特許第5757543号(P5757543)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5757543マウスの交配誘引剤、マウスの交配促進方法およびネズミ類の捕獲方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5757543
(24)【登録日】2015年6月12日
(45)【発行日】2015年7月29日
(54)【発明の名称】マウスの交配誘引剤、マウスの交配促進方法およびネズミ類の捕獲方法
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/12 20060101AFI20150709BHJP
   A61P 15/00 20060101ALI20150709BHJP
   A61P 15/08 20060101ALI20150709BHJP
   A01M 23/00 20060101ALI20150709BHJP
【FI】
   A61K31/12
   A61P15/00 171
   A61P15/08
   A01M23/00 Z
【請求項の数】4
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2013-537513(P2013-537513)
(86)(22)【出願日】2012年10月2日
(86)【国際出願番号】JP2012075521
(87)【国際公開番号】WO2013051562
(87)【国際公開日】20130411
【審査請求日】2014年4月21日
(31)【優先権主張番号】特願2011-219111(P2011-219111)
(32)【優先日】2011年10月3日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】598041566
【氏名又は名称】学校法人北里研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100095407
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 満
(74)【代理人】
【識別番号】100111464
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 悦子
(74)【代理人】
【識別番号】100109449
【弁理士】
【氏名又は名称】毛受 隆典
(74)【代理人】
【識別番号】100161621
【弁理士】
【氏名又は名称】越山 祥子
(72)【発明者】
【氏名】米澤 智洋
(72)【発明者】
【氏名】大畑 素子
【審査官】 前田 亜希
(56)【参考文献】
【文献】 J Agric Food Chem.,2003年,51(10),3060-3066
【文献】 Theriogenology,2006年,66(8),1913-1920
【文献】 Protein Sci.,2010年,19(8),1469-1479
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/075
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
2,3−ブタンジオール ジアセテートを含有するマウスの交配誘引剤。
【請求項2】
2,3−ブタンジオール ジアセテートを用いることを特徴とする、マウスの交配促進方法。
【請求項3】
2,3−ブタンジオール ジアセテートを含む部材をネズミ類捕獲装置に配設することを特徴とする、ネズミ類の捕獲方法。
【請求項4】
2,3−ブタンジオール ジアセテートと共に、2−エチルヘキサノールおよび/またはウンデカンを含有する、請求項1記載の交配誘引剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、2,3−ブタンジオール ジアセテートを含有するマウスの交配誘引剤、前記化合物をメスマウスに使用したマウスの交配促進方法およびネズミ類の捕獲方法に関する。
【背景技術】
【0002】
マウスやラットなどのネズミ類は、穀物を食い荒らし、ペストをはじめとする種々の伝染病を媒介する。また、近年では、ネズミ類による電気配線への噛み付きが停電や火事の原因ともなっている。このようなネズミによる害を防止するため、ネズミの駆除を目的とする齧歯動物用フードを用いた捕獲器が開発され、シーズニングオイルや海藻類を使用するものの他、米糠や米糠由来成分を配合した齧歯動物用誘引・喫食性向上剤が開発されている(特許文献1)。
