【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成23年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「革新型蓄電池先端科学基礎研究事業/革新型蓄電池先端科学基礎研究開発」共同研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記有機オニウムカチオンは、第4級アンモニウムカチオン、第4級ホスホニウムカチオン、アルキルイミダゾリウムカチオン、グアニジウムカチオン、スルホニウムカチオン、アルキルピペリジニウムカチオン、及びジアルキルピリジニウムカチオンからなる群より選ばれる少なくとも1つのカチオンである、請求項1に記載の電極体。
前記イオン性液体は、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムクロリド、N−メチル−N−プロピルピペリジニウムクロリド、及び1−ブチルピリジニウムクロリドからなる群より選ばれる少なくとも1つのイオン性液体である、請求項1乃至3のいずれか一項に記載の電極体。
前記電極活物質層は、メソポーラスカーボン、グラファイト、アセチレンブラック、カーボンブラック、カーボンナノチューブ、及びカーボンファイバーからなる群より選ばれる少なくとも1つの導電性材料をさらに含有する、請求項1乃至4のいずれか一項に記載の電極体。
前記電極活物質層は、フッ化物ポリマー及びスチレンブタジエンゴムからなる群より選ばれる少なくとも1つの結着剤をさらに含有する、請求項1乃至5のいずれか一項に記載の電極体。
【発明を実施するための形態】
【0017】
1.電極体
本発明の電極体は、少なくとも電極活物質層及び電解質層を備える電極体であって、前記電極活物質層は、塩化バナジウム(III)、塩化鉛(II)、塩化タングステン(II)、塩化ニッケル(II)、バナジウム、鉛、タングステン、及びニッケルからなる群より選ばれる少なくとも1つの電極活物質を含有し、前記電解質層は、塩化物イオン及び有機オニウムカチオンを含むイオン性液体、並びに塩化アルミニウム(III)を含む電解質を含有することを特徴とする。
【0018】
一般的に、電気化学デバイスにおいて複数回の充放電を可能とするためには、電気化学的に可逆な酸化還元が可能であることが必要とされる。しかし、上述したように、非特許文献1に記載されたような従来のアルミニウム電池においては、酸化還元が不可逆的に進行するため、サイクル特性に劣る。したがって、非特許文献1に記載されたような従来のアルミニウム電池は、繰り返し充放電可能な電気化学デバイスとしては使用できないと考えられる。
非特許文献1に記載されたアルミニウム電池について検討するため、後述する実施例において、正極活物質として塩化鉄(III)を含み、負極としてアルミニウム金属を備えるアルミニウム電池を再現し(比較例1)、サイクリッククロノポテンショメトリーに供した。当該サイクリッククロノポテンショメトリーの結果からも明らかな通り、比較例1の電池について、一定の電流値条件下で電気化学的還元(初回還元)及び酸化(初回酸化)を行った後、さらに電気化学的還元(2回目の還元)を行っても、還元電流はほとんど流れなかった。すなわち、比較例1の電池は、初回還元のみ可能な、電気化学的に不可逆な電池であることが明らかとなった。
【0019】
非特許文献1に記載されたような従来のアルミニウム電池が電気化学的に不可逆である理由は、以下の通りである。
後述する実施例における、電極活物質の電解質への溶解性の試験において示すように、イオン性液体及び塩化アルミニウム(III)を含む電解質(モル含有比は、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムクロリド:塩化アルミニウム(III)=1.0:1.5)に対する、塩化鉄(III)の飽和溶解濃度は、0.1mol/Lを超え著しく高いことが実証された。
このように電解質に対する電極活物質の溶解度が著しく高い場合に、電気化学デバイス中における酸化還元反応が不可逆になる原因は以下の通りである。
電極から電解質へ溶解し、電解質中を泳動する電極活物質は、対向する電極の表面で還元され、自己放電を起こす。この自己放電は、電極活物質由来のイオンの自己拡散が、一般的な電気化学デバイス内における程度に高く、且つ、電極活物質の還元電位が対向する電極の平衡電位より高い場合には、顕著に発生する。
粘性の高い電解質を用いた場合には、当該電極活物質に由来するイオンが泳動する速度が遅くなるため、電気化学デバイスにおける充放電速度の著しい減衰が生じる。その結果、特に定電位酸化の場合には過電圧の急速な上昇が起こり、副次的により高電位において電解質の分解反応を引き起こすため、電気化学デバイスが不可逆的に劣化する。
【0020】
本発明者らは、上記課題について鋭意検討を重ねた結果、電極活物質の電解質中への溶出を抑制しない限り、電気化学的に可逆な酸化還元反応を起こす電気化学デバイスの設計は困難であるとの結論に至った。本発明者らは、電解質に対して極めて溶解度の低い金属塩化物を電極活物質として含む電極体について、当該電極体を含む電池が電気化学的に可逆な酸化還元反応を起こす結果、優れたサイクル特性を発揮できることを見出し、本発明を完成させた。
【0021】
本発明の電極体は、少なくとも電極活物質層及び電解質層を備える。本発明の電極体は、当該電極活物質層及び電解質層に加えて、通常、電極集電体や、当該電極集電体に接続された電極リードを備えていてもよい。
以下、本発明に使用される電極活物質層及び電解質層、本発明に使用できる電極集電体、並びに、本発明の電極体の製造方法について、順に説明する。
【0022】
本発明に使用される電極活物質層は、電極活物質として、塩化バナジウム(III)(VCl
3)、塩化鉛(II)(PbCl
2)、塩化タングステン(II)(WCl
2)、若しくは塩化ニッケル(II)(NiCl
2)、又は、これら金属塩化物の還元体であるバナジウム(V)、鉛(Pb)、タングステン(W)、又はニッケル(Ni)を含有する。本発明に係る電極体が電池に使用された際に、上記電極活物質は、当該電池の充電状態において、塩化バナジウム(III)、塩化鉛(II)、塩化タングステン(II)、又は塩化ニッケル(II)となる。これらの電極活物質は、1種類のみ配合されていてもよいし、2種類以上組み合わせて配合されていてもよい。
【0023】
まず、正極活物質として塩化バナジウム(III)を含む電池における電気化学反応について検討する。なお、以下の検討において、当該電池は、負極としてアルミニウム金属を備え、さらに電解質中に塩化アルミニウム(III)を含む電池であるものとする。
塩化バナジウム(III)を含む正極においては、放電の際、下記半反応式(B−Ia)及び(B−Ib)により表される2段階反応が進行する。なおカッコ内は、後述する実施例1の電池に関する実験結果より推測される、各反応の平衡電位である。
VCl
3+Al
2Cl
7−+e
−→VCl
2+2AlCl
4− (1.1V vs.Al
3+/Al) (B−Ia)
VCl
2+2Al
2Cl
