(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明による肉盛金属部材の1つの実施例として、鉄鋼製品の製造工程における連続鋳造で使用される連続鋳造用ロールについて説明する。
【0023】
図1(a)に示すように、連続鋳造用ロール1は、略円柱状のロール本体2と、その両側部から長手方向外方へ向けて突出する軸部3とからなる。同図(b)に示すように、ロール本体2の芯部20の外表面には、複数に層状に肉盛られた肉盛層21、すなわち、第1肉盛層21a、第2肉盛層21b及び第3肉盛層21cを与えられている。肉盛層21を与える溶接用溶加材及び施工の詳細については後述される。
【0024】
次に、
図2に示すような、連続鋳造用ロール1のロール本体2(
図1参照)を模した試験片4を作製し、各種試験を行った。すなわち、
図3に示す成分組成を有する金属粉体からなる溶接用溶加材、及び、
図4に示す成分組成を有する金属ワイヤからなる溶接用溶加材を用いて、被溶接試験片40の上に多層に肉盛溶接し肉盛溶接部41を形成した試験片4を得て、各種試験に供している。
【0025】
詳細には、JIS SUS410からなる厚さ9mm、幅100mm、長さ200mmの略直方体の被溶接試験片40を用意する。この被溶接試験片40の上に、金属粉体からなる溶接用溶加材及び金属ワイヤ(線状体)からなる溶接用溶加材を用いて、以下の溶接条件で肉盛溶接し、肉盛溶接部41を与える。
【0026】
まず、ガスアトマイズ法で製造された
図3に示す成分組成を有する金属粉体からなる溶接用溶加材を使用して、被溶接試験片40の一方の表面上にPTA(Plasma Transferred Arc)溶接で3層の肉盛溶接を行う。
【0027】
PTA溶接では、粉末キャリアガス、プラズマガス及びシールドガスにArを用い、これらの供給量をそれぞれ3.0、1.2及び14.0L/minとし、溶接電流を150A、アーク電圧を27V、粉末供給量を12g/minに設定し、チップ−母材間距離を10mm、溶接速度40mm/minでウィービングを幅8mm、回数2Hzで溶接する。ここで、パス間温度を150℃以下、1層目のパス数を22、2層目のパス数を21、3層目のパス数を20とした。なお、肉盛溶接部への母材の溶け込みを防止するため、1層目の肉盛溶接をする前に溶接に用いる溶接用溶加材で2層のバタリングを行う。
【0028】
一方、
図4に示す成分組成を有する金属ワイヤからなる溶接用溶加材を使用して、被溶接試験片40の一方の表面上にMAG(Metal Arc Gass)溶接で3層の肉盛溶接を行う。
【0029】
金属ワイヤからなる溶接用溶加材は、真空高周波溶解炉を用いて得た50kgの鋼塊に熱間鍛造、圧延、伸線加工を施して、
図4に示す成分組成を有する直径1.2mmの金属ワイヤに仕上げた。
【0030】
MAG溶接は、シールドガスにAr80%+CO
220%の混合ガスを用い、供給量を15.0L/minとし、溶接電流を150A、アーク電圧を21Vに設定し、チップ−母材間距離を15mm、溶接速度を300mm/minで溶接する。ここで、1層目のパス数を13、2層目のパス数を12、3層目のパス数を11とした。なお、上記したPTA溶接と同様に、肉盛溶接部への母材の溶け込みを防止するため、1層目の肉盛溶接をする前に溶接に用いる溶加材で2層のバタリングを行う。
【0031】
上記した溶接後の各試験片4の肉盛溶接部41からは、ビッカース硬さ試験及び組成分析試験に使用する試験片1つと、シャルピー衝撃試験に用いる試験片3とをそれぞれ切り出した。切り出し位置は、肉盛溶接部41のなるべく表層部分とした。
【0032】
ビッカース硬さ試験は、市販のビッカース硬度計を用い、室温及び600℃でそれぞれ3点の計測をし、その平均値を計測値とした。成分組成試験は、ビッカース硬さ試験後の試験片を化学分析して成分組成を同定した。また、シャルピー衝撃試験は、市販のシャルピー衝撃試験装置を用い、室温で3回の計測をし、その平均値を計測値とした。得られた各試験結果を