【0003】
また、性誘引剤を使用して害虫駆除を駆除する方法も提案されている(特許文献2)。フェロモンは同種の動物どうしがコミュニケーションをとるために体外へ放出する化学物質の総称であり、異性を互いに引きよせるなど、繁殖行動の際に重要な役割を果たす。特許文献2では、ミカンヒメコナカイガラムシのフェロモンとして2,2−ジメチル−3−(1−メチルエテニル)シクロブタンメチル3−メチル−3−ブテネートを特定し、これを性誘引剤として使用することを提案している。なお、前記化合物は、ミカンヒメコナカイガラムシ未交尾雌成虫を接種したカボチャの雰囲気から抽出され、ミカンヒメコナカイガラムシ雄成虫に対する性誘引活性を指標として選択された化合物である。
【0004】
フェロモンは、種特異性が高い。マウスに関するフェロモンとして、性成熟後のオスのマウスの眼窩外涙腺から分泌されるESP1(Exocrine gland−secreting peptide 1)と称されるペプチドが報告されている(非特許文献1)。マウスの性行動は、互いによる匂い嗅ぎ探索行動、そののちのオスによるアプローチ(乗駕行動)、それにひきつづくメスによるオスの受け入れ行動(ロードシス)、およびオスによるペニスの挿入(イントロミッション)の4つの段階に区分できる。マウスの嗅覚系は、主嗅覚系と鋤鼻系とから構成されフェロモンは鋤鼻系で認識されると考えられている。非特許文献1では、マウス鋤鼻器官に発現するV2Rp5がESP1の受容体であることを見出している。そして、メスのV2Rp5ノックアウトマウスにESP1を取り込ませたときにはロードシス、イントロミッションの亢進が観察されないことから、ESP1がマウス鋤鼻器官に発現するV2Rp5という単一の受容体で認識され、メスに特異的な神経回路を介して視床下部領域を活性化し、メスのロードシス性行動を促進する効果をもたらすフェロモンであると結論している。
【0005】
また、オスマウスから抽出されたフェロモンとして、3,4−デヒドロ−エキソ−ブレビコミン(3,4−dehydro−exo−brevicomin)や2−セカンダリーブチル−4,5−ジヒドロチアゾール(2−sec−butyl−4,5−dihydrothiazole)もある(非特許文献2)。これらは揮発性物質であり、鋤鼻器官のみに作用するか不明であるが、1×10−10Mという低い濃度で鋤鼻器官における電気応答を引き起こすとしている。
【0006】
さらに、メスマウスの尿由来フェロモンとして、1−ヨード−2−メチルウンデカンに関する報告もある(非特許文献3)。この化合物は、発情前期および発情期に出現して交配前行動に関与し、オスマウスの生殖活動を増強する化合物である。卵巣摘出されたマウスや前思春期のメスマウスには存在しないがエストロジェン治療によって再出現することが知られている。実施例では、スイス系マウスを用い、卵巣摘出されたメスマウス群と、卵巣摘出しかつエストロジェンを投与したメスマウス群、および前思春期のメスマウス群の尿成分を分析している。その結果、卵巣摘出しかつエストロジェンを投与したメスマウス群の尿からのみ抽出される成分を特定し、スニッフィング(Sniffing)、リッキング行動(Licking behavior)、グルーミング(Grooming)を観察し、効果の高い1−ヨード−2−メチルウンデカンをフェロモンと選別している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2008−137928号公報
【特許文献2】特許第4017107号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】はが紗智子・東原和成 「マウスの雄フェロモンESP1の受容機構の解明ライフサイエンス新着レビュー」 2010年9月1日(http://first.lifesciencedb.jp/archives/5)
【非特許文献2】哺乳類におけるフェロモンと鋤鼻器官 阿部峻之他 日本生殖内分泌学会雑誌 p5−8、13巻(2008)
