、他2名,核燃料再処理用ステンレス鋼の高純度化と耐食性能,まてりあ,日本,1995年,Vol.34 No.3,Page.319−322
【文献】
木内清、丸山信俊,ステンレス鋼の過不働態腐食抑制のための合金成分調整法及び溶製法,材料と環境討論会講演集,日本,2005年 8月29日,Vol.52nd,Page.279−282
【文献】
木内清、他3名,組成・組織制御と高純度化によるSUS304ULC鋼の過不働態腐食の抑制,腐食防食討論会講演集,日本,1993年10月,Vol.40th,Page.187−190
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C38/00-38/60
B21B3/02
C21D8/02-8/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
C:0.005wt%以下、Si:0.5wt%以下、Mn:0.5wt%以下、P:0.005wt%以下、S:0.005wt%以下、Ni:15.0〜40.0wt%、Cr:20.0〜30.0wt%、N:0.01wt%以下、O:0.01wt%以下を含有し、残部はFeおよび不可避的不純物からなるオーステナイト系ステンレス鋼であって、
前記不可避的不純物に含まれるBが3wtppm以下であることを特徴とする高酸性イオンを含む高濃度硝酸溶液の沸騰伝熱面腐食環境下、又は、中性子照射を受ける高温高圧水中環境下における、粒界腐食及び応力腐食割れに対して優れた耐食性を呈するオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項2】
前記C、P、S、NおよびOの含有量の合計が0.02wt%以下であることを特徴とする請求項1に記載の耐粒界腐食性および耐応力腐食割れ性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項3】
Tiの含有量が、C、P、S、NおよびOの合計に対し、化学量論的に等価以上であることを特徴とする請求項2に記載の耐粒界腐食性および耐応力腐食割れ性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項4】
請求項1〜3の何れかに記載の化学組成を有するオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法であって、
前記オーステナイト系ステンレス鋼の板材もしくは管材の製造工程で、1000℃〜1150℃とする第1の温度範囲内の熱処理温度で1分以上加熱処理を行った後、前記第1の温度範囲内の熱処理温度からの急冷又は放冷により常温まで冷却することからなる溶体化熱処理を行うことを特徴とする耐粒界腐食性および耐応力腐食割れ性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法。
【請求項5】
請求項1〜3の何れかに記載の化学組成を有するオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法であって、
前記オーステナイト系ステンレス鋼の板材もしくは管材の製造工程で、1000℃〜1150℃とする第1の温度範囲内の熱処理温度で1分以上加熱処理を行った後、前記第1の温度範囲の熱処理温度からの急冷又は放冷による冷却を行い、前記冷却もしくは前記冷却後の再加熱によって650℃以上の第2の温度範囲内の熱処理温度となった後、10分以上前記第2の温度範囲内の熱処理温度となるように加熱によって保持を行うことからなる溶体化熱処理を行うことを特徴とする耐粒界腐食性および耐応力腐食割れ性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法。
【請求項6】
前記溶体化熱処理の後、40%以上75%未満の加工度にて冷間加工を施し、加熱によって10分以上700℃以上の温度範囲内の熱処理温度を保持することによる再結晶化処理を行うことを特徴とする請求項4又は5に記載の耐粒界腐食性および耐応力腐食割れ性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法。
【請求項7】
前記冷間加工を施した後であって前記再結晶化処理前に、加熱によって30分以上500〜650℃の温度範囲内の熱処理温度を保持することからなる析出物の歪み時効析出を行うことを特徴とする請求項6に記載の耐粒界腐食性および耐応力腐食割れ性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、高酸化性の金属イオンを含有する高濃度硝酸溶液の沸騰伝熱面腐食環境、又は、中性子照射を受ける高温高圧水中環境において、優れた耐粒界腐食性および耐応力腐食割れ性を呈するオーステナイト系ステンレス鋼およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、オーステナイト系ステンレス鋼は、一般に硝酸のような酸化性の強い酸を含む環境において表面に不動態皮膜を形成することで耐食性を発揮することが知られている。このため、オーステナイト系ステンレス鋼は、例えば、硝酸製造プラントの構造材料として汎用されている。
【0003】
具体的に、オーステナイト系ステンレス鋼は、使用済核燃料の再処理プラントにおける、使用済核燃料を高濃度の硝酸によって溶解するための溶解槽、又は、前記溶解層の溶解液を蒸発させて硝酸を回収するための酸回収蒸発缶等に使用されている。
【0004】
しかしながら、この場合、オーステナイト系ステンレス鋼の環境は、使用済核燃料か
ら、ルテニウムイオン(Ru
3+)、及び、クロムイオン(Cr
6+)等の金属イオンが硝酸中に混入することで酸化性がさらに強くなる。このため、粒界腐食を伴う腐食を受けてしまうという問題があった。
【0005】
高酸化性の金属イオンを含有する高温の硝酸環境下でオーステナイト系ステンレス鋼材を使用するため、以下のような対策が知られている。先ず、粒界腐食の原因であるCr欠乏層の集成を抑制するため、オーステナイト系ステンレス鋼の炭素含有量が極力低くされる。また、必要に応じて、オーステナイト系ステンレス鋼に少量のNbが添加される。さらに、オーステナイト系ステンレス鋼に溶体化熱処理が施される。
【0006】
また、オーステナイト系ステンレス鋼の耐食性をさらに向上させるものとして、例えば、特許文献1〜7に記載のものがある。
【0007】
特許文献1には、C:0.005wt%以下、Si:0.4wt%以下、Mn:0.1〜12wt%、P:0.005wt%以下、Ni:7〜28wt%、Cr:15〜30wt%、N:0.06〜0.30wt%を含有し、残部が実質的にFeからなるオーステナイト系ステンレス鋼が開示されている。このオーステナイト系ステンレス鋼は、含有するPの量を限定することで、Pの粒界偏析を抑え、オーステナイト系ステンレス鋼の耐粒界腐食性を改善している。
【0008】
また、特許文献2には、C:0.015wt%以下、Si:0.5wt%以下、Mn:2wt%以下、P:0.015wt%以下、Ni:10〜22wt%、Cr:15〜30wt%、Al:0.01wt%以下、Ca:0.002〜0.010wt%以下を含有し、残部が実質的にFeからなるオーステナイト系ステンレス鋼が開示されている。このオーステナイト系ステンレス鋼は、含有するSi、P、及びAlの量を限定すると共に、Caを適量添加することで、優れた耐加工フロー腐食性を呈している。また、優れた熱間加工性、及び高温硝酸中での優れた耐食性を呈している。