図5及び6にまとめた。
【0033】
まず、金属粉体からなる溶接用溶加材を用いて得られた実施例1乃至6、及び、比較例1乃至15の試験結果について、
図5を用いて説明する。
【0034】
実施例1乃至6では、衝撃値48〜78J/cm
2、室温硬さ335〜384Hv、高温(600℃)硬さ190〜242Hvであった。すなわち、肉盛溶接部41は、溶接後に熱処理を施してはいないが、従来の熱処理を施して供される13Cr−4〜8Ni系のマルテンサイト系ステンレス鋼からなる肉盛金属部程度の比較的高い靭性及び硬さを併せ持っている。
【0035】
詳細には、実施例1に対し、Cの含有量の少ない比較例1では、衝撃値はほとんど変わらないものの、室温硬さが221Hvと低下した。一方、実施例1に対し、Cの含有量の多い比較例2では、室温硬さ及び高温硬さはほとんど変わらなかったものの、衝撃値は25J/cm
2と低下した。比較例1では、マルテンサイト相の生成が十分でなく、比較例2では、炭化物が粒界に偏析し靭性を低下させたものと考える。
【0036】
実施例1に対し、Siの含有量の少ない比較例3では、室温硬さ及び高温硬さはほとんど変わらないものの、衝撃値は22J/cm
2と低下した。一方、実施例1に対し、Siの含有量の多い比較例4では、同様に、室温硬さ及び高温硬さはほとんど変わらないものの、衝撃値は32J/cm
2と低下した。比較例3では、Siによる脱酸が不十分であり酸化物を生成したものと考える。
【0037】
実施例1に対し、Mnの含有量の少ない比較例5では、室温硬さ及び高温硬さはほとんど変わらないものの、衝撃値は13J/cm
2と低下した。一方、実施例1に対し、Mnの含有量の多い比較例6でも、同様に、室温硬さ及び高温硬さはほとんど変わらないものの、衝撃値は38J/cm
2と低下した。比較例5では、Mnによる脱酸が不十分で酸化物を精製したものと考える。
【0038】
実施例1に対し、Niの含有量の少ない比較例7では、衝撃値、室温硬さ、及び、高温硬さのそれぞれは15J/cm
2、274Hv及び121Hvであり、いずれも低下している。一方、実施例1に対し、Niの含有量の多い比較例8では、衝撃値はほとんど変わらないものの、室温硬さ及び高温硬さはそれぞれ288Hv及び156Hvと低下した。比較例7では、フェライト相が多くなりマルテンサイト相の生成が十分でなかったと考える。一方、比較例8では、残留オーステナイト相が過剰であったと考える。
【0039】
実施例1に対し、Crの含有量の多い比較例9では、衝撃値はほとんど変わらないものの、室温硬さ及び高温硬さはそれぞれ270Hv及び165Hvと低下している。比較例9では、安定したフェライト相により焼き入れが不十分となり、マルテンサイト相の生成が十分でなかったと考える。
【0040】
実施例1に対し、Wの含有量の少ない比較例10では、室温硬さ及び高温硬さはほとんどり変わらないものの、衝撃値は28J/cm
2と低下している。一方、実施例1に対し、Wの含有量の多い比較例11では、室温硬さ及び高温硬さはほとんど変わらないものの、衝撃値は35J/cm
2と低下した。比較例10では、凝固時にWの炭化物を十分に生成できず、これを結晶核として微細化するはずの肉盛溶接部の結晶組織が粗大化してしまったと考える。一方、比較例11では、Wの炭化物を過剰生成させてしまったものと考える。
【0041】
実施例1に対し、Oの含有量の多い比較例12では、室温硬さ及び高温硬さはほとんど変わらないものの、衝撃値は27J/cm
2と低下している、比較例12では、酸化物が過剰生成したものと考える。
【0042】
実施例1に対し、Nbの含有量の多い比較例13では、室温硬さ及び高温硬さはほとんど変わらないものの、衝撃値は20J/cm
2と低下している。比較例13では、Nbの炭化物が粒界析出し衝撃値を低下させたと考える。
【0043】
実施例1に対し、Moの含有量の多い比較例14では、室温硬さ及び高温硬さはほとんど変わらないものの、衝撃値は21J/cm
