(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】5759608
(24)【登録日】2015年6月12日
(45)【発行日】2015年8月5日
(54)【発明の名称】既存建物の補強構造体
(51)【国際特許分類】
E04G 23/02 20060101AFI20150716BHJP
【FI】
E04G23/02 D
【請求項の数】5
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2014-247977(P2014-247977)
(22)【出願日】2014年12月8日
【審査請求日】2014年12月19日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】306022513
【氏名又は名称】新日鉄住金エンジニアリング株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100091096
【弁理士】
【氏名又は名称】平木 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100105463
【弁理士】
【氏名又は名称】関谷 三男
(74)【代理人】
【識別番号】100129861
【弁理士】
【氏名又は名称】石川 滝治
(72)【発明者】
【氏名】小西 克尚
【審査官】
五十幡 直子
(56)【参考文献】
【文献】
特開2013−087540(JP,A)
【文献】
特開2012−031587(JP,A)
【文献】
特開2005−155049(JP,A)
【文献】
特開2013−049954(JP,A)
【文献】
特開平10−018639(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
E04G 23/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
外壁面に張出し部を備える既存建物の該外壁面において、該張出し部を包囲するようにして設置される、枠材に制震部材が介層された補強フレームと、
前記補強フレームと前記外壁面を繋ぐ鉛直トラス材および水平トラス材とを備えており、
前記補強フレームに作用する水平せん断力は前記水平トラス材を介して既存建物に伝達させ、前記補強フレームに作用する偏心曲げモーメントに伴う鉛直力は前記鉛直トラス材を介して既存建物に伝達させる、既存建物の補強構造体。
【請求項2】
外壁面に張出し部を備える既存建物の該外壁面において、該張出し部を包囲するようにして設置される枠材からなる接続フレームと、
前記接続フレームに接続される、枠材に制震部材が介層された補強フレームと、
前記接続フレームと前記補強フレームを繋ぐ鉛直トラス材および水平トラス材と、を備えており、
前記補強フレームに作用する水平せん断力は前記水平トラス材を介し、前記接続フレームを介して既存建物に伝達させ、前記補強フレームに作用する偏心曲げモーメントに伴う鉛直力は前記鉛直トラス材を介し、前記接続フレームを介して既存建物に伝達させる、既存建物の補強構造体。
【請求項3】
前記制震部材が間柱型ダンパー、ブレース、ダンパー付きブレースのいずれかからなる請求項1または2に記載の既存建物の補強構造体。
【請求項4】
前記張出し部が、バルコニー、外付きルーバー、庇のいずれか一種もしくは複数からなる請求項1〜3のいずれかに記載の既存建物の補強構造体。
【請求項5】
前記既存建物において、鉛直方向、水平方向に間隔をおいて複数の前記張出し部が設けてあり、
前記補強構造体が一部の前記張出し部にのみ取り付けられている請求項1〜4のいずれかに記載の既存建物の補強構造体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、既存建物の補強構造体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ビルやマンションといった既存建物の耐震補強方法として、建物の内部において柱や梁を補強したり、耐震壁を増設するといった方法があるが、この補強方法は建物内部での工事を必須とすることから、工事期間中は建物を供用することができず、好ましい補強方法とは言い難い。
【0003】
そこで、既存建物を供用しながらその耐震補強を可能とした、既存建物の外壁面に耐震補強をおこなう方法が主流となっており、枠付き鉄骨ブレース直付け工法と枠付き鉄骨ブレース架構増設工法をその代表例として挙げることができる。