【0009】
また、特許文献3には、C:0.02wt%以下、Si:0.5wt%以下、Mn:0.5wt%以下、P:0.03wt%以下、S:0.002wt%以下、Ni:10〜16wt%、Cr:16〜20wt%、Mo:2.0〜3.0wt%、N:0.06〜0.15wt%を含有し、残部が実質的にFeからなるオーステナイト系ステンレス鋼が開示されている。このオーステナイト系ステンレス鋼は、Ni(wt%)+60N(wt%)―4Mo(wt%)≧7を満足し、さらにCa及び/又はCeを、重量パーセントの単独又は合計が2×S(wt%)〜0.03wt%となるように含有することで、トンネル状腐食に対する優れた耐食性を呈している。
【0010】
また、特許文献4には、酸化性の金属イオンを含有する耐高温硝酸腐食性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法が開示されている。具体的には、650℃から950℃の範囲内の温度において1分以上加熱する熱処理を施す。次に、その熱処理の温度が650℃から850℃未満の場合には、急冷又は放冷することにより常温まで冷却する。一方、その熱処理の温度が850℃から950℃の場合には、急冷することにより常温まで冷却する。これにより、このオーステナイト系ステンレス鋼は、優れた耐高温硝酸腐食性を呈している。
【0011】
また、特許文献5には、B含有量が30wtppm以下であり、オーステナイト粒径をdとするとき、B(wtppm)×d(μm)≦700を満足するオーステナイト系ステンレス鋼およびその製造方法が開示されている。このオーステナイト系ステンレス鋼は、B(wtppm)×d(μm)を関数とする所定の温度以上に加熱し、固溶化処理を行うことにより、優れた耐粒界腐食性及び耐粒界応力腐食割れ性を呈している。
【0012】
また、特許文献6には、C:0.02wt%以下、Si:0.8wt%以下、Mn:2.0wt%以下、P:0.04wt%以下、S:0.03wt%以下、Ni:6〜22wt%、Cr:13〜27wt%、Al:0.1wt%以下、Cu:0.3wt%以下、N:0.1wt%以下を含有し、残部が実質的にFeからなるオーステナイト系ステンレス鋼が開示されている。このオーステナイト系ステンレス鋼は、1.5Ni(wt%)+Mn+65(C+N)―5Si(wt%)―2.5≦52−2.3(Ni+Mn)−200(C+N)等を満足し、含有するBが5wtppm以下であり、さらにTi、Nb、V、Hf、及びTaの中から選択される1種又は2種以上の元素の合計が1.0wt%以下にすることで、冷間の加工若しくは変形後において、優れた耐硝酸腐食性を呈している。
【0013】
また、特許文献7には、清浄な粒界を作り出すことからなるオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法が開示されている。具体的には、オーステナイト系ステンレス鋼に対し、加工度40%以上の冷間加工を施す。次に、得られた冷間加工材を再結晶温度未満の温度、かつ炭化物が析出する温度に保持し、P等の粒界偏析が生じない温度域で再結晶化させる。これにより、このオーステナイト系ステンレス鋼は、酸化剤が含まれる硝酸溶液の腐食環境下にあっても優れた耐食性を呈している。
【0014】
【特許文献1】特開昭59−222563号公報
【特許文献2】特開平06−306548号公報
【特許文献3】特開平07−090497号公報
【特許文献4】特開平07−238315号公報
【特許文献5】特開平07−113146号公報
【特許文献6】特開平08−013095号公報
【特許文献7】特開昭60−100629号公報
【0015】
また、オーステナイト系ステンレス鋼が、伝熱管中の硝酸溶液を伝熱管の外側からの加熱沸騰により溶解液中から硝酸を回収しようとするサーモサイフォン方式の酸回収蒸発缶で使用された場合、硝酸の蒸発及び熱分解に伴う高酸化性イオン生成と還元反応による溶解とが同時に起こる。このため、オーステナイト系ステンレス鋼の腐食環境は沸騰伝熱面腐食となる。これにより、同一金属表面温度の浸漬腐食の場合よりも腐食速度が増大し、その腐食速度は時間漸増傾向を示すという厳しい環境である。このため、上記先行技術では根本的な解決になっていないのが事実である。
【0016】
具体的に、先行技術1におけるPの含有量を限定、又は、先行技術2および3におけるSとの結合力の強いCaやCeの添加によりMnSの形成が抑制され、圧延方向に進展したMnSに起因するトンネル状腐食の発生を抑制することが出来ると開示している。しかしながら、Sの粒界への偏析が抑えられるので、粒界腐食の抑制に対しても有効とあるのみで、具体的な記述はない。また、先行技術4および5は、経済性のみが考慮されており、当該技術では安定して良好な耐硝酸腐食性が得られるとは考えにくい。
【0017】
また、先行技術6には、B含有量を5wtppm以下と本発明と類似の知見が開示されている。しかしながら、試験方法が65%の沸騰硝酸のみの中に48時間ずつ浸漬というマイルドな条件である。また、使用済み核燃料の再処理プラントで使用される高酸化性の金属イオンを含有する腐食環境を模擬した評価試験による優劣選定ではない。また、B量について、通常の不純物元素として低ければ良い程度の扱いであり、実施の形態における実施例と比較例とで、オーステナイト系ステンレス鋼に含有されるBは同レベルであるため、B含有量を制限する必要性に関する知見は見あたらない。
【0018】
また、先行技術7には、加工熱処理に関して、本発明と類似の知見が開示されているが、C量の規定が十分でない。このため、冷間加工後、一旦、粒界腐食の原因となるCr系炭化物を均一分散させているが、多量に析出するCr系炭化物まわりのCr欠乏層が腐食促進の原因となる。また、当該熱処理はP、S、N、O等の粒界偏析不純物元素の無害化に対しては何ら効果がないにも係わらずその量の規定が十分でなく、かつ何ら対策が施されていないなど、所望の耐食性が得られるとは考えられない。
【0019】
また、オーステナイト系ステンレス鋼は、中性子照射を受ける高温高圧水中環境下の軽水炉炉心に使用される場合、長期の放射線照射により粒界型応力腐食割れ(IGSCC)に対する感受性が増大する。例えば、溶体化処理した固溶状態のオーステナイト系ステンレス鋼は、中性子照射のない炉心外において耐粒界型応力腐食割れ性を有するが、炉心内において高レベルの照射、特に中性子照射量で1.0×10
21n/cm
2程度以上の照射を受けた場合はそのような抵抗性は失われていく。このような割れは照射誘起応力腐食割れ(IASCC)と称して、近年古い軽水炉で問題にされつつある。
【0020】
