(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5760243
(24)【登録日】2015年6月19日
(45)【発行日】2015年8月5日
(54)【発明の名称】ガラス容器の清酒保存性能評価方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/38 20060101AFI20150716BHJP
【FI】
G01N33/38
【請求項の数】3
【全頁数】9
(21)【出願番号】特願2012-108993(P2012-108993)
(22)【出願日】2012年5月11日
(65)【公開番号】特開2013-233131(P2013-233131A)
(43)【公開日】2013年11月21日
【審査請求日】2014年2月25日
(73)【特許権者】
【識別番号】301025634
【氏名又は名称】独立行政法人酒類総合研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000198477
【氏名又は名称】石塚硝子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100085523
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 文夫
(74)【代理人】
【識別番号】100078101
【弁理士】
【氏名又は名称】綿貫 達雄
(74)【代理人】
【識別番号】100154461
【弁理士】
【氏名又は名称】関根 由布
(72)【発明者】
【氏名】磯谷 敦子
(72)【発明者】
【氏名】石川 綾子
【審査官】
黒田 浩一
(56)【参考文献】
【文献】
特開2010−203780(JP,A)
【文献】
特許第4289730(JP,B2)
【文献】
磯谷敦子,清酒の熟成に関与する香気成分およびその生成機構について(2)−DMTS前駆物質の探索および同定,日本醸造協会誌,日本,日本醸造協会・日本醸造学会,2009年12月15日,Vol.104/No.12,p919-925
【文献】
磯谷敦子,清酒の熟成に関与する成分およびその生成機構,化学と生物,日本,日本農芸化学会,2010年 3月 1日,Vol.48/No.3,p157-160
【文献】
磯谷敦子,市販酒の老香に関与する香気成分,日本醸造協会誌,日本,日本醸造協会・日本醸造学会,2006年 2月15日,Vol.101/No.2,p125-131
【文献】
宇都宮仁,清酒に添加した匂い物質の閾値(第1報),日本醸造協会誌,日本,日本醸造協会・日本醸造学会,2004年 9月15日,Vol.99/No.9,p652-658
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/00−33/46
G01N 30/00−30/96
B65D 1/00−1/48
C12G 1/00−3/14
C03C 1/00−14/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガラス容器に、MeSH(メタンチオール)を添加し、該添加成分および該添加成分由来の生成成分の経時的な濃度変化に基づいて、ガラス容器の清酒保存性能を評価することを特徴とするガラス容器の清酒保存性能評価方法。
【請求項2】
該添加成分由来の生成成分がDMDS(ジメチルジスルフィド)またはDMTS(ジメチルトリスルフィド)の少なくとも何れかであることを特徴とする請求項1記載のガラス容器の清酒保存性能評価方法。
【請求項3】
該濃度変化の測定は、MeSH(メタンチオール)を添加したガラス容器を冷蔵ないし室温で保存開始後、2週間以内に行うことを特徴とする請求項1または2記載のガラス容器の清酒保存性能評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガラス容器の清酒保存性能評価方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
清酒の熟成過程においては、いわゆる「老香(ひねか)」と呼ばれるにおいが発生することが知られている(非特許文献1)。通常、清酒は、醸造後に貯蔵タンクに貯蔵され、その後ガラス容器に詰められて出荷される。
【0003】
貯蔵タンク内に貯蔵された清酒が出荷に適切な品質となっているか否かについては、専門の検査員が実際に味見を行う官能検査で判定されることが通常であるが、より正確な判定を行う技術として、清酒に分子膜を浸漬して、分子膜の電位差の変化に基づき判定を行う技術も開示されている(特許文献1)。
【0004】
従来、ガラス容器は一般に内容物を酸化させることなく安定保存可能な容器と考えられ、貯蔵タンク内で出荷に適切な品質となった段階でガラス容器につめられた後、適切な条件(低温で、光線を避ける)を保てば、清酒はその最適な品質を保って消費者のもとに届けられるものと考えられていた。
【0005】