2と低下している。比較例14では、Moの炭化物が粒界析出し衝撃値を低下させたと考える。
【0044】
実施例1に対し、Vの含有量の多い比較例15では、室温硬さ及び高温硬さはほとんど変わらないものの、衝撃値は25J/cm
2と低下している。比較例15では、Vの炭化物が粒界析出し衝撃値を低下させたと考える。
【0045】
次に、実施例2は、衝撃値49J/cm
2、室温硬さ335Hv、高温硬さ190Hvであった。この実施例2に対し、Nbを添加した実施例3では、室温硬さは347Hv、高温硬さは201Hvと高く、特に衝撃値は78J/cm
2と高い。NbはCと結合して微細な炭化物を生成し、これを凝固核として肉盛溶接部の結晶組織を微細化させ、衝撃値を高めたものと考える。
【0046】
実施例2に対し、MoやVを添加した実施例4乃至6では、衝撃値は48〜53J/cm
2とほとんど変わらないものの、室温硬さは350〜371Hv、高温硬さは218〜238Hvと高い。Mo及びVはCと結合して炭化物を生成し、室温硬さ及び高温硬さを向上させたものと考えられる。
【0047】
なお、実施例
2に対し、Nb、Mo及びVを添加した実施例1では、衝撃値は75J/cm
2、室温硬さは384Hv、高温硬さは242Hvといずれも高くなっている。このことからも、上記と同様に、Nbは衝撃値を向上させ、Mo及びVは室温硬さ及び高温硬さを向上させるものと考える。
【0048】
すなわち、実施例1乃至6では比較例1乃至15と比較して、肉盛溶接部において高い靭性と硬さを両立している。このような
図5に示す成分組成の肉盛溶接部を与える金属粉からなる溶接用溶加材は、一方で、
図3に示す成分組成を有している。
【0049】
図3及び5を参照すると、実施例1乃至6においてSi及びMnの含有量はそれぞれ、溶接用溶加材では0.93〜0.97%、及び、0.98〜1.02%であるのに対し、肉盛溶接部では0.83〜0.86%、及び、0.89〜0.92%といずれも溶接後において低下している。Si及びMnにより溶接時に肉盛溶接部が脱酸され、これに伴い低下したと考える。
【0050】
一方、実施例1乃至6において、C及びOの成分組成はそれぞれ溶接用溶加材では0.07〜0.09%、及び、0.054〜0.058%であるのに対し、肉盛溶接部では0.05〜0.07%、及び、0.029〜0.038%と、いずれも溶接後において低下した。溶接時に肉盛溶接部で脱炭が生じ、これに伴いC量が低下したと考える。さらに、この脱炭に加えて、上記したSi及びMnによる脱酸も併せて生じ、肉盛溶接部のOの含有量が低下したと考える。
【0051】
上記したように、実施例1乃至6の肉盛溶接部は、溶接後に熱処理を施さずとも比較的高い靭性及び硬さを併せ持っている。これは、Cの含有量を低減したこと(比較例2参照)でマルテンサイト相の生成を適度に抑制し、さらにWの含有量を増加させたこと(比較例10参照)で凝固核となる炭化物を多く生成し肉盛溶接部の組織の結晶粒を微細化させ得たと考える。
【0052】
次に、金属ワイヤからなる溶接用溶加材を用いて得られた実施例7乃至12、及び、比較例16乃至30の試験結果について、
図6を用いて説明する。
【0053】
実施例7乃至12の肉盛溶接部においては、衝撃値48〜70J/cm
2、室温硬さ331〜370Hv、高温硬さ191〜240Hvであった。すなわち、肉盛溶接部41は、溶接後に熱処理を施してはいないが、従来の熱処理を施して供される13Cr−4〜8Ni系のマルテンサイト系ステンレス鋼からなる肉盛金属部程度の比較的高い靭性及び硬さを併せ持っている。
【0054】
詳細には、実施例7に対し、Cの含有量の少ない比較例16では、衝撃値はほとんど変わらないものの、室温硬さは211Hvと低下している。一方、実施例7に対しCの含有量の多い比較例17では、室温硬さ及び高温硬さはほとんど変わらなかったものの、衝撃値は25J/cm