【非特許文献3】S. Achiraman et al., 「1−Iodo−2 methylundecane [1I2MU]: an estrogen−dependent urinary sex pheromone of female mice」 Theriogenology p345−353、Vol 74(2010)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ネズミ類の駆除のためにネズミ捕獲装置が開発されているが、ネズミ類による被害は後を絶たない。これは、捕獲装置に仕掛けられているおとり食物の効果が弱いことが一因と考えられる。このようなおとり食物にフェロモンを混入すれば捕獲効率を向上させることができる。しかしながら、非特許文献1で開示するESP1(Exocrine gland−secreting peptide 1)は、アミノ酸65個からなるペプチドであり製造や入手が容易でない。しかも、上記フェロモンは不揮発性化合物であるため、直接の接触によって初めてネズミに認識される。このため、ネズミ捕獲装置内に仕掛ける給餌に混練しても、ネズミを捕獲する効果を期待することができない。
【0010】
これに対し、非特許文献2記載の3,4−デヒドロ−エキソ−ブレビコミンや2−セカンダリーブチル−4,5−ジヒドロチアゾールや非特許文献3記載の1−ヨード−2−メチルウンデカンは揮発性のフェロモンである。したがって、おとり食物に混練すれば成分が揮発するため、ネズミが直接接触しなくても、捕獲率を向上させうる。しかしながら、3,4−デヒドロ−エキソ−ブレビコミンや2−セカンダリーブチル−4,5−ジヒドロチアゾールは、オスマウスの攻撃行動を促進するため、捕獲後の処理が容易でない。また、1−ヨード−2−メチルウンデカンはハロゲン化アルキルであり、安全性が高くない。
【0011】
さらに、非特許文献3に記載される1−ヨード−2−メチルウンデカンは、オスマウスのメスマウスに対する追尾行動の増加は認められるが、乗駕行動を含む性行動の増加については認められておらず、性行動を誘発するフェロモンであるかどうかについては疑問の余地がある。従って、食物のフレーバー以外の方法でマウスやラットを呼び寄せることができ、安全性が高く、かつ安価かつ簡便に入手しうる薬剤の開発が望まれる。
【0012】
一方、マウスやラットは有用な実験動物として医学研究領域で多用される小動物である。例えば、マウスは、ノックアウトマウスなどの作出が可能であるため、様々な遺伝子疾患の仕組みの解明になくてはならない存在となっている。ネズミ類は、高い繁殖能力を有するが、研究に用いられるマウスの系統のなかには繁殖能力の弱い系統も存在する。よって、繁殖効率を増加しうる薬剤の開発が望まれる。
【0013】
上記現状に鑑みて、本発明は、新たなマウスの交配誘引剤を提供することを目的とする。
【0014】
また、このような交配誘引剤を使用したネズミ類の捕獲方法やマウスの交配促進方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、マウスのフェロモン様化合物について検索したところ、エストロジェンによって発情させたメスマウスが、尿中に2−エチルヘキサノール、ウンデカンおよび2,3−ブタンジオール ジアセテートを分泌することを見いだした。これらの化合物をメスマウスに塗布するとオスマウスによる追尾行動が増加した。上記化合物は揮発性であるため、おとり食物などに混練してネズミ捕獲装置内に収納すればネズミを捕獲しうる。上記化合物は、オスマウスの鋤鼻器官を切除すると増加していた追尾行動量が減少するため、鋤鼻器官を介して行動や内分泌系を制御する交配誘引剤として作用する。
【0016】
すなわち、本発明は、2,3−ブタンジオール ジアセテート単独、または、2,3−ブタンジオール ジアセテートに更に2−エチルヘキサノールおよび/またはウンデカンを含有するマウスの交配誘引剤を提供するものである。
【0017】
また本発明は、2,3−ブタンジオール ジアセテートを用いることを特徴とする、マウスの交配促進方法を提供するものである。
【0018】
また本発明は、2,3−ブタンジオール ジアセテートを含む部材をネズミ類捕獲装置に配設することを特徴とする、ネズミ類の捕獲方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、新規なマウスの交配促進剤を提供することができる。
また、本発明によればメスマウスに前記交配促進剤を塗布することでオスマウスの追尾行動を誘引できるため、マウスの交配機会を増加することができる
本発明の交配促進剤は、これを他の給餌と混練することでネズミ類の捕獲装置に使用するおとり食物として使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】実施例1の結果を示す図である。卵巣摘出手術後にエストラジオール17βを投与したメスマウスの尿のGC−MSクロマトグラムと、非投与群のメスマウスの尿のGC−MSクロマトグラムである。
