【文献】
岡崎充隆,風圧力を考慮した複合中高層建築物における共用部扉の最適配置,長谷工技法 No.22,2006年 2月28日,P.61−66
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0010】
<装置の構成>
図1は本発明の一実施形態に係る扉開閉障害評価装置A(以下、単に評価装置Aとも言う。)のブロック図である。本発明の評価装置は同図に示される構成を有するコンピュータシステムで実現でき、汎用可能コンピュータシステムで実現可能である。
【0011】
評価装置Aは、後述するプログラムを実行するCPU1と、CPU1が実行するデータやプログラムを記憶するROM2と、CPU1が処理するデータやプログラムを一時的に記憶するRAM3と、OS(オペレーションシステム)や後述するプログラム等のプログラム、ユーザが入力した演算条件、演算に必要なデータ、演算結果、表示画面用のデータ等が格納される記憶装置4と、を備える。記憶装置4は例えばハードディスクである。
【0012】
入力装置5はキーボード、マウス等の入力手段であり、ユーザによる演算条件の入力を受け付ける。ディスプレイ6はCPU1の処理結果等を表示する表示手段である。本実施形態の場合、扉開閉障害の発生頻度の演算結果等はディスプレイ6により出力するが、このような表示出力以外に、プリンタによる記録出力や、他のコンピュータへの送信出力等、他の出力形態としてもよい。
【0013】
なお、本実施形態では評価装置Aがスタンドアローンで利用される場合を想定するが、評価装置Aは、ネットワークインターフェースに代表される通信I/F(インターフェース)7を備えることにより、ネットワークシステム上で、入力装置5に代わってクライアントコンピュータから入力等される演算条件に基づき扉開閉障害の発生頻度を演算するサーバとしても利用可能である。
【0014】
<建物モデル情報>
記憶装置4には、建物モデル情報4Aが記憶されている。建物モデル情報とは、風洞実験の対象とした建物モデルに関わる情報である。
図2は建物モデルの形状の例を示しており、ここでは、互いに形状の異なる複数種類(3種類)の建物モデルM1乃至M3を例示している。
【0015】
建物モデルM1は角柱形状、モデルM2は板形状、モデルM3はL字形状をなしており、いずれも扉開閉障害が問題となり易い集合住宅の外形状を想定している。建物モデルの種類は1つでもよいし、本実施形態のように複数種類であってよい。検討対象とする建物(検討建物)の形状が定型的であれば建物モデルの種類は1種類でよい。一方、検討建物の形状が多岐に及ぶ場合は、なるべく形状の近いモデルが選択できるよう、建物モデルの種類が複数種類あることが好ましい。
【0016】
風洞実験では、このような建物モデルの実模型を用い、建物モデルの表面の複数の基準点における風向毎の外圧係数を実測する。基準点は建物モデルの側面全域に渡って多数(例えば合計数百点)設定される。
図3は建物モデルMとその基準点SPの例を示す。
【0017】
風洞実験では各基準点SPに風圧計が設けられ、建物モデルに向けて風を送風した場合の、風圧計の計測値から各基準点SPの外圧係数を算出する。例えば、建物モデルの頂部での風速をVとした場合、頂部での速度圧q=0.6×V
2、計測値(平均値)がq’であった場合、その基準点SPの外圧係数はq’/qとすることができる。
【0018】
図4(A)は建物モデル情報4Aに含まれる、外圧係数を記録したテーブルの例を示す図である。同図の例では、各モデル毎にテーブルが作成されており、各テーブルには風向き毎(同図の例では22.5度毎)の基準点1〜kの外圧係数が記録されている。建物モデル情報には、この他に、建物モデルの外形寸法、各基準点SPの位置の情報が含まれる。
【0019】
本実施形態では、検討建物の評価装置A上での仮想建物を、この建物モデルを形状比を同じで拡大したものとして設定する。
図3は建物モデルMとその基準点SP並びに、この建物モデルMを基礎とした仮想建物Iとその評価点EPの説明図である。
【0020】
仮想建物Iは、検討建物の代表高さと建築モデルMの高さとの比にしたがって、建築モデルMを高さ方向、幅方向並びに奥行き方向に拡大した相似形状を有している。例えば、検討建物の代表高さが30mであって、建築モデルMの高さが1mの場合、仮想建物Iは建築モデルMを高さ方向、幅方向並びに奥行き方向に30倍したものである。