【0004】
枠付き鉄骨ブレース直付け工法は、鉄骨ブレースを内蔵した枠付き鉄骨ブレースを既存建物の外壁面に直接取り付ける方法である。そのため、バルコニーや庇、ルーバー等の張出し部が設けられた外壁面においては、鉄骨ブレースと張出し部が干渉することから、張出し部を備えた外壁面への適用には不適である。
【0005】
一方、枠付き鉄骨ブレース架構増設工法は、既存建物のうち、補強したい外壁面の側方に鉄骨ブレース架構に固有の基礎を施工し、この基礎の上に鉄骨ブレース架構を順次増設していくものである。ここで、
図11を参照して枠付き鉄骨ブレース架構増設工法を詳細に説明する。
【0006】
図11で示すように、マンション等の既存建物Bの長手方向の左右の外壁面に対し、まず、不図示の地中梁を備えた基礎Kを増設し、この地中梁を既存建物Bの地中基礎と接続して一体とした後、基礎Kの上に鉄骨ブレース架構Hを最上階まで施工し、既存建物Bの外柱や各階の外梁等と鉄骨ブレース架構Kを接合して耐震補強をおこなうものである。
【0007】
ここで、
図12には、鉄骨ブレース架構Hと既存建物Bの接合部において生じる各種の断面力を示している。
【0008】
図12において、M
ehは接合部の曲げモーメント、Q
uhは接合部のせん断力、Neは接合部の引張力であり、M
eh =Q
uh×e
h、N
e=M
eh/L (Q
Fは増設架構のせん断力、e
hは鉄骨ブレース芯と梁端間距離、Lは鉄骨ブレース架構Hを正面から見た際の幅)である。
【0009】
このように、増設された鉄骨ブレース架構Hと既存建物Bとは水平せん断力のみ伝達し、鉛直せん断力は増設された鉄骨ブレース架構Hの縦材によって増設された基礎Kに伝達させることから、基礎Kの増設は必須となる。さらに、鉄骨ブレース架構Hと既存建物Bとの接合部には偏心曲げモーメントに伴う引張力N
eが生じることになる。
【0010】
このように基礎Kの増設を必須とすることから、仮に中層階や上層階にのみ耐震補強をおこないたい場合でも、基礎Kを増設し、基礎Kから立ち上がる鉄骨ブレース架構H、すなわち実際には不要な下層階用の鉄骨ブレースを含む鉄骨ブレース架構Hを施工する必要がある。したがって、不経済な補強構造が余儀なくされ、また、基礎Kの増設に際しては建築限界を満たす必要性からその施工が困難な場合はこの補強対策は適用できなくなる。
【0011】
また、鉄骨ブレース架構Hに代わって、
図13で示すように既存建物の任意の上下階の外梁OB間に間柱型ダンパーDを配設する耐震補強構造もある。間柱型ダンパーDの配設に当たってはベースプレートPを介し、アンカーボルトAで外梁OBに固定されるが、
図11,12と同様に発生する曲げモーメントに伴う大きな引抜力XがアンカーボルトAに作用することから(反対側のアンカーボルトAには押込力Xが作用)、この引抜力Xに抗するべく、外梁OB内に貫通孔を設けてPC鋼棒等の緊張材TBを配設し、緊張材TBを締め付けて接合することが余儀なくされる。なお、外梁OBが存在しない場合は、緊張材TBにて引抜力Xに抗するべく、外梁OBの増設が余儀なくされ得る。
【0012】
ここで、従来の公開技術として、特許文献1,2を挙げることができる。特許文献1には、補強用柱と補強用鉄骨梁を備えた耐震補強用骨組を既存建物の外側に設置するに当たり、既存外部柱と補強用柱とを接合せず、既存外部梁と補強用鉄骨梁を接合するものである。この構成により、地震時の水平力を耐震補強用骨組に負担させ、もって既存建物を耐震補強できるというものであるが、補強用柱は基礎から立ち上がるものであり、耐震補強用骨組に固有の基礎が必須であることから既述の課題を内在するものである。
【0013】
一方、特許文献2には、既存建物の外面の柱梁接合部にピン支持部を形成し、梁方向に連続する外殻梁フレームとピン支持部とで柱梁接合部を形成するように、各層からそれぞれ上方と下方に延びた外殻柱フレームからなる外殻補強フレームをピン支持部で支持し、上方あるいは下方に延びた外殻柱フレーム間の隙間を連結させて格子状の外殻補強フレームを既存建物の外側面に構築するものである。
【0014】
この外殻補強構造によれば、当該外殻補強構造用の基礎の増設は不要であるものの、既存建物の外面の柱梁接合部にピン支持部を形成しただけの構造であることから、上記するようにピン支持部に大きな引抜力が作用した際に接合部の強度がこの引抜力に抗し得るか否かは不明である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【特許文献1】特開2009−249851号公報