図2】実施例2、比較例1の結果を示す図である。卵巣を摘出したメスマウスに、2−エチル−1−ヘキサノールの1/10,000溶液を塗布し(実施例2)、または脱臭水を塗布し(比較例1)、オスマウスの単飼ケージに導入した際の15分間の雄マウスの追尾回数を示す。
図3】実施例3の結果を示す図である。鋤鼻器官切除マウス群とシャムオペ群とを調製し、メスマウスへの追尾行動を観察した結果を示す。
図4】実施例4、比較例2の結果を示す図である。2−エチルヘキサノールとウンデカンとの混合物を卵巣摘出した成熟メスマウスに塗布し、成熟オスマウスの行動を観察した結果を示す(実施例4)。蒸留水を塗布した比較例2も同様に観察した。
図5】実施例5の結果を示す図である。2−エチルヘキサノールとウンデカンとの混合物をタオルに含浸して交配誘引剤含有タオルとし、成熟オスマウスの行動を観察した結果を示す(実施例5)。蒸留水を塗布した蒸留水含有タオルを対照として観察した。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明の第一は、2,3−ブタンジオール ジアセテートを含有するマウスの交配誘引剤である。本発明の交配誘引剤は、更に2−エチルヘキサノールおよび/またはウンデカンを含有するものであってもよい。
卵巣は、性ホルモンであるエストロジェンとプロゲステロンとを分泌する組織である。後記する実施例に示すように、卵巣を摘出したメスマウス群と、卵巣摘出後にエストロジェンを投与したメスマウス群とからそれぞれの尿を採取して成分を比較すると、エストロジェン投与群に特異な成分として2−エチルヘキサノール、ウンデカンおよび2,3−ブタンジオール ジアセテートとが見出された。上記化合物の希釈液をメスマウスに塗布してオスマウスの単飼ケージに投入すると、オスマウスによる追尾行為が増加することが判明した。マウスの嗅覚系は、主嗅覚系と鋤鼻系とからなり、フェロモンは鋤鼻系で認識されると考えられている。オスマウスの鋤鼻器官を摘出すると前記追尾行為が減少したので、上記化合物は、オスマウスの鋤鼻器官で認識されるフェロモンの1種と考えられる。
【0022】
本発明の交配誘引剤は、2,3−ブタンジオール ジアセテートを単独で使用してもよく、2−エチルヘキサノールやウンデカンを混合して使用してもよい。2,3−ブタンジオール ジアセテート以外の化合物は市販されており、入手が容易である。本発明の特徴は、このような入手が容易な化合物がマウスのフェロモンであることを見出した点にある。これにより、当該化合物を交配誘引剤として広範囲に使用することができる。しかも、本発明の交配誘引剤を構成する上記化合物はいずれも揮発性成分であるため、オスマウスは本発明の交配誘引剤に直接アクセスすることなく、雰囲気を介して認識することができる。このため、本発明の交配誘引剤に直接接触する以外の用途にも、本発明の交配誘引剤を使用することができる。
【0023】
メスマウスに直接塗布する場合には、上記化合物の1×10−3〜1×10−5倍、より好ましくは3×10−3〜8×10−4倍、特に好ましくは5×10−3〜5×10−4倍の希釈液を交配誘引剤として使用する。この範囲で十分にオスマウスに認識され、交配誘引効果を発揮しうるからである。希釈液は、上記化合物を水に溶解して調製することができる。その他、上記化合物の安定性を確保でき、かつ交配誘引剤としての効果を維持しうる種々の成分を配合し、乳剤、懸濁液、軟膏などに調製してもよい。たとえば、上記化合物を予め少量のエタノール、アセトン、ジメチルスルホキシド、ゴマ油などに溶解し、ついで水を添加して上記濃度の希釈液を調製することができる。水とともに乳化剤を添加すれば、乳剤を調製することもできる。
【0024】
本発明の第二は、2,3−ブタンジオール ジアセテートを用いることを特徴とする、マウスの交配促進方法である。マウスやラットは医学研究領域その他で多用される小動物であるが、系統のなかには繁殖能力の弱い系統も存在するため、交配を促進することで繁殖率を向上させることができる。なお、本発明において「2,3−ブタンジオール ジアセテートを用いる」とは、塗布その他によってメスマウスに投与する態様の他、いずれかの方法でメスマウスに効果を及ぼす場合を含む。
【0025】