【0021】
扉開閉障害の発生頻度を評価する仮想建物I上の評価点EPの位置は、各々の基準点SPの位置に対応している。例えば、上記の例のように、検討建物の代表高さが30mであって、建築モデルMの高さが1mの場合、基準点SP1の位置が原点Oに対して、高さ方向に0.08m、幅方向に0.02mの位置にあるとすると、対応する評価点EP1の位置は原点Oに対して高さ方向に2.4m、幅方向に0.6mの位置に存することになる。そして、各基準点SP1の外圧係数は対応する各評価点EP1の外圧係数として利用される。
【0022】
<気象観測関連情報>
図1に戻り、記憶装置4には、気象観測関連情報4Bが記憶されている。気象観測関連情報は、気象庁が提供する各観測地点での過去の気象観測データに基づく情報である。
図4(B)は気象観測関連情報4Bの例を示す。同図の例では気象関連情報4Bは、観測地点毎にテーブルが作成されており、その観測地点の地表面粗度区分、観測地点の高さ、風向き毎の風向き発生率及びワイブルパラメータC、Kが記録されている。なお、検討建物の建設予定地が1か所しかない場合はその近傍の観測地点のみのデータで足りるが、複数観測地点のデータを準備しておくことで、様々な建設予定地での扉開閉障害の評価を行える。
【0023】
同図の例では、風向きは22.5度毎としている。この風向きの区分けと
図4(A)に示した建物モデル情報の風向きの区分けとは対応させてある。風向き発生率はその観測地点で各風向きが発生する確率であり、過去の気象観測データに基づくものである。ワイブルパラメータC、Kは、その観測地点の風向毎の風速発生頻度をワイブル関数で演算するためのパラメータであり、パラメータCが尺度パラメータ、パラメータKが形状パラメータである。これらのワイブルパラメータは、過去の気象観測データに基づき、既知の手法により算出される。
【0024】
<演算処理>
図5はCPU1が実行する処理のフローチャートを示す。この処理は検討建物における扉の開閉障害の発生頻度を演算してその演算結果を出力する処理である。S1では、検討建物の建設予定地、方位、代表高さを含む演算条件について、ユーザからの入力を受け付ける処理を行う。本実施形態の場合、ディスプレイ6に入力画面を表示し、入力装置5からの直接入力又は選択入力を受け付ける。
【0025】
図6は入力画面の表示例を示す図である。「1.モデル選択」では、検討建物に最も外形状が近い建物モデルを選択する。本実施形態では
図2に例示したように複数種類の建物モデルを想定しているが、建物モデルを1種類とした場合はこの「1.モデル選択」は不要となる。
【0026】
本実施形態では
図3を参照して説明した通り、建物モデルMから検討建物に相当する仮想建物Iを仮想する手法を採用している。検討建物毎に実模型を作製して風洞実験を行い、外圧係数を得ることも考えられるが、この場合はコストと手間がかかる。本実施形態の手法によれば、検討建物毎に風洞実験を行う必要がなく、また、検討建物と外形状が近い建物モデルを選択可能とすることで、演算結果の精度も向上できる。
【0027】
「2.代表高さ」には検討建物の代表高さを数値で入力する。代表高さは、扉が設けられる壁面の最頂部とすればよい。「3.建設予定地(気象観測地点)」では、検討建物の建設予定地に最も近い気象観測地点を選択する。
【0028】
「4.建設予定地の地表面粗度区分」では、検討建物の建設予定地の地表面粗度区分を選択する。なお、ここでの選択は建設予定地に最も近い気象観測地点の地表面粗度区分ではなく、建設予定地の地表面粗度区分を選択する。また、同じ地点でも風向毎に地表面粗度区分が異なる場合があるため、風向毎に地表面粗度区分を選択できるようにしてもよい。
【0029】
「5.方位」には、検討建物の方位を入力する。この情報は、
図4(A)に示した建物モデル情報の風向きと、
図4(B)に示した気象観測関連情報の風向きとをマッチングさせるための情報となる。このため、「5.方位」は、例えば、
図4(A)に示した建物モデル情報の風向きが0度の方向を建物モデルの基準方位とし、この基準方位が、
図4(B)に示した気象観測関連情報の風向きのどの方向にマッチするかを示す情報であればよい。
【0030】