7−+2e
−→V+4AlCl
4− (0.6V vs.Al
3+/Al) (B−Ib)
また、当該電池の負極においては、放電の際、下記半反応式(B−II)により表される反応が進行する。
Al+7AlCl
4−→4Al
2Cl
7−+3e
− (B−II)
以上の式(B−Ia)、(B−Ib)、及び式(B−II)より、当該電池における、満充電状態から放電状態までの反応は、下記全反応式(B−III)により表される。なお、当該全反応式(B−III)におけるアニオンに対するカウンターカチオンとしては、例えば、後述する有機オニウムカチオン等が挙げられる。
Al+AlCl
4−+VCl
3→Al
2Cl
7−+V (B−III)
上記全反応式(B−III)に対する逆反応、すなわち、放電状態から満充電状態までの反応は、やや遅いと考えられる。後述する
図9に示されるように、当該逆反応中、特に0.6V付近の電位平坦領域(プラトー領域)は、サイクルごとに著しく減少する。
なお、正極活物質としてバナジウム金属を含む電極体を用いた電池においては、正極活物質として塩化バナジウム(III)を含む電極体を用いた電池とは逆に、充電反応((B−III)の逆反応)から開始される。
【0024】
後述する実施例1の電池に関するサイクリックボルタンメトリーの結果より、実施例1の電池内に含まれるバナジウム種は、0価から+3価の間で可逆的に酸化還元されることが分かる。また、後述する実施例1の電池に関するサイクリッククロノポテンショメトリーの結果より、当該電池においては、少なくとも10サイクルまで可逆的に安定した酸化還元が起こることが分かる。
さらに、後述する、塩化バナジウム(III)の電解質への溶解性に関する試験結果より、電解質に対する塩化バナジウム(III)の飽和溶解濃度は1.98mmol/Lと極めて低いことが分かり、塩化バナジウム(III)が、電池に通常使用される電解質にほぼ全く溶けないことが実証された。
【0025】
次に、正極活物質として塩化鉛(II)を含む電池における電気化学反応について検討する。なお、以下の検討において、当該電池は、負極としてアルミニウム金属を備え、さらに電解質中に塩化アルミニウム(III)を含む電池であるものとする。
当該電池の正極においては、放電の際、下記半反応式(C−I)により表される反応が進行する。
PbCl
2+2Al
2Cl
7−+2e
−→Pb+4AlCl
4− (C−I)
また、当該電池の負極においては、放電の際、下記半反応式(C−II)により表される反応が進行する。
Al+7AlCl
4−→4Al
2Cl
7−+3e
− (C−II)
以上の式(C−I)及び式(C−II)より、当該電池における、満充電状態から放電状態までの反応は、下記全反応式(C−III)により表される。なお、当該全反応式(C−III)におけるアニオンに対するカウンターカチオンとしては、例えば、後述する有機オニウムカチオン等が挙げられる。
2Al+2AlCl
4−+3PbCl
2→2Al
2Cl
7−+3Pb (C−III)
なお、正極活物質として鉛金属を含む電極体を用いた電池においては、正極活物質として塩化鉛(II)を含む電極体を用いた電池とは逆に、充電反応((C−III)の逆反応)から開始される。
【0026】
後述する実施例2の電池に関するサイクリックボルタンメトリーの結果より、実施例2の電池内に含まれる鉛種は、0価から+2価の間で可逆的に酸化還元されることが分かる。したがって、このサイクリックボルタンメトリーの結果より、当該電池においては、可逆的に安定した酸化還元が生じ、優れたサイクル特性を示すことが推測される。
【0027】
続いて、正極活物質として塩化タングステン(II)を含む電池における電気化学反応について検討する。なお、以下の検討において、当該電池は、負極としてアルミニウム金属を備え、さらに電解質中に塩化アルミニウム(III)を含む電池であるものとする。
当該電池の正極においては、放電の際、下記半反応式(D−I)により表される反応が進行する。
WCl
2+2Al
2Cl
7−+2e
−→W+4AlCl
4− (D−I)
また、当該電池の負極においては、放電の際、下記半反応式(D−II)により表される反応が進行する。
Al+7AlCl
4−→4Al
2Cl
7−+3e
− (D−II)
以上の式(D−I)及び式(D−II)より、当該電池における、満充電状態から放電状態までの反応は、下記全反応式(D−III)により表される。なお、当該全反応式(D−III)におけるアニオンに対するカウンターカチオンとしては、例えば、後述する有機オニウムカチオン等が挙げられる。
2Al+2AlCl
4−+3WCl
2→2Al
2Cl
7−+3W (D−III)
なお、正極活物質としてタングステン金属を含む電極体を用いた電池においては、正極活物質として塩化タングステン(II)を含む電極体を用いた電池とは逆に、充電反応((D−III)の逆反応)から開始される。
【0028】
後述する実施例3の電池に関するサイクリックボルタンメトリーの結果から、実施例3の電池内に含まれるタングステン種は、0価から+2価の間で可逆的に酸化還元されることが分かる。したがって、このサイクリックボルタンメトリーの結果より、当該電池においては、可逆的に安定した酸化還元が生じ、優れたサイクル特性を示すことが推測される。
【0029】
最後に、正極活物質として塩化ニッケル(II)を含む電池における電気化学反応について検討する。なお、以下の検討において、当該電池は、負極としてアルミニウム金属を備え、さらに電解質中に塩化アルミニウム(III)を含む電池であるものとする。
当該電池の正極においては、放電の際、下記半反応式(E−I)により表される反応が進行する。
NiCl
2+2Al
2Cl
7−+2e
−→Ni+4AlCl
4− (E−I)
また、当該電池の負極においては、放電の際、下記半反応式(E−II)により表される反応が進行する。
Al+7AlCl
4−→4Al
2Cl
7−+3e
− (E−II)
以上の式(E−I)及び式(E−II)より、当該電池における、満充電状態から放電状態までの反応は、下記全反応式(E−III)により表される。なお、当該全反応式(E−III)におけるアニオンに対するカウンターカチオンとしては、例えば、後述する有機オニウムカチオン等が挙げられる。
2Al+2AlCl
4−+3NiCl
2→2Al
2Cl
7−+3Ni (E−III)
なお、正極活物質としてニッケル金属を含む電極体を用いた電池においては、正極活物質として塩化ニッケル(II)を含む電極体を用いた電池とは逆に、充電反応((E−III)の逆反応)から開始される。
【0030】
後述する実施例4の電池に関するサイクリックボルタンメトリーの結果から、実施例4の電池内に含まれるニッケル種は、0価から+2価の間で可逆的に酸化還元されることが分かる。したがって、このサイクリックボルタンメトリーの結果より、当該電池においては、可逆的に安定した酸化還元が生じ、優れたサイクル特性を示すことが推測される。
【0031】
本発明に使用される電極活物質層は、上述した電極活物質の他に、導電性材料及び結着剤のうち少なくともいずれか1つを含んでいてもよい。