前記したように、2,3−ブタンジオール ジアセテートは、エストロジェンによって偽発情状態を誘導されたメスマウスの尿に出現する成分であり、フェロモンの1種である。ここに、フェロモンは、リリーサーフェロモンとプライマーフェロモンとに大別される。リリーサーフェロモンとは、同種他個体に直接的な行動を引き起こすフェロモンと定義され、フェロモンの効果は短時間に起こりすぐ行動をひきおこすものである。また、プライマーフェロモンとは、同種他個体の生理過程に影響し、間接的に個体の発達や生殖機能などに効果を与えるフェロモンと定義され、効果は比較的長時間に持続し、影響はホルモンなどの変化により二次的なものとなる。本発明で使用する2,3−ブタンジオール ジアセテートは、これらをメスマウスに塗布するとオスマウスによる追尾行動が増加するため、少なくともリリーサーフェロモンとしての作用を有する。
【0026】
一方、2−エチルヘキサノール、ウンデカンおよび2,3−ブタンジオール ジアセテートからなる群から選択される少なくとも1種は、エストロジェン投与によって尿中に排出された成分であり、エストロジェンは性周期に関連するホルモンである。このため、上記化合物は性周期に関連して排出される成分といえる。マウスにおけるプライマーフェロモンの作用としては、性周期の同調作用が知られている。複数のメスマウスを集団飼育する際に、ケージ内に上記化合物を導入してメスマウスの性周期を同調させて交配管理を行うことで繁殖力を増加させることができる。
【0027】
交配促進方法に使用する濃度は、一般には、上記化合物を1×10−3〜1×10−5倍、より好ましくは3×10−3〜8×10−4倍、特に好ましくは5×10−3〜5×10−4倍に希釈して使用する。希釈溶媒は、水でもよいがフェロモンとしての効果を損なわない他の溶媒その他を配合してもよい。上記濃度に希釈した場合の使用量は1〜1000μl、好ましくは5〜500μl、より好ましくは10〜300μlである。
【0028】
本発明において、マウスの交配促進のために用いる態様としては、2,3−ブタンジオール ジアセテートを含む部材をケージのいずれかに載置したり、このようなケージのいずれかに上記化合物を塗布したり、または上記化合物を直接メスマウスに塗布する方法などがある。
【0029】
ケージに上記化合物を含む部材を載置して複数のメスマウスを飼育すれば、上記化合物がケージ内の雰囲気に揮散してメスマウスの性周期を同調させることができる。その他、ケージ内に上記化合物を揮散することができれば、上記態様に限定されるものではない。したがって、いずれかのメスマウスに上記化合物を塗布した場合にも、他のメスマウスの性周期を同調させることができる。
【0030】
また、オスマウスと上記化合物を塗布したメスマウスとをケージで飼育すると、オスマウスによる追尾行動が増加するため交配機会が増加する。本発明で使用する上記化合物は揮発性であるため、メスマウスに直接塗布せず、ケージに上記化合物を含む部材を載置したリケージ自体やケージ内の部材のいずれかに上記化合物を塗布することでオスマウスによる追尾行動が促進される。ただし、より効果的にはメスマウスに上記化合物を塗布する態様である。追尾行動の促進により交配機会が増加し、繁殖率を増加させることができる。
【0031】
本発明の第三は、2,3−ブタンジオール ジアセテートを含む部材をネズミ類捕獲装置に配設することを特徴とする、ネズミ類の捕獲方法である。「2,3−ブタンジオール ジアセテートを含む部材」としては、ネズミ類をネズミ類捕獲装置に誘導するためのおとり食物であってもよく、その他、水、紙基材、布基材、パルプ基材、樹脂基材、無機基材、これらの複合基材、その他の媒体に、2,3−ブタンジオール ジアセテートを含浸その他の方法で含ませた部材を広く使用することができる。
【0032】
ネズミ類は、夜行性であるためコミュニケーションには、視覚情報より化学物質が重要な役割を果たしている。フェロモンは、このようなケミカルコミュニケーションに関与する物質のひとつである。ネズミ類捕獲装置にフェロモンを含む部材を配設すると、ネズミ類がこれを媒体としてケミカルコミュニケーションを行うため捕獲装置内に誘導される。前記2−エチルヘキサノールおよび2,3−ブタンジオール ジアセテートをメスマウスに塗布するとオスマウスの追尾行動が誘発される。上記化合物を含む部材をネズミ類捕獲装置内に載置すると、前記部材から揮散するフェロモンに誘発されてオスマウスが前記部材を追尾し、ネズミ類捕獲装置内に誘導される。
【0033】