「6.扉サイズ」には、開閉障害を評価する仮想扉のサイズ(幅、高さ)を入力する。なお、これらはユーザの入力対象とせず、一般的な値を固定的に用いるようにしてもよい。「7.開閉障害判断用パラメータ」には、「開放障害とするドアノブでの力」が含まれる。「開放障害とするドアノブでの力」は、扉開閉障害のうち、扉を人間が開放できない障害の発生頻度を評価する場合に、人間が仮想扉をそのドアノブの位置で押しても重くて開放できないと判断する力を入力する。なお、この「開放障害とするドアノブでの力」は、一般的な値を固定的に用いて入力不要としてもよい。
【0031】
「7.開閉障害判断用パラメータ」には、また、「ドアクローザ閉力」が含まれる。ドアクローザの使用を想定している場合には、ドアクローザが扉を閉じる力を入力し、使用を想定していない場合には「0」を入力する。
【0032】
「8.室内圧」は、「室内圧=0」、「内圧係数を入力」、「外圧係数から仮定」の3種類からのいずれかを選択できる。内圧係数の実測は困難であるところ、本実施形態では3種類の設定方法を選択できるようにした。「室内圧=0」が選択された場合、扉開閉障害の演算において室内圧(内圧係数)を一律「0」とする。「内圧係数を入力」が選択された場合、入力された内圧係数を演算に使用する。
【0033】
「外圧係数から仮定」が選択された場合、更に、「室数/フロア」に入力される1フロアの室数に応じて内圧係数を評価点毎に個別に設定する。この設定について
図7を参照して説明する。
図7は外圧係数から内圧係数を仮定する手法の説明図である。
【0034】
まず、「室数/フロア」に入力された値により、建物モデル(仮想建物)の横断面を均等に区画する。
図7の例は、「室数/フロア」に入力された値が「6」である場合に、1フロアを#1〜#6の仮想室に区画した例を示す。そして、一つの仮想室に設定された各基準点(評価点)の外圧係数の合計値を、その仮想室の基準点数(評価点数)で割った値を、内圧係数とする。
【0035】
例えば、#1の仮想室の場合、P101、P102、P301、P302、P201、P202の合計6点の基準点(評価点)が面している。そして、これら6点の各基準点(評価点)の内圧係数は、これら6点の外圧係数の合計値を6で割った値とする。また、例えば、#2の仮想室の場合、P103、P203の合計2点の基準点(評価点)が面している。そして、これら2点の各基準点(評価点)の内圧係数は、これら2点の外圧係数の合計値を2で割った値とする。このように、各仮想室単位で内圧係数を設定することで、より実際の検討建物に対応した扉開閉障害の評価が可能となる。
【0036】
図6に戻り、「8.室内圧」には「強制換気」が含まれる。ユーザが強制換気を考慮した評価を望む場合は、そのチェックボックスをチェックし、強制換気量を入力する。「9.出力形式」では、演算結果の出力形式を選択する。出力例については後述する。以上により演算条件の入力は完了し、「実行」ボタンをユーザが操作すると、
図5のS2に進むことになる。
【0037】
S2では、
図6の「1.モデル選択」で選択された建物モデルの建物モデル情報、「3.建設予定地(気象観測地点)」で選択された建設予定地(気象観測地点)の気象観測関連情報を読み出し、読み出した情報と、
図6の入力画面で入力された演算条件に基づき、検討建物の扉開閉障害の発生頻度を演算する。
【0038】
発生頻度の演算は、
図3を参照して説明した通り、選択された建物モデルと形状比が同じで、
図6の「2.代表高さ」に入力された代表高さを有する仮想建物を仮想する。そして、この仮想建物が
図6の「3.建設予定地(気象観測地点)」に、「5.方位」にて建設された場合に、各評価点において扉開閉障害が発生する頻度を演算する。
【0039】
図8の式1は扉開閉障害の発生頻度(発生確率)である、P(a)の演算式(ワイブル関数)を示す。発生頻度P(a)は各評価点毎に、かつ、風向き毎に演算される。式1中、「a」は
図4(A)及び(B)に示した、22.5度単位で切り替えられる風向きを示すパラメータである。「A(a)」、C(a)、K(a)は
図4(B)の気象観測関連情報の「風向き発生率」、「C」及び「K」からそれぞれから読み込まれた値が設定される。「Vml(a)」の演算式は
図8の式2により示されており、個々の項目は
図9及び
図10の式3〜5に示される。
【0040】