この問題を解決する手法として、例えば、特許文献8および9には、オーステナイト系ステンレス鋼の構成元素の含有量を調整する方法が開示されている。また、特許文献10には、粒界型応力腐食割れの原因となる結晶粒界への炭化物の析出を抑制するため、Cを0.03wt%以下に制限し、固溶度の大きなNを0.15wt%以下含有させたNi−Crオーステナイト系ステンレス鋼の化学成分を設定し、さらに、当該鋼の製造において1100〜1300℃の温度範囲で加熱することにより単位粒界当たりの炭化物の析出量を低減して粒界近傍のCr欠乏量を低減し、かつCr欠乏領域を分散させる鋼およびその製造方法が開示されている。しかし、これらの発明は成分調整で粒界型応力腐食割れを防止しようとしているが、Cr欠乏層とともに粒界腐食の原因となる不純物が低減されていないため、照射環境下で発生する応力腐食割れを本質的に解決することができない。
【0021】
また、特許文献11には、C:0.005〜0.08wt%以下、Mn:0.3wt%以下、Si+P+S:0.2wt%以下、Ni:25〜40wt%、Cr:25〜40wt%、Mo+W:5.0wt%以下、Nb+Ta:0.3wt%以下、Ti:0.3wt%以下、B:0.001wt%以下などの組成を有するオーステナイト系ステンレス鋼において、1000〜1150℃の温度範囲での溶体化処理、さらに30%までの冷間加工、その後600〜750℃の温度範囲で100時間までに加熱処理を施すことにより、少なくとも1×10
22n/cm
2までの中性子照射を受けた後においても270〜350℃/70〜160気圧の高温高圧水または高温高圧酸素飽和水中での耐応力腐食割れ性に優れ、室温から400℃までの平均膨張係数が15〜19×10
−6/Kの範囲にあることを特徴とする耐中性子劣化に優れた高Niオーステナイト鋼の技術が開示されている。
【0022】
しかし、P、S、Si、Nb、Ta、TiおよびBについてはいずれも少ない方が好ましく、Nb+TaおよびTiは脱酸剤として用いた場合の不純物レベル以下としての規定であり、耐応力腐食割れ性改善のために積極的に調整したものではない。また、MnおよびBについては現在の製鋼技術で実用上可能な最低限の値とし、B量を0.001wt%以下と規定しているが、発明に至った実施例におけるB量の最低値は0.0003wt%であり、B量の低減が充分ではなく、さらに耐応力腐食割れ性を劣化させるもっとも重要な構成成分であるC量の低減が充分ではないため、必ずしも良好な耐応力腐食割れ性が得られない。
【0023】
また、特許文献12には、C:0.05納路以下、Si:1.0〜4.0wt%、Mn:0.3wt%以下、Ni:6〜22wt%、Cr:18〜23wt%、Cu:1〜3wt%、Mo:0.3〜2.0wt%、N:0.05wt%以下、残部が実質的にFeから成る高合金オーステナイト系ステンレス鋼において、S量を0.004wt%以下まで低減させ、0.0005〜0.005wt%の微量Bを添加し、さらにCaとMgの1種または2種をSwt%≦Mg+1/2、Ca≦0.007wt%添加することにより当該鋼の優れた耐食性を損なうことなく熱間加工性を著しく改善する技術が開示されている。しかし、当該発明の要件のひとつであるB添加の下限値0.0005wt%は熱間加工性を改善する観点から、一方、上限の0.005対%は粒界腐食性の劣化を招かない観点から限定されていることから、耐食性を積極的に改善するものではないのは明らかである。
【0024】
また、特許文献13には、一方向凝固法によりオーステナイト系ステンレス鋼のランダム結晶粒界を排除して単結晶とする方法が開示されているが、鋳造条件、特に引出速度に制限があり、工業的には製法が難しく、大型部材への適用が困難である。
【0025】
また、特許文献14には、C:0.02wt%以下、N:0.6wt%以下、Si:1.0wt%以下、P:0.040wt%以下、S:0.030wt%以下、Mn:2.0wt%以下、Mo:3.0wt%以下、Ni:12〜26wt%、Cr:16〜26wt%を含有するオーステナイト系ステンレス鋼において、室温でオーステナイト相またはフェライト相がオーステナイト母相中に10体積%以下であり、該母相はサブ結晶粒を有し、さらに対応方位関係からのずれが小さく規則度が高い結晶粒界の単結晶からなることにより耐食性、耐応力腐食割れ性および機械的性質が優れた銅およびその用途が開示されている。しかし、具体的製造方法として、歪み焼鈍法、タンマン法、ブリッジマン法、浮遊帯溶融法、一方向凝固法、連続鋳造法などがあり、比較的大きな該鋼を得るためには一方向凝固法または連続鋳造法が好ましいとされているが、具体的製造条件が欠けており、発明要件である組織構成を得るための実現性が疑わしいばかりでなく、鋼成分、特にNi含有量が中性子照射環境下でのスェリングを抑制するのに充分な量ではなく、所望の耐食性が得られるとは考えられない。
【0026】
【特許文献8】特開昭63−303038号公報
【特許文献9】特開平05−059494号公報
【特許文献10】特開平8−269550号公報
【特許文献11】特開平09−125205号公報
【特許文献12】特開平05−179405号公報
【特許文献13】特開平03−264651号公報
【特許文献14】特開平11−80905号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0027】
しかしながら、特許文献1乃至7に記載のオーステナイト系ステンレス鋼材又はその製造方法を使用しても激しい粒界腐食が生ずる問題が依然として残っている。
【0028】
さらに、上記したように、特許文献8乃至14に記載のオーステナイト系ステンレス鋼材では、中性子照射を受ける高温高圧水中環境で使用できうる耐食性を得ることができないという問題があった。
【0029】
本発明は、上記問題を鑑みてなされたものであり、その主目的は、高酸性イオンを含む高濃度硝酸溶液の沸騰伝熱面腐食環境下、又は、中性子照射を受ける高温高圧水中環境下における、粒界腐食及び応力腐食割れに対して優れた耐食性を呈するオーステナイト系ステンレス鋼およびその製造方法を提供することである。
【0030】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた。その結果、腐食の起点となるオーステナイト系ステンレス鋼の結晶粒界における不純物元素、特にBを極力低減すること、望ましくは完全に除去することが高酸化性イオンを含む高濃度硝酸溶液の沸騰伝熱面腐食環境下や軽水炉炉心のように中性子照射を受ける高温高圧水中環境下における粒界腐食や応力腐食割れに対する耐食性を高め得ることを知見した。
【0031】
具体的に、本発明のオーステナイト系ステンレス鋼は、その目的を達するため、C:0.005wt%以下、Si:0.5wt%以下、Mn:0.5wt%以下、P:0.005wt%以下、S:0.005wt%以下、Ni:15.0〜40.0wt%、Cr:20.0〜30.0wt%、N:0.01wt%以下、O:0.01wt%以下を含有し、残部はFeおよび不可避的不純物からなるオーステナイト系ステンレス鋼であって、不可避的不純物に含まれるBが3wtppm以下であ
り、
高酸性イオンを含む高濃度硝酸溶液の沸騰伝熱面腐食環境下、又は、中性子照射を受ける高温高圧水中環境下における、粒界腐食及び応力腐食割れに対して優れた耐食性を呈することを特徴とする。
【0032】
上記構成によると、Bの含有量を3wtppm以下とすることで、粒界腐食を低減し、応力腐食割れを完全に抑制することができる。
【0033】