ネズミ類捕獲装置としては、ネズミ類の侵入口があり、侵入したネズミ類が装置内に捕獲された状態で維持しうるものを広く使用することができる。たとえば、ネズミ類の侵入口から誘導されたネズミ類が底部の粘着層によって捕獲される態様のネズミ類捕獲装置の場合には、2,3−ブタンジオールジアセテートを含有させた粘着層を使用してもよい。
【0034】
本来、ネズミ類捕獲装置は、ネズミ類を捕獲することが目的であり飼育を目的としていない。このため、本来、おとり食物などの給餌を配置する必要がない。本発明によれば、2,3−ブタンジオール ジアセテートを含む部材を使用することで、芋、チーズ、ソーセージなどの生の食品を使用する場合に発生する腐敗などの問題を回避することができる。
なお、本発明では、毒物などを使用しないため、フィールドにおいて、絶滅危惧種や希少動物とされているネズミ類の捕獲を行うこともできる。
【実施例】
【0035】
次に実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、これらの実施例は何ら本発明を制限するものではない。
【0036】
(実施例1)
マウスは、SPF動物室で14時間点灯、10時間消灯の照明条件(0500〜1900時)、室温23±3℃の環境下で飼育し、固型飼料(ラボMRストック、日本農産工業、神奈川)と水を自由に摂取させたものを各実施例及び比較例に使用した。
上記により飼育した12〜15週齢のC57BL系メスマウスの8匹から卵巣を摘出した。前記卵巣摘出マウスの内4匹には、摘出手術直後からエストラジオール17βを0.4mg/mlでごま油に溶解した液を充填したシラスコンチューブ(内径0.2cm、全長1cm)を留置した。留置より1週間後、プロジェステロン0.4mgを皮下投与し、その30分後に300μlの尿を採取した(エストラジオール17β投与群)。
一方、前記卵巣摘出マウスの内4匹には、摘出手術直後からごま油を充填したシラスコンチューブ(内径0.2cm、全長1cm)を留置した。留置より1週間後、300μlの尿を採取した(エストラジオール17β非投与群)。
エストラジオール17β投与群およびエストラジオール17β非投与群から得られた尿を、それぞれ脱臭水1ml、ジクロロメタン1ml、酢酸エチル100μlとともによく撹拌し、有機溶媒層のみを抽出した。なお、脱臭水とは、精製したポーラスポリマー(ジーエルサイエンス株式会社製、商品名「Tenax TA」)充填ガラスカラムに、超純水を通過させて作成したものである。ついで、前記有機溶媒層に硫酸ナトリウムを適量加えて十分に脱水した後、溶媒を窒素ガスにて10μlまで留去してGC−MS用試料とした。なお、GC−MS分析は、下記条件にて行った。
エストラジオール17β投与群とエストラジオール17β非投与群のGC−MSのチャートを図1に示す。エストラジオール17β投与群と非投与群との相違から、本発明では、エストラジオール17β投与群の尿中に出現する化合物を選択し、2−エチルヘキサノール、ウンデカンおよび2,3−ブタンジオール ジアセテートをメスマウスの新規フェロモンとして特定した。
【0037】
GC−MS分析条件
装置:株式会社島津製作所製 「GCMS−QP2010」
キャピラリーカラム:アジレントテクノロジー社製、「DB−WAX」、カラム直径:0.25mm、フィルム厚;0.25μm、総長;60m
分析条件:カラム温度40℃で5分間保持したのち、3℃/分の速度で220℃まで昇温
【0038】
(実施例2)
2−エチルヘキサノール(東京化成株式会社製)を脱臭水に1/10,000の濃度に溶解し、12〜15週齢、C57BL系、卵巣摘出した成熟メスマウス4匹の膣口に綿棒にて30〜100μl塗布した。このメスマウスを12〜15週齢、C57BL系の成熟オスマウス4匹の単飼ケージにそれぞれ導入し、その後のオスマウスの行動を15分間観察した。オスマウスがメスマウスを追尾する行動は、15分間に平均約12回程度であった。結果を図2に示す。
【0039】
(比較例1)
2−エチルヘキサノール(東京化成株式会社製)を脱臭水に1/10,000の濃度に溶解したものに代えて脱臭水を30〜100μl塗布した以外は、実施例2と同様に操作し、オスマウスがメスマウスを追尾する行動を観察した。オスマウスがメスマウスを追尾する行動は、15分間に平均6回であった。結果を図2に示す。実施例2と比較し、追尾行動は有意に低かった。2−エチルへキサノールをメスマウスに塗布することで、オスマウスの追尾行動が促進され、交配機会が増加し、繁殖率を増加させられる可能性が示唆された。
【0040】