本発明に使用される導電性材料は、導電性を有し、且つ、上述した電極反応を阻害するものでなければ特に限定されない。本発明に使用される導電性材料としては、例えば炭素材料、ペロブスカイト型導電性材料、多孔質導電性ポリマー及び金属多孔体等を挙げることができる。炭素材料は、多孔質構造を有するものであっても良く、多孔質構造を有しないものであっても良い。多孔質構造を有する炭素材料としては、具体的にはメソポーラスカーボン等を挙げることができる。一方、多孔質構造を有しない炭素材料としては、具体的にはグラファイト、アセチレンブラック、カーボンナノチューブ及びカーボンファイバー等を挙げることができる。
電極活物質層における導電性材料の含有割合としては、特に限定されるものではないが、例えば50質量%以下、中でも1質量%〜40質量%であることが好ましい。
【0032】
本発明に使用される結着剤は、電極活物質層中の結着力を高め、且つ、上述した電極反応を阻害するものでなければ特に限定されない。本発明に使用される結着剤としては、例えば、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)及びポリテトラフルオロエチレン(PTFE)等のフッ化物ポリマーや、スチレン・ブタジエンゴム(SBRゴム)等のゴム系樹脂等を挙げることができる。
電極活物質層における結着剤の含有割合としては、特に限定されるものではないが、例えば30質量%以下、中でも1質量%〜20質量%であることが好ましい。
【0033】
本発明に用いられる電極活物質層の厚さは、電池の用途等により異なるものであるが、例えば1〜500μmであることが好ましい。
【0034】
本発明に使用される電解質層は、イオン性液体及び塩化アルミニウム(III)を含む電解質を含有する。
本発明に使用されるイオン性液体は、塩化物イオン及び有機オニウムカチオンを含む。ここで、有機オニウムカチオンとは、中性のヘテロ原子をその構造中に含む有機カチオンのことであり、且つ、当該ヘテロ原子に対し、正電荷をもつ1価のアルキル基(カルボカチオン)が配位することにより、原子価が1つ増えて正に帯電した有機カチオンのことである。
【0035】
本発明に使用される有機オニウムカチオンは、上述した電極反応を阻害するものでなければ特に限定されない。本発明に使用される有機オニウムカチオンとしては、例えば、第4級アンモニウムカチオン、第4級ホスホニウムカチオン、アルキルイミダゾリウムカチオン、グアニジウムカチオン、スルホニウムカチオン、アルキルピペリジニウムカチオン、及びジアルキルピリジニウムカチオンを挙げることができる。これらの有機オニウムカチオンは、1種類のみ用いてもよいし、2種類以上組み合わせて用いてもよい。また、これらのカチオンの水酸基置換体や、アリル基置換体等の誘導体を用いてもよい。なお、本発明において利用する上述した電気化学反応(B−III)、(C−III)、(D−III)、及び(E−III)においては、電解質中に含まれるカチオン種の違いによる性能の差は小さい。電解質中に含まれるカチオン種の違いは、本発明においては、溶媒和エネルギー等の差による電気化学反応の平衡電位の差にせいぜい寄与する程度である。
【0036】
本発明に使用されるイオン性液体としては、具体的には、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムクロリド、N−メチル−N−プロピルピペリジニウムクロリド、1−ブチルピリジニウムクロリド、N−ブチル−N−メチルピペリジニウムクロリド、1−エチル−2,3−ジメチルイミダゾリウムクロリド、1−オクタデシル−3−イミダゾリウムクロリド、1−ブチル−1−メチルピロリジニウムクロリド、1,1−ジメチル−1−エチル−メトキシエチルアンモニウムクロリド、トリヘキシルテトラデシルホスホニウムクロリドが例示できる。これらのイオン性液体の中でも、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムクロリド、N−メチル−N−プロピルピペリジニウムクロリド、及び/又は1−ブチルピリジニウムクロリドを使用することが好ましい。
【0037】
電解質中におけるイオン性液体と塩化アルミニウム(III)のモル含有比は、イオン性液体:塩化アルミニウム(III)=1.0mol:1.5mol〜1.0mol:1.9molであることが好ましい。
本発明においては、電解質中におけるイオン性液体と塩化アルミニウム(III)との含有比に伴い、電解質中のアニオン種も変化する。例えば、電解質中における塩化アルミニウム(III)のモル含有割合が、電解質中におけるイオン性液体のモル含有割合よりも少ない場合には、電解質中におけるアニオンは塩化物アニオン(Cl
−)が主となる。一方、電解質中におけるイオン性液体と塩化アルミニウム(III)のモル含有比が、イオン性液体:塩化アルミニウム(III)=1.0mol:1.0mol〜1.0mol:1.4molの場合には、電解質中におけるアニオンはAlCl
4−が主となる。さらに、電解質中におけるイオン性液体と塩化アルミニウム(III)のモル含有比が、イオン性液体:塩化アルミニウム(III)=1.0mol:1.5mol〜1.0mol:1.9molの場合には、電解質中におけるアニオンはAl
2Cl
7−が主となる。また、電解質中におけるイオン性液体と塩化アルミニウム(III)のモル含有比が、イオン性液体:塩化アルミニウム(III)=1.0mol:1.95mol〜1.0mol:2.0molの場合には、電解質中にAl
3Cl
10−が現れる。アニオン中のアルミニウム核が多いほどルイス酸性が高く、より強く塩化物イオン等の塩基をひきつける。電解質中におけるイオン性液体と塩化アルミニウム(III)のモル含有比が異なることによって、電極活物質の電解質に対する溶解度、電極活物質と電解質との反応性、及び本発明の電極体を電池に用いた場合の対向する電極におけるアルミニウム金属の析出の有無とその電位がそれぞれ異なる。したがって、塩化物アニオン(Cl
−)が主となる電解質の組成、AlCl
4−が主となる電解質の組成、Al
2Cl
7−が主となる電解質の組成、及び電解質中にAl
3Cl
10−が現れる電解質の組成においては、いずれも、電解質中の化学平衡、電極反応、及び電極と電解質との界面における電気化学反応性は異なる。
【0038】
上述したイオン性液体:塩化アルミニウム=1.0mol:1.5mol〜1.0mol:1.9molのモル含有比の範囲内においては、電解質中におけるアニオンはAl
2Cl
7−が主となる。当該モル含有比の範囲内においては、上述した電極活物質に対する電解質への溶解性が比較的低く、且つ、電気化学的な酸化還元が起こりやすくなる。
【0039】
本発明に使用される電解質に対する、上述した電極活物質(塩化バナジウム(III)、塩化鉛(II)、塩化タングステン(II)、及び塩化ニッケル(II))の溶解度は、低ければ低いほど好ましい。当該溶解度が高すぎる場合には、電極活物質が当該電解質中に溶出する結果、上述した自己放電が発生して電池が劣化し、電気化学的に不可逆となるおそれがある。