また、Cの含有量を0.005wt%以下とすることで、Cr系炭化物の析出を抑えることができる。また、Siを0.5wt%以下含有させることで、脱酸作用をもたらすことができる。また、Mnを0.5wt%以下含有させることで、δ−フェライトの生成や加工誘起変態を低減することができる。また、Pの含有量を0.005wt%以下とすることで、耐粒界腐食性および耐応力腐食割れ性の劣化を低減することができる。また、Sの含有量を0.005wt%以下とすることで、耐粒界腐食性、耐応力腐食割れ性、および耐孔食性の劣化を低減することができる。
【0034】
また、Niの含有量を15.0wt%以上含有させることでオーステナイト組織を安定させ、また粒界腐食や応力腐食割れを抑制することができる。また、Niの含有量を40.0wt%以下とすることで、コストの低減を図ることができる。また、Crの含有量を20.0wt%以上とすることで、例えば、再処理プラントのように高酸化性イオンを含む高濃度硝酸溶液の沸騰伝熱面腐食環境下での過不働態腐食環境下や軽水炉炉心のように中性子照射を受ける高温高圧水中環境下で十分な耐食性を確保することができる。また、Crの含有量を30.0wt%以下とすることで、Crリッチの脆化相の析出を抑えることができる。また、NおよびOの含有量をそれぞれ0.01wt%以下とすることで、耐粒界腐食性および耐応力腐食割れ性の劣化を低減することができる。
【0035】
また、本発明のオーステナイト系ステンレス鋼は、含有するC、P、S、NおよびOのwt%の合計が0.02wt%以下であってもよい。
【0036】
上記構成によると、C、P、S、NおよびOのwt%の合計を0.02wt%以下とすることで、良好な耐粒界腐食性や耐応力腐食割れ性を得ることができる。
【0037】
また、本発明のオーステナイト系ステンレス鋼は、Tiの含有量が、C、P、S、NおよびOの合計に対し、化学量論的に等価以上であってもよい。
【0038】
上記構成によると、Tiの含有量が、C、P、S、NおよびOの合計に対し、化学量論的に等価以上とすることで、粒界腐食の原因となる不純物元素であるC、P、S、N、およびOをTiC,FeTiP,TiS,TiN,および、TiO
2のようなTi系の炭窒化物や化合物とすることにより完全に無害化することができる。
【0039】
また、本発明のオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法は、その目的を達するため、オーステナイト系ステンレス鋼の板材もしくは管材の製造工程で、1000℃〜1150℃とする第1の温度範囲内の熱処理温度で1分以上加熱処理を行った後、第1の温度範囲内の熱処理温度からの急冷又は放冷により常温まで冷却することからなる溶体化熱処理を行うことを特徴とする。
【0040】
上記構成によると、溶体化熱処理によりオーステナイト相の均一化をはかり、オーステナイト系ステンレス鋼における化学組成限定による耐粒界腐食性および耐応力腐食割れ性改善効果をより発揮させることができる。
【0041】
また、本発明のオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法は、その目的を達するため、オーステナイト系ステンレス鋼の板材もしくは管材の製造工程で、1000℃〜1150℃とする第1の温度範囲内の熱処理温度で1分以上加熱処理を行った後、第1の温度範囲の熱処理温度からの急冷又は放冷による冷却を行い、冷却もしくは冷却後の再加熱によって650℃以上の第2の温度範囲内の熱処理温度となった後、10分以上第2の温度範囲内の熱処理温度となるように加熱によって保持を行うことからなる溶体化熱処理を行うことを特徴とする。
【0042】
上記構成によると、溶体化熱処理によりオーステナイト相の均一化をはかり、オーステナイト系ステンレス鋼における化学組成限定による耐粒界腐食性および耐応力腐食割れ性改善効果をより発揮させることができる。
【0043】
また、本発明のオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法は、溶体化熱処理の後、40%以上75%未満の加工度にて冷間加工を施し、加熱によって10分以上700℃以上の温度範囲内の熱処理温度を保持することによる再結晶化処理を行ってもよい。
【0044】
上記構成によると、冷間加工を施すことで、析出サイトとしての転位を十分に導入することができると共に、過度の加工によりオーステナイト相がマルテンサイト相に歪誘起変態することを防ぐことができる。これにより、工業的な加工処理が困難になるのを抑制し、その後の再結晶化処理において均一なオーステナイト組織を得ることができる。また、再結晶化処理において、均一なオーステナイト組織を得た結果、優れた耐粒界腐食性および耐応力腐食割れ性を得ることができる。
【0045】
また、本発明のオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法は、冷間加工を施した後であって再結晶化処理前に、加熱によって30分以上500〜650℃の温度範囲内の熱処理温度を保持することからなる析出物の歪み時効析出を行ってもよい。
【0046】
上記構成によると、冷間加工を施した後であって再結晶化処理前に析出物の歪み時効析出を行うことで、炭化物などを効率良く均一分散させることができる。
【0047】
本発明で特定した成分設計にいたった経緯を含めて、本実施の形態を
図1および
図2に基づいて以下に説明する。
【0048】
先ず、粒界腐食や応力腐食割れのもっとも大きな発生要因である粒界へのCr系炭化物の析出に伴うCr欠乏層の生成に対して、従来対策のひとつであるC量の低減のみでは、溶接などの加熱による鋭敏化や放射線環境下での照射誘起析出のような事態が避けられないことを知見した。
【0049】
このため、鋼中のCrは、炭化物析出に伴う欠乏層生成後も不働態皮膜を生成するのに必要な12wt%程度が確保できる20wt%以上とした。しかしながら、これらでも高酸化性イオンを含む高濃度硝酸溶液の沸騰伝熱面腐食環境下での過不働態腐食や中性子照射を受ける高温高圧水中環境下での粒界損傷を完全に避けることができなかった。
【0050】
その原因のひとつが結晶粒界に偏析して粒界結合エネルギーを低下させる不純物元素であるBであり、その濃度を3wtppm以下とすることとした。また、C、P、S、N、O等の不純物元素の総量を0.02%以下とすることとした。さらに、必要に応じてこれら不純物元素の影響を完全に無害化するため、TiをC、P、S、NおよびOとの化学量論的に等価以上を含有させてTiC、FeTiP、TiS、TiN、Ti0
2のようなTi系炭窒化物や化合物とすることが有効であることを知見した。これらにより粒界腐食や応力腐食割れを完全抑制できた。
【0051】
これらの対策のもっとも大きな作用は、調査結果を示す
図1に示されるように、B量を3wtppm以下にすることである。B添加によりオーステナイト系ステンレス鋼の高温延性が向上することが知られている。例えば、特開昭63−069947号公報では、6〜25wtppmのBを添加することによってクリープ破断延性を改善する技術が提案されている。さらに、2wtppm以上のB添加によって熱間延性が改善されることが「IronAge」vol.179(1957),p.95に報告されている。このように、Bは高温延性や熱間加工性の向上に対して有効な元素と言われている。しかしながら一方で、B添加によりオーステナイト系ステンレス鋼の耐食性が劣化することが報告されている。