2と低下している。比較例16では、マルテンサイト相を十分に生成せず、比較例17では、炭化物が粒界析出し靭性を低下させたと考える。
【0055】
実施例7に対し、Siの含有量の少ない比較例18では、室温硬さ及び高温硬さはほとんど変わらないものの、衝撃値は20J/cm
2と低下している。一方、実施例7に対し、Siの含有量の多い比較例19でも、同様に、室温硬さ及び高温硬さはほとんど変わらないものの、衝撃値は28J/cm
2と低下している。比較例18ではSiによる脱酸が不十分となって、酸化物が過剰生成したと考える。
【0056】
実施例7に対し、Mnの含有量の少ない比較例20では、室温硬さ及び高温硬さはほとんど変わらないものの、衝撃値は15J/cm
2と低下している。一方、実施例7に対し、Mnの含有量の多い比較例21では、同様に、室温硬さ及び高温硬さはほとんど変わらないものの、衝撃値は35J/cm
2と低下している。比較例20ではMnによる脱酸が不十分となり、酸化物が過剰生成したと考える。
【0057】
実施例7に対し、Niの含有量の少ない比較例22では、衝撃値、室温硬さ、及び、高温硬さは、それぞれ18J/cm
2、268Hv、及び、131Hvと低下している。一方、実施例7に対し、Niの含有量の多い比較例23では、衝撃値はあまり変わらないものの、室温硬さ及び高温硬さはそれぞれ291Hv、及び、166Hvと低下している。比較例22では、フェライト相が多くなりマルテンサイト相の生成が十分でなかったと考える。一方、比較例23では、残留オーステナイト相が過剰であったと考える。
【0058】
実施例7に対し、Crの含有量の多い比較例24では、衝撃値はあまり変わらないものの、室温硬さ及び高温硬さはそれぞれ255Hv、及び、135Hvと低下している。比較例24では、安定したフェライト相により焼き入れが不十分となり、マルテンサイト相の生成が十分でなかったと考える。
【0059】
実施例7に対し、Wの含有量の少ない比較例25では、室温硬さ及び高温硬さはあまり変わらないものの、衝撃値は25J/cm
2と低下している。一方、実施例7に対し、Wの含有量の多い比較例26では、室温硬さ及び高温硬さはあまり変わらないものの、衝撃値は32J/cm
2と低下している。比較例25では、凝固時にWの炭化物を十分に生成できず、これを結晶核として微細化するはずの肉盛溶接部の結晶組織が粗大化してしまったと考える。一方、比較例26では、Wの炭化物を過剰生成させてしまったものと考える。
【0060】
実施例7に対し、Oの含有量の多い比較例27では、室温硬さ及び高温硬さはあまり変わらないものの、衝撃値は25J/cm
2と低下した。比較例27では、酸化物が過剰生成したものと考える。
【0061】
実施例7に対し、Nbの含有量の多い比較例28では、室温硬さ及び高温硬さはあまり変わらないものの、衝撃値は15J/cm
2と低下している。比較例28では、Nbの炭化物が粒界析出し衝撃値を低下させたと考える。
【0062】
実施例7に対し、Moの含有量の多い比較例29では、室温硬さ及び高温硬さはあまり変わらないものの、衝撃値は20J/cm
2と低下した。比較例29では、Moの炭化物が粒界析出し衝撃値を低下させたと考える。
【0063】
実施例7に対し、Vの含有量の少ない比較例30では、室温硬さ及び高温硬さはあまり変わらないものの、衝撃値は20J/cm
2と低下した。比較例30では、Vの炭化物が粒界析出し衝撃値を低下させたと考える。
【0064】
次に、実施例8は、衝撃値50J/cm
2、室温硬さ331Hv、高温硬さ191Hvであった。この実施例8に対し、Nbを添加した実施例9では、室温硬さは342Hv、高温硬さは198Hvと高く、特に衝撃値は70J/cm
2と高い。NbはCと結合して微細な炭化物を生成し、これを凝固核として肉盛溶接部の結晶組織を微細化させ、衝撃値を高めたものと考える。
【0065】
実施例8に対し、MoやVを添加した実施例10乃至12では、衝撃値は48〜50J/cm