電解質に対する、上述した電極活物質の溶解度は、電極活物質及び電解質の種類にもよるが、0〜5mmol/Lであることが好ましく、0〜3mmol/Lであることがより好ましい。
【0040】
本発明に使用される電解質は、エーテル系溶媒、カーボネート系溶媒、及びアセトニトリル等の有機溶媒を含んでいてもよい。エーテル系溶媒としては、例えば、ジメチルエーテル、ジエチルエーテル、エチルメチルエーテル、テトラヒドロフラン(THF)、2−メチルテトラヒドロフラン等が挙げられる。カーボネート系溶媒としては、例えば、エチレンカーボネート(EC)、プロピレンカーボネート(PC)、ジメチルカーボネート(DMC)、ジエチルカーボネート(DEC)、エチルメチルカーボネート(EMC)、ブチレンカーボネート等が挙げられる。
【0041】
本発明に係る電極体は、さらに電極集電体を備えていてもよい。
電極集電体の材料としては、導電性を有するものであれば特に限定されるものではないが、例えば白金、ステンレス、ニッケル、アルミニウム、鉄、チタン、カーボン等を挙げることができる。空気極集電体の形状としては、例えば箔状、板状及びメッシュ(グリッド)状等を挙げることができる。中でも、本発明においては、集電効率に優れるという観点から、電極集電体の形状がメッシュ状であることが好ましい。本発明においては、後述する電池ケースが電極集電体の機能を兼ね備えていても良い。
電極集電体の厚さは、例えば1〜500μmであることが好ましい。
【0042】
以下、本発明に係る電極体の製造方法の典型例について詳細に述べる。
まず、電極活物質を、必要であれば成形することにより、電極活物質層を作製する。電極活物質に対し、さらに導電性材料及び/又は結着剤を、適切な含有比となるように混合し、電極活物質の合剤層を形成してもよい。電極集電体を用いる場合には、電極活物質層の一面側に積層させればよい。
一方、電解質としては、上述したイオン性液体及び塩化アルミニウム(III)を、イオン性液体:塩化アルミニウム(III)=1.0:1.5〜1.0:1.9のモル比で混合したものを用いる。電解質層の形成方法としては、例えば、成形した電極活物質層の一面側に、電解質をスパチュラ等で薄く均一に塗布する方法や、電解質を電極活物質層にスプレー塗布する方法等が例示できる。
以上の製造工程においては、酸素濃度0.5ppm以下の低酸素条件下、且つ、露点−85℃以下の低水分条件下で行うことが好ましい。
なお、電極体中の電解質側に負極を積層させることにより、後述する電池を製造することができる。
【0043】
図1は、本発明に係る電極体の積層構造の第1の典型例を示す図であって、積層方向に切断した断面を模式的に示した図である。電極体100aは、電極活物質層1、及び電解質層2を備える。
【0044】
図2は、本発明に係る電極体の積層構造の第2の典型例を示す図であって、積層方向に切断した断面を模式的に示した図である。電極体100bは、電極集電体3、電極活物質層1、及び電解質層2をこの順に積層して構成される。
なお、本発明に係る電極体は、必ずしも第1の典型例及び第2の典型例のみに限定されるものではない。また、
図1及び
図2に描かれた各層の厚さは、必ずしも本発明に係る電極体における各層の厚さを反映するものとは限らない。
【0045】
2.電池
本発明の電池は、負極活物質層及び上記電極体を備える電池であって、前記負極活物質層と、前記電極体における前記正極活物質層とは、前記電極体における前記電解質層を間に介在して配置され、前記負極活物質層は、炭素、白金、パラジウム、ロジウム、ルテニウム、金、タングステン、アルミニウム、リチウム、マグネシウム、カルシウム、鉄、ニッケル、銅、マンガン、クロム、亜鉛、ケイ素、及びチタンからなる群より選ばれる少なくとも1つの元素を含むことを特徴とする。
本発明の電池においては、上記電極体中の電極活物質層が正極活物質層として使用される。
【0046】
図3は、本発明に係る電池の積層構造の第1の典型例を示す図であって、積層方向に切断した断面を模式的に示した図である。
電池200aは、正極活物質層11、負極活物質層14、並びに、当該正極活物質層11及び当該負極活物質層14の間に介在する電解質層12を備える。正極活物質層11及び電解質層12は、上述した電極体100aの電極活物質層1及び電解質層2にそれぞれ対応する。
【0047】
図4は、本発明に係る電池の積層構造の第2の典型例を示す図であって、積層方向に切断した断面を模式的に示した図である。
電池200bは、正極、負極活物質層14、並びに、当該正極及び当該負極活物質層14の間に介在する電解質層12を備える。本第2の典型例においては、正極として、正極活物質層11及び正極集電体13が、電解質層12側から順に積層した積層体を用いる。正極活物質層11、電解質層12、正極集電体13は、上述した電極体100bの電極活物質層1、電解質層2、及び電極集電体3にそれぞれ対応する。
なお、本発明に係る電池は、必ずしも第1の典型例及び第2の典型例のみに限定されるものではない。また、
図3及び
図4に描かれた各層の厚さは、必ずしも本発明に係る電池における各層の厚さを反映するものとは限らない。
【0048】
本発明に係る電池のうち正極活物質層及び電解質層については、上述した本発明に係る電極体中の電極活物質層及び電解質層と同様である。以下、本発明に係る電池の他の構成要素である負極活物質層、並びに本発明に好適に用いられるセパレータ及び電池ケースについて、詳細に説明する。
【0049】
本発明に使用される負極活物質層は、金属、合金、金属化合物、及び炭素材料のうち少なくともいずれか1つを負極活物質として含有する。
負極活物質として使用できる金属、合金、及び金属化合物としては、具体的には、リチウム等のアルカリ金属元素;マグネシウム、カルシウム等の第2族元素;チタン等の第4族元素;クロム、タングステン等の第6族元素;マンガン等の第7族元素;鉄及びルテニウム等の第8族元素;ロジウム等の第9族元素;ニッケル、白金及びパラジウムからなる第10族元素;銅及び金等の第11族元素;亜鉛等の第12族元素;アルミニウム等の第13族元素;ケイ素等の第14族元素;を含む金属、合金、及び金属化合物を例示することができる。これらの元素の中でも、白金、パラジウム、ロジウム、ルテニウム、金、タングステン、アルミニウム、リチウム、マグネシウム、カルシウム、鉄、ニッケル、銅、マンガン、クロム、亜鉛、ケイ素、及びチタンのうち少なくともいずれか1つの元素を含むことが好ましい。
負極活物質として使用できる炭素材料としては、多孔質構造を有する炭素材料、多孔質構造を有しない炭素材料が例示できる。多孔質構造を有する炭素材料としては、具体的にはメソポーラスカーボン等を挙げることができる。一方、多孔質構造を有しない炭素材料としては、具体的にはグラファイト、アセチレンブラック、カーボンナノチューブ及びカーボンファイバー等を挙げることができる。
本発明には、合金負極を用いてもよい。
【0050】