【特許文献2】特開2009−97165号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
本発明は上記する問題に鑑みてなされたものであり、外壁面に張出し部を備える既存建物の該外壁面の耐震補強に際し、補強構造体に固有の基礎の増設を不要とし、既存建物における任意の階層のみを耐震補強することができ、さらには、耐震補強構造に作用し得る偏心曲げモーメントに伴う大きな引抜力が生じ難い既存建物の補強構造体を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0017】
前記目的を達成すべく、本発明による既存建物の補強構造体は、外壁面に張出し部を備える既存建物の該外壁面において、該張出し部を包囲するようにして設置される、枠材に制震部材が介層された補強フレームと、前記補強フレームと前記外壁面を繋ぐ鉛直トラス材および水平トラス材とを備えているものである。
【0018】
本発明の既存建物の補強構造体は、既存建物の外壁面に設けられた張出し部を包囲するようにして設置され、制震部材を有する補強フレームが外壁面に対して鉛直トラス材および水平トラス材にて繋がれたものである。張出し部を包囲するようにして補強フレームが設置されることから、既存建物の窓からの視界が妨げられることはない。さらに、水平トラス材と鉛直トラス材を介して補強フレームと外壁面の接続を図ることにより、補強フレームに作用する水平せん断力は水平トラス材を介して既存建物に伝達させ、補強フレームに作用する偏心曲げモーメントに伴う鉛直力は鉛直トラス材を介して既存建物に伝達させることができる。したがって、補強構造体に固有の基礎を不要としながら、任意の階層のみの耐震補強をおこなうことができ、たとえば、10階建ての既存建物において、基礎を具備することなくその全ての階の外壁面に補強構造体を設置できることは勿論のこと、1〜5階までの外壁面には何らの補強構造体も存在させず、耐震補強したい6階の外壁面にのみ、もしくは6〜10階の外壁面にのみ補強構造体を設置することができる。
【0019】
ここで、「既存建物」とは、既存のマンション、ビル、学校、国や地方の行政公舎、駅舎や空港、上下水道建屋といった公共施設など、多様な建物が包含される。
【0020】
また、「張出し部」とは、バルコニーや庇、ルーバーなど、既存建物の外壁面から外側へ張り出しているもの全般を包含するものである。
【0021】
また、「張出し部を包囲するようにして設置される」とは、補強フレームが張出し部の周囲に設置されることの他にも、張出し部よりも前方位置に設置されることも含む意味である。また、さらに、張出し部の途中位置に補強フレームの縦材が存在する形態、すなわち、バルコニー等の張出し部の左右端にそれぞれ補強フレームを構成する縦材が存在し、さらに張出し部の途中位置にも縦材が存在する形態も包含される。いずれの形態であれ、たとえば張出し部の後方に存在し得る窓からの視界を補強フレームが遮らないようにして設置される。したがって、張出し部の途中位置に補強フレームの縦材が存在する形態であっても、当該縦材の後方に窓が存在せず、建物の壁や柱が存在する場合は当該縦材が窓からの視界を遮ることがない。
【0022】
補強フレームは複数の鋼材等から構成され、たとえば鋼材が格子状に組み付けられて補強フレームを構成し、この補強フレームを構成する縦材の間に制震部材が介在している形態を挙げることができる。
【0023】
ここで、「制震部材」として、間柱型の制震ダンパー(鋼材系の履歴系ダンパー、高減衰ゴム系の粘弾性ダンパー、流体系の粘性ダンパー)、ブレース、ダンパー付きブレースなどを挙げることができる。特に間柱型の制震ダンパーを適用する場合は、水平トラス材や鉛直トラス材を介した既存建物の外壁面との接続箇所において、補強フレームに生じる曲げモーメントは伝達されないため、この曲げモーメントの伝達に伴う局所的な引抜力は生じない。そのため、このような引抜力に抗するための緊張材(PC鋼棒、PC鋼より線等)を既存もしくは増設の外梁等の貫通孔に設置する必要はない。
【0024】
本実施の形態の補強構造体において、水平トラス材や鉛直トラス材は既存建物の外壁面に対し、アンカー(接着系の後施工アンカー)等を介して直接接合してもよいし、外壁面に接続用鋼材等を予め取り付けておき、この接続用鋼材に水平トラス材等を接合してもよい。
【0025】
また、水平トラス材や鉛直トラス材は、L型鋼材やC型鋼材、角パイプ、H型鋼材等、所望の剛性を具備する鋼材等から形成できる。
【0026】