【0052】
「Stainless steel‘87」,The Institute of Metals,London,(1987),p.234にオーステナイト系ステンレス鋼の耐粒界腐食性を維持するためB量を低減させることが提案されており、Bを約25wtppm添加すると通常の固溶体化処理においても粒界にCr硼化物が析出して耐粒界腐食性が劣化することが報告されている。さらに、「材料とプロセス」,鉄と鋼,vol.6(1993),p.732では、高温高濃度硝酸中におけるオーステナイト系ステンレス鋼の耐粒界腐食性を高水準に維持するためには、B含有量を9wtppm以下に低減する必要があることが報告されている。以上のように、Bは粒界に偏析するとともにCrに富む硼化物を形成して耐粒界腐食性を劣化させることが知られている。このように、先行技術7を含めて従来の不純物レベルの鋼では、その悪影響はもっと少ない場合で、B含有量が5wtppmを超えると耐粒界腐食性の劣化が現れ始め、10wtppmを超えると特に顕著になるとされている。
【0053】
Bの含有量による問題点は上述のとおりであるが、本発明では、B含有量そのものの更なる低減が重要であることを知見した。この理由は定かではないが、10wtppm程度と推定されるBの結晶粒界への固溶限以下の含有量で粒界損傷に顕著な改善がみられる。このことから、硼化物の形成よりも結晶粒界への固溶そのものが悪影響をもたらすと推定される。なお、本発明のように極めて微量のB量の効果が知見できたのは、分析装置・技術や製鋼技術の発展によるところが大きい。従来の化学分析では2wtppm程度が検出限界であったのに対し、GD−MS分析法によりwtppm以下のB含有量を正確に分析できるようになり、微量B量と粒界腐食や応力腐食割れの関係が明確になった。また、通常のオーステナイト系ステンレス鋼の溶製では合金鉄およびスクラップなどの原料から2〜5wtppm程度混入することが避けられなかったが、分析技術の発展によりB含有量の少ない原料の選別が可能になり、さらに酸化精錬などの製鋼技術の発達によりB含有率の低いオーステナイト系ステンレス鋼の溶製が可能となっている。
【0054】
次に、C、P、S、N、O等の不純物元素の総量を0.02wt%以下とすることも本発明の大きな構成要件である。これらの不純物元素の総量を0.02wt%以下にした場合に粒界損傷が著しく改善される理由は明らかではない。これらの元素の結晶粒界への作用や析出物を生成する場合の形態は異なるが、現在の分析・解析技術では、本発明のような微量の元素の存在状態を個々に区別することは不可能である。しかしながら、結晶粒界に偏析・固溶している不純物元素が悪影響をもたらすのは間違いないと推定される。なお、これら不純物元素の影響を完全に無害化するためにはTiをC、P、S、NおよびOとの化学量論的等価以上に添加してTiC,FeTiP,TiS,TiN,TiO
2のようなTi系炭窒化物や化合物とすることが有効である。
【0055】
不純物元素の総量が0.02wt%以下という高純度のオーステナイト系ステンレス鋼塊を溶製する方法は特に限定しないが、溶製工程の組合せの中に電子ビーム溶解法を適用することも有効な手段のひとつである。オーステナイト系ステンレス鋼塊の製造過程において電子ビーム溶解法を適用することによりオーステナイト結晶粒界に偏析するC、P、S、N、O等の不純物元素ばかりでなく、揮発性の高いアルカリ基金属含有量をも極力低減した超高清浄度を得ることができる。なお、電子ビーム溶解の原料電極となる事前の溶製方法についても特に限定せず、一次溶解原料の純度に合わせて最適な溶製方法を選定すれば良い。
【0056】
結晶粒界に偏析するC、P、S、N、O等の不純物元素は極力少ないほうが望ましいが、現在の精錬技術ではこれらを完全に除去することは困難であると共に、経済的ではない。上記のような不純物元素を極力減らすためには安定化元素を添加することが有効であるが、これらの不純物元素を無害化するためにはTiがもっとも望ましい。Tiを添加することにより電子ビーム溶解法などでは除去しきれないC、P、S、N、O等をTiC,FeTiP,TiS,TiN,TiO
2のようなTi系の炭窒化物や化合物とすることにより、粒界に固溶元素として偏析することを抑制することができる。従来技術には、安定化元素としてNbなどが挙げられているが、Nbを添加しても当該発明のオーステナイト系ステンレス鋼の存在量の範囲内ではNbC以外の化合物を生成するのは困難であるため、効果が限定される。なお、Tiの添加量は、C、P、S、NおよびOとの化学量論的等価以上である必要がある。
【0057】
加えて、本実施の発明のオーステナイト系ステンレス鋼における化学組成限定による耐粒界腐食性および耐応力腐食割れ性改善効果をより発揮させるため、その板材もしくは管材の製造工程において、1000〜1150℃の温度範囲内で1分以上加熱し、さらに当該熱処理温度から急冷または放冷により常温まで冷却するか、冷却途中もしくは再加熱して650℃以上の温度範囲内で10分以上加熱・保持しても良い。また、Ti添加効果をより確実なものとし、さらに生成したTi系の化合物分布状態と結晶粒界の存在位置との関係を異なるものにするため、1000〜1250℃の温度範囲内で1分以上加熱し、さらに当該熱処理温度から急冷または放冷により常温まで冷却する。溶体化熱処理を施した後、40%から75%未満の加工率にて冷間加工を施し、次いで750℃以上の温度範囲内において10分以上加熱・保持することにより再結晶化させる。なお、本発明のように反応に係わるC、P、S、N、O等の不純物元素が少ない化学組成では、反応速度的に析出反応が充分に進行しない可能性があるため、40%から75%未満の加工率での冷間加工後、500〜650℃の温度範囲内において30分以上加熱・保持する歪時効析出処理を施した後、次いで750℃以上の温度範囲内において10分以上加熱・保持することも有効である。
【0058】
(ステンレス鋼の化学組成)
C:0.005wt%以下
Cは、熱処理、又は、溶接を施した際に結晶粒界にCr系の炭化物を析出する。これにより、その結晶粒界の近傍にCrの欠乏した領域が生成される。この状態で腐食環境下に置かれると、その領域が選択的に腐食される粒界腐食が起きる。よって、オーステナイト系ステンレス鋼の耐硝酸腐食性及び耐応力腐食割れ性を劣化させる原因となる。本実施の形態においては、Tiの添加および加工熱処理により無害化を図るが、オーステナイト系ステンレス鋼にCの含有量が多い場合には、ミクロ的にCr系炭化物を析出する可能性があるため、0.005wt%以下とした。
【0059】
Si:0.5wt%以下
Siは、粒界腐食の観点からはできるだけ低くすることが望ましい。しかし、脱酸剤として有効であるため、0.5wt%以下とした。
【0060】
Mn:0.5wt%以下
Mnは、オーステナイト相安定度を高めて耐食性に有害なδ−フェライトの生成や加工誘起変態を防止する効果があるが、0.5wt%を超えても所望の効果が得られないばかりか、固溶状態のMnとして、かえって腐食を促進するので、0.5wt%以下とした。
【0061】
P:0.005wt%以下