これに対し、本願出願人らは、近年、ガラスの容器ごとに清酒の保存性能は異なり、ガラス容器内においても清酒の酸化が進行し、DMDS(ジメチルジスルフィド)やDMTS(ジメチルトリスルフィド)と呼ばれる悪臭物質が発生するケースがあることを見出した。例えば、表1に示すように、同一の清酒サンプルを異なる6種のガラス容器に14日保存した後、清酒サンプルをGC−MS分析した結果、容器2および容器6で保存された清酒サンプルにおいて、容器2のブランクとして用いた容器1および容器6のブランクとして用いた容器4よりも、DMDSやDMTSの発生量が多くなっていることが確認された。また、表2には、保存期間を1年相当とした結果を示している。なお、本明細書において、n.d.は、非検出を意味し、trは、tr<0.04(trace値、検出したが数値化できない程度の若干量)を意味している。また、以下の表の結果は、全てN=1であり、GC−MS分析値は、全て2回繰返し測定の平均値である。上記の悪臭物質のうち、DMTSは、人が識別できるレベルで発生する場合があるのに対し、DMDSは、清酒中において、人が識別できるレベルで発生することはないと考えられるが、DMDSからDMTSへの移行が考えられることから、何れも発生は望ましくない。なお、以下本明細書中の表に用いる容器No.は同一の容器を指すわけではなく、同一ガラス組成の容器を指すものであり、ここでいう同一ガラス組成とは、ガラスびん生産での品質保証範囲内のものを意味するものである。
【0006】
【表1】
【0007】
【表2】
【0008】
清酒の市場流通期間を考慮した場合には半年程度、酒造りのサイクルからは最長1年程度の期間、充填時の清酒品質がそのまま安定に維持されるガラス容器を用いることが好ましいが、例えば、DMTSを官能検査で感じることのできる識別量(50%の人が感じる閾値)は、GC−MS検出値の0.18μg/Lに当たるため(非特許文献2)、保存期間を14日とした表1の条件下において、官能検査により有意差をもってDMTSの生成を識別可能なものは容器2のみとなり、容器6のDMTS生成を有意差をもって識別することは困難である。また、DMDSを官能検査で感じることのできる識別量は、GC−MS検出値の7μg/Lに当たるため、保存期間を14日とした表1の条件下においては、何れの容器も官能検査によりDMDSの生成を識別することはできない。なお、銘柄によっては、各種複合成分、あるいは、検査員の個人差により、前記GC−MS検出値でも識別困難な場合もある。
【0009】
したがって、表1の条件下での官能検査のみでガラス容器の清酒保存性能を評価した場合、容器6は清酒保存性能に問題がないものと評価されてしまう。しかし、表2に示されるように、容器6内に保存された清酒からは、1年相当の経過後に0.37μg/LのDMTSが検出され、出荷時の適切な品質とは異なるものへと劣化していることが確認されており、容器6を市場に流通させるのは好ましくない。なお、清酒の品質変化速度は保存温度と期間によって変動し、温度が10℃上がると、同一温度で保存した場合の約3倍の速度で品質変化が進行し、温度が20 ℃上がると、同一温度で保存した場合の約9倍の速度で品質変化が進行するものと考えられている。したがって、表2における「1年相当」とは、室温(17℃)+20 ℃(=37 ℃)の条件下で40日間保存した結果、室温(17℃)換算で40日×9=360日相当の期間保存したものと同等の品質変化を生じていることを意味するものである。
【0010】
このように、従来の官能試験では、ガラス容器の清酒保存性能を、早期かつ確実に評価することが困難であり、出荷時の適切な品質を維持したまま消費者の手元に届けることができない恐れがあるという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特許第4289730号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】日本醸造協会誌,101,125−131(2006)
【非特許文献2】日本醸造協会誌,99,652−658(2004)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
従って本発明の目的は上記した従来の問題点を解決し、各ガラス容器の清酒保存性能を早期に、かつ確実に評価できる技術を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記の課題を解決するためになされた本発明のガラス容器の清酒保存性能評価方法は、ガラス容器に、
MeSH(メタンチオール)を添加し、該添加成分および該添加成分由来の生成成分の経時的な濃度変化に基づいて、ガラス容器の清酒保存性能を評価することを特徴とするものである。なお、上記特定成分とは、清酒の「老香(ひねか)」の発生原因となる成分である。
【0015】
請求項2記載の発明は、請求項1記載のガラス容器の清酒保存性能評価方法におい
て、該添加成分由来の生成成分がDMDS(ジメチルジスルフィド)またはDMTS(ジメチルトリスルフィド)の少なくとも何れかであることを特徴とするものである。
【0016】
請求項3記載の発明は、請求項1または2記載のガラス容器の清酒保存性能評価方法において、該濃度変化の測定は、
MeSH(メタンチオール)を添加したガラス容器を冷蔵ないし室温で保存開始後、2週間以内に行うことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0017】
本発明のガラス容器の清酒保存性能評価方法では、ガラス容器に、清酒中の特定成分である
MeSH(メタンチオール)を添加し、該添加成分および該添加成分由来の生成成分の経時的な濃度変化に基づいて、ガラス容器の清酒保存性能を定量的に評価することにより、生成成分の濃度レベルが従来一般に行われている官能試験で確実に有意差をもって識別できる濃度レベルに達する前段階で早期かつ確実にガラス容器の清酒保存性能を評価することができる。