さらに、本発明による既存建物の補強構造体の他の実施の形態は、外壁面に張出し部を備える既存建物の該外壁面において、該張出し部を包囲するようにして設置される枠材からなる接続フレームと、前記接続フレームに接続される、枠材に制震部材が介層された補強フレームと、前記接続フレームと前記補強フレームを繋ぐ鉛直トラス材および水平トラス材と、を備えている。
【0027】
本実施の形態の補強構造体は、既存建物の外壁面と補強フレームの間に接続フレームが介在する形態であり、既存建物の外壁面に接続フレームが固定され、この接続フレームと補強フレームが水平トラス材と鉛直トラス材を介して接合されるものである。
【発明の効果】
【0028】
以上の説明から理解できるように、本発明の既存建物の補強構造体によれば、既存建物の外壁面に設けられた張出し部を包囲するようにして設置される、制震部材を有する補強フレームが外壁面に対して鉛直トラス材および水平トラス材にて繋がれた構成を具備することにより、既存建物の窓からの視界を妨げないようにすることができ、補強構造体に固有の基礎の増設を不要とし、既存建物における任意の階層のみを耐震補強することができ、さらには、補強構造体に生じ得る偏心曲げモーメントに伴う大きな引抜力を発生させないようにすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【
図1】本発明の補強構造体の実施の形態1に関し、既存建物の外壁面に補強構造体が設置される状況を説明した模式図である。
【
図2】既存建物の外壁面に設置された補強構造体の実施の形態1を説明した模式図である。
【
図3】補強構造体の実施の形態1の一部を拡大して示した図である。
【
図7】補強構造体に生じる断面力を説明した図であって、(a)は補強フレームにおけるせん断力図であり、(b)は補強フレームにおける曲げモーメント図であり、(c)は補強構造体を構成する各部材の軸力図であり、(d)は補強構造体と既存建物の外壁面の接合部におけるせん断力図である。
【
図8】本発明の補強構造体の実施の形態2に関し、既存建物の外壁面に補強構造体が設置される状況を説明した模式図である。
【
図9】既存建物の外壁面に設置された補強構造体の実施の形態2を説明した模式図である。
【
図10】補強構造体の実施の形態2の一部を拡大して示した図である。
【
図11】従来の枠付き鉄骨ブレース架構増設工法を説明した模式図である。
【
図12】枠付き鉄骨ブレース架構に生じる断面力を説明した模式図である。
【
図13】従来の間柱型ダンパーによる補強構造を説明した模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、図面を参照して本発明の既存建物の補強構造体の実施の形態を説明する。なお、図示例の既存建物はマンションを例示しているが、既存建物はマンション以外にも、ビルや各種の公共施設(および公共交通施設)の建屋など、多様な建物が対象である。また、図示例は既存建物の中層階から上層階までの全居住戸の外壁面に補強構造体を設置する形態であるが、既存建物の外壁面の全面に補強構造体を設置してもよいし、任意の階層のみ、さらには任意の階層の任意の居住戸のみに対して補強構造体を設置してもよい。なお、既存建物の外壁面の全面に補強構造体を設置する場合であっても、本発明の補強構造体は固有の基礎の増設を必要としないものである。
【0031】
(既存建物の補強構造体の実施の形態1)
図1は本発明の補強構造体の実施の形態1に関し、既存建物の外壁面に補強構造体が設置される状況を説明した模式図であり、
図2は既存建物の外壁面に設置された補強構造体の実施の形態1を説明した模式図であり、
図3は補強構造体の実施の形態1の一部を拡大して示した図である。さらに、
図4〜6はそれぞれ、
図3のIV方向の矢視図、V方向の矢視図、およびVI方向の矢視図である。
【0032】
図1で示すように、既存建物Bは多層階で各階に複数の居住戸を有するマンションであり、各居住戸にはバルコニーTが設けてあり、バルコニーTの奥側には窓Wiがある(
図6参照)。
【0033】
図示例の耐震補強形態は、既存建物Bのうち、下層階の耐震補強の必要性はなく、中層階から上層階までの耐震補強をおこなうものである。
【0034】
中層階から上層階までの各居住戸のバルコニーTを包囲するように(正面視でバルコニーTを包囲する)、鋼材を枠状に組み付けてなる縦材11aと横材11bから構成される枠材11と、縦材11aに介層された制震部材12とから構成される補強フレーム10が予め製作され、現場搬送される。なお、図示例においては、各層に3戸の居住戸があり、これに対して補強フレーム10を構成する枠材11によって形成される各行の開口の個数は6個である。したがって、各居住戸のバルコニーTの途中位置に枠材11の縦材11aが配設されることになる。しかしながら、この形態では、