2とあまり変わらないものの、室温硬さは339〜367Hv、高温硬さは211〜240Hvと高い。Mo及びVはCと結合して炭化物を生成し、室温硬さ及び高温硬さを向上させたものと考えられる。
【0066】
実施例8に対し、Nb、Mo及びVを添加した実施例7では、衝撃値は65J/cm
2、室温硬さは370Hv、高温硬さは232Hvといずれも高い。上記と同様に、Nbは衝撃値を向上させ、Mo及びVは室温硬さ及び高温硬さを向上させたものと考えられる。
【0067】
すなわち、実施例7乃至12では比較例16乃至30と比較して、肉盛溶接部において高い靭性と硬さを両立して有していると言える。このような
図6に示す成分組成の肉盛溶接部を与える金属ワイヤからなる溶接用溶加材は、一方で、
図4に示す成分組成を有している。
【0068】
図4及び6を参照すると、実施例7乃至12においてSi、及び、Mnの含有量はそれぞれ、溶接用溶加材では0.94〜1.04%、及び、0.92〜1.08%であるのに対し、肉盛溶接部では0.85〜0.93%、及び、0.85〜1.00%といずれも溶接後において低下している。Si及びMnにより溶接時に肉盛溶接部が脱酸され、これに伴い低下したものと考えられる。
【0069】
一方、実施例7乃至12においてC及びOの含有量はそれぞれ溶接用溶加材では0.05〜0.06%、及び、0.009〜0.012%であるのに対し、肉盛溶接部では0.07〜0.08%、及び、0.033〜0.040%と、いずれも溶接後において増加した。上記したSi及びMnにより肉盛溶接部には脱酸が生ずるものの、肉盛溶接の熱による酸化も発生し、全体としてOの含有量は増加したものと考える。
【0070】
上記したように、実施例7乃至12の肉盛溶接部は、溶接後に熱処理を施さずとも比較的高い靭性及び硬さを併せ持っている。これは、Cの含有量を低減したこと(比較例17参照)でマルテンサイト相の生成を適度に抑制し、さらにWの含有量を増加させたこと(比較例25参照)で凝固核となる炭化物を多く生成し肉盛溶接部の組織の結晶粒を微細化させ得たと考える。
【0071】
また、上記したように、金属ワイヤからなる溶接用溶加材を用いると、酸化により肉盛溶接部のOの含有量が増加する。一方、金属粉からなる溶接用溶加材を用いると、脱炭により肉盛溶接部のC及びOの含有量が低下する。金属ワイヤに比較して金属粉は、重量あたりの表面積が大きく、脱炭しやすいものと考えられる。そのため、上記した実施例1乃至12のように同様な成分組成の肉盛溶接部を得るために、溶接用溶加材の形状によりC及びOの含有量を調整すべきであることが判る。
【0072】
以上により、金属粉体若しくは金属ワイヤ(線状体)からなる溶接用溶加材を使用して、連続鋳造用ロールの芯部20の外周面に肉盛溶接して、溶接後に熱処理を施さずとも比較的高い靭性と硬さを併せ持った肉盛溶接部をロール本体2の表面に与えて、生産性に高く故に安価ながら耐久性にも優れる連続鋳造用ロール1を提供することができる(
図1参照)。すなわち、
図5及び
図6に示される成分組成を有する肉盛層21の与えられた連続鋳造用ロール1は生産性に高く故に安価ながら耐久性にも優れるのである。
【0073】
次に、上記した実施例と同等の肉盛溶接部を得るにあたり、金属粉又は金属ワイヤからなる溶接用溶加材としての必須添加元素の成分範囲と、肉盛溶接部としての含有元素の成分範囲とを定めた理由について説明する。
【0074】
Cは、マルテンサイト相の生成を促進し、硬さを高めるためにに添加される元素である。一方、Cが過剰となると、粒界炭化物が生成し、靭性が低化する。そこで、肉盛溶接部のCの含有量は、質量%で、0.03〜0.10%の範囲内である。同様の理由で、金属ワイヤからなる溶接用溶加材のCの添加量は、質量%で、0.03〜0.10%の範囲内である。一方、肉盛溶接を金属粉で行うと脱炭するから、金属粉からなる溶接用溶加材のCの添加量は、質量%で、0.06〜0.15%の範囲内である。
【0075】