(実施例3)
鋤鼻器官の影響を調べるため、オスマウスに鋤鼻器官切除術(VMOX)を行い、鋤鼻器官切除マウスとシャムオペマウスによるメスマウスへの追尾行動を比較観察した。
12〜15週齢、C57BL系の成熟オスマウス4匹に下記に従い鋤鼻器官を摘出し、単飼ケージで飼育した(鋤鼻器官切除マウス群)。鋤鼻器官切除マウス群には、さらにドリルで鋤骨尾側端を切断して鋤骨を取り出した。その後、あいた腔にスポンゼルを詰めて傷口を閉じた。
一方、対照として12〜15週齢、C57BL系の成熟オスマウス4匹にシャムオペを行い、単飼ケージで飼育した。シャムオペは、マウスを麻酔下に頭位を固定し、軟口蓋を小臼歯の生え始める辺りの奥側から門歯ギリギリまで正中切開し、時計ピンセットで口蓋の表皮を観音開きにして骨を露出した(シャムオペ群)。
2−エチルヘキサノール(東京化成株式会社製)を脱臭水に1/10,000の濃度に溶解し、12〜15週齢、C57BL系、卵巣摘出後ごま油を留置した成熟メスマウス4匹の膣口に綿棒にて30〜100μl塗布した。このメスマウスを前記シャムオペ群および鋤鼻器官切除マウス群のマウスの単飼ケージにそれぞれ導入し、その後のオスマウスの行動を15分間観察した。オスマウスがメスマウスを追尾する行動は、15分間に鋤鼻器官切除マウス群では平均7回、シャムオペ群では12回であった。結果を図3に示す。以上より、2−エチルヘキサノールが鋤鼻器系を介する性フェロモンの一種であることが示唆された。
【0041】
(実施例4)
2−エチルヘキサノール(シグマアルドリッチ社製)およびウンデカン(シグマアルドリッチ社製)をそれぞれ脱臭水に1/10,000の濃度に溶解し、10週齢、C57BL6−J系、卵巣摘出した成熟メスマウス6匹の膣口に綿棒にて30〜100μl塗布した。このメスマウスを10週齢、C57BL6−J系の成熟オスマウス6匹の単飼ケージにそれぞれ導入し、その後のオスマウスの行動を30分間観察した。オスマウスのメスマウスに対する乗駕行動は平均約12回であった。結果を図4に示す。
【0042】
(比較例2)
実施例4と異なる日に、実施例4で使用したメスマウス6匹の膣口に綿棒にて蒸留水を30〜100μl塗布した。このメスマウスを実施例4で使用したオスマウスの単飼ケージにそれぞれ導入し、その後のオスマウスの行動を15分間観察した。オスマウスのメスマウスに対する乗駕行動は平均約7回であった。結果を図4に示す。
1−ヨード−2−メチルウンデカンはオスマウスのメスマウスに対する追尾行動の増加は生じるものの、乗駕行動を含む性行動の増加は観察されない。しかしながら、本発明で使用する2−エチルヘキサノールおよびウンデカンは、投与により乗駕行動を含む性行動の増加が認められ、1−ヨード−2−メチルウンデカンを凌駕する優れた作用を持つことが示唆された。
【0043】
(実施例5)
2−エチルヘキサノール(シグマアルドリッチ社製)およびウンデカン(シグマアルドリッチ社製)をそれぞれ脱臭水に1/10,000の濃度に溶解した交配誘引剤10mlをペーパータオルに染み込ませて交配誘引剤含有タオルを調製し、これを直径1.5mの円形容器の端に設置した。
一方、蒸留水10mlをペーパータオルに染み込ませて蒸留水含有タオルを調製し、これを前記円形容器の中心を基準に前記交配誘引剤含有タオルと対向する端に設置した。
10週齢、C57BL6−J系、成熟オスマウスをこのケージ内に導入し、このオスマウスの行動を15分間観察した。実験は4匹のマウスについて1匹ずつ行った。
オスマウスが蒸留水含有タオルの匂いをかいだ回数が平均約12回だったのに対し、交配誘引剤含有タオルの匂いをかいだ回数は平均約16回と、有意に多かった。結果を図5に示す。
この結果から、2−エチルヘキサノールおよびウンデカンを用いてオープンフィールドにおけるネズミ類の捕獲効率の向上が示唆される。
【0044】
本発明は2011年10月3日に出願された日本国特許出願2011−219111号に基づく。本明細書中に日本国特許出願2011−219111号の明細書、特許請求の範囲、図面全体を参照として取り込むものとする。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明によれば、簡便、安価かつ安全にマウスの交配を誘引することができる。このため、繁殖力の弱いマウスに対して交配確率を増加して繁殖力を向上させ、または農場や牧場などのネズミ類の被害の多い場所では、ネズミ類の捕獲効率を向上させることができる。
図1
図2
図3
図4
図5