【0018】
したがって、本発明によれば、各清酒に適した保存容器を迅速に選択し、生産者が丹精を込めた出荷時の適切な品質を維持したまま消費者の手元に届けることができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】表6のMeSH濃度とDMDS濃度との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下に本発明の好ましい実施形態を示す。
本実施形態では、評価対象となる各ガラス容器に、MeSHを10 μg/L含有する15%エタノール溶液を入れ、冷蔵ないし室温(15〜30 ℃)で保存開始後、3日〜14日でGC−MS等により、MeSHとDMDSまたはDMTSの少なくとも何れかの測定を行った。ただし、保存温度や保存期間は特に限定されるものではなく、各々の清酒銘柄ごとに異なる設計思想に応じて、それぞれに求められる適切な品質を見極めるのに適切な条件設定とすることが好ましい。
【0021】
下記の表3には、前記の表1の結果から、清酒を保存した際にDMTSの生成量が最も多かった容器2と、DMTSの生成量が少ない容器1とを用いて、各々のガラス容器に同一の溶液(MeSHを10μg/L含有する15%エタノール溶液)を入れ、表3に記載の条件(温度および期間)で保存を行った後に、GC−MS等により、MeSH、DMDS、DMTSの各々を測定した結果を示している。
【0022】
表3の結果から、表1や表2において、実際に清酒を保存した場合と同様に、容器2中に保存された溶液中からはMeSH由来の生成成分であるDMDSやDMTSが多く検出され、容器1では未反応のMeSHが多く検出された。これらの結果から、実際の清酒の保存前に、清酒を模擬したサンプル試薬(模擬対象とする清酒中に含まれると想定される量のMeSHを含有する15%エタノール溶液)を、各種ガラス容器に入れて、模擬対象とする清酒に応じて適宜調整された保存条件下で保存後、GC−MS等により、MeSH、DMDS、DMTSの各々の測定を行うことにより、模擬対象とした清酒を劣化させることなく保存するのに適したガラス容器を迅速かつ確実に選択することができる。なお、実際の清酒におけるMeSHの含有量は5μg/L以下であることが多いが、サンプル試薬におけるMeSHの含有量は、好ましい評価判定基準(判定までの期間)に応じて、増減して調整すればよい。
【0024】
なお、容器1をガラス板にしたものと、容器2をガラス板にしたものを、清酒の保存性能が極めて高い容器内に入れた上で、表3と同一条件下で試験した結果も、表3と同じ傾向の結果が観察された。
【0025】
次に下記の表4には、容器1および容器2に同一の清酒サンプルを入れ、各々、清酒サンプルの充填量や、保存期間を変えて検討した結果を示している。
【0026】
表4の結果から、清酒の保存性能に優れた容器1ではガラス容器内に入れる溶液量および保存期間によるDMDS生成量の変化は特に認められなかったが、容器2では、ガラス容器内に入れる溶液量が少なく、容器内の空寸が多いほど、DMDS、あるいは、DMTS生成が促進されていることがわかる。すなわち、消費者の元で、開封後の残りとして保存される際に、容器の保存性能に起因した劣化の問題がより顕在化してくるといえる。
【0027】
これに対し、本発明によれば、早期かつ迅速に各ガラス容器の清酒保存性能を評価することができるため、客先の清酒設計思想(例えば、販売までの店頭期間1ヶ月+開封後、空寸半分の状態で1ヶ月間経過後、DMTSの生成量が○○以下であること)も反映した上で、より好ましい状態の清酒を提供することができる。
【0029】
次に下記の表5には、各ガラス容器の着色に使用される遷移金属酸化物およびその添加量が、各ガラス容器内におけるDMDS、あるいは、DMTS生成に及ぼす影響を検討した結果を示している。
【0030】
表5の結果から、ガラス容器の着色にCuOを用いた容器2において、特にDMDSが生成しやすくなっていることが確認された。表5の結果を統計的手法(Tukey−KramerのHSD検定)で処理したところ、DMTSは、容器1/容器10、11/容器2間、且つ、容器3/容器2間で有意差が認められ、DMDSは、容器1/容器3、11/容器2間、且つ、容器1/容器10間で有意差が認められた。
【0032】
最後に、下記の表6には、同一のガラス容器に同一の溶液(MeSHを10 μg/L含有する15%エタノール溶液)を入れ、表6に記載の条件(温度および期間)で保存を行った後に、GC−MS等により、MeSH、DMDS、DMTSの各々を測定した結果を示している。
図1には、表6のMeSH濃度とDMDS濃度との関係をグラフ化して示している。
図1からMeSHの減少量とDMDSの生成量との間には相関が認められる。
【0033】
容器1は、前記表2から清酒を1年保存後にもDMTSを殆ど生成させることなく安定に保存できる容器であることが確認されているが、表6の結果から、DMDSの生成量には、同一条件下でもバラつきが見られる。これは、ガラス容器の製造工程において発生するロット差に起因するものと考えられるが、本発明の方法によれば、このような同一組成からなるガラス容器間でも発生するロット差や個体差によるDMDSの生成量増減も確実に把握し、安定した品質管理に役立てることができる。