本発明においては、負極活物質として、アルミニウム金属、アルミニウム合金、及びアルミニウム化合物を用いることがより好ましい。負極活物質として使用できるアルミニウム合金としては、例えば、アルミニウム−バナジウム合金、アルミニウム−マグネシウム合金、アルミニウム−ケイ素合金、及びアルミニウム−リチウム合金等を挙げることができる。また、負極活物質として使用できるアルミニウム化合物としては、例えば、硝酸アルミニウム(III)、アルミニウム(III)クロリドオキシド、シュウ酸アルミニウム(III)、臭化アルミニウム(III)、及びヨウ化アルミニウム(III)等を挙げることができる。
本発明においては、負極活物質として、アルミニウム金属を用いることがさらに好ましい。
【0051】
また、上記負極活物質層は、負極活物質のみを含有するものであっても良く、負極活物質の他に、導電性材料及び結着剤の少なくとも一方を含有するものであっても良い。例えば、負極活物質が箔状である場合は、負極活物質のみを含有する負極活物質層とすることができる。一方、負極活物質が粉末状である場合は、負極活物質及び結着剤を含有する負極活物質層とすることができる。なお、負極活物質層の作製に使用できる導電性材料及び結着剤は、上述した電極活物質層の作製に使用できる導電性材料及び結着剤と同様である。
【0052】
本発明の電池は、負極活物質層自体を負極として使用してもよい。また、本発明の電池は、負極活物質層に加えて、さらに負極集電体、及び当該負極集電体に接続された負極リードを備えていてもよい。
【0053】
本発明に使用できる負極集電体の材料としては、導電性を有するものであれば特に限定されるものではないが、例えば銅、ステンレス、ニッケル、カーボン等を挙げることができる。上記負極集電体の形状としては、例えば箔状、板状及びメッシュ(グリッド)状等を挙げることができる。本発明においては、後述する電池ケースが負極集電体の機能を兼ね備えていても良い。
【0054】
本発明に係る電池の一部にセパレータを設けることができる。上記セパレータとしては、例えばポリエチレン、ポリプロピレン等の多孔膜;及び樹脂不織布、ガラス繊維不織布等の不織布等を挙げることができる。
【0055】
また、本発明に係る電池は、通常、正極、負極及び電解質層等を収納する電池ケースを有する。電池ケースの形状としては、具体的にはコイン型、平板型、円筒型、ラミネート型等を挙げることができる。
【実施例】
【0056】
以下に、本発明の具体的態様を実施例により更に詳細に説明するが、本発明はその要旨を超えない限り、これらの実施例によって限定されるものではない。
【0057】
1.電池の製造
[実施例1]
実施例1の電池の製造は、低酸素条件下(酸素濃度:0.5ppm以下)且つ低水分条件下(露点:−85℃以下)で行った。
正極活物質として塩化バナジウム(III)(純度:99.8%、関東化学株式会社製)、導電性材料としてアセチレンブラック(電気化学工業株式会社製、型番:HS−100)、及び、結着剤としてポリテトラフルオロエチレン(PTFE)を、正極活物質:導電性材料:結着剤=6:3:1の質量比となるように混合し、ペレット状に成形して、正極活物質層を作製した。当該正極活物質層の一面側に、正極集電体として白金メッシュを貼り合わせた。
イオン性液体として1−エチル−3−メチルイミダゾリウムクロリドを用い、当該イオン性液体と塩化アルミニウム(III)(アルドリッチ社製、純度99.999%)を、イオン性液体:塩化アルミニウム(III)=1.0:1.5のモル比で混合したものを、電解質層用の電解質とした。
負極活物質層としてアルミニウム箔を用意した。
以上の材料を、正極集電体、正極活物質層、電解質層、及び負極活物質層の並びで積層させ、実施例1の電池を製造した。
【0058】
[実施例2]
実施例1と同様に、実施例2の電池の製造は、低酸素条件下(酸素濃度:0.5ppm以下)且つ低水分条件下(露点:−85℃以下)で行った。
正極活物質層として鉛金属(株式会社ニラコ製、純度:99.99%)を用意した。
イオン性液体としてN−メチル−N−プロピルピペリジニウムクロリドを用い、当該イオン性液体と塩化アルミニウム(III)を、イオン性液体:塩化アルミニウム(III)=1.0:1.5のモル比で混合したものを、電解質層用の電解質とした。
負極活物質層としてアルミニウム箔を用意した。
以上の材料を、正極活物質層、電解質層、及び負極活物質層の並びで積層させ、実施例2の電池を製造した。
【0059】
[実施例3]
実施例1と同様に、実施例3の電池の製造は、低酸素条件下(酸素濃度:0.5ppm以下)且つ低水分条件下(露点:−85℃以下)で行った。
正極活物質層としてタングステン金属(株式会社ニラコ製、純度:99.95%)を用意した。
イオン性液体として1−エチル−3−メチルイミダゾリウムクロリドを用い、当該イオン性液体と塩化アルミニウム(III)を、イオン性液体:塩化アルミニウム(III)=1.0:1.5のモル比で混合したものを、電解質層用の電解質とした。
負極活物質層としてアルミニウム箔を用意した。
以上の材料を、正極活物質層、電解質層、及び負極活物質層の並びで積層させ、実施例3の電池を製造した。
【0060】
[実施例4]
実施例1と同様に、実施例4の電池の製造は、低酸素条件下(酸素濃度:0.5ppm以下)且つ低水分条件下(露点:−85℃以下)で行った。
正極活物質層としてニッケル金属(株式会社ニラコ製、純度:99.9%)を用意した。
イオン性液体として1−ブチルピリジニウムクロリドを用い、当該イオン性液体と塩化アルミニウム(III)を、イオン性液体:塩化アルミニウム(III)=1.0:1.5のモル比で混合したものを、電解質層用の電解質とした。
負極活物質層としてアルミニウム箔を用意した。
以上の材料を、正極活物質層、電解質層、及び負極活物質層の並びで積層させ、実施例4の電池を製造した。
【0061】
[比較例1]
実施例1と同様に、比較例1の電池の製造は、低酸素条件下(酸素濃度:0.5ppm以下)且つ低水分条件下(露点:−85℃以下)で行った。
正極活物質として塩化鉄(III)(アルドリッチ社製、純度99.99%)、導電性材料としてアセチレンブラック(電気化学工業株式会社製、型番:HS−100)、及び、結着剤としてポリテトラフルオロエチレン(PTFE)を、正極活物質:導電性材料:結着剤=6:3:1の質量比となるように混合し、ペレット状に成形して、正極活物質層を作製した。当該正極活物質層の一面側に、正極集電体として白金メッシュを貼り合わせた。
電解質及び負極活物質層は、実施例1と同様のものを用意した。
以上の材料を、正極集電体、正極活物質層、電解質層、及び負極活物質層の並びで積層させ、比較例1の電池を製造した。
【0062】
2.電池の性能評価
2−1.サイクリックボルタンメトリー
実施例1の電池について、サイクリックボルタンメトリーを行った。サイクリックボルタンメトリーの条件は以下の通りである。
掃引速度:0.5mV/s
電位の掃引範囲:0.30〜1.8V(vs.Al
3+/Al)
サイクル数:1サイクル
測定雰囲気:低酸素条件(酸素濃度:0.5ppm以下)且つ低水分条件(露点:−85℃以下)
【0063】
図5は、実施例1の電池に関するサイクリックボルタモグラム(以下、CVと称する場合がある。)、すなわち、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムクロリド及び塩化アルミニウム(III)を含む電解質に対する、塩化バナジウム(III)を含む正極活物質層のCVである。なお、