P:Pは粒界偏析することが知られており、Pの含有量を増加すると耐粒界腐食性や耐応力腐食割れ性が劣化する。このため、その含有量は低い方が望ましく、0.005wt%以下とした。
【0062】
S:0.005wt%以下
S:Sの増加は硫化物の生成を促進し、それらを基点とする選択的な腐食により、耐粒界腐食性や耐応力腐食割れ性、さらに耐孔食性を劣化させる。このため、その含有量は低い方が望ましく、0.005wt%以下とした。
【0063】
Ni:15.0〜40.0wt%
Ni:Niは、オーステナイト組織を安定させ、また粒界腐食や応力腐食割れを抑制するために必要な元素である。しかし、含有量が15wt%未満では十分なオーステナイト組織を確保することができず、さらに中性子照射環境下での耐スェリング性を得ることができない。一方、40wt%を越えると高価となるため、15.0〜40.0wt%が望ましい。
【0064】
Cr:20.0〜30.0wt%
Cr:Crは、不働態皮膜を形成してステンレス鋼の耐食性を確保するため必要な元素である。不働態皮膜形成の観点からは、JIS規格の代表的ステンレス鋼であるSUS304やSUS316系ステンレス鋼のように16%程度含有すれば良い。しかし、再処理プラントのように高酸化性イオンを含む高濃度硝酸溶液の沸騰伝熱面腐食環境下での過不働態腐食環境下や軽水炉炉心のように中性子照射を受ける高温高圧水中環境下で十分な耐食性を確保するには20wt%が必要である。一方、30wt%を越えると、Crリッチの脆化相が析出するため、それらを避けて完全オーステナイト組織にするためのNi含有量を増加しなくてはならなくなり、コストの上昇を招くので20.0〜30.0wt%が望ましい。
【0065】
B:3wtppm以下
B:Bは、本発明を構成するもっとも重要な要因である。基本的には不純物元素であり、粒界に偏析して耐粒界腐食性や耐応力腐食割れ性を劣化させるため、出来るだけ少ないことが望ましい。Bは従来の分析技術では0.0003wt%以下については判別できなかったが、本発明では最近の分析手法を駆使してより微量のBと耐食性の関係を明確にし、その結果、0.0003wt%以下に低減することにより粒界腐食や応力腐食割れを完全に抑制できることが判った。この観点からB量を3wtppm(0.0003wt%)以下とした。なお、より好ましくは1.5wtppm以下である。
【0066】
N:0.01wt%以下
O:0.01wt%以下
N、O:NおよびOは、いずれも耐粒界腐食性や耐応力腐食割れ性を劣化させるため、その含有量はできるだけ低い方が望ましく、0.01wt%を上限とする。
【0067】
C+P+S+O+N:0.02wt%以下
C+P+S+O+N:これらの不純物元素を上記制限条件のように個々に限定しても、合計が0.02wt%を超えると良好な耐粒界腐食性や耐応力腐食割れ性が得られないため、0.02%を上限とした。
【0068】
Ti:含有量が、C、P、S、NおよびOの合計に対し、化学量論的に等価以上
Ti:Tiは本発明を構成する重要な要因であり、粒界腐食の原因となるC、P、S、N、O等の不純物元素をTiC,FeTiP,TiS,TiN,TiO
2のようなTi系の炭窒化物や化合物とすることにより完全に無害化するために添加する。本発明では、電子ビーム溶解法などを採用することによりこれらの不純物元素は鋼塊段階で極めて低いレベルになっているが、発明者らの検討によると電子ビーム溶解で除去しきれない微量の不純物元素が粒界腐食に悪影響をおよぼすことが明らかになった。このため、これらを完全に無害化するためにTiを添加する。従って、最低必要含有量はC、P、S、N、Oの全てがTiC,FeTiP,TiS,TiN,TiO
2のようなTi系の炭窒化物や化合物となるための化学量論的な等価な量である。具体的には、
Ti(wt%)=(48/12)C(wt%)+(48/31)P(wt%)+(48/32)S(wt%)+(48/14)N(wt%)+(48/16)×(1/2)O(wt%)
であるが、希薄元素の動的析出反応を考慮すると0.05wt%以上が望ましい。一方、多量に添加するとコストの上昇を招くので、0.3wt%以下が望ましい。
【0069】
(電子ビーム溶解法)
本実施の形態において、鋼塊の製造過程で電子ビーム溶解法を採用している。電子ビーム溶解は基本的にはドリップ溶解法とコールドハース溶解法に大別される。ドリップ溶解法は原料電極の先端に電子ビームを照射し、生成した液滴を直接水冷銅鋳型に落下させて積層凝固させる方法である。また、コールドハース溶解法は原料先端で生成した液滴を一旦コールドハースと呼ばれる水冷の浅い銅製容器に溜め、ここからオーバーフローさせた溶湯を水冷銅鋳型に注いでスターティングブロックと称する土台の上に積層凝固させる方法である。本実施の形態においては、どちらの溶解法を用いてもよい。
【0070】
電子ビーム溶解法の規定条件について記述する。溶解中の蒸発による精製効果を達成するためにはチャンバー内の真空度を1×10
−2Pa以上にする必要がある。しかし、真空度を高めすぎると本発明を構成する元素であるCr等の揮発性の高い元素が蒸発して成分調整が困難になるばかりか、工業的な実現が困難になるため、1×10
−4Pa以下が望ましい。なお、原料電極となる素材はステンレス鋼の溶製法として広く知られているAOD法(アルゴン酸素脱炭法)、VOD法(真空酸素脱炭法)を採用しても良く、特殊精錬としての真空誘導溶解(Vacuum Induction Melting)法、磁気浮揚誘導溶解(Cold Crucib1e Induction Melting)法などを採用しても良い。
【0071】
(製造方法)
本実施の形態において、オーステナイト系ステンレス鋼の板材もしくは管材の製造工程で、1000℃〜1150℃の温度範囲内の熱処理温度で1分以上加熱処理を行う。その後の溶体化処理として、1000℃〜1150℃の温度範囲内の熱処理温度からの急冷又は放冷により常温まで冷却する。なお、溶体化処理として、冷却もしくは冷却後の再加熱によって650℃以上の温度範囲内の熱処理温度となった後、10分以上の間、加熱によって650℃以上の温度範囲内の熱処理温度となるように保持を行うものであってもよい。これにより、オーステナイト相の均一化をはかり、オーステナイト系ステンレス鋼における化学組成限定による耐粒界腐食性および耐応力腐食割れ性改善効果をより発揮させることができる。
【0072】
また、溶体化処理の後、冷間加工(冷間圧延)および再結晶処理を行ってもよい。冷間加工を行うことで、炭化物析出のサイトとなる転位を多量に導入することができる。また、再結晶処理は、冷間加工後の熱処理によって、析出物を均一に分散析出させると共に再結晶化させる。
【0073】
具体的に、冷間加工について説明する。析出サイトとしての転位を十分に導入するための冷間加工における加工度(加工率)は40%以上必要である。また、加工度を必要以上に高くしても導入される転位密度が飽和するばかりか、過度の加工によりオーステナイト相がマルテンサイト相に歪誘起変態する。このため、工業的な加工処理が困難になると共に、後の再結晶化処理において均一なオーステナイト組織が得られず、耐粒界腐食性や耐応力腐食割れ性が劣化する。よって、冷間加工における加工度は75%以下とする。
【0074】