図9の式3は評価点における仮想扉の内外力の釣り合いに関する演算式である。扉開閉障害の発生はドアヒンジを中心とした扉内外圧のモーメントの釣り合いから判断している。
【0041】
本実施形態では、扉開閉障害として、扉を人間が開放できない障害と、扉が勝手に開放される障害との双方を対象とし、それらの発生頻度を演算する。扉を人間が開放できない障害の発生頻度を演算する場合、「Fp」は
図6の「7.開閉障害判断用パラメータ」の「開放障害とするドアノブでの力」に入力された値が設定される。扉が勝手に開放される障害の発生頻度を演算する場合、「Fp」は0が設定される。
【0042】
「Fc」は「7.開閉障害判断用パラメータ」の「ドアクローザ閉力」に入力された値が設定される。なお、これらの力は、いずれも、扉の幅方向の両端部のうち、ドアヒンジと反対側の端部に作用する力として、そのモーメントを演算することとしている。
【0043】
「W」は
図6の「6.扉サイズ」のうち、「幅」に入力された値が設定され、「A」は「6.扉サイズ」の「幅」、「高さ」にそれぞれ入力された値から導かれて設定される。「Cpio」は
図6の「8.室内圧」の「強制換気」に入力された値が設定され、「Cpi」は「8.室内圧」での選択に従う値が設定される。「Cpe(a)」は
図4(A)の建物モデル情報から読み出された値が設定される。
【0044】
図10の式4、式5はそれぞれ、
図6の「3.建設予定地(気象観測地点)」で選択された気象観測地点での風速の鉛直分布を示す式、建設予定地での風速の鉛直分布を示す式である。本実施形態ではこれらの比により、建設予定地と気象観測地点とで地表面粗度区分が異なる場合と、建物代表高さと気象観測地点の高さとが異なる場合の少なくともいずれかの場合に、検討建物の代表高さでの風速と気象観測地点(高さ)での風速とを換算している。
【0045】
図10において、「Hs」は
図4(B)の気象観測関連情報に含まれる観測高さの値が設定され、「H」は
図6の「2.代表高さ」に入力された値が設定される。「zg」、「α」は、それぞれ、
図10で表に示す地表面粗度区分に応じた値が設定される。
【0046】
以上の演算式に従う演算により、全ての評価点について、全ての風向きで扉開閉障害の発生頻度が演算され、その演算結果は例えば記憶装置4に記憶される。その後、
図5のS3の演算結果の出力処理に進む。
【0047】
本実施形態では、ディスプレイ6に演算結果を表示する。
図11はその表示例を示している。同図の例では、仮想建物の画像を立体的に表示すると共に該画像上に扉開閉障害の発生頻度を示す情報として、発生頻度毎の等高線を表示している。このような画像表示を行うことで、演算結果を視覚的に分かりやすく表示することができる。
【0048】
発生頻度は、例えば、1年間当たりの発生時間として算出することができる。この場合、S2の各評価点毎で各風向毎の演算結果を、評価点毎に合計した値に、365(日)×24(時間)を乗算することで、風向きを問わず、1年間に扉開閉障害が発生する時間を評価点毎に得られる。そして、等高線の間隔を適当な時間で区切ることで、
図11に示すような画像を生成することができる。その際、等高線毎にその範囲を塗りつぶす色を変え、発生時間が多い部分が視覚的に分かりやすくすることが好適である。また、対策が必要となる発生時間の閾値を定めておき、この閾値を超える等高線領域を特定の色で表示することで、対策が必要な部位を迅速に把握できる。
【0049】
図12(A)及び(B)は他の出力例を示す。
図12(A)は等高線表示である点で
図11と同じであるが、仮想建物の1面のみを表示した平面画像としている。
図12(B)の例は仮想建物の1面のみを表示した平面画像上に、各評価点における発生頻度を数値で表示している。このような数値表示は、
図12(A)の表示形態や
図11の表示形態にも、重畳してもよい。そして、このような出力形式の種類の選択は、
図6の「9.出力形式」でユーザが自由に選択することができる。
【0050】
以上の通り、本実施形態では、設計者等のユーザが
図6に示した入力画面において、予め決められている各演算条件を入力することで、検討建物の各部位毎の扉開閉障害の発生頻度の情報を得られ、建物の建設前に扉の開閉障害の発生頻度を評価することができる。とりわけ、検討建物毎に風洞実験を行う必要がなく、比較的簡易に扉開閉障害の発生の評価を行うことができる。