図5のCVの電位は、アルミニウム参照極を基準とする。したがって、以下、電位については、アルミニウム基準(vs.Al
3+/Al)により示す。
図5は、縦軸に電流(mA)、横軸に電位(V vs.Al
3+/Al)をそれぞれとったグラフである。
図5から分かるように、自然電位(約1.1V)から電位を還元側へ掃引したところ、0.90V及び0.40Vの電位においてそれぞれピークが観察される。これらの還元電位のうち、0.90Vはバナジウム(+3価)からバナジウム(+2価)への還元における還元電位、0.40Vはバナジウム(+2価)からバナジウム(0価)への還元における還元電位にそれぞれ帰属される。したがって、正極活物質に含まれるバナジウム(+3価)は、電池内において2段階でバナジウム(0価)へ還元されることが分かる。一方、
図5から分かるように、0.30Vから電位を酸化側へ掃引すると、0.90V、1.25V、及び1.55Vの電位においてそれぞれピークが観察される。これらの酸化電位のうち、0.90Vはバナジウム(0価)からバナジウム(+2価)への酸化における酸化電位、1.55Vはバナジウム(+2価)からバナジウム(+3価)への酸化における酸化電位にそれぞれ帰属される。したがって、バナジウム(0価)は、電池内において、2段階でバナジウム(+3価)へ酸化されることが分かる。
なお、
図5から分かるように、1.80V(vs.Al
3+/Al)から電位を酸化側へ掃引すると、1.15Vの電位において小さなピークが観察される。還元波中の1.15Vのピークは、電解質中に微量に溶解したバナジウム錯体における、バナジウム(+3価)からバナジウム(+2価)への還元における還元電位のピークに帰属され、酸化波中の1.25Vのピークは、当該バナジウム錯体における、バナジウム(+2価)からバナジウム(+3価)への酸化における酸化電位のピークに帰属される。
よって、実施例1の電池内に含まれるバナジウムは、可逆的に酸化還元されることが分かる。バナジウム(+3価)からバナジウム(+2価)への還元電位(0.90V)及びバナジウム(+2価)からバナジウム(+3価)への酸化電位(1.55V)、バナジウム(+2価)からバナジウム(0価)への還元電位(0.40V)及びバナジウム(0価)からバナジウム(+2価)への酸化電位(0.90V)が、それぞれ互いに離れている理由は、実施例1の電池の正極活物質層において起こる電極反応が固体反応であるため、電位軸における不可逆性が高いことによる。
【0064】
実施例2の電池について、サイクリックボルタンメトリーを行った。サイクリックボルタンメトリーの条件は以下の通りである。
掃引速度:0.5mV/s
電位の掃引範囲:0.10〜1.2V(vs.Al
3+/Al)
サイクル数:8サイクル
測定雰囲気:低酸素条件(酸素濃度:0.5ppm以下)且つ低水分条件(露点:−85℃以下)
【0065】
図6は、実施例2の電池に関するCV、すなわち、N−メチル−N−プロピルピペリジニウムクロリド及び塩化アルミニウム(III)を含む電解質に対する、鉛金属の正極活物質層のCVである。なお、
図6のCVの電位は、アルミニウム参照極を基準とする。したがって、以下、電位については、アルミニウム基準(vs.Al
3+/Al)により示す。また、
図6に示すCVは、鉛金属の正極活物質層に対し活性化処理を行った後のものを示す。
図6は、縦軸に電流(mA)、横軸に電位(V vs.Al
3+/Al)をそれぞれとったグラフである。
図6から分かるように、実施例2の電池のCVにおいては、酸化波中の0.55Vの電位、及び還元波中の0.22Vの電位において、それぞれピークが1つずつ観察される。酸化波中の0.55Vの電位は、鉛(0価)から鉛(+2価)への酸化電位、還元波中の0.22Vの電位は、鉛(+2価)から鉛(0価)への還元電位にそれぞれ帰属される。
よって、実施例2の電池内に含まれる鉛は、可逆的に酸化還元されることが分かる。上記酸化電位の値及び還元電位の値が離れている理由は、実施例2の電池の正極活物質層において起こる電極反応が固体反応であるため、電位軸における不可逆性が高いことによる。
また、
図6から分かるように、8サイクルのCVはいずれもほぼ重なる。この結果は、8サイクルの酸化還元を繰り返す間、酸化容量及び還元容量にいずれもほとんど変化がなく、したがって、実施例2の電池においては、酸化還元サイクル中に、正極活物質である塩化鉛(II)の電解質中への溶出がほとんどないことを示す。これは、実施例2の電池においては、鉛金属の正極活物質層の酸化により発生した塩化鉛(II)の電解質中への溶解度が低いため、塩化鉛(II)が電解質中へ溶け出すことなく沈殿を形成することによる。
【0066】
実施例3の電池について、サイクリックボルタンメトリーを行った。サイクリックボルタンメトリーの条件は以下の通りである。
掃引速度:0.5mV/s
電位の掃引範囲:0.10〜1.8V(vs.Al
3+/Al)
サイクル数:8サイクル
測定雰囲気:低酸素条件(酸素濃度:0.5ppm以下)且つ低水分条件(露点:−85℃以下)
【0067】
図7は、実施例3の電池に関するCV、すなわち、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムクロリド及び塩化アルミニウム(III)を含む電解質に対する、タングステン金属の正極活物質層のCVである。なお、
図7のCVの電位は、アルミニウム参照極を基準とする。したがって、以下、電位については、アルミニウム基準(vs.Al
3+/Al)により示す。また、
図7に示すCVは、タングステン金属の正極活物質層に対し活性化処理を行った後のものを示す。
図7は、縦軸に電流(mA)、横軸に電位(V vs.Al
3+/Al)をそれぞれとったグラフである。
図7から分かるように、実施例3の電池のCVにおいては、酸化波中の1.40Vの電位、及び還元波中の0.60Vの電位において、それぞれピークが1つずつ観察される。酸化波中の1.40Vの電位は、タングステン(0価)からタングステン(+2価)への酸化電位、還元波中の0.60Vの電位は、タングステン(+2価)からタングステン(0価)への還元電位にそれぞれ帰属される。したがって、タングステン電極においては、1.0Vを平衡電位として、タングステン(0価)とタングステン(+2価)との間の酸化反応及び還元反応が繰り返される。なお、酸化波における1.8Vの電位は、塩化物イオン(Cl
−)から塩素(Cl
2)への酸化電位となるため、この電位が実施例3の電池の酸化側の限界電位となる。
1サイクル目(
図7中の最も内側のCV)においては、タングステン金属の正極活物質層はその酸化皮膜によりほとんど電気化学的に不活性である。しかし、上述した電位の掃引範囲でサイクリックボルタンメトリーを繰り返すことにより電極表面が活性化され、酸化還元電流が検出可能な大きさで現れた。活性化された電極により、実施例3のCVは、8サイクルの連続掃引によるわずかな減衰が観察されるものの、
図7に見られるように、安定して可逆的な酸化還元反応を示す電位−電流曲線となる。