Siは、鋼の脱酸を促進するが、一方で過剰に含まれると靭性を低下させる。そこで、肉盛溶接部のSiの含有量は、質量%で、0.1〜1.6%の範囲内である。またSiは脱酸剤であり、肉盛溶接によってその含有量は低下するから、金属粉又は金属ワイヤからなる溶接用溶加材のSiの添加量は、質量%で、0.1〜1.7%の範囲内である。
【0076】
Mnは、鋼の脱酸を促進するが、一方で過剰に含まれると靭性を低下させる。そこで、肉盛溶接部のMnの含有量は、質量%で、0.1〜1.6%の範囲内である。またMnは脱酸剤であり、肉盛溶接によってその含有量は低下する。そこで、金属粉又は金属ワイヤからなる溶接用溶加材のMnの添加量は、質量%で、0.1〜1.7%の範囲内である。
【0077】
Niは、フェライト相を生成して室温硬さを低下させるが、一方で過剰に含まれると、オーステナイト相を増加させヒートクラックの発生を増大させる。そこで、肉盛溶接部のNiの含有量は、質量%で、3.0〜6.0%の範囲内である。同様の理由で、金属粉又は金属ワイヤからなる溶接用溶加材のNiの添加量は、質量%で、3.0〜6.0%の範囲内である。
【0078】
Crは、耐食性及び耐酸化性を高めるが、一方で過剰に含まれると、フェライト相を増加させ硬さを低下させる。そこで、肉盛溶接部のCrの含有量は、質量%で、11.0〜18.0%の範囲内である。同様の理由で、金属粉又は金属ワイヤからなる溶接用溶加材のCrの添加量は、質量%で、11.0〜18.0%の範囲内である。
【0079】
Wは、炭化物を生成し組織を微細化させて靭性を高めるが、一方、過剰に含まれると、炭化物を増加させて靭性を低下させる。そこで、肉盛溶接部のWの含有量は、質量%で、2.0〜5.0%の範囲内である。同様の理由で、金属粉又は金属ワイヤからなる溶接用溶加材のWの添加量は、質量%で、2.0〜5.0%の範囲内である。
【0080】
更に、金属粉又は金属ワイヤからなる溶接用溶加材としての任意添加元素の成分範囲と、肉盛溶接部としての含有元素の成分範囲とを定めた理由について説明する。
【0081】
Oは、過剰に含まれると靭性を低下させる。そこで、肉盛溶接部のOの含有量は、質量%で、0.05%以下の範囲内である。金属ワイヤからなる溶接用溶加材を用いて肉盛溶接すると、酸化して肉盛溶接部のOの含有量は増加する。そこで、金属ワイヤからなる溶接用溶加材のOの添加量は、質量%で、0.02%以下の範囲内である。一方、金属粉からなる溶接用溶加材を用いて肉盛溶接を行うと、脱炭に伴い肉盛溶接部のOの含有量は低下する。そこで、金属粉からなる溶接用溶加材のOの添加量は、質量%で、0.08%以下の範囲内である。
【0082】
Nbは、微細な炭化物を生成し肉盛溶接部の組織を微細化するが、一方で過剰に含まれると、炭化物が連なって生成し機械的強度を低下させる。そこで、肉盛溶接部のNbの含有量は、質量%で、0.1〜1.0%の範囲内である。同様の理由で、金属粉又は金属ワイヤからなる溶接用溶加材のNbの添加量は、質量%で、0.1〜1.0%の範囲内である。
【0083】
Moは、炭化物を生成し高温強度を高めるが、一方で過剰に含まれると、靭性を低下させる。そこで、肉盛溶接部のMoの含有量は、質量%で、0.1〜3.0%の範囲内である。同様の理由で、金属粉又は金属ワイヤからなる溶接用溶加材のMoの添加量は、質量%で、0.1〜3.0%の範囲内である。
【0084】
Vは、Moと同様に、炭化物を生成し高温強度を高めるが、一方で過剰に含まれると、靭性及び延性を低下させる。そこで、肉盛溶接部のVの含有量は、質量%で、0.1〜0.5%の範囲内である。同様の理由で、金属粉又は金属ワイヤからなる溶接用溶加材のVの添加量は、質量%で、0.1〜0.5%の範囲内である。
【0085】
ここまで本発明による代表的実施例及びこれに基づく変形例について説明したが、本発明は必ずしもこれらに限定されるものではない。当業者であれば、添付した特許請求の範囲を逸脱することなく、種々の代替実施例及び改変例を見出すことができるだろう。