次に、再結晶処理について説明する。加工組織を再結晶させるための温度は、鋼の加工度、すなわち導入された転位密度や回復・再結晶過程の転位の移動を妨げる炭化物分散状態に依存する。このため、本発明の鋼組成および組織状態では700℃以上で10分以上保持する必要がある。一方、上限温度は特に制約されない。
【0075】
なお、温度が高すぎる場合、得られた再結晶オーステナイト粒の粗大化によって強度が低下する。さらに析出物が凝集・粗大化し、再結晶オーステナイト粒界に分布する。これらにより、耐粒界腐食性および耐応力腐食割れ性が劣化する。よって再結晶化温度は900℃以下が望ましい。
【0076】
また、冷間加工後の再結晶化処理前に炭化物などを効率良く均一分散させるために析出処理を施してもよい。このとき、反応論的には500℃以上の温度域において30分以上加熱・保持することが望ましい。一方、温度が高いほど炭化物の析出は短時間に生じるが、高すぎると炭化物析出に先立って回復・再結晶が起こる。このため、折角導入した転位をサイトとする析出が不可能となる。これにより、炭化物などは結晶粒界に優先的に析出するため均一分散せず、さらに粗大化をもたらすため、優れた耐粒界腐食性および耐応力腐食割れ性が得られなくなる。以上のような観点から、炭化物析出処理は500〜650℃の温度範囲内の熱処理温度において30分以上加熱・保持することが望ましい。
【0077】
(実験1)
表1に示す化学組成を有するオーステナイト系ステンレス鋼150kgを真空誘導溶解(VIM)し、真空中で金型に鋳込み、鋳塊を得た。次に、真空溶解した鋳塊から電極を削りだし、電子ビーム再溶解(EB)を施して円柱鋳塊とした。さらに、鍛造および熱間圧延により厚さ6mmの板材に仕上げた後、1050℃×1/2hの条件にて溶体化処理を施した6mmの板材を得た。これらを供試材として、金属イオンを含有する高濃度沸騰硝酸溶液中での粒界腐食状況を模擬したCoriou腐食試験、また高温高圧水中での応力腐食割れ状況を模擬した低歪速度引張試験(SSRT)およびCBB試験を行った。低歪速度引張試験およびCBB試験については、中性子照射誘起析出状況などを模擬するため、これらの試験の前に620℃×100時間の鋭敏化熱処理を施した。
【0079】
表2に評価後試験結果を示す。Coriou腐食試験はCr
6+イオンを1.0g/L添加した500mlの8規定沸騰硝酸溶液を用い、液を更新しながら24時間を1バッチとする浸漬試験を4バッチ行い、腐食減量を測定して腐食速度等を評価した。低歪速度引張試験は平行部直径3mm、標点問距離20mmの試験片を用い、高温高圧水中(飽和酸素濃度8wtppm、70kgf/cm
2、290℃)、歪み速度:0.5μm/minの条件にて実施した。
【表2】
【0080】
CBB試験は厚さ2mm、幅10mm、長さ50mmの試験片を用い、オートクレーブ中で
図2に示す治具にて、高温高圧水中(飽和酸素濃度8wtppm、70kgf/cm
2、290℃)に500時間浸漬して実施した。試験片1にすきまを付けるためのグラファイトファイバーウール2とともにホルダー3間に挟み付けボルト穴4を挿入し、ホルダー3間にアールを付けて締め付けた。尚、本実施の形態においては、ホルダーが、100Rに湾曲した箇所を有している。浸漬後、試験片を取出し、試験片の断面観察から割れ発生の有無を評価した。鋼番A〜Dおよび鋼番K〜Lは本発明の請求範囲内であり、鋼番E〜GはB量が本発明の請求範囲を超えているもの・鋼番H〜JはCr−Ni量が本発明の請求範囲外のもの、鋼番M〜QはC、P、S、N、およびO量が本発明の請求範囲を超えているもの、鋼番R〜SはSiもしくはMn量が本発明の請求範囲を超えているものである。表2から判るように化学組成が本発明の請求範囲内のものであれば、良好な耐粒界腐食性や耐応力腐食割れ性が得られる。
【0081】
(実験2)
表1の鋼番B,KおよびLを用いて、表3に示すような種々の条件にて6mmの板材を製造した。製造略号1は真空誘導溶解(WM)し、真空中で金型に鋳込み、鋳塊を得たもの、他はさらに電子ビーム再溶解(EB)を施したものである。鍛造および熱間圧延により仕上げた板材を溶体化処理後、さらに加工熱処理(冷間加工一再結晶化処理/冷間加工一炭化物析出処理一再結晶化処理)を施した(冷間加工率が異なるものは溶体化処理時の板厚を調整した)。これらを用いて、高酸化性の金属イオンを含有する高濃度沸騰硝酸溶液中での粒界腐食状況を模擬してCoriou腐食試験、また高温高圧水中での応力腐食割れ状況を模擬して低歪速度引張試験(SSRT)およびCBB試験を行った。低歪速度引張試験およびCBB試験については、中性子照射誘起析出状況などを模擬するため、これらの試験の前に620℃×100時間の鋭敏化熱処理を施した。
【0083】
表4に評価試験結果を示す。表4の結果から化学組成および製造工程が本発明の請求範囲内のものであれば、良好な耐粒界腐食性や耐応力腐食割れ性が得られることが分かる。
【0085】
このように、Bの含有量を3wtppm以下とすることで、粒界腐食を低減し、応力腐食割れを完全に抑制することができる。
【0086】
また、Cの含有量を0.005wt%以下とすることで、Cr系炭化物の析出を抑えることができる。また、Siを0.5wt%以下含有させることで、脱酸作用をもたらすことができる。また、Mnを0.5wt%以下含有させることで、δ−フェライトの生成や加工誘起変態を低減することができる。また、Pの含有量を0.005wt%以下とすることで、耐粒界腐食性および耐応力腐食割れ性の劣化を低減することができる。また、Sの含有量を0.005wt%以下とすることで、耐粒界腐食性、耐応力腐食割れ性、および耐孔食性の劣化を低減することができる。
【0087】
また、Niの含有量を15.0wt%以上含有させることでオーステナイト組織を安定させ、また粒界腐食や応力腐食割れを抑制することができる。また、Niの含有量を40.0wt%以下とすることで、コストの低減を図ることができる。また、Crの含有量を20.0wt%以上とすることで、例えば、再処理プラントのように高酸化性イオンを含む高濃度硝酸溶液の沸騰伝熱面腐食環境下での過不働態腐食環境下や軽水炉炉心のように中性子照射を受ける高温高圧水中環境下で十分な耐食性を確保することができる。また、Crの含有量を30.0wt%以下とすることで、Crリッチの脆化相の析出を抑えることができる。また、NおよびOの含有量をそれぞれ0.01wt%以下とすることで、耐粒界腐食性および耐応力腐食割れ性の劣化を低減することができる。
【0088】
また、C、P、S、NおよびOのwt%の合計を0.02wt%以下とすることで、良好な耐粒界腐食性や耐応力腐食割れ性を得ることができる。
【0089】
また、Tiの含有量が、C、P、S、NおよびOの合計に対し、化学量論的に等価以上とすることで、粒界腐食の原因となる不純物元素であるC、P、S、N、およびOをTiC,FeTiP,TiS,TiN,および、TiO
2のようなTi系の炭窒化物や化合物とすることにより完全に無害化することができる。
【0090】
また、溶体化熱処理によりオーステナイト相の均一化をはかり、オーステナイト系ステンレス鋼における化学組成限定による耐粒界腐食性および耐応力腐食割れ性改善効果をより発揮させることができる。
【0091】