よって、実施例3の電池内に含まれるタングステンは、可逆的に酸化還元されることが分かる。上記酸化電位の値及び還元電位の値が離れている理由は、実施例3の電池の正極活物質層において起こる電極反応が固体反応であるため、電位軸における不可逆性が高いことによる。
【0068】
実施例4の電池について、サイクリックボルタンメトリーを行った。サイクリックボルタンメトリーの条件は以下の通りである。
掃引速度:0.2mV/s
電位の掃引範囲:0.0〜1.8V(vs.Al
3+/Al)
サイクル数:3サイクル
測定雰囲気:低酸素条件(酸素濃度:0.5ppm以下)且つ低水分条件(露点:−85℃以下)
【0069】
図8は、実施例4の電池に関するCV、すなわち、1−ブチルピリジニウムクロリド及び塩化アルミニウム(III)を含む電解質に対する、ニッケル金属の正極活物質層のCVである。なお、
図8のCVの電位は、アルミニウム参照極を基準とする。したがって、以下、電位についてはアルミニウム基準(vs.Al
3+/Al)により示す。また、
図8に示すCVは、ニッケル金属の正極活物質層に対し活性化処理を行った後のものを示す。
図8は縦軸に電流(mA)、横軸に電位(V vs.Al
3+/Al)をそれぞれとったグラフである。
図8から分かるように、実施例4の電池のCVにおいては、酸化波中の0.95Vの電位にピークが観察され、さらに1.05Vから電流は線形的に増加する傾向が見られた。また還元波中の0.5Vの電位からは還元電流のプラトーが観察された。なお電位を0.95Vで12時間保持した後に、走査型X線光電子分光法を用いて測定を行ったところ、塩化ニッケル(II)の生成が確認された。この測定結果から、0.95Vのピークが、上述した式(E−I)の逆反応であるニッケルの酸化反応の電位のピークであると帰属される。
0.5Vの還元電位は、上述した式(E−I)により表される還元反応の電位であると帰属される。一方で1.05Vからの酸化電流はニッケルの連続的な溶解反応であり、例えば、NiAlCl
4等の、電解質に可溶な錯体の生成によるものであると考えられる。
図8から分かるように、CVの波形は、3サイクルともほぼ重なることから、可逆的に酸化還元反応が進行することが分かる。なお、実施例4の電池の全反応式は、上述した(E−III)に示す通りである。
よって、実施例4の電池においては、0.95V以下の電位において、塩化ニッケル(II)が固体として可逆的に酸化還元されることが分かる。
【0070】
2−2.サイクリッククロノポテンショメトリー
実施例1の電池について、一定の電流値の下で繰り返し酸化還元を行う、サイクリッククロノポテンショメトリーを行った。サイクリッククロノポテンショメトリーの条件は以下の通りである。
1サイクルの電流値条件:100μAの電流値条件で還元し、電位が0.1Vに達した後に1時間開回路電位にて休止し、その後に100μAの電流値条件で酸化する。
電位の掃引範囲:0.1〜1.8V(vs.Al
3+/Al)
サイクル数:10サイクル
測定雰囲気:低酸素条件(酸素濃度:0.5ppm以下)且つ低水分条件(露点:−85℃以下)
【0071】
図9は、実施例1の電池に関するサイクリッククロノポテンショグラム、すなわち、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムクロリド及び塩化アルミニウム(III)を含む電解質に対する、塩化バナジウム(III)を含む正極活物質層のサイクリッククロノポテンショグラムである。なお、
図9のサイクリッククロノポテンショグラムの電位は、アルミニウム参照極を基準とする。したがって、以下、電位については、アルミニウム基準(vs.Al
3+/Al)により示す。
図9は、縦軸に電位(V vs.Al
3+/Al)、横軸に時間(h)をそれぞれとったグラフである。
図9から分かるように、1サイクル目の還元(
図9中の初回還元)においては、約1.0Vにおいて電位の肩(ショルダー)が観察され、また、約0.6Vから0.1Vにかけてプラトーが観察された。また、
図9から分かるように、1サイクル目の酸化(
図9中の初回酸化)においては、約0.7Vにおいて電位の肩(ショルダー)が観察された。2サイクル目以降の還元における電位の肩は、約1.1Vにおいて観察されている。また、2サイクル目以降の還元における電位のプラトーも、初回還元における電位のプラトーよりは狭いものの、10サイクル目までほぼ安定して観察される。
よって、実施例1の電池は、繰り返し酸化還元が可能であることが分かる。なお、サイクルごとの総還元容量の低下は、正極活物質である塩化バナジウム(III)が、サイクルを重ねるごとに正極活物質層から脱落するためであると考えられる。
【0072】
比較例1の電池について、一定の電流値の下で繰り返し酸化還元を行う、サイクリッククロノポテンショメトリーを行った。サイクリッククロノポテンショメトリーの条件は以下の通りである。
1サイクルの電流値条件:100μAの電流値条件で還元し、電位が0.3Vに達した後に1時間開回路電位にて休止し、その後に100μAの電流値条件で酸化する。
電位の掃引範囲:0.3〜2.0V(vs.Al
3+/Al)
サイクル数:10サイクル
測定雰囲気:低酸素条件(酸素濃度:0.5ppm以下)且つ低水分条件(露点:−85℃以下)
【0073】
図11は、比較例1の電池に関するサイクリッククロノポテンショグラム、及び時間に対する容量の推移を重ねて示したグラフである。比較例1の電池に関するサイクリッククロノポテンショグラムとは、すなわち、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムクロリド及び塩化アルミニウム(III)を含む電解質に対する、塩化鉄(III)を含む正極活物質層のサイクリッククロノポテンショグラムである。なお、
図11のサイクリッククロノポテンショグラムの電位は、アルミニウム参照極を基準とする。したがって、以下、電位については、アルミニウム基準(vs.Al
3+/Al)により示す。なお、
図12は、比較例1の電池に関するサイクリッククロノポテンショグラムのみを示したグラフである。
図11は、左の縦軸に電位(V vs.Al
3+/Al)、右の縦軸に容量(mAh/g)、横軸に時間(秒)をそれぞれとったグラフである。また、
図11及び
図12を比較すると分かるように、
図11中の曲線のグラフは電位を、折れ線のグラフは容量を、それぞれ示す。
図11から分かるように、1サイクル目の還元(
図11中の初回還元)における、塩化鉄(III)及びアセチレンブラックの還元容量は200mAh/gである。塩化鉄(III)の理論容量密度は495.7mAh/gであり、1サイクル目の還元においては、当該理論容量密度の半分以下の還元容量しか得られていない。その理由は、電極活物質が電解質中へ溶解し、且つ溶解した電極活物質の電解質内における拡散速度が遅いことにより、十分な反応電流が得られず、過電圧が生じるためである。また、
図11から分かるように、1サイクル目の酸化(