図4,6からも明らかなように、各居住戸の中央位置に壁Waが存在しており、この壁Waの前方位置に縦材11aが配設されることになるため、居住戸の窓Wiからの視界を遮ることにはならない。なお、バルコニーTの外面に溝を設け、この溝に縦材11aを配設する形態であってもよい。
【0035】
このように、補強フレーム10は、各居住戸のバルコニーTを包囲するように配設されるとともに、窓Wiからの視界を遮らない位置に配設される。
【0036】
ここで、補強フレーム10は、H型鋼、I型鋼等の鋼材を格子状に組み付けて枠材11を構成し、枠材11を構成する縦材11aの途中位置に制震部材12を介層させてその全体が構成されている。
【0037】
縦材11aの途中位置に介層される制震部材12としては、間柱型の制震ダンパー(鋼材系の履歴系ダンパー、高減衰ゴム系の粘弾性ダンパー、流体系の粘性ダンパー)が適用される。
【0038】
図1に戻り、既存建物Bへの補強フレーム10の設置に際し、まず、既存建物Bの外壁面の適所に接続プレート40を設置する。この接続プレート40の外壁面への設置は、たとえば接着系の後施工アンカーなどにておこなうことができる。
【0039】
図2で示すように、既存建物Bの外壁面に接続プレート40が設置されたら、次に補強フレーム10を構成する開口(縦材11aと横材11bで構成された開口)がバルコニーTを包囲するようにして接続プレート40近傍に位置決めされ、接続プレート40と補強フレーム10を水平トラス材20と鉛直トラス材30を介して相互に接続することにより、既存建物Bの外壁面に対して補強構造体100が施工される。すなわち、補強構造体100は、補強フレーム10と水平トラス材20、および鉛直トラス材30から構成される。
【0040】
水平トラス材20と鉛直トラス材30はいずれも、L型鋼やC型鋼、角パイプなどの鋼材から形成できるが、図示例の水平トラス材20と鉛直トラス材30はともに、2つのL型鋼を組み付けてTの字状断面としたものを適用している。
【0041】
図3,4で示すように、既存建物Bの外壁面に設置された接続プレート40には当該接続プレート40から立ち上がる鋼製の接続片60が設けてあり、補強フレーム10の枠材11にも鋼製の接続片50が設けてある。
【0042】
水平トラス材20と鉛直トラス材30を構成する2つのLの字状の当接端の隙間に対し、接続片50、60を挿入し、相互に溶接やボルトにて接続することにより、水平トラス材20と鉛直トラス材30を介した既存建物Bの外壁面と補強フレーム10の接続構造が形成される。
【0043】
図示する補強構造体100は、既存建物Bの外壁面に設けられたバルコニー等の張出し部Tを包囲するようにして設置され、制震部材12を有する補強フレーム10が外壁面に対して鉛直トラス材30および水平トラス材20にて繋がれたものであり、バルコニーTを包囲するようにして補強フレーム10が設置されることから、既存建物Bの窓からの視界が妨げられることはない。さらに、水平トラス材20と鉛直トラス材30を介して補強フレーム10と外壁面の接続を図ることにより、補強フレーム10に作用する水平せん断力は水平トラス材20を介して既存建物Bに伝達させ、補強フレーム10に作用する偏心曲げモーメントに伴う鉛直力は鉛直トラス材30を介して既存建物Bに伝達させることができる。したがって、補強構造体100に固有の基礎の増設は不要としながら、任意の階層のみの耐震補強をおこなうことができ、施工効率性と経済性に優れた補強構造体100となる。
【0044】
次に、
図7を参照して、補強構造体の構成部材に生じる断面力や補強構造体と既存建物の外壁面の接続部に生じる反力を説明する。具体的には、
図7(a)は補強フレームにおけるせん断力図であり、
図7(b)は補強フレームにおける曲げモーメント図であり、
図7(c)は補強構造体を構成する各部材の軸力図であり、
図7(d)は補強構造体と既存建物の外壁面の接合部におけるせん断力図である。
【0045】
図7(a)で示すせん断力図より、中央の縦材間に介層された間柱型ダンパーに地震時のせん断力Qが作用する。そして、このせん断力Qにより、補強フレーム10の横材11b(水平梁)にはV(=Q×w×h/2)のせん断力が作用する。
【0046】