また、冷間加工を施すことで、析出サイトとしての転位を十分に導入することができると共に、過度の加工によりオーステナイト相がマルテンサイト相に歪誘起変態することを防ぐことができる。これにより、工業的な加工処理が困難になるのを抑制し、その後の再結晶化処理において均一なオーステナイト組織を得ることができる。また、再結晶化処理において、均一なオーステナイト組織を得た結果、優れた耐粒界腐食性および耐応力腐食割れ性を得ることができる。
【0092】
また、冷間加工を施した後であって再結晶化処理前に析出物の歪み時効析出を行うことで、炭化物などを効率良く均一分散させることができる。
【0094】
本実施の形態のオーステナイト系ステンレス鋼は、C:0.005wt%以下、Si:0.5wt%以下、Mn:0.5wt%以下、P:0.005wt%以下、S:0.005wt%以下、Ni:15.0〜40.0wt、Cr:20.0〜30.0wt%、N:0.01wt%以下、O:0.01wt%以下を含有し、残部はFeおよび不可避的不純物からなるオーステナイト系ステンレス鋼であって、不可避的不純物に含まれるBが3wtppm以下である構成にされている。
【0095】
上記構成によると、Bの含有量を3wtppm以下とすることで、粒界腐食を低減し、応力腐食割れを完全に抑制することができる。
【0096】
また、Cの含有量を0.005wt%以下とすることで、Cr系炭化物の析出を抑えることができる。また、Siを0.5wt%以下含有させることで、脱酸作用をもたらすことができる。また、Mnを0.5wt%以下含有させることで、δ−フェライトの生成や加工誘起変態を低減することができる。また、Pの含有量を0.005wt%以下とすることで、耐粒界腐食性および耐応力腐食割れ性の劣化を低減することができる。また、Sの含有量を0.005wt%以下とすることで、耐粒界腐食性、耐応力腐食割れ性、および耐孔食性の劣化を低減することができる。
【0097】
また、Niの含有量を15.0wt%以上含有させることでオーステナイト組織を安定させ、また粒界腐食や応力腐食割れを抑制することができる。また、Niの含有量を40.0wt以下とすることで、コストの低減を図ることができる。また、Crの含有量を20.0wt%以上とすることで、例えば、再処理プラントのように高酸化性イオンを含む高濃度硝酸溶液の沸騰伝熱面腐食環境下での過不働態腐食環境下や軽水炉炉心のように中性子照射を受ける高温高圧水中環境下で十分な耐食性を確保することができる。また、Crの含有量を30.0wt%以下とすることで、Crリッチの脆化相の析出を抑えることができる。また、NおよびOの含有量をそれぞれ0.01wt%以下とすることで、耐粒界腐食性および耐応力腐食割れ性の劣化を低減することができる。
【0098】
また、本実施の形態のオーステナイト系ステンレス鋼は、含有するC、P、S、NおよびOのwt%の合計が0.02wt%以下である構成にされている。
【0099】
上記構成によると、C、P、S、NおよびOのwt%の合計を0.02wt%以下とすることで、良好な耐粒界腐食性や耐応力腐食割れ性を得ることができる。
【0100】
また、本実施の形態のオーステナイト系ステンレス鋼は、Tiの含有量が、C、P、S、NおよびOの合計に対し、化学量論的に等価以上である構成にされている。
【0101】
上記構成によると、Tiの含有量が、C、P、S、NおよびOの合計に対し、化学量論的に等価以上とすることで、粒界腐食の原因となる不純物元素であるC、P、S、N、およびOをTiC,FeTiP,TiS,TiN,および、TiO
2のようなTi系の炭窒化物や化合物とすることにより完全に無害化することができる。
【0102】
また、本実施の形態のオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法は、オーステナイト系ステンレス鋼の板材もしくは管材の製造工程で、1000℃〜1150℃とする第1の温度範囲内の熱処理温度で1分以上加熱処理を行った後、第1の温度範囲内の熱処理温度からの急冷又は放冷により常温まで冷却することからなる溶体化熱処理を行う構成にされている。
【0103】
上記構成によると、溶体化熱処理によりオーステナイト相の均一化をはかり、オーステナイト系ステンレス鋼における化学組成限定による耐粒界腐食性および耐応力腐食割れ性改善効果をより発揮させることができる。
【0104】
また、本実施の形態のオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法は、オーステナイト系ステンレス鋼の板材もしくは管材の製造工程で、1000℃〜1150℃とする第1の温度範囲内の熱処理温度で1分以上加熱処理を行った後、第1の温度範囲の熱処理温度からの急冷又は放冷による冷却を行い、冷却もしくは冷却後の再加熱によって650℃以上の第2の温度範囲内の熱処理温度となった後、10分以上第2の温度範囲内の熱処理温度となるように加熱によって保持を行うことからなる溶体化熱処理を行う構成にされている。
【0105】
上記構成によると、溶体化熱処理によりオーステナイト相の均一化をはかり、オーステナイト系ステンレス鋼における化学組成限定による耐粒界腐食性および耐応力腐食割れ性改善効果をより発揮させることができる。
【0106】
また、本実施の形態のオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法は、溶体化熱処理の後、40%以上75%未満の加工度にて冷間加工を施し、加熱によって10分以上700℃以上の温度範囲内の熱処理温度を保持することによる再結晶化処理を行う構成にされている。
【0107】
上記構成によると、冷間加工を施すことで、析出サイトとしての転位を十分に導入することができると共に、過度の加工によりオーステナイト相がマルテンサイト相に歪誘起変態することを防ぐことができる。これにより、工業的な加工処理が困難になるのを抑制し、その後の再結晶化処理において均一なオーステナイト組織を得ることができる。また、再結晶化処理において、均一なオーステナイト組織を得た結果、優れた耐粒界腐食性および耐応力腐食割れ性を得ることができる。
【0108】
また、本実施の形態のオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法は、冷間加工を施した後であって再結晶化処理前に、加熱によって30分以上500〜650℃の温度範囲内の熱処理温度を保持することからなる析出物の歪み時効析出を行う構成にされている。
【0109】
上記構成によると、冷間加工を施した後であって再結晶化処理前に析出物の歪み時効析出を行うことで、炭化物などを効率良く均一分散させることができる。
【0110】
以上、本発明の実施例を説明したが、具体例を例示したに過ぎず、特に本発明を限定するものではなく、具体的構成などは、適宜設計変更可能である。また、発明の実施の形態に記載された、作用及び効果は、本発明から生じる最も好適な作用及び効果を列挙したに過ぎず、本発明による作用及び効果は、本発明の実施の形態に記載されたものに限定されるものではない。
【図面の簡単な説明】
【0111】
【
図1】Coriou腐食試験における腐食速度および粒界試食深さとB量の関係を示した図。
【0112】
1 試験片
2 グラファイトファイバーウール
3 ホルダー
4 ボルト穴