図11中の初回酸化)における、塩化鉄(III)及びアセチレンブラックの酸化容量は113mAh/gであり、還元容量の6割未満の容量である。しかも、2サイクル目の還元容量は2.76mAh/gであり、2サイクル目以降の酸化還元サイクル(約10,000秒以降の酸化還元サイクル)においては、ほぼ全く容量が得られない。これは、正極活物質層の近傍に有効な活量の正極活物質が存在しないために十分な電流が得られず、定電流充放電を行った場合に電極電位が速やかに電位窓の限界値にまで到達するためであると考えられる。
【0074】
図10は、実施例1の電池における各サイクルの還元容量の維持率、及び比較例1の電池における各サイクルの還元容量の維持率を比較した棒グラフである。各サイクルの還元容量を、その電池の1サイクル目の還元容量で除した値に、さらに100を乗じた値を、そのサイクルの還元容量の維持率(%)とした。
図10は、縦軸に還元容量維持率(%)をとったグラフであり、黒の棒グラフは実施例1のデータを、白の棒グラフは比較例1のデータを、それぞれ示す。なお、黒の棒グラフのデータは、
図9のサイクリッククロノポテンショグラムより得られる還元容量のデータに由来するものであり、白の棒グラフのデータは、
図11の還元容量のデータに由来するものである。また、横軸のD1〜D10はそれぞれ還元回数を示し、例えば、D10は10サイクル目における還元を示す。
図10から分かるように、塩化鉄(III)を正極活物質として用いた比較例1の電池においては、2サイクル目以降の容量維持率はほぼ0%である。したがって、比較例1のような従来の電池においては、酸化還元サイクルが全く再現されず、繰り返しの使用に耐えられないことが明らかである。一方、
図10から分かるように、塩化バナジウム(III)を正極活物質として用いた実施例1の電池においては、サイクルごとに徐々に還元容量が減衰するものの、7サイクル目(D7)において還元容量の減少が止まり、10サイクル目(D10)における還元容量の維持率は10.9%である。したがって、塩化バナジウム(III)を正極活物質として用いた本発明の電池においては、一定回数の酸化還元サイクルを経ても可逆的に容量が維持されることから、繰り返し使用しても性能が維持できることが実証された。
【0075】
3.電極活物質の電解質への溶解性の試験
実施例1及び比較例1において電解質として用いた、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムクロリド及び塩化アルミニウム(III)の混合物に対する、実施例1において正極活物質として用いた塩化バナジウム(III)、及び比較例1において正極活物質として用いた塩化鉄(III)のそれぞれの溶解性について試験を行った。
1−エチル−3−メチルイミダゾリウムクロリドは、1週間かけて真空脱水したものを用いた。真空脱水後の1−エチル−3−メチルイミダゾリウムクロリド、及び無水塩化アルミニウム(III)(99.999%、アルドリッチ社製)を、低酸素条件(酸素濃度:0.5ppm以下)且つ低水分条件(露点:−85℃以下)下でマグネチックスターラーにて攪拌しながらゆっくり混合することにより、電解質を調製した。混合比は、上記実施例1同様に、モル比にして1−エチル−3−メチルイミダゾリウムクロリド:塩化アルミニウム(III)=1.0:1.5とした。
上記電解質を攪拌しながら、塩化バナジウム(III)又は塩化鉄(III)をそれぞれ濃度が0.1mol/Lとなるように上記電解質に加え、そのまま3日間放置した。3日後の混合液について、6,000回転で5分間遠心分離した。遠心分離した上澄みから、さらにシリンジフィルター(細孔径:0.2μm)を用いてろ過した。得られたろ液を硝酸水溶液中に加え、大気下で煮沸した。溶液中に沈殿物が存在しないように完全に溶解させ、均一な溶液を得た。
【0076】
得られた溶液の溶解度測定には、誘導結合プラズマ質量分析(Inductively Coupled Plasma Mass Spectrometry:ICP−MS)装置(Agilent7500cx、アジレントテクノロジー株式会社製)を用いた。なお、塩化物イオンによるバナジウム測定への影響をできる限り抑えるため、反応ガスとして、アルゴン酸素混合ガス及びヘリウムガスを用いた。
その結果、実施例1において正極活物質として用いた塩化バナジウム(III)の溶解濃度は、1.98mmol/Lであるのに対し、比較例1において正極活物質として用いた塩化鉄(III)の溶解濃度は、99.59mmol/Lである。なお、塩化鉄(III)は、上記電解質に加えた分全量が電解質に溶解していることから、実際の飽和溶解濃度は0.1mol/Lを超えると推測される。
このように、電解質に対する溶解性において、塩化鉄(III)と塩化バナジウム(III)は顕著に異なる。上述したサイクリッククロノポテンショメトリーの結果において、塩化鉄(III)を正極活物質として用いた比較例1の電池が、二次電池としてほとんど機能しなかった理由は、充電時において電解質中に溶解した鉄が正極活物質層近傍で酸化されるものの、当該酸化により得られる鉄(III)イオンが、電解質中を泳動して負極近傍で再び還元され鉄となる結果、実際には電荷の蓄積がなされないことによる。
【0077】
以上の知見を踏まえると、非特許文献1に記載された上記式(A−I)〜(A−III)は、下記式(a−Ia)〜(a−III)のように修正される。
まず正極活物質である塩化鉄(III)は、溶解性の試験結果に示したように、電解質に十分溶解する。したがって塩化鉄(III)は、下記式(a−0)に示すように、電解質と接した部分から直ちに電離して電解質中に溶解する。
FeCl
3→Fe
3++3Cl
− (a−0)
続いて、塩化鉄(III)を含む正極活物質層においては、放電の際、下記半反応式(a−Ia)及び(a−Ib)により表される2段階反応が進行する。なおカッコ内は、実験結果より推測される各反応の平衡電位である。
Fe
3++e
−→Fe
2+ (1.9V vs.Al
3+/Al) (a−Ia)
Fe
2++2e
−→Fe (0.5V vs.Al
3+/Al) (a−Ib)
また、当該電池の負極においては、放電の際、下記式(a−II)により表される反応が進行する。
Al+7AlCl
4−→4Al
2Cl
7−+3e
− (a−II)
以上の式(a−Ia)、(a−Ib)、及び式(a−II)より、満充電状態から放電状態までの反応は、下記全反応式(a−III)により表される。
Al+AlCl
4−+FeCl
3→Al
2Cl
7−+Fe (a−III)
なお、比較例1の電池において、逆反応(すなわち、放電状態から満充電状態への反応)が正しく進行しないことは、上述したサイクリッククロノポテンショメトリーにおいて2回目の放電が進行しなかったことから明らかである。また、充電時には、正極活物質層において式(a−Ia)の逆反応及び式(a−Ib)の逆反応が進行すると考えられるが、正極活物質層から溶出した鉄イオンについて、負極側において式(a−Ia)及び式(a−Ib)により表される反応が同時に進行することから、アルミニウム電極(負極)への鉄の析出による電圧の減少、及び正極反応に利用できる鉄イオンの減少が起こる。これらの現象も、比較例1の電池において電極反応が進行しないことの一因となると考えられる。