補強フレーム10に作用する曲げモーメントは水平トラス材20や鉛直トラス材30に伝達されるため、間柱型ダンパー12で問題になる、補強構造体100と既存建物の外壁面の接合部への曲げモーメントの伝達に伴う局部的な材軸直交方向のせん断力は生じない。そして、水平トラス材20と鉛直トラス材30にはせん断力のみが伝達されることになる。
【0047】
また、
図7(b)で示すように、補強フレーム10の中央の縦材11aには曲げモーメントM
G(=Q×h/4)が生じ、水平梁のうち、中央の縦材11aとの接続部には曲げモーメントMc(=Q×h/2)が生じる。
【0048】
次に、
図7(c)で示す補強フレーム10を構成するトラスの軸力分布に関し、間柱型ダンパー12に作用するせん断力Qによる偏心曲げモーメントに抵抗する軸力Nqは、Nq=Q×d/wで表すことができる。
【0049】
一方、横材11bのせん断力Vの偏心曲げモーメントに抵抗する軸力Nvは、Nv=2V×d/h=Q×d/hで表すことができる。
【0050】
このように、軸力は、引張力と圧縮力がともに同じ値で同じ方向の力となるため、束材11cの軸力はN=Nq+Nv=2Q×d/hで表すことができる。
【0051】
また、
図7(d)で示す、補強フレーム10を構成するトラス軸力による支点反力は、既存建物Bと補強構造体100の接続箇所の設計用荷重として使用されるが、この接続箇所には曲げモーメントは伝達されず、引張力とせん断力が伝達されることになる。そして、このせん断力は補強フレーム10の構成部材の軸方向にのみ作用するため、補強フレーム10を構成する構成部材同士の接続箇所の設計が容易となる。
【0052】
(既存建物の補強構造体の実施の形態2)
図8〜10を参照して、既存建物の補強構造体の実施の形態2を説明する。ここで、
図8は本発明の補強構造体の実施の形態2に関し、既存建物の外壁面に補強構造体が設置される状況を説明した模式図であり、
図9は既存建物の外壁面に設置された補強構造体の実施の形態2を説明した模式図であり、
図10は補強構造体の実施の形態2の一部を拡大して示した図である。
【0053】
図示する補強構造体100Aは、既存建物Bの外壁面に鋼製の接続フレーム40Aを接着系の後施工アンカー等にて取り付けた後、補強フレーム10と接続フレーム40Aを水平トラス材20および鉛直トラス材30で接続して構成されたものである。
【0054】
図示するように、接続フレーム40Aのうち、耐震補強が不要な下層階部分は縦材のみが存在している。
【0055】
補強構造体100のように既存建物Bの外壁面に多数の接続プレート40を取り付ける代わりに、予め組み付けられた接続フレーム40Aを外壁面に取り付けることから、補強構造体100に比して短工期にて補強構造体100Aの施工をおこなうことができる。
【0056】
また、補強構造体100Aにおいても、補強フレーム10において生じる断面力や構成部材に生じる軸力、補強フレーム10と接続フレーム40Aの接続箇所における反力は
図7で示すものと同じである。
【0057】
したがって、補強構造体100Aにおいても、補強フレーム10を構成するトラス軸力による支点反力は、既存建物Bと補強構造体100Aの接続箇所の設計用荷重として使用されるが、この接続箇所には曲げモーメントは伝達されず、引張力とせん断力が伝達されることになる。
【0058】
以上、本発明の実施の形態を図面を用いて詳述してきたが、具体的な構成はこの実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲における設計変更等があっても、それらは本発明に含まれるものである。
【符号の説明】
【0059】
10…補強フレーム、11…枠材、11a…縦材、11b…横材、11c…束材、12…制震部材(間柱型ダンパー)、20…水平トラス材、30…鉛直トラス材、40…接続プレート、40A…接続フレーム、50,60…接続片、100,100A…補強構造体、B…既存建物、T…バルコニー(張出し部)
【要約】
【課題】外壁面に張出し部を備える既存建物の該外壁面の耐震補強に際し、補強構造体に固有の基礎の増設を不要とし、既存建物における任意の階層のみを耐震補強することができ、さらには、耐震補強構造に作用し得る偏心曲げモーメントに伴う大きな引抜力が生じ難い既存建物の補強構造体を提供すること。
【解決手段】外壁面に張出し部Tを備える既存建物Bの外壁面において、張出し部Tを包囲するようにして設置される、枠材11に制震部材12が介層された補強フレーム10と、補強フレーム10と外壁面を繋ぐ鉛直トラス材30および水平トラス材20とを備えている既存建物の補強構造体100である。
【選択図】
図2